弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2010年12月23日

カントリー・オブ・マイ・スカル

世界(アフリカ)

 著者 アンキー・クロッホ、 現代企画室 出版 
 
 タイトルからは何の本やらさっぱり分かりません。南アフリカで続いていたアパルトヘイトの被害者と加害者のあいだで「和解」を成立させようという大変地道な努力がなされているのです。血には血を、ではいつまでたっても社会に平和は来ない。平和と秩序を回復するためにはどうしたらよいのか、真摯な努力がえいえいと続けられてきました。その困難な状況が明らかにされています。
今の日本では、死刑制度賛成が85%、圧倒的です。複数の人を殺したら、即、死刑にせよというムードにあふれています。本当にそれでよいのでしょうか。死刑制度は決して犯罪を抑止する効果をもたないし、「犯人」を死刑にしたからといって被害者が生きかえるわけではありません。遺族の「報復感情」に国は易々と応じるだけで、本当に責任を果たしたことになるのか、みんなで真剣に議論すべきだと思います。裁判員裁判で相次いで死刑判決が出た今こそ、もっともっと根本的な議論をして、深めるべきではないでしょうか・・・・。
スカルとは頭蓋骨のこと。南アフリカ内外に人骨が無数に埋められている現実がある。
1994年4月、南アフリカで1人1票の全人種参加の総選挙が実施された。そして、ネルソン・マンデラが初の黒人大統領に就任した。そして、1995年、国民統合和解促進法によって真実和解委員会(TRC)が設置された。1996年4月から活動を本格化させたが、その中心が公聴会であり、南アフリカ全土に実況中継された。
 このとき、加害者は、自らの罪を詳しく述べたてることと引き替えに、責任を問われないことになった。嘘をつけば、刑事訴追の対象となる。だから、虐殺に加担した警官は、誰の命令によって、誰を、どのように拉致し、どのように拷問し、どのように殺害し、どのように遺体を処分したか、正直にすべてを語ることになる。そして、被害者(遺族)には、真実と若干の保証金と引きかえに加害者を許すことが期待される。
 南アフリカの白人といっても、アフリカーナとイギリス系白人(ユダヤ系をふくむ)に分かれ、両者には、心理的な距離があり、インテリをのぞくと通婚もない。黒人を弾圧する警察機構の担い手はアフリカーナであり、黒人労働者を殴打する工場長も農場主も、その多くはアフリカーナであった。イギリス系白人は、汚れ仕事をアフリカーナに押しつけつつ、白人としての特権は手放さず、「私はアパルトヘイトにはずっと反対だったんです」と語る。きわめて偽善者である。
 そして事態は単純ではない。加害者が白人だとは限らない。警察に協力し、同胞に対して歯止めのない残虐行為を働く黒人がいた。
 さらに、犠牲者は活動家だけではない。「密告者」のレッテルを貼られ、活動家に焼き殺された無実の人々がいた。解放運動の爆弾闘争によって生命を失った白人市民がいた。白人警察官に殺される白人の共産主義者もいた。拷問による自白情報によって同志が居場所を知られ、無慈悲に虐殺されることもあった。
公聴会では、拷問したものと拷問された者が対面する場面が何回もあった。 
 アパルトヘイト犯罪のなかで地位の高い政治家たちが責任をとらず、現場の警察官の逸脱のせいにしようとした。自己の罪に向きあって人格が破綻していく殺人者の方にこそ、人間としての誠実さが感じられることがあった。
 正常な社会では、子どもがいるべき時刻に家にいなければ友達の家にまだいるかもしれないと考えられる。しかし、アパルトヘイトの下では、警察署に行って捜し、次に刑務所、それから病院、そして最後には死体保管所へ出向く。なんという残酷な現実でしょうか。 真実和解委員会が調査していた期間に2500人、年に100人もの囚人が絞首刑に処せられた。その95%が黒人であり、判事は全員が白人だった。うむむ考えさせられますね。
上下2段組で400頁をこす大著です。内容もぎっしりと重味があります。思わず目をそむけたくなる真実が語られています。でも、目をそらすわけにはいかないのですよね。
(2009年2月刊。1600円+税)

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