弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2010年11月12日

日本人のための戦略的思考入門

社会

 著者 孫崎 享、 祥伝社新書 出版 
 
 たとえ争点を抱えていても、隣国と戦争しないことが最大の国益である。
まさしく卓見です。私は、この指摘こそ現代日本のマスコミの多くが忘れ去っている肝心なことだとつくづく思いました。
ところが、国家間は摩擦の中で、国家戦略の中心が広範な利害から離れて、小さい問題に集中しがちだ。その中で、相手より優位に立つ、相手をやっつける、相手にいい思いをさせないという考えにとらわれてしまう。
北朝鮮との関係で、日本にとって何がもっとも大切なことか。よく考えてみると、それは何よりも交戦する可能性を排除することである。
今、北朝鮮は「窮鼠」である。「窮鼠に噛まれない」知恵、これが戦略の要である。
いやあ、まったくそのとおりです。大賛成です。戦争をあおり立てる人たちが現にいますが、戦争になったら両国に住む無数の罪なき人々が殺され、また死なずとも悲惨な境遇に叩き落されてしまうことでしょう。絶対に避けるべきことです。
 いま戦争状態にないことこそ、最大の共通利益である。これを維持し拡大することが最大の戦略である。まったく、そのとおりです。よくぞ言ってくれました。
今、日本の安全保障政策は、アメリカに追随するのみと言ってよい。そのとおりですね。
 今日の日本は、すべてアメリカの許容範囲内で動いている。安全保障に関する論議はほぼすべてアメリカの政府と学者のオウム返しである。独自の思索はまずない。日本人の国際政治の場での発言の知的水準は低い。日本は技術と経済の巨人だが、軍事と政治のピグミーだ(ハーマン・カーン)。
 核兵器の出現によって、各国の戦略は一転した。国際紛争の解決は外交の手段によってのみ為されるという見識である。
日本の防衛大綱には、ミサイル防衛が日本の防衛の柱になっているが、これはアメリカ以上に不可能なものである。
 多くの日本人は、日米安保条約によって日本の領土が守られていると思っている。中国が尖閣諸島を攻撃したときどうなるのか? 多くの日本人は、日米安保条約があるから、アメリカは即、日本と共に戦うだろうと思っている。アメリカ政府の要人は、そんな印象を振りまいてきた。日本の外務省幹部も「アメリカが絶対に守ってくれる」と言ってきた。これって、本当なのか?
 1996年、時の駐日大使モンデールは、アメリカ軍は安保条約によって尖閣諸島をめぐる紛争に介入を義務づけられるものではないと発言した。中国が尖閣諸島を攻撃したと想定したときを考えてみる。中国は、当然に占拠できると見込む戦力でくる。これに自衛隊が対応する。このとき、アメリカ軍は参戦しない。自衛隊が勝てばそれでいいが、負けたとき、管轄権は中国に移る。そのとき、安保条約は適用されない。つまり自衛隊が勝っても負けても、アメリカ軍は出る必要がない。日本人の多くは、日米同盟があるから、アメリカは領土問題で日本の立場を強く支持していると思っている。しかし、実際は違う。竹島では韓国の立場を支持し、尖閣諸島では日中のどちら側にもつかないと述べている。そして、北方領土は安保条約の対象外だ。そうなんですよね。アメリカが日本を無条件で守ってくれるなんて、幻想もいいところでしょう。
 中国の海軍増強は続く。この中、日米同盟の強化を説く人は、だから同盟を強化しなければいけないと主張する。しかし、アメリカはそんな甘い国ではない。自分の国の国益を考える。アメリカは日本要因で米中戦争に突入することを極力避ける。今後ますますこの傾向が強まるだろう。それは、国として当然の選択である。
日本人の多くは、アメリカの核の傘によって日本は守られていると信じている。しかし、論理的に考えて、アメリカが「核の傘」を日本に与える可能性はない。北朝鮮の核兵器に対してはアメリカの抑止が働くが、中国に対してはそうではない。
 1952年、アメリカのダレス長官は、日本がアメリカを守る義務を果たせない以上、アメリカが日本を守る義務は持っていない。間接侵略に対応する権利は持っているが、義務はないと述べた。アメリカの政治家や学者は、ホンネで言えば、日米関係について、従属関係における虚構の同盟とみている。
この本の著者は外務省に長くいて、いくつかの国の日本大使を歴任したあと、防衛大学校の教授もつとめています。ですから、いわゆる革新系の学者ではないのです。そのような経歴の人が言うのですから、説得があります。
この本は日本の安全を考えるうえで必読の基本的な文献だと思いました。一読を強くおすすめします。 
(2010年9月刊。800円+税)

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