弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2010年7月14日

吉原花魁日記

日本史(近代)

著者:森 光子、出版社:朝日文庫

 オビに欠かれている著者略歴を紹介します。
 1905年、群馬県高崎市に生まれる。貧しい家庭に育ち、1924年、19歳のとき、吉原の「長金花楼」に売られる。2年後、雑誌で知った柳原白蓮を頼りに妓楼から脱出。1926年、本書、1927年『春駒日記』を出版。その後、自由廃業し、結婚した。晩年の消息は不明。
 売春街、吉原で春をひさいでいた女性は自由恋愛を楽しんでいたのではないかという声が今も一部にありますが、決してそんなものではなかったことが、当事者の日記によって明らかにされています。
 19歳で吉原に売られてから、嘆きというより復讐のために日記を書きはじめたというのですから、まれにみる芯の強い女性だったのでしょうね。
 ちなみに、女優の森光子とはまったく無関係です。同姓同名の異人です。
 うしろの解説にはつぎのように書かれています。
 「怖いことなんか、ちっともありませんよ。お客は何人も相手にするけれど、騒いで酒のお酌でもしていれば、それでよいのだから・・・」
 そんな周旋屋の甘言を真に受けて、どんな仕事をさせられるかも知らぬまま、借金と引き換えに吉原に赴き、遊女の「春駒」となった光子。彼女の身分こそ、まさに公娼制度の中にある娼妓であった。
 周旋屋に欺されたことを知ったとき、彼女は、日記にこう書いています。
 自分の仕事をなしうるのは、自分を殺すところより生まれる。わたしは再生した。
 花魁(おいらん)春駒として、楼主と、婆と、男に接しよう。何年後において、春駒が、どんな形によって、それらの人に復讐を企てるか。復讐の第一歩として、人知れず日記を書こう。それは、今の慰めの唯一であるとともに、また彼らへの復讐の宣言である。
 わたしの友の、師の、神の、日記よ、わたしは、あなたと清く高く生きよう。
 客よりの収入が10円あれば、7割5分が楼主の収入になり、2割5分が娼妓のものとなる。その2割5分のうち、1割5分が借金返済に充てられ、あとの1割が娼妓の日常の暮らし金になる。
 一晩で、客を10人とか12人も相手にする。
 客は8人。3円1人、2円2人、5円2人、6円1人、10円2人。
 客をとらないと罰金が取られる。花魁は、おばさん、下新(したしん)、書記などに借りて罰金を払う。指輪や着物を質に入れて払う花魁もいる。
 朝食は、朝、客を帰してから食べる。味噌汁に漬け物。昼食、午後4時に起きて食べる。おかずは、たいてい煮しめ。たまに煮魚とか海苔。夕食はないといってよいほど。夜11時ころ、おかずなしの飯、それも昼間の残りもの。蒸かしもしないで、出してある。味の悪いたくあんすらないときが多い。
 花魁なんて、出られないのは牢屋とちっとも変わりはない。鎖がついていないだけ。本も隠れて読む。親兄弟の命日でも休むことも出来ない。立派な着物を着たって、ちっともうれしくなんかない・・・。
 みな同じ人間に生まれながら、こんな生活を続けるよりは、死んだほうがどれくらい幸福だか。ほんとに世の中の敗残者。死ぬよりほかに道はないのか・・・。いったい私は、どうなっていくのか、どうすればよいのだ。
 花魁13人のうち、両親ある者4人、両親ない者7人、片親のみ2人。両親あっても、1人は大酒飲み、1人は盲目。
 原因は、家のため10人、男のため2人、前身は料理店奉公6人、女工3人、・・・。 吉原にいた女性の当事者の体験記が、こうやって活字になるというのも珍しいことだと思いました。貴重な本です。
(2010年3月刊。640円+税)

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