弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2009年11月30日

事実の治癒力

司法

著者 神谷 信行、 出版 金剛出版

 大変勉強になりました。こんないい本に出会うと、心も清められる気がします。もう一度、初心に返って真面目に事件に取り組んでみようという気になりました。いえ、今でもそれなりに真面目に真剣にはやっているつもりなんです……。誤解されないようにお願いします。
 この本には弁護士会館の地下書店で出会いました。私は弁護士の書いた本はつとめて読むようにしています。といっても、法律注釈書でしたら全文通読することなんて絶対にありません。必要なところを拾い読みするだけです。でも、この手の本や随想、弁護士の体験記などは全文通して読みます。すると、いつも大いに得るものがあるのです。
 私が本を探すのは、基本は新聞の書評です。しかし、つとめて書店の店頭にも足を運びます。そうすると、本のタイトルが光っていることがあるのです。私の本を読んで、読まないと損するよ、読んだらきっといいことがあるよ、そんなメッセージが伝わって来ます。そこで手に取ってパラパラとページをめくってみるのです。すると、たいていは当たります。この本が、まさにあたりの本でした。
 離婚や子の親権が争われる事案において、弁護士が依頼者と「共依存」し、互いの「影」(ユングのいう、生きてこなかった半面の自分。日頃は隠している自分の否定的部分)を共有し、その影を相手方当事者や代理人に「投影」させて攻撃しているとみられるケースが少なくない。
その弁護士は闘争的な態度をとったが、その中に、その弁護士自身の「影」があらわれている。弁護士の数が幾何級数的に増加しているなかで、依頼者と「影の共有」に陥る弁護士が多く生まれることを私はひそかに恐れている。
 カウンセラーには「スーパーバイズ」のシステムがあり、自分の担当しているケースをスーパーバイザーに語るなかで、自分とクライアントとの関係を客観視するプロセスがある。クライアントとの「影の共有」に陥っていると、そのことをスーパーバイザーが指摘する。
 なーるほどなるほど、なんだか思い当たる節のある若手弁護士にあたったことがあります。むやみに戦闘的にくってかかってきて、私の証人尋問について「異議」を乱発するのです。どちらにも言い分のある一般事件でしたので、私は面喰ってしまいました。
 多動な子は「身体」の面だけでなく、「観念の多動」といって、物事を考えるときにも同じことを何度も繰り返し考えたり、考えも目まぐるしく動くことがある。教示を受けて、拘置所で脅迫的とも言えるような深刻な反省の弁を繰り返し口にしたり、手紙に書いてきたりするのは、「観念の多動」のあらわれてあり、内省の変化を示すものではない。
 ふむふむ、そういうことなんですか……。
 日常生活の中で傷を負った子どもたちは、やっぱり暮らしの中で少しずついやしていくのが一番無理がなくていい。
 一緒に暮らすなかで、子ども自身が見失いかけている自尊心、棄てかけている自尊心にノックしつづけることでもある。
 厳罰主義を唱える人は、一見すると被害者に同情する正義の人とみられがちだ。しかし、その内実は、次の被害者の再生産に無意識に加担している。
 被害者の保護は充実させていかなければならない。しかし、社会に戻った元加害者が立ち直る道もまた確保されなければならない。被害者保護と元加害者の更生は、二律背反のものではなく、双方同時に実現されなければならない。
 なるほどですね。でも、これって口で言うほど簡単なことではないでしょうね。
 虐待被害を受けた子どもは、自分の体験を他人事(ひとごと)のように淡々と話すことが多い。その感情をともなわない語り口に接すると、「本当に虐待を受けたのだろうか」という疑問を抱くことさえある。しかしこれは虐待被害の痛みを解離させ、自分を守っていることによるもので、淡々とした口調の奥にあるものを聞きとらなくてはならない。
 少年Aの治療にかかわった医療少年院のスタッフの話も紹介されています。なるほどなるほどと思いました。人間の罪の深さと同時に、人間は変わることができること、しかしそのためには並々ならぬ努力の積み重ねが必要であることがひしひしと伝わって来ます。
 治療教育の目標は、信じることの回復にある。この作業に携わる人は次の3つの心得を無条件で受け入れられる人でなければならない。それを納得できない人は、矯正の仕事に関わってはならない。
 第一、人は誰でも学んで変わる可能性を持っている。
 第二、人はその信頼するものからのみ学ぶことができる。
 第三、人は誰かに気にかけてもらっており、期待されており、大切に思われているという実感がないと安定していられないものである。
 ふむふむ確かに、そのとおりだろうというものばかりです。
 私も山本周五郎の本は本当に読みふけったものです。著者は、その山本周五郎の本には読むべき順序があるといいます。『さぶ』『樅の木は残った』『虚空遍歴』『小説日本婦道記』『青べか物語』『季節のない街』『赤ひげ診療譚』です。この順番には意味があるそうです。そう言われると、もう一度、私も読んでみましょう。
 人間の洞察力に富む、とてもいい本だと感嘆しました。

 木曜日の東京はよく晴れていました。日比谷公園に足を踏み入れると、なんとまだコスモス畑がありました。ほんわかした気分になります。ただ、官庁街に近い通路を歩いて行くと、立ち入り禁止のロープのはられていない空き地にダンボールハウスを2つ発見してしまいました。今年は日比谷公園での「年越し派遣村」の再現はないようにしようと政府は考え、ハローワークで受け付けるようです。でも、これだけ不況が深刻化し、大企業がどんどんリストラ・派遣切りをしている状況では、本当に心配です。
 弁護士会館に近い出入口のあたりに、噴水が勢いよく吹き上げる池があります。モミジが見事です。銀杏の黄色とすっきりした青空とによく映えていました。
 夕方、会議を抜け出すと、もう空高く半月が見えました。まだ4時40分です。福岡より30分以上は暗くなるのが早いですね。
 
(2008年3月刊。2800円+税)

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