弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2009年9月 2日

謀略法廷(上・下)

アメリカ

著者 ジョン・グリシャム、 出版 新潮文庫

 富めるものは、さらに富め。
 オビに書かれた文句です。日本もアメリカ型の超格差社会に突入しつつあります。ニッサンやソニーなどの取締役の平均年収が2億円という最近の新聞記事を読んで、私は愕然としました。派遣で働いている若者が月収20万円もいかず、派遣切りにあったら、たちまちネットカフェを泊まり歩くしかない状況を作り出す大企業の経営者は、月収2000万円というのです。この100倍もの格差は昔からあったものではありません。
 今度の選挙戦でも、高速道路の料金をタダにするか1000円にするかなんて不毛の議論がありましたが、派遣労働を一刻も早く止めさせることを争点にしてほしかったと切実に願います。
 それにしても、アメリカの金持ちと大企業は司法まで完全に支配しているのですね。
 この本は小説ですが、まったくハッピーエンドではありません。オビのとおり、富めるものがますます富んで、享楽の限りを尽くすのです。いやはや、そんな社会に未来はありません。しかしまあ、それを堂々と正面から問題にした小説が、アメリカで280万部も売れたというのですから、まだ救いはいくらかあるのでしょうね。
 日本で言うと、水俣病訴訟のような裁判が提起されます。地域住民に公害垂れ流しによる被害が発生して、加害企業を訴えたのです。原告代理人の弁護士たちは、その訴訟に全力投入したため、もはや破産寸前の状況に陥っています。銀行から多額の借金をしていて、それを支払えない状況なのです。
 しかし、陪審法廷は原告勝訴の判決を下しました。といっても、加害企業は直ちに控訴しますから、すぐにはお金は入ってきません。そして、加害企業は州の最高裁判事の構成を加害企業寄りに変更しようと企てます。そこに選挙ブローカーが介入して、選挙戦が始まります。アメリカでは、裁判官も選挙で選ばれるのです。
 州の最高裁判事の名前を一人も思い出せない住民が66%を占め、そもそも裁判官について有権者が投票によって選出していることを知らない住民が69%にのぼる。
 選挙で選ばれるのは、裁判官だけではない。道路管理局長、公共事業委員長、州出納局長、州保健農業委員長、郡の税務署長、監察医まで、みんな選挙の対象になる……。うひゃあ、す、すごいですね。
 その大企業は、裁判官の椅子をお金で買おうとしている。法廷が特殊利益団体にあやつられようとしている。これを避けるには、私的な献金をすべて排除して、選挙を公的な資金だけでおこなうようにするか、裁判官を指名制度に切り替えること。そもそも、裁判官になろうとする者が頭を下げて票を集めることを強いられるのが間違っている。
 死刑制度の廃止に賛成するか否か、ゲイ同士の結婚を認めるのか否か。こんなことが無理に争点とされて、無理やり候補者は踏み絵を踏まされます。
 そして、ダイレクトメール攻勢とテレビ宣伝攻勢にさらされるのです。そこでは、資金力の優劣が左右することになります。お金の力は、かくも偉大か、と思わせる選挙戦の結果でした。
日本の司法システムにも依然として大きな問題があります。裁判官をどこまで信頼できるか、ということです。しかし、本書のように直接選挙で選ぶシステムのなかで、お金の力でマスコミをうまく操作できたとしたら、大企業と金持ちのための司法でしかないということになります。そうなったら、虚しさいっぱいですよね……。アメリカの司法の問題点の一つを認識させられました。

サンモリッツへはチューリッヒから列車に乗っていきました。チューリッヒを9時半に出て、途中のクールで乗り換え、サンモリッツに昼過ぎに着きました。4時間かかったことになります。日本人のツアー客が同じ列車に乗っていたようで、ツアーコンダクターの引率で賑やかに話しながら駅前から去っていきました。若い日本人女性2人連れもいました。いずれも私とは別のホテルのようで、その後会うことはありませんでした。
ホテルは駅のすぐ近く。高台に見える大きなホテルです。ところが、スーツケースを引っ張りながら歩いて行くと、すぐ目の前に見えるのに、坂道の勾配がきついせいで、大変なのでした。
途中、高級そうなブティックの立ち並ぶ街並みを通ります。安っぽい土産品店は見当たりません。坂道を上りつめたところに泊まるホテル(クルム)があります。
あとでわかったのですが、急がばまわれというコースがあるのでした。駅からいったん湖側に出るのです。湖畔の道路を歩いてしばらく行くとエレベーターがあり、そこから地下駐車場内に入ります。すると、そこに大きくて長いエスカレーターがあるのです。そのエスカレーターに乗ると、なんと、目の前に高級ブティックの立ち並ぶところに出るのです。そこからホテルまではもうわずかなのです。
サンモリッツは、坂の多い街なのです。
 
(2009年7月刊。705円+税)

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