弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2009年7月 7日

語りえぬ真実

アメリカ

著者 プリシラ・B・ヘイナー、 出版 平凡社

 ずっしりと重たい本です。500頁近い大作だというだけでは決してありません。書かれている内容があまりにも重たいし、重たすぎるのです。なぜ、どうして、人間って、ここまで残虐なことができるのだろうか。そして、平然とその後の日常生活を何事もなかったかのようにして家族とともに生活できるのでしょうか。不思議というほかありません。
 この本に出てくる大虐殺に、すべてアメリカが関与しているというのではありませんが、たいていアメリカが多かれ少なかれ関わっています。なにしろ世界の憲兵を自称し、世界最強の軍隊を世界中に、いつでもどこでも派遣する能力をもっているわけですからね……。
 裁判と真実委員会とでは、被害者に対する見方の性質と範囲が根本的に異なる。多くの真実委員会は、まず被害者に焦点を合わせる。被害者たちの苦しみの体験を聴く。真実委員会は被害者に「公の声」を与え、彼らの苦しみを多くの人々に伝えようとする。また、被害者や遺族への補償プログラムを計画する。
 真実委員会は、加害者の説明責任を追及する。真実委員会は、個々の加害者の責任を問うだけでなく、公的組織の責任範囲を評価する役割も与えられる。
 アルゼンチンでは、1976年に軍が政権を握ってからの7年間に、破壊活動分子を掃討するという名目で1万人ないし3万人もの人々が行方不明にされた。
 真実委員会は、9か月間に7000件もの証言を聴取し、8960人の行方不明者を記録した。軍による拘禁を生き延びた1500人に対するインタビューによって収容所と拷問の実態が詳しく報告書に記載された。
 チリのピノチュト軍事政権によって拷問を受けて生き延びた人は、5万人から20万人と推定されている。クーデター後の1年間だけで、1200人が殺害された。
 エルサルバドルでは、真実委員会が調査して残虐な事件の責任者を明らかにすると、国会で免責する法律が制定された。そして、30年の任期満了に伴う軍の叙勲を授与されて退役していった。大統領も働きぶりを賞賛するばかりだった。
南アフリカの真実委員会は、300人ものスタッフをかかえ、証言者保護プログラムも作り上げ、年額1800万ドルの予算を確保してスタートした。
 チャドの真実委員会が公表した報告書によると、アメリカ政府が最悪の犯罪人たちに毎月100万円もの資金を援助し、訓練していた。アメリカ以外にも、フランス、エジプト、イラク、ザイールが関与していた。実際、アメリカ人顧問の執務室の近くで、毎日、政治囚が拷問され、殺害されていた。
 真実委員会によらず、裁判で加害者の責任を追及しようとすると、大きな壁にぶつかります。
 加害者に対する裁判が成功しないことには、いくつもの理由がある。ほとんど機能していない司法システム、腐敗し、あるいは妥協した判事や役人、それに具体的な証拠が欠如することも多い。資金不足の司法システムは、証人保護プログラムを欠いており、目撃者の多くは証言することを恐れている。警察や検察は捜査能力を欠いていて、強力な証拠を提示できない。判事・検事への給与の支払いが滞っている。裁判所は乏しい予算とスタッフでやりくりしなければいけない。そのうえ、前体制の加害者らは、政権を離れる前に一括免責を発布しておくことが多い。
 刑事裁判の目的は、真実を明るみに出すことではない。犯罪の証拠が、当該告訴の内容を満たしているか否かが検討されるのである。このプロセスにおいても、ある程度の真実はあらわれるだろう。しかし、そこでは重要な事実がしばしば排除され、結果として、裁判では限られた真実しか表に出てこない。
 このように大きな限界のある裁判とは異なり、どの真実委員会にとっても、一番重要な目的は、暴力と不正の再発を防ぐことにある。かつての敵同士の憎悪と、復讐の連鎖を断ち切ることで、その目的が期待される。
 恐怖を投影し合う理由が歴史の中にたくさんあると感じる対立集団のあいだで和解を促すことになる。
 ほとんどの真実委員会は、軍・警察・司法さらに政治制度を変革するよう勧告する。そのことによって、不正を抑制し、仮にそうしたことが生じた場合に対応するはずのメカニズムを強化することが期待される。
 世界各国の大虐殺について、そこから教訓を引き出し、将来に生かすべきことです。それにしても、人間って、本当に残虐な存在ですね。
 
(2006年10月刊。4800円+税)

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