弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2009年2月20日

最後のウォルター・ローリー

世界(ヨーロッパ)

著者:櫻井 正一郎、 発行:みすず書房

 ウォルター・ローリーはイギリスでは有名な人物だそうです。と、言われてもピンと来ませんでした。ところが、映画「エリザベス、ゴールデン・エイジ」を見た人は分かるでしょ、と言われると、はたと思い出しました。たしかにエリザベス女王に世界を航海する楽しさを力説する男伊達の近衛隊長が登場し、エリザベス女王をうらやましがらせるのです。そう、その近衛隊長こそ、この本の主役であるサー・ウォルター・ローリー、その人なのです。
ウォルター・ローリーは、なんと1618年10月29日、ロンドンで断首されます。ところが、その直前に45分間にわたってスピーチしたのでした。そして、そのスピーチのおかげで、生前のローリーの悪評判は一転し、その死後、ローリーはヒーローのようにもてはやされることになったというわけです。
 ええーっ、死刑に処されられる罪人が、公衆の前でスピーチする、それも、45分間もスピーチできたなんて、ウソでしょ。そう思いたくなるのですが、スピーチを聞いた人が何人もいて記録しているのですから、これこそ歴史的な事実なのです。なぜ、そんなことが可能だったのか。この本は、それを解き明かします。
 ローリーが処刑されたのは、スペイン嫌いに原因があった。エリザベス女王からジェイムズ1世の時代になって、スペインとの宥和政策がとられるようになると、ローリーがスペインと衝突していたことから、スペインはイギリスに対しローリーを死刑にせよと要求し、ジェイムズ1世は、それを呑むしかなかった。
 ローリーは、エリザベス女王の侍女と秘密裏に結婚し、それが女王に露見して、ロンドン塔に入れられた。そして、エリザベス女王が死んでジェイムズ1世が即位したあと、陰謀事件に連座してローリーは死刑判決を受け、ロンドン塔で13年間を過ごした。この13年のうちに、ローリーは「世界の歴史」を書き上げた。
 ローリーは、処刑されたとき64歳。10月29日の早朝、教誨師が訪れた。朝食をとり、白ワインを飲んだ。このころ、囚人は処刑される前に必ず白ワインを飲んだ。
 ローリーは、断首台にのぼって、できないかもしれないと思っていたスピーチができた。スピーチは午前8時過ぎから45分間に及んだ。処刑は公開で、処刑場に居合わせた人々が一部始終を書きとめた。ローリーは、処刑のあと崇拝されて聖者になった。急転して、そうなったのだ。ローリーのスピーチは、体制に寄り添うように見せかけながら、その実質は体制に対立していた。ローリーのスピーチの意義は、早い時期における王権への抵抗にあった。というのも、処刑台に登った罪人たちは、決まったスピーチと決まった仕草ができるように、しかも心の底からそれができるように教化されていた。決まった筋書きに従ってスピーチがなされたので、処刑台は芝居の舞台、囚人は役者に等しかった。より多くの庶民が、仲間の死から学んで、国王と政府と教会に従順になることが期待されていた。
 恐らくジェームズ1世の判断停止によって、ローリーは念願のスピーチができた。不覚にも掘られてしまった小穴が、絶対王制という大河の、堤防がやがて決壊するのを助けたことになる。
 なーるほど、そういうことだったのですか・・・。歴史の皮肉というか、めぐりあわせなのですね。

(2008年10月刊。3800円+税)

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