弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2009年1月22日

戦争サービス業

アメリカ

著者:ロルフ・ユッセラー、 発行:日本経済評論社

新しいタイプの傭兵(民間兵士)は、イラクに3万人いる。これはアメリカ軍に次ぐ第二の規模の軍隊であり、アメリカ以外のどの同盟国軍よりも多い。そして、この民間兵士は、この数年間で数千人が殺され、数万人が負傷した。しかし、メディアで報道されることはない。
イラクには、公式の契約により業務の委託を受けている民間軍事会社が68社ある(非公式の推計によると100社を超える)。たとえば、エアースキャン社は、パイプラインと石油関連基盤を特殊カメラで夜間監視する業務に就いている。エリニュス社は、イラク全土のパイプラインと石油採掘基地を地上で警備する任務にあたっている。ブラックウォーター社は要人の身辺警護を担当している。ISIは、グリーンゾーンでの身辺警護と政府建物の警備にあたっている。
民間軍事会社は、イラクだけでなく、アラビア半島のほとんど全ての国で活動している。たとえばサウジアラビアでは、本来なら軍隊や警察が担うはずの任務の大半をアメリカの民間会社が引き受けている。民間軍事会社と民間警備会社との境界は近年ますます流動的になりつつある。いや、むしろ、この両者を明確に区別することは、もはや不可能だ。
軍事分野で補給関連の最大手となったのがハリバートン社で、その社長だったのは今のチェイニー副大統領だ。
アブグレイブ刑務所での拷問事件の予備兵士たちに資金をあたえていたのは、アメリカの民間軍事会社CACIであり、彼らは尋問の専門家であった。この刑務所では尋問官30人のうちの半数は民間軍事会社の職員だった。
かつての傭兵が民間軍事会社に組み込まれると何が変わるかというと、まずは身分だ。会社職員になリ、固定給がもらえる。国際的に承認された政府と契約しているのだから、法の番人に追われる心配もない。このようにして、国連などが定めた傭兵禁止のための条約や法律は完全なザル法となった。民間軍事会社は賃金コストを下げるため、人員の大部分を現地調達でまかなっている。
チェイニー副大統領が社長だったKBR社は、決算報告の粉飾、不透明な契約の数々、ペンタゴンへの水増し請求、仕事なしで代金だけはちゃっかり受け取るなどのスキャンダルで相次いでマスコミをにぎわした。
民間軍事会社の職員が射殺したイラク市民の数は明確に記録されていないが、イラク内務省は少なくとも200件以上としている。この数字は氷山の一角だろう。殺害された民間人に対して補償金が支払われることは滅多になく、あっても、その額は5000ドルから1万5000ドル程度でしかない。
ブラックウォーター社の要員が明らかな過剰防衛をしたときにもアメリカ国務省は何の制裁措置をとらずに放置した。そして、任務遂行上正当な武力行使であると認定した。
治安の基本的条件が不安定につながり、安全を求める声が高くなる。国家にこれ以上期待しても無駄ということになれば、結局は民間のチャンネルを通じて警備会社に話をもっていくほかなくなる。
アメリカでは、1997年から2005年までの7年間に、民間軍事会社への発注高は2倍になった。
民間軍事会社は、彼らが結んだ契約と、その時々の営業法以外にその行動を制約されることがない。国家機関と違って、彼らは、一国の、あるいは国際的な同盟義務による安全保障機構に縛られることもなければ、法律によって公的に課せられた義務に従う必要もない。民間軍事会社は、ひたすら市場原理、つまり需要と供給の法則に従って動く。
民間軍事会社に契約履行を強制することは誰にもできない。敵対的な状況の下では契約が守られる保証はまるでないのだ。企業や団体が民間軍事会社の保護を頼るしかない。その結果。国家機関は次第に管理権限を失うことになった。安全は公共財から、お金さえあれば誰でも我が物にすることのできる私的な商品に変わる。こうして保護のために投入される武力はますます管理不可能になってしまう。
民間軍事会社は、目下のところ、規制のない、法によって制限されることのない空間で活動している。その結果、やりたい放題に近いのが現状だ。民営の方が安上がりという人は多いが、果たしてそうだろうか?
どれだけ調査・研究を重ねても、この主張の正しさを裏付けする証拠は見つからなかった。むしろ、軍隊業務を民間経済に委託すると納税者の負担は増える。そして、アフリカなどで、民間軍事会社は一国の政治に介入した。
紛争解決と平和確保は事柄があまりにも重要すぎるから、これを民間軍事会社の戦争と経済の倫理にまかせるわけにはいかない。軍人の倫理だけでも好ましくない結果が生まれかねないのに、これに金儲けの欲望が加わったら、どんなに恐ろしい結末が待っていることだろうか。
民間軍事会社が存在できるのは、ひとえに戦争のおかげ。その儲け口は武力紛争と不安定にある。民間軍事会社は、人々、そして諸国民が民主的な共同生活を営む上うえで余計で、しかも危険な存在なのだ。民間軍事会社を使うホンネは、政治的な妥協、政治的なご都合主義の問題でしかない。つまり、民間軍事会社は、国際法も含め、あらゆる法の枠外にあって、民主主義国に暮らす市民一人一人の身に及びかねない政治的な問題を投げかけている。
民間軍事会社の危険な本質をズバリえぐり出した本です。著者はイタリアに住むドイツ人ジャーナリストのようです。

(2008年10月刊。2800円+税)

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