弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2009年1月20日

ハリウッドの密告者

アメリカ

著者:ヴィクター・S・ナヴァスキー、 発行:論創社
 670頁もある大部の本です。マッカーシー旋風の吹き荒れる1950年代のハリウッドが舞台です。1950年代アメリカの異端審問の実情について、著者は多くの人に取材して多面的な角度から掘り下げています。
 ときは1951年3月。アメリカ下院の非米活動委員会(HUAC)は、俳優ラリー・パークスを喚問した。同じ日、連邦裁判所はソ連のための原爆スパイとしてローゼンバーグ夫妻に有罪を宣告した。夫妻は後に死刑に処せられた。
 アメリカ議会は既に1947年に公聴会を始めており、有名な脚本家ドルトン・トランボなど10人が証言を拒否したために議会侮辱罪に問われ、最高1年の懲役刑に服していた。世にいうハリウッド・テンである。
 1951年から53年にかけてHUACに喚問された証人90人のうち30人が名前を提供した。別の数字は証人110人のうち58人が名前を提供したという。決断を迫られた者の3分の1が名前を提供した。あまりにも有名な映画監督エリア・カザンもそのひとりだ。
 資料提供者(インフォーマント)と、情報提供者(インフォーマー)は違う。インフォーマーは他人について不利な情報を提供するもので、蔑みの言葉として使われることが多い。インフォーマー(情報提供者)とは、同志を当局に売り渡す者である。
 FBIのフーバー長官は、1947年5月、アメリカ共産党員が7万4000人いるとした。
1950年には、党員5万4000人、しかし、その背後に48万6000人の同調者(シンパ)がいて、その一人ひとりが潜在的スパイだとした。実際には、アメリカ共産党は1950年代までに悲惨な状態になっていた。赤いドラゴン(竜)でもなく、張り子の虎ですらなかった。実のところ、第二次大戦中の最盛期に7万5000人いた党員は1950年に3万1608人、1957年には、FBIから潜入したスパイをふくめて1万人にまで減っていた。
 たとえば、ロサンゼルス警察の警官が党員となって党員リストを管理しており、それはすべて警察に渡されていた。彼が入党したときのロサンゼルスの党員は100人で、1939年9月に離党したときには2,880人となっていた。つまり、警察は誰が党員であるか、よく掌握していた。そのうえで、公開の場で同志の名前を告白させる儀式を延々と展開していったわけである。ううむ、そうなんですね。いわゆる見せしめにして、国民に恐怖心を与えて、共産党を特別な存在として国民から切り離そうとしたわけです。「あいつは、アカ(レッズ)だ」と叫べば、問題はすべて解決したかのように国民を錯覚させたのでした。
 国家は、アカ狩りに威信を与えたことで何十万人もの現役共産党員、元共産党員、共産党同調者、そして不運なリベラルたちの人生を悲惨なものにした。それだけではなく、アメリカ文化を弱体化させ、そのことによってアメリカという国家自体の弱体化を招いた。このように著者は総括しています。なるほど、そういうことなんですね。「アカ狩り」は単に個人の思想信条の自由が踏みにじられたというだけでなく、国の文化そして国そのものを弱めてしまったというわけです。
 アメリカの大学では、反体制運動には係わらないという忠誠宣誓を強制するところが多くなり、大いなる知的損失をもたらした。不安、落ち込み、疲労、恐怖感、不服従、飲酒、頭痛、消化不良、内臓障害、同僚との関係悪化、疑心暗鬼、不信感、自尊心の喪失など……。
 1970年、ドルトン・トランボは受賞したときのスピーチで、次のように述べた。
 被害者しかいなかった。最終的には、私たちはみな被害者だった。例外なしにほとんどの人は言いたくないことを言わされ、やりたくないことをやらされ、お互いに求めてもいないのに傷つけあった。右であれ、左であれ、中道であれ、誰一人として罪の意識なしには長い悪夢から立ち上がれるものはいない。むひょう、そうなんですね。厳しい指摘です。
 後に大統領となったロナルド・レーガンは、映画俳優ギルドの会長をしていたが、1947年4月という早い時期からギルド内の共産党員と疑わしき者の名前をひそかにFBIに渡していた。情報提供者として、レーガンはT-10という暗証番号を与えられていた。
 うへーっ、やっぱりレーガンって、最低の男ですよね。単なるマッチョな好戦派というだけでなく、恥ずべきたれこみ屋だったというのですね。
 1999年にエリア・カザンが映画アカデミー名誉賞を受賞したとき、多くの人々がカザンを情報提供者として非難した。うーん、ここは私にとって難しいところです。しかし、アメリカの良心にとって、ことは単なる過去のこととすまされる問題ではないという指摘ももっともです。実に重たい問題提起がなされており、手に取ると、名実ともにずっしり重たい本でした。
(2008年9月刊。933円+税)

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