弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2008年12月11日

人が壊れてゆく職場

司法

著者:笹山 尚人、 発行:光文社新書

若者に安定した雇用を保障しないでおいて、「今時の若者には我慢が足らない」なんて言う資格はありません。とりわけ、日本経団連の御手洗会長なんて、まったくもって許し難い存在です。自己保身と自分の取り巻き、そして大株主の利益を守っていたらいいなんていう発想の人物に、日本の将来を語る資格なんてあろうはずがありません。トヨタや日産、そしてイスズなどの自動車産業もそうですよね。
 たしかに、アメリカの金融危機に発した深刻な不況のなかで自動車産業がピンチになっているのは理解できます。それでも、若者の首切りをする前にやるべき企業努力というのがあるのではありませんか。なにより、これまでの貯め込み資産を吐き出し、雇用存続を前提としての知恵と工夫を働かすべきではないでしょうか。
 この本は、若手の労働弁護士の手になる奮闘記ですが、大変、今の若者に役立つ、実践的な内容となっています。
 「管理監督者」とは、経営者に近い立場の実体を有する労働者を指すのであって、「科長」とか「マネージャー」という名前で決まるものではない。「管理職」に祭り上げることによって残業代を払わなくてもよいという会社の取り扱いは、実のところ、残業代を払わないための偽装にすぎない。就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。
 要するに、就業規則の水準に満たない合意は無効なのである。
 裁判は生き物であるから、当初は想定しなかった事情が出現して成り行きが変わっていくことも当然ある。だから、労働者から「不当に解雇されました」と訴えられても、「そうですね。不当ですね」とはうっかり口にすることはできない。慎重に回答せざるを得ない。
 この点は、本当にそうなんです。思わぬ反論が出てくることがあるのが裁判です。
 労働審判は、弁護士にとっても大変使い勝手が良い。
 7割の事件は、申立から3ヶ月以内に話し合い(調停)で事件全体が解決している。
 この本には、労働審判でうまく決着のついた事件が紹介されていて、参考になります。
 録音テープが有効なのか、とくに隠し撮りテープは証拠として使えるか、ということにも触れられています。私も、この本にあるとおり、たとえ相手方の同意のない録音であっても、内容がよれば基本的に証拠としてつかうべきだし、裁判所も採用する(させるべきもの)と考えています。
 著者は、若者たちの非正規雇用をめぐる事件で、弁護士費用がいくらかかるのか、それをどうしたのかについても触れています。たとえば、着手金は実費程度とし、報酬は上げた成果の1割とする、という具合です。
 本当に助けを必要としている労働者を、弁護士の側で拒否することがあってはならない。まったく同感です。
非正規雇用に関わる弁護士の仕事は、実に気持ちがいい。本当に助けを必要としている人の役に立てたという実感があるからだ。そこに非正規雇用の権利問題に取り組む醍醐味がある。
 いやあ、実にそのとおりです。著者には引き続き、大いにがんばってほしいと思います。といっても、先日の相談のとき、まずは自分でやれることをやってから来て下さい、と言ってお引き取り願ったことはありました。なんでも弁護士に任せてしまえば安心だという姿勢でも困るのです。弁護士と一緒になって取り組み、なんとかいい方向で解決を図りたい。そんな若者であれば、私も協力を惜しみません。
 先週、日比谷公園を歩きました。大きな銀杏の木が黄色く輝いていて、つい見とれてしまいました。ところが、あいにくの強風で、黄金の葉が舞い上がります。桐一葉、落ちて天下の秋を知る。ではありませんが、銀杏の木の葉が風で舞うのを見て、秋の終わりを実感しました。銀杏の木のなかに一本だけ緑の濃い葉をつけたものがあり、銀杏でも種類が違うのかなと友人と話したことでした。絵を描いている友人は銀杏の黄色をカンバスに描き出すのはとても難しいという話をしてくれました。それでも、静かに絵を描く時間を持つと、とても心が休まるだろうと思いました。
 翌朝、福岡に帰ると雪が降っていました。いよいよ冬突入です。
(2008年9月刊。760円+税)

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