弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2008年11月13日

イラク崩壊

著者:吉岡 一、 発行:合同出版

 日本は今もアメリカのイラク侵略戦争に深く関わっています。一見、平和な日本は遠く離れたイラクの人々をアメリカ軍が殺しているのに加担していることは動かしがたい事実です。4月の名古屋高裁判決も、そのことを明確に指摘しています。ところが、多くの日本人は私を含めて、そのことの実感が持てないままでいます。無理もありません。イラクの実情がほとんど日本に伝えられていないためです。
 この本は、朝日新聞の元中東アフリカ総局特派員として、バクダッドにも駐在していた記者による生々しいレポートです。支局周辺だけでなく、イラクに住む普通の人々のナマの現実をもっと知りたいと思いますが、そうは言っても、この本だけでもすごい迫力があります。アメリカのイラク侵略戦争が間違いだということは、この本からも明らかです。ですから、少なくとも日本は一刻も早くアメリカのイラク侵略戦争に加担するのをやめるべきです。
 バグダッド陥落時にアメリカ軍が真っ先に占領したイラク石油省を、アメリカは2004年春に手放した。アメリカのつぎ込んだ戦費が91兆円(8,450億ドル)。アメリカの支払った代価の総額は324兆円(3兆ドル)をこえたと言われる今、石油利権だけでイラク戦争を説明するのは難しい。
イラクにいたとき、強盗に襲われることを考えて、1万ドルの現金を次のように小分けして身体に身につけていた。まず、4000ドルを二つにわけ、ビニール袋に入れて靴底に隠す。財布の中には800ドルを入れ、最初に強盗にくれてやる分とする。さらに1200ドルをウェストポーチの隠しポケットに入れる。強盗が「まだあるだろう」と言ってきたときに差し出す。さらに、腹巻の中に残る4000ドルを隠す。命を奪われそうな時にはこれを差し出す。
 うーん、な、なーるほど。ここまで小分けして次の手を繰り出して時間を稼いで、生命だけは助かろうというのですね。すごい工夫ですよね。
 イラク人は、武器を家庭に備える習慣がある。だから、一家に1丁や2丁は必ず拳銃がある。 
 大きな問題は、アメリカ軍がいい加減なタレこみ情報に基づいて「容疑者」宅を襲撃すること、そして、男ならだれでも捕まえてしまうやり方にあった。容疑者には、2500ドルの報奨金がアメリカ軍から支払われる。そして、アメリカ兵は家宅捜索のたびに、イラク人の持っている現金を持ち去る。
 アメリカ兵にとって、見えない敵、不気味な沈黙、突然の襲撃、というゲリラ戦の恐怖が次第に募った。それが、無実の市民の拘束や誤射による市民の殺害、デモ隊への発砲という不始末を積み重ねる要因となっていった。
 イラクの人は次のように言う。
 ここの人間は、今や誰でもアメリカと戦う。子どもも同じだ。いま、アメリカと戦う人間は2種類いる。直接に武器を持って戦う人間、そして、聖戦士に資金を援助する人間だ。
 アメリカ軍は、今なお、アメリカ軍に対する攻撃者をテロリストと呼んでいる。しかし、それはもはや、一部の孤立した武装集団による攻撃ではない。イラクの国民運動なのである。
 いま、イラク政府の腐敗はすさまじい。イラク国防省では、ヘリ購入契約を巡って250億円が闇に消えた。電力省は、2億ドルの発電所建設契約をアメリカの企業と結んだ。しかし、実際に支払われたのは3億ドル。しかも、発電所は完成されなかった。
 イラク復興資金は20億ドルを使ったというが、まともに使われたのは500万ドルもあるだろうか、という状況である。
 イラクでは、2005年の1月に月に2回、国政選挙があった。どちらもシーア派が過半数をとった。ところがアメリカが介入した。アメリカは敵国イランの強い影響下にあるシーア派政権を認めることが出来ない。そこで、多数党派の連立政権が誕生した。政党の間で内戦に突入していった。犠牲者は1日80人ペースにまでなった。
 挙国一致内閣は、身動きならず、なにも出来ないままだった。
 アメリカは、イラクだけでなく、中東全体で民文化の芽を摘んでしまったことになる。2008年時点で、500万人のイラク人が家そして故郷さらに国を追われて異郷の地をさまよっている。これはイラク人口の2750万人の20%に近い。
 イラクの自爆件数は、08年7月末まで658件。爆弾テロによる死者は1万6千人、負傷者はその2倍の3万4千人近い。爆弾テロのうち自爆テロが37%を占める。
 自爆攻撃で死ぬのは、常に若者であり、命じる年長者は最後まで死なない。
 殉教攻撃で死んだ者は天国に行くことができる。そこでは、一生72人の処女が付き従ってくれる。このように信じて死地に赴く。自爆テロを止めるには、アメリカ軍がイラクから撤退するしかない。
 イラクにアメリカ兵は16万人いる。基地業務などで働く民間人が15万人をこえる。民間軍事(戦争)会社の要因が1万3千人。そのすべてが、イラクの国内法の適用が除外される特権的な存在である。
 この本の最後に、私もよく知っている高松あすなろの会の鍋谷賢一氏の名前があがっていたのに驚きました。最初に原稿を読んで応援したのだそうです。えらいものです。
 日弁連会館前にある日比谷公園は、すっかり秋景色でした。皇居前広場の銀杏並木は見事に黄金色となっていました。晩秋になって寒さも一入、コート姿が目立つようになりました。皆さん、風邪などひかれませんように。
(2008年9月刊。1800円+税)

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