弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2008年8月19日

破産者オウム真理教

司法

著者:阿部三郎、出版社:朝日新聞出版
 今から、もう20年近くも前のことになるかと思うと、感慨深いものがあります。
 1989年11月4日、横浜の坂本堤弁護士(33歳)とその奥さん(29歳)と長男(1歳)がオウム真理教に虐殺されてしまいました。真犯人はなかなか判明せず、「神隠し」にあったような状況が続きました。私も、坂本弁護士一家の住んでいた横浜市磯子区のアパートを日弁連の理事の一人として現地を見に行ってきました。このとき、占い師というのは、本当にあてにならない存在だということを実感したものです。誰ひとりとして犯人がオウム真理教であること、既に全員が殺害されていること、3人の遺体は分散して山中に埋められていることを当てることはできませんでした。
 この本は、そんな殺人者集団であるオウム真理教に破産管財人として関わった弁護士の体験記です。私も弁護士として、大いに勉強になりました。それにしても、こんな犯罪者集団に今なお「信者」がいて、活発に活動しているという世の中の不可思議さに、驚きを禁じえません。いったい、世の中って、どうなっているんでしょうか・・・。これって、冤罪でもなければ、国家権力による不当弾圧事件でもないと私は確信しています。
 東京の公証役場事務長拉致事件が起きたのは1995年2月末。事務長の妹がオウム真理教の信者であり、逃げ出したために、その所在を聞き出すために拉致されて麻酔薬を注射され、翌日には死亡した。そして遺体は上九一色村内の教団施設で焼却されていた。
 そして翌3月の20日に、地下鉄サリン事件が発生する。私も月に1度以上は東京の地下鉄を利用していますが、霞ヶ関駅で化学兵器による無差別テロ事件が起きたのです。12人の死者と5500人のサリン中毒症の被害者が出ました。
 破産管財人を引き受けたのは、元日弁連会長。もちろん一人ではやれません。有能な弁護士補佐として、東京・大阪の4人の弁護士を常置代理人として選任しました。
 ところが、破産管財人事務所探しで難航する。それはそうでしょうね。誰だってそんなことに事務所を貸したくありませんよね。せっかくいい物件が見つかっても、全面ガラス張りだったりして、安全性の確保に難点があったりします。
 そして管財人の身辺警護のため、自宅には24時間丸ごとの警備体制がしかれるのです。外に2人、内に2人の警察官が常駐するというのですから、大変です。これが3年も続いたのです。いやあ、本当に大変なことですね。
 オウム真理教の破産申立は、はじめは被害者側がしました。しかし、それでは、破産宣告後に必要となる莫大な費用の負担が難しい。そこで、国が別に破産申立を行い、管財業務に必要な費用の多くは、国の納める予納金でまかなうことにした。いやあ、なるほど、こういう方法があったのですね・・・。なにしろ、1ヶ所の警備費用だけで月に30万円、宣告後1年間に概算4412万円というのですから、国の支援なしには、とうていできないことです。
 オウム真理教の建物の解体費用について、危険施設の解体は自衛隊の訓練になるという理屈から、自衛隊の予算から出してもらったとのこと。なーるほど、ですね。
 さらに、オウム真理教の被害者救済のため、一般的な基金をつくって、寄付の受け皿をつくったり、また、一般債権者には被害者への配当率を高めるために残債権の譲渡をしてもらったりという工夫もなされています。こうやって、被害者への配当率は37%近くにまでなったのです。
 12年間に及んだ大変な管財業務を1冊の本にコンパクトに要領よくまとめて紹介していただきました。いろいろ勉強になりました。感謝します。
(2008年6月刊。2400円+税)

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