弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2008年8月 8日

日本人登場

江戸時代

著者:三原 文、出版社:松柏社
 江戸時代の末期から日本人の軽業見世物一座がアメリカやヨーロッパに渡って、大変な人気を集めていたなんて、知りませんでした。子どものころは、よくサーカス一座が私の住んでいた田舎町までやって来ました。親に連れられて見に行くことがありました。最近はサーカスの巡行というのはほとんど見かけません。その代わりに大がかりのマジックショーを見ることがあります。春にハウステンボスで見たのは、大きなゾウが一頭まるまる目の前から消えるマジックでした。あれれ、いったいどういう仕掛けなのか、今もって不思議でなりません。昔はやったスプーン曲げや、時計を止めるというマジックはインチキであったり、偶然と確率を利用したりだということは、頭ではそれなりに理解しているのですが・・・。ロシアのボリショイ・サーカスを見たのもずい分と前のことです。
 日本の見世物は、西洋の人々の好奇心をみたした。日本人一座の芸は並外れて優れていた。サンフランシスコにある石造りの豪華大劇場で、3000人もの観客を日本人一座の演技は高く評価された。
 慶応2年から3年にかけて、アメリカへ出かけた一座は少なくとも6座はあった。女性芸人も子ども役者もいた。
 江戸末期に活躍した軽業名人日本一は、早竹虎吉である。その虎吉の名前が刻まれた墓石と線香立が大阪市内に今も残っている。この虎吉は、不運にもニューヨークで客死している。
 この本には、日本人一座の活躍を報じるアメリカの新聞記事や写真などが紹介されています。曲芸中心の舞台は、アメリカ人の大評判を呼び、連日連夜、超満員の観客の目を楽しませた。
 すごいですね。日本人は、この分野でも幕末期にすでに世界的興行をうっていたのですね。昔の日本人は偉いものです。それにしてもよく資料を発掘しましたね。
(2008年3月刊。3500円+税)

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