弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2008年6月18日

ステータス症候群

社会

著者:マイケル・マーモット、出版社:日本評論社
 見なれない言葉です。いったい何だろう。何の病気かな・・・。そう思って読みました。読み終わったとき、オビの言葉がやっと分かりました。
 日本は、いま大切なものを失おうとしていないか。
 そうなんです。今度の後期高齢者医療制度が、その典型ですね。社会の連帯をズタズタに切って捨て、人々を政府はバラバラにしようとしています。すると、どんな社会になるか。暗黒のアメリカ社会の到来です。富めるヒトはますます富み栄え、貧しい人々はますます貧しく追いやられ、絶望と腐臭にみちた生活を余儀なくされていく。
 著者は2006年に富山で日本公衆衛生学会総会で記念講演したイギリスの教授です。健康は、連続的な勾配をもった社会格差に従うもの。これをステータス症候群と呼ぶ。自律性をもつこと、つまり自分の人生に対してどれだけのコントロールをもてるのかということ、そしてフルに社会と接点をもち、社会的活動に参加できる機会をもつこと。この二つが、健康や厚生、そして長寿に欠かせないものである。自律性(コントロール)や社会参加の機会に不平等が生じていることが、健康格差を生み出している大きな要因である。自律と参加の度合いこそ、ステータス症候群の根底に潜む問題である。
 ワシントンDCの地下鉄に乗って、メリーランド州のモンゴメリー郡まで乗車してみると、それが分かる。1マイル(1.6キロ)すすむごとに、その地区の平均寿命は1.5年ずつ長くなっていく。乗った地区に住む貧乏な黒人と下車した地区に住む裕福な白人では、なんと平均寿命は20年も違う。ロンドンでも、東へ行く地下鉄に乗ると、6駅すすむと、駅ごとに平均余命は1年短くなっていく。いやあ、これって驚きますよね。そこまで違うのですね。
 キューバの平均寿命は男性73.7歳、女性77.5歳。ところが、ロシアでは男性57歳、女性72歳。ひゃあ、すごいですね。男性は長生きできないのですか・・・。
 コスタリカやキューバ、インドのケララ州のように、貧しくても健康状態のよいところもある。逆に、アフリカのシエラレオネでは、子どもの4分の1が5歳になる前に死ぬ。男37歳、女39歳。これが平均寿命だ。平均寿命が短い最大の原因は子どもの死亡率が高いこと。
 アメリカに住む黒人の所得は1人あたり2万6000ドル。世界の標準からすると裕福ということになる。しかし、アメリカの黒人の平均寿命は71.4歳。これに対して、コスタリカは77.9歳、キューバは76.5歳。貧しい国々よりも、かなり短い。
 アメリカでは、所得の不平等と死亡率との関係は、はっきり認められる。つまり、不平等の程度が高いほど、死亡率も高い。アメリカの白人と黒人との平均寿命の差は、女性同士の差よりも、男性同士の差のほうが大きい。
 2002年、アメリカでは国民10万人あたり700人が刑務所にいた。イギリスは 132人、カナダは102人、フランスは85人。そして日本は48人だ。
 日本にはアメリカの大都市にあるような「足を踏み入れてはいけない地区」というものはない。日本社会は、人々の高い信頼によって特徴づけられる。
 アメリカでは、上位20%が全収入の46%を稼いでいる。日本では35%である。
 日本は、犯罪率が低く、教育水準が高く、所得の不平等が小さく、労使関係と経営形態では社会的結束の高さを示す国である。
 
 日本では、男児が5歳前に死ぬ確率は1000人に対して5人、女児は4人。シエラレオネでは、これが男児292人、女児265人。ロシアでは男児23人、女児17人。
 一般に貧困の程度が大きければ大きいほど、攻撃的行動の頻度も多くなる。しかし、すべての子どもがそうなるわけではなく、大半の子どもは健全である。
 ワシントンDCの若い男性の30%は18〜24歳のあいだに薬剤売買で逮捕されているが、残りの大半は決して凶悪犯罪に関わらない。
 社会的に恵まれない環境の子どもたちは、学校に入学して、さらに状況が悪化する。だから、子どもたちが人生においてよいスタートを切るためには、子どもたちの親を、支援することが大切である。
 そうなんです。少子化だからといって子どもを生めよふやせよ、それが義務だと言うだけでは意味がありません。子どもを生み育てることに国が援助を惜しまないことこそ必要なのです。そこを舛添大臣はまったく分かっていません。とてもいい本でした。
(2007年10月刊。3600円+税)

  • URL

カテゴリー

Backnumber

最近のエントリー