弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2008年5月27日

分断時代の法廷

朝鮮(韓国)

著者:韓 勝憲、出版社:岩波書店
 いやあ、すさまじい闘争がお隣の韓国では、戦後ながく続いてきたのですね、改めて思い知りました。韓国で民主主義と人権擁護のためにたたかってきた弁護士の弁論集を一冊の本にしたものです。読むにつれ、思わず襟を正されました。
 先日、有楽町の映画館で『光州5.18』という韓国映画をみてきました。土曜日朝の上映なのに、始まる前から観客がつめかけていました。大変政治色の濃い内容ですが、女性が多数を占めているのにも驚きました。
 光州事件は、1980年5月に始まった。10日間にわたって民主化を求める人々が軍隊(戒厳軍。全斗煥将軍による空挺特別部隊)の凶暴な鎮圧作戦のもとで、罪なき多くの光州市民が虐殺されました。軍隊は国家(というより、権力を握る特権階級)を守るためのものであって、フツーの市民を守るものではないことがよく分かります。
 この映画が『シルミド』『ブラザーフッド』など、韓国現代史の闇を正面からとり上げたものであるのに、興行収入としても歴代8位だというのですから、韓国映画界のすごさ、そして韓国民の意識の高さに対して、日本人として素直にシャッポを脱がざるをえません。たとえば、日本でいうと、「60年安保」や沖縄返還闘争を真正面から描いた映画ということになるのでしょうか。でも、そんな映画に日本人が740万人も映画館まで見にきて大ヒットとするなんて、とても考えられませんよね、残念ながら。
 最近、小林多喜二の「蟹工船」が流行している(売れている)そうですが、映画化されて、多くの日本人がみたということにでもなれば、少しは違うでしょう・・・。それはともかく、この『光州8.15』は、とてもいい映画です。ぜひ、みなさん映画館まで足を運んでみてください。韓国で、20年ほど前に、現実に起きた事件です。そして、日本政府は韓国の凶暴な軍事政権を物心両面にわたってずっと支えてきたのです。
 著者は検事を5年つとめたあと、1965年に弁護士に転身した。それからの40年間に、2度にわたる有罪判決を受け、8年のあいだ弁護士資格を剥奪され、また、2年ほど政府の監査院長に在任した。
 朴正熈の独裁政治のもとで、弾圧の裏面で、支配階層の腐敗が蔓延した。これに対する不満を防ぎ、抵抗を抑えるため、朴政権は階級意識の鼓吹と容共嫌疑で逆襲した。筆禍事件のとき、著者は、次のように弁論した。
 月を指しているのに、月を見ないで指だけを見るようなものだ。
 まったく言いえて妙な、たとえです。韓国の刑法には、宣告猶予というものがあるそうです。執行猶予より、さらに軽い判決だということです。
 有名な詩人である金芝河の『五賊』が、反共法で起訴されたとき、著者は『五賊』が共産主義的階級思想を鼓吹するものではなく、社会の不正腐敗を告発する作品だと強調した。
 ところが、弁護人である著者の弁論までもが反共法違反に該当するとして拘束され、被告人である金芝河と同じソウル拘置所の中で顔をあわせることになってしまった。
 日本でも、戦前、共産党員の弁護をした弁護人(弁護士)が治安維持法違反で検挙されたということがありました。目的遂行罪というものです。処罰の要件なんて、あってないような代物です。恐ろしい世の中になっていたわけです。
 韓国ではキリスト教信者が日本に比べて大変多いようです。そして、教会の牧師さんたちが社会的運動に積極的に関わっています。牧師が教会で説教し、ビラを信者に配布したところ、政府転覆を企てた、内乱陰謀にあたる、と起訴されるという事件が起きました。
 聖書と賛美歌をもって集まった女性中心の信者たちが暴力で放送局と政府庁舎を占拠し、政府の転覆を図ろうとしたということで、牧師に懲役2年の実刑が言い渡された。ところが、その2日後には保釈が認められた。信じられないことですよね、これって。
 未成年ではないが未婚の女性なので、本物の判別能力が微弱と認定されるなどの情状を酌量し、執行猶予とする。こんな判決が下されたこともあったそうです。まったく女性と若者を馬鹿にしています。でも、要するに裁判官は執行猶予にしたかっただけなんでしょうね、きっと。
 韓国では、北朝鮮スパイ事件というのも少なくないようです。その事件で、被告人が否認していると、検事が、「どこのスパイが、私はスパイですと正体を現すものか」と言ったのに対して、著者は、「だからといって、私はスパイではないという者はみんなスパイだという論法は成立しない」と切り返した。うむむ、な、なーるほど、これって、すごい反撃になっていますよね。
 民青学連事件と人革党再建委事件は2002年9月に、当時のKCIAによるでっちあげだとされたが、合計8人もの被告人が、大法院で上告が棄却されて1日もたたない18時間後に絞首刑が執行され、生命を奪われてしまった。これは拷問によるでっち上げを隠すためのものだったと思われる。いやあ、ひどい、ひどい。またく許せません。
 スパイとして死刑になった人物について「ある弔辞」というエッセーを著者が書いたところ、その哀悼文が反国家団体を利しているということで反共法違反となったということも紹介されています。まことに独裁国家は法無視の存在だと実感します。
 光州事件のあと、犠牲者の追悼行事さえも処罰の対象となった。金大中(元大統領)もこの当時、拘束されました。
 1987年6月、巨済島にある大宇造船で大規模な労使紛争が発生した。このとき、盧武鉉弁護士(つい先日まで韓国大統領でした)が、釜山から巨済島へやってきていました。このとき盧弁護士は、葬儀妨害等で警察に拘束されてしまいました。警察のうった催涙弾で死亡した労働者の埋葬地をどこにするかについて、弁護士が意見を述べただけで罪に問われるなんて、非常識きわまりありません。
 やはり、韓国は朝鮮戦争を経ているだけに、利害対立が日本に比べて格段に激しいことを実感される本でもありました。70歳をすぎた韓弁護士のますますのご壮健とご活躍を心より祈念します。
(2008年2月刊。2800円+税)

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