弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2006年11月17日

ぼくと1ルピーの神様

著者:ヴィカス・スワラップ、出版社:ランダムハウス講談社
 テレビのクイズ番組に出場。12の質問のすべてに正解し、なんと10億ルピーの賞金を獲得した少年がいます。それが、ラム・ムハンマド・トーマスです。
 フランスの通貨でユーロであること、最初に月に降りたった宇宙飛行士がアームストロングであること、現在のアメリカ大統領がジョージ・ブッシュであることを知らないのに、とびきり難問ぞろいのクイズ12問の全問に正解したというのです。ですから、インチキが疑われても当然です。なにしろ、ラム・ムハンマド・トーマスは、レストランのしがないウエイターでしかなく、まったく学問に縁が遠いからです。
 では、番組スタッフと組んでインチキをしたのか。アメリカでも日本でも、そんなことがあり、内幕が暴露されて大問題になったことがあります。でも、ここではそんなこともありえません。では、いったいどうやって12問全問正解が可能だったのか。
 この本は、ラム・ムハンマド・トーマスの生いたちをたどることによって、少しずつ謎解きをしていきます。このあたりが、小説として本当によく出来ていると感心してしまいました。なにしろ、インド社会の矛盾と悲惨な現実を、読者は次々に、ちゃんとちゃんと学ばされるのです。
 教会の神父は同性愛にふけり、隠し子をもっている。孤児院で子どもたちをもらい受ける悪党は、もらい受けた子どもに芸を仕込んでは盲目の障害児に仕立て上げ、列車で乞食をさせてもうける。
 その状況を少年はなんとか生き延びていきます。そして、その状況でつかんだものがクイズの質問と正解につながるのです。まさに奇跡です。それがほとんどわざとらしさを感じさせないのは、作家の筆力もさることながら、少年の置かれている悲惨な境遇に心を魅かれ、つい応援したくなるからでしょう。
 少年は売春宿で働く少女と恋をし、なんとかして身請けするお金をつくろうとします。また、重病人を助けるためにも大金が必要となります。そのため、このクイズ番組に応募して出場することになったのです。なかなか巧みな筋書きです。
 ラムというのは典型的なヒンドゥー教徒の名前で、ムハンマドはイスラム教徒の、トーマスはキリスト教徒の名前。だから、ラム・ムハンマド・トーマスという変わった名前は、ありえない名前なのです。
 心あたたまる、そしてゾッとする現代のおとぎ話でした。

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