弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2006年7月24日

フランス反骨変人列伝

著者:安達正勝、出版社:集英社新書
 フランスの国王に公式寵姫(ちょうき)なるシステムがあったことを初めて知りました。フランスについては、言葉とともに長く勉強してきたつもりでしたが、やはりまだまだ知らないことがたくさんあるようです。
 フランスには日本や中国のような後宮はない。なぜなら、キリスト教が王妃の子にしか王位継承権を認めないので、後宮をもうける大義名分がない。そのかわり、国王は正式な愛人を一時期に一人だけもっていいことになっていた。
 この公式寵姫は日陰の花ではない。外国大使を引見し、宮廷舞踏会や宴会を主催する公式の存在だ。むしろ王妃は、寵姫の陰に隠れるような地味な存在でしかなかった。
 マリー・アントワネットは例外。夫のルイ16世は一人の愛人ももたない希有の国王で、公式寵姫がいなかった。だから、王妃のマリー・アントワネットが公式寵姫の役割も兼ねることになった。その分、マリー・アントワネットは民衆の反感も買ってしまったわけです。
 この本で紹介されているのは、ルイ14世に妻を寝取られたモンテスパン侯爵です。モンテスパン侯爵は当時としては非常に珍しいことに恋愛結婚し、妻を熱烈に愛していました。その妻が公式寵姫となったとき、ルイ14世にあえて公然と逆らってしまったのです。どうなったか?
 臣下はすべて自分の楽しみに奉仕しなければならない。王国でもっとも美しい女性を愛人とすることは自分の義務である。これがルイ14世の考えだった。自分に不快感を与えた以上、侯爵の行為は不敬罪にあたる。モンテスパン侯爵は田舎に引っこみ、妻は死んだとして自分の領地内全域に葬儀馬車を走らせた。
 モンテスパン侯爵夫人はルイ14世との間で8人の子どもを産みました。ところが、5歳年長のマントノン侯爵夫人に公式寵姫の座を奪われてしまったのです。公式寵姫は永遠のものではありません。それで、モンテスパン夫人は夫のもとに帰ることを願いました。しかし、夫は受け入れず、修道院で過ごすことになります。そしてモンテスパン侯爵はルイ14世の宮廷に復帰しました。なんとも微妙な人間心理です。
 次にギロチンによる死刑執行を職業としていたサンソン家の6代目です。死刑存続派は世の中に多いわけですが(私は廃止派です)、6代目サンソンは確固とした死刑廃止論者でした。6代目のアンリ・クレマンは生涯に111人を処刑しました。フランス大革命のときの4代目は、なんと1年あまりで2700人もの人間の首を落としたのです。
 死刑制度は宗教と自然の法に反する。殺人は殺人によって罰せられてはならない。担当した100人以上の死刑囚のなかで、処刑の恐ろしさに震えあがっていたのはたった1人だけ。罪を自覚せず、何の反省もしていない人間を処刑するのは動物を殺すに等しい。本人に罪を自覚させ、罪を償う機会を与えるべきだ。
 死刑執行人は人々から感謝されない。どころか、忌み嫌われ、差別されている。死刑判決には喝采しても、その判決を執行する人間には侮蔑と恥辱を投げつけるのだ。これは論理的矛盾、馬鹿げた偏見だ。我々の仕事は超人的な努力を要するが、決して報われることはない。恥辱のなかで生き、汚辱のうちに死ぬ。なるほど、と思いました。
 よく雨が降ります。九州南部の洪水のひどさは大変です。北部の方はそうでもありません。蝉が鳴けないのが気の毒なほどです。雨が止んだら一斉に蝉が鳴きはじめるのを聞いて、彼らも大変だと思いました。なにしろ一週間のうちに子孫を残すために配偶相手をみつけいけないのですのですから・・・。食用ヒマワリがたくさん咲いています。

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