弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2006年4月 7日

いなかのせんきょ

著者:藤谷 治、出版社:祥伝社
 談合、根回し、饗応、買収。無理が通って道理が引っ込む。キレイゴトではすまんぞ、田舎ってとこは・・・。
 珍しい選挙小説です。日本のドロドロとした選挙戦の一端がにじみ出ていると思いました。それにつけても、戸別訪問が公職選挙法で禁止されているのは天下の悪法です。先進国では、どこでも戸別訪問こそが選挙運動の中心柱となっています。アメリカのようにテレビ宣伝が柱となると、お金はいくらあっても足りません。まさに金権選挙です。日本でも、小泉流のマスメディア露出度のみをねらった派手な金権選挙が、アメリカにならって年々ひどくなっています。嘆かわしいことです。
 ひょんなことから村長選にうって出ることになった清春は、地道に街頭でマイクを握って訴えてまわります。お金なし、看板なし、後援組織なしの孤独な闘いです。敵は村内の有力企業をひとまとめにしています。それでもへこたれず、あきらめずに清春は、明日が投票日という最終盤にマイクを握ってトツトツと訴えます。方言まる出しです。
 「平山さん(対立候補)は、しきりに公共事業の導入と映画館の招致を訴えている。雇用の拡充と観光収入が見込めるから、それは一つの見識かもしれない。でも、俺はそんな経済政策には反対だ。山を切り崩して平地にして、村中を排気ガスだらけにして工事して、国道だの映画館だの作ってどうする。公共事業は収入が安定するかもしれないが、それだって長い目で見ればしょせん臨時収入さ。それで村には借金が残る。俺らの生きてるうちにはとても返せないような借金が、・・・。
 たしかに、この村にはマクドナルドもセブンイレブンもない。でも、山には鹿や狸があって、ちょっとは山桜もある。鮎は全国有数だといって日本中から川釣りの客が来る。都会の人には、そんなところが村の魅力なんだ。俺は都会風に発展するより、村らしい発展のあり方を工夫した方がいい。たとえば、山道を歩きやすいようにするとか年寄りに古い知恵を借りるとか、介護を役人まかせにしないで、みんなで助けあってやるとか、そんな地道な、手づくりが俺ららしい発展ではないか。都会風の発展がいいか、村らしい発展がいいか、どっちか決めてくれ。俺の考えに賛成してくれるなら、俺は一生けん命働くよ」
 うーん。心にしみるいい話です。思わず目頭がじーんと熱くなってしまいました。私の住む町にも大型スーパーが出来て、近くの商店街は壊滅状態となり、デパートは2つともつぶれてしまいました。いま新幹線工事と湾岸道路の建設がどんどんすすんでいます。本当に住みやすい町をつくるというより、相変わらず大型公共優先です。その裏で福祉予算がどんどん切り捨てられています。
 村の人々の心をつかんで、見事に清春は村長に当選しました。でも、問題は、これから、村長になってからのことでしょうね。
 大分にビラを配っただけで逮捕され起訴された市会議員がいます。今どき、なんということでしょうか。日本では選挙が始まると、憲法で保障された表現の自由が警察によっていとも簡単に踏みにじられてしまうのです。恐ろしいことですよね。
 日本の選挙のあり方を考えさせる良質の選挙小説だと思いました。

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