弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2006年3月 6日

金沢城のヒキガエル

著者:奥野良之助、出版社:平凡社ライブラリー
 いやー、面白い。ホント、おもしろい本です。たくさん本を読んでいると、ときどき、これっていう本にぶちあたります。そんな本です。カエルの本ですが、人間の生き方まで考え直させる、そんな素晴らしい本です。
 カエルはわが家の庭にもたくさんいます。小さなツチガエルと梅雨時のミドリガエルです。この本に登場するのは、大きなヒキガエルです。昨年、金沢城を見物してきましたが、金沢城内にまだ金沢大学があったころ、大学教授が10年のあいだ、夜な夜な城内を徘徊し、夜行性のカエルたちの生態を調べあげたのです。うーむ、学者ってすごーい・・。
 ところが、ヒキガエルたちは、最後には絶滅してしまったのです。メダカも今や絶滅の危機に瀕していると言いますが、カエルの世界も安穏としておれない世の中になってしまいました。みんな人間のせいなのです。罪深い人間です。いつまでも万物の霊長なんて威張ってはおれないはずなのですが、てんで、その自覚に乏しいのが人間です・・・。
 著者は、金沢城本丸跡付近にいるヒキガエルのうち1526匹について個体識別し、 10年間も観察しました。
 ヤマカガシはカエルを専門に食べるヘビだ。だから、ヤマカガシを見たらカエルはすくんで動けなくなる。そんな話がある。そこで、著者は生まれてまもない小さなヤマカガシをヒキガエルの前に置いた。すると、どうだろう。ヒキガエルはのそのそと歩いてヤマカガシをのぞきこみ、ぺろっと舌をくりだして頭から呑みこんでしまった。カエルがヘビを食べるなんて、ええーっ、そんな・・・。
 カエルの個体を識別するため、4本の足から1本ずつ、計4本を切り落とす。カエルは前足に4本、後足に5本の指をもっている。だから、左前足、右前足、左後足、右後足の順に切りとった指の番号をならべて4桁の数字をつけ、それを個体番号とするのだ。カエルの足を切り落とすとき、そのたびにカエルは目をつむり痛そうな顔をする。最後には全身からうっすらと毒液をにじませる。相当こたえているようすだ。だから、いつも、ゴメンネ、と声をかけて切ったと著者は弁明する。
 ヒキガエルは自分の繁殖池をだいたい決めて、めったに変えない。ヒキガエルは乾燥に適応していったグループで、オタマジャシから変態して上陸するや、繁殖期以外は一生、水の中には入らない。ヒキガエルは日没後に活動し、雨がふると時間にかまわず出てくる。
雨が降ってヒキガエルが活動をはじめるのは、降雨とともに地表にあらわれる好物の餌を求めてのことである。
 ヒキガエルは虫やミミズ、ナメクジやカタツムリなどを食べている。ミミズの一匹でものみこむと、満足してねぐらに帰り、当分、地面に出てこない。ヒキガエルは信じられないほど無欲で、わずかな餌で満足し、蛙生の大半を寝て暮らしている。
 蛙は口からは水を飲まず、体表から土のなかの水分を吸収している。だから、ねぐらの土が湿ってさえいれば水分は補給できる。ヒキガエルは乾燥に強く、体重が半分になっても死なない。
 変温動物のカエルは身体の芯まで冷えきって代謝はほぼ止まってしまうから、冬眠中はほとんどエネルギーを使わない。ヒキガエルの一年のなかで、冬眠の4ヶ月ほどが一番安全な時期でもある。
 ヒキガエルの繁殖は交尾とはいわず抱接という。メスが産み出した卵に体外でオスの精子をかける。そのため、オスがメスの背中に乗り前足でしっかりと抱きかかえる。オスの前足は前年秋から太くなりはじめ、繁殖期にはポパイの腕のようにたくましくなる。そのうえ、前足の指の背側に黒いざらざらしたかさぶたのようなものが発達して、メスに抱きついたときのすべり止めの役を果たす。メスは、卵でお腹がふくらんでいる以外に変わりはない。オスはメスの2〜3倍もいるので、抱接できないオスは多い。
 オスは昂然と頭を高くかかげてメスを待つ。しかし、お互いにまったく没交渉で、それぞれただひたすらメスの来るのを待つ。オス同士でのナワバリ争いというものはない。カエルは動いているものにとびついて抱きつく。相手がオスだったとき、そのオスは鳴いて間違いだと教える。これをリリースコールという。おい、はなせよ、というわけ。
 ヒキガエルは夏は夏眠、秋にちょっと働いてすぐに冬眠。春に10日ほど繁殖に精を出したらすぐに春眠する。
 ヒキガエルのオスは3歳で成熟し、最高11歳まで生きる。メスは4歳で成熟して卵を生み、最高9歳まで生きる。オタマジャクシから子ガエルになって上陸したあとの夏に 97%の子ガエルは死んでしまう。
 ヒキガエルはケンカしない。餌をとる場所も寝る場所も共有。他の個体に干渉せず、勝手に生きている。ほぼ完全な個人主義者の集まりが、ヒキガエルの社会である。オス同士も争うことはない。
 ヒキガエルにも障害をもつものがいる。著者の観察したなかに3本足のカエルがいました。でも、立派に8年間は生きのびたのです。あくせくせずに生きているカエル社会の話です。人間社会も参考とすべきではないでしょうか。
 実は、この本は私が大学生時代のころの観察をもとにしたものなのです。そのころの様子も軽妙なタッチで描かれています。公務員削減などで人間社会にうるおいがなくなっていることの問題点も指摘されています。ちょっと気分転換したいと思うときに読む本として、おすすめします。

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