弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2005年12月28日

生きて死ぬ智慧

著者:柳澤桂子、出版社:小学館
 私の父が死んだのは72歳のときですから、もうかなり前のことです。胃ガンに始まり、いったん全快しましたが、肺に転移して亡くなりました。病院で父が好んで読んでいたもののひとつに般若心経がありました。
 般若心経(はんにゃしんきょう)は、全文わずか14行の短い文章です。でも、漢字ばっかりですから、意味を理解するのはとてもできません。
 この本は、長く病気に苦しめられてきた生命科学者である著者による解説と英訳までついていますので、なるほど、そういう意味だったのかと得心することができます。
 色即是空
 空即是色
 有名な文句です。これを著者は次のように解説しています。
 お聞きなさい。私たちは広大な宇宙のなかに存在します。宇宙では、形という固定したものはありません。実体がないのです。
 宇宙は粒子に満ちています。粒子は自由に動きまわって形を変えて、お互いの関係の安定したところで静止します。
 お聞きなさい。形のあるもの、いいかえれば物質的存在を私たちは現象としてとらえているのですが、現象というものは時々刻々変化するものであって、変化しない実体というものはありません。
 実体がないからこそ形をつくれるのです。実体がなくて、変化するからこそ物質であることができるのです。
 うーむ、なんだか量子力学の解説書のようです。ちょうど量子力学について少し本を読んだばかりでしたので、とっさにそう思いました。極小の世界と宇宙のはての世界とが同じようなものだということに、すごく魅かれてしまいます。
 それはともかくとして、実体はないけど、私はいまここに存在しています。不思議な存在です。100年前にも、100年後にも私は存在しませんが、私を構成する粒子は、どちらにも存在するのです。
 乃至無老死
 亦無老死尽
 こうして、ついに老いもなく、死もなく、老いと死がなくなるということもないという心に至るのです。老いとか死が実際にあっても、それを恐れることがないのです。
 いかにも仏教図のような絵がバックにあり、解説文の雰囲気を伝えてくれます。心が洗われる気のする本です。

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