弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2005年12月28日

20世紀、日本の歴史学

著者:永原慶二、出版社:吉川弘文館
 明治維新以来、学問としての歴史学がどのように展開してきたかを系統的にふり返った本です。門外漢ながら、大変勉強になりました。
 明治24年(1891年)、帝国大学(これは、それまでの東京大学を改めた名称です)の久米邦武教授が神道は祭天の古俗という論文を発表しました。神信仰は、どの民族においても共通に見いだされる祭天の古俗だとしたのです。それを、日本だけの宗教であり、国体の基礎であるという説は根本的に誤っているとしたわけです。ところが、神道・国学派から激しく反撃され、ついに久米は帝国大学教授から放逐されてしまいました。
 明治44年、国定教科書が南北両朝併立説に立って記述されていることが国会で問題になりました。ときの桂太郎内閣は、南朝を正統王朝と決めて、教科書を訂正させてしまいました。北朝は吉野の朝廷と表現されたのです。両朝併立問題という長いあいだ学説が対立してきたことが、政治的に決定されてしまうというのは学会にとって屈辱的なことであり、学問が権力によって支配されることを意味します。
 著者は網野善彦氏の中世社会史像について高く評価しつつ、イデオロギーと現実の混同があると厳しく批判もしています。
 網野は、中世を民衆世界に生きつづけた本源的自由が失われていく過程であり、女性の地位が低下していく時代として悲劇的に描いている。網野の歴史認識はペシミスティックで、世の中は悪くなるという見方である。網野の歴史観は一種の空想的浪漫主義的歴史観の傾向をもっている。近現代を否定的にとらえ、本源的自由という幻影や「無縁」的自由を礼賛的に描き出す手法に不安を感じる、としています。
 また、支配−被支配関係抜きの「平民」論からは「統合」の問題について論理上からも展開が難しいと言って批判しています。
 うーむ、なるほど、そのような批判があるのかと思い知らされました。著者は昨年(2004年)に亡くなりましたが、日本の歴史学の第一人者として大きく貢献してきた人物です。

  • URL

カテゴリー

Backnumber

最近のエントリー