弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2005年8月19日

ワインと戦争

著者:ドン&ペティ・クラドストラップ、出版社:飛鳥新社
 ヒトラーは鷲の巣と呼ばれる山荘に貴重な超高級ワインを貯めこんでいました。ナチス・ドイツが1945年5月、シャトー・ラフィット・ロートシルト、シャトー・ムートン・ロートシルト、シャトー・ラトゥール、シャトー・ディルケム、ロマネ・コンティなどなど、古今第一級のワインが50万本もありました。なんとなんと・・・。
 ところが、実はヒトラー本人はまったくワインに興味をもっていなかったというのです。ひと口、有名なワインを味わったとき、ヒトラーは、「ただの酢と少しも変わらないじゃないか」と言ったそうです。でも、ほかのナチスの高級幹部はそうではありません。ゲッベルス宣伝相は洗練されたブルゴーニュ・ワインを好み、ゲーリング元帥は偉大なボルドー・ワイン、とりわけシャトー・ラフィット・ロートシルトがお気に入りでした。リッペントロップ外相はシャンパーニュの愛好家であり、パーペン元首相もワイン通です。
 この本は、ナチス・ドイツに占領されたフランスのワイン産地がどうやって守られていったが、その苦労のほどを明らかにしています。
 シャトー・ラフィット・ロートシルトを守るため、ヴィシー政府はこれを没収した。フランス政府の財産にして、ドイツ軍当局に没収させないようにしたのです。
 ドイツのためのワイン総統という役割を果たす人間がいて、面従腹背の危ない綱渡りをしていったようです。さすがはワインを愛するフランス人ですね。
 ブドウに最適な土壌は、水はけがよく、根が地中深く下がり、砂利の多い土地。そこは野菜には、あまり適しない。ブドウは過酷な条件の方が良く育ち、野菜は甘やかさなければいけない。
 アルザスでは、少なくとも4万人の若者がドイツ軍として、ほとんどロシア戦線で戦死した。終戦直後、ドイツ軍はボルドーを撤退するとき、攻撃しないなら港は爆破しないと提案し、レジスタンスはそれに同意した。それで、ボルドーは救われた。
 戦争が終わって、対独協力者は厳しく処罰された。レジスタンスによる即決裁判で、少なくとも4500人が死刑に処せられた。フランス新政府は、対独協力の罪で7000人に死刑を宣告し、800人が処刑された。別に3万8000人が刑務所に入れられた。
 ところで、私はこの夏、ボルドーワインの産地のひとつ、サンテミリオンに3泊してきました。見渡すかぎりのワイン畑のなかのホテルです。陽差しは暑いのですが、人々は日光浴を楽しんでいました。木陰にいて風が吹くと、涼しくて暑さを忘れます。美味しいワインをしっかり堪能し、久しぶりに生命の洗濯をしてきました。

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