弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2005年5月13日

国家の罠

著者:佐藤 優、出版社:新潮社
 鈴木宗男代議士の腰巾着とも、外務省のラスプーチンとも呼ばれていて、今や刑事被告人となった男性による弁明・反論の書物です。
 著者は鈴木代議士を今も高く評価しています。鈴木氏は学校の成績とは別の、本質的な頭の良さ、類い希な「地(じ)アタマ」をもった政治家だった。鈴木には嫉妬心が希薄だ。そうなのかなー、そうなのかもしれないな。でも、同世代の私にはあのエゲツなさ(もちろん会ったことはないのですが・・・)には、辟易します。旧来の典型的な政治屋としか思えないのですが・・・。
 次のような構図が描かれています。外務省は田中真紀子外相によって組織が弱体化したことから、これまで潜在化していた省内対立を顕在化させ、機能不全を起こして組織全体が危機的な状況へと陥った。そこで、危機の元凶となった田中女史を放逐するために鈴木宗男の政治的影響力を最大限に活用した。そして田中女史が放逐されたあとは、「用ずみ」となった鈴木宗男を整理した。その過程で鈴木宗男と親しかった著者も整理された・・・。
 田中真紀子女史が外相のとき、アメリカのアーミテージ国務副長官との会談をドタキャンした話は有名です。このとき、田中女史は、公務に従事していたわけでもなく、実は大臣就任祝いにもらった胡蝶蘭への礼状を書いていたという話が紹介されています。驚くべき馬鹿げた話です。アメリカの言いなりにはならないぞという決意を示したまでという裏話でもあれば救われる気がしますが・・・。
 ところで、外務省幹部の日本人観は次のようなものだそうです。日本人の実質識字率は5%でしかないから、新聞は影響力をもたない。物事は、ワイドショーと週刊誌の中吊り広告で動いていく。
 イスラエルの人口600万人のうちアラブ系100万人を除くと、旧ソ連諸国から移住した100万人はユダヤ人の2割を占めることになる。それほどロシア系の人々はイスラエルに力をもっている。したがって、ロシア内部のことはイスラエルにいてもよく分かる関係にある。このように著者は説明しています。はじめて両者の関係を知りました。日本の東郷茂徳元外相の妻(エディ夫人)はユダヤ系だそうです。これまた初めて知りました。
 著者が逮捕されてからついた弁護人は、いずれもヤメ検だったようです。その弁護人が著者に何とすすめたか、興味深いところです。土日は弁護士面会がないので、週末に検察官は徹底的に落とそうと攻勢をかけてくる。だんだん検察官が味方に見え、弁護人が敵に見えてくるようになる。その策略に気をつけるべきだ。国家が本気になれば、何だってできる。ロシアでも日本でも、それは同じこと。国策捜査の対象になったら絶対に勝てない。自分は何もやっていないのに不当逮捕されたから黙秘するというのもひとつの選択だが、公判の現状では黙秘は不利だ。とくに特捜事案では黙秘しない方がよい。事実関係をきちんと話して否認することだ。
 うーん、黙秘はすすめないのかなー・・・。不当逮捕(デッチ上げ)事件で完全黙秘をすすめたことのある私は、いささか疑問に思いました。実は、取調べにあたった検察官も次のように言ったそうです。
 中村喜四郎(元建設相)は、過激派みたいに本当に黙秘するもんだから、こっち(検察)だって徹底的にやっちまえという気持ちになった。うーん、そうなのかー・・・。
 山本譲司元代議士(一審の実刑判決に控訴せず服役しました。その刑務所体験記を本にして、最近、テレビドラマになりましたね・・・)については、内部告発があったので、検察庁としても手をつけざるをえなくなった。まさか実刑になるとは思っていなかった。世論が税金の使い方に厳しくなったことに裁判所が敏感に反応したのだ。裁判所というところは結構、世論に敏感だから・・・。
 この事件は、鈴木宗男を狙った国策捜査なんだ・・・。横領だと個人犯罪だけど、背任にしたら組織を巻きこむことができる・・・。検察官の言葉だそうです。
 著者は2000年までに日露平和条約を締結するという国策の実現のために必死に動いてきただけだ。このようにしきりに強調しています。しかし、著者が国策、国策というのを強調するのに、かなり違和感を感じて仕方がありませんでした。それは日本の外交官全体に対する私の徹底した不信感から来るものかもしれません。いったい、これまでの戦後日本の外交にアメリカを離れた独自の視点と行動があったのでしょうか。もしあったというのなら、それを国民の目の前に分かりやすく形で示してほしいものです。小さな私的利益が大きな国策というオブラートに包まれているだけなのではないのか・・・。アメリカでライス国務長官から町村外相が常任理事国入りを焦っていることをたしなめられたという記事を読んで、改めてそのように痛感しました。
 それにしても、密室で取調べにあたった検事の言動がここまで具体的に明らかにされると、検察官の言動は一層慎重になることを期待してもよさそうですが、どんなものでしょうか・・・。

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