弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2005年2月 1日

市民と武装

著者:小熊英二、出版社:慶應義塾大学出版会
 現在、アメリカ全土に2億2千万挺の銃があり、最低25ドルで購入できる。10代の死亡原因の4分の1は銃によるもの。高校生の4分の1近くが学校に銃を持ちこんでいる。1990年におきた2万3千件の殺人事件のうち6割で銃が使われた。どうして、こうなったのか?
 先住民や自然の脅威にさらされていた植民者たちの開拓共同体にとって、構成員の武装は権利というよりも、共同体の防衛に不可欠な義務だった。そのため、独立以前のヴァージニアでは家長の武装を要求しており、貧しくて銃が買えないときには政府が供給することにしていた。武装の有無のチェックの場は教会であり、毎日曜の礼拝には銃を持参しなければならなかった。同じころ、マサチューセッツでは、非武装の市民には課税していた。防衛で貢献できないのなら、税を支払って貢献すべしというわけだ。1792年、連邦議会は軍務年齢の市民に全員武装を要求した。
 アメリカの独立戦争のとき、独立革命軍に参加した開拓民たちは対先住民戦の経験者たちだった。植民者は、先住民を文明の圏外とみなし、だまし打ち、非戦闘員の殺害、略奪、焦土戦術など、あらゆる手段を用いた。先住民たちの多くの部族はアメリカ植民者と戦うためイギリス軍と同盟したので、アメリカ軍は焦土戦術で対抗した。
 イギリス側が黒人奴隷に対して、武器をとって国王の軍隊に参加するなら自由を与えると宣言したため、大量の黒人奴隷がイギリス側に逃亡し、アメリカ側は大きな衝撃を受けた。独立派は黒人を兵士に徴募しなかった。武装する権利は自由な市民のものであり、黒人は奴隷はもちろん自由黒人であっても、その権利はなかった。
 イギリス軍には黒人や浮浪者などが含まれ、王政の方が、均質な市民の共同体よりも、多様性に寛容であるという皮肉な事態が出現していた。
 独立軍の方も次第に黒人の参加を認めるようになっていき、最終的には5000人の黒人が参加した。黒人解放運動にとって、武装の獲得と防衛への参加が大きな目標の一つとなっていた。
 アメリカで銃規制がすすまない歴史的経過を知ることができた。

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