弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

アメリカ

2019年7月 2日

マルコムX(下)

(霧山昴)
著者 マニング・マラブル 、 出版  白水社

ついにマルコムXが暗殺される瞬間が近づいてきます。
予兆はいくつもありました。マルコムXの信奉者たちがネイション・オブ・イスラムの信者たちから集団で襲撃され、あるいは殺害されます。そして、ついにマルコムXの自宅が焼き打ちされるのです。ところが、自宅焼き打ちについて、世間の注目をひくための自作自演だというデマを飛ばす人がいて、世間でもそれを信じる人が少なくなかったのです。それは、マルコムXが、いつも大ボラを吹いているという偏見にもとづく誤解でもありました。
警察はマルコムXの暗殺計画がすすんでいることを察知しながら、それを防ぐための手立てを何も講じませんでした。といっても、マルコムXの暗殺犯たちにFBIや警察が手を貸したということではないようです。
マルコムXは暗殺を恐れていなかったとのことです。それは考えが甘かったというより、殉教師になるのも一つの道ではないかという達観から来ていました。決してあきらめの境地にあったのではありません。
1965年初めには、マルコムXの側近たちは、そのほとんどが、このままでは、そのうちマルコムXは殺されると思っていた。だから、どうしたらマルコムXを救うことができるかと考えていた。
マルコムXは、当時、あらゆるものに追い詰められていたが、もともと心の内をなかなか明かさない人間だったので、このときも思っていることを話していない。
今から考えると、マルコムXは、死を避けたり逃れたりはしまいと決めていた。死を望んでいたわけではないが、それを自分の宿命から外すことのできないものとして、受け入れる覚悟があったようだ。
演説会場に入るとき、参加者が銃器をもっていないか調べることをマルコムXは禁じた。そして、自分の警備員(ガードマン)には一人を除いて武器をもたせなかった。銃撃戦になったとき、暗殺犯は、おそらく丸腰のガードマンを撃たないだろう。誰かが死ななければならないのなら、それは自分でいい。マルコムXはそんな結論に達していたのではないか・・・。
FBIもニューヨーク市警も、マルコムXの運命への介入について、同じくらい消極的でマルコムXの生命が脅かされても、捜査せずに身を引き、犯罪が起きるのを待っていた。結局、暗殺犯たちは演説会場に銃をもって立ち入り、ちょっとした騒動を起こして、演壇にいるマルコムXを銃撃し、殺害してしまったのです。それは、ネイション・オブ・イスラムの組織した暗殺集団でした。
暗殺班の構成員は、みなイライジャ・ムハマドの熱心な信奉者であり、マルコムXを殺すためには自分の命を犠牲にする用意があった。暗殺を企てる者が死をいとわないのなら、誰でも殺すことができる。これって、自爆犯と同じだということですよね。
こうやってマルコムXの暗殺の瞬間が解明されていますが、この本は同時に、マルコムXがメッカ巡礼し、アフリカ諸国をめぐったことによる思想的転換を具体的にあとづけています。そこが大変興味深いところでした。とはいっても、当時のアフリカは独立の英雄が独裁者に転化しつつあったり、各国とも政情は単純ではありませんでした。
本書の結論で書かれていることを紹介します。
黒人の人間性に対する深い尊敬と確信が、革命的な理想家マルコムXの信念の中心にあった。そして、マルコムXの思い描く理想の社会に異なる民族意識や人種意識をもつ人々も含まれていくにつれ、マルコムXの穏やかなヒューマニズムと反人種主義の姿勢は、新種のラディカルで世界規模の民族政治の基盤となっていたかもしれない。
マルコムXは希望、そして人間の尊厳の象徴になるべきである。
この最後のくだりを、なるほどと読んで思えるほど、マルコムXの思想的遍歴が忠実に再現できていて、改めて素晴らしい本だと思いました。
(2019年2月刊。4800円+税)

2019年6月27日

マルコムX(上)

(霧山昴)
著者 マニング・マラブル 、 出版  白水社

マルコムXが講演会場において衆人環視下で暗殺されたのは1965年(昭和40年)2月21日のこと。ということは、私がまだ高校1年生だったときのことになります。当時の私はマルコムXなんて知りませんでしたから、ケネディ大統領暗殺、こちらは私が中学生のときです。このときは、すごくショックで、いったい世界はこれからどうなるんだろうか、また戦争が始まってしまうのだろうかという暗い気持ちになったことを今でも覚えています。
マルコムXの暗殺は、ケネディ大統領やマーティン・ルーサー・キング博士の暗殺と同じ程度の衝撃を多くのアメリカ人に与えた。
マルコムXは、現代ゲットーの産物だった。マルコムXは、都市部の黒人のあいだに強い支持基盤を築いていた。都市部の黒人は、制度的な人種差別をなくすには受動的な抵抗では不十分であることを理解していたからだ。
マルコムXは、いくつもの名前をつかった。マルコム・リトル、ホーム・ボーイ、ジャック・カールトン、デトロイト・レッド、ビッグ・レッド、サタン、マラチ・シャパーズ、マリク・シャパーズ、エル・ハジ、マリク・エル・シャパーズ。どの一つの人格もマルコムを完全にとらえるものではなかった。
黒人アメリカ人にとって、マルコムXの魅力はどこにあるのか・・・。
マルコムXが真に唯一無二の存在だったのは、自分をアフリカ系アメリカ人の民族文化の中心に位置する二つの人物像、つまりハスラーであり、ペテン師、そして説教者であり牧師であるという像を同時に体現する者として自分を提示したことにある。
マルコムXは、世界を旅して、白人への非難と不寛容が正統派イスラムとは相容れないことを知った。そして、マルコムXは、真のイスラムの普遍主義と、人種を問わず、誰でもアラーの恵を見いだすことができるという考えをとり入れた。
FBIもニューヨーク市警察も、どちらもマルコムXの暗殺計画を知っていた。
マルコムXの語りには明快さ、ユーモア、そして切迫感があり、黒人の聴衆をわかせた。
子どものころのマルコムXは運動が苦手だった。踊り(ダンス)も下手だった。しかし、話がうまく聡明で、生まれつきのリーダーだった。
少年時代のマルコムXは窃盗・詐欺の常習犯だった。そして、刑務所に入って、マルコムXは、勉強をはじめた。小物の犯罪者で詐欺師だったマルコムXは、刑務所のなかで政治的知識人となり、ブラック・ムスリムに変身した。
マルコムXの実像に迫った本として興味深く読みすすめました。上巻だけで380頁もある部厚い本です。圧倒されながらも、ぐいぐいと本の世界、マルコムの生きていた世界の深奥をかい間見た思いがしました。
(2019年2月刊。4800円+税)

2019年6月 7日

アメリカ侵略全史

(霧山昴)
著者 ウィリアム・ブルム 、 出版  作品社

著者は1933年生まれのアメリカのジャーナリストです。1960年代にはアメリカ国務省に勤務していたこともあり、反共派でしたが、その後はCIAの内幕をあばく本を出したり、チリに滞在してアジェンデ政権に対するアメリカの転覆作業を現地から告発しました。
そして、アメリカが日本の政治にいかに干渉してきたかも明らかにしています。CIAは日本の左派勢力の弱体化のために莫大な秘密資金を投入したのでした。
2段組みで700頁をこえる大書です。アメリカが支配・介入した国もアフリカ、南アメリカ、東南アジアだけでなく、ヨーロッパも含まれています。
たとえばイラクです。最後にはイラクへ攻め込んでフセインを絞首刑に追い込んだアメリカですが、イラン・イラク戦争のときには、フセインに膨大な量の武器と軍事訓練、衛星写真情報そして何十億ドルもの援助金を提供していた。そのころだって、フセインは残念な独裁者だった。
イランのホメイニにもアメリカ製の武器とイラクに関する情報を提供していた。
これは、イランとイラクが互いに最大限の打撃を与えあうよう、そして、その結果、どちらも中東の強国にならないようにするためだった。
アメリカはイラクを打撃するとき、スマート爆弾やレーザー誘導爆弾をつかって軍事的標的だけを狙って細心の注意を払ったと宣伝した。しかし、これは単なるプロパガンダであって、実際には非軍事的施設も標的にしていたし、イラクの敗残兵が投降しようとするのを大量虐殺し続けた。
アメリカは、拷問のテクニックを世界中からアメリカにやって来たエリート軍人たちに伝授した。その拷問のすさまじさは想像を絶するものです。
尋問哲学は芸術である。相手を軟化させるために、普通に殴りつけ侮辱する時間をもうける。その目的は、囚人を侮辱し、自分が救いようのない状況にあることを認識させ、現実から遮断することにある。質問はせず、殴打と侮辱だけを加える。それから黙って殴り続ける。尋問するのは、そのあと。拷問のあいだ、対象が希望を完全に失ってしまうことのないよう注意する。希望をすべて失うと、頑固な抵抗が始まる可能性がある。
つねに、相手に多少の希望を残しておく。遠くに見える光を・・・。
拷問法の一つとして、殺虫剤を注入したフードを対象の頭にかぶせる方法があった。電気ショックも使われた。性器に加えるのが、もっとも効果的だった。対象者の鼻と耳と性器を切り落とし、それから皮膚を一片一片そぎとる拷問、ゆっくりとした苦痛をともなう死を与える。
このような残忍な拷問を世界中に広めたのもアメリカ流民主主義だったことを改めて認識させられました。
読みたくない本、一読をおすすめしたくなんかない本です。ましてや3800円もする本を買って読んでほしいとは私も思いません。でも、少なくとも日本中の図書館に常備し、広く私たち日本人も読むべき本だと私は思いました。
(2018年12月刊。3800円+税)

2019年4月27日

ケイレブ

(霧山昴)
著者 ジェラルディン・ブルックス 、 出版  平凡社

初期ハーバード大学に、ネイティブ・アメリカンの学生がいたのでした。
この本は史実をもとに、白人キリスト教少女の目を通してアメリカ社会を描いた小説です。
ケイレブは、1646年ころに生まれたワンパノアグ族であり、アメリカ先住民として最初にハーバード大学を卒業した。
ケイレブの書いたラテン語の手紙が写真で紹介されています。
ハーバード大学の前身である「ニュータウンの大学」が設立されたのは1636年。マサチューセッツ湾植民地の設立から6年後のこと。17世紀末までの卒業生は総数465人。ケイレブ・チェーシャトゥーモークは、そんなエリートの一人。
先住民のケイレブと白人女性のベサイアは、抑圧された立場にあるという共通点をもつ。この二人が文化の違いを乗り越えて共生を目ざすという展開です。
ケイレブは知識を手に入れることにより、先住民とイギリス人との架け橋になろうとする。誰の奴隷にもならない二人は、知識を活かして他者に仕えようとする。
史実のケイレブは1665年に学友たちと行進してハーバード大学の卒業式に出席する。しかし、残念なことに、1年後に肺結核のため亡くなった。
アメリカ先住民の一人がキリスト教と接触し、異なった世界のなかで学び目覚め、葛藤する状況がよく分かる小説です。
(2018年12月刊。2800円+税)

2019年4月24日

アナログの逆襲

(霧山昴)
著者 ディビッド・サックス 、 出版  インターシフト

レコード店が復活した。大繁盛である。新たにプレスされ販売されるレコードの数は、この10年間で10倍以上にはね上がった。アメリカだけでなく、カナダのトロントだけでなく、世界中でレコードが復活している。
ええっ、それって本当の話ですか・・・。私は、とっくの昔にステレオセットを捨て、レコード盤を一掃しました。カセットテープも全部なくしました。
アナログが逆襲している。これはデジタル・テクノロジーが並はずれて進歩した結果のこと。それは、私たちが何者で、どのように生きるかを知るための試行錯誤の道のりなのだ。
そこでは、デジタル世界を押しやるのではなく、むしろアナログ世界を近づけて、その利点をフルに活用して成功している。 重要なことは、デジタルかアナログか、どちらかを選ぶことではない。
デジタルの使用を通じて、物事を極度に単純化する考え方に慣れてしまった。いちかゼロか、黒か白か、というのは誤った二者択一だ。現実世界は、黒か白かではなく、グレーですらない。色とりどりで、触れたときの感覚に同じものはひとつもない。いま、現実世界がかつてなく重要なものになっている。
レコード。2015年に世界でプレスされたレコードは3000万枚。シングルがもっとも売れたのは、1973年、アメリカでは2億2800万枚が売れた。アルバムは1978年にピークで3億4100万枚を売った。アメリカでは2007年に99万枚だったのが、2015年には1200万枚へ驚異的に伸びた。2014年の新規レコードの売上げは3億4680万ドルに達した。購入者は、お金を払って手に入れるからこそ、所有していると実感できる。それが誇りにつながる。
いまや市場にはノートが氾濫している。
毎日数千通のメールを受けとり、そのほとんどを読まずに消去する。しかし、デスクに届けられる封筒は必ず開封する。
デジタルで撮ると、その後の作業がとてつもなく面倒だ。ところがフィルム写真だとすぐに画像が見られる満足感があり、フィジカルな作品である。
2008年に1億1000万台だった日本のデジカメの出荷数は、2014年には、わずか2900万台に激減した。スマホのカメラが直撃したのだ。
みんなで集まって出来るボードゲームに人気が集まっている。つまり、テーブルゲームは、単にみんなが集まるための口実なのだ。
アナログのゲームには、深くて長続きする友情を生み出す力がある。目的は、勝つことと同じくらい、人間関係を築くことだ。
紙で読むことはとても機能的で、ほとんど習性になっている。紙に触れることは、五感を使う行為だ。印刷版は、ページを指でめくることで、過剰な情報にさらされていという感覚をせき止めることができる。
アメリカの新聞の新規購読者の多くは若い読者である。彼らは印刷版が一度で読めることを気に入っている。
アメリカ国内では、この20年間に数千の書店が廃業した。ところが、いま再び、地域に愛される小規模経営の本屋が増えつつある。ピーク時の1990年代に4000軒だった小売書店が、最悪だった2009年に1650軒にまで減ったものの、新たな出店があり、2014年には2227軒にまで増えた。本屋では予測できない充実感を満たされることがある。人間がもっとも病みつきになるのは、思いがけなく得をしたときのこと。
教育は、デジタルではまかなえない。コンピューターを子どもに配っても、格差が拡大するだけ。コンピューターの導入は子どもの学力向上には、まったく役に立たない。子どもにとって、紙の本のほうが読みやすいし、メモや印をつけて自分だけのものにできて、コンピューターより頼りになる。
アナログ式教育の要は、教師だ。教師は、生徒の集団と人間関係を築くのが仕事だ。学習の基盤は、一人ひとりの生徒との人間関係にある。
実は、デジタル業界ほど、アナログを重んじる場所はない。
健康もアナログを選ぶ理由のひとつだ。
なるほど、なるほど、そうなんだよね・・・、と典型的なアナログ人間の私は大いに共感・共鳴した本です。
(2018年12月刊。2100円+税)

2019年4月23日

アメリカ死にかけた物語


(霧山昴)
著者 リン・ディン 、 出版  河出書房新社

アメリカに住む、1963年・サイゴン生まれのベトナム人で、詩人・小説家・翻訳家である著者が2013年から2015年までアメリカ各地を歩きまわった体験エッセーです。
著者は1975年に家族とともにベトナムを脱出してアメリカへ逃れ、アメリカに長く住んでいたものの2018年にベトナムに帰国した。
著者は、出版社やスポンサーに金銭的な援助を受けずにアメリカ中を旅した。移動は、常にバス、電車、徒歩で、泊まるのも安ホテル。ときには、バスの車内や路上ということもある。そこから見えてくるのは、アメリカの低所得者の人々の現実。ホームレス、ドラッグ中毒者、飲んだくれ、身体障害者、日雇い労働者、バーテンダーなど。
アメリカの困窮した都市の多くでは、知らない店に入るということは、偵察斥候か自殺するようなもので、観光客のすることではない。
ペンシルベニア州のチェスターでは、凶悪犯罪の比率が全国平均の4倍以上も高い。
アメリカのバーには、客層がほぼ黒人だけか、白人だけになる傾向がある。
ペンシルベニア州のスクラントンでは、張り紙にこう書かれている。
「懸賞金。P電力会社は、当施設から銅線やその他の資材を盗んだ人の逮捕につながる情報をくれた人に、上限1000ドルの報酬を提供します。
電気設備や備品、電線を盗むのは危険です。負傷したり、死を招くこともあります」
これって、日本ではちょっと考えにくい張り紙ですよね・・・。
シリコンバレーには黒人がほとんどいない。サンタクララ郡で一番多いのはアジア人で、34,1%を占める。次に白人で33,9%、ヒスパニック系は26,8%。黒人はわずか2,9%だ。
IT系の仕事に関しては、アジア人と白人が過半数を占めている。
これほど、多くのインド人がシリコンバレーで成功しているのは、インド人が比類のないほどパソコンに強いからだ。
カリフォルニア州では、住宅の20%が外国人によって現金で購入されている。その半分が中国人だ。中国人は、数百万ドルもする豪邸を、値切る代わりに定価より高く購入することさえある。
金持ちの中国人は、自分たちの富を守るために、カリフォルニアで住宅を購入している。
人も国も、どっちを向いても、みんな「死にかけて」たままであり、そのなかで生きなきゃならない。そんなアメリカの底辺の息づかいが伝わってくる本でした。
(2018年10月刊。3200円+税)

2019年3月 1日

「謎とき『風と共に去りぬ』」

(霧山昴)
著者 鴻素 友季子 、 出版  新潮選書

オビに中島京子が「うわー、そうだったのか!これを片手にもう一度読み直さなきゃ『風共』」と書いていますが、まさしくそのとおりです。ええっ、そうなの・・・と驚きの指摘が満載の、画期的に面白い本です。電車のなかで一心に読みふけってしまいました。
著者は10年の歳月をかけて、何度もリライトを繰り返しながら『風共(かぜとも)』を仕上げた。『風共』は、アメリカの南北戦争前夜から戦中、戦後を通してたくましく生き抜いたひとりの女性の物語である。主人公のスカーレットは、いわゆる美人ではないが、男性を虜にするすべを心得ていて、これと狙いを定めた相手は、すべて手に入れてきた。
『風共』の原作と映画の関係について、この本の著者は次のように指摘しています。はじめは、本当にそうなのかなあと半信半疑になりますが、この本を読みすすめると、たしかに、なるほどそうなんだろうと納得させられます。
歴史的大作である映画は、ある意味で非常に原作に忠実につくられている。しかし、その反面、まったくの別物でもある。忠実にして別物という二面性をここまで奇跡的に兼ね備えた映画は稀有だろう。
原作では、出だしのところで、「スカーレット・オハラは美人ではない」と明記されている。しかし、映画ではヴィヴィアン・リーという美人女優が演じている。
「タラ」の屋敷は、映画ではギリシャ復興様式の白亜の豪邸だが、原作では剛穀で野趣あふれる家、実用優先の質素な農家だった。
この本の著者は、映画と原作の本質的な違いは次の三つだとしています。
①原作は心理小説である。
②原作は、アンチ・ロマンス、アンチ・クライマックスの小説である。
③原作の主軸は、スカーレットとアシュリやレットとの関係だけでなく、スカーレットとメラニーの複雑な友情関係にもある。
原作(『風共』)は1936年6月にアメリカで出版されると、またたくまにベストセラーとなり、最初の年だけで170万部も売れた。原書で1037頁という分厚さにもかかわらず、世界各国ですばやく翻訳された。日本でも、2年後の1938年(昭和13年)には翻訳本が出版されている。
原作の『風共』は、白人富裕層の話ではない。むしろ、異分子、よそ者、少数者、はみ出し者、日陰者たちが真のヒーローであり、ヒロインでもある。もともと、「人種と階層のるつぼを描く」構想のもとに書かれた小説なのである。そこでは、昔ながらの虚構の南部神話を笑っている。
スカーレットにとって大事なのは、相手が自分に夢中になっているか否かだけ。ところが、スカーレットのサバイバル能力と危機管理能力は抜群で、徹底したプラグマチストでもある。
原作『風共』の著者であるミッチェルにとって、スカーレット・オハラは自分の分身であり、もっともやっかいな敵でもあった。原作『風共』は、壮大な矛盾のかたまりである。
この本の著者は、原作『風共』の真の主役は、メラニー・ハミルトンだと考えています。
そもそも、スカーレットという名前は、もとは「パンジー」であった。そして、メラニーは、黒い・暗いという言葉に由来している。これに対してスカーレットは、緋色からきている。つまり、「赤と黒」なのだ。
著者のミッチェルは、「本当のところ、わたしのヒロインは、スカーレットではなくメラニー」と書いているのだそうです。
この本の著者は、最後に次のように指摘しています。そうか、そうだったら、もう1回、原作を読んだあとに映画を見直してもいいなと思ったことでした。
原作『風共』は、過ぎ去った昔日を回顧する本ではない。我々の現在と未来を照射するものだ。過去を礼賛する後ろ向きで感傷的な物語でもない。今を生き抜こうとあがく人々のしたたかな物語なのだ。
いやはや恐れ入りましたの鬼子母神でございます。世の中は知らないことだらけ。だから面白いのですよね・・・。
(2018年12月刊。1300円+税)

2019年2月26日

アメリカの大都市弁護士、その社会構造

(霧山昴)
著者 ジョン・P・ハインツ・ロバート・L・ネルソンほか 、 出版  現代人文社

今のアメリカの弁護士の状況が分かる本なのかな、と思って手にすると、実は、少し古くて、主として1995年までの状況が語られています。せいぜい2002年までです。したがって、20年ほども前の状況ということになりますが、最近出版されたということは、今日もあまり変わっていないということなのでしょう。
20世紀前半までは、アメリカの法律プロフェッションのエリートは、ユダヤ人弁護士を差別し、ロースクールと弁護士会は黒人と女性を締め出すための公式の防壁を打ち立てた。
1971年に、女性弁護士はわずか3%しかいなかった。しかし、1995年には女性弁護士は24%を占めていた。
2002年には、法律事務所のパートナーの女性は16%だった。有色人種はアソシエイトの14%と、パートナーの4%のみだった。
アメリカの弁護士会の内部では格差が拡大している。単独開業弁護士のもうけは1970年代はじめに始まった。シカゴの弁護士は、1975年から1995年の20年間で2倍になった。単独開業弁護士の収入は、10万ドルから5万5千に下がってしまった。
1995年に、最大規模の法律事務所の所有者は、前年の中位値が35万ドル(3500万円)だった。所得のギャップが著しく拡大した。
政府機関で働く弁護士の平均所得は、1975年の6万3000ドルから、1995年の5万ドルへ23%も減少した。
女性弁護士の所得は、男性よりも有意に低かった。1975年には27%低く、1995年には13%低かった。
シカゴの弁護士は、1975年には57%が民主党を支持し、1995年には55%となった。
シカゴの弁護士は、1975年には53%がビジネスに力を注いでいたが、1995年には3分の2が企業を顧客とする業務に従事している。
どの弁護士会にも所属していない弁護士の割合が1975年から1995年にかけて2倍となった。
日本とアメリカ、弁護士のあり方については、とんでもなく遠い存在のように思えますが、実は意外に共通点があることを思い出させてくれました。
(2019年1月刊。4800円+税)

2019年2月24日

熱狂のソムリエを追え!

(霧山昴)
著者 ビアンカ・ボスカー 、 出版  光文社

私は赤ワインを少々たしなみます。フランスを旅行するときは、カフェにすわって、コーヒーではなく、一杯のグラスワインの赤を道行く人を眺めながらちびりちびりと飲むのが楽しみです。夜のディナーのときは、大き目のグラスで2杯の赤ワインを飲みます。陶然とした気味を味わうのです。
この本は、ソムリエとは何かを究めようとしています。ソムリエとは、レストランでの食事のとき、ワインを選んですすめてくれる給仕役の人物です。ソムリエとは、フランス中部で駄馬を意味するソミエという語から来ていて、あっちからこっちへと物を運ぶ荷役動物的能力を発揮する仕事に就いた人物のこと。
高級レストランでは、一般に1杯のグラスワインに対して、そのボトル1本の卸値と同額を請求される。ボトルで頼むと卸価格の4倍を請求される。グラス4杯がボトル1本の値段になる。グラス売りのワインは誰にとってもおいしい商売だ。生産者と卸業者はグラス売りの場を欲しがる。というのも、商品の回転が速いし、安定して注文が入るから。
マスター・ソムリエのブラインド・テイスティングでは、25分で赤3本、白3本の計6本の評価をしなければならない。
第一段階でワインの外観を見る。グラスの脚をつまんで、手首を数回すばやく回す。ワインが回転し、グラスの内側に薄く付く。滴(しずく)の広がりとそのスピードを見守る。手をとめて、ころがり落ちる「涙」を観察する。濃くてゆっくりと落ちる涙は明らかに高アルコールであることを示し、いっぽう薄くてさっと落ちる涙は、またシート状になって落ちるときはアルコール度が低いことを意味する。
次は香り。グラスを持ち上げ、ほぼ床と平行になるまで傾けてワインの表面を空気にさらす。あらゆる角度からアロマを嗅ぐ。
一流のテイスターたちは、ソムリエコンクールに挑戦するずっと以前から舌と鼻を調整している。グラスの前に座る数日前、数時間前、数分前まで自分の身体をどう整えているかが、テイスティングと嗅ぐ技の結果を左右する。
テイスティング前の飲食と歯磨きをやめる。空腹状態で、フレーヴァ―を嗅ぐのだ。マスター・ソムリエ試験の前、舌がやけどしないように、1年半ものあいだ微温以上の飲み物は一切口にしなかった。冷たい飲食物だけの人もいる。テイスティングの前日は、重たい食事は避ける。生のタマネギ、ニンニク、強いカクテルも遠慮する。
合法的にワインに入れることのできる添加物は60以上もある。1000ドルもする樽の代わりに1袋のオークチップをつかう。コクがなければ、アラビアゴムで口あたりを重くする。メガ・パープルを数滴たらせば、ワインをふくよかにし、フィニッシュを甘くし、色を濃くし、青臭さを覆い隠してくれる。20ドル以下のワインには、すべて入っている。
高級レストランの売上げの3分の1はワインからというのが現実。ソムリエが店の運命を担っている。
完璧なソムリエとは、帰宅した客の記憶に残らないような存在でなければならない。
楽しい会話、客の懐(ふところ)具合と要望を知り、1000種もの候補のなかから適切な数本を選ぶのがソムリエの任務であるとしても・・・。
ワイン選びのむずかしさ、そしてソムリエの存在について教えてくれる本です。
(2018年9月刊。2300円+税)

2019年1月31日

パール・ハーバー(下)

(霧山昴)
著者 クレイグ・ネルソン 、 出版  白水社

日本軍がハワイの真珠湾を攻撃したとき、まさしくアメリカ軍は予期していませんでした。完全な不意打ち攻撃だったのです。
12日前に、「太平洋艦隊」司令長官であるキンメル大将は海軍の戦争計画担当のチャールズ・マクモリス少将に日本軍が攻撃をしかけてくる見通しがあるかを尋ねた。マクモリスは断言した。
「ゼロです。100%ありえません」
日本軍の航空機から機銃掃射される直前まで、アメリカ兵は味方の訓練飛行と思っていたのでした。
アメリカの戦艦「アリゾナ」は、わずか9分で沈んだ。海軍と海兵隊の将兵1177人が亡くなった。
真珠湾で失った日本軍機は29機のみ。アメリカ軍機は、友軍の砲撃にもやられた。しかし、真珠湾にはアメリカの空母は1隻もいなかった。だから、これが大勝利とは、とうてい言えなかった。そして、真珠湾の石油タンク群、450万バレルが無傷で残った。
30分間で、アメリカ太平洋艦隊に所属する8隻の戦艦すべてが爆撃・雷撃され、当面の作戦行動が不可能となった。さらに20分間でハワイ駐留米軍の航空兵力の3分の2にあたる180機が残骸と化した。
そして、アメリカ市民の反応は・・・。
ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン紙。
「いまや衝突は不可避となり、おかげで今回の事態は、ある種の安堵感をもたらした。まさに霧は晴れたのだ。これにより、アメリカ国民は、従来の論争を忘れ去り、やるべき仕事に邁進できるだろう」
シカゴ・デイリー・ニューズ。
「日本に感謝したい。わが国に不和と麻痺をもたらしてきた国民世論の深い亀裂は、以後、雲散霧消するだろう。もはや、やるしかないのだから」
そして、チャーチル首相は、こう言った。
「アメリカ合衆国をわが陣営にもつことは、私にとって最大の喜びだった。これでヒトラーの命運は尽きた。ムッソリーニの命運も尽きた。そして、日本は粉砕されるだろう」
アメリカ議会は、上院は満場一致で、下院は賛成388票、反対1票で可決。たった52分間で宣戦布告を決議した。
ハルゼー提督は言った。
「ジャップを殺せ、ジャップを殺せ、もっと多くのジャップを殺せ」
「日本語は、いずれ、地獄のみで語られる言語となるだろう」
真珠湾攻撃のあった日から4ヶ月ほど過ぎた1942年4月18日、日本本土はアメリカ軍機によって空襲された。アメリカ軍の反撃が始まり、日本軍は連戦連敗を重ねていくのでした。
この本は、陰謀説をまったく根拠のないものとしています。私もそう思います。
ルーズベルト大統領をはじめとするアメリカ当局は真珠湾攻撃があることを察知していながら、やらせたのだという「説」です。まったくありえない話です。
いずれにせよ、日本が無謀な世界大戦へ突入していったことは十分反省し、そのようなことが起きないよう、今日の私たちも気をつけるべきだと思います。
(2018年8月刊。3800円+税)

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