弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

社会

2019年3月 5日

自衛隊イラク日報

(霧山昴)
著者 志葉 玲(監修) 、 出版  柏書房

イラクに派遣された自衛隊員が生活の様子そして任務遂行状況を書きつづった「バグダッド日誌」と「バスラ日誌」を収録した本です。伏せ字がたくさんあり、もどかしい思いにも駆られますが、現地での自衛隊員のホンネもうかがえて、それなりに興味深い内容の日誌です。
陸上自衛隊は2004年1月から2006年7月まで、現地の復興支援を口実としてイラクに派遣されていました。この期間に陸上自衛隊官がのべ5万5600人、航空自衛隊官がのべ3600人派遣されました。陸自は主に学校や道路の修復、空自は陸自隊員や多国籍軍兵士(中心は米兵)、物資を空輸する活動を担いました。
この「日報」は、いったんはなかったことにされたものの、ついに2018年4月、防衛省は435日分のイラク日報を一部黒塗りして公開したのです。
全体として膨大な日報ですから、解説なしでは読みにくいものです。幸い、親切な解説がついていて、背景状況などがよく分かります。
「バスラ日誌」には、基地がロケット弾などで攻撃されている状況が何度も登場してきます。自衛隊員の死傷者が出なかったのは奇跡みたいな話です。
「ロケット弾3発、攻撃10回目。23発目」(2006年4月5日)
イラクから平和な本国に帰還した米兵が再びイラクの戦地に戻って来る心理も紹介されています。
イラクの壮絶な日々と帰還後のアメリカでの平穏な生活にギャップを感じ、また、その感覚を周囲の人間からあまり理解されないことから、せっかく生きて帰還したにもかかわらず、再びイラクでの任務につく米兵も多かった。
「自分が存在する価値を自分自身で確認でき、かつ、それを認めてくれる仲間たちがいる場所」
ヘリコプターは、気温があまりに高いと(たとえば52度以上)飛べなくなる。
イラクでは毎日のようにテロが起こり、爆弾や銃撃によって何人もの人が日々殺されている。
石油産出国であるのに、国民が石油を手に入れることもままならず、電気も1日数時間の供給しかなくて、子どもたちは安全できれいな水を飲むことも難しい状況に置かれている。
サマワの陸自イラク派遣部隊がサドル派など一部の勢力からは敵視されていたものの、他の有志連合諸国の軍に比べて高感度が高かった理由は、復興支援活動に専念し、「イラク人を殺さなかった」ことに尽きる。サマワは、イラクの他の地域に比べて治安が良く、リスクがきわめて低かった。
解説者は、もっとも重要な時期のイラク日報がまだ公開されていないこと、航空自衛隊の日報が3日分しか公開されていないことを厳しく指摘しています。
2004年10月、イラクの自衛隊野営地への攻撃は甚大な被害を出しかねないものだった。また、航空自衛隊は、その6割以上が米兵などを戦地へ運び、また銃器を輸送していた。つまり、日本は、米軍のパシリ役でしかなかった実態が隠されたままなのです。
それでも、2008年4月の名古屋高裁の判決は、航空自衛隊のイラクでの活動は憲法違反だと認定したのでした。すごい勇気ある判決です。
650頁もある部厚さにひるむ心をおさえつつ、ざっと読みで完読しました。
(2018年9月刊。1700円+税)

2019年2月28日

寒川セツルメント史


(霧山昴)
著者 寒川セツルメント史出版プロジェクト 、 出版  本の泉社

私は1967年(昭和42年)4月に大学に入ると同時に川崎セツルメントに入り、4年間近くセツルメント活動に没頭しました。セツルメントなんて言葉は聞いたこともありませんでしたが、なんとなく目新しいものを感じましたし、なにより新入生歓迎会に参加すると元気な女子大生がたくさん参加していて大いに心が惹かれました。同じころ、ダンスパーティーにも参加したことがありましたが、踊れませんし、歌えもしませんので、気遅れしてしまいました。セツルメントでは話し込めるというのも魅力でした。
セツルメントとは、イギリスで知識階級の人々が貧民街へ定住(セツル)し、労働者階級とともに生活改善をおこなった運動。施しではなく、自活する術を身につけられるように労働者教育を行った。
最近の映画『マルクス・エンゲルス』をDVDでみましたが、19世紀の産業革命によって労働者階級が誕生したものの、その貧困と窮乏が激しくなっていきました。そのころ、大学教授たちが労働者の住む町へ出かけて労働者や夫人に教育を与えていく活動を展開していったのが大学拡張運動(セツルメントハウス・ムーブメント)でした。セツルメント運動の父は、かのトインビーです。トインビーホールが学生たちによって各地につくられました。
イギリスのセツルメント運動はやがて欧米諸国に広まり、移民の多いアメリカでは数多くのセツルメントハウスがつくられ、医療・教育・芸術まで多様な活動がすすめられた。
寒川セツルメントについては、私も全セツ連大会で何度も名前を聞いていましたし、全セツ連書記局を支える有力なセツルでした。寒川セツルメントは、1954年、千葉大学医学部の社会医療研究会(社医研)から誕生したサークルです。
寒川セツルメントは1960年代、70年代には100人以上のセツラーをかかえる大サークルで、全セツ連に毎年、書記局員を送り出し、全セツ連を支えた。ところが、1980年代にはいってセツルメント運動は退潮して、全セツ連は消滅し、1987年に寒川セツルも全セツ連から脱退した。1989年に子ども会サークルに名称を変更し、今も存在している。
この本は、1954年に生まれ、1989年まで存在した寒川セツル35年の活動を振り返ったもので、大変貴重な戦後史になっています。これに匹敵するものとして『氷川下セツルメント史』(エイデル研究所)があります。残念ながら、私のいた川崎セツルメントは、私の『星よおまえは知っているね』(花伝社)と『清冽の炎』(花伝社)があるだけで、類書はありません。
『氷川下セツルメント史』には、70年代以降のセツルメントがどうなったのかの解明が課題としていますが、今回の『寒川セツルメント史』では、70年代以降もきちんと明らかにしています。
セツルメント活動は、うたごえ運動と結びついていました。「地底の歌」や「子供を守るように」など、よく歌をうたいました。合宿するときには総括文集とあわせて歌集を印刷してもっていったものです。地域の現実を見つめながら、私たちは自分を語りました。そして、社会変革と自分の生き方とのかかわりも考えました。それは決して、地域の人々を踏み台にするものではなく、地域の生活に触発されて問題意識をとぎすまされたということができます。そのなかで生まれた仲間意識はとても強く、心地よいものがありました。
貴重な資料を満載した400頁の本です。かつてセツルメント活動に関わった人も、そうでない人も、セツルメントって何だろうと疑問に感じている人にも、ぜひ読んでほしい本です。
(2018年12月刊。2500円+税)

2019年2月27日

自衛官の使命と苦悩

(霧山昴)
著者 渡辺 隆・山本 洋・林 吉永 、 出版  かもがわ出版

私の依頼者に自衛官は何人もいましたし、大災害救助のときの自衛隊出動には心から敬意を表しています。警察でも消防でもまかなえない役割を果たしている点は高く評価します。でも、自衛隊がイラクやソマリアに行き、ジブチに基地をつくっているのには賛成できません。幸いにして、これまで日本人が殺されることもなく、現地の人々を殺したこともないというのは、本当に良かったと思います。でも、戦闘に巻き込まれるような危険な役割をアメリカ軍と一緒になってやるなんて、無益であり、有害だと思います。
安倍首相は憲法改正の理由として、自衛隊員に肩身の狭い思いをさせてはいけないからと言っていましたが、災害救助でがんばっている自衛隊員を日本人の多くは高く評価していると思います。次に、地方自治体の6割が自衛隊員の募集を拒否しているとか言い出しました。まったく事実に反します。自治体のほとんどは、自衛隊員の募集に協力しています(私は、これがいいことだとは考えていません)。
この本は、現代日本の苦悩(矛盾)の産物である自衛隊について、その高級幹部だった人が語った本です。
どうすれば戦争にならないのか、侵略があったとき、日本はどう立ち向かうのか、正面からきちんと考えるべきだと柳澤協二氏は解説しています。
なるほど、そのとおりだと思います。
 それにしても、イージスアショアという2千億円もの軍事予算をつかうかどうかの国会質疑のとき、安倍首相が自衛隊員が自宅から通勤できるところにつくると答弁したのには思わず腰を抜かしました。米朝会談がすすんでいるときに、そもそもイージスアショアなんて不要だと私は考えていますが、それにしても自衛隊員の通勤圏内に「基地」をつくるという首相答弁は許せません。2千億円ものムダづかいは絶対に認められないことです。そんなお金があったら、大学生の奨学金(給付型)を拡充してください。介護保険料の徴収をやめて、年金を増額してください。
 自衛隊の高級幹部のナマの声に耳を傾ける意義はある、しかも大きいと痛感させられる本です。
(2019年1月刊。1700円+税)

2019年2月21日

原発ゼロ、やればできる


(霧山昴)
著者 小泉 純一郎 、 出版  太田出版

あの3.11から8年たちました。原子力発電所が事故を起こしたときの怖さを多くの日本人がすっかり忘れたかのように、原発再稼働がすすんでいて、私は不思議さと恐ろしさの双方を実感しています。
小泉元首相は、自分は騙されていた。原発は安全だと思い込んでいた。でも、それは嘘だった、嘘だと分かったからには原発に反対せざるをえないと主張しています。まったく同感です。
3.11事故のとき、日本は下手すると5000万人もの人々が非難しなければいけないところだった。幸い、そうはならなかったけれど、あのとき、アメリカは、米軍人の家族にアメリカ本国への帰還命令が出ていた。それほど深刻な事態に直面していた。
5000万人というと、日本の全人口の半分に近いものですし、首都東京に人が住めないということです。こんな狭い島国ニッポンのどこに逃げる場所がありますか・・・。
この本には書いてありませんが、「北朝鮮の脅威」を声高に言う人が、原発へのテロ攻撃の危険性に言及しないのが、私には不思議でなりません。
著者の主張はきわめて単純明快です。
総理大臣という責任ある立場でありながら、どうしてあんなウソを信じてしまったのか、じつに悔しいし、腹立たしい。
世界全体で原発の占める割合がどんどん下がっているというのに、日本政府は、世界の動きと反対の方向に進もうとしている。
騙されたことが分かったら、そのまま騙され続けるわけにはいかない。知らないフリをして間違いをそのままにしておくのは、よほど無責任なこと。
3.11は、自然災害ではなく、人災だ。
原発に関する基準が、日本は世界一厳しいということはない。たとえば、日本ではまともな避難計画を用意していない原発がたくさんある。
日本は原発ゼロをすでに経験したが、何も不都合は起きなかった。原発ゼロでも、自然エネルギーで日本は十分やっていける。
私が不思議なのは、自民党・公明党を支持する人たちが原発再稼働を本気で容認しているのだろうか、ということです。いやいや、原発問題とは別のことで自・公を支持しているというのかもしれません。でも、原発って、たくさんある問題点の一つというレベルではなくて、私たちと子々孫々が今後も生存していけるかどうか、という極めて重大なことなのではありませんか。
本分136頁で1500円の本です。ぜひ、あなたも手にとって読んでみてください。
著者がすすめた郵政民営化によってひどい目にあっていますが、原発問題では著者の提唱に異存はありません。原発は私たちの生存そのものがかかっている、きわめて重大な問題だと思います。
(2019年1月刊。1500円+税)

 フランス語検定試験(準一級)の合格証書が届きました。やれやれです。これで2009年以来、8枚目になります。口述試験の成績は23点で、合格基準点23点と同じですので、ギリギリでパスしたわけです。ヒヤヒヤものです。ちなみに合格率は17.4%とのこと。フランス語の力が低下しているのを心配していますが、毎日の勉強のなかで、1分間暗誦できるよう心がけています。もちろん、口に出して言うようにしています。黙読だけではダメなんですよね、語学は・・・。これからもフランス語、がんばります。

2019年2月19日

学校の「当たり前」をやめた

(霧山昴)
著者 工藤 勇一 、 出版  時事通信社

東京のド真ん中にある、あまりにも有名な名門中学校、麹町(こうじまち)中学校では、宿題をやめ、中間・期末テストを廃止し、クラス担任も置いていないというのです。驚きます。
それを率先してすすめている異色の校長による教育実践の記録です。
この本を読むと、画一的教育は子どもにとってよくないと、しみじみ私は思いました。
学校は、いったい何のためにあるのか・・・。
いま、日本の学校は、本来、学校がになうべき目的を見失っているのではないか・・・。
学校は、子どもたちが社会のなかでよりよく生きていけるようにするためにある。
そのためには、子どもたちには、自ら考え、自ら判断し、自ら決定し、自ら行動する資質、つまり自律する力を身につけさせる必要がある。
まず、夏休みの宿題をゼロにした。宿題をなしにしたことで、自分に重要でない非効率な作業から生徒たちが解放されて喜んだ。
次に、中間・期末テストなどの定期考査を全廃した。その代わり、単元テストをし、学習のまとまりごとに小テストを実施している。そのうえ、年に3回だった実力テストを年に5回に増やした。実力テストは出題範囲が事前に示されないため、生徒の本当の学力を測ることができる。
クラス担任は固定せず、学年の全教員で学年の全生徒をみる「全員担任制」をとっている。学級崩壊は、まとまりのあるクラスとないクラスとの格差が大きいときに起きやすい。これによって、「勝ち組」「負け組」の意識が薄まった。
運動会のクラス対抗も廃止した。1日限りのチームの対抗試合にした。運動会は、運動が苦手の生徒も楽しめるものにし、生徒会主催行事とした。
不登校の子がいたら、学校に来たくなかったら、「別に無理して来なくていいんだよ」と言う。もう自分を責めないでね。何も変わらなくていいんだよ、そう話しかける。
いやあ、まいりましたね。校長先生からこんなふうに、言われたら、心が安まりますよね・・・。
授業中、見返すことがないのならノートは取らなくていい。
模擬裁判も毎年やっているそうです。すごいです。台本がないものです。信じられません。すごすぎます。
公立中学校でも、こんな意欲的な取り組みをしているところがあるのを知り、心が驚きと喜びでうち震えてしまいました。ちなみに、私も公立中学校で学びましたし、県立高校に進学しました。いろんな生活・家族背景の生徒がいて、それなりにもまれましたが、本当に良かったと思います。
(2019年1月刊。1800円+税)

2019年2月15日

監視社会をどうする!

(霧山昴)
著者 日弁連人権擁護大会実行委員会 、 出版  日本評論社

先日、Tポイントの個人情報が警察に提供され、容疑者の日頃の生活パターンがつかまれて逮捕されたという報道がありました。Tポイントをつかって、ポイントを貯めるということは、そのお金で自分の個人情報を第三者に売り渡していることを意味していることが証明されたわけです。
私は、ホテル宿泊のときのクレジットカードと乗り物用のカードの2枚しか持っていません。どちらも私の行動パターンを察知できるものではありますが、これがないと、あまりにも日常生活に不便ですから、仕方がないと割り切っています。他のカードは一切持たないようにしています。スマホも持ちませんし、ガラケーですので、位置情報は与えていないつもりです。
個人情報の管理をとやかくうるさく言う人が多い割には、権力と金もうけのための利用には抵抗しない人が多いのには信じられない思いです。
この本は2017年10月に滋賀県大津市で開かれた日弁連人権擁護大会シンポジウムの内容を紹介したものです。エドワード・スノーデン氏もライブインタビューで大画面によって登場しました。
スノーデン氏は、まだ何か重要な情報をもっているのではないかと誤解する人が多いけれど、もう文書はもっていない、ジャーナリストに提供していると語りました。
インターネットの世界では、情報は実際に既に濫用されている。
アメリカが日本を経済的にスパイしていないか・・・。アメリカ政府は公式には否定している。しかし、本当のところ、アメリカは日本でスパイ活動をしている。今日では、数百万、数千万、数億の人々をスパイするのがあまりにも安価なコストで、できる。
スノーデン氏はCIAのエージェントとして東京の福生市に居住し、横田空軍基地につとめていたことがあります。そのとき、ペンタゴン日本代表部の部隊にいて、日本の防衛省の諜報機関である情報本部と密接に協力しながら仕事をしていた。
ナチスのゲッペルス宣伝大臣は、社会における人々の私生活と通信、さらには思考のすべてに対する管理を正当化しようとした。そうすることによって、ナチスが社会を支配することが容易になるからだ。
プライバシーとは、何かを隠すことではない。プライバシーとは守ること。プライバシーとは、開かれた社会を開かれたまま保ち、人間の自由な生き方を自由に保つこと。
パノプティコンとは、暴力を用いない暴力装置、目に見えない力による主体性抑圧装置である。
防犯カメラに映った歩く姿から特定の人物かを鑑定できるソフトウェアが開発されている。2歩分の映像があれば、高精度で鑑定できるというのが、ソフトを開発した企業のキャッチコピーです。本当に恐ろしい世の中になりました。
秘密保護法の運用が始まり、適性評価を受けた人は既に12万人に近い。不適正とされた人は1人のみ。評価を拒否した人は46人、同意を取り下げた人が3人いた。適性評価はプライバシー侵害の程度がひどいので、拒否や同意の取下げは当然ありうるもの。これによって不利益に扱われないよう監視しておく必要がある。
田村智明弁護士(青森県)からすすめられて読みました。大変勉強になりましたが、情報管理と情報操作の恐ろしさが身にしみました。それにしても政府統計のごまかしはひどすぎますよね。安倍内閣は総辞職すべきほどの重大なインチキですが、しれっと開き直っている首相と大臣の顔を見て、思わずスリッパで顔をはたいてやりたくなりました。
(2018年9月刊。2500円+税)

2019年2月 9日

世界史を変えた新素材

(霧山昴)
著者 佐藤 健太郎 、 出版  新潮選書

ゴールド。金。現在までに採掘された金の量は、世界中すべてあわせても、オリンピックプール3杯分ほどでしかない。
そんなバカなと私も思いましたが、金は水の20倍ほど重たいので、重量の割には嵩(かさ)が非常に小さいことにもよる。
1台のスマートフォンには、平均で30ミリグラムの金が使われている。2000億円分の金が世界中のスマートフォン14億6000万台、世界中の人々のポケットにおさまっている。
コラーゲンは、人間の身体にたくさん含まれるたんぱく質の一種。コラーゲンは、細胞と細胞の隙間(すきま)を埋め、互いに貼りあわせる役割をもつ。
人間の身体を支え、形を保たせているのは、コラーゲンのおかげ。人体のタンパク質の3分の1はコラーゲン。
日本語では、コラーゲンのことを膠原(こうげん)と呼ぶ。
外科手術のとき、コラーゲンでつくった糸で傷を縫えば、やがて糸はゆっくりと分解吸収されるため、抜糸する必要がない。
クモの糸は、防弾チョッキに用いられるケプラー繊維の3部だった。
クモの糸の実用化は進まなかった。それは、カイコとちがって、一匹のクモが少なかったこととあわせて、一匹のクモがつくる糸の量が少ないこと、下手するとクモは、共喰いを始めてしまうから。
大変興味深い話が満載の面白い本でした。
(2018年12月刊。1300円+税)

2019年2月 6日

戦後が若かった頃に思いを馳せよう

(霧山昴)
著者 内田 雅敏 、 出版  三一書房

表紙の写真は、抜けるような青空の下にそそり立つ巨岩の頂上に何人かの登山客が大手を広げていて、ついついうらやましくなる見事さです。
72年前の敗戦、空襲の恐怖から解放された人々は、青い空、夜空の星の美しさを改めて認識した。人びとが美空ひばりに共感したのは、その歌唱力のためだけではなかった。
「声をあげて叫びたいほどの解放感があった」(佐藤功)。戦後が若かったころに思いを馳せようではないか。
韓国大法院による徴用工問題についての判決について、日本のマスコミの多くはアベ政権と声をそろえ、「韓国はおかしい、間違っている」という大合唱をしています。今では、北朝鮮の脅威より韓国たたきが先行していて、そのためには日本が軍事力を強化するのは当然だという風潮さえ感じられます。すくなくとも、トランプ大統領に押しつけられたF35ステルス戦闘機を147機購入するという、馬鹿げた「爆買い」に対する大きな怒りの声があがって当然なのに、あがっていません。日韓請求権協定で決着ずみ、判決は国家間の合意に反する。このようにアベ政権は声高く叫びます。でも、本当は、個人の請求権がなくなっていないことはアベ政権も最近の国会答弁で認めているところなのです。これは、日本政府がアメリカとの関係で日本国民に対する賠償責任を免れるために言い出したことでもあります。
日本の最高裁だって、個人の請求権そのものが消滅したものではなく、関係者において被害者の被害救済に向けた努力に期待すると述べたのでした。著者たちは、これを受けて西松建設など日本企業と徴用工だった人々との和解を成立させた実績があります。
実は、私の亡父も朝鮮半島から500人の朝鮮人を徴用工として九州に引率してきました。私が父の生い立ちを聞いているなかで出た話です。亡父は、大牟田の三池染料の労務課徴用係長だったのです。三井化学が賠償したとは聞いたことがありません。
加害者は加害した事実を早々に忘れてしまいます。でも、被害者は簡単に忘れられるはずもありません。
歴史問題の解決において、被害者の寛容を求めるには、加害者の慎みと節度が必要不可欠。著者のこの指摘は、まったく当然のことで、私もそう思います。
①加害者が加害の事実と責任を認めて謝罪する。
②謝罪の証(あかし)として和解金を支給する。
③同じ誤ちを犯さないよう、歴史教育、受難碑の建立、追悼事業などを行う。
この三つが不可欠だ。
日本は、①も②も不十分ですが、③が欠けています。
アベ政権は、韓国側が歴史認識を問題とすると、「未来志向と相反する」なんて、とんでもない「反論」に終始します。
この本では映画、小説そしてマンガ本まで、著者の言及する範囲の広さには驚かされます。映画は、『顔のないヒトラーたち』『ブリッジ・オブ・スパイ』など。小説は飯嶋和一の『星夜航行』『出星前夜』。そして、マンガは『虹色のトロッキー』です。その評たるや、すごいものです。それらを論じ尽くしたあと、いよいよ本題の韓国・中国問題について、現代を生きる私たちがいかに考え行動すべきかを著者は静かに書きすすめていて、大変考えさせられます。
すでに読んでいた文章も多く、この贈呈本が届いたその日のうちに電車内で一気に読了しました。ありがとうございました。著者の今後のますますのご活躍を心より祈念します。
(2019年2月刊。1800円+税)

2019年2月 3日

「ふたりのトトロ」

(霧山昴)
著者 木原 浩勝 、 出版  講談社

『となりのトトロ』って、本当にいい映画でしたよね。子どもたちと一緒にみましたが、大人も十分に楽しめました。その『トトロ』の制作過程が手にとるように分かる本です。
宮崎駿監督と一緒に『トトロ』づくりに関わった著者は当時26歳。若さバリバリで、宮崎監督から「俗物の木原君」とからかわれていました。それでも著者は宮崎監督の近くにいて一緒にアニメ映画をつくれる楽しさを思う存分に味わったのでした。
子どもがみて楽しいと思う映画をつくるのだから、つくる人たちだって楽しまなければいけない。さすがですね、宮崎監督の考えは深いですね。
この本は『もう一つのバルス』に続く本として、一日に一気に読み上げました。というか、途中でやめると他の仕事が気が散って集中できなくなりますので、早く読了することにしたのです。読んでる最中は、こちらまで楽しい雰囲気が伝わってきて、心が温まりました。
動画などの制作現場は女性が多く、明るい笑い声が絶えなかったようです。やはり、みんな子どもたちに楽しんでもらえるいい映画づくりに関わっているという喜びを味わいながら仕事していたのですよね、胸が熱くなります。
この本には、制作過程でボツになった絵が何枚も紹介されています。一本一本の線、そして色あいまで丁寧に丁寧に考え抜かれているということがよく分かります。
『となりのトトロ』の目ざすものは、幸せな心温まる映画。楽しい、清々しい心で家路をたどれる映画。恋人たちはいとおしさを募らせ、親たちはしみじみと子ども時代を想い出し、子どもたちはトトロに会いたくて、神社の裏を探検したり樹のぼりを始める。そんな映画だ。
1980年代の日本のアニメは、1に美少女、2にメカニック、3に爆発。この3つがヒットの3要素で、華(はな)だと言われていた。『トトロ』には、この3要素がどれも含まれていない。
舞台は日本。日常の生活の描写や女の子の芝居を、より繊細な線で楽しんで書くことが基本だ。
誰かが楽しいのではなく、誰もが楽しい、つまりスタジオ全体が楽しくなる。こんなスタジオの雰囲気そのものを作品にも反映させたい。これが宮崎監督の作風だ。
宮崎監督は常にスタジオ内の自分の机に向かっている。監督は、作品を監督するだけではない。常に作品をつくる現場を監督しているから監督なんだ。宮崎監督は、愚直なまでに監督として徹底した。
また『トトロ』をみたくなりました。あの、ほのぼのとしたテーマソングもいいですよね。
(2018年9月刊。1500円+税)

2019年1月22日

安倍官邸vs.NHK

(霧山昴)
著者 相澤 冬樹 、 出版  文芸春秋

森友事件をスクープしたNHKの記者が、なぜNHKを辞めたのか、その事情が本人の口から語られています。NHKは、著者に対して「事実無根」だとか、反撃しようとしているようです。言論の自由を拡大する方向での食い違い(論争)であってほしいものです。
著者はラ・サール高から東大に入り、法学部を卒業してNHKに入って31年間の記者生活を送っています。森友事件と出会ったのは、大阪司法担当キャップになったことから。
森友学園の土地払下げ問題の核心は、開設される新しい小学校の名誉校長に安倍昭恵総理夫人が就任していること。要するに、安倍首相が公私ともに国有地の不当払い下げに直接かどうかを問わず関わっている疑いはきわめて濃厚なのです。
したがって、安倍首相は国会で再三明言したとおり首相を辞めるだけでなく、国会議員も辞めなければいけません。それなのに今日なお、首地の地位に恋々としがみついているのです。醜状をさらすもほどがあります。こんな首相をトップに据えておいて、子どもたちに道徳教育の押し付けを強化しようとしているのですから、開いた口がふさがりません。
著者は安倍首相夫人とのかかわりを記事の冒頭においた原稿をつくった。しかし、デスクが削ってしまった。あたりさわりのない原稿にデスクは書き換えたのです。
NHKの小池報道局長は、安倍首相と近く、安倍政権に不都合なネタを歓迎するはずがない。部下は、当然のように上司たちの意向を機敏に察知する。
忖度(そんたく)しない記事を電波にのせたとき、NHKの上層部から言われる言葉は次のようなもの。
「あなたの将来はないと思え」
いやあ、これって恐ろしい言葉ですよね・・・。
なぜ、国有地が格安で販売されたのか。国と大阪府は、なぜ無理に認可してまで、この小学校をつくろうとしたのか。
森友事件とは、実は森友学園の事件ではない。国と大阪府の事件だ。責任があるのは、国と大阪府なのだ。この謎を解明しないと、森友事件は終わったことにはならない。
NHKが報道機関としていったいどうなっているのか、その内実を知りたい人には超おすすめの本です。
(2018年12月刊。1500円+税)

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