弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2012年5月21日

眠りをめぐるミステリー

著者   櫻井 武 、 出版   NHK出版新書

 なぜ、あらゆる生き物は眠るのか?
泳ぎながらも眠るイルカ。脳の半分ずつ眠るのだそうです。横になって身体を休めるだけでは足りず、やっぱり睡眠が必要だというのは、なぜ?
眠っているはずなのに、目玉をキョロキョロ動かす。はては、眠っているのに動き出して、ウロウロする。料理を作って食べる。絵を描く。しかも、その絵は昼間にはとても書けない精密そのものの絵。さらには、眠っているのに、起き出して車を運転して人まで殺してしまう。そして、それをまったく覚えていない。
 ええーっ、ウソでしょ、単にとぼけているだけでしょ、と叫んでみたい気がします。でも、どうやら、本当に無意識のうちに行動するようなのです。監視カメラの映像を見て自分で驚いたというのです・・・。考えれば考えるほど不思議なのが眠りです。死は永遠の眠りだとよく言われます。本当にそうだとしたら、何も怖いものではありませんよね。
 それにしても、眠るとき、目覚めがあることを当然のように思っていますが、そのまま目が覚めずに亡くなっていった人は幸せだった(幸せな)のでしょうか・・・?
 夢はレム睡眠中に行われる、いわば記憶に対する情動によるタグ、あるいはアイコンをつける作業中、それがノイズとして意識にのぼったものなのではないかと考えられている。
 じっと休んでいのると、睡眠をとっているのとには、厳然たる差がある。眠りは、休んでいるという消極的な状態ではなく、積極的に脳のメンテナンスと情報管理を行うという能動的な過程なのである。人は一日の3分の1を眠って過ごし、その睡眠時間のうち、4分の1がレム睡眠である。
 ノンレム睡眠は、一般的に脳の休息、メンテナンスの時間だと考えられている。脳のエネルギー消費は一日の中で最低になる。ただし、必要に応じて寝返りなど運動することは可能な状態にある。ノンレム睡眠では、起床することはかなり困難だ。
 レム睡眠は、非常に特殊な状態にあり、脳は覚醒時に難しい数学の問題を解くなど、知的な活動をしているときよりも、さらに活発に活動している。
 レム睡眠中に覚醒させると、その人は見ていた夢の内容を詳細に話すことができる。
 レム睡眠のときには、脳幹から脊髄に向けて運動ニューロンを痲酔させる信号が送られているため、全身の骨格筋は眠筋や呼吸筋などを除いて痲酔している。そのため、レム睡眠のときには、脳の命令が筋肉に伝わらないので、夢の中での行動が実際の行動に反映されることはない。そして、眼球は、不規則にさまざまな方向に動いている。中枢である脳はフル回転している。つまり、身体と脳のあいだの情報交換をカットした状態の中で、脳自体は活発に活動しているのがレム睡眠だ。夢中遊行の人が徘徊しているときには、深いノンレム睡眠の状態なのである。
生物にとって不利であるはずの睡眠が進化の過程でなくならなかったのはなぜか?
 逆に、進化するほど睡眠の必要性は高くなっている。脳の記憶システムが、シナプスの可塑性を記憶システムとして用いている限り、睡眠は必要なものなのである。
 安らかに眠り、爽やかに目が覚める。これが人生最良の日々ですよね。快眠は快便より快食より、何より優先するものですね。
(2012年2月刊。780円+税)

2012年2月13日

越境する脳

著者   ミゲル・ニコレリス 、 出版   早川書房

 脳についての知識がさらに増えました。
右手を失った人が、その右手に痛みを感じることがある。これを幻肢という。
 幻肢とは、身体のある部分を失ったあとでも、その部分がまだあって身体にくっついているという異常な感覚のことである。この痛覚は脳内の構成概念である。手足を切断された人が体験する手の込んだ幻覚は、末梢の神経腫ではなく、患者の脳内に広く分布したニューロンの活動によって生じるものである。
脳は高度な適応性を有する多重様相プロセスによって身体の所有感覚を生成している。この過程では、視覚、触覚、身体位置の感覚フィードバックを直接操作することによって、数秒で私たちの別の新たな身体を自己感覚のありかとして受け入れさせることができる。
 これって、ちょっと分かりにくい説明ですよね・・・。
相互につながったニューロンの大集団と情報をコードする大規模な並行処理のおかげで、私たちの高度に発達した脳は部分の緩和が全体より大きくなる動的システムとなる。これが可能になるのは、個々の要素の特徴の線形和のみからは予測できない、活動の複雑な全体的パターン(創発性)が神経網全体の動的相互作用によって発生するからなのだ。数百万ないし数十億個のニューロンによって形成される分散神経網は、脳波発生などの創発性を示す。脳の創発性によって、さらに知覚、運動制御、夢、自己感覚などきわめて緻密で複雑な脳機能までもが生み出されている。私たちの知識は、ヒトの脳内で動物に相互作用する多数のニューロン回路の創発性から生まれていると思われる。
 脳のはたらきは、ニューロン時空が形成する切れ目のない連続体内にある数十億個のニューロン間の動的な相互作用から生まれるのだ。
 私たちの脳内では、つねに脳自身の視点と入力とが激しく衝突しており、脳は与えられた条件下で、その瞬間に最適な行動パターンを生成する。脳は外界からの刺激をただ待ち受ける受動的な情報解読器ではなく、能動的に外界のモデルを構築するシュミレーターである。シュミレーターの過程で脳は身体の枠をこえて外界を同化し、自己を延長する。
人間の意識が同時並行処理するニューロン集団の大量の相互作用にあるという主張なわけですが、この本を読んで、難しい内容ながらも何となく分かった気がしました。
(2011年9月刊。2400円+税)

2012年2月 6日

脳の風景

著者   藤田 一郎 、 出版   筑摩書房

 人間の脳は、地球上で一番複雑である。いや、宇宙でもっとも複雑な構造物であると言える。
 小さなキャベツほどの脳の中に1000億個のニューロン(神経細胞)が押し込まれていて、その多くが1000から数万の他のニューロンとつながっている。ニューロン同士のつながり方にはルールがあり、緻密で膨大な配線をつくる。この巨大な神経ネットワークが人間のふるまいや心を生み出す。
多くの動物の洞毛ひげは、個体によらず、同一の種類であれば同じように生えている。
 ネズミのひげは、その一本一本に名前をつけている。
 盲目になった猫は、失った視覚能力を体性感覚や聴覚で補う。マウスも猫も、失明したあと、ものにさわったり音を聞くことで物体の識別したり、その位置を弁別する能力が向上する。
 アザラシが洞毛ひげをつかって水の動きの周波数を弁別する精度は、サルが手のひらで行う触覚の性能に匹敵するほどに高い。
カモノハシは夜間、濁った水中にもぐってエサをとるが、そのときには目だけでなく鼻や耳の穴も閉じている。それでもエサをとれる秘密はくちばしにある。上下のくちばしの表裏には、微弱な電気を感じることのできる電気受容器が4万個、水の乱れを感じることのできる機械受容器が6万個も埋め込まれている。
 スズメやヒヨドリ、ウグイスなどさえずりをする小鳥たちは、自分に固有のさえずりを生まれつき身につけているのではない。学習によって学んでいる。このことは里親実験によって証明された。生まれたばかりの幼鳥をオス親から引き離し、別のオス親のもとで育てると、里親のさえずりに似たさえずりをする。どのオスのさえずりも聞こえないようにして育てると、まともなさえずりの出来ない鳥に育ってしまう。いやあ、これって残酷な実験ですよね。
 生物の脳そして人間の脳の素晴らしい出来具合を知るにつけ、それを十分に活用していないところが、そして年齢とともに不活性化していっていることに、もどかしさを覚えてしまいます。
 それでも、こうやって毎日毎晩、読後感を書いていますので、そのうち何かいいことがきっとあることでしょう。そうですよね、チョコさん。
(2011年9月刊。1600円+税)

2011年12月19日

心と脳

著者   安西 祐一郎 、 出版   岩波新書

 自分はいったい何者なのか。どんな存在なのか。死んだら、一切は無になるのか。眠っているあいだも生きているというのはどういうことなのか。無意識のうちに人は動き、動かされているというのは本当なのか。
 意識にのぼらない自我があるのか・・・。心は一体どこにあるのか、頭なのかハート(心臓)なのか。頭のどこに心があるというのか。
 考えてみれば、このように次から次へ疑問が湧いてきます。
 虹の色は、いくつに見えるか?
 日本語を母語として、日本の社会で育った人は、紫、藍、青、緑、黄、橙、赤の7食に見える。フランスも同じ。ところがアメリカ育ちの人には藍色抜きの6色に見える。ドイツだと、さらに橙が消えて、5色に見える人が多い。虹の色が二つにしかない言語もある。へーん、いろいろ違って見えるものなんですね・・・。
 発汗や筋肉の収縮のような身体の反応にかかわる情報は主として大脳皮質を経ずに、意識にのぼることなく処理される。情報の処理は大脳皮質を経ない意識下の経路の方が速い。したがって、意識下で起こる身体的な反応のほうが、大脳皮質経由の意識にのぼる活動よりも、基本的に先に生じる。心の働きについても、意識下の働きのほうが自分に意識されるはたらきよりもずっと大きいことが分かっている。
 喧騒の中で自分の名前が聞こえるのは、自分にとって大切な意味をもつ情報を選り分けるメカニズムが意識下で働くからだと考えられている。なーるほど、たしかに、そんなことって、ありますよね。
コンピュータと違って、持ち運びや破損や特別なエネルギー補給にそれほど気をつかう必要がないのは、脳の優れた特徴である。
 脳は何億円もするスーパーコンピュータをはるかに上回る性能を有しているのですね。
情報処理がいろいろな機能について並行して進められ、それらが相互作用することによって心のはたらきが現れてくる。情報処理システムとしての脳神経系である。
 脳神経系が、脳幹、小脳、大脳辺縁系、大脳皮質の内部やその間を結ぶ密度の高い神経経路を通して相互作用していること、しかも、神経系が入り組んだ階層構造をなし、各層でも並行して情報が処理されるとともに、層の間でも相互作用が起こっていること、さらに、神経細胞がつながってループしている(もとの神経細胞に情報がめぐり戻ってくる)回路がたくさんあり、きわめて複雑なシステムを形成している。
 人が文章を理解しようとするときには、音韻、形態素、文法、意味、文脈などの情報をお互いに関係づけながら並行して処理し、全体の意味を理解しようとしている。本を読むというのは、単に目で文字を追っているというのではないのですよね。だからこそ速読術がありうるのでしょう。
 ふだんの買い物のような、何気ない意思決定でさえ、買うモノの特徴を考えたり、買い物経験を思い出したりする記憶や思考、どの品物が買うに値するかを決める選考評価、楽しめるとかつまらないといった感情など、多くの情報処理が意識のうえと意識下の両方で並行して行われている。
心のはたらきのほとんどすべては、脳のたくさんの部位の相互作用によるもので、脳のどこかと心のどこかが一対一に対応するわけではない。
 人は、意識して思考しているだけでなく、むしろ大脳基底核などのはたらきに支えられて、意識にのぼらず思考している部分が相当大きい。
 脳の本は、いつ読んでも本当に面白いですよね。
(2011年9月刊。860円+税)

 今年も500冊を読みました。面白そうな本、読みたい本、知りたいことが次々に出てきますので、速読はやめられません。まあ、完全なる活字中毒症であることは認めます。でも、本を読んでいるときの快感って、なにものにも代えがたいものがあります。背筋がぞくぞくするほど知的興奮したときなど、心を静めるのにしばらく時間がかかることがあります。どうぞ、新年も引き続き、お付き合いください。チョコさん、誕生日プレゼントありがとうございました。

2011年11月24日

隠れた脳

著者  シャンカール、ヴェダンタム  、 出版  インターシフト   

 隠れたところで人に影響を与える力を隠れた脳という。隠れた脳とは、気付かないうちに私たち人間の行動を操るさまざま力のこと。隠れた脳の大半は、自覚の及ばないところにある。脳の活動のなかに意識的に気付かないものがあることは、科学者のあいだでは昔から知られていた。
意識的な脳は、ゆっくり慎重に作業する。教科書を読んで理解し、ルールや例外を学ぶ。隠れた脳はすばやく推論し、即座に順応するようにできている。隠れた脳は、正確さよりもスピードを重視する。
 無意識のバイアスは毎日の生活の隅々にまで入りこんでいる。たとえば、人は賛同できる話を聞いたときには、すぐに、しかも情熱的に反応する。賛同できないときは反応がほんの少し遅れる。それは、隠れた脳が話の行き詰まるのを予測して、衝突を前に身構えるからだ。
あなたの隠れた脳は、単独で働いているのではなく、他人の隠れた脳とネットワークを築いている。
 近い関係にある人間同士だと、嫉妬心から強くなる。
 隠れた脳は、他の物体より人の顔を好んで認識するようにつくられている。
なぜ、人は災害時に反応を誤るのか?
 9.11のとき、WTCで88階にいた人は助かって、89階の人は助からなかった。なぜか?
 人が決断するとき、ふだんなら個人の性格やモチベーションがそこに反映される。しかし、集団でいるときに災害にあうと、個人の意思よりも集団自体の行動のほうが決定要因になることが多い。隠れた脳の奥底で起こって実際の行動を左右したのは、その人が属していた集団の大きさだった。大きな集団ほど、脱出するのに時間がかかる。思いがけない災害にあったとき、人は無意識のうちに周囲の人との合意を求める。そして集団は共通の物語。つまり何か起こっているのか誰もが理解できる説明をつくりあげようとする。集団が大きいほど、同意が成立するまでに時間がかかる。
 現実には、人間は自分を傷つけ、全体の生存可能性を減らしても、お互いを助け合うことがある。
 ヒロイズムは、危機に際して個人の利益より集団の利益を重視する。隠れた脳が生み出す無意識の問題解決法である。
 重大な危機に陥ったとき、隠れた脳がその力を発揮して、何が起こっているのか、まわりの人たちと共通の理解を得たいという強烈な願望が生まれる。集団の同意があれば安心できる。進化の歴史をみると、集団でいる方が安全を保たれる。警報が鳴ると不安が引き起こされ、集団を頼るよう隠れた脳が指令する。それは、祖先の時代から集団でいたほうが危険にさらされる可能性が低く、安心と安全が手に入りやすかったからだ。
 なーるほど、ですね。
 かなりの数のテロリストは裕福な特権階級の出身だ。大学を卒業し、医師、エンジニア、建築家といった専門職についてる。自爆テロの犯人(テロリスト)は異常心理をもつ操り人形であるとか、虚無主義だという調査結果はない。むしろ、その集団の中の他の仲間より理想主義的な思想をもっていた。洗脳されて、命令に従うだけの愚か者ではない。
 自爆テロリストたちは異常者ではない。ごくふつうの人が自爆テロリストになる可能性がある。自爆テロリストは死を強制されたとはほとんど感じていない。
 自爆テロリストは、入るのがきわめて難しい、排他的なクラブに所属している。その排他性こそが、クラブの大きな魅力なのだ。自分がやろうとしていることをビデオの前で誇らしげに語り、仲間らか称賛の言葉を浴びて心理的な報酬を受けたあとでは、その使命を成し遂げられなければ、自分の人生を意義深いものにする要素を失うことになる。
 隠れた脳は、周囲からの承認と行動の意義を求める。そして、小さな集団には、そのような承認と意義を与える力がある。 自分より大きいものの一部になりたい、自分が特別な存在だと思いたい、その存続と安定が自分の命より大切な集団の一部になりたいという衝動だ。
 人は大きな数字の扱いが苦手である。人間の想像力をかきたて、同上を引き出すのは、一つの顔、一つの名前、一つのライフストーリーである。1匹の犬を救助するために大金を出しても、12匹の犬を救うためにはお金を出し惜しみする。これを望遠鏡効果という。これは、仲間や親戚を優先的に好むように進化したために生じたものだ。
隠れた脳を知らなければ人間を知ったことにはならないのだと実感し確信しました。刺激にみちた素晴らしい内容の本でした。
(2011年9月刊。1600円+税)

2011年9月20日

脳科学の教科書

著者   理化学研究所 、 出版   岩波ジュニア新書

 ジュニア新書というから、ごく平易な脳科学の手引き書かと思うと、実はなかなか難解な解説書ではありました。いえ、ケチをつけているのではありません。脳科学の最新の到達点が学べる本ではあるのです。それだからこそ、私にとっては少々難しすぎるところもあったというわけです。
 人間の脳には、1000億個のニューロン(神経細胞)が存在する。
 構造的にも機能的にも、「やわらか」であるという点において、脳は非常に優れたコンピュータであると言える。
 大脳皮質のしわを広げると、新聞紙一枚分の面積になる。
 5つの感覚系のうち、嗅覚だけは異なった道筋をたどって大脳へ入ってくる。視覚と聴覚が密接な関係にあるのは日ごろ実感しています。一生懸命に本を読んでいると、耳に栓をしたように聞こえなくなることがしばしばだからです。臭いについては、かなり鈍くなっていることも認めます。花の香りも、よほど鼻を近づけないと分かりません。
 人間の小脳には、600~800億個の顆粒細胞が存在している。これは、中枢神経系の全ニューロン数の7割を占める。ニューロンの主要な機能は外部から情報を受けとり、電気信号に変換し、標的細胞へと伝達すること。
 樹状突起がもっとも高度に枝分かれしたニューロンは小脳のプルキンエ細胞であり、ひとつのプルキンエ細胞の樹状突起には10万個以上もの入力端子が接続している。
 ニューロン情報の伝え方には、二種類ある。一つはニューロン内部での興奮伝導、もうひとつはシナプス伝導。前者は電気信号による伝搬、後者は化学物質を介した伝導である。
 ここで伝搬と伝導の使い分けられていることに注目します。ニューロン内部での情報伝導のために、ニューロン自身が電気信号を発生している。電気信号を使って情報を伝えるという性質に関しては、脳とコンピュータは類似している。
 ニューロン内部では、電気信号によって興奮が伝わっていくが、ニューロンとニューロンのあいだでは、ほとんどの場合、化学伝達によって情報は伝えられる。この化学伝達は、脳に固有のものである。
 シナプスにおける主役は、神経伝達物質である。興奮性ニューロンで働いている神経伝達物質は、グルタミン酸。これがなくては脳はまったく機能できなくなるというほど、グルタミン酸は重要な興奮性神経伝達物質である。
 人間の脳幹は、爬虫類脳だという概念は、現在崩れている。基本的な脳の領域は、どの脊椎動物でも共通だと考えられている。
 最近の研究で、大人の脳の中にも、新たなニューロンを生み出す能力をもった細胞「神経幹細胞」が存在することが分かってきた。
 人間は350種類の、マウスは1000種類もの匂いセンサーの鼻の奥にもっている。
 運動をつかさどるのは小脳で、知能をつかさどるのは大脳だと言われることがあるが、これは誤りだ。脳神経系は、全体としてネットワークを形つくって機能を発揮する。ひとつの機能をひとつの脳部位にあてはめる単純化は誤る。
 PTSDは、忘れることができなくなるのではなく、安全だという新しい記憶を獲得することができなくなる症状である。PTSDの症状を抑えるには、D・ミクロセリンという薬が効果的。この物質は、記憶の形成にかかわることを説明してきた、NMDA受容体の働きを強める物質なのである。
 人間という存在が、いかに複雑なものであるかがなんとなく分かってくる良書です。
(2011年4月刊。980円+税)

2011年5月30日

視覚はよみがえる

著者    スーザン・バリー 、 出版   筑摩選書

人間は三次元で思考する。48歳にして立体視力を奇跡的に取り戻した神経生物学者が、見えることの神秘、脳と視覚の真実に迫る。
これは本のオビに書かれているフレーズです。脳って固定的なものではないのですね。これがダメなら、あれでいこう。あれがダメなときには、とりあえず、こうやって対応しておこう。こんな具合に融通無碍に対応できる、とても可望性に富んだ器官なんです。
宇宙飛行士が地球に戻ってきたとき、しばらくはヘマばかりしてしまう。なぜか・・・?
大気圏外の自由落下状態にいると、内耳の感覚器官である前庭器官が正常に働かなくなる。宇宙飛行士は、帰還して3日目にようやく正常に戻ることが出来た。むむむ、うへーっ・・・。
人間の赤ちゃんは、生後四ヶ月までは、立体的に物を見ていない。目を内側に寄せる能力、ふたつの像を融合させる能力、立体的な奥行きを認識する能力の三つは、ほぼ同時期に発達する。視力(視精度)が良好なことと視覚が良好なことは、同じではない。文章を読むには、1.0の視力以外のものが必要だ。文字の羅列から意味を読みとれなくてはならない。
ほとんどの人は、文章を読むときに必ずしもページの同じ場所に二つの目を向けてはいない。読む時間の50%は、左目が見る文字のひとつが、ふたつ右の文字を右目が見ている。読み手にとって、この状態は問題を生じない。というのも脳がふたつ目の像を一つに融合しているからだ。情報は協調のとれた形で結合されている。ふむふむ、さてさて・・・。
世界をなんらかの形で細かく知覚しようと思ったら、同時に身体を動かさなくてはいけない。それどころか、体の動きを計画する行動は、おおむね無意識に行われるが、この計画行為こそが目や耳や指の感覚を研ぎすませている可能性がある。知覚と体の動きは、双方向的。絶え間ない会話によって密接に結びついている。
人間の脳のなかには、未開発の配線が数多くあり、その配線は、たとえば新しい技術を身につけるとか、脳卒中から回復するとかいった状態によって活動せざるをえなくなるまで、いつまでも未開発でありつづける。損傷から回復したり、新しい技術を学んだり、知覚を同上させたり、さらには新たな主観的な感覚を身につけたりするために、脳は一生のあいだ配線を変えつづける。
著者は、幼いころ内斜視を発症し、その後、3回の外科手術によって目の位置はそろったものの、二つの目で同時に物を見ること、すなわち両眼視がうまく出来ないまま成人しました。そして、40代の半ばを過ぎて視能療法を受けて思いがけずに立体視ができるようになったのでした。そのことへ驚きと喜びと戸惑いの入りまじった強烈な感情がこの本にしるされています。
視覚障害者とは、単に目の見えない人ではなく、むしろ視覚なしで世界で対処できる脳と技術を発達させた人なのである。このように書かれていますが、この本を読むと、それが納得させられます。
(2010年12月刊。1600円+税)

2011年5月 9日

錯覚の科学

著者    クリストファー・チャブリス 、 出版   文芸春秋

自動車運転中の携帯電話を使うのは危険だ。それは手動式であろうがハンズフリーであろうが変わらない。要は、車の操作能力への影響ではなく、注意力や意識に対する影響である。一方で何かを聞きとり、もう一方で何かを考えると、脳のなかで注意力を必要とする仕事の数が増えるほど、それぞれの作業の質は落ちる。ケータイをつかうと、注意力や視覚的な認知力が大幅に損なわれる。これに対して助手席にいる人と話すのは、ケータイで話すよりも問題が少ない。助手席の人と話しても運転能力への影響はゼロに近い。なぜなら、隣の人との会話は話が聞きやすく、分かりやすい。ケータイほど、会話に注意を奪われずにすむ。第二に、助手席の人も前方を向いているので、何かあると気がついて知らせてくれる。ケータイで話している相手には、そんなことはできない。第三に、ケータイで話していると、たとえ運転の難しい場所にさしかかっても、ケータイで会話を続けたいという強い社会的欲求の下にある。なーるほどですね・・・。
カーナビの指示だけを見て運転し、走ってくる列車の目の前で線路を横断させようとした人がいる。ドライバーは、カーナビを見るのに忙しくて、目の前にある標識を見落としがちになる。うひょう、これって怖すぎですよね。
聞いた物語を何回となく話していると、それを暗記してしまいやがて、自分の体験談と思い込むことがある。そうなんですよね。私も、それはいくつもあります。大学生のときの苛烈な経験のいくつかは、実際に自分が体験したことなのか、それとも後に学習したことによるのか、今ではさっぱり判別できないものがいくつもあります。
ヒラリー・クリントンはオバマと闘った2008年の大統領選挙において、1996年3月にボスニアの空港に着陸したときに自分は狙撃兵の銃火を浴びたと語った。しかし、実際には、歓迎式典に参加してボスニアの子どもにキスをしていたのであり、銃撃されたという事実はまったくなかった。ところが、ヒラリー・クリントンは間違いを証明されても、自分のミスをすぐには認めなかった。そのため、選挙に勝つためには、どんなことも言う人間だと思われ、結局、選挙戦でオバマに敗れた。うむむ、思い込みというのは恐ろしいですよね。
能力の不足は、自信過剰としてあらわれることがある。うむむ、これはすごい指摘です。私の身近にも、そんな人がいます。他人のことはあまりとやかく言えませんが、客観的に無知な人ほど自信過剰になりやすいものです。お互い謙虚さを大切にしたいですね。
裁判の証人が確信を持って証言しているときでも、それが客観的な真実に反することは少なくない。自信の強さは証言内容の正しさと結びつくが、完全に結びつくというわけでもない。
人が誰かの視線を感じることなど、実際にはありえない。この本では、そのように断言しています。しかし本当でしょうか・・・。心霊現象などまったく信じない私ですが、五感の次の第六感はその存在を信じています。だって、現実に何かを感じることが多々あるのですから・・・。今の科学では証明できていない、何かがあると私は考えています。
脳トレなんて無意味だという指摘をふくめて、かなり刺激的な話が満載の本です。一読してみる価値はありますよ。
(2011年4月刊。1571円+税)

2011年4月25日

最新脳科学でわかった五感の驚異

著者   ローレンス・D・ローゼンブラム 、 出版  講談社
 
 びっくりすることがたくさん。脳は大人になったら死滅するだけ。そんな常識が次々にひっくり返されています。
脳は経験によって、その仕組みや構成が変わりうる。かつては特定の知覚能力だけを司ると考えられていた脳の領域が、異なる知覚機能をその感覚内でも別の感覚にまたがっても割り当て直す潜在能力があることが分かった。
ということは、私のように還暦を過ぎても、まだ脳は可塑性があるということです。逆に、いくら若くても、あきらめていたら、脳は固定してしまって、役に立たないものになる危険もあるということではないでしょうか・・・。飽くなき知的好奇心こそ人間の、人間たる所以なのですよね。
 盲目の男性がマウンテンバイクで山中をツーリングしているというのです。うひゃあ、と思いました。そして、信号音つき野球ボールをつかって、攻守ともに正確にプレーする盲目のチームがたくさんあります。もちろん、選手は皆、目が見えないか、目隠しを着用しているのです。選手は、音のおかげで一瞬先を聞きとっています。
足音を聞くだけで、その人の性格が分かる。ええーっ、そうなんですか。気をつけましょう。
 犬は1秒間に6回の早さでにおいを嗅ぐ。人間は1秒にひと嗅ぎする。人間は2つの鼻の穴を通ってくるにおいを比べることで、においの所在を確認している。なーるほど。
 たとえば、不動産業者は家の展示会をしているとき、クッキーを焼いて、家のぬくもり感や居心地の良さを演出する。なるほど、なるほど、よく分かります。
 アリは、ほかのアリが脅かされているにおいを感じると、たちまちちりぢりになる。ハツカネズミは、自分が食べられそうになった場所に不安のにおいを残すことで、天敵の居場所を知らせあっている。ふむふむ、そういうことをしているのですね。
 魅力的な顔は、左右の釣り合いがとれている。魅力的であり続けるコツは、学び続けること。好奇心を失わず、なんでも学ぶこと。学ぼうというその意気込みが、人を輝かせる。それが美しさだ。
妊娠の可能期間中の女性は左右のバランスのとれた男性のにおいを好む。男性は、妊娠可能期の女性の体臭を好む。うひゃあ、そうなんですか。
左右のバランスがあまり良くない動物は、正常よりも発育速度が鈍く、寿命は短い。そして、繁殖力も弱い。左右のバランスが悪いと、遺伝子的にも、肉体的、精神的にも劣り、認知能力や知能指数も低いことが予想される。むむむ、そうなんですか・・・。
 食べ物や飲み物の品質についての予想が、そのおいしさの度合いを左右する。質の良いワインだと思って飲んでいるときのほうが安物だといわれて同じワインを飲んでいるときよりも、快感に関わる脳の領域がはるかに活性化する。上等のワインを飲んでいると思うことで、そのワインの実際の質にかかわらず、この快感領域の活動を高めることがある。脳の快感領域に関する限り、私たちは払った(つもりの)額にみあったものを実際、確実に得ている。ソムリエがひと口飲んだとき脳にまず見られるのは、味覚と嗅覚の情報が集まる領域の活性化だ。ソムリエは、ワインの味と香りを表現するための概念理解力と言語能力が豊かに発達している。なにかを味わうことは、におい、感触、見た目、そして音に至るまでの無数の影響による、味は予想や知識にも左右される。
 低い声のほうが高い声よりも分かりやすい。女性や子どもより、男性の声のほうが理解しやすい。手で触ると、顔の表情もほぼ正確に認識できる。
 知覚のなかで、これほど多くの情報がこれほど素早く伝わるのは、人の顔をおいてほかにはない。顔を見れば、その人の素性、性別、感情状態、意図、遺伝的健全さ、生殖能力、そして言葉によるメッセージすら、たちまち分かる。
 顔は、ある特殊な方法で知覚され、そのために特殊な戦略と脳の仕組みが使われている。70歳になるころには、その人の顔写真を見るだけで、その人がどんな感情を招いて生きてきたのか、知らない人でも読みとれる。この年齢になるころには、顔は、ある感情をほかの感情よりもうまく伝えられるようになっている。理由は簡単、実践を積んできたからだ。顔の皮膚の下は、50種類あまりの異なる筋肉の集まりで出来ていて、そうした筋肉が身体中でもっとも複雑な配列で関連しあっている。しかも、筋肉のつねで、鍛えれば鍛えるほど、よく動くようになる。つまり、ほほえむ回数が多い人ほど、顔で喜びを表しやすくなる。これは年齢(とし)をとるにしたがって、とくにあてはまる。人柄と表情癖が顔をつくっていく。たしかに、そうだと、私も思います。
人の印象は顔を10分の1秒も見ただけで決まる。そして、人は、自分の顔の特徴に似たところのある人をパートナーに選ぶ。これは、教養、食べ物、環境、性格がその二人のあいだで似かよっているからだ。
  人間の五感のすばらしさを改めて感じました
(2011年2月刊。3150円+税)

2011年4月 7日

和解する脳

著者  池谷 裕二・鈴木 仁志、    出版  講談社
 
 若手(と言ったら失礼にあたるでしょうね。中堅と言うべきですね)弁護士が高名な若手(同じく)と対談した本です。大変面白い話が満載でした。
 人間の遺伝子は10万と推測されていたが、実は2万台だった。神経細胞は100億という人もいるが、最近では1000億という説が有力。
 遺伝子と脳は、親子の関係というより、むしろ対立関係にある。遺伝子の本来の進化のあり方に対して、脳が違う動きを始めた。脳幹が大脳皮質をコントロールしていたけれど、人間では大脳皮質が脳幹をコントロールするという立場の逆転が起きている。
 再起のないものは言語ではない。サルが言葉を覚えても、文法はできない。無限という概念が分かるのは、再起のできる人間だけ。無限が分かると、無限ではない有限が分かる。
 3歳児は、かくれんぼが出来ない。自分から相手が見えなければ、相手も自分が見えないと思っている。つまり、他者視点でものが見えていない。3歳児は再起がまだ出来ない。
 言語活動の訓練を通じて十分に脳を成熟させてあげないと、他人との関係性をよく認識できない大人になってしまいかねない。
 紛争のない社会のほうが気持ち悪い。かなり人為的に意思統一させられない限り、争いが起こるのは当然のこと。
日本の裁判では偽証が構行している。はっきり言って、そのとおりだと思います。しかし、かと言って、何が真実なのかを見抜くのは実に容易なことではありません。ですから「偽証」の立証は至難に業なのです。
 脳は思いこみをする。裁判官のなかには、この事件はこうじゃないかと心証を形成すると、それ以降、その流れをサポートする証拠ばかり見ようとする。大脳皮質は作話を始める。そのとき、本人には嘘をついている自覚がない。心から自分の発言を信じている。嘘をついているときは前頭葉が活動している。本当のことを話しているときは、脳の後の方が活動している。うへーっ、そうなんですか・・・。
 カウンセリングの基本は、聞くこと。誰か一人でも受け入れてあげる。受容してあげることが大切。反感をもっているときに聞いても、それは受け容れない。和解するときの究極の目標は、相対的な快感をつくり出すことに尽きる。裁判官は、提出された論理構成のなかで、「落ち着き」のいい結論にたどり着くのに一番つかいやすい論理を用いる。
 和解をすすめるときにも、弁護士が決めたように思わせないようにもっていくのが重要。情報を置いておいたら、それを見た当事者が自分で決めたという形にすると、自分で将来を切り開ける。このとき、本人の納得度は高い。
 これは弁護士にとって大切な指摘です。ところが、本人の納得度をあまり重視しすぎると、まとまる話もまとまりません。そのかねあいは実に難しいところです。
 人間は、互恵性のシステムを遺伝的にもつ生物である。そのシステムを維持することが最終的に自分のためになる。不公正感は、もともと人間の持っている互恵的利他性から出てくる感情だと思う。
 和解のもつ意義を考え直させてくれる本でもありました。
(2010年11月刊。1600円+税)

カテゴリー

Backnumber

最近のエントリー