弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
社会
2023年4月 3日
辞書編集、37年
(霧山昴)
著者 神永 暁 、 出版 草思社文庫
辞書づくりの面白さ、大変さを知ることができました。そして、もちろん辞書の大切さも...。私も辞書はよく引きます。すべて手書き派のモノカキですから、漢字は読みも書きもそれなりにできると自負しているのですが、送り仮名は難しいし、漢字だって、このときはどれが一番ふさわしいかなと疑問を抱いたら、すぐに辞書を引くようにしています。もちろん国語辞書です。ついでにいうと、フランス語をずっと勉強していますが、電子辞書ではなく、あくまでペーパーの辞書です。大学受験のときは、部厚い英語の辞書を最初から最後まで読み通しました。赤鉛筆を引きながらですから、辞書が真っ赤になりました。同じようにフランス語もロベールの仏和大辞典を読みすすめました。そうなんです。辞書は必要なところを引くだけでなく、読みすすめると、それも楽しいのです。うひゃあ、そうなんかと、いくつもの発見がありますから。この本でも、著者はそのことを何度も強調しています。
辞書編集者の仕事は、ひたすらゲラ(校正刷り)を読むこと。書かれた内容すべてに対して、本当に正しいのかと疑問をもちながら読んでいく。だから、辞書編集者は、とても懐疑的な性格になっていく。つまり、疑ぐり深い正確になるのですね。
日本の辞書は、内容だけでなく、印刷や製本、製紙の技術も素晴らしい。辞書は発刊と同時に改訂作業がスタートする。つまり、辞書編集とは、エンドレスなのだ。いやぁ、これには驚きました。ともかく息の長い仕事なのです。10年とか30年のスパン(単位)で考える世界です。
辞書編集者に求められるのは、言葉に関する興味であり、ことばに対する探究心である。これがあれば誰にでもできる仕事だ。いえいえ、決してそんなことはありますまい・・・。
辞書編集者は、誰が書いた原稿でも、内容のおかしな原稿には手を入れる。これが鉄則だ。
日本の辞書は、表紙は塩化ビニール(塩ビ)などの柔らかい素材のものとし、本全体を厚紙のケースに入れている。外国の辞書にはケースがなく、表紙もやや厚手の紙製なのが多い。
『美しい日本語の辞典』には日本の伝統的な色名を示し、117色のカラー口絵を付けた。いやぁ知りませんでした。これは買わなければ損ですね...。青鈍(あおにび)、今様色(いまよういろ)、朽葉色(くちばいろ)、潤朱(うるみしゅ)、浅葱色(あさぎいろ)...。これはすごい。
『ウソ読みで引ける難読語辞典』というのもあるそうです。アベやアソウが読み間違って聞いているほうが恥ずかしい思いをさせられた言葉がありますよね。アベの「でんでん」(云々)が有名ですが、それが辞書で引けるようになっているとは、思いもしませんでした。たしかに、コトバが人々から誤読されているうちに、「正読」になってしまうことはよくありますよね。
「がさをいれる」という「がさ」とは、「さがす(探)」の語幹「さが」の倒語だというのは、知りませんでした。「むしょ」は刑務所の略ではないというのにも驚きました。刑務所ができる前から「むしょ」は存在していて、これは「虫寄場」とか「六四」(牢の食事は麦と米が6対4の割合だったことによる)からという。いやはや、世の中は知らないことだらけですね。
山形弁は、「ゴミをなげる(捨てる)」、「コーヒーをかます(かき回す)」という。愛媛では「梅干をはめる(入れる)」という。
シャベルとスコップ。東日本では大型のものをスコップといい、小型のものはシャベル。西日本では大型のものはシャベル、小型のものをスコップという。
辞書の紙はインディアペーパーだった。薄くて、インクの裏抜けのしにくい紙だから。辞書の製本も、見開きで180度開くだけでなく、左右両方向に180度、つまり360度開いても壊れない。これは外国の辞書にないこと。
コトバ選びの楽しさも味わうことができました。辞書編集者に対して、改めて感謝します。
(2022年1月刊。990円+税)
2023年3月28日
金環日蝕
(霧山昴)
著者 阿部 暁子 、 出版 東京創元社
いやぁ、読ませました。読みはじめたら、ええっ、いったい次はどんな展開になるんだろう...と、目が離せなくなり、電車を降りてバスに乗ってからも読みふけってしまいました。それでも読了できず、少しだけ次の予定まで時間があったので喫茶店に入り、遅い昼食のサンドイッチをかじりながら、ようやく最後の大団円にたどり着いたのでした。
ネタバレはしたくありませんので、要は「振り込め詐欺」(特殊詐欺)を舞台とした展開だということだけ申し上げます。
名簿屋は、名簿を擦(こす)る。欺しのターゲットの細かい情報を調べるのを擦るという。これがあるとないのとでは、成功率がまるで違う。それはそうですよね...。
擦るには、真心を込めて相槌を打ち、うなずき続ける。こちらも本心でないとダメ。こちらが真摯(しんし)だからこそ、相手も気を許し、心の深い場所を開いて見せてくれる。同情し、共感しながら、もっと情報を吐き出してとうながしつつ、頭の中に入手したデータを余さず書き込んでいく。
受け子は、ターゲットからお金を受けとってくる役。出し子は、振りこまれたお金をATMで引き出す役。警察に捕まるのは、この受け子か出し子。この危険な役をやらせる人間を集めて、人材派遣会社みたいにお金の回収を請け負うグループが存在する。
プレイヤーが電話をかける場所は「アジト」というより、普通の会社のオフィスという感じ。それぞれのデスクがあって、電話がずらり並んでいて、出勤も退勤も時間が決まっている。
ターゲットから取るお金は、売上と呼び、目標額まであといくら、気合入れてがんばろうという反省会までやる。そして、1クール2ヶ月というように期間が決めてあって、その期間内にガンガン稼いで、それが終われば解散してしまう。あとには何も残らない。
プレイヤーは、1人では無理。最低3人。それくらいいないと、ターゲットにこちらの話を信じさせられない。疑うヒマも与えず、こっちのシナリオに引きずり込めない。台詞(セリフ)を覚えてミスなく話せばいいっていう問題ではない。本当は存在していない人間、起こっていない出来事を、相手にここに存在していて、今まさに起きてるって信じさせなければいけない。
追跡アプリなるものは、フツーに街の電器屋さんで買える。たとえGPS機能を遮断しているスマホ(スマートフォン)でも、一度本体にインストールさせてしまえば、現在地が特定できるうえ、通話履歴の取得、写真撮影、音声録音まで遠隔操作で可能だ。今では、こんなとんでもないアプリが存在し、有料とはいえ、誰でも手に入れて使うことができる。
主要な舞台のひとつが昨秋、久しぶりに訪れた北大(北海道大学)でした。構内の喫茶コーナーでお茶したことを思い出しました。北大って、いつ行っても風情があっていいですよね。でも、この本のストーリーは、ちょっとばかり怖いです。それも現実にあった(だろう)話をベースにしている(だろう)から、ホント、思わず身震いするほどの怖さをひしひしと感じました。先日つかまった「ルフィ」が、「悪」から抜け出ようとした人間を徹底的に痛めつける(本当にやるようです)というのを聞いて、恐怖による支配は人を間違わせるものだと、つくづく思いました。一読をおすすめします。
(2022年10月刊。1800円+税)
2023年3月26日
テキヤの掟
(霧山昴)
著者 廣木 登 、 出版 角川新書
先日、私の住む街で、江戸時代から続いているという「初市」がありました。植木市とあわせて、たくさんの屋台が並びます。歩行者天国になりますので、子どもたちが梅ヶ枝餅やらリンゴアメなどを食べたり、なめたりしながらぶらついて楽しみます。
この屋台を出しているのがテキヤと呼ばれる人たち。
サンズン(三寸)は、組み立てた屋台、三尺三寸のサイズ、また「軒先三寸を借り受けて...」から来たもの。タコ焼きや焼き鳥屋台など。
ゴランバイは、子ども向けのバイ(売)。ソースせんべい、あんずアメなど。親から子どもに「見てゴラン」ということから。
コロビは、ゴザの上に商品をコロがし、タンカにメリハリをつけて商売する。映画「男はつらいよ」で、寅さんが神社の境内などで客を呼び込んで何かを売っていましたね。昔々は、私も実物を見た気がします...。
テキヤの圧倒的多数は暴力団ではない。ただし、テキヤ系暴力団も存在する。たとえば、極東会。極東桜井一家関口一門を中核とする。
暴力団とテキヤを同一視するのは誤り。ヤクザは人気商売であり、「裏のサービス業」でテキヤは売る商品をもっている。
テキヤが自衛のために団結して組織したのが「神農会」。テキヤは自らを神農と名乗る。そして神農を崇(あが)める。テキヤの業界を神農会という。
テキヤは個人事業主なので、労災や保険という問題がある。なので、まともに日本に来ている外国人は難しい。
日本人の若者がテキヤに入門することはない。テキヤは若い人たちの憧(あこが)れの職業ではない。拘束されるのを嫌がる。
テキヤの商売ができる場所が少なくなっている。
テキヤは前科があって生き辛い人たちにとってのセーフティネットになりうる。そして、「この商売、いつまでもやってんじゃねえぞ。どんどん辞めてけ。カネ貯めたら、すぐに辞めろ」でいい。著者は、このように提言しています。同感です。
昔、私の子どものころ、筑後平野の夏の夜の風物詩として「よど」があっていました。お寺や神社の境内に何日間か夜の露店が立ち並ぶのです。よくヒヨコが売られていました。カラーヒヨコで、大きくなっても卵を産まないオンドリになるだけ...。そんな夜の世界があって、子どもに夢を与えてくれるものがあったらいいですよね。
(2023年2月刊。税込1034円)
2023年3月14日
子どもたちに民主主義を教えよう
(霧山昴)
著者 工藤 勇一 ・ 苫野 一徳 、 出版 あさま社
最初から最後まで、大変共感できる話のオンパレードでした。こんな校長先生がいるんだったら、まだ日本の民主主義もまんざら捨てたもんじゃないな、そう思えて、心がホッコリ温まりました。
学校は民主主義の土台をつくる場。
多様性の中で生きていく力、それが民主主義教育。
学校改革のすべては、学校を民主主義を学ぶ場所に変えることにつながっている(そうすべきなのだ)。
民主主義がゴールとするのは、誰ひとり置き去りにしない、持続可能な社会の実現。多数決は民主主義の本質ではない。
これは、今の日本の国会を見ていても本当にそう思います。自民・公明の与党は野党の一部をうまく抱き込んで、国会で十分な審議をすることなく、多数決の横暴で、どんどん自分たちの都合の良い軍事優先・福祉切り捨ての政治をすすめています。そこには民主主義のカケラも認められません。
現在の日本の学校は、自由を奪うピラミッド型社会。
学校は平和のためにある。もし、学校がなかったら、絶対に世界に平和はやってこないだろう。本当に、そのとおりですよね。でも、子どもたちが大人になったとき、大人の多くは「生活するため」に子どものころの純真な気持ちを忘れてしまいます。でも、決してみんながみんな忘れたのではありません。
アメリカだって、もはや民主主義国家と言えるのか...。超富裕層が支配する国になってしまっている。
日本は国民の意識があまりにも伝存的になってしまっている。
日本は当事者意識が低い。政治参加の点では、日本は下から数えたほうが早い。
日本では「心の教育」を強調するが、「思いやり」では対立を解消することはできない。ちゃんと現実を直視して、感情を切り分け、理性的に物事を考える必要がある。
学校では「道徳教育」をするべきではなく、やるべきは「市民教育」だ。
幼稚園から小学校低学年にかけて、子ども同士のトラブルが絶えないのは当たり前のこと。社会性を学んでいる最中なのだから。
トラブルをなくすのではなく、トラブルが起きたときに解決できる人材がたくさんいる社会づくりを目ざすのが民主主義教育。なーるほど、まったく同感です。
いじめの件数を減らす努力をする必要はない。そうではなく、人間関係を自力で修復する機会を奪ってしまったら、この社会は大変なことになってしまう。
自民党はなんでも「日教組が悪い」というが、現場の実際は、日教組に入っている教員はほとんどいない。日教組は現場では壊滅状態にある。
合唱コンクールは、参加を強制し、競争させる。よほど廃止したほうが良い。
民主主義の下地のないような学校で、校則づくりから入っていくのはすすめない。校則の変更ありきでスタートさせないようにしたい。
著者(工藤)が校長だった麹町中学校では宿題を廃止した。「三者面談」も。やはり、行動で示す必要があるのですね。
日本人が考えるべきことは目の前に山積していることを強く印象させられた...とのこと。
実に面白く、ためになる、考えさせられる本でした。
(2022年10月刊。税込1980円)
2023年3月 9日
負動産地獄
(霧山昴)
著者 牧野 知弘 、 出版 文春新書
親から不動産を相続したとき、大都会では価値ある資産がころがって入ってきたと喜ぶ。しかし、田舎では、厄介者が来たという感じで喜ばれない。ホント、そうなんです。
田畑だったら、1反(300坪)300万円はしていたのに、今では30万円もしないどころか、引き取り手がない。たとえ評価額が1000万円あっても、実際にはその1割でも買い手がつかない。つまり、利用する人が見つからないということ。評価額が高いのは、市役所が固定資産税を高くとりたいからというだけで、実情を反映していない。
相続人になったら、不動産はいらない、お金だけは欲しい。それが一番多いのです。
かつてのニュータウンでも、子どもたちが戻って住み続けることがないため、ゴーストタウン化が進行中。
私のすむ団地では、真っ先に子ども会がなくなりました。次に、老人会もなくなり、公民館も存続が危くなり、市内の連協役員会には出ない、独立した存在として、辛うじて今も続いています。
老人会がなくなったのは、老人はいても、その取りまとめ役の人がいないということです。あまりに高齢化して、同じ町内でも歩くのがおっくうになってしまったのです。病院にだって、送迎つきで出かけます。
タワマン(タワーマンション)が次々に建っています。もちろん、私のすむ町ではありません。東京、そして福岡市内です。首都圏(1都3県)には、925棟(2020年)ありました。日本全国でみると、2021年以降の計画で、280棟(うち首都圏が173棟)ある。だいだい、タワマンは1戸1億円以上する。いったい誰が購入するのか...。相続税対策として購入する。借金してタワマンを購入すると節税効果はとても高い。
そして、貸家(アパート)が増えている。これも相続税対策。借金してアパートを建てる。不動産業者が20年間の賃料を保証してくれる。ところが、実は、この賃料保証には、条件がついている。業者側の指示で一定のリニューアルをオーナー側がすることが条件。ところが、リニューアルの費用は意外なほど高い。そこでオーナーがその条件を拒絶すると、賃料保証のタガがはずれて、アパート間競争の渦に投げ込まれてしまう。
つまり、意外に商品寿命の短いアパートなんかに長期で多額のローンを組むのは考え直したほうが良いということ。
「お隣さんに売れ」。これが地方にある実家の不動産を処分するときの必勝法。隣人とはケンカすることなかれ...、です。
マンション内の老人の孤独死は珍しくなくなり、今までは「事故死」扱いをしていたのが、止まった。
ここでとりあげられている状況は大変身近な話ばかりで、とても勉強になりました。ありがとうございます。
日本の相続税は税率55%。著者は相続税の税率は「100%」にすることを主張しています。私は賛成ですが、実現は無理でしょう。
(2023年2月刊。税込1045円)
2023年3月 8日
国商、最期のフィクサー・葛西敬之
(霧山昴)
著者 森 功 、 出版 講談社
この本を読むと、葛西敬之という人物は日本という国をダメにした張本人の一人だと実感します。
東大法学部を卒業して国鉄に入り、国鉄の分割・民営化を推進した「国鉄改革三人組」の一人です。私は、国鉄の分割・民営化はまったく百害あって一利なしの、間違った政策だと考えています。おかげで、地方ローカル線はどんどん切り捨てられていく一方で、無駄であり有害でしかないリニア中央新幹線づくりに狂奔するなんて、とんでもありません。
そして、葛西は鉄道会社の経営者にすぎないのに、いつのまにか安倍晋三政権の最大の後見人として国政に裏から深く関与していたというのです。もちろん葛西ひとりの力では出来ません。警察官僚と密接に結びついて、権力機構にがっちり喰い込んだのです。警察官僚といえば杉田和博に中村格です。中村格は安倍銃撃事件の責任をとって警察庁長官を早々に辞めさせられた男ですが、伊藤詩織さん事件のモミ消しを図った汚い男です。警察庁長官になったこと自体が間違いでした。杉田和博のほうも、前川喜平氏のときに暗躍し、学術会議の任命拒否でも裏でコソコソ動いていたようです。
NHK会長の人選も葛西たち薄汚れた手の連中の謀議で決められていたようで、おぞましい限りです。恐らく、日本という国は、自分たちのサジ加減ひとつで動いていくと自慢していたのでしょう。つくづく嫌になってしまいます。
葛西はリニア中央新幹線を推進するだけでなく、原発再稼働の旗振り役の一人でもあった。「日本を守る」と言いながら原発を再稼働させるなんて、とんでもない矛盾です。いったい日本に数多くある原発に一発でもミサイルが撃ち込まれたら、どうなりますか...。そのとき、日本列島は、破滅します。海に囲まれているから、私たちは、逃げることはできないのです...。
葛西は瀬島龍三と親しく、反共の一点で結びついていた。葛西は、反共組織である「日本会議」の中核を占める有力メンバー(中央委員)。
国鉄の分割・民営化を実現することによって、日本の労働界にストライキもやれないようにした。それによって、日本の根底からの活力をすっかりダメにしてしまったのです。
葛西は革マル(松崎明)と手を結んだ。葛西は松崎が革マルだと知ったうえで、共産党や社会党(協会派)とたたかわせて弱体化するために利用したことを公言していた。いやあ、実にひどい男です。許せません。そのため警備公安警察を総動員したようなのです。本当にひどい話です。
松崎を利用するだけ利用したあと、用済みになったとして切り捨ててしまうのです。さすがのマヌーバー好きの革マル(松崎明)も葛西にいいようにもてあそばれただけというのです。いやはや...、とんだ茶番劇ですよね。
葛西は官僚とつきあうといっても、財務省そして外務省のほかは警察庁くらいという、本当にトップエリートだけだというのも嫌味な男です。怒りと嘆き、そしてため息の絶えない思いに駆り立てられる、腹の立つ本です。
(2023年1月刊。税込1980円)
2023年3月 7日
ルポ・特殊詐欺
(霧山昴)
著者 田崎 基 、 出版 ちくま新書
見知らぬ人のかけてきた電話をころっと信じて大金を欺しとられる人が後を絶ちません。電話の主(ぬし)は、息子であったり、市役所の人であったり、警察官だったりしますが、声だけで会ったこともない人の話すストーリーをそのまま受け入れ、慌てて大金を引き出しに走るのです。よほど、そのストーリーがうまく出来ているのでしょうね。
昔から詐欺商法はたくさんありました。相場(先物取引)もそうですし、豊田商事(純金のペーパー取引)も、ネズミ講もそうです。これらについて、私も相談に乗り、ときには相手の会社に乗り込んで、また、裁判をしてかなり被害を回復しました。もちろん、それなりの成功報酬をいただきました。
ところが、本書で扱っている詐欺商法では、ほとんど弁護士の出番がありません。だって、「加害者」がどこの誰だか分からないのですから、乗り込みようがありませんし、ましてや裁判なんか起こせません。大金を振り込んだ口座の凍結もしましたが、ほとんどカラッポでした。
警察に摘発してもらうしかないのですが、その警察は「世界一優秀」だと自慢している割には、ほとんどのケースで犯人を捕まえられず、泣き寝入りで終わっています。本当に残念無念です。警察にもう少し本気で取り組んでもらうしかありません...。
警察庁の定義によると、特殊詐欺とは、被害者に電話をかけるなどして、対面することなく信用させ、指定した預貯金口座へ振込みその他の方法により、不特定多数の者から現金をだまし取る犯罪(現金等を脅し撮る恐喝も含む)の総称とされる。オレオレ詐欺や還付金詐欺など、9つのタイプがある。
2003年から2021年までの累計被害総額は5743億円。2022年の上半期(1~6月)だけでも148億円の被害。これは被害届出のあった分だけの合計でしょうから、実際には、その何倍かが被害額になるのでしょう...。
欺し(脅し)の手口のなかには、警察官とつるんでいるというのがある。実際にも、悪徳警察官が詐欺グループの仲間になっていることもある。いやあ、本当なんですか...。
かけ子が電話をかけ、口車に乗せる。受け子は被害者と接触して、現金を受けとり、また、出し子は、被害者の預金口座からATMを操作して現金を出して受け取る。
問題は騙されやすい人のリストに、なぜ被害者が載っている(いた)のか、ということ。高収入の人に向けた雑誌の購読者リスト、通販商品の購入者リストが売られている。
「闇バイト」を入り口として詐欺の仕事を軽い気持ちで始めさせ、やがて莫大な被害を生み出す。関わる人間を互いに分断し、手順を複雑化させている。これには、個々の犯人たちの犯罪意識を希薄化させる効果もある。
この特殊詐欺に対しては、各地の弁護士が早くから裁判に持ち込んでいます。そして、暴力団に責任をとらせることに成功しているのです。稲川会、住吉会、神戸山口組などが被告とされ、責任をとらされるようになった。裁判所も少しだけ実態をふまえて、責任をとらせるようになったのでしょう。
現在は、「悪」が野放図に、止めようもなく、あばれまわっています。警察の責任はまことに重大です。みんなで、巨「悪」を根絶しましょう。
(2022年11月刊。946円)
2023年3月 1日
絶望の自衛隊
(霧山昴)
著者 三宅 勝久 、 出版 花伝社
自衛隊に入る動機のなかで、経済的な理由は多い。母子家庭で、貧しい。働いて自立しないといけないと思った。そして、次に、自分も災害救助活動に参加したい...。どちらも、もっともな理由です。自衛隊に対して、国民の9割が好感を持っていると言う世論調査もあります(政府広報)。
ところが、自衛隊の内実は深刻に腐敗し、病んでいるのです。その寒々とした実態が次々に紹介されている本です。こんな状況を知ったら、自衛隊になんか入るのはやめとけ、そう言いたくなります。また、防衛大学校に入るのも、やめとけということです。
自衛隊に入る毎年の新規採用は1万5千人。そのうち3分の1の5千人が中途で退職している。この10年間で4割も増えた。2010年度の中途退職者は33000人、17年度は4200人、19年度は4700人と、年々増えている。
自衛隊の定数25万人弱で横ばい、増えてはいない。そこで、自衛隊は、採用上限の年齢を26歳から32歳に引き上げた。定年退職の年齢も引き上げられていると思います。
パワハラ...、「仕事もできない、愛想もない。人間のくずだ」、「馬鹿野郎、お前は何もできない」
シメ...制裁。大声で叫びながら延々と走らせる「レンジャー呼称」、吐くまで食べさせる「食いジメ」、架空の椅子に座った姿勢を長時間とらせる「空気椅子」、膝の上にコンクリートブロックを乗せて数時間も放置する「正座」...。いやぁ、これはひどいですね。まったく、昔の陸軍の新兵いじめの再現です。
「裏宣誓文」...「さからいません。さからった場合は、どんな処分を受けても文句を言いません」
そんな自衛隊の状況を告発した勇気ある隊員が防大中退者がいます。自死も多く、その遺族が訴えた裁判もあります。
「国」を守るはずの自衛隊が、いったいどんな兵器をもち、それを運用する部隊はどうなっているのか、もっと私たちはその実際の状況を知る必要があると思います。自衛隊が災害救助以外でどんなことをしていて、これからするのか、引き続き実態を明らかにして、大いに議論する必要があると思います。
(2022年12月刊。1700円+税)
2023年2月28日
カルトの花嫁
(霧山昴)
著者 冠木 結心 、 出版 合同出版
統一協会(教会ではありません)の信者になったカルト二世の体験記です。その壮絶というべき悲惨な体験談を読むと、かけるべき言葉が見つかりませんでした。
集団結婚式で韓国の男性と2度も結婚し、DV夫と甲斐性のない夫とのあいだで子どもをもうけます。何しろ、韓国では統一協会の信者勧誘のチラシの見出しは「結婚できます」、そして日本の賢い女性と結婚できるというのです。信仰しているふりをした男性が信者として結婚の相手になります。その男性を信仰の力で変えようとします。もちろん、そんなことができるわけもありません。貧しい山村の掘っ立て小屋、風呂どころか便所もないようなところに幼い子どもと住んで生活するのです。いやはや、信仰とは恐ろしいものです。
著者が目が覚めて統一協会と縁を切るようになったのは、教祖の文鮮明が肺炎にかかって、あっけなく死んだことからです。文鮮明が死んだのは2012年9月3日。不死身、神に守られているはずの「メシア」が、いともあっけなく肺炎で死んだのを知り、激しく動揺したのです。文鮮明はメシアなどではなく、ただの人間だった...。これを境に、洗脳は解けていった。
幼いころから信じていた絶対なるものが偽りであると分かったときの恐怖。受け入れがたい苦痛であると同時に、今までの人生をも否定しなければならない、それまでの人生が「無」になってしまうような恐ろしさがある。この瞬間を受け入れるには、とてつもない勇気がいる。いやぁ、本当にそうだろうと思います。これは大変なことだと察します。
親の力を借りなければ生きていけない年齢の子どもからしたら、それを拒否することは、生死にかかわる大問題だ。親から愛されたい、親の願いをかなえたい、そう思うのは当然のこと。宗教二世の子どもたちは、親からの愛情を求めてカルトを選択するしかない。高校生のころは、自分のすべてを犠牲にして信者となった母の言うことを聞いてあげることが、美徳であり、親孝行であると勘違いしていた。ずっと「良い子」を演じていた。
合同結婚式の前に、文鮮明は「日本人には、選民であるうら若き韓国の乙女を従軍慰安婦として苦しめた過去の罪があるため、韓国の乞食と結婚させられたとしても感謝しなければならない」と言った。選ばれた著者の結婚相手が、まさしく、そのような人物だったのです。著者は統一協会の信者時代をふり返って、こう書いています。「私は、ちょっとやそっとのことでは驚かなくなっていた。わざと心を鈍感にすることで、自分の精神が崩壊するのを防いでいた」。うむむ、なーるほど、そうなんでしょうね。
統一協会は家庭を大切にしようと叫んでいます。それで、それを自民党も受け入れています。しかし、現実は統一協会の信者の家庭はほとんどボロボロになってしまいます。だって、お金はとりあげられ「勤労」奉仕させられて、子どもたちとゆっくりすごすヒマもなくなってしまうのですから...。
この本の最後に、統一協会を抜け出せたら、「めでたし、めでたし」で終われるということではないとしています。安陪元首相を殺害した山上容疑者の母親は、今なお信者であり続けているようです。何千万円ものお金を統一協会に差し出し、生活保護を受けながら細々と暮らしているようです。一家の中に2人も自死した人をかかえて、平穏な生活が送れるとは思えません。なにより、腹を割って話せる友人がいない状況が一番つらいのではないでしょうか...。宗教(カルト)二世のかかえる問題点がよく理解できる本です。
(2022年11月刊。1400円+税)
2023年2月15日
ある行旅死亡人の物語
(霧山昴)
著者 武田 惇志 ・ 伊藤 亜衣 、 出版 毎日新聞出版
古ぼけた、風呂もないアパートで病死しているのが発見された74歳の一人暮らしの女性。部屋の金庫の中には、なんと現金3400万円が入っていた。しかし、本人の身元を確認できるようなものは何もない。尼崎市は、とりあえず行旅死亡人として扱うことにした。
行旅(こうりょ)死亡人とは、病気などで亡くなった人が、住所、氏名などの身元が判明しないため、引き取り人不明の死者をあらわす法律用語。死亡場所を管轄する自治体が火葬し、官報に死者の身体的特徴や発見時の状況、所持品などを掲載(公告)して、引き取り手が現われるのを待つ。
市町村別行旅死亡人数のランキングでは、あいりん地区をかかえる大阪市が一位で、市町村人口比でみると、自殺の名所・富士の樹海をかかえる山梨県鳴沢村が一位になっている。
この話の端緒(たんちょ)は遊軍記者が何か記事のネタになりそうなものはないかと、喫茶店で新聞を読んでいて見つけたもの。3400万円という大金がありながら75歳くらいの身元不明の女性とはいったいどういうことだろう...。記者の勘に訴えるものがあり、尼崎市へ電話してみると、相続財産管理人の弁護士に連絡してもらうことになった。やがて弁護士から「折り電」があった。この太田吉彦弁護士は前に久留米市で活動していました。
「この事件は、かなり面白いですよ」
年金手帳があり、労災事故にあっていることが判明していて、そしてアパートに40年も住んでいるというのに住民票は職権消除されていて、本籍地も不明なので、死亡届が出せないという。なので、相続財産管理人の弁護士は私立探偵にも依頼して調べてもらったが、結局、警察のほうでも捜査はしたようだが、これまた判明しなかった。
星形のマークのついたロケットペンダントが遺品の中にあり、韓国1000ウォン札があったことから北朝鮮とのつながりも想定された。
記者が沖宗のハンコを手がかりとして検索すると、沖宗の家系図をつくっている人がいることが判明したので、直ちにアタック。そして、広島へ現地取材。さすが記者ですね。この行動力がすごいです。
沖宗家の先祖は福岡藩士の武士ということです。
女性の部屋には大型の犬のぬいぐるみがありました。「たんくん」と名づけられていました。
サン・アロー社がつくった「サンディ」というものだと判明。ぬいぐるみは、可愛がっていないと、すぐに朽ちてしまう。でも、大切に可愛がると、30年でも40年でも保(も)つ。なーるほど、そういうものなんですね...。
そして、広島の沖宗氏より、記者へ母の妹だと連絡があったのです。すごいですね。まさしく大当たりでした。
そして、その結果、生年月日が判明すると、なんと74歳と思われていた女性は、本当は86歳だったのです。なんということでしょうか...。いくらなんでも、本人は12歳もサバを読んでいて、それがまかり通っていたとは...、信じられません。
新聞記者たちは、広島県呉市で「コミ」を始めた。「コミ」を始めた。「コミ」とは、「聞き込み」と略語。関東では警察と同じく「地取り」と呼ぶ。そして、死亡人の生家や同級生にもたどり着いたのでした。
結局、北朝鮮とも犯罪とも無縁だろうということになり、何らかの事情で、人づきあいを絶ち、現金を貯めながらも一人暮らしをしているうちに86歳で病死したということのようです。
いろんな人生があるのだと実感させられるルポタージュでした。電車のなかで一気に読み上げました。だって、いったい、このあとの展開はどうなるのか、知りたかったものですから...。
(2023年1月刊。税込1760円)