弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2025年8月30日
岩波書店取材日記
社会
(霧山昴)
著者 中野 慶 、 出版 かもがわ出版
リアルすぎる、ユーモア小説だと本のオビにありますが、読んでいて、これはフィクションなのかノンフィクションなのか、よく分からない気分になっていきました。とてもユーモア小説だとは思えません。岩波書店内部のことなので、まったく知らない身からすると、「リアルすぎる」というのは、恐らくそうなんだろうな、という気はしています。とくに、岩波書店の労働組合の実際は、内情を知らない、外部にいた人しか書けないものだと思います。そして、日本で一番有名な岩波書店の編集部の内幕話は、それこそ全部がノンフィクションではないかと思わせます。
本書は小さなコンサルタント会社になんとか入社できた女性が岩波書店を取材するというストーリー展開です。今やコンサルタント会社が大学生の人気ナンバーワンだというのですが、私は、実社会経験の乏しいコンサルタントから、現実の実践ではなく本によって得られた「理論」にもとづく指導なんて、危くて仕方がありません。そして、コンサルタント・フィー(費用)は、成功か失敗かにかかわらず、馬鹿げたほど高額なのです(私は、いずれ今よりは低額化するとみています)。
岩波書店は、1980年代に、派遣社員ゼロ、アルバイトも少数で、ほぼ正社員のみ。出産・育児のための条件が整備されていて、両性とも定年まで勤務するのが当然という労働条件だった。労働組合が健在だった。今は、どうなんでしょうか...。
吉野源三郎は岩波書店の労働組合の初代委員長として活躍した。
編集者になるためには、多くのテーマにアンテナを張り巡らして勉強を続けること、勉強熱心であり、謙虚であると同時に生意気であることも必要。本になる原稿を書く著者に敬意がもてない人は編集者にはなれない。ときには、鋭い疑問も求められる。
岩波書店は、ベストセラー志向ではなく、少部数でも文化財として後世に残る本の出版を会社の使命とした。
岩波書店は、戦後まもなくから女性差別を否定し、世間的な学歴差別を全否定してきた。
社内にいたらダメ。外で多くの人に会うこと。
労働組合内部の「思想的対立」の話になると、ちょっと専門的すぎて、内情をまったく知らない外部の人間には分かりにくい問答が続きました。
著者は岩波書店に27年間つとめています。編集部にも長くいて、労働組合の執行委員の経歴もあるそうです。定年前に退職し、現在は著述に専念しています。
若者、とりわけ大学生が昔ほど本を読まなくなったというのは事実だと私も考えていますが、それでも電子ブックではなく、紙の本を読む人もまだまだ多くいるわけです。
なので、編集者としての大変さ、苦しみ、そして喜びを生き生きと若者を対象として語り伝えるような本を書いてほしいと思いました。ほんの少し前に、新潮社の作家と闘った編集者の本を読んで感銘を受けたところでしたので、その関連からのお願いです。
(2021年12月刊。2200円)