弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

生物

2023年6月12日

植物はなぜ薬を作るのか


(霧山昴)
著者 斉藤 和季 、 出版 文春新書

 薬学の世界に40年以上も関わってきた著者が人間にとって植物成分がどんな意義をもっているのかを分かりやすく解説してくれている新書です。
チンパンジーは体調不良のとき、ふだんは口にしない苦味(にがみ)の強いキク科の植物の髄液(茎からしみ出た液)を飲む。すると、1日たてば体調が回復する。この髄液は寄生虫の駆除に役立つ。いったいどうして、野生のチンパンジーがそんなことができるのでしょうか...。
 「日本薬局方」に記載されている生薬(しょうやく)は300種。市場では、その倍以上の生薬が使われているとみられている。周知の生薬は、甘草(カンゾウ)、桂皮(ケイヒ)、大黄(ダイオウ)、麻黄(マオウ)、人参(ニンジン)。
 大黄は便秘薬として、悪いものを食べてしまい、すぐに排泄したほうがよいときに用いる。ケシがモルヒネをつくるのは、捕食者となる動物から自分を守るための防御物質だから。モルヒネには、血圧低下や呼吸抑制のような強い毒性作用がある。そして、このモルヒネは、実は哺乳動物の脳内でも植物体内と同じような経路でつくられている。なんとなんと、驚きますよね、脳内でモルヒネを自家生産しているなんて...。
解熱鎮痛薬のアスピリンはヤナギの枝の成分からつくられる。日本の爪楊枝(つまようじ)はヤナギの枝を使うのも、そのため。いやあ、ちっとも知りませんでした...。
 ニコチンは猛毒。かの青酸カリよりも毒性は強い。人がタバコを吸っても死なないのは、タバコに含まれているニコチンのすべてが一度に体内に吸収されるわけではないから。
 ニコチンには薬物依存性がある。ニコチン摂取は、血圧上昇、悪心、めまい、嘔吐などがありうる。ニコチンはタバコの根でつくられ、葉に運ばれて蓄えられる。次の捕食者からの攻撃に対する防御力を高める。
 カフェインにも毒性がある。一度に10グラム以上摂取すると危険。コーヒー豆が地面に落ちて芽生えをするとき、大量のカフェインの土中に放出する。すると、この放出されたカフェインによって、他の競合植物の芽生えを阻害する。
 甘草に含まれるグリチルリチンにはさまざまな治療効果が世界中で認められている。
 ところが、この甘草の主要産地は中国なので、中国が輸出制限をしたときには今後の安定供給が不安視される。
 植物は動けないことで生物多様性の生存戦略を守っている。なにしろ上陸植物は5億年ものあいだ生きてきたから...。植物は強い毒性をもつ成分には自らは打撃を受けない。(自己耐性)たとえば、自らがつくり出した毒性成分は、液胞に入る。
太古からの植物と人間の奥深い関係を少しはイメージもって学ぶことができました。動かないからといって植物をバカにしてはいけないということです。植物だって、それなりに生き抜くためにやれることを必死でやっているのですね...。
(2021年7月刊。880円+税)

2023年6月10日

アフリカではゾウが小さい


(霧山昴)
著者 岩合 光昭 、 出版 毎日新聞出版

 私とほぼ同じ団塊世代の著者は、最近ではネコ写真のほうが有名な気がします。
 でも、本業はあくまでネコに限定されない動物写真家です。末尾にカメラを抱えた著者の写真がありますが、そのカメラは、なんとバズーカ砲なみのデカさです。
カメラは、今ではミラーレス。機動性の良さと、驚くほどシャープに撮れるのに感動したとのこと。私もシャープさには憧れがありますので、今度はミラーレスのカメラを持つことにしようと思います。
 著者はアフリカには何度も取材に出かけていて、今回の写真も、ボツワナ、ナミビア、タンザニア、マダガスカルの各地の動物たちの生き生きとした姿が実にシャープにとらえられています。
 アフリカでは取材するにもルールがあります。宿泊ロッジを夜明け前に勝手に出ることは許されていません。そして、日没前に戻らないと閉め出されてしまう。ええっ、閉め出されたときは、いったい、どうするんでしょうか。まさかテント張って野営するのでしょうか...。
 朝、出かけるときは、順番に並ばなければいけません。そして、走ることのできる道は厳しく制限されていて、道を外れることは許されない。
 著者の乗った自動車のすぐそばでライオンのメスが昼寝を始めた。著者は車のドアを開けてカメラを向けて同じ高さで撮ろうとする。距離はわずか1メートルしか離れていない。それに気がついた運転手が大声で「戻れ」と叫ぶので、あわててドアを閉める。いやはや、野生のライオンの1メートルしか離れていないところでカメラを構えるだなんて、勇気があり過ぎます。
 著者はアフリカの大草原で双眼鏡なしでクロサイを肉眼で見つけたとのこと。緑したたるアフリカの大草原にずっといるときっと視力が良くなるのでしょうね。
ほとんどのゾウは、その牙が右と左で長さが違う、どうやら右利き牙と左利き牙があるらしい。
 アフリカで撮影をしていると、身体の感覚が研ぎ澄まされていく。目が良くなる。勘も相まって10キロ先まで見える。遠くの茂みに隠れている動物を見つけ出せる。
 風が運んでくるさまざまな情報や気配にも敏感になる。五感だけでなく、意識にも変化が表れる。待つという概念が消えていく、何時間もじっとカメラをかまえていなくてはいけなくても一切苦にならなくなる。
たしかに、これだけシャープで生きのいい動物たちの素顔を切り取っていけば疲れも吹っ飛んでしまうと思いました。手にとってじっくり味わいたい素晴らしい、感動と躍動感あふれる動物写真集です。
(2023年2月刊。2500円+税)

2023年6月 4日

ここにいます


(霧山昴)
著者 伊藤 隆 、 出版 鳥影社

 小鳥たちの見事な写真集です。信州・諏訪地域、霧ヶ峰高原、八ヶ岳山麗そして諏訪湖周辺で野鳥を撮っています。すごい執念です。霧ヶ峰高原は、著者宅から車で20分ほど。野鳥撮影のため、年に40~50回は足を運ぶとのこと。まさしく、ホームグラウンドですね。
 それでも野鳥撮影を始めて、まだ15年とのこと。本職は公認心理士で、スクールカウンセラーや心理カウンセラーの仕事に従事しています。
 脚立のついた超大型のカメラを抱えた著者の写真もあります。早朝や休日を利用しての野鳥撮影です。それこそ好きでなければ絶対にやれないことですよね。
 カメラは一眼レフからミラーレスへと大きな転換点を迎えているとのこと。私もフィルムカメラのときはペンタックスを海外旅行先にまで持参し、フィルムを30個以上もスーツケースに入れていました。帰路は現象していないフィルムがX線検査で露出させられないか心配して、特別の袋に入れて日本へ持ち帰っていました。
 派手な冠羽と大きなくちばしが印象的なヤマセミは実に生き生きしています。
白一色の冬景色の中に浮かび上がるピンク色のオオマシコは派手というより躍動感にあふれています。
 もっと原色の赤に近い身体の色をしているのが、文字どおりアカショウビン。3時間も待ってとらえた貴重な写真が紹介されています。
 鮮やかなブルーの尾羽が特徴的なカワセミは、私の自宅近くの小川に見かけることもあります。
 わが家の庭に来てくれるのはメジロ、そしてジョウビタキです。秋から冬にかけて、私が庭仕事をしていると、ジョウビタキがほんの1メートル先の小枝に止まって、私を見つめ、「何してんの?」と声をかけてくれます。独特の鳴き声で存在を知らせてくれるのです。人間のやってることにすごく関心があるようなんです。その愛らしい仕草に心が惹かれます。
 こんな立派な野鳥の写真集(130頁)なのに、1800円という安さです。思わず頭が下がりました。
(2023年3月刊。1800円+税)

2023年5月27日

犬に話しかけてはいけない


(霧山昴)
著者 近藤 祉秋 、 出版 慶応義塾大学出版会

 タイトルからは何の本なのか、さっぱり見当もつきませんよね。「内陸アラスカのマルチスピーシーズ民族誌」というサブタイトルのついた本なのです。
 マルチスピーシーズ民族誌というのは、人間以外の存在による「世界をつくる実践」に着目する。人新世が地球上を覆っているように見える一方で、実際には、人間と人間以外の存在とが絡(から)まりあって継ぎはぎだらけの世界をつくっている。「人新世」とは、人間の時代のこと。それは、人間が資源を枯渇させ、生物種の絶滅を引き起こし、自分自身の生存基盤を掘り崩しかねない時代である。
 若者はアラスカ先住民の村で実際に暮らしました。「犬に話しかけてはいけない」というのは、アラスカ先住民のなかにあるタブー(禁忌)の一つ。これを破ると、病で人々が多く亡くなる異常事態を引き起こす。
 犬は太古の時代には人間の言葉を話した。世界の創造主であるワタリガラスは、人間が犬に愛着を持ちすぎるのを嫌って、犬の言語能力を奪ってしまった。
 内陸アラスカ先住民の社会では、ひどい飢饉(ききん)のときを除いて、基本的に犬を食べものとみなしていない。伝統的に、飼育動物を殺して食べる習慣はない。犬肉食は食人に限りなく近い。
ワタリガラスとオオカミは行動を共にする機会が多く、両者が相互交渉する頻度も高い。コヨーテは狩ったノネズミをすぐに食べてしまうが、オオカミは狩った獲物で遊ぶことが多く、食べないこともある。なので、ワタリガラスは、ノネズミをくすねることのできる確率が高いオオカミを選んでつきまとっている。
 アラスカでは、カラス類は犬肉を好むという神話上の共通設定がある。
 渡り島が何かの事情で渡りをせずにそのまま残ってしまうことがある。これは留島というより「残り島」。人の手に頼らずに生きのびることは現実には厳しいので、先住民のなかには次の渡りまで「残り島」を飼い慣らす人がいる。そうでなければ餓死するよりましと考え、ひと思いに殺してしまう。
 アラスカ先住民の生活の一端を知ることのできる本でした。
(2022年10月刊。2400円+税)

2023年5月14日

犬だけの世界


(霧山昴)
著者 ジェシカ・ピアス、マーク・ベコフ 、 出版 青土社

 人類が消えてしまったとき、犬だけで生きのびることができるのか...。私は、出来ると思いますが、全部の犬種ではないでしょうね。野良犬として生きのびている犬種、雑種はなんとかして生きていくでしょうけれど、チワワみたいな座敷犬、人間に頼り切りの犬は生存していけないだろうと思います。
 犬は自力で生きていくのが得意ではない。人間がほとんどの犬から狩猟本能を奪ってしまったから。なので、犬の大半は、人間が消えたら、生き残れない。ただ、最初の調整期間が過ぎたら、犬も十分生き残れるだろう。
 イヌが自然の本能にしたがって生き残って変化していっても、狼(オオカミ)に戻るとは考えにくい。
 全世界に犬は10億匹近く存在する。アメリカには、8300万匹の犬がいる。
 イヌ科の動物の行動は多彩かつ日和見主義的で、コミュニケーション能力が高く、分散して行動する傾向にある。
 犬はメスの発情周期が年に1回ではなく、年に2回ある唯一のイヌ科動物。
 犬が家畜化したのは、4万年前から1万5千年前のあいだ。だから、犬と人間の関係は古いのです。比較的新しい猫とは比べようがありません。
 オオカミは全世界に30万匹しかいない。
 自由に歩きまわれる犬で、野犬との境界線は非常にあいまいで、犬はこの流動的なカテゴリーを行ったり来たりすることができる。
 世界中の犬の30%、3億匹が「純血種」。犬種は固定されたもの、発明品ではなく、常に変化を続けている。
 犬種特有の性格というのは実はなく、犬それぞれの性格があるだけ。うひゃあ、これには驚きました。犬種と性格は絶えず一緒だと思っていました。
イヌ科の動物は、走行性の動物。生まれながらのランナーで、耐久アスリート。
犬の尾は、気分や意見を示す重要なツール。敵意や服従、性的受容、怒り、ふざける気持ち、不安といったシグナルを送っている。犬に尾がないと、犬にとって社会的コミュニケーションの重要なツールがないので、大きな負の影響が出る。
 オス犬は、父親として子育てに関わることがある。そして、両親以外の成犬も子の養育に参加する。メス犬の妊娠期間は63日間。
 犬の死因の最大は人間によるもの。犬の衣食住にとってもっとも重要な時期は生後3週から8週ころ。したがって、子犬をもらう(買う)のなら、生後3ヶ月ほどたってからが一番ということです。適切な衣食住を受けた犬は、従順で落ち着きがあり、辛抱強く、心理的にも感情的にもバランスのとれた犬に成長する。
群れには階級制度(ヒエラルギー)がある。エサにありつく順番、繁殖が許されない、という不利がある一方、機能的な集団内で暮らしていけるというメリットもある。 犬は団結力のある集団を協力してつくり、共通のゴールを達成する。
 犬は非常に頭が良く、洞察力が鋭い。人間の考えや感情を人間より先に察することができる。犬は遊ぶ。一人遊びもするが、それは「楽しい」から。
 日本人が犬を飼うのは、この30年間に、国民1千人あたり犬が20匹だったのが、90匹に激増した。なるほど、犬をよく見かけるようになりました。
 犬にまつわる話が満載で、面白く読み通しました。
(2022年11月刊。2400円+税)

2023年5月 3日

にっぽんのスズメ


(霧山昴)
著者 中野 さとる ・ 小宮 輝之 、 出版 カンゼン

 鳥って、あの恐竜の生き残りなんですよね。でも、スズメがティラノサウルスと同じ恐竜の仲間だなんて、信じられませんよね。可愛らしい小鳥ですからね...。日本にいるスズメの生態を間近で撮ったスズメの写真集のような本です。
 わが家にも、かつてはスズメ一家が2家族すんでいました。2階の屋根裏と1階のトイレの窓のすぐ上です。子どもが生まれて子育て中になると、トイレのすぐそばで、にぎやかな声を聞きながらほっこりしていました。
 わが家からスズメが姿を消したのは、すぐ下の田圃でお米を作らなくなってからのことです。お米をつくっているときは、梅雨に入るころは水田で鳴く蛙の鳴き声がたまりませんでした。でも、水田の上を吹き渡ってくる風はまさに涼風でした。なので、エアコンなしの夏を過せていました。休耕田となった今は、エアコンなしでは夏は過ごせません。
 スズメはスズメ目スズメ科スズメ属。留鳥。地上で移動するときは、両足をそろえてピョンピョンする、ホッピング。スズメは稲穂だけでなく昆虫も食べる、雑食性。子育て期には昆虫をせっせと食べる。
スズメは清潔好き。寄生虫の予防のため、水浴びと砂浴びを欠かさない。きれい好きのスズメの巣の中には寄生虫がいない。
スズメは卵を1日に1個、合計4~6個うむ。すべての卵をうみ終わってから、抱卵を始める。同じころに卵がかえるようにしている。抱卵日数は、2週間ほど。そして、ふ化してからヒナが巣立つまでも2週間。
スズメは人の住んでいない高山や深い森林には生息していない。
 紫式部の『源氏物語』、清少納言の『枕草子』の、どちらにもスズメは登場している。スズメの仲間のニュウナイスズメは留鳥ではなく、漂鳥。
スズメが減ったのは、スズメのねぐらになるようなヤブやすき間の多い民家が減ったから。
スズメの仲間のイエスズメは、南極以外のすべての大陸に分布している。地中海に注ぐ、ナイル川の下流域が原産地。
スズメの百選写真集といってもよい本です。好きな人は、ぜひ手にとってみて下さい。
(2023年3月刊。1500円+税)

2023年4月30日

僕とアンモナイトの1億円冒険記


(霧山昴)
著者 相場 大佑 、 出版 イースト・プレス

 とても面白くて、一気読みしました。
 かたつむりのような形をしている、丸いアンモナイトは4億年前の古生代デボン紀から、6600万年前の中生代白亜紀末まで長く生息していた。海中を遊泳していた頭足類。
古い時代のアンモナイトの縫合線は刻みが少ないシンプルな形をしていて、新しい時代になるほど、複雑に入り組んだ模様をしている。
アンモナイトの気室にはガスが充填されていて、海中で「浮き」の役割をしていた。
アンモナイトの腕は、イカと同じ10本と考えられている。
日本でアンモナイトの化石が揺れる場所の多くは川沿い。水の流れがあり、湿度が高く、木々がうっそうと生い茂った場所。そんな場所には、蚊やブヨ、アブの大群がいる。なので、化石の発掘作業は地獄の条件で進められる。さらに、化石の詰まった(埋まった)ノジュールという岩石は、なるべく、そのまま研究室に持ち帰るので、リュックサックは重たくて、避けてしまうほど。
この本の面白さは、アンモナイトのさまざまな形と生態が写真とともに紹介されているのが一つです。もう一つは、数学科出身の著者が畑違いの古生物学の大学院生となり、苦労しながら研究者としての道を究めつつある奮闘記がリアルに語られているところです。
アンモナイトを研究対象にしてからは、心の底から湧き上がる純粋な知的好奇心のままに行う勉強は本当に楽しいものだった。
 科学研究は、論文になって初めて正式な成果となる。そこで重要なのは、再現性。自分以外の人間が検証できるようになっていなければならない。
 博士というのは特別な天才がなるものではない。本当に好きなものに情熱を注いで、悩みながらもたくさんの人を頼って、遠まわりしながら手探りで一歩ずつ歩みを進めて、新しいことを習得していく。蓄積こそ、博士なのだ。
 人生の目的を見つけるまでの苦悩の過程をさらけ出しているので、共感できるし、面白いのです。どうぞ、ご一読ください。
 
(2023年1月刊。1500円+税)

2023年4月24日

ウマと話すための7つのひみつ


(霧山昴)
著者 河田 桟 、 出版 学習の友社

 与那国島で馬と暮らしている著者が、馬と話す秘訣を私たちに教えてくれている心楽しい絵本です。
馬は大きくて賢い生きもの。馬同士だけに通じるコトバを話している。馬語だ。
 たいての人は馬語が分からない。たまに、馬語が半分ほど分かる子どもがいる。
 それは、馬を見ると、なんだかうれしくなって、ついにこにこと笑ってしまう子ども。馬は体の動きで、今の気持ちを伝えている。
 怒っているときは、耳をひきしぼるように後ろに倒す。気持ちのいいときは、鼻の先をもぞもぞと動かして、伸ばしていく。驚いたときは、目を見開いて白目を少し見せる。子馬が大人の馬に挨拶するときは口をパクパク動かす。気に入らないことがあるときは、相手にお尻を向ける。それでも相手がさめなかったら両方の後ろ脚で思い切り蹴り上げる。
 気持ちが高ぶって、すごくうれしいときは、しっぽを高く上げる。甘えたいときは、「ブフフフフ」と低いこもった声を出す。馬が見えないのは後ろだけ。そこに誰かがいると、いやな気がするので、思わず蹴ってしまうことがある。
馬は知らない人からすぐ近くでじろじろ顔を見られるのは苦手。お互いが安心するまで、ゆっくり時間をかけて、目を合わさずに、草を食べたりしながら、ちょっとずつ近づいていく。
馬と仲良しになりたいなら、少し遠くで、じっと動かず、目を合わすこともなく、楽しい気持ちで、のんびりと待っていること。馬がすっかり安心して、この人は大丈夫だと思ったら、馬の方からそっと、臭いを嗅ぎにくる。そして、そのとき、じっとしてにこにこしていると、馬は友だちになれる。
なるほど、ゆったりとした気持ちが必要なんですね。
私も馬と友だちになってみたいです。
(2022年10月刊。1300円+税)

2023年3月27日

マザーツリー

(霧山昴)
著者 スザンヌ・シマード 、 出版 ダイヤモンド社

 森林はインターネットであり、地下には菌類が縦横無尽につながっていて、「巨大脳」を形成している。
 ええっ、いったい何のこと...、と思いたくなりますよね。先日、NHKテレビでもこれを実証する映像を流していました。圧倒される思いでした。
 古い木と若い木は、ハブとフードで、菌根菌によって複雑なパターンで相互につながりあい、それが森全体を再生する力となっている。
 古木は森の母親だ。これらのハブはマザーツリーなのだ。いや、ダグラスファーは、それぞれが雄である花粉錐と雌である種子錐の両方をつくるのだから、マザーツリーであり、ファザーツリーでもある。このマザーツリーが森を一つにつないでいる。マザーツリーから伸びる太くて複雑な菌糸は、次の世代の実生に大量の養分を効率よく転生している(に違いない)。森林を皆伐すると、この複雑な菌根ネットワークがバラバラになってしまう。
 ダグラスファーは、自分が受けたストレスを24時間以内にポンデローサパインに伝えている。
 マザーツリーは、親族の苗木の菌根菌に、そうでない苗木よりもたくさんの炭素を送っている。マザーツリーは、自分の子どもが有利なスタートを切れるように図らうが、同時に、村全体が子どものために繁栄できるよう、その面倒もみている。
 私たち、現代社会に生きる人々は、木々に人間と同じ能力なんかあるはずがないと決めつけている。でも今や、私たちは、マザーツリーには、実際に子孫を養育する力があることを知っている。ダグラスファーが自分の子どもを認識し、ほかの家族や樹種と識別できることが分かっている。彼らは、互いにコミュニケーションを取りあい、生命を構成する要素である炭素である炭素を送っている。
 マザーツリー役の苗木は、その炭素エネルギーで菌根ネットワークを満たし、炭素はそこからさらに親族の苗木の葉へと移動して、マザーツリーの滋養は苗木の一部になっていた。
 ハサミで傷つけられたマザーツリーの苗木は、より多くの炭素を親族に送っていることも判明した。つまり、自分のこの先が分からなくなったマザーツリーは、その生命力を急いで子孫に送り、彼らを待ち受ける変化に備える手助けをした。死が生きることを手助けをした。死が生きることを可能にし、年老いたものが若い世代に力を与える。
 このように森は知性をもっている。森には、周囲の状況を知覚し、コミュニケーションを取りあう能力がある。
 著者はカナダの森林生態学者です。2人の娘の母親としてもがんばっていましたが、乳ガンと分かり両乳房を切除し、抗ガン剤で頭髪が抜けても、見事に研究生活を続けています。ガンになってから寛解に至るわけですが、それは、決して希望を捨てないことを実践したからでした。
 健康でいられるかどうかは、周囲とつながり、意思を伝達しあうことができるかどうかにかかっている。
 あれっ、これって森の中のマザーツリーが果たしているのと同じことじゃない...。著者は、その点でも共通点をつかんだのでした。550頁もの大部の本ですが、一気読みしようと決意し、電車の中の1時間で読了しました。典型的な速読です。
(2023年1月刊。2200円+税)

2023年3月20日

孤高の狩人、熊鷹


(霧山昴)
著者 真木 広造 、 出版 メイツ出版

 圧倒的な迫力です。熊鷹(クマタカ)の目付きの鋭さには、見ているだけでタジタジとさせられます。
 山形県生まれの写真家が山形の朝日連峰に出かけて捉えたクマタカです。どの写真もピントが見事なほどあっていますので、その広げた翼の美しさに思わず息を呑みます。
 冬の時期に、年間50日から60日間も、山中、ブラインドにこもって、ひたすら待ち続けてクマタカを待ちます。深い積雪の中、厳寒との戦いです。それなりの覚悟と強い姿勢がなければ撮れない画像です。それでも、シャッターチャンスは10%以下。ひゃあ、すごいです。こんな寒さに耐えて6年間もがんばったんです。クマタカも写真を構えている人間には気がついていたようです。なにしろ、ときに目線があうのですから...。
 クマタカは、古くから鷹狩りのタカとして利用されてきた。
 オスとメスと目で見て識別するとのこと。メスは次列風切が長く、翼の幅が広く見える。オスは、次列風切と初列風切の長さの差が少ない。なので、メスのクマタカのほうが少しばかり大きい感じです。
 紅葉の秋をバックとしたクマタカの写真もありますけれど、やはり真っ白な雪景色のなかのクマタカのほうが断然、迫力があります。
 カメラを向けると、クマタカもそれに気がついて、じっとにらみつける。その眼光の鋭さ、その迫力に圧倒された。まさしく、そのとおりです。
 ブナの大木の上のほうで子育てしているクマタカ親子の様子もカメラで捉えています。いったい、どうやってこんな写真を撮ったのでしょうか...。
 大空を悠然と舞うクマタカは気品があります。この本では「貴賓」と書かれています。
 クマタカがヘビを捕まえて飛んでいる写真もあります。ヘビたって食べるのですね。ヘビから噛まれてしまいそうですが...。
 ところが、2羽のカラス(ハシブト)に追われて必死に逃げていくこっけいなクマタカの姿もとらえられています。2対1ではクマタカも、うるさくてかなわん、もう相手にせんどこ...という感じで、逃げまどっているのです。
 6年間の血と汗の結晶が見事な写真として結実しています。撮影データもぎっしり。こんなに詳しく記録していくものなんですね、驚きます。
 ぜひ、あなたも手にとって眺めてみてください。一見の価値は大いにあります。
(2022年10月刊。税込2200円)

前の10件 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11

カテゴリー

Backnumber

最近のエントリー