弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

アメリカ

2025年6月 6日

遥かなる山に向かって


(霧山昴)
著者 ダニエル・ジェイムズ・ブラウン 、 出版 みすず書房

 日米開戦によってアメリカ在住の日本人と日系人(2世)は強制収容所に入れられてしまいました。ドイツ人はそんなことはなく、ドイツ兵の捕虜もきちんとした処遇を受けました。日系人は「ジャップ」として、いわば「猿」扱いされたのです。
アメリカに生まれ育った2世(ニセイ)たちは、日本人というよりアメリカ人。日本の天皇に対する崇拝の気持ちなど持っているはずもありません。
 アメリカ軍はやがて日系2世の青年たちを兵士として、ヨーロッパ戦線そして太平洋戦争のなかで使う方針を打ち出しました。子どもたち(日系2世)が従軍したからといって、親たち(1世)が収容所から出られることはありません。だから、兵役に応じないという声もありましたが、多くの青年がアメリカ軍兵士になりました。
ヨーロッパ戦線に送られるときには日系2世のみの部隊がつくられ、白人が指揮官となりました。果たして、アメリカ軍の期待に応える兵士なのか、疑問(不安)も当局にはあったようです。しかし、日系2世の部隊はヨーロッパ戦線では大活躍したのです。
 前に「ゴー・フォー・ブローク」という本(渡辺正清・光人社)を読んでいましたので、およそのことは承知していましたが、前の本は250頁、今回は600頁というボリュームからも分かるとおり、圧倒的な詳しさです。なにより、2世を含む日系人が強制収容所に入れられる状況、そしてヨーロッパ戦線で大活躍したにもかかわらず、アメリカでは「大歓迎」どころではなく礼遇されたままだった状況を知り、心が痛みました。
戦争に行ったアメリカ人は1600万人のうち、名誉勲章を授与されたのは473人。うちの21人が日系2世の442連隊の兵士。442連隊は1万8000人いたのでアメリカ軍の0.11%にすぎない442連隊が名誉勲章の4.4%を受章したということ。このほか、殊勲十字章29、銀星章を560もらっている。
 1946年7月、トルーマン大統領はホワイトハウス近くの広場で442連隊を閲兵し、次のように演説した。
 「君たちは敵と戦ったのみならず、偏見とも闘い、そして勝利した。これからも闘い続けてほしい。そうすれば、我々は勝利するだろう」
 トルーマン大統領の言葉は気高く、誠実だったが、アメリカ人の人種差別は根強かった。
 1941年ころ、ハワイの人口42万3千人のうち、日系人は3分の1近く13万人近くいた。そしてハワイ準州警備隊員の4分の3以上日系アメリカ人だった。
 真珠湾攻撃があったあと、アメリカ人の多くは、国内にいるスパイの手引があったはずだと信じた。実際、日本人がハワイの真珠湾の状況を調べていたようですね。でも、それは日系人を組織的に使ったものではなかったと思います。日系人の家への嫌がらせも起きています。
日系人を収容した強制収容所は、1日1人あたり食費はわずか33セントでしかなかった。米かジャガイモだけ、肉は出ることはほぼなかった。
 ゴー・フォー・ブロークは「当たって砕けろ」と訳されています。日系人兵士たちがサイコロを振って遊んでいるときにも使っていたコトバのようです。
日系2世兵士の442連隊は、まずはイタリアのトスカーナ西部の戦線に送られます。ドイツ軍は88ミリ砲を搭載したティーガー戦車で対峙します。また、ドイツのMG42機関銃は「ヒトラーの電動のこぎり」と呼ばれ、切り裂くような長い音を立てながら、1分間に1200発もの弾丸を吐き出すのです。アメリカ軍のトムソン短機関銃より強力でした。そのなかで死闘を展開して注目されたのです。
 次は、フランスのブリュイエールに行き、ドイツ軍に包囲されたテキサス大隊の救出作戦。この本の著者は、これはダールキスト少将の誤った作戦指揮のためにテキサス大隊200人が包囲されたものと強く非難しています。そして、日系2世部隊(442連隊)は、このダールキスト少将によって、ともかし一刻も早くテキサス大隊を救出しろと厳命されたというのです。ともかく、ドイツ軍が厳重な包囲網を敷いているなか、無謀な空撃を余儀なくされました。その結果、テキサス大隊の救出は出来ましたが、442連隊も大打撃を受けています。180人いたK歩兵中隊で無事に生きていたのは17人だったというのです。士官は全員が戦死か負傷したので、軍曹が指揮をとりました。そして、戦闘後、ダールキスト少将が閲兵したとき、あまりに兵士が少ないので、「全員を整列させろと言ったはずだ」と怒り出したのでした。
 それに対して、「これが連隊全員です。残ったのはこれだけです」と実情をよく知っているミラー中佐が答えた。いやはや、なんということでしょうか...。200人のテキサス大隊を救出するために、442連隊は790人におよぶ死傷者を出したのでした。
 そして、最後に、再びイタリア戦線です。アプアン・アルプスの山頂にドイツ軍が堅固な陣地を構えているのを、442連隊が攻め落としたのです。このときには日系2世の兵士32人が亡くなり、負傷者も数十人出しています。
 この山を著者は2019年春にジープでのぼったそうです。とんでもなく高い山でした。
これもまた忘れてはいけない戦争体験の発掘と思いながら、ゴールデンウィークの1日に読了しました。
(2025年2月刊。4800円+税)

2025年6月 1日

南北戦争英雄伝


(霧山昴)
著者 小川 寛大 、 出版 中公新書ラクレ

 アメリカの南北戦争は1861年から1865年までの4年間です。日本では明治維新のころになります。明治10年に起きた西郷隆盛の起こした西南戦争のときにも、南北戦争が終わって不用となった銃砲が大量に日本に入ってきたとされています。
南北戦争は、アメリカ史上、事実上唯一の内乱で、当時34あった州が、北部に23州、南部に11州に分かれて4年間争い、60万人近い戦死者を出すという非常に大きな戦いだった。
当初は、なぜか南北双方とも、「この内乱は、ほんの数ヶ月ほどで終わる」とみていた。
 開戦後初の本格的開戦(1861年7月21日の第一次ブルランの戦い)は、お互いが急ごしらえでつくり上げた素人同然の軍隊で、まともな統制もなく、戦場で支離滅裂な衝突をくり返し、北軍は敗北して潰走し、勝った南軍も極度の混乱状態に陥り、敵の追撃など不可能だった。
 当時のアメリカに存在した黒人奴隷制度がなければ、この巨大な内乱は決して起きなかった。トラクターなどの農業機械のない時代なので、黒人奴隷なくしてプランテーションは維持できなかった。
 アメリカ北部は寒冷なので、綿花の栽培には向いていなかった。だから、北部にはそもそも黒人奴隷を必要とする産業が存在していなかった。
南部連合の指導者たちは貴族的な上流階級であるので、協調性に欠け、他者とじっくり話し合うのを苦手とした。
 南部連合の政府は、何かを誰かに強制できる権限をほとんど持っていなかった。
 アメリカ建国の父の大半は、社会の上流階級であり、ジョージ・ワシントンやトマス・ジェファーソンは富裕な農園経営者であり、黒人奴隷の所有者でもあった。
南北戦争の前半期では、南軍は北軍よりも強かった。南部は人材の力で支えられていた。
南部は遅れた農村社会だったので、人々は、自然に射撃や乗馬に親しんでいた。つまり、軍人として高い適性をもつ人々の割合が南部では高かった。
 北軍が、経済力や兵力で南軍に勝っていながら、戦争の主導権を握れなかった原因は、国家指導者であるリンカーン大統領と軍上層部の意思疎通があまりうまくいってなかったことにある。リンカーンを田舎者だと馬鹿にしていたようです。
丸4年も続いた南北戦争で北軍に35万、南軍に20万の戦死者を出した。ベトナム戦争で死んだアメリカ人は5万人だった。
北軍の多くの一般兵には、黒人のために自分の命を投げ出すことへの違和感があった。独立戦争後、アメリカ人はイギリスのような強力な常備軍をもつことを選択しなかった。
リンカーンの共和党は、北部のみを基盤とする地域政党でしかなかった。それでも民主党の候補に勝てたのは、1828年に設立された全国政党である民主党が、このとき分裂していたから。
北軍が海上封鎖に成功したことから、南部は綿花をヨーロッパに輸出できなくなり、経済が大打撃を受け、南部の経済は滅茶苦茶なインフレに襲われ、市民生活はほとんど破綻していた。
 南部連合のジェファーソン大統領は、お山の大将気どりの気難しい人物で、閣僚や将軍たちと口論ばかりしていた。それで、南軍には、総司令官職がおかれていなかった。
 このころ、アメリカの白人たちは、インディアン(先住民)について、「なぜか人の言葉を理解できる害獣」くらいにしか思っていなかった。
 なーるほど、同じ人間だと思わないどころか、「害獣」だとみていたのですね。そうだとすると、インディアンをだまし討ちして皆殺しするのに、何のためらいもなかったのも、よく理解できます。
 少し前の映画「ダンス・ウィズ・ウルブズ」は本当によく出来た映画でしたね。「狼とともに踊る男」という意味でしたか...。インディアンを人間として交わった白人の話でした。
アメリカのシヴィル・ウォー(南北戦争)について少し勉強することができました。
(2024年11月刊。1100円)

2025年5月31日

アンデス文明ガイドブック


(霧山昴)
著者 松本 雄一 、 出版 新泉社

 南アメリカの古代アンデス文明には大いに心が惹かれます。マチュピチュ遺跡を見てきたという人は私の身の回りにも何人かいますし、ナスカの地上絵は今なお新発見が続いています。そして、シカン文化は黄金製品で有名ですよね。
 私は現地に行くことはとっくにあきらめましたので、こうやって本を手にとって写真を眺めて心を踊らせ、解説文を読んで、なるほどそうだったのかと膝を叩いています。
 アンデス山脈は、南アメリカ大陸の西側、南北8千キロに及びます。アンデス文明は、この地域で4000年以上にわたって盛衰した文明です。
アンデス文明の特色は三つ。その一つは、他の文明から何の影響も受けていない、独自のもの。その二は、文字、鉄、車輪がない。それでも、絵文字とキープはありますよね...。その三は、自然環境の多様性。砂漠、山地そして熱帯雨林まで...。
アンデスでは、土器が出現するより前に神殿が出現した。土器がなくて、いったい料理と食事はどうやってしていたのでしょうか...。
 神殿は「王様」が君臨して人々に強制的につくらせたものではなく、小規模な集団で、階層化も進んでいない社会が何百年にもわたって造り続けたもの。「王様」が命令して造らせたのではないなんて、驚きです。「王」はいなくてもリーダーはいたようで、女性のリーダーもいたようです。
 紀元前後ころのモチェというアンデス最初の国家は、北海岸により、1億4千万個の日干しレンガによって神殿をつくった。そして、戦争捕虜を人身供犠していた。
 同じころ、南海岸ではナスカ文化が興隆していた。地上絵だけでなく、地下水路の技術も発達させた。
北海岸で黄金文化を誇ったシカンは単一王朝による国家ではなく、複数の有力な家系に連なる人々が支配階層を構成する連合政体、多民族的な社会だった。黄金の仮面には圧倒されますよね。
インカ帝国を構成するインカ族は80以上もの民族集団を支配下におさめていた。インカ帝国というのは、スペイン人征服者がつけたもので、当時の人々が使っていたのは「タワンティンスーユ」というもので、これは「4つの地方」を意味している。
インカ帝国の王は、誰が次の王になるか決まりがなかったので、継承をめぐる争いが頻発した。新たな王は、大地や建物をはじめとする先代の財産を引き継ぐことはできなかった。インカの王は、それぞれが自分自身を支える「パナカ」という親族集団をつくりあげ、首都クスコに王宮を構えた。新たな王は、自分のパナカを養うための土地を初めとする財を一からつくりあげる必要があった。
 インカ帝国は総延長4万キロという「インカ道」という幹線道路を整備した。宿駅を配置し、飛脚をつかった情報伝達システム、キープ(結縄)という記録手段をもっていた。キープは誰でも解読できるものではなく、キープカマヨックという解読専門家がいた。
マチュピチュは都市ではない。最大でも750人ほどしか居住できない。宗教色の濃い建築物がほとんど。男女比は男3:女2で、さまざまな民族集団に属する人々がいた。
 アンデス文明の解読に日本人が大いに役立っているというのもうれしい話ですね。
(2025年1月刊。1980円)

2025年5月21日

沈没していくアメリカ号を彼岸から見て


(霧山昴)
著者 エマニュエル・パストリッチ 、 出版 論創社

 日米で学び、米韓の大学で教え、アメリカ大統領選挙に立候補したアメリカ人の学者が、アメリカを語り、日本人に訴えています。とても共感できる内容でした。こんなアメリカ人学者がいるのを私は初めて知りました。
 ロバート・キャンベルは私も知っていますが、文学以外の政治について語らないのを著者は不満なようです。それにしても、著者の語学力はすごいです。日本語も韓国語も、そして中国語も話します。どうやらフランス語も話せるようです。それでも、ロバート・キャンベルのように天才的な語学力があるわけではなく、努力したのだといいます。
アメリカの大学は、イエール大学で学び、教え、またハーバード大学で学んでいます。東大では大学院で勉強しています。韓国でもいくつかの大学で教えています。
 日本の平和憲法の意義を高く評価していて、アメリカの憲法を日本国憲法のように変えるべきだと提言しています。そして、日本人とアメリカ人の人的交際が少なすぎる、市民同士のつながりをもっと強める必要があると強調しています。その点、日本(東京)の笹本潤弁護士を高く評価しています。国際法律家協会で世界的に活躍している弁護士です。
 アメリカは日本に企業の支配を押し付け、日本を危険な海外戦争に引きずり込もうとしている。日本とアメリカは、平和を大切にする経済関係に戻るべき。機械やコンピュータではなく、人間性に、コンクリートやプラスチックや鉄鋼ではなく、自然に置かれるべき。人間の心の奥底を探る知的探求にもとづく、新たな強固な関係を目ざすべき。
 今の日米合同委員会は非公開だけど、平和委員会という名称に変え、委員会の透明性を高めて、東アジアの平和体制の構築を目ざすべき。いずれも実にもっともな指摘で、とても共感します。
 日本のテレビニュースの質は著しく低下している。著者は厳しく指摘しています。私はテレビを見ませんが、たまに見ると、くだらないワイドショーやお笑い番組ばかりです。著者は1988年のリクルート・スキャンダルの報道以来、質が劣化しているといいます。NHKをはじめ、いかにも「政府広報」番組ばかりになってしまいました。
 日本人学生は自分の中に閉じこもりがちで、東大生は友だちになるのが一番難しいと言われているが、本当だった。そして、東大でバドミントン部に入ったけれど、厳しい上下関係にはなじめなかったとしています。
今、ハーバード大学はトランプ大統領から目の敵にされ、国の補助金が停止され、ハーバード大学は国を訴えて係争中です。ところが、著者は、このハーバード大学について、厳しい評価をしています。効率性と生産性を追求するあまり、かつてはあった知的自由の多くが破壊されてしまった。この変化は、大学に対する銀行の力が強まった結果であり、ハーバード大学理事会の超富裕層の力が強まった結果である。知的自由の喪失はひどいものだ。 
アメリカでアジアにかかわる政策を立案して推進している人々は、アジアに関する専門知識をもたず、アジアをほとんど理解していない人々でしかない。
 アメリカは、アジアで武器を売る市場を確保することを最優先課題としている。
キッシンジャーは、自分のコンサルティング会社に連邦政府の資金を投入させることを主眼としているビジネスマン。
 韓国社会は深刻な問題をかかえている。高い自殺率、汚染された空気、学校での容赦のない競争、若者たちが感じる疎外感、輸入食品・輸入燃料への過度の依存。そしておびただしい数の貧困な高齢者の存在。
 韓国政治では理想主義的な若い政治家たちも腐敗している。
 韓国では政党の重要性ははるかに低く、個人的な関係、個人の美徳のほうが政治的行動の中心となっている。
 アメリカでは、警察があまりにも残忍になっている。これに対して、日本の警察は国民に対して残忍な弾圧をしていないと評価しています。アメリカでは、警察を呼ぶこと自体が危険、市民にとっても危険だという著者の指摘には驚きました。
 日本人は、多国籍企業や銀行に支配されてはいけない。アメリカが支配権をもっている腐敗した政治・軍事システムから日本は独立すべきだ。まったく同感という思いで230頁の本を読み終えました。
(2025年2月刊。2200円+税)

2025年4月22日

アメリカ・イン・ジャパン


(霧山昴)
著者 吉見 俊哉、 出版 岩波新書

 ハーバード大学にも教養学部があるそうです。その東アジア言語文明学科で著者が2018年に講義した内容が再現されています。この新書のはしがきにおいて、著者は2度目のトランプ大統領について、次のように書いています。
 2024年11月のアメリカ大統領選挙で明らかになったのは、アメリカ人の平衡感覚の喪失が、トランプ自身によるものという以上に、すでにアメリカ社会の内部崩壊が深く進行していることの現れであり、もはやこの内部崩壊は、長期的に回復不可能であろうと思われる。
カマラ・ハリス大統領候補は、彼女なりのベストの戦いぶりを見せていたように思えた。しかし、より多くのアメリカ国民が、おそらくは自己利益だけのためにトランプ大統領の再選を選んだ。
 これは間違いなく、アメリカの「自由」のある本質だ。つまり、アメリカの「自由」の歴史とは、一面で、先住民の徹底した排除と殺戮、所有権の絶対化と金銭万能主義、根本的な人種差別主義と暴力主義と市場主義を「明白なる運命」として、東部諸州から西部へ、さらには太平洋から全世界へと拡張させてきた歴史である。
うむむ、なるほど、なるほど、そうだったんですね。アメリカの「自由」と「民主主義」は、もう一つ別の側面があるというわけです。
 アメリカ人の「西部開拓」は、実は先住民を絶滅に追いやる殺戮の過程だった。それは「開拓」ではなく、まさしく「侵略」だった。しかし、アメリカ人の多くは、今も自分たちの国が「侵略」の産物だということを認めたがらない。
 1848年、カリフォルニアには15万人の先住民が生活していたが、10年後の1860年には3万人にまで減っていた。
 江戸時代の末に日本に来たペリーは、日本について、次のように結論した。
この国では、それぞれの組織が相互監視を徹底させ、失敗を許さない仕組みを発達させており、内部からの変化はきわめて起こりにくい。なーるほど、これって昔も今も変わりませんね。
 日本人はきわめて勤勉かつ器用な民族であり、製造業の中には他国の追随を許さないほど、優れたものがある。
 日本人は外国から持ち込まれた目新しいものを素早く調べて、その製造技術をすぐに自分のものにし、非常に巧みに、また精緻に同じものを作り出す才能を有している。
 いやあ、これまた戦後の日本について語られているかのように感じてしまいます。
 ペリーと交渉した日本側も、いずれも実に大胆な演技を白々と演じていた。すごいですね、見事に日米双方とも演技していたことを見破っています。
当時の日本人の対米認識には、強大な他者に恐れおののく心性と、その他者についてのそれなりに正確な観察が併存していた。
アメリカに留学した内村鑑三が見たものは、アメリカ社会の拝金主義、そして差別だらけの現実と混乱、狂気と刑務所、膨大な貧困層だった。
よくも日本とアメリカの違いを深く掘り下げていると感嘆しながら、ゼミ生になった気分で読みすすめました。
(2025年1月刊。1166円)

2025年1月29日

レイディ・ジャスティス


(霧山昴)
著者 ダリア・リスウィック 、 出版 勁草書房

 「もしトラ」が現実化してしまいましたが、この本は、前のトランプ政権時代に、暴政に抗してたたかった多くの女性法律家を紹介しています。
 人種差別、人工妊娠中絶の阻害、投票権の制限そして性暴力などに対して、果敢に挑んだ女性法律家たちの不屈の勇気に大いに励まされました。
 正月休みに、身近に置いていた、このピンク色の本を、全然期待もせずに読みはじめたのです。ところがところが、思わず居ずまいを正して、背筋をピンと伸ばして、一心に読みふけってしまいました。
 アメリカのロースクール生の半分は女性だが、民間分野で働く弁護士のうち女性は3分の1でしかない。ローファームもパートナーは21%だけど、そのトップが女性であるのは12%。企業のCEOのうち女性は5%もいない。連邦議会議員では24%、州知事は18%、州議会議員でも29%しか女性はいない。
 はるか昔から、法は女性に対して棍棒(こんぼう)のように使われてきた。
女性の先駆者たちは、法が自分自身に課と制約と戦いながら、法制度との戦争に身を投じてきた。
 この本で真っ先に登場するのは、ポール・マリーという女性です。アメリカでも有名ではないようです。ハワード大学に学年で唯一の女性として入学し、1944年に首席で卒業した。そしてイエール大学で法学博士号を取得した最初のアフリカ系アメリカ人。1946年にはカリフォルニア州初のブラックの司法副長官になった。アメリカの連邦最高裁判事として有名なルース・ベイダー・ギンズバークは、ポール・マリーを高く評価していたそうです。
 続いて、サリー・イェイツというトランプ政権が発足し、ムスリムのアメリカ入国禁止を大統領令で発したとき、それはアメリカ憲法に違反すると明言し、司法省から追放された(当時、司法長官代行だった)。
 トランプの命令は、宗教によって入国について差別するものなので、司法省がそんなことを認めるわけにはいかないと明言したのです。
 イェイツは、本当に優秀な政府の弁護士は個人的な栄誉や誰か別の人の栄誉のためではなく、法のために動くということを示した。本当に優秀な政府の弁護士は、大統領が欲しいものを何でも手に入れるようにするイエスマンとして動くのではないのだ。
 ムスリムが多数を占める国からの渡航を禁止するトランプの大統領令が出されたことから、空港でアメリカに入国できず、最悪の場合はシリアへ「送還」される。これを阻止するためにベッカ・ヘラーは動き出した。そして、大手ローファームのプロボノ案件として行動してもらうことに成功した。
そういうことがあるんですね、アメリカの大手ローファームはプロボノ案件を扱うことにもなっているので、そこに喰い込んだわけです。1時間半のうちに、1600人もの弁護士が呼びかけに応じたというのです。すごいことです。そして4時間のうちに3000人の弁護士がボランティア活動を引き受けたのでした。
ニューヨーク市内の大手ローファームで働いている弁護士がケネディ空港に続々と集まってきた。4つのターミナルに100人の弁護士が配置された。そして、ケネディ空港の外には何千人もの支援の人々が集まったのです。
 アメリカの民主主義の底力を感じます。これを受けて、裁判所は、弁護士たちの申立に応じて「送還」を差止する緊急命令を出したのでした。
 アメリカのヘイト勢力が怖いのは、ロケットランチャーや半自動小銃で武装した集会が開かれるということです。これに抗議するのは、まさしく命がけになります。
 極右の武装団体が公然と武装をしたまま町中を行進するなんて、日本では想像も出来ません。
 「自宅のドアを開けたら、すぐそこ、10フィードしか離れていないところに、半自動小銃とナチスの方を持った人たちがいるのが見える。これが、どんなことも想像できますか...」
 アメリカでは妊娠中絶を犯罪とする州があり、それを武力で実現しようとする勢力がいます。これまた怖い話です。
 著者は弁護士資格をもつ女性ジャーナリストです。
 女性に法を足すと、魔法の力が生まれる。これを自分たちは毎日証明している。
 このように断言する著者に、心より賛同の拍手(エール)を送ります。
 
(2024年7月刊。3500円+税)

2025年1月10日

ブラジルが世界を動かす


(霧山昴)
著者 宮本 英威 、 出版 平凡社新書

 ブラジルというと、真っ先にアマゾンの密林を思い浮かべます。最近では金採集などによる乱開発が進んでいるようで、心配しています。
 ブラジルの人口は2億1600万人、世界で7番目。国土面積は日本の22倍もあり、世界で5番目。GDPは世界第9位と、かなり上位にあり、今後さらに発展しそう。
 270万人の日系人がブラジルに暮らしている。これは海外の日系人500万人の半分以上という割合を占めている。戦前戦後の日本から26万人がブラジルに移住した。
 そして今、日本には21万人超のブラジル人が暮らしている。愛知、静岡、三重、群馬などの工場で働いている。
 ブラジルは、人口の4割以上が混血。その結果、差別が比較的少ない社会となっている。奴隷解放は1888年と、遅れている。
 ブラジルはカトリック教徒の国で、65%、1億2千万人の信徒がいる。プロテスタントは22%。ブラジルは貧富の格差が大きい。相続税が極端に小さいので、富裕層の子弟は、優位な立場で人生を歩む。
 今のルラ大統領は3期目で、2期つとめたあと収賄罪で刑務所に入っていたけれど、カムバックした。ルラ大統領は幼いころから街頭でピーナツを売り、靴磨きをし、また、日系人の経営するクリーニング店でも働いた。旋盤工をしているとき、左手小指を切断するという労災事故にあった。汚職事件で有罪となり、580日間、獄中生活を送った。
2024年のG20の議長国として、ブラジルは存在感を発揮している。ブラジルで中国の影響力が低下した背景に、アメリカが中南米への関心の低下もあげられる。アマゾン川の全長は7千キロメートル。その流域は700万平方キロメートル。
 ブラジルは国内電力の85%を再生可能エネルギーにしている。水力が62%、風力12%、太陽光が4%となっている。
 ブラジルには中国製の品々がよく目立つ。
 農業大国ブラジルの弱点は、肥料の8割以上を輸入に依存していること。ブラジルでは、サトウキビを原料とするエタノール燃料がガソリン並みに扱われている。エタノールはガソリンよりも3割ほど燃費が劣るが、価格はガソリンの7割ほど安い。
 ブラジルは航空機メーカーがあり、米ボーイング、仏エアバスに次いで、ブラジルのエンブラエルは世界第3位。
 ブラジル人の7割がPIXを利用している。現金を持ち歩く必要がない。
 味の素の社長は、2代続けてブラジル経験者。
ブラジルは150年来、戦争をしていない。だから、世界に平和を訴えることができる。
 ブラジルと日本との関わりも少し知ることが出来ました。
(2024年10月刊。1100円+税)

2025年1月 2日

6人の女性プログラマー


(霧山昴)
著者 キャシー・クレイマン 、 出版 共立出版

 コンピューターが誕生したとき、そのプログラマーは6人全員が女性だったのです。
 ところが、彼女らはコンピューターが世間に披露されるとき、その功績を紹介されませんでした。祝賀会に招待されることもなく、せいぜい接待係として下働きさせられたのです。
 コンピューターを発案し、つくりあげたのは確かに天才的な男性たちでしたが、そのコンピューターを動かしたのは、女性たちだったのに、その功績が隠されたというわけです。
 本書は、その点に光をあて、女性プログラマーの活躍ぶりを具体的に詳しく明らかにしています。ところはアメリカ、そして第二次大戦中のことです。大砲の軌道計算を素早く、正確にしてほしいというのが、アメリカ陸軍の要請でした。つまり、コンピューターは軍事利用目的でつくられたのです。そして、プログラミングを担当したのは数学に強い若い女性たちでした。
 ペンシルベニア大学ムーア校電子工学科に女性たちが集められた。
 ムーア校の計算手チームは昼夜交代制で電気機械式の卓上計算器を使って弾道計算を数年間にわたってしていた。
 世界最初のコンピューターであるENIACは、1946年2月に公開された。大砲から打ち出された砲弾が砲口を離れてから標的に命中するまでの軌道を計算することが求められた。しかし、標的が何マイルも離れていると、天候も軌道に影響を与える。風や雨、気温もそうだ。微分方程式が大砲の精度と命中率に革命を起こした。砲手がどの角度で砲を構えたらいいのか、確実に分かるようになった。
 大砲には後座効果というものがある。砲弾を撃ったときの反動にともなう大砲の後ずさりのこと。大砲の後座は砲弾の速度を低下させ、傾きを変化させるため、砲手が標的を外す原因になった。また、赤道直下の砂漠の空気の温度や密度は、アメリカの通常状態をもとに計算された表の値とは異なっていた。なーるほど、そうなんでしょうね...。弾道計算が複雑なわけがよく分かりました。
 真空管は1904年にフレミングが発明し、1939年の万国博覧会のころには大量生産されていた。
6人の女性は、カトリック、ユダヤ教、クエーカー教、長老派とさまざまだった。
 ENIACで使われた真空管は1万8千本あった。ENIACの高さは2メートル半、長さは24メートルあり、広い部屋に収まるよう巨大なU字型に配置された。ユニットが左右に16台ずつ、真ん中に8台がそびえ立つ。壮大で威圧感があった。
ENIACは並列プログラミングができた。人間は並列では考えない。直列で考える。本を読むのも、文章を書くのもみな直列。しかし、コンピューターは並列で計算できる。
 ENIACは、世界初の汎用プログラム可能電子計算機であり、地球上のいかなる計算機より1000倍以上も高速だった。
6人の女性プログラマーは、複雑な軌道計算を「エラーなく」走らせ、しかも、どの部品が「エラー」を起こしたかを診断できた。
ENIACは、1週間分の仕事をわずか20秒以内で計算した。世界が一変した。
 ところが、ENIACも盛大なオープンセレモニーにおいて、6人の女性プログラマーはまったく無視された。このとき無視されたプログラマーに光をあてた本です。なるほど、「寅に翼」ではありませんが、先駆者の女性は、日本でもアメリカでも大変な苦労をしたのですね...。貴重な本です。
(2024年7月刊。2860円)

2024年12月20日

法廷弁護士


(霧山昴)
著者 リチャード・ズィトリン 、 出版 現代人文社

 サンフランシスコに住み、40年以上活動している弁護士が自らの活動を振り返っている本です。
 アメリカでは裁判官は弁護士のなかから指名または選挙によって選任される。カリフォルニア州では、裁判官の候補者は、弁護士会および知事所轄の委員会の審査を受けたあと、知事によって指名される。
 アメリカの実態は、その司法制度は、全体として、社会を性格づけている不平等にみちあふれている。大多数の被告人は貧乏であり、かつ、圧倒的に有色人種である。黒人が白人よりも重い刑罰を受けていることは疑問の余地がない。
貧困であるほど保釈される可能性は少なく、事件が係属中、身柄は拘束されたままで、身体の自由を求めるあまり、有罪の答弁をする圧力にさらされる。
 有罪の答弁は、しばしば有罪後の保護観察や仮釈放制度へとつながることを意味する。
法廷弁護士はストレスに満ちた仕事である。
 陪審裁判はまったくの重労働であり、休日なしで16時間労働ということもよくある。
弁護士の自信過剰な傾向にもかかわらず、多くの法廷弁護士は、勝利の喜びのために長時間働いているのではない。そうではなく、敗訴の恐怖から逃れるために働いている。
 この本のなかに、「17ヶ月間を事実審理に要し、陪審員の評議は100日を超えた」(67頁)という記述があります。事実審理が1年半かかるのは、日本人の弁護士にとって何ら驚くことでもありませんが、陪審員の評議が3ヶ月以上もかかったというのはまったく想像できません。評議の秘密、そして生活・仕事の補償はどうなるのでしょうか...。
 日本とアメリカの法廷の違いの最大は、日本で被告人尋問は当然ありますが、アメリカではほとんどないらしいことです。この本でも次のように記述されています。
 多くの被告人は証言台に立つことを望む。しかし、被告人が証言台に立つのは例外に属する。著者の場合は、わずか2件のみとのこと。陪審員は、常に被告人から直接話を聞きたいと願っている。しかし、被告人が自らを弁護するため証言台に立つことは、自己に都合のよい弁明とみなされ、いろんな意味で、本人の証言は簡単に瓦壊してしまう。
 多くの場合、依頼者の側から見た「真実」は、結局のところ、「警察官が書いた報告書ほどには重要ではない」というのは紛れもない事実である。弁護人は手持ちの道具で弁護する。その道具が警察官の書いた報告だけであることは珍しくない。
 もっとも重要な教訓の一つは、良い弁護士というのは強さにもとづいて裁判をするのではなく、弱さにもとづいて裁判をするというもの。とくに刑事事件ではそうだ。
 アメリカでは、冒頭陳述は、最終弁論とは異なって、事実にもとづくこととされている。
この本には、ひどい裁判官にあたったとき、どう対処したかも紹介されています。それは日本もアメリカも同じようです。原則にしたがい、法律的に筋の通った主張なら、恐れることなく行動すべきだということです。
この本の訳者は刑事法分野で有名な村岡啓一弁護士です。
(2024年11月刊。5500円)

2024年12月 3日

ドキュメント・民営刑務所


(霧山昴)
著者 シェーン・バウアー 、 出版 創元ライブラリー

 2020年に発刊された「アメリカン・プリズン」が改題し、文庫本になりました。
 アメリカのジャーナリストが刑務官として民営刑務所で働いた4ヶ月間の体験が生々しく語られています。刑務所内に隠しカメラとマイクを持ち込んだのです。
 アメリカの刑務所や拘置所に入れられている人は220万人(2017年)、過去40年間で500%の増加率。アメリカの人口は世界の総人口の5%しかないのに、囚人数では全世界の25%を占めている。そして、150万人の受刑者(拘置所の収容者70万人を除く)のうち、民営刑務所に13万人が収容されている。
 アメリカでは、8万人が独房に入れられている。そのなかには10年以上、20年以上も独房で生活させられている囚人がいる。
 アメリカの歴史の大半を通じて人種差別と人の自由を奪うことと、利益の追求とは常に結びついている。奴隷制が廃止されたあとは刑務所の囚人がそれに代わった。
潜入取材をしたのは、ウィン矯正センター。警備が中程度の刑務所のなかではアメリカ最古の民営刑務所。経営する会社、CCAのCEOの年収は400万ドル(2018年)。
 潜入取材の用具として、録音機付きのペン、そして蓋の部分に小型カメラが仕込まれたステンレスの保温マグを持ち込んだ。結局、4ヶ月間、バレることはなかった。
刑務官の心得。囚人としゃべりすぎないこと。囚人は、刑務官の性格や反応を探っている。
 刑務官には精神力が大切。
CCAは受刑者ひとりにつき、1日34ドルをもらっている。州の運営する刑務所では受刑者ひとりにつき52ドルの費用がかかっている。
CCAは売上高18億ドルで、2億2100万ドルの純利益を計上した(2014年)。
州にとっては民営刑務所にすれば15%もコストが低い。ところが、逆に公営刑務所のほうが14%だけ安上がりだという調査結果もある。結局、民営刑務所は、実は、それほどの費用節約にはならない。
働いている刑務官の大多数はアフリカ系黒人で、その半分以上が女性、そして多くがシングルマザー。
 監獄はジェイルで、刑務所はプリズン。
刑務所内では自殺未遂は処罰できない。しかし、自傷行為と認定すれば処罰は可能となり、CCAは受刑者に損害の回復を求めることができる。
 刑務所は白人の優越性を脅かすものではなく、むしろそれを後押しするものだ。
民営刑務所では囚人の更生よりも収益性が重視される。これは、どこでも同じこと。
 平均で3分の1の刑務官がPTSDに悩まされる。刑務官の自殺率は一般市民より2.5倍も高い。刑務官の寿命は短い。
一般的な刑務所では、医療費が人件費に次いで多い。ルイジアナ州の刑務所は予算の31%を医療費に充てている。カリフォルニア州の刑務所では、予算の31%を医療費が占めている。というのも、ウィンの受刑者の40%が糖尿病・心臓病そしてぜん息などの慢性疾患をわずらっている。
 全米で、男性受刑者の9%で、獄中で性的暴行被害を受けている。実際には、もっと多いとみられている。ゲイの受刑者の3分の1以上、トランスジェンダーの受刑者の3分の2が刑務所で性的暴行を受けた。刑務所での性的被害の訴えの半分近くに職員が関与している。
民営刑務所は、公営刑務所より受刑者どうしの傷害事件が28%も多い。また、民営刑務所の受刑者は、公営刑務所の受刑者の2倍近く武器を持っていた。
 奴隷と同じく囚人も金もうけの手段になっているのですね。大きく目を見開かされる本でした。
(2024年8月刊。1300円+税)

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