弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2025年6月24日

ジャニー・オブ・ホープ

アメリカ


(霧山昴)
著者 坂上 香 、 出版 岩波現代文庫

 1999年1月に刊行された本を、新たに最新の状況を紹介する末尾の文章を付加して出来ている本です。
 世界では死刑廃止が圧倒的で、EU加盟の条件にもなっています。アメリカですら死刑廃止へ動きつつあります。日本は完全に遅れています。そのなかで弁護士会は死刑廃止を求める声を上げています。
 アメリカでは年間100人近くが処刑されていましたが、今では激減しています。既に死刑廃止を決めた州は11州から23州へと増え、さらに6州では知事が執行を停止しています。これに対して日本では今も100人近い死刑囚がいて、処刑の日を日々、恐れながら過ごしています。
私は長い弁護士生活のなかで1回だけ死刑判決を受けた事件の弁護人だったことがあります。まったく気持ちのいい判決ではありません。そして、死刑(処刑)に従事する拘置所の職員や立会検察官の心労はすさまじいものがあると考えています。私は国家が人を殺していいとは考えられません。
 アメリカでは、死刑囚は黒人に偏っている。そして、死刑囚の多くは、幼少期に深刻かつ複数の虐待を常態的に体験している。学校でも深刻な問題行動を起こしていた。
 カリフォルニア州では、州知事が死刑の刑場そして死刑囚監房を閉鎖して、一般受刑者と同様に処遇されることになったようです。私も、これはいいことだと思います。生きてる限りは、人間ですから、なるべく平等に、差別なく処遇したいものです。
 日本の無期懲役は、建て前では刑務所から出て祝い事に参加できたりはしませんが、実際には満期になる前に出獄できることがありました。でも、今ではかなり難しくなっていて、平均の拘禁日数は30年以上になっています。
 犯罪を犯す人は、人生のある時点では、みな、被害者だった。
 アメリカの「ジャーニー・オブ・ホープ」は死刑囚の家族と被害者の遺族が一緒になって、50人前後の参加者が全米各地を車で移動しながら、一般市民に向けて、自らの体験を語って歩くという運動。日本では、とても考えられない運動です。
 アメリカでは、1973年から1997年までの24年間に、6000人に死刑判決が下されたが、そのうち69人が、あとで「無罪」になって釈放された。死刑と無罪とでは、天と地ほどの違いがありますよね。死刑判決が出て、処刑されたあと、形だけ無罪になっても、「時、すでに遅し」です。死んだ(殺された)人がこの世に戻ってくることはありません。
アメリカの死刑執行は電気椅子によるのではなく、致死薬注射によるもの。まず硝酸ナトリウムで眠らせ、そのあと臭化パンクロニウムによって息を止め、さらに塩化カリウムで心臓を停止させるというもの。
あらかじめ処刑の日時は公表され、被害者の家族(遺族)は希望すると身近に立会ことができる。また、このとき、死刑支持者は、刑務所の外で「お祭り騒ぎ」を起こす。
 2000年ころ、アメリカでは年間2万件ほどの殺人事件が発生していた。いやあ、怖い国ですね。なので、護身用ピストルを持つという人がインテリ層にもいるわけです。
遺族が死刑執行に立ち会って満足するかというと、必ずしもそうではない。むしろ、「加害者は苦しまずにいとも簡単に死んでしまった」と不満を募らせたりもする。そして、その後は生きる目的を見失ってしまう人が出てくる。うむむ、なるほど、難しいのですね...。
 アメリカでは胎児性アルコール症候群(FAS)というのが問題になっているそうです。毎年5千人をこえる乳児がFASをもって生まれている。そして、それは知能障害・発育障害などとしてあらわれ、思春期になると問題行動を起こし始めるのです。母親がアルコール依存症で、妊娠中に大量のアルコールを摂取していたことによる病気です。日本でも同様なことが起きているのでしょうか...。
 なんでも死刑にしろと簡単に叫ぶ人がいますが、世の中はそんなに簡単なものではないと50年以上も弁護士をしている私は思います。幼少期に人間として大切に育てられた体験のない人は社会に対して復讐を始めるのです。もっと優しい社会にしないと、結局は、みんなが安心して生活できる社会にはなりません。大いに目を開かせてくれる本でした。
(2024年12月刊。1430円+税)

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