弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2025年6月19日

よみがえる美しい鳥

社会


(霧山昴)
著者 大川 真郎 、 出版 日本評論社

 いったい、この先どうなるんだろうと、手に汗を握る展開で始まる本です。そしていくつもの障害・困難を乗りこえ、ついに調印式にこぎつけます。このとき、恐る恐る出席した県知事までがついに感きわまって泣き出してしまいました。ところが、実は、その後も島の地下から次々に汚染物質が掘り出されるのです。いったい、どうするの、こんなに大量の汚染物質を...。
産業廃棄物ですから、悪臭がひどいだけでなく、猛毒です。それを安全に処理できるのか、処理したとして、その最終処分によって生成したものを全部島外に運び出せるのか、いったいそんな場所が日本にあるのか...。最後のところは、放射性廃棄物となんだか似ていますよね。でも、放射性廃棄物と違って、こちらはまだなんとかなりそうなのが救いです。
 豊かな島と書いて、「てしま」と読みます。瀬戸内海の小さな島です。香川県に属します。小豆島のそばにあり、近くにアートで有名な直島があります。私は映画「二十三の瞳」で有名な小豆島にも直島の美術館にも行ったことがありますが、この豊島には行っていません。今では、産業問題で有名になった島として年間4万人もの見学者があるそうです。
 かつては島の人口は3千人もいたのが、今では750人。高齢化が進み、住民運動のリーダーたちも多くは亡くなっている。
 この豊島に産業が運び込まれるようになったのは、1978年2月、香川県が「ミミズによる土壌改良可処分業」を許可したことから。ところが、「ミミズによる土壌改良というのは、まったくの嘘で、シュレッダーダスト、ラガーロープ、廃油、汚泥、廃酸、廃プラスチックなど、さまざまな有害産業廃棄物が次々に豊島に運び込まれた。しかも、大量の野焼きがあり、悪臭と煤煙が島全体を覆うようになった。
ついには海上保安庁そして兵庫県警が立ち入り捜査をするに至った。捜査を英断した兵庫県警の本部長は、あとで狙撃され、瀕死の重傷を負った、かの国松孝次警察長官でした。
結局、事業者らは、廃棄物処理法違反で逮捕され、起訴されて有罪となった(1991年7月)。
 香川県は、犯罪行為に加担していたわけですが、自らの非をまったく認めず、廃棄物の撤去にも動こうとしなかったのです。
 このとき、住民は、搬入された産業廃棄物は60万トンと推計した。しかし、最終的に撤去されたのは、汚染土壌1万3千トンを含めると91万トンを上回った。
 島民は住民会議を結成し、大坂の中坊公平弁護士に依頼した。このときの中坊弁護士と住民代表との会話が紹介されています。住民の代表(安岐正三氏)に向かって中坊弁護士は、こう言った。
 「わかった。ところであんた、金ないやろ、知恵ないやろ。あるのはなんや、命だけやないか。命は誰も一つ、平等や。あんた、もうそれしかないで。身体(からだ)張って下さい。約束できますか」
 私は個人的に中坊弁護士と話したことはありませんが、その講演は何回も聞きました。いつも、ものすごい迫力を感じました。この口調で中坊弁護士から迫られた住民は心底からびびってしまったことでしょう。
 この本の著者は中坊弁護士に「釣られて」弁護団の有力(主力)メンバーになったのでした。中坊弁護士の「人たらし」は有名でした。
 弁護団は、裁判ではなく、公調委(公害等調整委員会)を選択します。この公調委はもちろん東京にあるわけですが、さまざまな難局を経て、最終解決(調印式)するときは、なんと豊島に委員長がやってきて、豊島小学校体育館で開いたのです(2000年6月6日)。
ときの公調委の委員長は元東京高裁長官の川㟢元裁判官。真鍋知事も恐る恐る会場にやってきたが、用意した謝罪文を読み終えたあと、自分の言葉でその思いを語った。そして、会場から港まで、中坊弁護士と連れだって歩いていった。住民と弁護団も一緒に...。そしてこの状況をマスコミが撮影し、報道した。
一足飛びに終結した様子を紹介しましたが、それに至るまで、公調委は何回も決裂寸前になったのでした。肝心なことは、豊島に搬入され埋められた産業廃棄物がどれほどのものなのか、科学的に調査すること、その費用を誰が負担するか、です。3億円近くもかかります。しかし、ついに国が決断しました。
 それまで、住民は、香川県庁前で半年間にわたり、立って抗議しました。銀座で廃棄物を陳列しても訴えました(1996年9月20日)。住民大会には500人が参加。ところが、地元選出の県会議員が住民運動について、弁護団が主導する「根無し草の運動」だと攻撃したのです。
 そこで、住民は「草の根」運動を展開しました。それは、ついに39歳の若い住民代表を県会議員に当選させるに至ったのです。
 産業廃棄物は隣の直島につくられた処理施設で処理されることになりました。
 著者たち弁護団のすごいのは、公調委での最終解決のあとも弁護団を解散することなく、住民とともに最後まで関わっていることです。大変元気の出る本でもありました。いつも著書を送っていただき、ありがとうございます。引き続きの健筆を大いに期待しています。
(2025年6月刊。2600円+税)

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