弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2025年10月 5日

松本清張の女たち

人間


(霧山昴)
著者 酒井 順子 、 出版 新潮社

 松本清張は私の大好きな作家の一人です。その本を全部読んだなんて、とても言えませんが、かなり読んだことは確かです。でも、この本を読むと、まだまだ、こんなにたくさん未読の本があったのかと、驚かされます。
松本清張が明治42(1909)年生まれだと改めて知りました。太宰治と同い年です。実は、私の父も同年生まれなのです。私の父は17歳のとき上京して、7年間、東京で苦学生をしていました。
 清張は40歳でデビューし、専業作家になったのは46歳のときだった。そして、清張は1992(平成4)年、82歳で亡くなった。
 清張の父親はいろいろな商売に手を出しては失敗し、自身は働かずに女遊びをした。母は家の読み書きは出来なかったし、苦労性だった。しかし、両親とも一人っ子の清張を溺愛した。清張は東京に居を構えたあと、両親を、北九州から呼び寄せ、二人とも看取っている。親孝行したのですね。
 清張の母は、どんな貧乏生活のなかでも、清張の着物と自分の外出着だけは持っていた。母は気が強い人だった。そして、清張もまた、負けじ魂が強かった。
高等小学卒という学歴によって、理不尽な思いをさせられた清張は大学教授の世界の欺瞞を暴くのにためらいはなかった。
 「人生には、卒業学校名の記入欄はない」と、清張は書いた。清張は独学で考古学を学び、英語を身につけた。清張は英語で会話もできたようですね。
 清張は、若いころ、小倉の朝日新聞社に勤めていましたが、職場で女性にモテたわけではないけれど、人としての人気があった。清張は、男女の区別なく人に接した。要するに、男尊女卑の考え方ではなかったのです。それは、一人で歩き続け、自分の目で人をしっかり見てから人と付きあったからだとされています。なーるほど、ですね。
 清張は、自他ともに認める新珠(あらたま)三千代ファン。この本の表紙の写真は、清張が新珠三千代と立ち話している状況のものです。
 清張の姦通ものを扱った作品では、相手と一線を越えてしまった女性は皆、自殺するなど、不幸な最期となる。乱倫必罰の法則が適用されている。
 清張はお酒が飲めなかった。それで、銀座のクラブやバーに行ったのは、水商売の女性たちの生態を観察するためだった。
 昭和の時代には、独身女性について、オールドミス、お局(つぼね)様、嫁(い)かず後家(ごけ)といった、からかいのコトバが多数あった。
 今では、若い男性も女性も半数ほどが生涯独身という時代になっていますよね...。
 そして、セクハラというより、性犯罪が堂々とまかり通っていた。
清張は、女性が性の面でもお金の面でも、男性より欲が少ないわけではないことをよく知っていた。 
 清張自身は、仕事相手に対して、性別に関係なく、その人の能力をよく見て評価した。女性編集者であっても、高い能力をもつ人に対しては、難しい仕事を任せた。
 清張は、あまりにも多忙になると、口述筆記を始めた。速記者の福岡隆を9年にわたって専属とした。福岡によると、眼を閉じた清張の口から、そのまま原稿になる文章がすらすらと口から出てきた、という。
 清張の作品をしっかり読み込んだ評論だと驚嘆しながら読みすすめた本です。
(2025年9月刊。1870円)

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