社会
2006年12月28日
公安化するニッポン
著者:鈴木邦男、出版社:WAVE出版
著者は早大出身の新右翼のリーダーです。公安警察で活動していた何人かの元警察官との対話からなっている異色の本です。
過激派のセクトの中にも公安に通じているスパイがいる。バレそうになったら、公安が手配してアメリカへ逃がす。
革マルは内ゲバで殺された人が78人いると書いているが、そのなかに実は警察官も混じっていた。ええーっ、本当なんですかー・・・。ところが、実は、とうやら本当のことのようです。
機動隊がエンジンカッターで鍵を切って過激はセクトのアジトを襲撃する。ドアを開けて盾と警棒を持って突入していく。マスコミも中までは撮れないので、中に入ったらやり放題。その場にいた人間の頭を叩く。歯向かう人間は警棒で鎖骨を折ってしまう。機動隊の装備は重厚で、鉄も入っているので、殴りかかられても平気だ。
中にいた人間が「おれもサツカン(警察)だ」といっても、機動隊員は「うそだろ、うそだろ」と言って信じず、叩き続ける。危篤状態で病院に運ばれ、本人が職員番号を言って本物(潜入スパイ)だということが分かる。それで大至急、蘇生するオペレーションをやってもらうけれど、手遅れになる。これで死んだのが何人もいる。
遺族が、「スパイみたいなことをさせて、どうして守ってくれなかったのか。殺したのは警察官じゃないか」と激しく抗議したので、潜入スパイは下火になった。
こうやって10人は死んでいる。殉職したら、4500万円もらえる。このほか裏ガネももらえて、階級も特進するので、合計8000万円くらいは支給される。そして、警察の弥生廟にまつられる。
そうだったんですかー・・・。警察官も内ゲバの被害にあって殺されていたんですね。でも、これって、亡くなった人には申し訳ありませんが、ほとんど無意味、いわば犬死にみたいなものではありませんか。
スパイ(組織内協力者)に求められるのは、「頭がいい」が「意志が弱い」こと。これが理想的な人物の条件。意外にもトップに近い人間ほど脇が甘い。末端は上部の査問を恐れて治安機関と接触することに恐怖を感じるが、トップは全部自分の腕三寸だと思ってしまうから。
公安警察は全国に1万人いる。公安調査庁は、わずか1500人。スパイを摘発する防諜能力はほとんどない。もっぱら組織内部のスパイから聞き出した情報を評価している。
私の親しかった弁護士(故人)は、父親が公安刑事でした。オヤジは昼間は家でブラブラしていて、夕方から出勤していた。なんだか暗い家庭の雰囲気だったという話を聞いたことがあります。なるほど、スパイ・ハンドラーとして、フツーの警察官が味わえるような社会正義の実現はできなかったのでしょうね。スパイの獲得って、要するに人間を堕落させることですよね。そんな仕事で生きていくなんて、みじめな人生じゃないでしょうか。そう思いませんか。
裁判と社会
著者:ダニエル・H・フット、出版社:NTT出版
聖徳太子の「十七条の憲法」に「和をもって貴しとせよ」とあることを根拠として、日本人は昔から裁判が嫌いだったというのが常識になっています。しかし、この常識は間違っていると私は考えています。この本も同じように考えています。
聖徳太子という人物が本当に存在したのかということも疑われていますが、その点はおいても、「十七条の憲法」には、裁判があまりにも多すぎるので、減らしなさいとあるのです。日本人が争いごとを好むのをいさめた言葉なのです。言葉の表面だけをとらえて昔から日本人は裁判が嫌いだったなんて、まったくの見込み違いです。実際、30年以上弁護士をしていて、裁判が好きな日本人の男女を数多く見てきました。いわゆるインテリではない人たちにも、けっこう裁判マニアがいるのです。
この本では、日本とアメリカと中国でアンケート調査をして、日本がとくに裁判を嫌うということはなかったという結果を紹介しています。
日本では、津の隣人訴訟が有名です。お隣同士で親しい間柄の二家族があり、子どもたちが近くの貯水池で遊んでいたところ、一人が溺死してしまったことから、死んだ子の親が隣人を訴えて裁判を起こし、裁判所は損害賠償を命じました。すると、マスコミが取り上げ、原告となった親を非難し、ついに訴訟は取り下げられました。そして、そのあと今度は、訴えられた隣人まで嫌がらせの電話や手紙が集中したのです。
これは、日本人が裁判を嫌う例証として、よく取り上げられるケースです。
ところが、この本によると、1994年のアメリカのベストセラー小説にも同じようなテーマを扱ったものがあるそうです。そして、アメリカ人の親は、隣人に対して訴訟することを考えもしなかったというのです。津の隣人訴訟は、日本人の特異な訴訟観を証明するものではないのです。
アメリカ人は、友人とのあいだでは、借用証などの書面なしに、握手の信頼関係でお金の貸し借りをすることが多い。
著者はこのように述べています。なーんだ、これじゃあ、日本人と同じではありませんか。日本人とアメリカ人と、いったいどこが違うのでしょうね
著者は、裁判所の人事配置について、日本の大企業の人事慣行とよく似ていると指摘しています。なるほど、そのとおりでしょう。
雇用主に忠実でない労働者はどこか居心地の悪い場所に左遷される。ただし、解雇されるまでにはいかない。それには特別の理が必要とされるから。
この本で、著者は、交通事故と破産事件の処理をめぐって、裁判所が意識的に政策形成したことを指摘しています。なるほど、と思いました。交通事故では賠償基準表をつくり、破産事件でも少額管財事件をふくめて簡易・迅速処理を実現しました。
これについては、熱心かつ創造性豊かな弁護士が訴訟を追行し、その熱意を熱心かつ創造的な裁判官が受け容れたという事情がある、という指摘です。まったく同感です。
日本法の本質は3分で喝破できるものではないという著者の言葉に私も賛成です。何ごとも、そんなに簡単なことはないのです。
日本テレビとCIA
著者:有馬哲夫、出版社:新潮社
今日の日本人にとって、テレビは軍事や政治とはまったく関係のない、単なる大衆娯楽のメディア。とくに日本テレビは、プロ野球やプロレスなどのスポーツ番組として、バラエティや音楽など、娯楽番組に定評がある。
しかし、その設立の狙いは、アメリカ的民主主義や生活様式を日本人が学ぶことにあった。優先順位として上位にくるのは、共産主義国からの軍事的脅威に対する心構えだ。
アメリカの世界戦略のなかで、日本テレビにはポハイク、正力松太郎(読売新聞社主)にはポダムという暗号名がつけられていた。
正力は、文化・教育のメディアとしてテレビを考えていたが、GHQと接触して、反共産プロパガンダのメディアとして位置づけを変えた。
アメリカが直接に共産主義とたたかうのではなく、日本にそれをさせる。単に日本を助けるのではなく、それがアメリカの資本家の利益にもなるようにすることが求められた。
公然、非公然の手段によって、日本のマスメディアは、アメリカの対日心理戦略に確実に組み込まれ、かなりコントロールされた。毎晩のゴールデン・アワーを占領したアメリカ製の娯楽番組ほど大きな威力を発揮した番組はない。
日本テレビはNHKと歩調をそろえて、アメリカのNBC、CBS、ABCがアメリカで放送して実績をあげた娯楽番組を放映した。たとえば、「名犬リンチンチン」「パパは何でも知っている」など。
いかにもプロパガンダくさい番組より、ごく自然な娯楽番組のほうが、日本人を親米的にするうえで効果がある。
マッカーシズムの時代には、西部劇は共産主義に対して開拓時代のアメリカ的価値を改めて称揚する意味があった。
これらの娯楽番組が共通して発揮した絶大な効果は、日本人を番組のなかの人物、とりわけ主人公に感情移入させたことだ。つまり、日本人であるにもかかわらず、アメリカ人の気持ちになって考え、彼らの視点からものごとを見るようになった。
現在の例をあげると、アメリカ側からのニュースや素材が多く採用されているため、日本人の多くはイラク戦争をアメリカの視点から見ている。そして、9.11でワールド・トレードセンターが崩れ落ちている映像を見ると、アメリカ人でもないのに、これはテロリストが起こした悲劇だと思ってしまう。対日心理戦略計画に、日本のメディアにできるだけ多くのニュースや素材を提供せよとあるのは、まさにこのためなのだ。
なーるほど、そういうことなんですよね。日本のテレビは、昔も今もアメリカ的価値観に完全に占領されています。それで、アメリカのイラク侵略戦争への日本人の反対デモの盛り上がりが今ひとつ欠けていたんですね・・・。恐ろしいことです。
渋滞学
著者:西成活裕、出版社:新潮選書
東京の弁護士会館についている4台のエレベーターはなかなか来ず、待つ人(その多くは、もちろん気ぜわしい弁護士です)を大いにイライラさせる存在です。2、3分待ちはザラです。ところが、やって来るときには次々に来ます。1台目は満員で2台目はガラ空きというパターンです。どうにかならないものか、弁護士会はなんどもエレベーター管理会社にかけあいましたが、一向に改善されません。この本によると、それも一種の渋滞減少なのであり、仕方のないことのようです。
大規模なビルに複数のエレベーターがあるとき、放っておくとダンゴ運転をしてしまう。利用客が一番多い階にエレベーターは集まる傾向があるので、他の階ではかなりの待ち時間になり、結局、複数のエレベーターがあっても、分散せずダンゴ状態になる。そこで、時間帯ごとの利用階の頻度をコンピューターに学習させ、それにもとづいてある程度、将来のエレベーター運行ルートを予測し、そのうえでなるべくすべてのエレベーターが分散した状態になるように運行するようにする。したがって、無人なのに勝手にエレベーターが動いていることがある。これをエレベーターの群管理という。しかし、これをやると、運行の電気代はより高くなる。
車間距離が40メートルいかになっても相変わらず自由走行の時速80キロメートルで走っている状況はメタ安定。このメタ安定状態は通常は5〜10分ほどの寿命しかなく、徐々に渋滞へ移行する。
メタ安定状態とは、何らかの原因で短時間だけ出現する不安定な状態をいう。車間距離が200メートルより短くなってくると、自分の速度をそのまま維持しようとして早めに車線変更し、追い越し車線を走るほうがよいと判断する。
しかし、皆が同じように行動すれば、結果として追い越し車線の方が混んできて速度が低下してしまう。だから、混んできたときは走行車線を走ったほうがよい。長距離トラックの運転手は、経験的にこのことを知っている。
赤信号でたくさんの車が止まっている。青信号に変わった。全部の車が一斉に動き出せば、すぐに動けるのにと思う。しかしこれは実際には難しい。車一台あたり静止時に前後8メートルを占めているので、車1台あたり1.5秒かかる。たとえば、自分が信号機から10台目にいると、15秒ほどで自分の発進の番になるということ。
明石歩道橋事故についての解説があります。大いに関心をもって読みました。
通常は1?に5人で危険な状態になり、将棋倒しの状態が起きる。明石では、事故のとき、その3倍の15人いたと推測され、一時的に圧縮状態になったわけで、そのときに人が感じた力は1?あたり400キログラム。これはとてつもない大きさだ。現場付近の300キログラムの荷重に耐えられる手すりが壊れていたことから判明した。医学的には200キロで人間は失神するといわれている。
難しいところもあって十分理解できたわけではありませんが、予想以上に面白い話が満載の本でした。
2007年01月05日
ブルー・ローズ
著者:馳 星周、出版社:中央公論新社
すさまじいバイオレンス・ノヴェルです。年の暮れはともかく、正月に、のんびりした気分で読む本としては、とてもおすすめできません。なにしろ、次から次へと人が殺されていくのですから・・・。実に凄惨です。背徳の官能と、帯にうたわれています。たしかに怪しげなエロスがしきりに漂うのですが、少なくとも私の好みではないエロスなのです。
話は、公安警察と刑事警察の対立を軸として展開していきます。
国松警察庁長官の狙撃事件で公安警察が何度も重大なミスを犯して、結局のところ、犯人逮捕にこぎつけることができませんでした。これによる公安警察の威信低下はひどいものです。最近、街頭ビラ配布での強引な逮捕が相次いでいるのは、そんな公安警察による失地回復だという指摘がなされています。公安って、本当にひどいことをするものですね。罪なき人を罪に陥れるのが公安の得意技です。やっぱり、どうしても刑事警察に肩入れしたくなります。あなたも、この本を読むと、そんな気についなってしまいますよ。
ブルー・ローズというのは、青色のバラの花のことです。赤いバラはあっても、青いバラはできないことになっています。黒いチューリップと同じです。もっとも、チューリップにも黒に近いものがありますし、バラにも青に近いのが最近出来たと思いますが・・・。
わたしが入庁したころの公安警察官という連中は、いけ好かないが腕は立つ者ばかりだった。しかし、昨今の公安警察官は間抜けばかりだ。もっとも、それは刑事警察も変わりはない。警察官のサラリーマン化が進んでいる。かつては堅牢だった警察官のモラルに亀裂が生じている。バブル経済がなにかを変えたのだ。いずれ、世界に誇る検挙率も落ちるだろう。
日本警察の検挙率は、もうとっくに地に落ちてしまっていると私は思いますけどね。
この本を読みながら、警察って、そしてキャリア警察官って、いったいどれだけ事件を内々もみ消しているのか、もみ消す力があるのか、ついつい考えこんでしましました。どなたか正直な内情を教えてください。
あけましておめでとうございます。本年も書評を書き続けます。昨年よんだ本は502冊でした。その7割を紹介していることになります。読めば読むほど、大自然と人間社会の奥の深さに触れるという気がします。日本を外国へ戦争に出かける普通の国にするため、美しいアベ首相ががんばっていますが、負けてなんかおれません。今年も平和憲法を守り続けるために、愉しみながら弁護士活動と執筆を続けていきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。
沸騰するフランス
著者:及川健二、出版社:花伝社
フランス語を勉強しているということは、フランスという国に関心を持っているということでもあります。日本と違ってアメリカの言いなりになんか決してならないフランスは左右いずれを支持する国民もきわめて政治参加意欲の高いのが特徴です。この点は、日本人はもっと見習うべきだと私は確信しています。
それはともかく、この本は迫りくるフランス大統領選挙の内情を現地取材で分かりやすく解説してくれるものです。アメリカの大統領選挙のように、共和党と民主党といっても、しょせん同じ穴のムジナみたいに大差がないのと違って、フランスは、政策的にはっきりした違いをもつ候補者が激突するので、面白いところです。
今度のフランス大統領選挙は、治安優先の保守政治家ニコラ・サルコジと、左派のセゴレーヌ・ロワイヤルとの対決だと一般にはみられています。この本は、それぞれを掘り下げると同時に、その他の候補者についても密着取材しています。なかでも、極右の国民戦線のルペンについて、その主張を詳しく紹介しています。私は認識を改めさせられました。ルペンは極右なので排外主義をとっています。もちろん、私には、とても支持できません。ところが、ルペンはアメリカを次のように厳しく批判しているのです。これには驚きました。日本の右翼にぜひ読んでもらいたい文章です。
災難のなかとはいえ、アメリカ国民は政府に対して自己批判を求め、責任の一端があることを認めるよう迫らなければならない。アメリカが悲劇的な状況下にあるとはいえ、彼らの涙によって我々は目をくらまされてはならない。
アメリカは、その力が絶対的なものだと考えている。とりわけ、ソ連が崩壊し冷戦の脅威がやわらいで以来、責任の範囲と能力の限界を見誤っている。
10年にもわたるイラクに対するアメリカの経済封鎖によって、貧困や治療の欠如が原因で100万人の子どもたちが死ぬという災害がもたらされた。その数は世界貿易センタービルの犠牲者の200倍にあたる。惨劇と呼ぶにふさわしいニューヨークの哀れみは、しかし、絶対視されてはならない。非人間的な不正の政治を再考することに心を傾けることも同様にしなければならない。
この指摘は、まったくそのとおりではないでしょうか。
極右はフランスの失政を栄養にして育つ生き物だ。フランスがどん詰まりになればなるほど、増長していく。治安悪化と移民問題。これはフランスが抱える暗部だ。その暗部を除去する救国の士として、国民戦線は長く支持されてきた。
このように解説されています。なるほど、と思いました。
この国民戦線(フロン・ナショナル)のナンバー2のブルノー・ゴルニッシュ全国代理は京都大学に留学したこともあり、妻は日本人で、日本語がペラペラです。
実は、私も20年ほど前にフランスに初めて訪問したとき、一緒に会食したことがあります。昼食を同じテーブルでとったのですが、彼が新鮮な生の牛肉を香辛料と混ぜあわせたタルタルステーキを実に美味しそうに食べるのを、ついついうらやましく眺めたことを今もしっかり覚えています。まだ旅行の初めのころでしたので、慣れない生肉を食べてあたったら大変だと遠慮したわけです。
過労自殺と企業の責任
著者:川人 博、出版社:旬報社
オリックスの宮内義彦はなんでも規制緩和して、民間の自由競争にまかせろと強引に政治をひっぱってきた。そのオリックスで過労自殺が相次いでいる現実がある。法令違反と違法なサービス残業が横行している。宮内義彦がすすめている「ホワイトカラーエグゼンプション」は、残業代不払いを合法化しようとするものだ。サービス残業のおかげで、過労自殺をふみ台にして業績を上げている大企業の経営者が「改革」を唱えている。そこには、自社のもうけがすべて。企業の社会的責任など、カケラもない。あー、いやだ、いやですよね。こんな会長の下で働くなんて・・・。それにしても宮内義彦って、いつもエラそうなことを言うんですよね。まったく厚かましいにもほどがあります。自分の会社の従業員も大切にしないで、社会に向かってエラそうな口きくなと叫びたいです。
ノイローゼなんていうのは、精神的に甘えている。
これは、疲労困憊の極みにあった労働者が、しばらく休みたいと恐る恐る申し出たときの上司の言葉だそうです。たまりませんね。その労働者はまもなく自死しました。
最近、自殺という言葉はやめようと提唱されています。
長時間労働による睡眠不足が精神疾患発症に関連があることは疑いない。とくに長時間残業が100時間をこえると、それ以外の長時間残業よりも、精神疾患発症が早まる。つまり、長時間残業による睡眠不足は、うつ病発症の原因になるのです。
おまえは会社をクイモノにしている。給料泥棒!
存在が目障りだ。いるだけで、みんなが迷惑している。お前のカミさんの気がしれん。
お願いだから消えてくれ。
職場で上司からこんなことを言われたら、いったいどうしたらいいでしょう。これはまさしく精神的な暴力と言ってよいでしょう。
仕事が不快なものであれば、それだけ多く支払われるべきだというのは、ほとんどの人の正義感になかった原則。しかし、現実は明らかにその逆。本質的に、もっとも面白い仕事をしている人たちこそが、高い給料を得ている。もっとも楽しい仕事をしている幸運な人々は、高い給料をもらっているだけでなく、その給料はさらに高くなっていく傾向にあり、そして、それは当然のことだと彼ら自身がますます自信をもって主張するようになっている。
なるほど、そうなんですよね。実際に・・・。
この本では、家族(夫や子ども)が悲劇的な死を迎えたとき、その家族も強いストレスを受けて、健康を害して早死にすることがあることも指摘されています。
ポストベンション、つまり発生したあとの対策が大切だということです。
著者は私と同世代の弁護士です。経団連で講演したこともあるそうです。前のトヨタ出身の経団連会長は企業利潤一辺倒だったようですが、今度のキャノン出身の会長も同じかどうか注目していると書かれています。いまの大企業にどれだけ期待できるのか、かなり疑問はありますが、前途有為な青壮年が次々に過労で倒れていくのは日本特有の現象だけに、一刻も早くなくしたいものです。
2007年01月09日
企業コンプライアンス
著者:後藤啓二、出版社:文春新書
このところ大企業の不祥事が相次いで明るみに出ました。これまで隠されてきたものが、一挙に表面化した感があります。勇気ある内部告発も働いたようです。
ライブドア、三菱自動車、雪印乳業(中毒)、雪印食品(牛肉産地偽装)、西武鉄道(総会屋)、松下電器(石油温風機)、パロマ(瞬間湯沸かし器)、耐震強度偽装事件などなどです。
公認会計士と監査法人がまったくのお飾りでしかないという実態がいくつも明るみに出ました。耐震強度偽装事件では、民間の確認検査機関に確認検査を行わせる今の制度は改めるべきだと著者は指摘しています。まったく同感です。「官から民へ」移行したら、とんでもないことになるという見本のようなものです。公認会計士と監査法人についても、それが純然たる営利法人である限り、エンロン事件のような大がかりの不正事件に加担することは避けられません。大企業から相対的に自立できる仕組みが根本的に必要だと思います。今のままでは、大企業の隠蔽工作の片棒をかつがされるだけの存在のような気がします。
企業の不祥事は、昔の方がより悪質でより多かった。昔の不祥事は、トップの指示、あるいは企業風土により、全社一丸となって行われていた。
バブル期には、銀行や証券業界は挙げて、正々堂々とコンプライアンス不在の不正をしていた。銀行では、「向こう傷を恐れるな」「すべての預金者を債務者にせよ」という指示がトップや本店から出されていた。証券会社は、個人客を「ごみ」と呼んでいた。預けているお金が億単位以下の客を「ごみ」と呼ぶのは今でも、そうだと思いますが・・・。
社長はコンプライアンスと言っているが、他方で、利益を出せ、売上げを伸ばせとも相変わらず言っている。業績に連動した報酬体系をとり、結局は、とかくの噂があっても稼いでいる人、不適切な受注活動を行ってきた人が出世している現実があれば、コンプライアンスは建前だけに終わる。
不祥事が発覚したときのトップの記者会見における失敗例が紹介されています。
「わたしは寝ていないんだ」雪印乳業社長
「なぜ上場したのか分からない」コクド会長
「利益はたいした金額ではなく、巨額にもうかっている感じはしない」福井日銀総裁
(実は1000万円の投資で、運用益は1473万円あった。まんまと逃げ切りましたね)
「知らなかった。愕然とした」三菱自動車社長
「当時は関係する法律がなかったので、抵触しない」三菱地所常務
そして、シンドラー社は、エレベーター圧死事件のあと責任者による記者会見を一貫して拒否し続けた。
記者の質問に対しては、把握している事実については、社員・関係者のプライバシー、企業の営業秘密、本件と関係ない事項など、コメントしないことに合理性が認められるものを除いては、答えることが妥当だ。本来、答えることができる質問に対して、「ノーコメント」と答えるのは説明責任を放棄しているようにとられ、不誠実な印象を与えてしまう。その時点で本当に分からないことは、「分からない」と答えればよい。
報道発表は一回で終えるのがベスト。そのためには、不祥事の事実関係と原因、関与した者の責任と処分、再発防止対策の3点について、一度に公表し、十分な説明を行い、マスコミからの質問に誠実に答え、それ以上の記者会見を行う必要が内容にするのが大切。
公表すべき事項を小出しにしたり、マスコミの関心が高く、答えなければならないことを答えないままでは、いつまでも追求が続く。
私も弁護士会の責任ある役職についたとき、会員の不祥事で2回、記者会見にのぞんだことがあります。テレビカメラがまわるなか、スポットライトを浴びつつ何人もの記者から厳しく容赦ない質問を受けて、冷や汗いっぱいかきながら答弁しました。誠実な答弁をこころがけたとまで言うことはできません。処分程度(量刑)を決める立場にいたわけではありませんでしたので、無責任と思われない程度に「分かりません」を連発しました。45分間もテレビカメラの前に坐らされました。大変な苦痛でしたが、私の方から一方的に立ち上がるのだけはしませんでした。逃げるところを、その背中が映されるという無様な映像が流れないよう、記者クラブの幹事が「終わりました」と声をかけ、テレビカメラが終了したのを確認して席を立ちました。これが3ヶ月ほどの間に続けて2度もあり、本当に良い社会勉強になりました。
2007年01月18日
新・富裕層マネー
著者:日本経済新聞社、出版社:日本経済新聞社
日本に金融資産1億円以上の富裕層は131万人。全世界の富裕層(770万人)の 17%を占める。
5億円以上のスーパーリッチは6万世帯。1億〜5億の大衆富裕層は72万世帯。これは、遺産相続による人が大きな割合を占めている。
居住目的の不動産を除いた純資産で100万ドル以上の日本の富裕層は134万人、これは世界第2位。1位はアメリカで250万人。3位はドイツの74万人。
スイス銀行が相手にするのは、金融資産5億円以上の人。
グロソブという言葉を初めて知りました。グローバル・ソブリン・オープンというものです。日本に比べて高利まわりの欧米の国債を中心に運用し、投資家に毎月、分配金を還元します。購入者は100万人をこえているヒット商品だということです。
団塊世代が退職するのは間近かだ。1人あたり平均2000万円として、年間15兆円。3年で47兆円。その前後をふくめての80兆円が、いま狙われている。団塊世代は既に110兆円をもっており、あわせると団塊マネーは150〜190兆円になる。
ひゃあー、そんな金額になるんですか・・・。
銀行預金に利子がつかない現在、投資信託が注目されているという。銀行が投信販売に熱心になるのは、販売手数料だけでなく、預かり資産に比例して信託報酬が見込めるから。
たとえば、いちよし証券では、信託報酬が前年同期比38%増の19億円となった。これは、グロソブの預かり資産が400億円になったことによる。
しかし、投資信託の基本は、元本保証のないこと。これを見逃して投資すると、痛い目にあう。投信ビジネスは証券会社にとって三度おいしい。販売手数料、代行手数料、委託手数料が入るから。あのグリコ以上のおいしさを証券会社がひとり占めするなんて、そんなことが許せるでしょうか・・・。
不動産をふくむ資産が1億円を超す富裕層の日本人は300万人をこえる。彼らは遺言書を作成する。信託協会に加盟する銀行は4万8000通の遺言書を保管している。
信託銀行の扱うリバースモーゲージというのがあるそうです。私は知りませんでした。自宅を担保とし、そこに住み続けながら年金のように一定額を受け取り続けるというものです。利用者が死亡したときなどに自宅を売却して元利金を一括返済することになります。7000万円の評価のある自宅を担保とし、毎年180万円を受けとれたというケースが紹介されています。果たして利用者にとってのリスクはないのでしょうか。どなたか、教えてください。
信託銀行は、たとえば3000万円を預けている顧客に対しては、名医の紹介や金持ち向けのパック旅行紹介のサービスをしているそうです。でも、パリのコンドミニアムを紹介するというサービスがあるというのには笑ってしまいました。私は別荘も持ちたくありません。旅行先では、すべてあげ膳、据え膳でいきたいのです。炊事・洗濯、すべて自己責任、だったら日常生活そのものではありませんか。
5%の利まわりがあるという宣伝文句だったのに、実は、信託報酬など差しひかれると1%にしかならないという。あくまでも信託銀行がもうかる仕組みになっているということです。
金融資産が1億円あるということは、1億円しかないということ。信託銀行をふくめて銀行や証券会社にとっていいカモになる危険性はきわめて大きいのです。
いや、証券会社などに頼らずインターネットで直接取引をしてもうけるのだ、そういう人がいるでしょう。でも、そんな人はパソコンの画面と24時間にらめっこしていなくてはなりません。仮に1日で10万円もうけたとしても、それってむなしくありませんか。四季折々の移り変わり、人間の生きざまの変わり方を議論するよりなにより、パソコンの画面をじっと、何時間もみつめ続けるなんて・・・。貴重な人生時間のムダづかいの典型ではありませんか。人生にはお金に代えがたい、大きなものがある。それは、たとえば親友です。なんでも話せる友だちって、お金なんかでは買えないでしょ。
それにしても、なんだか欺しのテクニックがどんどん広がっているようで、怖い世の中です。同じ団塊世代のみなさん、お互いに気をつけましょうね。
2007年01月22日
総理の品格
著者:木村 貢、出版社:徳間書店
官邸秘書官が見た歴代宰相の素顔というのがサブタイトルになっています。オビには、池田首相以来四代の総理に仕え、官邸の主と言われた宏池会本事務局長の歴史的証言、とあります。
宮澤喜一元首相が推薦の言葉を寄せています。それによると、著者は、池田勇人に始まり、歴代の宏池会会長であった前尾繁三郎、大平正芳、鈴木善幸、宮澤喜一を黙々として全力で支えました。80歳となり、事務局長を辞めてから回想したものです。
宮澤は人の言うことをまったく聞こうとしない。自分の方が頭がいいと思っていたから、当然のことだろうが・・・。
同じように加藤紘一も人のアドバイスを聞くタイプではなかった。おれは一番頭がいい。いちばん出来るんだという自負が強かったから。だから、加藤にはいいアドバイザーがいなかった。同じ自信家といっても、宮澤と加藤とでは少しニュアンスが違う。加藤には、自分のほうからあえて近寄って行って人の話に耳を傾けるといった謙虚さが欠けている。
大平正芳は、留守中に自分の家が火事で全焼したときにこう言った。
これは祝融(しゅくゆう)だ。物事をきれいさっぱり一掃して新しいスタートをせよということだ。だから、これはおめでたい出来事なのだ。
自分に言いきかせた言葉なのでしょうが、それにしてもすごい言葉ですよね。
大平正芳は、かねてから心臓の具合が悪く、つねにニトログリセリンを持ち歩いていた。どうやら大平家の家系のようだ。兄も弟も心臓病で亡くなっている。
鈴木善幸は初当選したときは社会党に所属していた。日米同盟には軍事同盟はふくまれていないとアメリカ帰りに記者へ明言したのは、そのリベラルなところから来ているもの。しかし、アメリカがそんな食言を放っておくはずはありません。大問題となりました。今では考えられないことです。世の中がこの点では悪い方向にすっかり変わっています。
鈴木は総理の椅子に恋々としがみつくことはなかった。明治の男という感じだった。鈴木善幸は一番の聞き上手だった。加藤紘一は聞くのが下手だった。
実は、この本を紹介しようと思ったのは、まことに政界はジェラシーの海だ、という著者の言葉を読んだからです。
大平正芳が宏池会会長になると、小坂善太郎は抜けた。宏池会に河野洋平が入ってきたとき、加藤紘一は不安にかられた。加藤が宏池会会長になると河野洋平が出ていく。
こんな具合で、政界の内情は政治家同士のジェラシーが渦巻いているというのです。なるほど、その視点で見たら、また違った政治分析ができて、面白いのでしょうね。
それにしても福岡の古賀誠が今や宏池会の会長だなんて、どうなっているんでしょうね。銀座ホステス愛人とか暴力団との癒着とか、週刊誌でいろいろ書かれても、そんなことくらいでは足もとは揺らがないということなんでしょうね。政界の浄化は道遠しという感があります。
2007年01月24日
オール1の落ちこぼれ、教師になる
著者:宮本延春、出版社:角川書店
読んでいるうちに胸が熱くなり、勇気を与えてくれる感動の本です。乙武さんの本以来のことです。久しぶりに同じ思いを味わいました。人間の能力って、遅くなっても開花するというのは、本当のことなんですね。
中学1年生のときにオール1。そして、中学校卒業時の成績表のコピーがついています。音楽と技術が2で、あとは見事にオール1です。そんな人が名古屋大学理学部に定時制高校から一回で合格したというのです。なんともすごい快挙です。心から拍手をしたくなりました。いえ、心の中で、何度も大きく手を叩いて拍手しました。
著者の両親はラーメン屋でした。典型的ないじめられっ子だった著者は不登校をくり返し、昼間も暗い部屋に引きこもっていた。短気な父親が怒って、「どうせ勉強しないなら、教科書も何もいらんな」と言いながら、教科書からランドセルまですべてを目の前で火を付けて燃やしてしまった。著者は、それを見ても平然としていた。
オール1の成績表を見て、父親は「学校に何しに行ってたんだ。この馬鹿者」と怒鳴った。あなたは正真正銘の馬鹿。ここに馬鹿証明書を発行する。そう言われている気持ちで、やっぱりそうだったんだと再認識した。こうなっては今さら何をしてもムダだと自分を見捨て、落ちこぼれの気持ちをますます強固にした。
小学校でも中学校でも、数少ない友人以外のクラスメイトは、ほとんど心と体を傷つけるような存在だった。もち物を隠されたり、壊されたり、とつぜん殴られたり、蹴られて顔面がアザだらけになったり、足に画鋲を刺されてなかなか抜けなかったり、修学旅行の班をつくるときも仲間外れにされて、どこにも入れなかった。
教室、廊下、トイレ、下駄箱、裏庭など、学校のありとあらゆるところでいじめられる日が続いた。
中学2年のとき、あまりのひどさに親に相談した。親が学校にかけあうと、さらにチクったとして、いじめがエスカレートした。
著者は実は、少林寺拳法に入り、初段になって、それなりに自信はあったのですが、つかうことはありませんでした。いじめを回避できるという見通しをもてなかったからです。
16歳のとき母が病死し、18歳のとき父も病死してしまいました。
そのあと、訓練校を経て、大工見習いとなります。そこで、素人バンドの一員として活動するようになりますが、まったく収入がなく、1ヶ月13円で暮らしたこともあるというのです。信じられません。パン屋もらったパンの耳だけで生活していたといいます。
ところが、その後に出会いがありました。立派な社長や専務のいる小さな建設会社に入りました。少林寺拳法も続けて、2段となり、その道場で彼女と出会います。
著者の人生の転機は、NHKスペシャルのアインシュタイン・ロマンという6本の番組をビデオで見たことにあります。なぜ、そうなるのか、物理を勉強したくなったのです。このとき、著者は23歳。九九も言えませんでした。英語も知っているのはbookのみ。それで、小学校3年生のドリルを買ってきて勉強を始めるのです。いやー、すごいですね。大変な勇気と決意です。そして、定時制高校に入りました。
勤め先の会社は著者が定時制高校に通う便宜を図ってくれました。高校の先生たちは著者が本気で勉強する気があるのを知ると、補習授業までしてくれました。あとで、校長先生は、著者に大学にはいるために必要なら100万円出してやるとまで言ってくれました。人の出会いの素晴らしさを感じます。こんななかで頑張り、27歳で名古屋大学理学部に一発で合格したのです。
今、著者は母校の豊川高校の数学の教師です。こんな先生に学ぶことのできる生徒は幸せだと思います。大勢の人に読んでほしい本です。
2007年01月26日
新世代富裕層の研究
著者:野村総合研究所、出版社:東洋経済新報社
お金持ちとは、年収1億円以上を2年以上にわたって手にしている人。
世帯年収2000万円以上を稼いでいる人たちを富裕層という。
年収1500万円以上をパワーリッチ、年収750万円〜1500万円をプチリッチという。
シティグループでは、純資産が3億円以上で、運用できる金融資産が1億円以上の人についてプライベートバンクの顧客として厚遇する。
みずほフィナンシャルグループは、預かり資産5億円以上の顧客について、プライベートバンキングでサービスを提供する。
野村證券は、最低契約金額3億円で、サービス優遇する。
このように、自由に動かせる金融資産が億の単位の人が顧客として優遇され、それ以下の人は「ゴミ」扱いされるのです。これは昔からそうでしたが、今はあからさまに差別されるのが昔と違うところです。だから今では両替手数料まで取るのです。
メリルリンチの調査によると、日本には金融資産100万ドル(1億円)以上という富裕層の基準をみたす層が全国に40〜60万世帯あり、そのうち70%が首都圏、大阪、名古屋、福岡に集中している。
金融資産が1億〜5億円の富裕層マーケットの規模は2005年時点で167兆円、81万世帯である。2003年から拡大基調になっている。今後、団塊世代のリタイア、少子高齢化にともなう遺産相続の増加によって、金融資産5億円以上の超富裕層よりも、1億〜5億円の富裕層が増えていくと思われる。
富裕層には銀行や証券・投資会社への不信感が根強い。手数料にも敏感であり、ほとんどの人が毎日インターネットを見て学んでいる。
野村総研がこのような本を出したということは、この富裕層を狙った商売のノウハウを広めようということなのでしょう。
日本が勝ち組と負け組に二分化していっている今、勝ち組にたかって、そこから吸い上げて自分の生活をまともなものにしようと叫びかけている本のような気がします。
同じ団塊世代のみなさん、銀行や証券会社の甘い言葉にのせられないよう、お互いに気をつけましょうね。
2007年01月29日
子どもが見ている背中
著者:野田正彰、出版社:岩波書店
現代日本、とりわけ日本の教育行政に対する悲痛な叫びとも思える告発の書です。読みながら、思わず背中を伸ばし、居ずまいを正しました。著者の真摯な態度に対して心から敬意を表します。それにしても、日本の教育って、こんなにまで地に墜ちているのですね。
教育基本法がついに改正(改悪というべきでしょうが・・・)されてしまいました。教育を国家が統制する。個人の伸びやかな個性を殺いでしまう日本の教育を助長する方向です。悲しいことです。
それにしても、教師をこんなにも統制して、どうしようっていうんでしょうね。広島の民間校長の自殺を追跡した第2章を読んで、さすがの私も大いなるショックを受けてしまいました。
その小学校では、教頭(51歳)が2002年5月10日、過労のため脳内出血で倒れました。次の後任の教頭(47歳)が2003年2月14日、心筋梗塞で倒れました。夜12時まで仕事をし、パーキングで仮眠をとって夜中の2時に帰宅し、朝5時には家を出るという生活をしていたそうです。
そして校長です。2003年3月9日に勤務先の小学校で自殺しました。毎晩、夜10時、11時に家に帰る忙しさでした。精神科に通院するようになっていました。教育委員会に何をいっても、甘いと言われる。死ぬまで働けということだね、と家人にこぼしていました。
民間出身の校長としてマスコミにも報道されていた人です。自らすすんで希望して校長になったとばかり思っていましたが、実はそうではなかったようです。31年間つとめた広島銀行から校長職に推薦されたのです。56歳の副支店長で、リストラの対象者だったのです。自宅から通勤できる、小規模の問題のない学校を希望していました。当然のことでしょう。経験がないわけですから。ところが車で90分かかる、大規模校を押しつけられてしまいました。学校文化がまったく分からないまま苛酷な教育現場に押しこまれたわけです。そして、早く成果を出せと駆り立てられ、必要な急速もとれず、治療も十分に受けられませんでした。これでは、自殺したというより、教育行政に殺されたとしか言いようがありません。
京都の中学校の通知票が15頁もあり、評価項目が272項目にのぼることを知って、腰が抜けそうなほど驚いてしまいました。教師がそんなに1人1人の生徒を評価することができるのでしょうか。また、そんなに細かく評価する意味があるのでしょうか。
教師たちが自律した人として考えることを侮蔑され、させられる教師になっているとき、生徒たちも同じ状況にある。まことにそのとおりだろうと私も思います。
都立高校で「日の丸」への起立強制と「君が代」斉唱強制がなされていることについて、東京地裁は2006年9月21日、違憲判決を下しました。私もこの判決を支持します。愛国心の押しつけが逆効果であると同じです。「日の丸」も「君が代」も押しつけられて尊重する気になんか、とてもなれません。今、学校以外で「日の丸」を見ることはありません。「君が代」斉唱なんて、馬鹿馬鹿しくて、私は何十年もしたことがありません。なんで今どき、天皇の御代がずっと栄えてほしいなんて歌わせるのでしょう。冗談じゃありません。
何ごとによらず押しつけが効果をあげることはないのです。もっと教師の自由にまかせたらよいのです。前にフィンランドの教育を紹介しましたが、生徒も教師も学校でのびのびと過ごし、落ちこぼれをなくす教育が、国全体のレベルアップにつながっているという現実を日本人も直視すべきです。
2007年01月30日
小泉官邸秘録
著者:飯島 勲、出版社:日本経済新聞社
小泉政治の自慢話が延々と書かれている本です。そこには弱者を冷酷に切り捨てていく政治についての反省がまったくなく、政治とはパワーバランスで動くゲームだというトーンで貫かれています。読んでいくうちに次第に腹が立つ本です。
腹が立つくらいなら読まなきゃいいだろ。そう思う人もいるかもしれませんが、私は欺す側のテクニックと詐欺師集団の心理と構造に関心がありますので、読まないわけにはいきません。商品先物取引の欺しの手口については、その刑事・民事の証言調書をもとに本を書いたこともあります。
小泉の劇場型政治に多くの日本人がまんまと欺されたことは明らかな事実です。小泉純一郎が首相になったときの支持率が92%、5年後に辞めたときでも63%という驚くべき高率をたもっていました。なんて日本人はお人好しで、欺されやすいのでしょうか。
郵政民営化を争点とした総選挙のとき、小泉純一郎は、身近な郵便局がなくなることはありませんと断言していました。ところが民営化された郵政公社は特定郵便局の多くを廃止する方針をうち出しているのです。じいちゃん、ばあちゃんが歩いて通える身近な郵便局が廃止されたら、どんなに困ることでしょう。
いったい政治は何のためにあるのか。政治家の役割は強い者をますます強くするためにあるのか。この本は、そんな根本的な疑問に真っ向からこたえようとしてはいません。
小泉のメディア戦略は抜群の効果をあげました。著者は次のように語っています。
総理の「ぶら下がり取材」というものがある。総理が官邸に戻ってきて、歩きながらマイクを向け総理のコメントを取るというもの。このぶら下がり取材のやり方を変えた。昼は主に新聞を念頭に置いたカメラなしのぶら下がり取材とし、夕方はテレビで映像が流れることを念頭に置いたカメラ入りのぶら下がり取材とした。一言でメディア対応といっても、メディアの特性、役割に応じてやる必要がある。
小泉は、このテレビ向けのワンフレーズを決め手にしていました。この表面だけを見て、多くの日本人がコロッと欺されてしまったわけです。
小泉内閣のメルマガには何億円もつぎこんだようです。百数十万人の読者がいたといいますから、怖いですね。いったい私のこのブログは何人に読まれているのでしょうか。
小泉はマスコミの論説委員や編集委員を招いてじっくり懇談する機会をつくり、また、ラジオで毎月1日10分間、直接、国民に語りかけるという番組ももっていた。
メディア操作によって小泉の虚像はどんどん大きくなっていったわけです。
私も、小泉は二つだけはいいことをしたと高く評価しています。一つは、ハンセン病裁判で控訴を断念し、ハンセン病元患者に対して直接、首相とした公式に謝罪したことです。これはやはり英断です。もう一つは、とかくの評価はありますが、北朝鮮に乗りこみ金正日と会談して、拉致されていた人々を日本へ連れ帰ってきたことです。後者のほうはまだまだ拉致被害者が他にいるのは確実なので、解決ずみというわけではありませんが、ともかく大きな一歩(成果)をあげたと私は理解しています。
小泉政治の5年間で、日本はガタガタにされてしまいました。歴史上の最悪首相ナンバーワンだと私は思います。勝ち組優先、負け組切り捨て、お年寄りや貧乏人に対して早く死ねとばかりに冷たく路上につき離し、トヨタやキャノンのような大企業が世界的に活躍できるようにしていきました。福井俊彦日銀総裁のように嘘つきで自分と身のまわりの大金持ちのことしか考えないような人々を優遇して、日本人の倫理感を地に墜ちさせてしまいました。
著者には、そんな弱者いじめをしたという心の痛みはカケラもないようです。でも、そのうち足腰が立たなくたったとき、きっと後悔することでしょう。ただ、そのときにはもう手遅れなのですが・・・。
安倍首相が7月の参院選は憲法改正の是非を争点とすると言っています。そのこと自体は大賛成です。ただ、憲法のどこを、なぜ変えようというのか、変えたらどうなるのか、本質的な点が国民によく分かるようになったうえで国民が選択できるようにすべきです。もっとも、これにはマスコミの責任も重大ですよね。私たち国民も、小泉とその亜流の政治家から何度も欺されないようにしたいものです。
2007年02月01日
憲法は政府に対する命令である
著者:ダグラス・ラミス、出版社:平凡社
日弁連会館で著者の講演を初めて聞きました。まさに目が洗われる思いがしました。著者は日本語ペラペラのアメリカ人です。津田塾大学で20年間、政治学を教えていました。退職後の現在は、沖縄に住んでいます。1960年にも海兵隊員として沖縄に駐留していました。1936年の生まれです。
著者は、日本国憲法が押しつけ憲法であることを否定するべきではないと主張します。
憲法とは、そもそも押しつけるものである。なぜなら、憲法は政府の権力・権限を制限するものだから。民衆が立ち上がって、政府の絶対権力を奪取し、それを制度化するために憲法を制定するというのが世界各地で起きたこと。
だから、問題は押しつけ憲法かどうか、なのではない。誰が、誰に、何を押しつけたのか、ということである。なーるほど、そういうことなんですよね・・・。
日本を占領・支配したGHQが憲法草案をつくって日本政府に渡したとき、ホイットニーは、日本政府がすぐに案を日本の民衆に公開しなければ、GHQが公開するぞ、と脅した。GHQは、日本の民衆が必ず憲法草案を支持するという自信があった。そして、その予測は当たった。日本の民衆は日本政府への新憲法の押しつけに参加したのである。
ところが、半年もたたずして、GHQのほうは日本の民衆を共産主義勢力ないし、そうなりやすい人々として敵意と恐怖心をもって見はじめた。そして、憲法施行してまもなくから後悔していた。
いま、憲法9条、とりわけ9条2項が問題となっている。交戦権とは、兵士が人を殺す権利である。侵略権なるものは、現在の国際法のもとでは、そもそも存在しない。
交戦権とは、侵略戦争をする権利ではなく、戦争自体をする根本的な権利である。交戦権は、兵士が戦場で人を殺しても殺人犯にはならないという特権だ。それは兵士個人の権利ではなく、国家の権利である。
国家とは、正当暴力を独占(しようと)する社会組織である。
自然権としての自衛権は、生きものに限って当てはまる。国家は生物でもなく、自然には存在しない人為的な組織である。したがって、国家が自然権の持ち主であるわけではない。自然権としての自衛権は国ではなく民衆が持っている。
日米安保条約によって、アメリカ政府が日本国の主権の一部をアメリカへ持って帰った。日本の外交政策の基本を決める権利はアメリカ政府が握っている。
著者は講演のなかで、日本の平和運動が安保条約反対を唱えることが少なく(小さく)なったことを不思議がっていました。なるほど、そう言われたら、たしかにそうですね。
日本の首都にたくさんの米軍基地があり、沖縄は基地の中に点々と町があって、日本人が住んでいるといった感じです。世界で何か紛争が起きるたびに、日本政府はアメリカ政府の指令のままに動く意志なきロボットの存在でしかありません。
世界中の笑われ者が日本という国です。そんな国が国連の安保常任理事国をめざすというのですから、ちゃんちゃらおかしいですよ。お金があれば、国連のポストだって買えると日本の支配層は錯覚しているのでしょうね。馬鹿げた話です。
日本の自衛隊は、軍隊の組織を持ち、軍服を着て、軍事訓練を受け、戦争のための武器をもっている。しかし、肝心の軍事行動はまったく出来ない。わけのわからない組織だ。これは歴史の産物である。これは、日本政府と日本民衆の平和勢力との矛盾なのである。しかし、このような矛盾した状況ではあるが、憲法ができてから現在までの60年間、日本の交戦権の下で、一人の人間も殺されたことはない、という事実がある。すなわち、一見すると死んだように見える憲法9条は、すっとこどっこい生きているということだ。
大変わかりやすく、日本国憲法がいかに今の世の中に必要なものか、アメリカ人が日本語で語った本です。一読を強くおすすめします。
2007年02月02日
ケータイの未来
著者:夏野 剛、出版社:ダイヤモンド社
おサイフケータイをカギとして利用する分譲マンションが福岡市にある。カギとして利用するほか、電子メールをつかった合鍵新規発行、帰宅をメールで知らせる解錠通知、カギのかけ忘れを確認する、入退室履歴を参照する、などなどができるすぐれものだ。
先日の新聞に日本のケータイ・メーカーは中国市場から撤退したとのことです。欧米のメーカーに負けてしまったのです。ところが、日本のケータイは世界のなかで抜群に質が高いというのです。機能や商品としての完成度が格段に違うそうです。それでも欧米のメーカーに安さで負けてしまいました。世の中、むずかしいですね。この原因は日本人のプレゼン能力のなさだけではないでしょう・・・。
おサイフケータイは、クレジット産業との一層の提携を考えているようです。月1万円以下ならドコモが与信する。そのほか、20万円以上のクレジット・カードとも結びつける。
ドコモは5兆円、KDDIが3兆円、ボーダフォンも1兆5千億円。日本のケータイ事業者は、いずれも1兆円企業。3社あわせて10兆円近い売上げがありながら、経済界のリーダーにはなりえていない。
私のケータイが目覚ましにもつかえるというのを最近知りました。そして、この本によると、人間の耳には音として聞こえないけれど、不快な音でない目覚ましの役目を果たす音域のものが開発されているそうです。すごーい・・・。
先日、FAXをケータイに送ることができるということも聞きました。インターネットと結びついたIモード・ショックによってケータイの進歩はとどまるところを知りません。でも、ケータイでテレビを見たり、本を読んだりって、本当に必要なのでしょうか。私もケータイは持っていますが、カバンのなかにしまい忘れたり、一日一回もつかわなかったりという程度でしかありません。公衆電話が町になくなってしまったので、ないと困るのです。
クライエントに私のケータイ番号を教えることもしていません。たまに突然呼び出し音が鳴るので出てみると、間違い電話だということがよくあります。
2007年02月07日
小泉の勝利、メディアの敗北
著者:上杉 隆、出版社:草思社
小泉純一郎が首相になったときの内閣支持率は80%。5年たって辞めたときの支持率は60%近かった。なんという馬鹿げた現象だろうか。自民党ではなく、日本社会を徹底して破壊した男に対して、日本人がこんなにまで高く評価するとは・・・。
この本は、小泉政権発足を支えた功労者でもある田中眞紀子の虚像を暴くところから始まります。
眞紀子の実母への冷たい仕打ち、秘書や身近な者に対する冷酷さ。弱者に光をあてる福祉の実現を目ざすと眞紀子が言うとき、その言葉はむなしい。しかし、その虚像を知りながら、マスコミは眞紀子を天まで高く持ち上げてきたし、今も持ち上げています。その罪はまことに重大です。
小泉のメディア戦略は、首席秘書官の飯島勲によって立てられた。活字よりテレビ、一般紙より週刊誌。一般紙にちょこっと書かれるよりも、スポーツ新聞にドーンと書かれたい。
テレビは政治劇場と化していた。ワイドショーなどの情報番組は、特異なキャラクターをもつ政治家を頻繁に取りあげ、主に主婦層をターゲットに昼間の視聴率を競っていた。
役者はそろっていた。小泉純一郎、田中眞紀子、塩川正十郎、竹中平蔵の言動が連日テレビにのって伝えられた。司会者やコメンテーターは、彼らは政治を分かりやすくしてくれた立役者として高く評価し、くり返し、その映像を流した。
本当にこんなことでいいのでしょうか。この本は「メディアの敗北」といっていますが、私はメディアは「敗北」したのではなく、小泉と一緒になって国民を欺した共犯者だと考えています。視聴率至上主義で、世の中がどうなろうと自分たちの知ったことじゃないと無責任に走ったのです。「敗北」なんて、きれいごとですませてほしくはありません。
テレビには陥穽がある。画面に流れる番組の大半は事前に録画されたものであり、番組制作者の恣意がたやすく入ってしまう余地がある。都合のいい場面やコメントを切りとり、視聴者の求めていると思われる番組づくりを繰り返す。
テレビに限らず、実は、日本のメディアにはタブーが多く存在する。
暴力団、芸能界の腐敗、電通、皇室など。私は、ほかにもまだたくさんのタブーがあると考えています。
日本のメディアは、自己規制によって自らタブーをつくっている。
2005年夏の郵政解散・総選挙について、著者は、それをジャーナリズムにとっての「敗北の墓碑」だと断言する。メディアは、小泉の欺瞞を暴き、視聴者や読者の前に提示し、選挙中に選択の材料として提供することができなかった。つまり、権力監視というジャーナリズムの最大の仕事を全うできなかった。
この本で救われるのは、著者がこうやって反省しているのを知ることができることです。しかし、この反省は決してジャーナリズム一般に共通しているとは思われません。悲しいことです。いままた安倍首相の憲法改正論を当然のことのようにマスコミはたれ流しているではありませんか・・・。
2007年02月09日
21世紀のマルクス主義
著者:佐々木 力、出版社:ちくま学芸文庫
数学史を専攻すると同時にマルクス主義とりわけトロツキイの信奉者でもあるという著者がマルクス主義を現代に復権させようと主張している本です。
著者はコミュニズムを共産主義と訳すのは、若干アナクロニズムであり、賞味期限が切れているという印象を抱いています。共産というより共生というべきではないかと主張するのです。
著者は環境社会主義を説きます。この環境社会主義は、初版社会主義の解放目標を保持し、社会民主主義の軟弱な改良主義的目的と、官僚社会主義の生産主義的構造とを拒否する。エコロジー的枠組み内での社会主義的生産の手段と目的を再定義することを主張する。持続可能社会のために本質的な成長の限界を尊重する。
現代帝国主義は、自然に敵対する帝国主義である。とくに、核兵器は、現代帝国主義の政治的、モラル的矛盾の結節点である。
ソ連「社会主義」の一時的挫折、中国の市場原理の導入をもって、マルクス主義本来の社会主義プログラムの蹉跌とみるのは、あまりに早計である。
ソ連邦時代の公有財産は、彼らのもとで急成長した新興成金によって「強奪」されてしまった。かつての「労働者国家」ソ連邦が変貌した現在の資本主義ロシアでは、かつてのノーメンクラトゥーラである「デモクラトーゥラ」は国民の資産をかすめとって私物化し、さらに「強奪化」し、経済を混乱の極に陥れている。彼らを国際資本が助けている。
今日の大方の論者は、ソ連邦の崩壊をもって社会主義思想一般までも有効さを喪失したかのように喧伝しているが、レーニンとトロツキイは、ソヴィエト国家を社会主義をめざすべき政体と見なし、その意味で「社会主義的」政体と呼んでいたものの、マルクス主義的意味での本来的な社会主義体制であると断定的に名指ししたことはないのだ。
アメリカ型資本主義が勝利した。ソ連型社会主義は敗北した。マルクス主義なんて前世紀の遺物だ。そんな通説がいま根本的に疑われているのは確かです。なにしろ、アメリカ型資本の基盤の弱さには定評があります。その典型的例が治安の悪さです。人々が安心して暮らすこともできない社会にしておきながら、世界の憲兵として全世界を支配しようなんて、虫が良すぎます。
マルクス主義の復権がなるかどうかは別として、政治の光はもっと弱者保護に向かうべきだと私はつくづく思います。ところが、安倍政権の高官が先日、格差を云々することは社会主義をもとめているようなものだと強弁しました。現代日本で格差が加速度的に拡大しているのは現実です。その格差縮小を目ざすのが社会主義だというのなら、日本は社会主義を目ざすべきだということになります。
若者はなぜ3年で辞めるのか
著者:城 繁幸、出版社:光文社新書
この著者の「内側から見た富士通・成果主義の崩壊」は大ベストセラーになりましたが、成果主義の虚像を事実をもって暴いた点に深い感銘を覚えたことを覚えています。
大企業の人事部は、たいてい通常の人事業務に加えて、結婚仲介的業務がある。
なーるほど、今でもそうなんですね。官庁のキャリア組についても同じ部署があると聞きますが・・・。
企業が欲しがっているのは、組織のコアとなれる能力と、一定の専門性をもった人材である。TOEICは、ちょっと前は500点そこそこだったが、今は600点代後半にまで上がっている。このように企業が学生に課すハードルは上がっている。
企業においては、権限は、能力ではなく年齢で決まる。技術者にとっては、事務系よりはるかに深刻だ。キャリアを重ねても、必ずしも人材の価値が上がるとは限らない。なぜなら、技術の蓄積よりも、革新のスピードのほうが重要になった業種が急速に増えているから。
日本の企業において、休暇は会社の温情によるサービスであり、労働者の権利とは認知されていない。もちろん、労基法では権利とされている。そんな無茶苦茶な労働環境の下で、黙々と働く日本人は、勤勉ではあるが、ヒツジの従順さのようなものだ。
ヒツジを逃がさないようにするには方法が二つある。一つは逃げられないように鎖でつなぐ。もう一つは、そもそも逃げようという気を起こさせないこと。
企業が体育会系を好むのは、彼らが主体性をもたない人間だから。徹底した組織への自己犠牲の精神、体罰さえも含む厳しい上下関係というようなカビの生えた遺物が、いまも多く体育会では脈々と受け継がれている。
彼らは、並の若者よりずっと従順な羊でいてくれる可能性が高い。つまり、つまらない仕事でも、上司に言われた以上はきっちりこなしてくれる。休日返上で深夜まで働き続けても、文句は言わない。彼らにとっては、我慢こそ最大の美徳なのだ。
他人より少しでも偏差値の高い大学を出て、なるたけ大きくて立派だと思われている会社に入り、定年まで勤める。夜遅くまで面白くもない作業をこなし、疲れきってはネコの額のような部屋に寝るために帰る。そして、日が昇るとまた、同じような人間であふれかえった電車にゆられて、人生でもっとも多くの時間を過ごす職場へ向かう・・・。
それこそが幸せだと教えこまれてきた。だが、少なくとも、それだけで一定の物質的、精神的充足が得られた時代は、15年以上も昔に終わった。
その証拠に、満員電車に乗る人たちの顔を見るといい。そこに、いくばくかの充足感や、生の喜びが見えるだろうか。そこにあるのは、それが幸福だと無邪気に信じ込んでいる哀れな羊か、途中で気がついたとしても、もうあと戻りできないまま、与えられる草を食むことに決めた老いた羊たちの姿だ。
著者は、若者はもっと自分の権利を主張すべきだ。自分の人生を大切にすべきだ。投票所に行って、きっちり意思表示すべきだ。こう強く主張しています。この点は、まったく同感です。
徴税権力── 国税庁の研究
著者:落合博実、出版社:文藝春秋
新潟地検の検事正が、妻と義母の遺産相続について東京の税務署から2億数千万円の申告漏れを指摘されたことについて税務署長宛に抗議文を送りつけたことがありました。
1996年1月のことです。新潟地方検察庁の封筒をつかい、検事正の肩書をつけての抗議文でした。
自分は公益の代表者として調査を止めさせることが出来る。検察庁の立場から見ても不満が残る、と抗議文に書かれていました。驚くべき職権濫用です。検事正への処分が戒告処分にとどまったのが不思議でなりません。
国税庁は一般職員に決してノルマを課していないといいます。しかし、国税局や税務署では、各年度ごとに増差総額をまとめていますから、一線の調査官には無言のプレッシャーになっている。
国税庁は世論の動向にきわめて敏感な官庁である。中小企業には厳罰でのぞみながら、巨大企業はマルサの聖域となっている。マルサは一度も大企業に踏みこんだことがない。ところが、もし大企業をあげると、その効果は絶大なものがあります。ケタが違うからです。三菱商事がカリブ海のバハマにペーパーカンパニーをつくっている課税逃れを摘発されたとき、隠し所得はなんと110億円でした。
大企業の海外取引に国税当局がちょっと目をつけると、次のとおりの税額が回収できたのです。ホンダ117億円、京セラ127億円、船井電機165億円、武田薬品570億円、ソニー324億円、マツダ76億円、三菱商事22億円、三井物産25億円。
すごいものです。まだまだあることでしょう。これはほんの氷山の一角だと思います。
大新聞などのマスコミのほか、創価学会にも申告漏れないし課税逃れがあると著者は指摘しています。ところが、公明党が政権与党になって、国税庁は方針を変え、甘い姿勢を示すようになったといいます。権力は国税よりも強し、なのです。困ったことです・・・。
小泉純一郎も、地元の暴力団関係企業やゼネコンのために秘書が口利きをしたと厳しく糾弾されています。人生いろいろ、そんな言い逃れは許せません。
国税庁が警察や検察をしのぐ日本最強の情報収集力を本当にもっているのかは大いに疑問です。でも、アル・カポネが捕まったのは脱税によるものでした。金丸信自民党副総裁も脱税による逮捕で失墜してしまいました。国税権力は今後も時の権力者にしっかり目を光らせてほしい、納税者の一人として願っています。
2007年02月14日
NHKvs日本政治
著者:エリス・クラウス、出版社:東洋経済新報社
NHK受信料を支払わない家庭が11万件。これは総契約数の0.3%。日本全国
3500万世帯がNHKと受信契約を結んでいる。支払い拒否は、10億円の収入減を意味する。実は、私もNHKの不祥事発覚以来、支払いを拒否しています。もっとも、私はテレビを見ることはまったくありません(ただし、ビデオで動物番組を見ることはあります。日曜日の夜に、1時間ほどですが・・・)ので、罪悪感はまったくありません。見てないのに、なぜ受信料を支払わなくてはいけないのか・・・、というわけです。今や成人してしまった子どもたち3人もテレビを見ないで育ちました。今の私と同じようにビデオだけは見ていました。じいちゃん(義父)が送ってくれていたのです。
NHKのニュースにおいては、驚くほど国家に注目し、よく登場する。政治的な話題のなかで最大の割合を占めているのが国家官僚機構の活動。官僚機構にやたらにたくさん注目するのがNHKの政治報道の特徴だ。逆に、NHKのニュースは、社会や市民個人についてはあまり報道しない。うむむ、なるほど、そう言われると、たしかにそうですよね。
NHKにおいて、国家は紛争を調整する人として描かれている。国家は、何よりもルールと意志決定の儀礼的な策定者として描かれている。国家は、国民の利益を守る、積極的な守護者として、社会の諸問題に対応する姿が描かれる。うーん、そうかー、それは片寄った見方ですよね。
日本の記者と取材源との関係で何より特殊なのは、記者クラブの存在。記者クラブは、日本新聞協会によって正式に認可され、規制されている。
記者クラブは、ジャーナリストを政治家や官僚たちとの親密な結びつきを生み出している。記者クラブの存在によって、政府からの自律というジャーナリストの職業規範は希薄になり、NHKの記者は組織の犬になってしまう。
記者たちの関係を調整する非公式の規制や規範があり、とても詳細だ。たとえば、番記者のルールに、質問は首相の腰が膝より低いときまでというのがある。つまり、首相が立ち上がったら質問は許されないのだ。
自民党の総務会の会合は、ドアが5センチだけ開いている。15分ごとに記者が交代して立ち聞きするという慣習がある。そうやってリークして、世論を誘導しようとする。
NHKのニュースは、昼のニュースについて午前10時に会議が開かれ、夜7時のニュースについては、午後4時の会議で最終決定がなされる。しかし、20人もの人が集まっては何もできない。これは芝居にすぎない。メインプロデューサーの決めたことを正式なものにする儀式が行われるだけのこと。
NHKはきわめて政治的に動く。たとえば消費税導入の前、世論調査の結果、国民の 46%が反対、賛成はわずか19%だけだった。このとき、NHKは、まったく無視して放映しなかった。
アナウンサーはジャーナリストではない。彼らは1分間に300文字というペースを守って読むだけ。ニュースを取材することはない。トーキングマシーンでしかない。あくまでニュースは台本に従って動いていく。
NHK会長を承認しているのは、現実には首相をはじめとする自民党の首脳たち。
NHK会長のポストは与党の人事決定によるもの。それは内閣のポスト配分とほとんど同じ。会長に選出されるためには、多くの場合、自民党内に支援者が必要となる。少なくとも、首相や自民党内の有力派閥の領袖を敵にまわさないように努力しなければならない。
日本とアメリカの記者の最大に違いは、アメリカの記者が独自の報道スタイルを発展させていくのに対して、日本の記者が書くものは比較的似ていること。日本の記者は基本的に企業人間であり同じ組織内部の人々と交流してきた。
NHKの局長クラスは臨時職員を雇う権限をもつので、政治家や有力者の家族や交際範囲を採用してきた。縁故採用者でも、2〜3年で正規採用のチャンスをもらえる。そのときの試験は、一般の入社試験に比べて、はるかにやさしい。
自民党の有力幹部は、みなこのNHKの裏口を利用してきた。
NHKは、自民党からときどき批判されることもあるが、NHKは自民党の支配に大きく寄与しているし、自民党もそのことを十分に意識している。
NHKは自民党の影響力に弱いし、官僚支配を揺さぶることは一切表現しない。
自民党が政権を握っている限り、NHKが完全に解体されることはないし、完全な商業化や民営化されることもないだろう。
NHKって、自民党営放送って名前を変えたほうがいいですよね。この本を読んで、私は改めてそう思いました。
2007年02月15日
小泉規制改革を利権にした男・宮内義彦
著者:有森 隆、出版社:講談社
現代日本の悪名高い政商の実像を暴いた本です。こんな男が規制改革の旗ふりをしているのですから、日本の前途が危ぶまれるわけです。
宮内は2002年の時点で、地方は切り捨てていいと高言していました。
東京23区の人口は800万人。これを2倍の人口が住める街に改造すれば大変効率が上がる。所得配分を自然にゆだねると、過疎地の人口は町村等の中心地に移動し、地方の中核都市がさらに発展していく。
ここには経済効率しか念頭にありません。なんと貧相な頭でしょうか。
宮内義彦自身は政商と呼ばれることを大変嫌っているそうです。でも、右手で規制緩和をすすめながら、左手でその分野に自らビジネスを拡大していったのです。これを政商と言わずに何と言うでしょうか。
宮内は公人と私人(企業人)の立場を実に巧みに使い分ける。公人としては参入障壁が高い分野の扉をこじ開け、企業人としては先頭に立ってその分野に新規参入する。政策を自己に有利な方向に誘導していくのだ。
規制緩和の大義名分の下で自らこじあけたドアから、真っ先に足を踏み入れるのが宮内の流儀だ。
宮内は、官営経済と統制経済を解体することが戦後最大のビジネスチャンスを生み出す、こう語る。官製市場の規制緩和によって、公的サービスを肩代わりして収益源に変える。その一つが医療分野の民間開放である。宮内がまず足を踏み入れたのは、高知県でのPFI病院。次いで、神奈川県で株式会社病院に参入した。
宮内のオリックスがリース時代から一貫して収益の柱としているのは、パチンコ店とラブホテル。大阪にはパチンコ店の店内専門の部署がある。パチンコ店の店内工事やラブホテルの内装を行う内装工事会社を子会社にもっている。
宮内は読売社主・巨人オーナーの渡辺恒雄(ナベツネ)と犬猿の仲だった。
宮内ごときと大読売が日本シリーズで対決だって? 穢れる。不愉快。オリックスなんて、まともな正業ではない。
宮内は、規制緩和のインサイダーではないのか。宮内は1996年に行政改革委員会規制緩和小委員会座長に就任して以来、規制改革委員会委員長、総合規制改革会議議長、推進会議議長と、組織の名称は変わっても、常に、そのトップの座に君臨してきた。
宮内辞任のカウントダウンが始まったのは、村上ファンド事件の発覚からだった。宮内は最大の後ろだてだった小泉純一郎が首相の座からおりたあと、後任の安倍には嫌われていたので、渋々、トップをやめざるをえなかった。
私は弁護士会の役員として東京にほぼ常駐していたころ、自民党有力議員の昼食セミナーに参加したことがあります。講師は八代尚宏教授ともう一人、女性アナリストでした。規制緩和すれば日本経済は回復するという強いトーンの講演内容でしたが、その一つとして駐車違反取り締まりの民営化があげられていました。ええーっ、そんなことまで民営化しようというのか、と大変驚いたことを覚えています。しかし、これは既に実現してしまいました。この取り締まりにあたっている民間企業は警察等の行政OBと何らかの関係があると思いますが、いかがでしょうか。
彼らのすることには、すべて裏がある。何かの利権につながっていると思わなくてはいけません。
でも、天下国家を論じているふりをして弱者を食いものにする男って、本当にサイテーですよね。これでいっぱしの企業人気取りで大きな顔をしているのですから、日本の財界も墜ちたものです。お客様は神様、とまでいかなくても、金もうけするにしても、もう少し社会的弱者へ目配りしつつ金もうけしてほしいものです。
2007年02月16日
レバレッジ・リーディング
著者:本田直之、出版社:東洋経済新報社
読書とは投資活動そのもの。本を読むのは、自分に投資すること。そして、それはこのうえなく割のいい投資である。1500円の本で学んだことをビジネスに生かせたら、元がとれるどころか、10倍いや100倍の利益が返ってくる。
本を読まないから時間がないのだ。忙しくてヒマがないというのは事実に反している。
本当は、本を読めば読むほど、時間が生まれる。本を読まないから、時間がない。というのは、本を読まない人は、他人の経験や知恵から学ばず、何もかも独力でゼロから始めるので、時間がかかって仕方ないから。
ゲーテは、常に時間はたっぷりあるし、うまく使いさえすれば、このように言っている。
うーん、なるほど・・・、そうなんですよね。
できるだけたくさんの本を効率よく読むことが肝心。読書をしない一流のビジネスパーソンは存在しない。
本は自腹を切って買うこと。書きこみをし、よれよれになっても構わない。お金を出すと、元をとってやろうと真剣に読む。
著者は本を年に600冊ほど購入し、400冊を読む。本代は月に7〜8万円。私とあまり変わりません。私は年に500冊の単行本を読みます。本代も月に10万円ほどになります。ちなみに、夜の巷での飲み代はほとんどありません。ただし、接待・交際費はあります。後輩の弁護士や司法修習生と飲食をともにする機会は多いのです。
一つのテーマについて、たくさんの本を集中して読むこと。私は、たとえば一つのテーマについて30冊の本を読むようにしています。それは入門書でも何でもいいのです。これくらい読むと、大体のことが分かります。
著者は朝1番に早起きして風呂で本を1冊読むそうです。とてもマネできません。私はもっぱら移動中の電車や飛行機のなかです。周囲の騒音がほとんど耳に入らないほど集中して本が読めます。片道60分に本1冊というのが、私の標準的なペースです。ちなみに、この本は、電車のなかで15分ほどで読了しました。もちろん、たくさん赤エンピツを引きました。それをたどって、こうやって書いているのです。これを書くのに40分かかります。やはり、読む以上に書くのには時間がかかります。
速く読むといっても、問題意識をもって読むので、「ん?」と引っかかるところが出てくる。活字のなかで、そこだけ太く、濃く見えるというか、浮き上がって見えてくる。そこで、スピードを落とし、じっくり読む。
私は、赤エンピツを取り出して、アンダーラインを引きます。
著者はビジネス書ばかり読んでるそうですが、本当でしょうか。それでは人間の幅が狭くなってしまうんじゃありませんか。私は、いろんなジャンルに飽くことなく挑戦しています。
電話はなぜつながるのか
著者:米田正明、出版社:日経BP社
私は、地下鉄のホームで携帯電話をつかって話している人を見かけるたびに、不思議でなりません。どうしてコンクリートの固まりの地下で電波障害を起こすこともなく、地上の人と話ができるのでしょうか・・・。
小さな細い電話線しかないのに、何万人、いや何百万人もの人々が一斉に電話をかけて混線しないのはなぜなのか。これまた理解できずに悩んでいました。この本を読んで、少しだけ理解がすすみました。もちろん、まぜ全部を理解したというわけではありません。本当に、この世は不思議なことだらけです。
電話ネットワークは、電話交換機のつながり。電話交換機同士は、1000本以上の線を束ねた太いケーブルでつながっている。これは、1000車線の道路でつながっているようなもの。
電話網を電話の動脈だとすると、共通線信号網は神経にあたる。共通線信号網がないと、電話交換機同士はお互いにメッセージを交換できない。
電話線の長さは、平均2.2キロ。
電話の音声は電気信号として電話線の中を進む。その速さは、真空中の60〜70%で、秒速18〜21万キロ。ポリエチレン絶縁体をつかうため、光速より少し遅くなる。
電話の声は、1秒間に300〜400回往復運動する音(周波数300Hzから3400Hz)を扱う。
電話の音声は、1秒あたり8000個の数値で表す。それぞれの数値は0〜255とする。この256段階の音を0か1で表すと、8ケタ(8ビット)が必要となる。だから、1秒あたりの音は、800×8ビットで6万4000ビットとなる。これを64キロビット/秒という。
人間の聴覚は小さい音の変化は敏感に感じとるが、大きな音量になると、音の変化に鈍感になる。そこで、耳が敏感な小さな音はなるべく細かく、耳が鈍感な大きな音は大ざっぱに数値化している。
複数の回線を一つの高速な伝送路に時間的に区切って束ねる。これを時分割多重という。光ファイバーをつかうと64ビット/秒の電話回線を2000本多重できる。
音を波形グラフで表し、これを刻々と高さの目盛りを読みとり、すべてデジタル情報に置き換えるのです。
要するに、音を電波に乗せるということは音波の速度ではなく、光速(正しくは、その6〜7割)ですすむので、1秒間に地球を7まわり半するだけの長いヒモがあり、そこに、0か1の数をたくさん並べても、並べ切れないほどになるという仕掛けです。
それでは、いったい、どうやってその長いレールにうまく乗せ、また、それから降ろす(取り出す)というのでしょうか。そこが分からなくなりました。
それにしても、電話がつながる根本のところが、この本を読むといろいろ図解してありますので、素人にもそれなりに分かります。
2007年02月19日
コトの本質
著者:松井孝典、出版社:講談社
中学時代の著者は、色浅黒く、剣道がやたら強いだけの少年だった。高校生になってからは、とくに際だつところも見られなくなった。学校の成績もトップレベルではなく、とくに目立つところは何もなかった。
ええーっ、と思う紹介文です。著者は東大理学部に入り、今も東大教授をしています。アメリカやドイツで大学教授もしているのですよ。そんな人が、中学・高校時代に目立つ成績ではなかったなんて、とても信じられません。
でも、この本を読むと、その秘密がなんとなく解けてきます。
毎日が楽しい。ゴールがはっきりしているから。何のために生きているかそれがはっきりしているから。自然という古文書を、読めるだけ読んで死んでやろう。そう思って生きている。
私の楽しさは、どう生きたいか、というところに根源がある。自分の人生なのだから、思うように生きてみたい。せっかくの人生だから、悔いがない形で、やりたいことはみなやって生きる。そう思っている。
うーん、まったく同感です。私は、人間というものを知りたい、知り尽くしたい、そう思っています。本を読み、人の話を聞くのも、みんなそのためです。
私の歓(よろこ)びは、考えるということと結びついている。考えていなければ、ひらめくことはない。それも四六時中、考えて考えていなければ突破できない。考えるということは、私の仕事。四六時中、考えに考えている状態。それが、まさに自分の望んでいた人生そのものなのだ。
考えるべきことは、頭の中に全部ある。混沌として霧に包まれた状態のなかにあるが、解くべき問題としてはきちっと整理されている。頭が澄み切っていて、何でもことごとく分かるように思える。そういう日が一年のうちに10日くらいある。
残念ながら、私にはそのような体験はありません。でも、今が一番、頭が澄み切って、冴えている。そんな気はします。少しは世の中のことが見えてきました。ですから、酔っぱらってなんかおれない。今のうちに、たくさん書いておこうという気になっています。
過去と未来を考えて生きているのは人間だけ。人間という存在は、時間的にも空間的にも、限りなく広い領域で、その果てを絶えず求めている。そういう存在なのだ。脳の中の内部モデルとしては、果てというものはない。したがって、我々はそれを永遠に追い求めていく。
やりたいことは、際限もなく出てくる。何でも興味があるから。
この世に生まれてきたということは、どういうことなのか。それは、その間だけ、自分で好きなように使える時間を得たということだろう。その時間こそ自分の人生そのものなのだから。それを100%自分の意志のままに使いたい。それこそが最高の贅沢で、至上の価値だろう。
自分の時間を人に売ってカネをもらうというのでは、何ともわびしい。自分の人生であって、自分の人生ではないようなものではないか。自分の時間を人に売り渡さず、考えることだけに没頭したい。
うんうん、良く分かります。本当に私もそう思います。
自分の知っている範囲のことをすべてだと思いこみ、あたかもそれが正論であるかのように、堂々としゃべる。そんな風潮が目につき過ぎる。そういう人たちには謙虚さがない。いまの日本は、限りなくアマチュアの国になりつつある。
私とは何なのか、そもそもそれを考えたことのないような人たちが、平気で我を語り、我を主張している。
問題がつくれない人は、エリートではない。解くべき問題を見つけるまでが大変なのだ。問題が立てられれば、解くのはある意味で簡単だ。
学問の世界では、自分で問題がつくれなければ、プロとして本当の意味で自立することはできない。
分かるということは、逆に言うと、分からないことが何なのか、ということが分かること。分かると分からないとの境界が分かること。
自分の身体は自分のものと考えているかもしれないが、本当は寿命のあいだだけ、その材料を地球からレンタルしているだけ。死ねば地球に戻るもの。生きるというのは、臓器とか神経系とかホルモン系とかの機能を利用することであって、物質は、その材料にすぎない。物質は、その機能を生み出すために必要なものにすぎない。
うーん、よく考え抜かれていることに、ほとほと感心してしまいました。さすがですね。すごい人がいるものです。私よりほんの少し年上の人だけに、つい悔しくなってしまいました。まあ、これも身のほど知らずではありますが・・・。
きのうの日曜日、庭に出るとウグイスが澄んだ声でホーホケキョと鳴いていました。いつもは初めのころは鳴きかたが下手なのですが、今年は、初めから上手に鳴いて感心しました。梅にウグイス。もうすぐ春ですね。気の早いチューリップは、もうツボミの状態になっています。庭の隅の侘び助に赤い花が咲いていました。
2007年02月22日
修身教授録
著者:森 信三、出版社:致知出版社
戦前の昭和12、13年、教師養成期間である師範学校の生徒を対象として修身科の授業をした、その講義録です。生徒に口述したものを書き取らせるという授業のやり方でした。修身の国定教科書をまったく使わず、独自に口述したのです。異例なことでした。
中味は、こうやって70年後に復刻されるだけの価値があります。とても高度で、濃い内容の授業です。倫理・哲学の講師であった著者42歳のときの渾身の授業です。
われわれの日常生活の中に宿る意味の深さは、主として読書の光に照らして、初めてこれを見いだすことができる。もし読書しなかったら、いかに切実な人生経験をしていても、真の深さは容易に気づきがたい。書物を読むことを知らない人には、真の力は出ない。
読書は、われわれ人間にとっては心の養分なので、一日読書を廃したら、それだけ真の自己はへたばるもの。一日読まざれば、一日衰える。
人間は、読書しなくなったら、それは死に瀕した病人がもはや食欲がなくなったのと同じで、なるほど肉体は生きていても、精神は既に死んでいる証拠だ。ところが、多くの人々は、この点が分かっていない。心が生きているか死んでいるかは、何よりも心の食物としての読書を欲するか否かによって知ることができる。大丈夫です。これを読んでいるあなたは、今、しっかり生きています。
本を読むとき、分からないところがあっても、それにこだわらずに読んでいく。そして、ところどころピカリピカリと光るところに出会ったら、何か印をつけておく。ちなみに私は、すぐに赤エンピツでアンダーラインを引くようにしています。
人を知る標準に五つある。第一には、その人が誰を師匠としているか、第二に今日まで何を自分の一生の目標としているか、第三に今日まで何をしてきたか、第四に愛読書は何であるか、第五に友人は誰なのか、ということ。
人間の知恵は、自分で自分の問題に気がついて、自らこれを解決するところにある。人間は、自ら気づき、自ら克服した事柄のみ、自己を形づくる支柱となる。単に受身的に聞いたことは、壁土ほどの価値もない。自分が身体をもって処理し、解決したことのみが、真に自己の力となる。
人間が学校で教わることは、ちょうど地下工事にあたる。その上に各人が独特の建物を建てる。その建物のうち、柱は教えであって、壁土は経験である。
性欲の萎えたような人間には、偉大な仕事はできない。みだりに性欲をもらす者にも、大きな仕事はできない。人間の力、人間の偉大さは、その旺盛な性欲を、常に自己の意志的統一のもとに制御しつつ生きてくることから、生まれてくる。
人生は、ただ一回のマラソン競争みたいなもの。この人生は二度と繰り返すことのできないもの。この人生は二度とない。いかに泣いてもわめいても、われわれの肉体が一たび壊滅したら、二度とこれを取り返すことはできないのだ。したがって、この肉体の生きている間に、不滅な精神を確立した人だけが、この肉の体の朽ち去った後にも、その精神はなお永遠に生きて、多くの人々の心に火を点ずることができる。私がモノカキとして精進しようとしているのも、ここに理由があります。
一時一事。人間というものは、なるべく一時(いっとき)に二つ以上のことを考えたり、あるいは仕事をしないようにしたほうがいい。ある一時期には、その時どうしてもなさなければならない唯一の事柄に向かって、全力を集中し、それに没頭するのが良いのだ。
いろいろ考えさせられることの多い修身授業ではありました。やはり、国定教科書を押しつけるなんて、ダメなんですよね。「心のノート」なんて、まったくうわべだけのものと思います。
2007年02月23日
S−1誕生
著者:白坂哲彦、出版社:エビデンス社
国産初の世界レベル抗癌剤の開発秘話というサブ・タイトルがついています。実に20年以上かけて有効な抗ガン剤を開発したという話です。いやあ、たいしたものです。その地道な苦労に頭が下がります。
抗ガン剤開発に携わる人間にもっとも必要とされる要素は、好奇心と執念。この仕事はケタ違いにスパンが長く、根気のいる仕事を毎日続けなくてはいけない。
抗ガン剤の開発が感染症などの治療薬の開発に比べてはるかに難しいのは、標的となるガン細胞が体外から侵入してきた外敵ではなく、自分自身の体の一部だから。
ガンの場合、ガン細胞は自分の体の正常細胞が異常増殖を始めたものなので、ガン細胞と正常細胞との間には、ヒトと病原部生物の細胞間にみられるようなはっきりした違いはない。
抗ガン剤であるマイトマシンやプレオマイシンのルーツは、関東地方や九州で採取された土中の微生物にある。同じくアドリアマイシンもアドリア海の砂からみつかった微生物にルーツがある。
いやあ、どこに貴重品がころがっているのか、世の中って本当に分からないものですね。
会社というものは、誰もが成功に一役買いたいと考えるような、きれいごとの世界ではない。なかにはアラ捜しをして点数稼ぎをする者もいるし、やっかんで足を引っ張ろうとする者も出てくる。
著者が開発したS−1は、基礎研究に15年、臨床試験に6年4ヶ月、承認の申請から承認まで1年3ヶ月、合計22年6ヶ月かかりました。すごい歳月です。
著者たちは、ご飯が食べられるガン治療を目ざしたのです。ガン患者から生きる力を奪うのは、悪心、嘔吐、食欲不振、下痢、口内炎、全身倦怠感という副作用。たしかに、これらがあったら生きてる気がしませんよね。
S−1は、外来通院でQOLを保ちながら、長期間投与することが可能。抗ガン剤の特徴は、はっきり効果が認められたものは、世代を超えてつかわれ続けることにある。
20年後、日本も世界も、ガン治療は外来主体になっている。著者はこのように予測しています。果たして、そうなるのでしょうか。
S−1は、進行・再発胃ガンの治療薬として承認され、その後、応用範囲が広がっているということです。このような地道な研究・開発をすすめておられる研究者に対して心より敬意を表します。
まさに平和産業の最たるものです。もっと世の中の光をあてていいように思います。
2007年02月28日
会社とは何か
著者:日本経済新聞社、出版社:日本経済新聞社
私は学生時代のちょっとしたアルバイト以外、会社で働いたことがありません。この本を読むと、つくづく会社に入らなくて良かったと思ってしまいました。人員削減、派閥抗争など、営利本位の企業という制約以上の悪弊が多くの会社にはあり過ぎるような気がします。もっと社会のための会社というのがあって良いように思うのですが、そんなことを言うと、現実の厳しさを知らな過ぎると叱られそうです。
アメリカを中心に、世界のファンドが企業買収に回せる資金の総額は100兆円を上まわる。時価総額トップクラスのゼネラル・エレクトリック(アメリカ)やエクソン・モービル(同)が40兆円ほどだから、買えない会社はないということ。
マイクロソフトは時価総額30兆円。2004年暮れには、3兆円もの配当を実施した。おかげで、アメリカの国民所得の伸び率がはね上がった。うーん、そうなんですかー。
2005年(1〜7月)に日本企業が決めたM&Aは1500件をこえた。M&Aは、今や、めったにない非日常の出来事ではなく、あらゆる企業が成長のテコとして使いこなす時代となった。
ボーダフォンはソフトバンクに買収されたが、このとき、負債の山と引きかえに顧客 1500万人をそっくり手に入れた。
会社法が改正され、一定の条件をみたす非上場企業なら、取締役は1人でいいことになった。そこで、新日鉄化学は、グループ会社にいた69人の取締役を7人に減らした。ええーっ、そんなことができるのですか。ちっとも知りませんでした。
法改正で委員会等設置会社というシステムが導入された。しかし、この委員会制を導入した電機大手会社は、みな経営不振となり、導入していない自動車会社は快走している。日本には、経験豊かな社外取締役の層が薄いところに問題がある。そうはいっても、日本の主要企業2000社の半分以上に社外取締役がいる。
ソニーのトップは外国人(ハワード・ストリンガー)。彼は、自宅がロンドン近郊、そしてニューヨークに常駐する。東京の本社には、月に1〜2回通う程度。ソニーグループの社員の6割は外国人。利益も海外で稼いでいる。
今や、インターネットによる取引が個人の株式売買の8割を占める。
世界には創業200年以上という長寿企業がある。しかし、それはアメリカには1社もない。長寿の秘訣は、環境に敏感、強い結束力、寛大さ、保守的な資金調達にある。
日本全国のコンビニ4万2000店の7割が脱サラなどによる「持たざるオーナー」である。
日本では、過去30年で、新入社員の入社動機が変わった。1971年では、将来性があるというのが3割でトップ。現在は、個性を生かせる、仕事が面白い、自分らしく仕事ができて手早く結果を出せる職場に人気が集まる。
三井物産は13年ぶりに独身寮を新設した。今なぜ同じ釜の飯が重視されるのか。寮生活を通じて若いうちに人間関係を存分に培ってもらい、人を育てたいというのだ。今こそ人材だ。
大卒者の2割が職に就かず、入社して3年間のうちに3割が離職する。
うむむ、なかなか大変な状況ですよね。
2007年03月02日
腐蝕生保
著者:高杉 良、出版社:新潮社
生命保険会社のドロドロした内実が、これでもか、これでもかと暴き出され、本当にいやになるほどです。でも、この先いったい主人公はどうなるんだろう、どうするのかという思いに負けて、ついつい読みすすめてしまいます。さすがは企業小説の大家だけあります。たいした筆力です。上下2巻あり、1巻が400頁という大部の本をあっという間に読み終えてしまいました。
生保の社長がアメリカ視察に行く。ゴマスリ幹部が、社長の愛人も現地で同行するように手配します。まるで、会社の私物化です。それでも、そんなゴマスリ幹部は社長の覚えが目出たくて、どんどん出世していくのです。
そんなー・・・と思いつつ、これが企業の現実のようです。苦言を呈する輩は、どんどん閑職へ飛ばされていき、ワンマン社長の周囲にはイエスマン重役しか残りません。やる気のある若手はそんな上部の腐敗ぶりに嫌や気がさし、さっさと他の会社へ転職していきます。そんな勇気も自信もない人は、うつ病になったりします。ノルマに追われるのです。 生保レディは、契約とってなんぼの苛酷な世界に生きています。そこでは、やる気のあるレディーを確保し、成績をあげることのみが数字で追求されています。生保レディーは、また入れ替わりが極端に激しい世界でもあります。
苛酷な競争が強いられるなか、架空契約、色仕掛け、なんでもありの世界が生まれます。
自爆とは、業績をあげるため、あるいはノルマを達成するために、架空契約をつくって保険料を自腹を切って支払うこと。
イラクではありませんが、自爆は日本の生保業界では昔から横行しているのです。
ノルマを達成しきれない営業所の責任者はついに夜逃げし、自殺に走ってしまいます。まさしく悲劇です。でも、その悲劇を踏み台にしてのし上がっていく幹部もいます。企業犯罪とまではいきませんが、こんな企業の実態をそのまま是認していいとはとても思えません。鳥肌が立ってしまうほどの迫真の経済小説です。
2007年03月13日
企業舎弟・闇の抗争
著者:有森 隆、出版社:講談社α文庫
この本を読むと、日本社会の隅々にまで暴力団がいかにはびこっているのかを知らされ、ホント、嫌になってしまいます。そのうえ、暴力団の繁栄を支えているのが、実は、大銀行などれっきとした金融機関だというのですから、この世の中どうなっているのか、腹立たしい限りです。どうりで暴力団ひとり景気がいいわけです。税金だって払っていないのでしょうからね。
企業舎弟とは、企業経営者の仮面をかぶった暴力団の弟分のこと。そんな経営者が率いている企業をフロント企業と総称する。表向きは一般の会社であり、役員はヤクザではない。働いている人も普通のサラリーマンである。だから、暴力団が関係しているとは、一見しては分からない。だけど、もうかったお金を裏で暴力団に上納し、その有力な資金源となっている。
会社が厄介なトラブルに巻きこまれたとき、暴力団が登場して会社を守る。これをケツ持ちという。ケツ持ちとは、カネで雇われた用心棒ではない。上納金を受け取る権利のこと。ケツ持ちが出てきたとき、初めて会社の正体が分かる。
日本における経済ヤクザの代表選手が東の石井、西の宅見。稲川会二代目会長の石井進(故人)と、山口組のナンバーツーだった宅見勝(内部抗争で殺された)。
関西裏社会のドン、許永中が狙い定めた相手を籠絡する手口は、二段階に分かれる。最初に大金をつかませ、相手を金縛りにしてしまう。そして、引き出した資金の一部をキックバックして、相手(個人)にもうまい汁を吸わせる。その手法は単純明快だ。
住友銀行からイトマン・グループへの融資は5549億円にのぼった。このうち少なくとも、3000億円が仕手資金や不動産の購入資金の名目で闇の勢力に流れた。大銀行が5500億円もの巨額のお金を焦げつかせても倒産しなかった秘訣は、政府が税金を投入したことにあります。そして今、大銀行は空前の利益をあげているにもかかわらず、一円の法人税もおさめていないというのです。ホントに間違った政治ですよね。そして、大銀行は税金を国におさめないかわりに、自民党などへ多額の政治献金をしているのです。
エースとは、裏世界が表世界へ送り込んだ切り札のこと。企業に喰らいついたエースは、手形の乱発、無担保融資、会社資産の売却など、あらゆる手段をつかって企業の資産を外に持ち出す。持ち出した資金の受け手は、もちろん裏世界の人間だ。喰いものにされた企業は借金漬けになって破綻する。
料亭の女将への巨額融資が焦げ付いて問題になったことがありました。1991年のことです。このとき、国内信販の副社長が興銀に女将(尾上 縫)に紹介した。
尾上の架空預金証書は、合計40通、7425億円分が偽造された。大きすぎて、とても考えられない金額です。
1993年8月、和歌山市で阪和銀行副頭取が射殺された。
1994年2月、富士写真フィルムの専務が刺殺された。
1994年9月、住友銀行の名古屋支店長が自宅マンション前で射殺された。
企業に対するテロ事件は、ほとんどが未解決。捜査当局は、もう2人か3人、死者が出ないと銀行は本当のことをしゃべらないと語った。
これらの死によって、関西の金融機関は闇社会への2000億円の融資の回収を断念した。なんと、なんと、許せませんよね。銀行は、それほど裏社会とダーティな結びつきがあるというわけです。
殺害犯人は今も捕まっていません。外国からきたプロのヒットマンではないか。日本の闇の勢力が金で雇ったのではないかと推測されています。
国内信販は、バブル期に不動産融資にのめり込み、そのため、不良債権の山を築いた。
暴力団のからむ瑕疵物件に、楽天の名前がたびたび登場する。
楽天KCは、私の法律事務所も日頃ちょくちょく相手方となるクレジット会社です。こんな暗い過去があるということを初めて知りました。
それにしても、日本の大銀行がこんなにまで暴力団と密接に結びついているのを知るのは不愉快きわまりありません。
2007年03月16日
千年、働いてきました
著者:野村 進、出版社:角川ワンテーマ21・新書
世界最古の会社は日本にある。創立578年。えっ、いつのこと。西暦578年です。これはなんと、飛鳥時代なのです。うむむ、そんな・・・。
大阪の金剛組という建築会社で、飛鳥時代から、寺や神社を建てつづけてきたのです。ですから、創業1400年をこえています。すごーい。
ところが、この日本最古、いえ世界最古の会社が最近、破産申立したというのです。しかし、周囲が助けました。なんとか金剛組は存続することができました。
金剛組の創業者はコリアンです。といっても、聖徳太子(実在の人物なのか疑問もあるようですが・・・)に招かれて朝鮮半島の百済からやってきた3人の工匠のうちの一人でした。
日本には、ほかに創業1300年の北陸の旅館、1200年の京都の和菓子屋、
1100年の京都の仏具店、1000年の薬局という店がある。創業100年以上だと 10万社以上あると推定されている。
ヨーロッパの最古の企業は1369年設立のイタリアの金細工メーカー。創業640年。これより古い日本の企業は100社ほどある。
韓国には三代続く店はない。中国の最古の店は337年前に設立された漢方薬の北京同仁堂。
日本の10万軒をこえる創業100年以上の老舗のうち、およそ4万5000軒が製造部門。ここに日本の老舗の特質がある。職が尊ばれるのは、アジアでは日本くらい。
1グラムの純金を太さ0.05ミリの線にすると、3000メートルになる。コンピューターの集積回路の接合部に金の極細線がつかわれている。太さは10マイクロメートル。人の髪の毛は80マイクロメートルなので、その8分の1の太さだ。これを日本の田中貴金属がつくっている。
ケータイの折り曲げ部分に使われている銅箔(どうはく)は、日本企業であるメーカー2社で世界のシェアの9割を占めている。
捨てられた不用のケータイを集めたゴミの山には1トンあたり280グラムの金がふくまれている。日本で採掘されるもっとも品質の高い金鉱でも1トンから60グラムの金しかとれないから、その4〜5倍も金がとれることになる。つまり、ケータイのゴミの山は、まさに金鉱そのものなのだ。
また、ケータイには、1キロあたり200〜300グラムの銅もふくまれている。これと同じ量を天然の銅鉱石から得るためには10キロが必要となる。
農林業関係者からひどく嫌われているカイガラムシは、真っ白なロウを分泌する。これは光沢があり、化学的にも安定している。これが、防湿剤や潤滑剤そしてカラーインクの原料として有望なのだ。老舗の会社が、研究・開発をすすめているのです。
同族経営・非上場には強みがある。社長が替わらない。株主の顔色をうかがわずにすむ。だから、長期的な視野で研究開発にのぞめるし、ハイリスク・ハイリターンのテーマに長期間、資金を投入することができる。むしろ、同族経営・非上場でないと、画期的な独自の研究開発はとても不可能だ。
長生き、元気で若く、女性の支持がある。この三つにマッチする商品は絶対売れる。女性がダメというものは絶対に売れない。
うまくいっている老舗は、不思議なことに三世代同居という経験をつんでいる。
日本人が昔からものづくりを大切にしてきたこと、そのためには必ずしも血縁ばかりを重視せずに伝統を絶やさないよう工夫してきたことなどの分かる、とても面白い本です。
2007年03月19日
10歳の放浪記
著者:上條さなえ、出版社:講談社
ボロボロ泣けてきました。だって、わずか10歳の少女が父親と二人して一泊100円の簡易宿泊書を泊まり歩いたり、食べるものにも困った状況のなかで、けな気に生きていくのですよ。タダで映画館に入って、マティーニにあこがれたり、パチンコ店の店員から玉を大量放出してもらい、それをヤクザの兄ちゃんが高く買ってくれ、そのお金で夕食を買って父親の待つ宿泊所へ戻ります。父親は妻に捨てられ、やけになって酒浸りなのです。
そんななかでも彼女のえらいところは、決して希望を失わず、少女らしい夢を抱き続けたことです。私より少し年下の団塊世代の女性です。私は読んだことがありませんが、今では立派な児童文学作家となっています。
1960年の秋から翌年の秋までの1年間、わたしと父はホームレスだった。わたしは10歳で、父は43歳だった。
今夜はここに泊まるしかないんだ。駅のベンチで寝るよりは、ずっとずっと天国だよ。 おとうちゃん、明日はご飯を食べられる?
父は、明日は明日の風が吹くさ、としか答えてくれなかった。
子どもって悲しいよね。大人に決められたら逆らえないし、どんなにいやなことだって、がまんしなくちゃならないんだもん。
うーん、そうなんですよね・・・。そう言われると、本当に返す言葉はありませんね。
母はわたしに約束した。一つお泊まりしたら迎えに来ることを。
お母ちゃん、本当に一つお泊まりしたら、お迎えに来るんだよね。
ええ、だから、いい子にしててね。
次の日、私は午前八時半に家を出て、バス停に向かった。昨日は、何か母に急用ができたんだとわたしは思った。だから、今日はきっとわたしを迎えに来てくれる。
バスは一日三本。午前九時、午後三時、午後五時。わたしはその時間になると、バス停に出かけて母を待った。
十日過ぎても、母は迎えに来なかった。それでも、一日三回、雨の日もわたしはバス停に立って待った。他にすることもなかった。
二十日たっても、バス停に母はあらわれなかった。わたしは、とぼとぼとおじさんの家に帰った。
わたしがたまたまバス停に行けなかったとき、突然、母が姿をあらわした。やっと迎えに来てくれたのだ。夜、わたしは母と一つの布団に入った。でも、母はわたしが期待したような言葉はかけてくれなかった。
あなたのお父さんのせいよ。
母はひとことそう言うと、長旅を疲れたのか、すぐに寝息をたてた。
それでも、わたしは幸せだった。広い八畳間に一人で寝る怖さから解放されて、ぐっすり眠った。
ほんと、このくだりはいじらしいですね。私も小学生低学年のころ、田舎のおじさんのところに泊まりに行って、広い八畳間にひとり(本当はすぐ上の兄も一緒だったと思うのですが・・・)寝て、怖い思いをしたことがあります。自宅にいる両親が火事にあって二人とも死んでしまって天涯孤独の孤児になってしまったら一体どうしよう、これからどうやって生きていったらいいんだろうと真剣に心配したのです。そのことを、ついこのあいだのことのように、私は今もはっきり覚えています。といっても、翌朝になると、そんな心配はすっかり忘れて、また一日中、魚つりしたりして楽しく遊んだのですが・・・。
父がわたしにクリスマスのプレゼントとしてくれたのは、十円玉一枚だった。そんな父と早く別れたいと思った自分を、わたしは冷たい人間だと思った。
映画館に入るときには、「あのう、お父さんが中にいるんですが、探していいですか?」と切符切りの女性に言う。すると、簡単に映画をタダで見れた。
わたしは、映画に出てくるマティーニを大人になったら飲みたいと思った。その夢のために、今この生活に耐えようと思った。父が「死のうか」と言ったとき、わたしは、「やだ。まだマティーニを飲んでないもん」と首をふった。
お金がない。パチンコ店の前を通ると、パチンコ玉が5コ落ちていた。わたしは台の前にすわってはじいた。台のうしろからニキビのたくさんある若い男が「どうしたの?」ときいた。わたしが「お父さんが病気で」とこたえると、そのうち、まるで台が壊れたように玉が出てきた。それを景品に換えるとヤクザの兄ちゃんが、45円で買ってくれた。
結局、わたしは父からすすめられて養護学園に入ることになった。
今はすべてをあきらめてがまんするけど、いつかきっと幸せになるんだと心に誓った。
わたしは自分の子ができたら、こんなかわいそうなことはしないと思った。
学園ではいじめにもあった。でも、いじめなんてなんでもない。それより、帰る家のない、明日泊まる所や食べることの心配をする生活のほうがどれだけ大変かと、子ども心に思っていた。毎日、寝るところがあり、三度の食事があり、勉強できる日々に感謝した。
やっぱり子どもから夢を奪ってはいけませんね。この本を読んで、つくづくそう思いました。私も一度だけ絵本を出版しました(残念なことに、例のごとく、ちっとも売れませんでした。私のせいではありませんが、その出版社は倒産し、先日も、破産管財人の弁護士から破産手続が終了したという報告書が送られてきました)。
著者は、小学校教員を経て37歳で児童文学を書いて、昨年10月までは埼玉県教育委員長もつとめました。すごいですね。見事にたちあがったのですね。拍手を送ります。
先日、マサイの男性と結婚した日本人女性の本を紹介しましたところ、著者よりメールをいただきました。近く福岡でも公演する企画があるということです。詳しくは著者・永松さんのHPをご覧下さい。http://massailand.com
2007年03月20日
変貌する財界
著者:佐々木憲昭、出版社:新日本出版社
日本経団連の分析。これがサブ・タイトルの本です。どうせ、固くて紋切り型の分析だろうと、まったく期待せずに読みはじめたところ、どうしてどうして面白い。いえ久しぶりに知的興奮を覚えてしまったほどです。いやあ、そういうことだったのか。なーるほど。ついつい、何度も膝をうってしましました。
わずか20頁の序章に、この本の要約がなされています。その部分だけでも読む価値があります。もっとも、それを読んだら、もっと詳しいことが知りたくて、やっぱり本文も読みたくなると思いますが・・・。
日本経団連は、1002年5月に旧経団連と日経連が合同して発足した。役員の人数は13人から30人へと増えた。
経団連の役員を出している大企業の正規従業員数は、1970年に4万人超だったのが2006年には1万5千人と、36年間で3分の1に減っている。
ちなみに、日本の企業の正規従業員は、1997年にピークで3812万人だったが、2006年には3340万人。472万人も減っている。これに対して、非正規雇用者は、1997年に1152万人だったのが、2006年には1663万人となった。511万人も増加している。
海外に進出した日本企業は、進出先で1980年の72万人から2002年の 341万人へと現地雇用を5倍近く増大させた。日本企業の海外での雇用の63%はアジア地域である。
経団連の会長・副会長企業1社平均の輸出・海外売上高は、1970年に1761億円、2006年には3兆776億円となった。36年間で17.5倍となった。巨大企業ほど、海外市場への依存度が高い。経団連役員の所属企業は、国内市場から海外市場へと販売先を大きくシフトさせている。海外売上依存率が一番高い企業は日本郵船で82.5%。次いで本田技研工業80.4%、キャノン75.5%、ソニー70.7%、トヨタ自動車 68.0%、松下電器産業 1.4%。
最近、アメリカと日本の貿易摩擦の話が聞かれない。なぜか?
日本の輸出先に大きな変化が起きたから。1980年にアメリカ向け24.2%、アジア向け28.1%(うち中国向け3.9%)。ところが2005年には、アジア向け 48.4%(うち中国向け13.5%)。アメリカ向けは22.6%に低下している。
アメリカ自身の貿易収支が、1990年代以降、対日赤字より対中・対アジア赤字のほうが大きくなった。2004年におけるアメリカの対日貿易赤字は756億ドル。これに対して対中国貿易赤字は1619億ドル、東アジア全体の貿易赤字は2225億ドル。なーるほど。
日本企業の海外現地法人数は、1981年の2631社から、2004年の 1万2890社へと5倍に増えている。
日本経団連の役員を構成している巨大企業の発行済み株式のうち、すでに3割が外国資本の手中にある。日本経団連トップクラスの巨大企業ほど、その株式を外国資本によって保有されるようになっている。
外国人株主比率が一番高いのは、オリックスで57.33%。なんと、あの政商の宮内義彦の会社ではありませんか。道理で、いつもアメリカの要求どおりに何でも規制緩和しろ、自由化しろと声高に叫びたてるわけです。2番目は、日本経団連会長のキャノンで 51.73%。続いてソニー48%、武田薬品41%、三井不動産37%、日立製作所 36%、住友商事 34%、住友化学30%、イトーヨーカ堂30%。トヨタ自動車も 23%。役員企業26社の平均をみると29%という高さ。
今や、株主10位以内に外資の入っていない企業のほうが例外となっている。うむむ、そうだったんですかー・・・。
日本経団連のなかで指導的な役割を果たしている役員の所属する多くの企業が、外資によって株式の主要な部分を保有され、少ない企業の経営を直接支配されるに至っている。こうして、日本経団連企業の多くは、アメリカを中心とする多国籍企業の強い影響を受け、日本経団連は、全体として日米多国籍企業の共同の利益代表としての生活をいっそう強めている。
日本経団連の御手洗会長は就任挨拶で、官や国への安易な依存心を持つな、と述べた。ええーっ、じゃあ、自分たちはどうなんですか?巨大企業は、税金を大幅に引き下げてもらい、銀行のように法人税を一円も払っていないうえに、ガッポガッポと補助金を国に出させているじゃありませんか。よく言うよ。ホント、そんな気がします。
小泉首相(当時)は、奥田会長(当時)に対して、日本経団連の献金は一番透明だ。企業が政治家や政党へ協力することを禁止したら、税金で活動するしかなくなってしまうと語った。えーっ、そんな、バカな。企業献金なんて、アメリカでも認められていないものですよ。投票権もない企業が政党へ献金するということは、営利本位の企業が政治を左右して、弱者を切り捨てるということになるだけです。
税金で政党を支えているのは、既に現実です。例の政党助成金です。国民一人あたり 250円支払ってうみ出されている政党助成金をつぎこんで自民党のCMやホームページがつくられている。国民ごまかしのイメージ作戦の資金源は、実は国民が負担している。これを知ってホント腹が立ちました。
民主党も日本経団連に対して10億円もらおうと必死だということです。
自民党も民主党も、日本経団連の丸がかえだということがよく分かります。
政党が国民の税金から成りたっているなんて、よくよく考えたら、ホントおかしなことです。やっぱり政党助成金なんて、すぐに廃止すべきだとつくづく思いました。
2007年03月23日
トヨタ・レクサス惨敗
著者:山本哲士、出版社:ビジネス社
レクサスを運転していて、とても腹が立ちました。ええっ、この車は運転する人間をバカにしていると思いました。なにしろ、ひどいときには10分おきに「販売店からのお知らせがあります」というアナウンスが流れるのです。これでは、まるでレクサス様の奴隷のようなものです。せめて車のなかのプライベート空間くらい、自分の好きなように放っておいてほしいのです。にもかかわらず、次から次へコマーシャルを流しこみ、ご主人様はレクサス様であるなどというご託宣を並べたてられた日には、ストレスがつのるばかりです。
この本を読んで、レクサスが日本で売れないわけが分かりました。レクサス(トヨタ)は勘違いしているのです。
販売店からの案内というのは、テレマティクスというのだそうです。
テレマティクスとは、移動中の自動車でも家庭や職場と同じようにインターネットを介して情報やコンテンツを楽しんだり、メールをやりとりできるようになるというビジネスモデルのこと。実際には、トラブルの双方向データ通信、タイヤやオイル交換データの告知といった程度、そして、それに毛の生えた余計な情報提供があるだけ。自動車会社には、これによって顧客情報が常に得られ、顧客との関係が継続することで顧客の囲いこみができるという思惑がある。
私は車内では一人静かにシャンソンを聞いて楽しみたいのです。それを途中で遮られたくなんかありません。そして、今は、NHKフランス語講座のCDを聞いて、同じテンポで発音する訓練をしています。その邪魔をしてほしくはありません。
アメリカではレクサスは大いに売れた。すでに年間25万台をこえ、年間30万台に達しようとしている。アメリカでレクサスは通算100万台売れるまで10年を要したが、その後、通算200万台を4年で達成している。アメリカの自動車市場のうち高級車市場のシェアは、1990年代の8%から現在は11.4%にまで伸びており、レクサスは断然トップの 14%を占める。
アメリカ・レクサスのユーザーたちは巨額の資産をかかえる富裕層ではなく、年収10万ドルの層だ。2001年、アメリカでは年収10万ドル世帯が10年前の10%から14%へと伸びた。この層は、社会への自己主張がクルマを選ぶのではなく、有用性、性能、資産価値などで信頼できるブランドを自分のために求めるよう、はっきりと変わってきた。
アメリカ・レクサスは、日本トヨタのモノづくりにまったく相反して、アメリカの自動車市場に対してもまったく相反する世界をつくり上げたことによって大成功をおさめた。
レクサスを扱う店に行くと、そこが自分のとってパブリックな空間で、自分が自然にプライベートな存在になれることを好んで、アメリカ人はレクサスのディーラーショップに通いつめる。
アメリカ・レクサスは、オーナーたちに生活の快感をもたらすシステムを設計し、構築した。アメリカでレクサスが成功したのに対して、ヨーロッパではマイバッハが成功をおさめている。マイバッハの価格は4000万円とか5000万円、マイバッハのセールスセンターは、一日に一人しか予約を入れない。一人にだけ徹底する完全予約制だ。
日本のレクサスは高級車ではない。レクサスを販売する営業マンの教育のためにエアラインの客室乗務員を呼んで人材研修を行ったことを著者は痛烈に批判しています。レクサスに求められている最高のサービスが何百人もの客を数人で対応しているエアラインの客室乗務員から学べるとトヨタが考えているとしたら、それこそ笑止千万だ。
日本の富裕層は、レクサスのクルマとしての素晴らしさを理解しているが、見せびらかしたい相手である一般大衆層のほうがレクサスを高級車として認知していないために、買おうとしないわけである。
クラウンやマジェスタなどトヨタの上級車のオーナーがレクサスに乗り換えただけ。外国車からの乗り換えは1割ほどしかいなかった。
クルマは、今や単なるモノではないという指摘はあたっているように思います。レクサスがアメリカで売れているのに、日本でなぜ売れないのか、その分析は鋭いと思いました。
団塊世代の定年と日本経済
著者:樋口美雄、出版社:日本評論社
団塊世代とは、狭義には1947年から49年までの3年間に生まれた人のこと、人口にして691万人、就業者数にして539万人。他の世代に比べて2〜5割も多く、日本の全人口の5.4%、全就業者数の8.6%を占める。
団塊世代の出生数は806万人。もっとも出生数が多かったのは1949年で270万人。2003年に生まれた子どもは112万人だったから、その2.4倍である。団塊世代が生まれた出生地は、東京都49万人、北海道46万人、福岡35万人、大阪32万人、愛知32万人、となっている。あれー、福岡って多かったんですね。筑豊や大牟田に炭鉱があったせいでしょうね。1950年時点で734万人となり、1975年には、711万人だった。その後の30年間に172万人が死亡している。
アメリカは、日本と少し事情が異なる。アメリカのベビーブームは1946〜1964年の18年間。長期にわたって毎年350〜400万人が生まれた。イギリス、イタリア、フランスは日本と同じ3年間がベビーブームだった。
団塊世代の女子が生んだ子どもは676万人。単純にいうと、自らの世代よりも130万人少ない子どもを残したことになる。
これから退職一時金として5.5兆円、年金給付1.4兆円の合計7兆円の退職給付が毎年支給される。
団塊世代の未婚率は、最近の世代に比べると低い。団塊世代を世帯主とする世帯は、 2000年時点で、夫婦と子ども世帯(子どもは平均2人)が4割以上と、もっとも多い。子どものいない夫婦のみ世帯と、離婚や死別などによる単独世帯があわせて3割もある。
東京圏の団塊世帯数は、この5年間で2万世帯増加し、持家率も6ポイント上昇している。団塊の世代は、その上の世代に比べて、三大都市圏とりわけ首都圏に偏在して居住している。
1980年代後半までは、日本の純家計貯蓄率は世界最高だったが、その後、低下し続け、今では絶対的にも相対的にも高いとはいえない。日本人は、以前は貯蓄好きだったがもはや貯蓄好きとはいえない。
また、日本人は以前は借金嫌いだったが、近年は借金好きになっている。むしろ、日本人はG7加盟国の中でもっとも借金好きなのである。
あれれ、日本人って、すっかり変わってしまったんですね。
実は、私も来年、ついに還暦を迎えることになりました。ええーっ、そんなー・・・、と叫びたい気分です。先日、鏡を見て自分の顔を眺めたとき、眉毛に白いものを見つけて驚きました。初めは、何か糸くずがついていると思ったのでしたが・・・。まだ気はしっかり20代なんですが、お腹の出っぱりを見ると、そうでもないのを実感させられます。
世界をリードするオンリーワン中小企業
著者:木村元紀、出版社:洋泉社
日本の中小企業は、世界市場でも大いにがんばっているのですね。この本を読んで、そのことを知って、なんとなくうれしい気分になりました。
私は年2回の人間ドッグで胃カメラを飲んでいます。私の場合、麻酔の注射をうってもらいますので、すぐに意識が薄れて痛みも何もなく、いつのまにか検査は終わっているという感じです。ところが、胃カメラのような長いチューブを喉から差し込むのではなく、小型カプセルを飲み込むだけ、しかも身体の中から生中継できるというのです。驚いてしまいます。いえ、もう実用化されているというんですよ。すごいですね。
飲み込んで排泄されるまでの7〜8時間にわたって、体内の様子を撮影でき、リアルタイムでモニターできる内視鏡なのです。「ノリカ・3」は、大きさが23×9ミリ。照明用の発光ダイオード(LED)を3種類そなえ、解像度の高いCCDカメラで一秒間に30コマの動画が撮影できる。電池は不要。無線で体外から電力を供給する。
患者はコイルを埋めこんだベストをつけて大きな固定子とし、体中に入るカプセル全体を小さな回転子とする。患者の着るベストは、撮影した画像の受信、電力の無線伝送の役割も果たす。これはスゴーイ、そう思いました。体の外から体内で電気を起こさせたり、遠隔操作するというのです。まさしく逆転の発想です。
さらにすすんだものには、中央内部の二重構造になったカプセルの内筒の中央部分に 360度回転するレンズが付いている。
痛みを感じさせない超極細注射針。注射で痛みを感じるのは、針先か神経の末端である痛点にあたるから。この痛みを感じさせない注射針は、毎日、インシュリンを注射しなければいけない糖尿病患者を大きく励ますものだ。
実は、アメリカは中小企業の比率が高い国だ。従業員数は比率でみると、日本と変わらない。むしろ、大企業から独立した企業が多い。アメリカのGDPは日本の3倍。中小企業の数は3.5倍、個人事業主は6倍近い。
いまの日本の国内企業の最大の問題は後継者。創業者は、今や65〜70歳となっている。どこも跡継ぎがいないと頭を痛めている。弁護士会でも、今、この問題に取り組もうとしています。中央では中小企業庁とタイアップし、福岡では商工会議所との提携を考えています。
2007年03月30日
自分を護る力を育てる
著者:宇都宮英人、出版社:海鳥社
著者は熊本出身で、いまは福岡で弁護士をしています。高校時代から空手を始め、京都大学空手部の副監督。そして子供たちに空手を教える日の里空手スクール代表として、長く大活躍中です。英語・中国語など語学も堪能な、異才の弁護士です。
この本は2冊目。著者より贈呈を受け、早速よみました。長く空手道にいそしんできた著者による実践的な護身術の心構えの本です。被害者だけでなく加害者にならないようにという複眼的な思考法が説かれている点がユニークです。
身を護るとは、生命、身体、自由を侵害しようとするなど、人の尊厳を脅かす行為に対して、被害者にも加害者にもならないようにすること。他人の尊厳を脅かす行為を自らしないことが、自分の尊厳を脅かす行為を防ぐことになるだけでなく、自分の尊厳を脅かす行為を防ぐことが、他人の尊厳を脅かす行為をしないことにも結びつく側面がある。
人の尊厳とは、生命、身体、自由など、人としてかけがえのないものであり、また、代わりのきかないもの。侵すことも、侵されることもできないもの。人としての価値を構成するのが人の尊厳。人としての尊厳は個人にしかなく、会社などの法人にはない。
他人を脅かさないだけでなく、自分をも脅かさない。護身には、自分から自分を護るという側面がある。
護身に必要な力は、人の尊厳に対する認識力、想像力、判断力、行動力、勇気、集中力、自己制御力、コミュニケーション力という言葉が連なる。
このような力を生み出す源泉として、からだ、ことば、心という三つの要素が重要だ。
現実の危険に対する回避行動は、どんな危険が生じているかを瞬時に把握し、その危険に対応する必要がある。護身において求められる身体技術は、瞬時に劇的な行為をとること。なるほど、そのために日頃から訓練しておくわけですね。
相手からの身体拘束を弱めるには、息を吐き、リラックスした状態になることが必要。それで自分の身体がいくらか小さくなり、相手の身体との間に隙間が生まれ、拘束が弱まる。この小さな空間が生まれることで、技を仕掛けやすくなる。
自分がリラックスすることで、相手方の力が弱められる。こちらが力を入れれば相手方に力が入るし、こちらが力を抜くと相手方の力も抜けるという相関関係にある。
相手方の身体的・精神的なバランスを崩すのは、静的な力ではなく、力の落差である。
空手の技法をことばで表現すると、次のようになる。短い時間と距離で、身体の力を抜いた状態と力に満ちた状態との転換を可能にし、その落差によって顕在化される身体のエネルギーを相手方の特定部位に伝えて相手方を崩したり、相手方に打撃を与える技術。そして、その時間と距離とを限りなくゼロに近づけていくのが技術の目標。
空手の本質は、護身にある。
さすが、空手道に40年以上も精進し、長く子どもたちに接しているだけのことはあるとつくづく感服しました。
決定で儲かる会社をつくりなさい
著者:小山 昇、出版社:河出書房新社
私と同世代、つまり団塊世代の社長が自分の実践にもとづいて書いたビジネス書です。なかなか説得力があります。
お客様アンケートには、普通を除き、大変よい、悪い、大変悪いにする。普通があると多くのお客がこれにマルをつける。それではアンケートをとる意味がない。なーるほど、ですね。アンケート項目は少ないほうがいいわけですので、これから私も普通はなくします。
やりたいことを決めるより、やらないことを決めると、うまくいく。やらないことを先に決める。仕事でも遊びでも同じ。
なーるほど、ですね。実は、私も同じです。カラオケしない、ゴルフしない、テレビは見ない、二次会に行かない。こうやって自分の時間を確保しています。
接待は、するのもされるのも基本は新宿で、かつ自分の行きつけの店とする。支払いは先方もちでも。店に喜ばれるのは自分。社員がお客様を接待するときには先方の行きつけの店で、ボトルの2本でもお客様の名前で入れるようにする。そうすると喜ばれる。お客様の喜ぶところにお金をつかうのが接待の基本。
ふむふむ、なるほど、そういうことなんですかー・・・。
経理担当者と社長の違いは何か。経理は正確でなければいけないが、社長はアバウトでいい。その代わり早く知ることが大切だ。そうだったんですか。そう言われたら、そうですよね。
支払手形は発行しない。受取手形もダメ。手形ほど怖いものはない。会社にとって、手形は麻薬以外の何者でもない。
この本を読んで大変勉強になったのは、銀行とのつきあいの点です。私も長いあいだ銀行と取引しているのですが、地元の信用金庫などは私の事務所に対して一応の敬意を払ってくれますが、都市銀行となると、ハナにもひっかけられません。いつも悔しい思いをしています。
銀行から融資を受け、毎月きちんと返済する実績をつくることは、経営の安定をはかるうえで、とくに大切なこと。昨年、複数の銀行から融資を受けた。どうしてもお金が必要だったというのではない。借入金額のキャパシティを広げるためのこと。金利が下がったので、月々の返済金利額を固定して、借入額を増やした。
銀行は常に過去の実績に対して融資する。支店長が会社にやってくるのは、挨拶に名を借りた融資のための基礎情報の収集のため。社内の雰囲気が明るいか、社員は元気そうか、などを見ている。たとえば、赤字企業の社員は一般に来客に挨拶しないものだ。
こちらから、毎月、銀行に出かけていって支店長に挨拶する。毎月の定期訪問で注意深く観察を積み重ねると、次第に銀行の状況も察しがつくようになる。
銀行訪問は、午前中がいい。午後2時以降は、銀行は忙しい。また、月末や月初め、そして5日、10日は外す。一行につき1回20分まで。銀行に内情を話すときは、悪いことを先に話し、よいことは後に話す。人間は最後に聞いたことが印象に残るから。
銀行からお金を借りるときには、根抵当権ではなく、抵当権で借りるほうがよい。担保は金融機関がもうけるための仕組み。ただでさえ、借り主は不利な構造だ。
銀行は晴れの日には傘を貸す。しかし、雨の日になったら傘を返せと言い出す。銀行を自社のチェック機関にする仕組みをつくりあげる。銀行に判断を仰ぎ、自分のチェック機関にする。なにしろ銀行は同業他社をたくさん見ている。その事業が伸びるかどうか、融資しても大丈夫かどうかを常に考えている。冷静かつ客観的に判断するという点では銀行に勝るところはない。
この会社の定着率の高さは驚異的です。2004年から2006年まで、3年間で28人の新卒社員が入社し、辞めたのはたった1人だけというのです。信じられません。
こちらの指示に対して、即座に行動できない人はダメ。どんなに成績が優秀でも採用しない。社長と同じ価値観を共有でき、素直な人材、こんな人を採用する。優秀な人間は、とかく他人の話を聞かないもの。
ふむふむ、なーるほど、なーるほど、いろいろ弁護士としても教えられること大でした。
2007年04月09日
アガワとダンの幸せになるためのワイン修業
著者:阿川佐和子、出版社:幻冬舎
いつものことながら、この二人のおばさん(おっと失礼しました)、二人の妙齢の佳人の語り口には、ついつい引きこまれてしまいます。
このところあまり美味しいワインにめぐりあっていませんでしたが、この本を読んで、またまたボルドーワイン(サンテミリオンに行ってきましたので・・・)を、いやブルゴーニュワイン(ボーヌにも行って来ましたので・・・)を、飲んでみたくなりました。
ボルドーは熟成したときの優雅さとしなやかさが女性的なのでワインの女王として、ブルゴーニュはきっぱりとした風味の強さや味わいが男性的なのでワインの王と言われている。
ところが、私には、いつも反対のように思えてなりません。ブルゴーニュのワインの方が優雅でしなやかだし、色あいも深味のある赤のような気がしてなりません。初めてブルゴーニュをボーヌで飲んだときの初印象が今も尾を引いているのでしょうね。ボーヌのホテルで食前酒として飲んだキールの美味しさは今も忘れられません。
苦い香り、甘い香り、酸っぱい香りというありきたりの表現は、ソムリエには禁止されている。そうなんですよね。それじゃあ、素人そのままですからね。じゃあ、何と言ったらいいのでしょう。
まずはグラスを回さずに匂いを嗅ぐ。空気を入れると、発酵が熟成からくる香りで見えにくくなる。果実からくる本来の香りを嗅ぐためにはグラスを回さないほうがいい。
そのあとグラスを回し、空気を入れた香りを嗅ぐ。こうやって二段階で香りを楽しむ。
ふむふむ、グラスをすぐに回すのではなく、回す前に匂いを嗅いでみるんですかー・・・。知りませんでしたね。
ワインは、熟成がすすむと、果実香が少なくなり、ミネラル、枯葉、キノコ、土になっていく。渋味がとれて、溶けたときに、腐葉土のような香りが出てくる。
熟成してくると、タンニンは減ってきて、今度はグリセリンのねっとりした感じが出てくる。酸味と渋味のバランスが少し落ちて、アルコールのもっているボリューム感が残る。それがコクにつながる。
なるほどなるほど、このように表現するのですね。
白ワインはキリリとした感じがあるが、これはリンゴ酸のせい。青リンゴやレモンなどにも含まれる酸味と同じ成分がブドウの中にも含まれている。しかし、赤ワインには含まれていない。
おいしいシャンパーニュには一つの原則がある。口の中にいれた瞬間は元気のいいクリーミーな泡がわっと広がるけれど、喉を通っていくときには泡が溶けてやさしい味わいになる。
イタリアワインには土壌の土臭みがある。クリーンなんだけど、必ず土壌からくる何かの香りがあって、酸味が多少ある。それがイタリアワインの基本。タンニン、土臭さ、ほどよい酸味。最初に腐葉土の香りを楽しみ、飲むと酸味がちょっとくるブルゴーニュ系、そして最後に黒胡椒のような刺激がある。
ワイン好きは違う。ワイン好きは、いつも前を向いている。いつ、どんな機会に、あのワインを飲もうかって、ワクワクしている。
うーん、いい言葉ですね。私もいつも前向きに生きていきたいと思っています。
この本に登場してくるソムリエが、長崎出身、熊本出身(2人)、福岡出身と、半数も九州の人なのにも驚きました。偶然のことなんでしょうが・・・。
私はワインは赤と決めています。あの渋味というかコクのある色あいにもほれこんでいます。白をいただいたら、知りあいに譲ってしまいます。なんたってワインは赤です。
2007年04月11日
日本一ベンツを売る男
著者:前島太一、出版社:グラフ社
この本を読むと、日本は本当に格差社会になってしまったことが実感できます。
今、六本木や麻布の交差点で信号待ちしていると、まわりの車がメルセデスだらけということがある。メルセデスは、もう大衆車だ。かつては、メルセデスに乗っているというのはステータス・シンボルだった。家にプールがあったり、クルーザーをもっていると同じ感覚。
メルセデスというのはベンツのことです。ヨーロッパでは日本と違って、ベンツと呼ばずにメルセデスと言います。
この本で紹介されているベンツのセールスマン吉田満は、10数年にわたって年間に100台以上のベンツを売り続けてきた。しかも、ベンツのなかでも1000万円以上の高級車ばかり。1ヶ月に22台(1996年)、年間に160台(2000年)という記録を出している。セールスを始めて20年間に、ベンツの累計販売台数は2000台をこえる。すごーい。信じられない台数です。
吉田満のお客の7〜8割はリピーター。吉田満のお客は、メルセデスを妻や恋人へのプレゼントにすることが多い。
吉田満のケータイの1日の着信数は120件。ケータイ通話料は月4〜5万円。多いときは月17万円だった。吉田満の頭のなかに、お客の電話番号が150件も入っている。ケータイの電話帳を見ることなく、電話がかけられる。これも記憶力を訓練した。
お客と、ベンツの値段を話はあまりしない。2000万円のベンツを買う客は、吉田満のすすめるまま車を買い、お金を払う。ここには2000万円が2万円ほどの感覚で動いている世界があるわけです。
発注から納車まで、最短4日。普通なら、商談に1週間、納車まで1ヶ月というのが常識なのに、この早さ。吉田満はお客のオーダーをきく前に自分の責任で事前にオーダーしておく。商談の勝負は一度だけ。会った瞬間、相手の目を見ただけで買うかどうか、ある程度わかる。1〜2分でも会話をすれば、買うかどうかの判断はつく。
一流のサービスとは、痒いところに手が届くサービスではなく、痒くなりそうなところをかいてやること。お客がほしいと求める前に、その要望に完璧にこたえた車を仕入れておいて、届ける。
洋服は自分のスタイルを活かすための必須アイテム。TPOを考えたうえで、少しでも客の予想をこえたものを提供する。これがサプライズ・サービスだ。
メルセデスを買うというのは、満足を買っているわけなので、売る人間(セールスマン)も大切なファクターになっている。だからスーツはいわば戦闘服。こいつから買ったら安心かも、と分かってもらいやすいから、良い服を着ている。客に対して、どれだけ印象深い人間になれるか、それだけを常に考える。客から一目置かれる存在になる。そのためには自分を背伸びさせても自己投資する。
メルセデスというクルマは、頭を下げてまでして売るような商品ではない。うーん、そうなんですか・・・。ちっとも知りませんでした。
日本もアメリカと同じ恐ろしい世界になってしまいましたね・・・。
2007年04月13日
日本の裏金(上)
著者:古川利明、出版社:第三書館
首相官邸・外務省編とある上巻です。内閣の機密費のルーツは、皇室の内帑金(ないどきん)にあるということを初めて知りました。
敗戦時点(1945年)、皇室の財産は当時のお金で37億円を有していた。三井や三菱でも3〜5億円であったから、その10倍以上だったわけである。内閣機密費は、天皇家から下賜されていた。そして、この機密費は会計検査院の検査の対象外であることが法で明記されていた。
戦前の機密費は、内閣と外務省については戦後、予算名目上は報償費と交際費とに分割されて今日まで命脈を保っている。
2000年度予算における機密費の額は、外務省56億円、内閣官房16億円、防衛庁2億円、警察庁1億円。
官房長官のつかう毎月1億円の官房機密費は領収書が一切いらない。しかし、この月1億円の機密費というのも、実はオモテの予算枠にすぎない。いわばオフィシャルな裏金である。すごいというか、ひどい話です。みんな血税なんですよ、これって。
戦後、ある時期まで、自民党政権を支えていたのは、CIA資金をはじめとするアメリカからの財政援助だった。CIAは、1955年に自民党が結成されたとき資金援助をしたが、その後も年間100〜150万ドルを援助していた。池田内閣のとき、アメリカからの資金提供を断ったら、本当にお金がこなくなった。
1968年11月の沖縄主席の初の公選のとき、CIAは、72万ドルを東京の自民党本部を経由して、沖縄自民党副総裁に流れた。ところが、それだけの裏金を投入しても、革新の屋良朝苗が3万票差で当選した。
消費税を導入するときにも、この官房機密費5億円が動いている。公明党と民社党を抱きこんだのだ。道理で、今でも自公政権なんですね。
1998年11月投票の沖縄県知事選のときには、現知事陣営でかかった選挙費用のトータル4〜5億円のうち、自民党から来た分が2億円から3億円であり、うち、官房機密費からの分が1億円をこえていたという。
ホント、世の中いやになってしまう話のオンパレードです。それにしても、街中をメルセデス・ベンツに乗っている人が本当に多いですね。どうやってそんなにもうかっているのでしょうか。裏金のおこぼれにあずかった人はどれだけいるのでしょう。選挙を通じて田舎にも少しは流れてきているのでしょうか・・・。
2007年04月17日
ザ・取材
著者:関口孝夫、出版社:華雪舎
日本共産党の機関誌である赤旗編集局長をつとめたベテラン記者が新米記者を前に語った講話が本になりました。さすが数々のスクープをものにした敏腕記者の話だけに、ついつい耳を傾けさせるものがあります。
戦後の日本の利権史に名を残す政治家の双璧は、河野一郎(河野洋平の父)と田中角栄だ。河野一郎は農林大臣として国有林処分に、田中角栄は大蔵大臣として国有地処分にそれぞれ辣腕を振るった。60年代、田中角栄が国有地処分で得た利権はざっと100億円と見積もられ、これを小佐野賢治と2人で折半したという「通説」があった。田中角栄が大蔵大臣のときの国有地払い下げは群を抜いていた。
田中角栄は鳥屋野潟の湖底地を買い占めた。その総面積は98ヘクタール。そのうちの干田化した13ヘクタールを、政治力で新潟県・市に買い値の2倍で売りつけた。これは買収総面積に相当する額だった。だから、残った湖底地85ヘクタールはただで手に入れたも同然。ところが、上越新幹線の開通で、その湖底地は新幹線駅前に位置するため、地価は一気に150億円へと高騰した。これを取材してまわったのです。
著者に会うのを渋ったキーマンを取材したとき、著者はキーマンに次のように言った。
「きょうは話を聞きに来たのではなく、私の話を聞いてもらいたいと思って来た。この問題については私なりに調べ、輪郭をとらえているつもりだ。ただ、この問題の真相をはじめて世に問うことになるだけに、活字にするにあたっては正確を期したいし、大げさな言い方をすれば歴史への責任もある。立場があるというのなら、私がしゃべる調査結果を聞いて、不正確なところを指摘してくれるだけでもいい」
さすがにこのように前置きされると、そのキーマンは、「そこは違う」「そう、そのとおり」と合いの手をいれはじめ、ついには、「ワタシが直接しゃべったということでなければ、書いてもいい。真相はこうなんだ」と語り出した。
田中角栄にしてやられた。あいつの方が一枚も二枚も上手だった。これがキーマンの弁だったというのです。さすが、すごい取材力ですね。
警察の手がける汚職事件は、地方政界の市長、せいぜい地方議員、地方公務員規模の贈収賄事件どまりが相場。高級公務員がらみの事件は皆無ではないが、あくまで例外。
警察の汚職捜査は、どちらかというと上に伸びず、下に伸びる傾向にある。
警察庁長官などをつとめた警察官僚が次々と自民党の国会議員に転身する光景に象徴されるように、自民党の一党支配が長期にわたった下で、日本の警察組織が長年にわたり政権与党へ形づくってきた組織と人脈構造癒着の産物である。いいかえれば、支配する政治勢力にもっとも左右されやすい番犬のような組織ともいえる。なーるほど、ですね。
新聞記者の心得。
○ 拾ってきたものを何もかも原稿用紙の上にぶちまけようとするな。何を拾うかではなく、何を捨てるか、だ。
○ 前文に力を注げ。ここに全体の3分の2の精力を注ぎこめ。そこで苦しめば、後は楽だ。前文の中に、整理記者が見出しに拾いたくなるような珠玉のことばを入れろ。
○ 120行以内で意を尽くせる記事しろ。それがスピード時代の読者の一読判断の基準だ。それを1時間で書きあげろ。
○ 筆がすすまないのは事実が少ないからだ。事実の薄さを修飾語や形容詞でごまかそうとするな。
○ 一つの記事に同じ表現を2度つかうな。文語調のもったいぶった表現はつかうな。接続詞はいらない。記事が短文の積み重ねだ。
体験にもとづく、なかなか含蓄ふかい講話でした。弁護士にとっても、現場に足を運んだうえで準備書面を書くのは大切なことです。読む人への説得力が格段に違います。
2007年04月18日
労働弁護士の事件ノート
著者:東京法律事務所、出版社:青木書店
会社の経営が苦しくなってきたことを理由として人員整理がはじまり、労働者が解雇されることがあります。そのとき、その解雇に客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当といえるためには、次の整理解雇の4要件をみたす必要があります。これは、一応、確立した判例になっています。
? 人員削減の必要性があること
? 解雇を回避する努力を尽くしたこと
? 解雇される対象者の選定に合理性があること
? 解雇手続きが相当であること
これらの要件をみたしていないときには、その解雇は権利濫用として無効となります。
ある事件では、会社が解雇通告した同じ月に、次年度に20人の新規雇用を計画していることを、その解雇対象者がインターネットで見つけて、それが決定打となって解雇は無効となった。企業は、投資家への情報開示のために労働者には見せない財務情報をホームページに堂々と公開していることがある。なーるほど、こういう手もあったのですね。
「辞めろ、会社を。お前、いらん。迷惑かけてまで。どういう親や、顔も見たくない。辞表もってこい、辞表を」
「会社の都合を考えていないだろう。そんな考えだったらいらんちゅうの。辞めてくれや、言うの。お前に払っている給料で2人雇えるんだからな。明日から会社に来んでもええで」
これは損保会社で40代半ばの支店長が、50代前半の労働者を辞めさせようとして罵倒したときの言葉です。罵倒された労働者は録音テープを隠し持っていました。これが解雇無効につながりました。時と場合によって、相手の承諾なしでとった録音テープでも、裁判の証拠となりうるのです。
この事件では勝利的和解が成立し、解雇された労働者は職場に復帰することができました。逆に、さんざん罵倒していた支店長のほうが退職してしまいました。
労働者派遣が大流行しています。職場にいろんな種類の労働者がいて、団結することもできない労働条件のもとで、本当に生産効率は上がっているのでしょうか。私には疑問です。
労働者派遣とは、派遣元である事業主と、労働契約を締結している者が、派遣元事業主との間で労働者派遣契約を締結した派遣先事業主の指揮命令にしたがって派遣先の事業場で就労する働き方のこと。派遣社員は、雇用する事業主と、指揮命令する事業主とが違うところに特徴がある。
業務委託とは、一定の業務処理の委託を受けて、その業務を遂行し、それに対する報酬が支払われる働き方をいう。
業務請負は、一定の仕事の完成を約束して、その仕事の完成に対して報酬が支払われる働き方をいう。委託も請負も、仕事の方法について指揮命令を受けないで業務を処理するのが建前。たとえば、請負では、仕事をする人は、注文主の指揮命令は受けず、求められるのは仕事の完成という結果のみ。
首都圏青年ユニオン(労組)では、派遣労働者を組織して団体交渉を行った場合、派遣元企業から解雇を撤回させて復職させ、新しい派遣先を紹介させる、新しい派遣先が決まるまでの給料は派遣元企業が支払う、という内容で解決している例がある。
さすがに労働事件専門の弁護士をたくさんかかえた東京の法律事務所がつくった本です。いろいろ大変勉強になりました。福岡では労働裁判は激減したままの状況です。
2007年04月20日
日本の裏金(下)
著者:古川利明、出版社:第三書館
下巻は検察・警察編です。
検察庁には調査活動費、「調活」という裏金がある。これは戦前の司法省(思想検察)の機密費をダイレクトに受け継いでいる。検察庁ではナンバー2の次席検事が毎月、裏帳簿の決裁をする。しかし、「調活」はあくまでトップのポケットマネーである。
調活がなくなったら、検事正になりたいなんて言うヤツなどいなくなる。
これは佐々木成夫・大阪高検検事長が大阪地検の検事正だったとき、三井環元大阪高検公安部長に言った言葉だそうです。
加納駿亮元大阪地検検事正は、740万円の調活を受けとった直後の2000年3月、芦屋で5000万円ほどの自宅マンションを購入した。福岡高検の検事長にもなりましたが、今は大阪で弁護士です。大阪府の裏金問題についての調査委員会のメンバーにもなりました。自ら裏金を手にしていた人物が、どんな調査をするのか、マスコミが話題にしました。そうですよね、身につまされるところがないから引き受けたということでしょうが、本当に大丈夫ですか?
五十嵐横浜地検検事正が1年間に70回もゴルフコースに出れたのも、この調活費のおかげ。原田明夫元検事総長が法務事務次官のとき、銀座の高級クラブに頻繁に出入りしていたのも調活費によるもの。
警備公安警察の裏金はすごい。他の捜査部門より捜査費がふんだんに予算計上されている。警備公安部門では、幹部以上になると、途中でピンハネできる。それこそ「濡れ手に粟」のような裏金の恩恵に与ることができる。そのうえ、大企業からもみかじめ料みたいな形でお金をとっている。だから、警備公安では、課長クラスでも愛人がもてる。共産党を捜査対象としているからだ。いわば共産党のおかげで、警察庁長官以下、警察幹部は裏金の恩恵にあずかっている。
警視庁の本庁警備部の筆頭課ともなると、毎月、管理する裏金の総額が億円に達する。
警察組織での裏金使途の大半は幹部の私的流用である。
警察幹部には、毎月、茶封筒でヤミ手当が裏金から出る。大体の相場は、署長は本部課長で5〜7万円、本部の部長クラスで10〜13万円。県警本部長に対しては、月100万円という見方もある。
国松孝次警察庁長官が狙撃された自宅マンションの購入費は1億円のはず。これを担保設定もせず国松長官は購入している。借金せずに1億円の物件を買えたということは、それなりの資産(貯え)があったわけである。それが裏金だった。この狙撃事件は今もって解明されていませんが、国松元長官が即金で1億円のマンションを購入した点も追及したら、たしかに隠された面白い事実が出てくるのでしょうね。でも、今の日本のマスコミ(大新聞やテレビ局)に、そんな勇気のあるところはありますかね。残念ながらないでしょうね。
2007年04月24日
我、自衛隊を愛す。故に、憲法9条を守る
著者:防衛省元幹部3人、出版社:かもがわ出版
防衛庁は、いつのまにか防衛省に昇格してしまいました。教育訓練局長・小池清彦、官房長・竹岡勝美、政務次官・箕輪登の3氏が憲法9条の大切さを説いた貴重な本です。多くの日本の国民に読まれるべき本だと思います。150頁ほどの薄くて軽い本です(定価1400円)が、内容はぐっと厚味のある重たい本です。
憲法9条改正のねらいには、自衛隊の海外派兵を恒常化することにではなく、海外派兵の体制づくりにある。このことをぜひ知ってほしい。本の前書きで強調されています。まったく同感です。
もし平和憲法がなかったら、日本は朝鮮戦争(1950〜1953年)にも、ベトナム戦争(1965〜1975年)にも、湾岸戦争(1991年)にも、世界のほとんどの戦争に参加させられていて、今ごろは徴兵制がしかれ、日本人は海外で血を流し続けていたはずだ。平和憲法のおかげで、日本人は海外で血を流さずにすんでいると実感している。
日本の自衛隊がいまイラクへ行っているが、これは国際貢献ではなく、対米貢献である。対米貢献を国際貢献と言っているだけ。そんな対米貢献で、日本人の命を落としてはならない。
自衛隊がイラクでやっている兵站(へいたん)補給の支援というのは、戦闘行為のなかで一番大切な部分だ。
硫黄島に送られた2万人の日本軍将兵のうち半ばの1万人が死傷したとき、なぜ大本営は名誉の降伏を許さなかったのか。もし許されていたら、残る1万人は、戦後の日本で愛する家族ともども平和な人生を享受できたはずだ。
日本の有事とは、在日米軍を含むアメリカ軍と日本周辺国家との戦争に巻きこまれる波及有事のみ。万一にもアメリカ軍が一方的に北朝鮮を崩壊させようとしたとき、北朝鮮の200基のノドン・ミサイルが日本海沿岸に濫立する十数基の原子力発電所を爆破するかもしれない。たしかにその危険はあります。でも、そうならないようにするのが政治ですよね。
イラクに派遣された自衛隊は、武力行使が禁じられていることを理解され、オランダ軍やイギリス軍が心温かく守ってくれた。ところが、憲法9条が改正されると、自衛隊全体が軍隊そのものに変質する。
後藤田正晴氏は、「アリの一穴」を恐れ、猪木正道・元防衛大学校長も「私は護憲論者である。なぜかというと、これをいじりだしたら、とてつもなく右傾化してしまう。日本の軍国主義的性質は本当に恐い」と警告している。
戦後60年、日本が一人の外国人兵も殺さず、一人の自衛隊も殺されなかったという、世界に誇る名誉の看板は取りはずすべきではない。
いやあ、やっぱり憲法9条2項は絶対に守るべきです。
福岡ではイラクへ自衛隊派遣の差し止め裁判が起きていませんが、これは残念なことです。自覚したそれぞれの人々が、各々のやりやすいところで、憲法9条(とりわけ2項)を残したいと連携しあっています。あなたもぜひ、その輪に加わってください。
2007年04月27日
空飛ぶタイヤ
著者:池井戸 潤、出版社:実業之日本社
欠陥車のリコール隠しの罪と罰をテーマとした面白い小説でした。なかなか読ませます。たいしたものです。私も、いつかはこんな小説を書いてみたいと思ったものでした。次はどうなるのだろうと、ぐいぐい魅きつけられてしまうのです。見習いたい筆力です。
小さな運送会社を経営している。ある日、従業員がトラックを運転していてブレーキを踏んだ拍子にタイヤが飛ぶんです。歩道を歩いていた人にぶつかって即死させてしまった。なんということ・・・。
トラックの整備不良が、まず疑われた。しかし、整備不良でないことに運送会社の社長は確信をもった。では、何が原因か?トラック自体の欠陥ではないのか。でも、どうやってそれを立証できるのか。
2004年6月、公益通報者保護法が成立し、内部告発した社員は保護されることになった。しかし、現実は、そう甘いものではない。次のようなセリフが登場します。
内部告発したから解雇できたのは既に過去の話だ。解雇するのなら別な理由がいる。だから、本人にしてみれば許容できそうもないところへ異動させるんだ。必ず戦意喪失して退職を決意するような仕事に移すんだ。ただし、駐車場の整理係や受付などというあからさまなものはダメ。降格も許されない。もっとさりげないところへ、だ。
退職の理由は、あくまで自己都合でなければいけない。
なーるほど、ですね。この本でも、会社の「欠陥」隠しは徹底していて、警察も容易に、その尻尾をつかむことができませんでした。でも、そのとき勇気ある内部告発社員が登場してきたのです。逆にいうと、そんな勇気ある社員が一人でもいなかったら、真相は闇の中に隠されたまま、被害者となった人々も、ユーザーもみんな泣き寝入りせざるをえなかったというわけです。背筋がゾクゾクしてきますよね。いやな世の中です。まだまだ会社第一と考える会社人間が圧倒的なんでしょうね。
2007年05月02日
パチンコの経済学
著者:佐藤 仁、出版社:東洋経済新報社
日本の食品スーパーは1万8500店。パチンコ店は1万5000店。えーっ、多い。パチンコ業界は30万人が働く巨大な産業。
先日、トイレ休憩で久しぶりにパチンコ店に入りました。私も司法試験の受験生だった学生のころは、図書館へ行く前にちょっと寄り道してパチンコ店に入り、たまには景品でチョコレートなんかをもって帰って友だちにプレゼントしていました。いまのパチンコ店は、トイレなんてピカピカ、きれい過ぎるほどです。スロットマシーンの前にはずらり老若男女が並んで坐っていました。空いている席がないほど埋まって、みんな真剣に盤面を見つめています。ただ、久しぶりにパチンコ店に入ると、あの騒音がたまりません。頭がおかしそうになって早々と退散しました。
パチンコ業界の年間売上は28兆7000億円。パチンコ人口は1710万人。パチンコ機とパチスロ機とを合わせて490万台の遊技機がある。
パチンコホール企業数は7000社、遊技機メーカーは50社。日本人の一年間のレジャー支出は80兆900億円なので、パチンコの占める比率は36%。
パチプロは、一般に月10〜20万円、パチスロで20〜30万円かせぐのが可能だ。それには時間がたっぷりあり、遊技に関する情報収集に熱心で、フットワーク軽く動けることが条件だ。ただし、長くしていると健康を損ない、ひいては人格も失いかねない。うむむ、よく分かる指摘です。
現在のパチンコ機は長くて1年、短ければ2〜3ヶ月で撤去されるという短期の入れ替えサイクルになっている。お客はピーク時の3150万人から、半減している。しかし、売上は減っていない。単位時間あたりの消費金額を増やして粗利益の絶対額を維持しようとしている。
パチンコ人口は10年後(2015年)は1270万人となり74%に減り、15年後(2020年)には1130万人と66%になると予測されている。その大きな理由は加齢現象。なるほど、パチンコが面白いといっても、最近の若者を大々的に呼びこめるものではないということなのでしょうね。
日本のパチンコは面白すぎるのでギャンブル依存症の温床となっている。
ひゃあー、そうだったんですか。知りませんでした。借金まみれになった人のうち、少なくない人々が、このギャンブル依存症です。なかなか抜け出せない病気です。でも、決してあきらめてはいけません。
2007年05月09日
サラ金崩壊
著者:井手壮平、出版社:早川書房
グレーゾーン金利撤廃をめぐる300日戦争というサブ・タイトルがついています。出資法の上限金利(年29.2%)と利息制限法の上限金利(最高年20%)のあいだのグレーゾーンがついに撤廃されました。この本は、そこに至るまでの政府・財界の内幕を暴いています。この間の経過を記録した貴重な本です。
すべては2006年1月13日の最高裁判決に始まった。最高裁は、ただ「原判決を破棄する。本件を広島高裁に差し戻す」と言っただけ。大勢の傍聴人がいるわけでもなく、勝訴と書いた紙をもって法廷から駆け出してくる弁護士もいないし、うれし涙を流す支援の人もいない。しかし、表面上の動きとはちがって、この判決のもつ意味は限りなく重かった。
最高裁は、一日でも支払いが遅れたら一括して支払わなければならいという条項に着目した。このような恐怖心の下で支払わされている限り、任意に支払っているとは言えないとしたのだ。これは、まさに画期的な判決です。弁護士生活30年以上になる私なんか、この一括請求条項を当然視していました。どんなひどい条項でも、何度も、また何年も見ていると、いつのまにか問題のない条項だと錯覚してしまうわけです。すみません。
サラ金会社は株式市場に上場し、一流企業の条件とも言える経団連への入会も認められ、テレビCMでお茶の間に流れ、広く社会に浸透し、すっかり世の中に受け入れられていたように思われてきた。しかし、今、それが根本からひっくり返ろうとしている。
サラ金会社のオーナーは、2005年度世界長者番付のうちの日本人上位6人のうち3人を占めている。アイフルの福田吉孝社長、武富士の武井保雄前会長、アコムの木下恭輔会長。2006年度には、順位を少し下げたが、それでもソフトバンクの孫正義や任天堂の山内社長よりは上位にランクしている。
サラ金がもうかっている。そこに大銀行が目をつけ、次々に提携がすすんだ。
三井住友銀行はプロミスに20%、三菱東京UFJ銀行はアコムに15%、それぞれグループで出資し、役員も送りこんでいる。
銀行もサラ金も、高利貸しの悪どさでは似たり寄ったりなんですよね。ただ、銀行のほうが少しだけ上品ぶっているだけ。サラ金は社員までワルぶっているだけ。そんな違いじゃないでしょうか・・・。
それにしても、アイフルそしてアコム、三洋信販と続いた金融庁による全国一斉、全店の営業停止処分には私も驚きました。やっていることへの処分という点では当然のことなんですが、金融庁がそこまで踏み切った点に驚いたというわけです。
この本によると、おかげでチワワの仔犬が一匹60万円していたのが、20万円以下にまで下がるという影響があったそうです。チワワにとっては、とんだ災難でした。
この金利引き下げでは小泉チルドレンが活躍しました。小泉改革は日本をダメにしたと今でも私は思っていますが、その小泉エセ改革ブームに乗っかって誕生した小泉チルドレンたちは、自民党ボス議員に反抗しなければ自分たちの存在意義を訴えられなかったわけです。世の中、何がプラスになり、マイナスになるか分からないということですね。 福岡そして九州に関わりのある自民党の太田誠一とか保岡興治などは、サラ金擁護で身体をはっていたわけですが、この分野では青二才の小泉チルドレンにあえなく敗退してしまいました。いい気味です。
保岡議員が、禁酒法によってアル・カポネは勢力を拡大させた、だから、金利を引き下げてはいけないと訴えたという話は、まったく時代錯誤もはなはだしいですね。顔を洗って出直してほしいものです。
太田誠一議員も、自民党内の会議のときに、「この会議のなかに共産党がいる」と叫んだそうです。やめてほしいですよね。正論を言う人に対して、おまえは共産党かと叫んで糾弾するというのは。それって、まるで戦前の軍国主義日本ではありませんか。民主主義というのは、いろんな思想信条の人々がいて、お互いに尊重しあうってことなんですよ。
上限金利引き下げに対して、アメリカから大変な外圧がかかっていたということも紹介されています。もちろん、アメリカは金利を引き下げるなと要求したのです。日本のサラ金に外資が出資して、サラ金のもうけの一部を外資が吸い上げ、大金をアメリカへ持ち去っていってます。
もうひとつ、サラ金とセイホ(生命保険会社)の密接な関係も暴かれています。サラ金は団体信用生命保険に加入していますが、これは結局、サラ金のもうけの一部を保険料ということで生命保険会社が吸い上げているということです。というのも、サラ金会社は、生命保険会社から巨額の融資を受けているからです。たとえば、アコムは明治安田生命から395億円をかりているのです。2005年度にサラ金会社17社が受けとった保険金は302億円。支払った保険料は376億円。このようにサラ金とセイホは、もちつもたれつなのです。
大手サラ金は生き残ると思いますが、中小零細サラ金業者の存続はきびしいと私も思います。そこで、またぞろヤミ金が横行する危険はたしかにあります。でも、ヤミ金は昔からありましたが、結局、違法金融は覚せい剤と同じで、一つ一つ摘発していくしかないのではないでしょうか。いま、私はそう考えています。
2007年05月11日
全国学力テスト、参加しません
著者:犬山市教育委員会、出版社:明石書店
いやあ、実に画期的な本です。一地方の教育委員会が政府(文科省)の方針に反抗して全国学力テストに参加せず、その理由を堂々と明らかにして本を出したというのです。その大いなる勇気に対して、私は心から賞賛の拍手を送ります。
全国学力テストは先日実施されてしまいました。日本の子どもたちの学力レベルを正確に把握するためには抽出調査のほうがより正確に把握できるとされています。しかし、文科省はあくまで記名式の悉皆(しっかい)調査にこだわるのです。それは一体なぜなのでしょうか。
今回の全国学力テストの本当の目的は、公立の小中学校にPDCAサイクルを導入することにある。Pとは、プラン(企画、立案)、Dはdo(実施)、CはCheck(検証・評価)、AはAction(実行、改善)のこと。最後の改善を次の計画に結びつけ、継続的な業務改善を図るためのマネジメント手法である。
しかも、全国学力テストの際に学習状況調査もあわせて実施された。そこでは、家庭における私生活についても質問されている。まさに個人のプライバシーにまで踏みこむものである。
日本のすべての公立小・中学校を30人学級とするに必要な人件費は、9600億円だと試算されている。日本の軍事費支出は世界第二位と言われていますが、1兆円にみたないこの支出こそ、日本民族の将来を保障することにつながる価値ある人件費だ。私はそう思います。ここはドーンと思い切って支出すべきでしょう。
犬山市では、30人学級を実施するため市独自に講師を採用するなどして、全国に先駆けて学習環境の整備につとめてきた。小学校では34人以下の学級が9割を占めている。中学校においては、56学級のうち42学級34人以下学級がつくられた。それなのに全国学力テストに参加することになったら、これまで豊かな人間関係のなかで人格形成と学力保障につとめてきた犬山の教育を否定することになる。だから参加しないことを決めた。すごーい。まさしく文科省への挑戦状です。
犬山では習熟度別指導は原則としてとりいれられていない。考え方や習熟度が違う子どもが交流するなかで、豊かな学習が生まれる。習熟度別指導だけでは、学びあい、支えあうということが出来ない。
犬山市の教育に関するスローガンは次のとおり。
生徒であったとしても、また教師であったとしても、通いたい学校を目ざす。
いいですね、このスローガン。朝起きて、さあ今日も学校に行こう。行って友だちと話そう、先生に教わろうという気分だったら最高ですよね。現実には、毎日なかなかそうはならないでしょうが・・・。
ずいぶん骨のある教育委員会があることを知って、うれしくなりました。安倍首相に読ませたい本です。
蒸発
著者:夏樹静子、出版社:光文社文庫
著者はいま西日本新聞に随想を連載しておられます。大変な腰痛の苦しみを体験したが、それは心因的なものだった。心のもち方ひとつで人間は病気になり、健康でもあるということを体験を通じて学んだ、という話です。なーるほど、ですよね。病は気から、というのは本当なんですね。
この本は、この文庫本としては発刊されたばかりなのですが、初出はなんと今から34年も前のことです(1973年3月)。道理で、出てくる話がすごく古いのです。昭和 46年5月の朝刊で日本人記者がベトナムで殉職という記事が出てくるので、びっくりしました。私は、そのころまだ東京の大学生ですし、ベトナム戦争がいつ終わるとも知れず、続いていたころのことです。
この本を読みはじめると、まず飛行機に乗ったはずの女性乗客が消えてしまったという展開にぶつかり、おいおい、どうして、という感じで引きずりこまれてしまいます。推理小説ですので、謎ときはもちろんしません。ただ、内部に手引きする人がいたということだけ申し上げておきます。私は、他の展開はともかくこの謎ときを一刻も早く知りたいと、必死で頁をめくってしまいました。
関門トンネル内で起きた男性の事故死が、実は殺人事件ではないのかという推理があります。そのとき、松本清張が「点と線」でつかったような時刻表を駆使した推理がなされます。時刻表マニア(今いうオタク族)でなければ、とても考えつかないような話です。
今から30年以上も前の福岡を舞台にする話なので、いささかの異和感はありますが、そこで語られている男女の愛のもつれはきわめて今日的でもあり、決して古臭いという気はしません。さすが日本ミステリー文学大賞を受賞しただけのことはあります。
私も著者の講演をお聞きしたことがありますが、気品にみちたお人柄で、作品の一部にあるドロドロした人間の醜さをみじんも感じさせられず、そのギャップの大きさに正直とまどってしまいました。文章力や構成力がすごいわけですが、取材のほうも、かなり丹念に尽くされているのだろうなと、同じモノカキ志向の私はついつい舞台裏のほうに気がいってしまいました。
2007年05月14日
からだのままに
著者:南木佳士、出版社:文藝春秋
著者はパニック障害を17年前に発病(38歳のとき)、やがてうつ病に移行した内科医です。
自分の判断で人の命が左右されてしまう日常はあまりに重すぎる。
元気だったころ、小説を書き上げたあとで、寝しなに前から読みたかった本を開くのは至福のときだった。掛け布団から出た顔の上に本の世界が広がり、言葉の海を泳いでいくと、思いがけず遠くまで行けそうな気分になり、その場所はゆめの世界に引き継がれたりした。そういう平凡な幸せの時間は、失ってみて初めてその貴重さに気づかされる。
私にとっては日曜日の昼下がり、昼食のあとのコーヒータイムで本を読みふけるのが至福のときですね。だから、なるべく明るくて見晴らしのいいお店に入りたいのです。ところが、一人で入れるゆっくりできる喫茶店を見つけるのに苦労します。
他者の死に立ち会う回数が増えてくるにつれて、人が死ぬ、というあまりにも冷徹な事実の重さに押しつぶされてしまいそうで、このつらい想いを身のうちに抱えては生きてゆけないと明確に意識し、自己開示の手段として小説を選んだ。
実は、私も高校一年生の終わりまで医学部志望でした。高校三年生まで、ずっと理系クラスにいたのです。でも、二年生に上がる前の春休みに自己診断したのです。数学がちっともひらめかないじゃないか。これじゃあダメだ。それで見切りをつけて文系、そして法学部へ転身したのです。いま、医者にならずに本当に良かったと思います。毎日毎日、人の死に直面して過ごすなんて、耐えられません。私の知っている医師は、だから自宅に帰ると、テレビの馬鹿馬鹿しいお笑い番組を見て腹の底から笑っている。そうやって精神のバランスをとるんだ、そう語っていました。なるほど、ですね。テレビを見ない私は、下らないテレビを見ないでも精神のバランスを保持できているというわけです。それだけでも弁護士という職業につけて良かったと考えています。
著者のペンネームである南木の由来が次のように紹介されています。
祖母のような地に足の着いた暮らしを営む人たちの生き様を描く作家になりたかったから、ペンネームを南木とした。南木山とは、嬬恋村の浅間山麓一帯をさす地元の人たちの呼び名だ。
著者の執筆は休日の早朝のみ。まだ暗いうちにいそいそと起きだす。レンジで、牛乳を温め、それを飲みながら「勉強部屋」のパソコンに向かう。書かれた言葉が次の世界の入り口となり、そこに見えてくるものを記述すると、また異なった視点に立てる。こういう非日常の感覚がおもしろくて小説を書き続けてきた。
なるほど、非日常の感覚が面白いというわけなんですね。私は、まだその境地には達していません。
書いた死亡診断書が300枚をこえたあたりから、見送る者であった自分の背に死の気配がべったりと貼りつき、他者に起こることは必ずおまえにも起こるのだ、と脅迫してきた。すると、存在していることがたまらなく不安になり、明日を楽観できなくなった。
小説を書き始めたのは、医師になって2年目あたりで、人の死を扱うこの仕事のとんでもない「あぶなさ」に気づいたからだった。危険を外部に分散するために書いていたつもりだったが、それは内に向かって毒を濃縮する剣呑な作業でもあったのだ。
医者になりたてのころ、死は完璧に他者のものであり、こちらはたまたま臨終の場面に立ち会わねばらなぬ職業についたまでで、やがては慣れるだろうとたかをくくっていた。中年にさしかかると、日々慣れたはずの死が、じつは自分の背後にそっと迫っているのを知り、慄然とした。他者に起こることは、すべてわたしにもおこりえるのだと肌身にしみた。本当の大人になるとは、こういう大事を知ってしまうことなのだろうから、わたしは厄年のあたりでようやく成人したことになる。それからは、自分が存在することそのものが不安で、夜も眠れなくなり、結果として病棟の担当を降りねばならないほど心身を病んだ。
医師としての本質的な苦労・悩みが惻々と伝わってきます。
著者の本が映画化された「阿弥陀堂だより」は本当にいい映画でした。機会があればぜひまた見たいと思います。四季折々の風景の移り変わりは、思わず息を呑むほど素晴らしく、生きてて良かったと大画に引きずりこまれながら、つい思ったことでした。
2007年05月15日
吉本興業の正体
著者:増田晶文、出版社:草思社
吉本は、これから世に出ようという芸人に対して差別しないし、贔屓(ひいき)もしない。放任の姿勢を貫き、努めて平等に扱う。だが、そこに輝くものを見つけたときから、事情が異なってくる。
芸人は際立った個性を持つうえ、感情の塊のような商品だ。毒を吐き、社会的規範から逸脱してしまうことさえある。こんな扱いにくい商品は他にあるまい。
吉本は芸人に対して、ときに強面ぶりを発揮し、あるいはネコ撫で声で懐柔しながら、結局は己が掌の中で彼らをマネージメントしてきた。しかも、吉本は一人の才能、一組の人気を最大限に発揮させながらも、決してそれだけに依存しない。
主力商品の寿命が尽きた日に会社も終焉を迎えるという愚を吉本は絶対に踏まなかった。芸人は商品であり、商品はあくまでも取り替え可能でなければいけない。それを裏で支えているのが、広大で柵の低い放牧地なのだ。
吉本の強みは層の厚みにある。どの芸人も人気者がコケるのを待っている。そいつがコケたら、すぐに自分の出番があることを自覚している。実際、そのとおりになる。
吉本興業は2006年3月期に、過去最高の462億円を達成した。
吉本には過去数回のピークがある。戦前、すでに吉本は東京を制圧し、日本一の吉本を一度実現していた。お笑いの世界への本格復帰は昭和30年代半ばからのこと。うめだ、なんば、京都に三つの花月劇場を構え、勃興したばかりのテレビと蜜月関係を結び、ラジオの深夜放送を聴く若者たちにアピールすることで躍進の糸口をつかんだ。
吉本は若手を大胆に起用した。仁鶴、やすきよ、三枝、月亭可朝らは吉本の四天王といわれた。戦後30年以上かけて、吉本は上方お笑い界のトップ・プロダクションの座に返り咲いた。1980年に巻きおこったマンザイブームによって、吉本はまた頂点を経験した。このマンザイブームにより、吉本はまた頂点を経験した。このマンザイブームは短命に終わったが、さんま、紳介、ダウンタウンらを先兵として東京制圧を狙った。1990年代にその地盤づくりが完了し、2000年に念願の全国区化を果たした。
大阪のオモロイ子と、東京のおかしな子では、レベルが違う。大阪の子は親元から通ったり、大学を落ちたから芸人にでもなろか、という手合いがけっこういる。その点、こと危機感という側面だけでいうと、東京の生徒たちは必死だ。故郷を出て一人住まいをして、なんとしてもお笑いの世界でビッグになってやろうという野心をもった生徒が多い。
大阪は芸人、とくに漫才師の宝庫だ。しかし、戦後からずっと、大阪で生まれた笑いは大阪でしか消費されていない。ところが、吉本は、大阪弁を笑いの標準語に仕立てた。日本の言語史上、これほどまで大阪弁が市民権を得た時代はない。
1982年、吉本は芸人の養成学校をNSC(吉本総合芸能学院)を開設した。ピーク時には2000人が応募。今でも500〜800人が願書を出す。入学金は10万円で、月謝2万5000円。1年分の学費は合計40万円。面接で、よほど不適当とみなされない限り、ほぼ全員が合格する。
現実は厳しい。卒業生のなかからプロとしてやっていけるのは、一期あたり4〜5組程度。お笑いの世界でトップクラスになるのは、東大に入ってエリート官僚になるよりも、よほど難しい。ただ、吉本にとって、NSCができたことで、大量の芸人予備軍を手にすることができた。全員がスターになれるわけもないが、いずれにせよ分母が大きい方が、売れっ子を含む確率は高くなる。
しかし、吉本のすごいところは、タレントの層の厚さより、むしろマネージャーのパワー。彼らは、局におまかせ、仕事下さい、なんて絶対に言わない。どうやって売り出すか、どんな企画がいいか、この番組をステップに次はどう展開するか。本来ならテレビ局側の領域にどんどん足を踏みこんでくる。
マネージメントという名目の人身売買、社会的良識など通じないアウトローの芸人どもにムチを入れる猛獣づかい。要するに、テキヤ稼業の巨大化したものが吉本興業である。 そんな吉本が一部上場企業になり、経団連にまで入っている。まあ、日本の経済界の本質は、良くも悪くもそこにあるというべきなんでしょうね。
20年以上も前、大阪に出張したとき、ひまつぶしにナンバ花月劇場に一度だけ入ったことがあります。若い男女で満員、私にはとてもついていけない乱暴なギャグで爆笑の連続でした。早々に退散してしまいました。私はテレビと無縁の生活をずっとしていますので、歌の世界と同じく、お笑いの世界にもトントふれることがないのですが、活字を通して知る芸能界のすさまじさには声も出ません。
福岡のお濠端で若者二人が芸の練習をしている場面をたまに見かけることがあります。どの世界でも、トップにのしあがるのは大変なんだと、この本を読みながら、お濠端の若者の真剣な稽古姿を思い出しました。
2007年05月18日
こんな僕でも社長になれた
著者:家入一真、出版社:ワニブックス
レンタルサーバーという商売があるそうです。50万人が利用して、年商13億円。
若い女性が自分のホームページをつくるとき、可愛いサブドメインを何種類も用意して選べるようにした。レンタル料はなんと月250円。3000円の初期設定料も女性に限って半額の1500円。うーん、これはなんだか安そうです。
でも、同業者からねたまれて、2ちゃんねるに中傷が書きこまれたり、そんな苦労もありました。
それでも、個人のホームページに広告をのせてもらい、そこから新規客がふえたら一回2円のほか50%の報酬を支払うシステムによって、飛躍的に利用者は増えていった。
なーるほど、ちょっとした工夫で販路が広がったのですね。
この29歳の社長は実は福岡出身。中学校のときに登校拒否。そして高校は中退。3年間、自宅にひきこもっていました。だけど、ついに大検に受かって、あの東京芸大をめざして新聞配達を続ける。そして、ネットで知りあった女子高生と結婚。
一気に読ませた本でした。ちなみに、270頁のこの本を私が読むのに要した時間は1時間ほどです。通勤電車の1時間で読み上げました。途中の駅のアナウンスはまったく耳に入らないほど集中して読みます。いわば至福のひとときです。
子どものころの貧乏生活を生き生きと再現した描写には心あたたまるものがあります。両親から惜しみない愛情をそそいでもらったことが、著者の生きていく強いバネになったような気がします。とても素直な文章で、ストンと胸に落ちます。私はなかなかの筆力だと感心しました。
前に紹介しました宮本延春先生の「オール1の落ちこぼれ、教師になる」とか、上條さなえ「10歳の放浪記」を読んだときの感動を思い出しました。元気の出る本としておすすめします。
2007年05月24日
大人が絵本に涙する時
著者:柳田邦男、出版社:平凡社
生きる意味というものは、何かいいだろうと受け身で待っていたのでは見つからない。たとえ絶望的な状況下にあっても、自分は最後までこう生きたと人生の物語の最終章を自分で書いてはじめて、それが人生から期待されたことへの答となるものであり、人生の意味になるのだ。
うーん、なかなかいい言葉です。かみしめたいものです。
最近は家族が病気で入院していても、子どもを見舞いに連れていかない家が多い。だが、子どもには、もっともっと生老病死に日常的に接するようにすべきだと思う。
この世に生まれた乳児は、羊水の中の安心感からすぐに抜け出せるわけではない。母親に抱きしめられることを、いわば羊水に替わるものとして求める。心の発達のためには、そういう愛着関係が少なくとも三歳児までは必要だ。心の分娩には3年かかる。
絵本は絵と言葉が共鳴しあうことによって、奥行きのある立体的な世界を創り出すメディアである。絵は言葉の単なる説明役でもなければ、添え物でもない。言葉もまた、絵が語り切れないところを補うものでもない。
絵本とは、簡潔に洗練された言葉と象徴的な絵と音読する肉声とが一体となって物語りの時空を生み出す独特の表現ジャンルである。
子どもは幼いように見えても、喜びや楽しさや悲しさや辛さや無念といったさまざまな感情が芽生えている。そうした感情がきめ細かく育つのを「感情の分化」という。「感情の分化」は、母親をはじめとする家族との接触のなかで芽生え、発達していく。母親や父親がたくさんの絵本や読み物を感情をこめて読みきかせすると、物語の展開にそっていろいろな感情が動き、「感情の分化」がきめ細やかさを増していく。
これに対し、親が子どもを放置し、テレビに子育てをまかせるような日常になると、子どもの「感情の分化」はほとんど起こらないで、怒りの感情や抑圧感ばかりが強くなり、他者の気持ちを汲みとったり思いやったりする心がほとんど育たなくなる。
実は、絵本や読み物による豊かな感情の形成という営みは、子どもだけでなく、大人にも必要なのだ。大人こそ絵本を読もう。絵本は子どもだけのものではない。生涯を通じて心の友となるだけの豊かな内容が語られている。心が渇ききっているとき、絵本は心の潤いを取り戻してくれるオアシスとなり、生きるうえで本当に大事なものは何かをあらためて気づかせてくれる。
大人も、座右に好きな絵本を置いて、ときどき絵を味わう。そんな心のゆとりを持ちたいものだ。少年時代、少女時代に持っていた豊かな想像力、雲を見ていろいろな動物を想像するファンタジーの能力、そういうものをなくした大人って何と干からびた日常であることか。
私が司法試験の受験生だったころ、同じ受験生仲間で、セツラー仲間でもあった友人が「息抜きに絵本を読んでみたら」と言ってすすめてくれたことがありました。今でもその本のタイトルを覚えています。『天使で大地は一杯だ』という本です。読むと、なるほど頭の中に爽やかな風が吹き渡っていく気がしました。一杯のコーヒーよりはるかに確かな清涼剤となりました。この友人とは、今、東京で活躍している牛久保秀樹弁護士です。
子どもが生まれてから、たくさんの絵本を買って次々に読み聞かせをしてやりました。読んでるほうも楽しいのです。斉藤隆介の「八郎」とか「花咲き山」などは、絵も文章もいいですね。かこ・さとしの絵本は「カラスのパン屋さん」などいいものがたくさんあります。絵本は3人の子どもたちに次々に読んでやりましたのでボロボロになったのもありますが、みんな捨てがたいので残してあります。そのうち孫ができたらよんでやろうと思うのですが、いつのことやら、というのが我が家の状況です。残念ですが、こればかりは、どうしようもありません。
私も一度だけ絵本に挑戦しました。弁護士会の職員で絵の描ける人がいたので、私が文章をかいて、彼女に絵を描いてもらいました。出版社に持ちこみましたが、残念ながら入賞はできませんでした。でも、せっかくなので出版してみたのです。ちっとも売れませんでしたが、いい記念になりました。
2007年05月25日
私が選んだ後継者
著者:松崎隆司、出版社:すばる舎
2005年における社長の平均年齢は58歳9ヶ月。現実には、社長交代は思うほどスムースには進んでいない。社長族の構成年齢は高いにもかかわらず、なぜ社長交代が進んでいないのか。
日本の企業倒産の5割以上は、会社を清算する破産。その原因の多くは後継者の問題。倒産企業の4社に1社が、地方で30年以上経営を続けている企業。
事業承継の形態は4つある。第一は親族内承継、第二は外部からの雇い入れ、第三が M&Aによる企業売却、第四が事業承継をあきらめ清算すること。
一族以外から後継者を選ぶケースが近年は増加傾向にあり、2002年には38%にも達している。
後継者に必要な資質は三つある。従業員を管理する能力、縁を大切にする能力、危機管理能力。
事業承継でうまくいっているところというのは、実は、先代が早世したところが多い。親と子が一緒だと、どうしてもケンカになってしまう。
中継ぎ役員、セットアッパーも、その一手法である。後継者の育成と経営を見るという役割を担う。後継者育成とともに、右腕になる人をつくることも、事業承継の重要な要素。
いま、弁護士会も、この中小企業の事業承継に取り組もうとしています。
5月中旬、久しぶりに阿蘇の大観峰に行ってきました。いつ行っても、その雄大さに圧倒されてしまいます。今回はじめて気がつきましたが、仏様の涅槃像でもあるのですね。大自然の巧みさに感嘆します。透きとおる五月の青空でした。雲雀が天高く飛び上がって甲高い鳴き声で鳴き、大草原で肥後牛たちが草をはんでいました。
2007年06月01日
格差社会とたたかう
著者:後藤道夫、出版社:青木書店
現在日本の勤労者世帯中の貧困率は2割前後。小泉首相は、格差の増大の原因を高齢者世帯の絶対数の増加のせいにするが、貧困世帯の増加268万世帯のうち、勤労世帯における増加分が142万世帯なので、小泉首相の主張は間違っている。
国民の4割が加入している国民健康保険の保険料の滞納世帯は、2000年6月に 370万世帯だったのに、4年後の2004年6月には461万世帯と2割近く増えた。
就学援助を受ける小中学生も急増し、日本全国で1997年度に78万人だったのが、2004年度には134万人となった。
収入が増えている人々もいる。1997年に年収1000万円以上の人が5万6000人(5.8%)いたのが、2002年には6万8000人(6.5%)に増えた。IT産業関連など高処遇の職種群が形成されている。
年収2000万円以上の人が2001年に18.1万人だったのが、2004年には 19.6万人に増えた。2005年9月の総選挙において自民党は首都圏で圧勝した。それは、これら上層の人々と、その周辺の人々、そして自分も上層への仲間入りが可能だと思っている人が支えている。
なーるほど、東京で石原慎太郎が仕事もろくにしないのに300万票もの支持を集めるのは、それだけの現実的基盤が、それなりに存在するということなんですね。
このような上層国民を社会統合の中心とするためには、上層への利益供与システムをつくり、彼らに社会秩序維持の担い手たる自覚をもたせることが必要となる。そのため、所得税の累進度を大きく緩和した。1980年代初めは75%が最高税率だった。1990年代初めに50%に大幅ダウンした。1998年の税制改革により37%になった。
公私二階建て方式がとられるようになった。すべての国民に開かれる「公」は薄く、脆弱なものとし、「公」を支えるための高所得層の費用負担は小さくする。その分を、「私」の部分を購入する費用としてつかうことを可能にする。
一部の上層は、たしかに「報われる」。反対に、ワーキング・プアだけで600万世帯をはるかに超えるが、これらの多くの人々が「報われる」ことなく、それどころか、以前なら考えられないような生活不安、労働不安、そして将来の不安に直面している。
「努力すれば報われる社会を」というスローガンは、自助努力に欠けるとみなす人々を、排除し、切り捨て、財政負担を軽くしたうえで、そんな人を治安管理の対象として、いわば隔離するとともに、一種の見せしめとして、「中層」以下を叱咤鼓舞する。
ここまで落ちるんだぞ。それがいやなら、何であれ、死に物狂いで努力せよ。
というものです。いやあ、本当にあたたかみのない、殺伐とした日本になってしまいましたね。弱者切り捨てがどんどん進むなかで、上昇志向の若者が自分の足元を見ることなく、手を叩いて、格差拡大を喜んでいます。ここに切りこみ、対話して現実をしっかり見つめることを多くの人に求めたいものです。
2007年06月04日
「虚構」
著者:宮内亮治、出版社:講談社
ライブドアの内側がのぞける本です。ライブドアは、その最盛期に、グループ全体で6000人の社員をかかえていた。そして、プロ野球進出を表明してから、わずか1年半で命運は尽きてしまった。
ホリエモンについての描写が面白い。堀江には、生意気さと人見知りが同居していた。胸を張って目を見ながら話すタイプではない。下からのぞきこんでくる印象で、目があえば逸らす。それでいて、図々しい。ともかく話が大きくて、自信満々にしゃべる。これは、まだ東大在学中の23歳のホリエモンに会ったときの初対面の印象です。
堀江はドライな人間関係を好む。役に立てばつきあうし、立たなければアッサリと切る。ビジネスに感情はもちこまず、判断基準を数字にしぼる。感情に流されない。信賞必罰を貫いた。堀江の経営者としての美点は、情報収集力と発想力と理解力にある。
堀江には天性の閃(ひらめ)きがあり、先読みができる。だが、読みが早過ぎるうえに、飽きっぽい性格もあって、成熟する前に止めてしまったりする。堀江の情報の確かさと読みの速さは天才的。だけど、速すぎてライブドアの業績には結びつかない。プロ野球進出で名前は売れたが、ライブドアに本業と呼べるほどのものはなかった。
堀江が変わったのは、ライブドアがニッポン放送の買収を断念し、見返りに1340億円もの現金を手にし、堀江個人も若干の持ち株を売却して140億円近くの現金を得てからのこと。それまでの堀江は、かなりシビアな経営者だった。
堀江は、市場に常にサプライズを与えなければ気がすまなかった。増収増益を続けつつ、100分割のようなサプライズを市場に与え、かつ上方修正することで成長イメージを鮮明にするのが堀江の戦略だった。でも、そんなアクロバットがいつまでも続くはずはない。
堀江にはスポーツセンスがなく、スポーツは得意でない。ところが、ライバル視している三木谷が名乗りをあげたため、逃げることができず、トコトン戦うしかなくなった。ただし、ライブドアが敗北したとはいえ、堀江は認知度を高めるなど、むしろ勝利した。
最盛期のライブドアの会員は1000万人。ライブドアが小泉改革の鬼っ子だというのは事実だ。自民党の武部幹事長は、堀江の手をとり、大きく上にあげて、「我が弟です。我が息子です」と絶叫した。
ライブドアの軌跡は、実は失敗の連続である。近鉄球団買収も、プロ野球進出も、日本放送買収も、総選挙も、話題を提供した案件は、すべて成就しなかった。しかし、損はしていない。ホリエモンという名は売れ、堀江の虚栄心は満たされ、ライブドアのポータルサイトは活況を呈し、資金調達やM&Aは、非常にやりやすくなった。ただし、ホリエモンの浮上は、足蹴にされた企業や人間の恨みにつながる。殴った人は忘れても、殴られた人は忘れない。
インターネットの世界は人間性を破壊する金権腐敗を生み出しているんだなと、この本を読みながら思いました。六本木ヒルズあたりの500メートルで昼も夜も行動していたというのです。世界が狭くなって、視野狭窄になってしまったのですね、きっと。
2007年06月07日
モグラの逆襲
著者:残間里江子、出版社:日本経済新聞出版社
あまり感心しないタイトルの本です。それでも、サブ・タイトルが「知られざる団塊女の本音」となっているので、同世代の女性たちが今どんなことを考えているのか知りたくて呼んでみました。意外にまじめな本でした。
団塊は専業主婦率がもっとも高い世代である。自ら望んでそうなったのではなく、社会が彼女らを受け入れなかった。一生を捧げたはずの結婚生活で得たものは、くたびれた夫と今なお寄生する子どもたちだけ。
2007年春、団塊モグラ女たちは長い冬眠から目覚めてしまった。このままここで朽ちてしまうのだけはいやだ。長い冬ごもりから飛び出して、春風にあたろう。ここまで来たら捨てて惜しいものはないし、怖いものもない。軽やかに飛ぶためなら、夫一匹捨てるくらいのことは簡単だ。
おおっ、怖い・・・。私なんて、夫一匹、捨てられてしまいそう。
団塊男たちのリタイアが迫っている。40年も企業社会につながれていた男たちの縄がほどかれ、一斉に家庭に戻ってくる。戻り方次第では、とんでもない日々になるわけで、妻たちは戦々恐々だ。
団塊世代が結婚して10年から15年目あたりの離婚数は3万2000組だった。結婚して30〜35年たった最近の離婚数は6000〜7000組。つまり、問題のある夫婦は既に離婚ずみなのだ。
夫婦は感性だの価値観だのという抽象的なことで別れてはおらず、離婚の具体的な理由は、お金、女(男)、暴力の三要素に集約される。離婚を切り出すのは7割が妻側から。
離婚を意識して、完遂するまで平均して3.5年かかっている。
今の夫は別れたいけど、危害は加えないし、喋るぬいぐるみだと思えば、まあ、いいかなと思ってガマンしてる。
ヒャー、こんなに思われているんですか・・・。何だか、背筋がゾクゾクしてきました。
団塊の女は他の世代に比べて学歴を重視する人が多い。とりわけ、息子の学歴は、とても気にする。
団塊世代はお見合い結婚が多数派だった。しかし、1995年以降は9対1で恋愛結婚が圧倒的多数になっている。だから、その機会に恵まれないと、いつまでたっても結婚できないわけですね。お見合い用の写真をいつも持ち歩いている世話好きのおじさん、おばさん族というのは今ではすっかり姿を見ません。
女は独りでは何もできないと男に思わせることこそが、「サブ」や「副」として生きていくための基本マニュアルなのである。女は夫に相談する前にとっくに決めている。ただ下手に主張すると、あとでもめたときに面倒だし、おだやかに手に入れるためには簡単に口にしないようにしているだけのこと。
よほどの偏屈でもない限り、団塊世代は「テレビが家にやってきた日」のことを覚えている。私の家には小学四年生のころ、年の暮れにテレビがやってきました。『ひょっこりひょうたん島』や『ふしぎな少年』の「時間よ、止まれ」という叫び声があがると全員がそのままの姿勢で固まってしまうシーンも、よく覚えています。
日本の妻たちは、夫に忍従を強いられているように思っている人が少なくないが、世界に冠たる銀行振込制度が家庭に入り込んで以来、時間とお金の両方の裁量権を発動できるという意味で、日本の妻は世界最強と言われている。
日本の女性が昔から強かったことは、戦国時代の宣教師(ルイス・フロイス)の目撃談や江戸時代の『世事見聞録』などでも明らかです。銀行振込制度の前から、日本では妻が一家の財布を当然のように握っていました。
私の周囲を見まわしても、実にたくましい女性ばかりのような気がします。むしろ、いろんな意味で弱いのは男ではないでしょうか。
2007年06月08日
ブランドの条件
著者:山田登世子、出版社:岩波書店
幸いなことに、わが家はブランド現象とはまったく無縁です。私はコンビニと同じようにブランドも嫌いなのです。
ブランド現象とは、贅沢の大衆化である。かつては、遙かな高みにあった高級品が、 20代の女の子にも手の届く品となって、ごく身近にある。贅沢と大衆が見事な「結婚」をとげている。
もともと、ブランドは大衆の手に届かない奢侈品だった。貴族財であるものを一般大衆が持つのは、ミスマッチなのだ。だから、今でもフランスやイギリスの財力のない若者がブランド品を持つことはありえない。エルメスもルイ・ヴィトンも、ブランドの起源をさかのぼると、必ずそれは一握りの特権階級のための贅沢品である。だから、その「名」は晴れがましいオーラを放ち、惹きつけてやまない。
モードとブランドは相反するものである。エルメスのバッグがあこがれを誘うのは、手が届きにくく、近づきがたいものだからだ。ブランドとは、本質的にロイヤル・ブランドのこと。扱う商品が高級品なのは、顧客が王侯貴族だからであって、ブランドとはもともと貴族財なのである。だから、贅沢品であるのは当然のこと。
エルメスとルイ・ヴィトンは、王侯貴族を顧客にして今日の繁栄を築いてきた。永遠性と貴族性を志向するブランドだ。
2002年、ルイ・ヴィトンは東京の表参道店をオープンさせた。前夜から1000人以上の客が列をつくった。オープンした一日だけで一億円の売上げを計上した。
こりゃあ、日本人って間違ってますよね。これって、まさに格差社会の象徴でしょうね。
この日、行列をつくった人たちの頭に、今の日本に、一日を何枚かの百円硬貨で過ごす、月に数万円しかつかえない生活を送っている人々が無数にいることなんて想像もできないことでしょう。
日本人女性の44%、およそ2人に1人がルイ・ヴィトンを持っている。日本全国の所持者は2000万人とも3000万人とも言われている。
ルイ・ヴィトンって、そもそも自分が持つものじゃないのよね。そう、召使いに持たせるものなのよ、あのトランクは。
これは、ウジェニー皇后の言葉。ウジェニーは、奢侈品産業を育成するというナポレオン3世の意を受け、政治的任務として贅沢にこれ務めた。
エルメスのバッグは、すべて職人によるハンドメイド。一つ一つ造った職人が分かるようになっている。修理に出すと、担当した職人が自ら直すシステムだ。しかし、その職人の名前は表舞台には出てこない。
どうして、日本人って、アメリカと同じでブランドが好きなのでしょう。虚栄心をみたすためか、貴族の幻想にひたりたいのか、私にはとても理解できません。
2007年06月13日
選挙の民族誌
著者:杉本 仁、出版社:梟社
実に面白い本です。ええーっ、日本の選挙って、こうなのか、こうだったのかー・・・と、内心さけんでしまいました。甲州選挙という山梨県の選挙ですが、日本全国共通しているところも大いにあるように思います。
選挙は、なぜかくも人の心をとらえるのか。選挙の当事者とその周囲の人にとって、選挙戦はまさに生きるか死ぬかの戦争だからである。甲州のムラ選挙は、4年に一度の、待ちに待ったムラ祭りの様相を呈する。
山梨では、家格が重んじられる。家格とは、家の歴史総体への現在的評価である。この家格が視覚的にわかる装置が存在する。寺の本堂に安置されている位牌の場所と大きさが、そのバロメーターになっている。
ムラの三役は、区長、氏子総代、寺総代。ここから、候補者が決まっていく。
候補者が決まると、選挙ヒマチ(人寄せ)が始まる。個々人でなく、ムラの組単位ごとに候補者の家に呼ばれる。
戦後しばらくは、ムラ人は毎日、酒を飲むという習慣はなかった。ところが、選挙のときには、タダ酒がふるまわれた。甲州人はバクチ好きで、有権者は選挙をバクチと見なし、選挙そのものも賭事の対象とした。
選挙運動の期間となると、ムラ人の手伝いは忙しさを増す。オテンマ(共同作業)にデブソク(出不足)は許されない。
婿養子が、ムラの実質的構成員として名実ともに一人前として認知されるための近道が選挙だった。ムラ人の手荒い暴れみこしに乗り、散在する選挙こそ、実質的なムラ入りにふさわしいものだった。
投票当日は、早朝からの狩り出しではじまる。ときには、投票率アップのため、ムラ全体で替玉投票や不正な不在者投票などが行われたりする。
血縁と地縁の入りまじった言葉として血類(じるい)というものがある。
政党は無尽(むじん)の集票機能に着目し、候補者は無尽を巧妙に活用した。選挙無尽がいくつもできあがる。無尽は頼母子講とも言われますが、福岡でも今も生きています。それが破綻したときが大変です。ひところ、筑後地方で大量の裁判がありました。
小佐野賢治も金丸信も、この山梨の出身者である。金丸の家筋は武田信玄につながる名家そのものであった。
日本的政治風土の基層をなすものが、体験もあわせて、よくよく分析されていると感心しました。選挙って、ホント、ドロドロしたところがあるんですよね。
今度、山梨の弁護士に最近の実情を聞いてみたいと思いました。
2007年06月15日
選挙戦と無党派
著者:河崎曽一郎、出版社:NHK出版
国民は選挙制度の不公平さをもっと怒るべきだと強調しています。本当にそのとおりです。現状は、大きくて強い政党には圧倒的に有利な選挙制度である。これが改革・改善されない限り、選挙は選ぶ側・弱い者の真の味方には、とうていなりえない。そうなんです。
たとえば、比例代表選挙において、自民党は8議席、民主党は5議席も取りすぎている。その逆に共産党と社民党それぞれ4議席も少ない。プラス・マイナスあわせて26議席も歪んでいる。これは総定数180に対して14%以上も歪んでいることを意味している。これでも比例代表選挙制度だといえるのか、重大な矛盾、疑問を感じる。
自民党と公明党との選挙協力は、国政選挙だけなく、地方選挙でも確実にその威力を発揮している。むしろ自民党と公明党との選挙協力の歴史は、国政選挙よりも地方選挙のほうがはるかに古く、実績を重ねている。
自民党にとっては、公明党・創価学会のもつ700万票前後の組織票の全面的な協力が政権維持の絶対的な条件になっている。また、公明党にとっても自民党との選挙協力がなければ、衆議院の小選挙区で議席を獲得するのは至難の業である。公明党は選挙協力によって自民党の第一党としての議席を保証し、下支えすることによって、連立政権での発言力、影響を維持・強化している。
公明党は、自民党との選挙強力によって、比例代表選挙で少なくとも3〜5議席を上積みしている。単独で選挙をたたかったら20議席とみられる。期日前投票の比率がもっとも高いのは公明党である。
無党派層は、支持なし層から政治的・社会的に進化した人たちが多い。無党派層の4人に3人は、いつでも特定の政党を支持する用意があり、政党に期待感さえもっている人たち。生涯無党派という人は、5人に1人しかいない。
無党派が過半数をこえた最大の原因は、政治不信、政党不信だった。無党派の投票行動にもっとも大きな影響を支えるキーワードは、新鮮な魅力である。
無党派の第一の特徴は、いつも女性のほう男性よりに圧倒的に多いこと。第二に、男女とも青年層(20〜39歳)にもっとも多い。第三に、家庭婦人と勤労者が多いこと。無党派層の政治意識は高く、圧倒的に野党、反・非体制側に投票している。つまり、政治の現状に強い不満・不信感をもち、政治の改革・改善・刷新などを求めている。
無党派層の要求は、個人的な商売・金もうけ・利益よりも、弱者の立場に立った社会性の強い、まっとうなものが圧倒的に多い。
無党派層といわれるものの実体がよく分析されていると思いました。それにしても日本の投票率が6割を切るというのは低すぎますよね。フランスの大統領選挙は85%だったと思います。日本人は、選挙権をもっと大切にすべきではないでしょうか。
2007年06月18日
ぼくの南極生活500日
著者:武田 剛、出版社:フレーベル館
2003年12月から、2004年2月まで、南極で生活した体験記です。地球温暖化のせいで、南極の氷がどんどん溶けてなくなっている様子も分かります。
「しらせ」は、昭和基地の目の前にまで難なく接岸できるまでになっています。厚い氷の海がなくなってしまったからです。
多いときは1000回以上、少ないときでも数百回のチャージングをしてきた過去の航海がウソのようだ。砕氷船「しらせ」は、厚さ1.5メートルまでの氷なら、割りながら止まることなく進むことができる。
チャージングとは、砕氷船「しらせ」が、全速力で氷の海に体当たりしながら、少しずつ進むことです。
まあ、そうはいっても南極です。冬にはマイナス60度の世界です。雪上車から出て地面におりたつ。息をすると、肺が冷たい空気でちぢみあがり、苦しくなる。身体中の関節もこおったように固くなり、手や足が自由に動かない。顔をあげると強い風にあたって針で刺されたように痛む。鼻やほおは、またたくまに凍傷になり、真っ黒に変色した。
うわー、すごーい・・・。私もマイナス20度という冷凍冷蔵庫に入ったことがあります。痛いほどの寒さで、息をするのも大変でした。
南極では、建物から一歩外に出るときには、天気が急に変わって迷い子になりやすい。必ず無線機やGPS、ライト、食料、水をもって外に出ること。
静電気のたまった手でパソコンをさわって、こわさないこと。
昭和基地には50をこえる施設がたちならんでいる。真冬のきびしい寒さにそなえ、マイナス60度、風速毎秒80メートルにも耐えられるよう、壁の厚さは10センチもある。
隊員が寝るのは、居住棟にある6畳の個室だ。
ペンギンたちは人間を恐れず、好奇心旺盛に近寄ってくる。しかし、第一次越冬隊は、ペンギンをつかまえて食べた。
そのペンギンの可愛らしい姿が写真にとられています。でも、写真といえば、真夏の南極では、太陽が沈まない、その様子を連続写真としてコンピューターで合成した写真が圧巻です。
太陽がのぼっても低いままで、すぐに沈んでしまう冬の極夜になると、体内時計が狂って、体調不良となってしまう。
基地の生活で出るゴミは、1ヶ月に2トン。燃やして、灰をドラム缶に詰めて日本に持ち帰る。基地全体でつかう氷の量は一日で8トンにもなる。「しらせ」は、毎年600トンもの燃料を運びこむ。バーの倉庫には、2万缶のビールが積んである。
南極には1961年の南極条約によって、各国の領土権が認められていない。
南極に行ってみたいという気持ちが全然ないわけではありませんが、寒さに弱い私には、やっぱりとても無理のようです。写真でガマンすることにします。
2007年06月19日
団塊格差
著者:三浦 展、出版社:文春新書
団塊世代の私にとって、団塊世代とはどんな人間集団であるのかという本はどうしても目を離すことができません。
団塊世代の将来は、必ずしも明るいとは言い切れない。「格差」の時代は、団塊世代にも確実に訪れている。
団塊世代は、数が多いだけでなく、比較的に均質な集団である。ただし、今後も均質であるかどうかは分からない。団塊世代は、高所得が1割、中所得は7割、低所得が2割となっている。
団塊世代の大学進学率は2割強。45%が高卒で、3割が中卒で就職した。だから、中卒、高卒でも、努力と能力に応じて出世した人も少なくない。
男性は一度も結婚していない6%、既婚(初婚)80%、再婚7%、離死別7%。女性は未婚6%、既・初婚76%、再婚5%、離死別13%。
女性のほうが一人暮らしに強い。
団塊世代は5歳上の世代よりも常に離婚率が高く、かつ、その差がどんどん開いている。
夫婦別室は、男は20%、女30%、私も、何年か前から別室です。今では、若いときには同じ布団に寝たこともあったのかなあ、という感じです。ぐっすり眠れるほうがいいものですよね、お互いに。ただ、今の話ではありませんが、夜中に何かの発作が起きたときなんかは、一人で寝ていたら手遅れになるということもあるでしょうね。まあ、そんな心配をしはじめたら、キリがありませんけど・・・。
団塊世代の男性の17%、女性の20%が未婚ないし離別・死別の独身者。実数で
125万人。ええーっ、多いですね。でも、たしかに、私のまわりにもたくさんの独身者がいます。
団塊世代は、中卒・高卒であれば、自分の意思で就職先や仕事の内容を決めることは、まずなかった。大卒者ですら、理科系なら研究室単位で就職先が決まっていたし、職業人生のパイプラインが確立していた。ほとんどの団塊世代にとっては、実質的に職業選択の自由はなかった。
なーるほど、そう言われたら、そうなんですかね・・・。私は、苦労したとはいえ、たった一度だけ試験に合格して資格を取得したということで、失業や退職の心配をしなくてすむことに、今、本当にありがたいことだと考えています。いま失業したら、何の技術も持っていない私なんか、どうやって生きていったらいいのか、まるで見当がつきません。ハローワークに行ってパソコンの検索画面の前で途方にくれてしまうのは必至です。
2007年06月27日
子どもの脳を守る
著者:山崎麻美、出版社:集英社新書
日本ではまだ数少ない小児脳神経外科医として30年間働いてきた医師によるレポートです。貴重な、胸うつ体験のかずかずが紹介されています。
まず最初は虐待です。幼児虐待には身体的虐待、養育放棄(ネグレクト)、性的虐待、心理的虐待がある。小児脳神経外科医が扱うのは、身体的虐待のうちの頭部外傷。
児童相談所における虐待相談件数は、2004年には1990年の30倍にまで増加した。これには児童虐待防止法も寄与している。虐待の疑いがあったら、とにかくすぐ通報することを求めているからでもある。
子どもの脳は頭蓋骨の縫合のゆるさ、頭蓋骨と脳の成長のアンバランスさにともなう架橋静脈の緊張など、ハードの面から見れば大人よりも弱く、傷つきやすい。しかし、機能面からみると、リカバリー能力や代償性にすぐれているため、それだけ可塑性は高い。だから、子どもの脳は傷つきやすく、悪くなるときも急激に悪化するが、いったん良くなりだすと、その回復力は目を見張るものがある。
少なくとも3歳児までの子どもの養育は母親が行うべきだという「3歳児神話」がある。しかし、これは正しいだろうか。むしろ、母親と子どもが密着しすぎているために起こる問題がある。父親をはじめとする他の養育者のかかわりの薄さが大きく影響している問題でもある。母親だけが子どもの養育にかかりっきりになる必要はない。
この点は、私もまったく同感です。子育ては楽しいものと思いますが、お互いたまには息抜きが必要ですよね。保育園に子どもを預けるなんて可哀想だという人がまだいますが、私にはとても信じられません。
母親が生き生きしていること、それが子どもにいい影響を与える。大切なことは、母親だけに養育の義務や負担を押しつけないこと。いたずらに「3歳児神話」を喧伝して、母親に子育ての不安をあおりたててほしくない。子どもは子どもでたくましく育っていくし、自ら状況を乗りこえていく力がある。
現実にひどい虐待を受けて育った子どもに、将来、大きくなったときに、今度は虐待の加害者になる可能性は高いですよ、というのは傷口に塩をすりこむようなもの。
うーん、なるほど、たしかに、そうなんでしょうね。
子どもが死んでいく病気に直面させられるとき、子どもにとっては、病気そのものや手術そのものではなく、自分がこれから何をされるのか分からないことが怖いのである。その分からなさが不安を生む。手術室はどうなっていて、そこでどんなことをするのかをきちんと教えてあげれば、手術という状況への適応は、子どもにとって案外、難しいことではない。むしろ、どうせ子どもだから言っても分からないだろうと何の説明もしなかったり、妙にごまかすような態度をとることのほうが、余計な不安や恐怖を与えてしまう。
うむむ、この指摘は、ナットクです。
日本の現在の出生数は年間100万人。そのうち800人に先天的な水頭症がある。妊娠中に55%が発見される。では、そのとき、どうするか。水頭症だと分かっても、48%の子どもは普通に生活できる。
たしかに、なかなか悩ましい事態ですよね。
いま、医師国家試験の合格者のうち3人に1人が女性。2002年と比べて、2004年には20歳代の男性医師が750人減り、女性医師は500人増えた。30歳代の男性医師は1400人減り、女性医師は1150人増えた。
いまだに日本の医療の現場では、女性が子育てをしながら医師を続けるのが難しい現実もある。さて、弁護士の場合はどうでしょうか・・・。
この本は、著者が私のフランス語学習仲間の女性の妹さんだということでいただきました。医療現場の実情がよく分かる本でもあります。
2007年07月02日
自販機の時代
著者:鈴木 隆、出版社:日本経済新聞出版社
日本全国にある自動販売機の数は550万台。アメリカに次ぐ。人口一人あたりではアメリカの2倍、世界一の普及率。世界中、どこの街にも自動販売機があるわけではない。自動販売機は世界の中で、日本の特別なシステムだともいえる。
たしかにそうですよね。フランスでは全然見かけませんでした。駅の切符売り場などは自動化されていますが・・・。
自動販売機を通じて売られる飲み物やタバコ、切符などの総販売額は年間7兆円。コンビニの総売上とほぼ同じ。全国のデパートの売上げ総額に迫る。
コカ・コーラの普及と停滞の歴史は、自動販売機のそれと一致している。コカ・コーラは、日本に自販機を定着させる役割を果たした。
ところで、このコカ・コーラは、2005年末に、ニューヨーク株式市場で、時価総額においてペプシコーラに抜かれた。
三菱重工業、日立製作所、三洋電機は、この自販機メーカーであったが、今では撤退している。松下はまだ残っている。
富士電機と三洋電機とが自販機をめぐって激しく争い、富士電機が勝った。なぜか。
富士には「あと」がなかった。三重工場に働く1500人の労働者にとって生き残りをかけたたたかいだった。しかし、三菱にも日立にも三洋にも、「あと」どころか、手が回りきらないほど「未来」があった。
客の要望にこたえるべく富士電機家電は、設計の子会社をつくった。はじめ50人、やがて100人の大所帯となった。設計陣をそろえたことが富士の自販機躍進のキーポイントだった。
瓶から缶へ。瓶入りは瓶を製造元に送り返さなければならない。ツー・ウェイである。缶入りは消費者が缶を処理してくれるワン・ウェイであり、流通上の大きな革命であった。
このワン・ウェイは日本に大きな公害問題をひき起こすことにもなりました。ちまたにアルミ缶やペットボトルが氾濫し、その収集と処理は、消費者と自治体にまかされ、製造・販売メーカーは何の責任もとらず、負担もしなかったのです。便利なものには、深い落とし穴もあるという見本です。
1972年にホット・オア・コールド機が出来、1976年にホット・アンド・コールド機が出来ました。ホット・アンド・コールド機は、季節ごとに機械を置き換えなくてすんだ。ホット・アンド・コールド機では、一台で、同時にホットコーヒーもアイスコーヒーも提供できた。値段は40万円。コーヒー自販機中心に自販機が普及した。1971年の17万4000台から、1776年の31万5000台、1979年の51万6000台へと飛躍した。
私は今でも不思議です。あの大きくもない自販機が一台で、ホット缶もコールド缶もボタンを押すだけで手に入るカラクリが不思議でなりません。
1974年、自販機の普及台数は513万9000台と、500万台の大台に乗せた。出荷台数も1989年には73万5000台を記録した。しかし、これが頂点だった。
1991年ころ、酒店などの店頭にある自販機が道路にはみ出していることが全国的に社会的な大問題となった。たしかに歩道上に我が者顔で自販機がのさばっていましたね。
そこで、1992、1993年には、自販機をいかに薄型化するかについて、メーカーは激しく競争した。そして、1994年を境として、自販機価格は暴落の時代に入った。
自販機は、各国、文化によって好まれる設計・仕様がちがう。アメリカでは簡単・頑丈な機械が好まれ、日本では精巧・緻密な機械が普及した。
これからの問題は、中国に自販機が根づくかどうかだ。
また、ノンフロン対策の問題もある。松下はプロパン、富士は炭酸ガスをつかっている。炭酸ガスを圧縮するのにはプロパンより高圧が必要となり、その分コストが高くなる。
自販機を開発し、普及するまでの苦労話がよくまとめられています。欲を言えば、もう少しメカニズムについての初歩的な解説もいれてほしいところです。私はアンチ・コンビニ派ですが、アンチ自販機ではありません。よく利用しています。それにしても、夏を迎えた今、街頭にあるほとんどの自販機がコールド一色なのが不満です。熱いコーヒーを飲みたいことだってあるのです。幸い、弁護士会館内の自販機はいつもホット・アンド・コールド機となっています。デミタス・コーヒーを愛飲しています。
2007年07月04日
雇用融解
著者:風間直樹、出版社:東洋経済新報社
液晶テレビ「アクオス」をつくるシャープ亀山工場では、総就労者2800人のうち、少なくとも200人の日系ブラジル人が請負労働者として働いていた。ところが、彼ら日系ブラジル人の社会保険未加入が発覚したため、今では、外国人労働者はゼロになったという。しかし、これはシャープ工場内だけのこと。隣接する関連・下請企業には相変わらずブラジル人などが働いている。その一つ、日東電工には1700人の就労者のうち 1000人が請負労働者であり、そのうち800人が日系ブラジル人である。ほかにフィリピン人労働者も別の工場で働いている。
亀山市はシャープを工場誘致するため、前代未聞の45億円もの巨額の補助金を交付した。別に三重県も90億円の補助金を拠出している。この補助金は固定資産税の9割相当を15年間にわたって交付するというもの。交付限度額が45億円ということである。
では、シャープは地元に雇用効果をもたらしたか。
2006年6月、シャープの正社員は2200人。非正規雇用は1800人。その内訳は請負労働者1100人、派遣労働者700人。正社員は、よそから来た社内異動組であり、三重県内出身者で新規に正社員として雇用されたのは、のべ130人のみ。亀山市に増えたのは、他県や南米出身者で、この地に定住することのない請負労働者だった。
これでは地元に批判が高まっているというのも当然ですよね。地元住民の福祉の向上にこそ地方自治体のお金はつかわれるべきですからね。
請負労働者は1日12時間拘束勤務。それで年収は300万円。正社員の半分以下でしかない。さらに問題は、何年はたらいても、正社員ではないので昇給することなく、この低賃金にずっと固定されるということ。これで果たして結婚し、子育てすることが可能だろうか。
業務請負業として有名なクリスタルはグループ全体の従業員が7〜8万人いる。創業したのが1974年で、2002年度の売上高は3590億円。
『週刊東洋経済』はクリスタルについて報道したところ、クリスタルから名誉毀損として訴えられました。請求額は10億円あまり。2006年4月25日、東京地裁は一部の記事取消と300万円の賠償を認める判決を下しました。ところが、控訴審で、和解が成立し、クリスタルは訴訟を取り下げて終結しました。自信がなかったのでしょうね。
業務請負会社の活用にもっとも積極的なのがソニーだ。正社員と請負社員とが同数いて、全工場で同じく製品を正社員ラインと請負社員ラインの両方でつくらせて、生産性を競わせている。
ええーっ、これって、なんだか露骨すぎる労務管理ですよね。そのあまりに前近代的なセンスを疑ってしまいます。
厚労省の労働政策審議会の労働条件分科会委員であるザ・アールの奥谷礼子社長は次のように言い切りました。
はっきり言って労働省も労働基準監督署もいらない。ILOというのは後進国が入っているところ。ドイツもアメリカも先進国はほとんど脱退している。下流社会だと何だの、これは言葉の遊びでしかない。社会が甘やかしている。結果平等というのは社会主義のこと。社会主義に戻すなんて、まったくナンセンス。何のために規制改革をやり、構造改革をやろうとしたのか。昔と違って、今の時代は労使は対等だ。むしろ、労働者のほうが対等以上になっている。経営者は、誰も過労死するまで働けなんて言ってない。過労死をふくめて、労働者の自己管理の問題だ。
ええーっ、いくらホンネの放談とはいえ、信じられないほどのひどさです。経営者の優越感に酔って、過信しているとしか思えません。こんな頭の人が労働条件を考える審議会のメンバーだというのですから、労働条件はひどくなるのも当然です。
いま日本経団連会長を出しているキャノンも請負・派遣労働者に大きく頼っています。
日本の労働現場の問題を鋭く告発する本です。
2007年07月06日
春の日の別れ
著者:長瀬佳代子、出版社:手帖舎
著者は岡山に住む元ソーシャルワーカーです。私が30年前まで関東にいたときに知りあいました。もう永くお会いしていませんが、古希を迎えられたそうです。その記念に作品集を一冊の本にまとめられました。自分で装丁を考えられたそうですが、とても上品な味わいある本です。
岡山文学選奨賞に入選した「母の遺言」など、12篇の随筆を思わせるような淡々とした展開を示す作品が掲載されています。
長く地方自治体の職員として働いてこられただけに、その職場での体験を生かした情景の描きかたが迫真的でみごとです。人情の機微をよくとらえていると感心しました。
----- ぼくには福祉の仕事が向いていないんです。
----- みんな、そう言うな。本当は嫌なんだよ。考えてみりゃ、福祉って他のことが面倒な比べて仕事に比べて面倒なことが多いからな。それに最近は厚生省の指導が厳しいし、仕事がやりにくくなって嫌気がさすのも無理はないが・・・。
------- 長く続けてするのは大変ですが、でも、勉強にはなりました。
------- そうさ、社会の縮図を実際に見られるのだからな。役所の仕事をしていくうえでは、絶対、福祉現場を体験しなくちゃいけないんだ。ところが、だいたい三年でさよならしてしまう。福祉に生き甲斐をもって仕事しようという人間なんかほとんどいない。役所の仕事に上下なんかないのに、福祉というと低くみるんだ。おかしいと思わんか。
------- 分かりません。
------- お前なんか、まだ先のことと思っているかもしれんが、おれたちの年齢の者が考えてるのはポストのことばかり。今度は誰があのポストにいくか、自分は出世コースに乗ったか、はずれたか。そんな話を、飲みながら探りあうんだ。
ホントに今夜もこんな会話が、全国にある市役所近くの一杯飲み屋で、かわされているのでしょうね。著者の今後ますますの健筆を祈念します。
公明党VS、創価学会
著者:島田裕巳、出版社:朝日新書
公明党は2005年9月の衆院選挙で900万票近くとった。2000年6月には 776万票だったので、120万票も伸ばしている。しかし、創価学会の会員が100万人も増えたという事実はない。この120万票は、自民党との選挙協力によるものである。
創価学会の会員数は実数で256万人。有権者数でいうと220万人。学会員は選挙になると、F取りによって会員一人あたり外部から2.5票をとってくる。220万に2.5をかけると550万で、それに会員数の220万を足すと770万になる。これは、連立以前の参院選での公明党の得票数。
このようにして、創価学会は「てこの原理」をつかうことによって、実際の力以上の政治力を発揮している。
「F取り」とは、公明党の票をとってくること、「Kづくり」とは、活動していない創価学会員に働きかけて活動家にすること。
公明党の議員のなかに、いわゆる二世議員はほとんどいない。
公明党は、独自の経済政策というものを持っていない。公明党が独自の経済政策を提唱したことはなく、連立以降は、経済政策にかんして、自民党に任せきりになっている。公明党選出の大臣は、現在、経済政策を決定するうえで重要な役割を果たしている経済財政諮問会議のメンバーに入っていない。
創価学会の多様化がすすむことは、公明党を支持する会員が減っていくことを意味する。創価学会は現世利益の実現を説くことで巨大教団に発展したが、皮肉なことに、その目標を達成すると、公明党の支持者から外れていく可能性が出てくる。実際、学会員だからといって必ず公明党に投票するわけではない。
創価学会にはエリートに力をもたせない仕組みが備わっている。エリートが幅を利かすことは難しい仕組みだ。エリートにとって創価学会は居心地の悪い組織である。学会はエリート会員を組織に引きとどめることに躍起になっている。
学会員にとってもっとも重要なものは本尊でもなければ、教義でもなく、学会員同士の人間関係である。与党である公明党と創価学会の関係について、鋭い分析がなされている本だと思いました。
いま政権与党として我が世の春を謳歌しているように見える公明党もいろいろと大きな矛盾をかかえていることがよく分かる本です。
2007年07月10日
岐路に立つ日本
著者:後藤道夫、出版社:吉川弘文館
明仁(あきひと)天皇は、即位したあと靖国神社に一度も参拝していない。ええーっ、そうだったんですか。そう言われたら、聞いたことありませんよね。父親である昭和天皇が靖国神社に参拝したのは1975年(昭和50年)11月21日が最後で、そのあと1978年にA級戦犯が合祀されたからは一度も行っていない。
宮内庁は、議論の分かれているところには行かれないと説明する。なーるほど、ですね。
明仁天皇は1996年に栃木県の護国神社に参拝したことがあるが、そのときも、事前にA級戦犯が合祀されていないことを確認したうえのこと。
このように、A級戦犯の合祀は、天皇と靖国神社、護国神社との関係を切断する結果をもたらしている。
明仁天皇は戦後的価値観をそれなりに身につけている。たとえば、昭和天皇時代と異なり、天皇単独の行幸(ぎょうこう)が減り、天皇と皇后はそろって行幸啓(ぎょうこうけい)が増え、皇后の役割の増大が目立っている。記者会見を受けるときにも、天皇と皇后が並んで坐り、記者の質問も「両陛下にうかがいます」となっている。天皇と皇后はまったく平等に扱われている。
また、1999年11月の在位10年記念式典の際に民間代表として選ばれたのは、阪神・淡路大震災の被災者(女性)と、障害者スポーツの代表(女性)だった。
明仁天皇は、韓国のノテウ大統領が訪日したときの宮中晩餐会で次のように発言した。
「わが国によってもたらされたこの不幸な時期に、貴国の人々が味わわれた苦しみを思い、私は痛恨の念を禁じ得ません」
この発言は、右派のナショナリストに大変なショックを与えた。このあと、彼らは天皇を政治の局外に置くべきだと主張しはじめ、天皇の天首化を主張することはしなくなった。
世論調査によると、若年層は皇室に親しみを感じず、無関心層が分厚く存在している。尊敬20%、好感41%、無感情36%となっている。
女性週刊誌がこのところ一部に雅子さんバッシングを相変わらず書いていますが、あまり皇室の提灯記事を見かけないのは、このことの反映でもあるのでしょうか。
小沢一郎はアメリカと日本財界の意向を受けて、日本の軍事大国化を目ざした。そのためには社会党をつぶすか変質させなければならない。そこで、小選挙区制を導入することにした。中選挙区制ならともかく、小選挙区制で社会党が生き残るには共産党でなく民主・公明党と組むしかない。そうなると、社会党は安保・外交政策を転換させる必要がある。小選挙区制が導入されたら、社会党は少数政党へ転落するか、変質するか、どちらかを選ばざるをえない。いずれに転んでも障害物としての社会党は消える。この小沢の狙いはあたった。
いま、その小沢一郎は民主党の代表です。自民党と民主党と名前の違いこそあれ、政策的にはまったく同じ。憲法改正をすすめる点も違いありません。いつだってアメリカ言いなりです。にもかかわらず。マスコミは相変わらず、あたかも違いがあるかのように二大政党制をもちあげるばかりです。いやになってしまいます。
日本人のなかにも多種・多様な考えがあることをふまえて、少数野党の言い分をきちんと報道するのは公器としてのマスコミの責任ではないでしょうか。
まやかしの二大政党論は、もううんざりです。
2007年07月11日
おいしいハンバーガーのこわい話
著者:エリック・シュローサー、出版社:草思社
毎日、アメリカ人の14人に1人がマックを食べている。毎月、アメリカの子どもの 10人のうち9人がマックにやって来る。アメリカ人は年間130億個のハンバーガーを食べている。地球を32周できる量だ。1968年にマクドはアメリカにしかなく、1000店だった。今は、世界中に3万1000店ある。
1900年代のはじめのアメリカではハンバーガーは、貧しい人の食べもので、不潔な、安全ではないものと考えられていた。次のように言われていたのです。
ハンバーガーを食べるなんて、ごみ入れの肉を食べるようなものだ。
2007年の今、私は、今こそ、マックって、そんなものだと叫びたい気分です。
マクドナルド社は、新しい店の用地を選ぶとき、セスナ機に乗って学校を探し、その近くに店を出した。そのうちヘリコプターをつかい、校外の広がる方向を割り出し、道路沿いの安い土地を探した。今は、宇宙からの衛星写真をつかっている。
マックのマニュアルは1958年当時は75ページだった。今は、その10倍、重さが2キロもある。これは、一人ひとりの社員の能力をたたえることはせず、ひたすら取りかえのきく従業員を求めるということ。すぐに雇えて、すぐにクビにできて、すぐに取りかえられる人間をマックは求めている。一般にファーストフードの店員は3〜4ヶ月でやめるかクビになる。賃金がひどく低いからでもある。
内容がつまらなくて、賃金が低くて、手に職のつかない仕事を、マックジョブという。辞書には、マックジョブとは、賃金が低くて、出世の機会がほとんどない仕事だと書かれている。マックジョブとは、将来性のない仕事のことだ。
マックは労働組合がない。ただし、日本では2006年5月にマック労組ができた。ケンタッキーフライドチキンにも2006年6月に労組ができた。
マックのフライドポテトは店にとって割がいい。生のジャガイモの代わりに冷凍ポテトをつかったので、コストが下がった。ハンバーガーより、ずっと割がいい。
アメリカの冷凍フライドポテト市場の80%を巨大な三つの会社が支配している。仕入れた値段の20倍で売っている。しかし、生産農家はもうかっていない。
フライドポテトの味を左右する大きな要素は、揚げ油だ。大豆油7、牛脂93の比率で混ぜた油だフライドポテトを揚げる。
加工食品をピンクや赤・紫色に染めるためのカルミンは、ペルーなどでとれる小さな虫の死骸からつくられている。
アメリカの公立高校1万9000校、これは全国の高校の5つに1つにあたる、で特定ブランドのファーストフードが売られている。学校が金もうけの土俵となっている。売上げの一部を学校が受けとるのだ。
30年前、アメリカのティーンエージャーは清涼飲料の2倍ほど牛乳を飲んでいた。今では、牛乳の2倍の清涼飲料を飲んでいる。清涼飲料の缶1本に含まれる砂糖の量は茶さじ10杯分だ。
現在、アメリカでもっともたくさん牛肉を買っているのはマックだ。精肉業界の大手4社で、市場の84%を占めている。そのため、個人牧場主は生計を立てるのが難しくなった。
チキンマックナゲットは牛肉と同じ不健康な脂肪を多く含んでいた。牛脂で揚げていたからだ。
牛を処理するスピードは、1時間に400頭の牛を処理するというもの。ファーストフード・チェーンに供給するための精肉システムは、病気をまき散らすのにも有効なシステムだ。アメリカでひき肉にされる牛のうち4分の1は乳の出なくなった乳牛。その乳牛は病気にかかっていることが多い。マックはひき肉の多くを乳牛から得ている。割合に安くて、肉の脂肪が少ないからだ。
私の自慢は、20年以上もマックを口にしたことがないということです。コーラも飲みません。赤坂の交差点にあるマックに若い人たちが群がって買い求めているのを見るたびに、彼らの口とその精神の貧しさに哀れみを感じてしまいます。だって、マックって、いかにも人工的な美味しさでしょ。子ども時代、マックに口が慣らされてしまうと、素材の良さなんか分からなくなってしまいます。
2007年07月13日
情報戦の時代
著者:加藤哲郎、出版社:花伝社
著者の個人ウェブサイト「加藤哲郎のネチズンカレッジ」は、累計100万件近いアクセスを記録しているそうです。
IT技術が、それ自体として分権化をうながし、ネットワーク型コミュニケーションをもたらすというのは幻想である。むしろ、市民による活用と抵抗がないならば、地球的規模での独占・集積化も可能である。
つまり、インターネットや携帯電話のような個人単位のコミュニケーション手段が広がることで、一方でさまざまな個性のネットワーク型結合が可能になると同時に、他方で、その大元を押さえ、個人情報や私的コミュニケーションまで集権的に管理し支配しようとする動きも現れる。
私も、そのとおりだと思います。インターネットは大変便利なものですが、情報統制する怖いものでもあると思います。
改憲論議は、世論レベルではムードが先行しており、賞味期限を論ずるよりも、まずは立憲主義と現行憲法の中身を知る知憲こそが国民的規模で必要なのだ。逆に言うと、護憲勢力の主張も、「昔の名前で出ています」風の保守的イメージでしか浸透していない。
新聞の調査で「改憲」についてのイメージを問いかけたところ、現実的29%、未来志向28%、自主独立14%、軍拡10%、復古的8%という回答だった。
このように、かつての護憲=恒久平和、改憲=軍拡・復古という構図では、今日の改憲ムードの流れは変えられないのである。
うむむ、そうなんですか・・・。いろいろ考えさせられる本でした。
6月17日に受けた仏検(一級)の結果を通知するハガキが届きました。45点でした。自己採点は50点でしたから、5点も下まわりました。合格基準は90点ですから、とてもとても足りません。ちなみに、150点満点です。今回はいつも以上に難しかったのですが・・・。めげずに毎朝フランス語を勉強しています。仏和大辞典を愛用しています。ボキャブラリーを増やし、なんとか用例を覚えて仏作文も少しはできるようにがんばりたいと思います。
メディアと政治
著者:蒲島郁夫、出版社:有斐閣
日本のテレビ報道の特性は5つ。
1.一つの事柄が視聴率をとれるとなれば、各局ともそれに話題を集中する洪水報道化すること。
2.時間的制約があるため、善玉・悪玉の二項対立で番組をつくる傾向があること。
3.視聴者に提供される情報はカメラがとらえた映像に限られるため、制作者の意図に誘導しやすいこと。
4.テレビは映像が命であるため、映像のない事柄はニュースになりにくいこと。
5.放送は一定の時間内に終わらせなければならないこと。
これらの制約をのがれて番組を制作することは、物理的な事情もあって難しい。そのうえ、民法では、ある程度の視聴率が見込めない番組はつくることができない。
そうなんですよね。テレビのワイドショーをふくめて、ある時期に一つのテーマに集中して報道し、しばらくすると、さっぱり取り上げなくなる。その後、どうなったのか、後追い記事(報道)はほとんどされません。私も、その点がすごく不満です。いろいろ多角的な視点からの報道をしてほしいものです。
大嶽秀夫・京大教授は日本におけるポピュリズムの特徴について、次の3点をあげる。
1.新聞のテレビに対する批判姿勢が弱く、テレビの人気を新聞が増幅する傾向をもつ。2.メディアの横並び体質と、視聴者にこびる性質がとくに強い。
3.テレビでの意見表明は大きな権威をもっており、無批判に受けいれられる傾向がある。 テレビをまったく見ず、新聞を丹念に読んでいる私にも、この指摘はまったくあたっていると思います。一般紙がテレビ報道を批判することは、まずありません。
新聞で社説は社論である。これを執筆しているのは論説委員。これは、経営にはしばられない社長直属の独立機関である。論説委員は、記者歴20年以上で、専門性が高く、各部から複数選ばれる。トップである論説委員長(論説主幹)の下に、デスクワークもする論説副委員長が数人いて、総勢20人はいる。結論は全会一致が原則。どうしても意見がまとまらないときは、論説委員長が最終判断を示す。重大な決断は主筆(社長)が下すが、そこに至るケースはめったにない。
政治改革(小選挙区制の導入)のとき、郵政改革のとき、マスコミが誤った方向に世論をリードしていった責任は重大だと私は考えています。
ダイナスティ
著者:デビッド・S・ランデス、出版社:PHP出版社
ファミリー企業とは、創業者あるいはその家族によって所有され経営されている企業のこと。同族経営と言われると、マイナス・イメージもある。
しかし、このところ欧米ではファミリー企業は再評価されている。『フォーチュン』誌の選んだ世界のトップ500社のうちの3分の1をファミリー企業が占めており、EU(ヨーロッパ連合)では国民総生産と労働市場の3分の2をおさえ、あなどりがたい勢力となっていて、その優位性は明らかである。日本では、245万社ある企業の94%は同族企業で、上場企業でも4割はファミリー企業である。
この本は、世界のトップ巨大企業のうちのファミリー企業の内情を描いたものです。ファミリー企業は、一族が多産かどうか、その生命の再生産能力にかかわるところが大きい。
また、風習や文化によっては、直系の男性だけを後継者とみなし、女婿はおろか実の娘でさえも会社に参加させず、彼らを部外者としてしまうファミリー企業も多い。反対に、トヨタ自動車のように、血統については寛大で、姻戚だけでなく、養子縁組でもよいとする文化もある。
銀行業は二つの理由からファミリー企業向きである。銀行業で成功するには、基本的に人間関係が大切で、誰と知りあいで、誰を信頼し、誰から信用されるかというコネクションである。しかも、生産企業と違って銀行では絶えず発達する技術にそれほど依存することもない。一年単位でも技術革新に対応できるような有能な技術者は必要としない。つまり、家族以外の人材に頼る必要性に乏しい。
ダイナスティ(王朝)は、愚者であっても支配でき、また、しばしば愚者が支配した。
ユダヤ教の習慣では、おいとおばとの結婚は禁じているが、おじとめいの婚姻は認めている。ロスチャイルド家の孫たち18組の結婚のうち16組はおじとめいかいとことの結婚だった。一族のなかの婚姻は、社会的にも文化的にも利点があった。習慣や秘密を外部から守ることができた。
逆境のなかで不屈であることこそ、ダイナスティを支える力である。ロスチャイルド家は外部からの支援は受けたが、その核心はあくまでも一族だった。
フォードは反ユダヤ主義者で、ナチスから堂々と勲章をもらった。そして、ニューディール政策をとったルーズベルト大統領を毛嫌いした。工場内の労働組合をつぶすために暴力団に頼んで殺させることもした。
アイアコッカは、フォード社でめざましい成果をあげた。会社の経営は好転し、社会でのフォードのイメージは定着した。アイアコッカが社長になってもおかしくなかった。しかし、彼は一族でなかった。精力的で野心家で、家族の手に負えなかった。強大になりすぎたため、アイアコッカはフォード社から排除されてしまった。
ファミリー企業の継承は世界各国でも必ずしもうまくはいっていないようです。偉大な父親の下では虚弱な息子が生まれがちなのは、世の東西を問わないからです。
2007年07月18日
イラクの混迷を招いた日本の選択
著者:自衛隊イラク派兵差止訴訟全国弁護団連絡会議、出版社:かもがわブックレット
イラクでは毎日のように自爆攻撃がくり返され、大勢のイラク人が殺されています。日本の新聞では小さく報道されますが、テレビで報道されることはほとんどありません。あまりに毎日おきて、あたかもルーティンワークのようになってニュース(目新しいもの)にならなくなってしまったからです。
そんなイラクで日本の自衛隊が今なおアメリカ軍の下働きをしています。航空自衛隊です。200人の自衛隊員がイラク内で輸送業務に従事しています。
アメリカ軍兵士を輸送する航空自衛隊C−130H輸送機は「アメリカ軍の定期便」と言われている。C−130H輸送機は、乗員は6人で、最大輸送人員92人、完全武装兵でも64人を乗せることが可能。搭載量は20トン。ジープや大砲、装甲車も運べる輸送機だ。
撤退した陸上自衛隊はイラク・サマワで何をしていたのでしょうか。日本のマスコミはテレビも新聞も、本当のことをまったく伝えませんでした。
当初は、たしかにサマワ市民への給水活動を多少なりともしていた。しかし、2006年2月からは給水活動は何もしていない。治安が急激に悪化したため、自衛隊は郊外にある宿営地から出ることができなくなった。そして、給水活動をしていたとき、実はサマワ市民とあわせてアメリカ軍やオランダ軍への給水活動もしていたのではないか。砂漠地帯では、兵器は水冷ディーゼルエンジンで動いている。水がなければアメリカ軍は戦うことができない。日本の自衛隊はアメリカ軍の下支えとしての給水活動をしていたと思われる。このように、サマワの自衛隊は、広大なイラク南部砂漠地帯の占領政策を遂行する多国籍軍に、軍隊にとっての「命の水」を安定的に供給するという後方支援活動、つまり軍事活動を担っていた。
なーんだ、そういうことだったのか・・・。またまた日本人は日本政府から欺されてしまったのですね。
イラクにいるアメリカ兵は15万人。これまで3600人ものアメリカ兵が戦死した。しかし、イラク市民の死者はケタが2つも違う。65万5000人と推計されている。さらに、家族を失い、家を破壊されるなどして国外に難民として流失した人々が200万人国内避難民は170万人。イラク戦争が始まったときのイラクの人口は2700万人。3年間でイラクの人口の一割が減少したことになる。
ですから、イラク人女性の次のようなブログ上の発言には、つい、そうだよな、と同感せざるをえないのです。
この4年でアメリカ兵が3000人死んだんだって。本当? それはイラク人の一ヶ月の死者の数にもみたないじゃない。アメリカ人には家族がいた? それはお気の毒さま。でも、それはイラク人にとっても同じことよね。イラクの道ばたの遺体や遺体安置所で身元確認を待っている遺体たちもね。アメリカ兵の命は私たちのいとこの命よりもっと大切だって言うの? 私はそうは思わないわ。
愛する家族や友人を奪われた人々の心の中に憎しみが生まれてくるのも当然です。報復の連鎖はどこかで止めるしかありません。
日本のマスコミは、イラクで日本の自衛隊が何をしたのか、いま何をしているのか、自衛隊が後方支援しているアメリカ軍がイラクで何をしているのか、もっと事実を正しく報道すべきです。
いったい、今、イラク国内に日本のジャーナリストはいるのでしょうか。どこに何人いるのでしょうか? 私は、ぜひ知りたいです。こんな基本的なことも明らかにしないで、日本を「美しい国」だなんて、言わせません。
2007年07月26日
ジャパニーズ・マフィア
著者:ピーター・B・E・ヒル、出版社:三交社
イギリス人の学者による日本ヤクザの研究書です。
ヤクザが商店やバーから金銭を引き出す方法は「みかじめ料」に限らない。おしぼり、つまみをヤクザが提供する。また、貸し絵画や観葉植物という方法もある。
神戸周辺のみかじめ料は平均してクラブだと月に10万円、パチンコ店で30〜50万円。東京・銀座の高級クラブだと月100万円。ソープランドで月500万〜700万円。これを必要経費として認めることを裁判で訴えた経営者がいたが、敗訴した。
佐川急便はビジネス上のトラブルを避けるため、稲川会に年20億円も支払っていた。総額で1000億円が稲川会に流れたと推定されている。
建設業界もヤクザへ支払っている。その標準額は麹総額の3%。20兆円の公共投資があるとして、少なくともその3分の1にヤクザが関与しているとすると、年間5000億円をヤクザは建設業界から得ている。
そうなんですね。だから自民党は昔も今も、大型公共事業がやめられないのです。
自民党の議員はほとんど右翼や暴力団と深いつながりをもっている。ところが、マイクの前に立つと、自民党議員は「暴力団、右翼はけしからん」と大声を上げる。
現在のヤクザは、日本の政財界にとって不可欠な存在になっている。イトマン事件においては、ヤクザ組織と合法的な企業との関係は完全に略奪的なものだったかもしれないが、いつもそうとは限らない。むしろ、政財界のエリートたちは、ヤクザ組織からの保護サービスを自ら求める消費者にもなっている。さらには、野村證券の例にあるように、大企業がヤクザ組織の疑わしいビジネス慣行の自発的な共謀者ともなっている。
皇民党の事件から見えてきたことは、自民党の大物政治家と日本の巨大犯罪シンジケートのトップとの深い関係だ。高級料亭で、ヤクザ相手にどちらが上座にすわるかを譲りあっているのが有力政治家の実像だとしたら、ヤクザの撲滅を口にする政治家の言葉をどれほど信用できるだろうか。
住友銀行の名古屋支店長がピストルで射殺された事件について、次のような解説がなされています。
住友銀行は犯罪シンジケートをつかって他の犯罪シンジケートに関連する債権回収をすすめた。住友銀行の債権回収の圧力によって会津小鉄の組長が自殺し、さらに東京で別のヤクザの組長も自殺した。そこで、自分が次のターゲットになるかもしれないと考えたヤクザが名古屋支店長を殺害した。この事件のあと、大蔵省は住友銀行に対して、税金対策としてヤクザ関連の5億円の不良債権の償却を認めた。
ホントに腹の立つようなひどい話ばかりで、嫌になってしまいます。ヤクザが現代日本社会に深く根づいているのは、想像以上です。こればかりは、知らぬが仏、というわけにはいきません。
2007年07月27日
清冽の炎(第3巻)
著者:神水理一郎、出版社:花伝社
全国で激しい学園紛争が起きていた1968年。この1年間を5分冊にして刊行する、その第3巻が出ました。朝日新聞の一面下に広告も出ていましたが、実はちっとも売れていないのだそうです。私は、みなさんに応援をお願いしたいと思いまして、ここでは第1巻のあらすじを紹介します。
1968年4月。猿渡洋介は一浪して東大に入学した。同じクラスには予備校仲間が3人もいる。駒場寮は6人部屋。二年生の沼尾とジョーのほかは一年生が4人だ。机とベッドがあるだけで、間仕切りもない大部屋での楽しい生活が始まった。単なるダベリングではなく、読書会をしよう。サークルノートを回覧しよう。寮生同士の交流が深まっていく。人生を語り、将来を模索する。
猿渡が暇そうにしていると、ジョーが声をかけて若者サークルのダンスパーティーに参加することになった。生き生きした若者に魅かれ、猿渡は北町セツルメントに入ることになり、そこで佐助というセツラーネームがついた。若者サークルは毎週土曜日に例会を開く。労働現場の様子が語られ、佐助の目が社会に開かれていく。
子ども会が活動しているのは、電車のガード下のスラム街だ。そこへ尚美は飛びこんでいき、セツラーネームをヒナコと名付けられた。
ベトナム戦争反対のたたかいが盛り上がるなか、駒場の自治委員長選挙で民主派が破れた。医学部で孤立した学同派が起死回生の一打として安田講堂を占拠し、これに対して安河内東大総長は時計台官僚の突き上げもあって機動隊の導入を決断する。
学生は猛反撥し、法学部を除く全学部が一日ストをうって安田講堂前広場に6000人が集まり、抗議の大集会を開いた。しかし、安河内総長は旧態依然とした対応に終始し、学生の不満が高まるばかり・・・。
佐助は、若者サークルの女性に憧れたが、早くも失恋する。しかも、自分のすすむべき専門の経済学について勉強する気も起きない。若者サークルで労働者と話しをするにつれ、将来に対する漠然とした不安は強まるばかりだ。
第1巻は2005年11月刊、1800円。第3巻は2007年7月刊、1800円。
ようやく梅雨が明け、遅れを取り戻そうとするかのように、連日、セミの大合唱が奏でられています。日曜日の夕方、庭を少し掘って枯れ葉と生ゴミを埋めこみました。枯れ葉はコンポストに入れています。生ゴミは大きなポリバケツに入れ、EM菌と混ぜあわせておきます。悪臭なく、ウジもわきません。ダンボールに生ゴミを入れてヌカなどを混ぜあわせると、生ゴミが消えてなくなるそうですが、わが家では庭づくりのためには消えてなくなるのは困りますので、EMぼかしをつかっています。
サボテンが子をたくさん産んでいますので、事務員さんたちに30個ほど引きとってもらいました。大きくなると白いきれいな花を咲かせます。
2007年08月03日
清冽の炎(第3巻)
著者:神水理一郎、出版社:花伝社
第3巻が7月に刊行されました。さっぱり売れずに最終巻(1968年4月から1969年3月までを5巻、その20年後を6巻とする構想です)まで到達できるかどうか、著者も出版社も心配しています。ぜひ、みなさん応援してやってください。前回に引き続き、第2巻のあらすじを紹介します。
駒場では代議員大会が無期限スト突入を決定した。
民主派と敵対する三派連合の呼びかけで、安田講堂に3000人の学生が集まり東大全学共闘会議が結成された。東大全共闘は七項目要求を掲げつつ、東大生であることを否定せよ、全学バリケード封鎖で東大を解体せよと叫び、影響力を広げていった。
佐助が一員となった若者サークルは、丹沢へ一日キャンプに出かけて交流を深めた。セツラーは、その取り組みを議論し、評価して総括文にまとめあげていく。そして青年部や子ども会といったパートに別れて活動している全セツラーが集まって徹底的に討論する。夏合宿は奥那須の三斗小屋温泉で四泊五日の日程だ。日頃の地域での実践を交流しあい、人生を語りあう。楽しいなかにも生き方への厳しい問いかけが不断にかわされる。さらに、北町セツルメント内にある路線の違いが表面化してきた。地域を革命の拠点をしようという過激な主張が登場してきたのだ。
安河内総長は紛争収拾策として8月10日に告示を発表した。しかし、それは従来の延長線上でしかなく、学生を失望させた。
子ども会は北町に泊まりこんで地域での集中実践合宿に取り組んだ。地域内にある矛盾がかなり見えてきて、北町に住みこんで活動しようというセツラーが少しずつ増えていく。何かをつかみたい。それを将来に生かしたいと考える学生たちだ。
そんななかで中学生の子どもたちが家出する事件が起きた。しかも、そのあとセツラーが子どもに殴られる事態へと発展していった。セツラーの危機が迫った。
駒場では要求解決の展望が見えないまま、多くの学生が登校せずネトライキ状態が続いている。なんとかしなくてはいけないという思いが、第三の潮流としてのクラス連合の結成につながった。しかし、代議員大会では相変わらず、民主派と全共闘の勢力が伯仲して、膠着状態が続いている。民主派は戦闘的民主的全学連をモットーとしてかかげ、全共闘に対して正当防衛権を行使する方針をうち出し、九月から実践しはじめた。
佐助は夏合宿以来、ヒナコが気になっている。思い切ってデートを申し込んだ。しかし、進路については依然として定まらず、不安なままだ。
第2巻は2006年11月刊、1,890円。第3巻は2007年7月刊、1890円。
打ちのめされるようなすごい本
著者:米原万里、出版社:文藝春秋
著者は食べるのと歩くのと読むのは、かなり早かったそうです。でも、前の二つは周囲から顰蹙を買ってしまいます。母親から、他人と歩いたり食べたりするときは、相手にペースをあわせ、時空間の共有を楽しむようにと、幼いころから口うるさく言われたとのこと。これって、なーるほど、ですよね。ところが読書は、いくら速くなっても、はたから文句を言われることがない。そこで、この20年ほど、一日平均7冊を維持してきた。うむむ、これはスゴーイ。速読派を自認する私でもこのところ年間500冊が精一杯です。東京往復するときは最低6冊が自分に課したノルマです。ただし、速読派が必ずしも知性派とは限らない例を知りました。スターリンです。
スターリンは激務の合間に1日500頁を読破する読書家で、歴史、小説、哲学など幅広く大量の書物を熱心に読んでいた。本の余白に残したコメントや感想が並々ならぬ教養と知性、と同時に冷徹で酷薄な現実主義を感じさせる。『知られざるスターリン』(現代思潮社)の書評として、このように紹介されています。
いずれにしても、著者の書評を集めたこの本を読んで、つい食指を動かしてしまった本がいくつもありました。早速、本屋に注文しました。私はインターネットで本を注文することはしない主義です。だって、町の本屋さんは大苦戦しているのですよ。町にある本屋さんを残してやらないと、本屋のご主人だけでなく、子どもたちが可哀想です。子どもたちの大好きな立ち読みができなくなってしまうでしょ。
すぐれた書評家というものは、いま読みすすめている書物と自分の思想や知識をたえず混ぜあわせ爆発させて、その末にこれまでになかった知恵を産み出す勤勉な創作家なのだ。著者と評者とが衝突して放つ思索の火花、わたしたち読者は、この本によってその火花の美しさに酔う楽しみに恵まれた。
書評は常に試されている。まず、その書物を書いた著者によって、その書評に誘惑されて書物を買った読者によって試されている。
世の中に割に合わない仕事があるとすれば、書評はその筆頭株、よほどの本好きでないと続かない困難な作業である。
以上は井上ひさしの文章です。なるほど、さすがは私が心から尊敬する井上ひさしです。言うことが違います。私もインターネットに書評をのせはじめて、もう6年目になりました。一日一冊となってからも4年目だと思います。たしかに、よほどの本好きだからこそ続く作業です。
それにしても、本当に惜しい人を亡くしてしまいました・・・。著者にはもっと長生きして、大活躍を続けてほしかったですね。
日曜日の午後、久しぶりに昼寝しました。わが家の庭のすぐ下は広々とした一枚の田圃になっています。稲の苗もずい分と大きくなりました。水面をわたって吹いてくる風に吹かれながらの昼寝です。我が家にはクーラーはありません。大学生のころ、司法試験の勉強のために、長野県戸狩市にある学生村に一週間ほど行ったことがあります。そのときも午後は毎日昼寝していました。気だるい真夏の昼さがりに昼寝しながら、大学生気分にも浸ったことでした。ところで、夏の学生村って、今でもあるのでしょうか・・・。
2007年08月07日
星新一
著者:最相葉月、出版社:新潮社
星新一のショート・ショートは私の愛読書のひとつでした。子どもたちが学校で学ぶ国語の教科書にもたくさん引用されているそうですが、とてもいいことだと思います。
その斬新な発想に、いつもハッと居ずまいをただされる思いがしていました。この本は、その星新一の生涯をたどったノンフィクションです。
星新一は本名を星親一といいます。昭和20年4月、東京帝大農学部に入学しました。専攻は農芸化学、研究テーマはペニシリンでした。星新一の父親は星一といい、星製薬の社長でした。昭和26年、アメリカのロサンゼルスで急逝し、星新一が星製薬を引き継ぐのですが、結局、すべてがうまくいきませんでした。
星新一の小説はユーモアというか、ブラックユーモアにみちみちています。しかし、家庭内では、子どもたちに冗談を言って笑っている姿を一度も見せたことがないといいます。
星一と星新一との空の星をめぐる対話が次のように紹介されています。面白いですね。
「空の星は、どんなに遠くにあっても、そっちに目を向ければ、すぐに実物を見ることができる」
「それは違うよ。光の速さは1秒に30万キロメートル。だから、今みている星も、10年前、100年前の姿なんだ」
「なるほど、見る場合はそうかもしれん。しかし、考える場合はどうだ。いま地球のことを考えている。次に遠い星のことを考える。これには何の時間も要しない。だから、人間の思考は光より速いということになるぞ」
根底から発想を転換することによって固定観念を覆し、新たな地平に目を向ける。目を白黒させた星新一は、このときの父親の言葉を生涯忘れることはなかった。
私は高校生のとき、『SFマガジン』を愛読していました。といっても、たいていは買って読んだというより、本屋で立ち読みしていました。そのスケールの雄大さ、発想の奇抜さに毎号、胸をワクワクさせていました。
星新一は、ショートショートを書くにあたって、次の三つの禁じ手を自らに課していました。一つは、性行為と殺人シーンの描写をしない。第二に時事風俗を扱わない。第三に、前衛的な手法をつかわない。
なーるほど、そう言われたら、そうなんですよね。
星新一が、SF仲間内での気のおけない会合での放談を聞くと、この人は、親から、そんなことは言ってはいけません、と叱られたことなどなく、自由奔放に育てられたと思う。そして、それは当を得ていて、実際、星新一の放言は母親譲りだった。
星新一は強烈な毒舌を吐くけれど、相手を不快にさせない。大ボラを吹くけれど、相手を怒らせたり、からまれたりすることはない。同じホラでも洗練されている。うっかり失言してしまった、というものではなく、高度に自覚的な放言であった。
星新一の筆記用具は、Bの鉛筆。手の力がそれほどもなく書ける濃くて柔らかい。書き損じた原稿用紙の裏面に、タテは原稿用紙サイズいっぱい、横は5センチ幅の細長い長方形、ここに、書き出しから結末まで、起承転結がひと目で見渡せるのが星新一の最初の下書き。小さな文字にぎっしり詰まった長方形を眺め、練り、確信を得たところで、原稿用紙に2度目の下書きをする。このときはボールペンや万年筆をつかい、ミミズのはうような字でマス目を数えながら書きすすめる。壁には当用漢字表を貼り、そこにない漢字は使わない。こうした推敲を経て、編集者に渡すための清書に移る。万年筆で、一文字たりとも書き損じのない完全原稿である。
私の場合も、出だしだけは同じです。要するに、不要になったコピーの裏(白紙)に手で原稿を書きはじめるのです。ただし、私はエンピツ派ではなく、水性ペン派です。
星新一の文庫本は、10万部を達成したものがいくつもあります。私は、かなり読んだつもりでいましたが、たちまち自信を喪ってしまいました。
星新一が祖父のことを書いた『祖父・小金井良精の記』は私も読みましたが、祖父を悪人として描いた松本清張を「許せない」と怒っていたことを、この本を読んで知りました。
また、星製薬のことを書いた『人民は弱し、官吏は強し』も読みましたが、星製薬が麻薬を扱っていたことにあまりふれていないという批判があることも知りました。
それにしても、星新一の『ボッコちゃん』が200万部超、新潮文庫全体では累計 3000万部をこえ、今もなお増刷が続いていること、海外20言語以上、のべ650点をこえる翻訳があるというのはすごいことです。
星新一、偉大なり、と言っていいでしょうね。
2007年08月08日
マングローブ
著者:西岡研介、出版社:講談社
驚くべき事実を紹介した本です。あの東京・山手線がテロリスト集団に完全に牛耳られていて、警察はそれを知っているのに何も手を出さず、マスコミはタブー視して事実を報道せず批判することもないというのです。日本を裏で支配しているのはヤクザ(暴力団)かと思っていましたが、もう一つの暴力集団がいたのですね。ショッキングな事実でした。
しかも、その暴力集団の親分たち(ファミリー)は、ハワイや日本各地に豪邸をかまえていて、優雅な生活を送っているというのです。読んでいるうちに本当に腹が立ってきました。
「革マル派」と大書きした横断幕を久しぶりに見たのは、この5月、博多駅近くのホテル前のことでした。このとき、ホテルで国民投票法案をめぐる公聴会があり、私も弁護士会の一員として傍聴に出かけたのです。20人ほどのヘルメットをかぶった必ずしも若くない男女がいて、シュプレヒコールを叫んでいました。ええーっ、まだ福岡にもいたのか、革マル派って・・・、と思いました。私の大学生のころは、たしかによく見かけました。中核派などと残虐な殺しあいをくり返していて、まさしく恐ろしいテロリスト集団でした。
革マル派の最高指導者は、昔も今も松崎明、71歳。自宅としている埼玉県小川町のマンションに住民票はおいているものの、対立セクトや警察に居場所を知られないよう、 25年以上ものあいだ、その所在地を転々とさせてきた。警察当局も松崎明の居場所をつかむのは難しかった。ところが、この松崎明はハワイに高級コンドミニアム(マンション)や邸宅をかまえていた。
ハワイにある松崎明の所有する高級コンドミニアムは、300平方メートル。浴室が2つ、寝室は3つある。2004年4月に3780万円(31万5000ドル)で購入した。もうひとつ、庭付きの一戸建て住宅も所有した。930平方メートルのうち800平方メートルが庭。浴室は2つ、寝室は3つある。1990年に2360万円で購入した。 2005年に売却している。
群馬県嬬恋村には高級別荘が点在する。ここに松崎明らのようなJR東日本労組のトップ連中が数多く別荘をもっている。
革マル派には、今も、全国に5400人のメンバーがいる。JRには、トラジャとマングローブという名前の2つの秘密組織がある。これらが、JR東日本を、トップの経営陣から現場の社員に至るまで、全員をマインドコントロールしている。
トラジャは、動労の革マル派が、組合活動家を抜擢し、革マル派本体に送りこみ、職業革命家としての訓練を受けさせたグループ。JR革マル派のトップ組織で、マングローブの指導などにあたる。
マングローブは、分割民営化後のJR各社の労働組合における革マル派の組織防衛と拡大を目的にJR革マル派内部でつくられた組織である。
革マル派がJR東日本を支配するようになったのは、国鉄改革から。改革3人組は、国労とたたかうために、国労の敵である松崎明のひきいる動労と手を組んだ。
JR東労組の組合費は年に9万2400円。JR西労組より年に3万円も組合費が高い。
革マル派の内ゲバは、決して30年前とか40年前のことではない。1980年9月から1995年11月まで、死亡者7人、重傷者7人という大変な被害者を出している。そして、驚いたことに、JR東日本の経営陣は、内ゲバで死亡した革マル派活動家の葬儀を労組と合同で行った。このとき、JR東日本の住田社長本人が参列して弔辞を読みあげたというのですから、開いた口がふさがりません。
JR東日本の最高幹部が革マル派の排除に乗り出そうとすると、革マル派から警告があった。自宅のプロパンガスの周囲に大量のマッチがばらまかれる。幼い孫がさらわれて幹線道路の中央分離帯に置き去りにされたりした。恐ろしいことです。
革マル派の活動家は、自党派の活動家としか結婚しない。そして、子どもは革命の妨げとなるとして、ほとんど子どもをつくらない。ところが、松崎明には、子どもどころか、孫までいる。
革マル派は盗聴集団でもある。警察の摘発した浦安アジトでは、警察無線を傍受するため、市販のものを改造した無線機12台、デジタル無線にかけられた暗号解読・再生機が11台、解読された無線内容を記録する録音機20台があり、6人の女性活動家がデジタル無線を傍受していた。警察庁など、20都道府県の警察無線を24時間態勢で傍受していた。
JR東日本の革マル派問題はマスコミではタブーになっている。JR東日本はキヨスクという販売の流通網を握っている。これはマスコミにとって、大切な収入源である。
そして、革マル派は、その顧問に元警察庁の幹部をひきいれた。JR東日本の初代監査役である柴田義憲は警視庁公安部長、副総監になり、警察庁警備局長になった超大物警察キャリアである。それがJR東日本に入ったとたん、警察から革マル派を守るガードマンになり下がってしまった。そして、警察時代に育てた部下たちをJR東日本に招き入れた。
ウムム・・・、いったい何事をしているのか?そのお金は本当は組合費として徴収されたものが流用されているのではないか・・・。ショッキングな事実が満載の本でした。
(2007年6月刊。1680円)
2007年08月10日
清冽の炎(第3巻)
著者:神水理一郎、出版社:花伝社
この第3巻は、1968年11月と12月に東大闘争で何が起きたのかを取りあげています。当時、全国の学園闘争の天王山として東大闘争が取りあげられていたこと自体は歴史的な事実として間違いありません。では、いったいなぜ東大闘争が全国の天王山だったのか、改めて問われると、それにこたえるのは難しいところです。全国いたるところで学園闘争が起きていたのに、なぜ東大だけが突出して目立ったのか、ということです。日大闘争はもっと学生の規模が大きいし、早稲田も中央も法政でも、血で血を洗うような深刻な学園闘争が長期にわたって続いていました。いえ、上智大学も慶応大学だって学生は立ちあがっていましたよね。いえいえ、関西もあります。京都大学でも立命館でも同志社でも、学生は起ちあがりました。そんなことを言うなら、北は北海道から南は九州・沖縄まで、揺れ動かない大学が当時あったでしょうか。いったい、その目的は何だったのでしょうか。学生は何を目ざしていたのか、その要求は勝ちとれたのか、そもそも社会変革の手段に過ぎなかったのでしょうか。否、否。社会に対する異議申立にすぎなかったのでしょうか・・・。考えれば考えるほど、分からなくなる問題です。
しかし、40年前に起きていた歴史的事実を歪曲するのはやめてほしいと思います。『安田講堂1968〜1969』という本があります(中公新書。2005年11月刊)。著者は安田講堂に籠城して懲役2年の実刑を受けた元全共闘メンバーです。今は、サルの研究員で、『アイアイの謎』などの本を出していて、私も何冊か読み、ここでも紹介したことがあります。この『安田講堂』は全共闘の立場からの本ですが、事実を歪めています。たとえば、次の点です。
1968年11月12日。全共闘は東大本郷の総合図書館をバリケード封鎖しようとして失敗しました。このとき、全共闘のバリケード封鎖を阻止したのは、この本では「宮崎学らが指揮する『あかつき部隊』500人」であるかのように書かれています。とんでもありません。
この本の138頁には当時の写真も紹介されていますが、その説明として、「左、日本共産党系“あかつき部隊”。右、全共闘。持っている棒の大きさと密集度の違いを見られたい。日本共産党系部隊には統制があった」とあります。この写真にうつっているのは、私もその場にいたので確信をもって言えるのですが、駒場の学生です。密集度の違いというのは、写真のとおり確かにあります。しかし、それは駒場の学生がそれだけ大勢いたということ、そして、全共闘のゲバ棒が怖くてみんなで押しくらまんじゅう状態に固まっていただけのことなのです。この写真には、後方に、もっともっと大群衆がいて、衝突を見守っていることも分かります。全共闘は最前線の何人かの学生こそゲバ棒をふるって駒場の「民青」(実は民青だけでなく、中間派も大勢いた)にぶつかっていますが、あまりの集団(数の違い)にひるんで、それ以上、突っこむことはできませんでした。見物していた大群衆の大半は、全共闘の無法な暴力を止めさせる側に立って、このあと動いたのです。
この本では、「樫の木刀」をもった“あかつき部隊”が指揮者の笛のもとで全共闘をたちまち撃退したかのようにかかれています。しかし、そんなものではないことは、「清冽の炎」第3巻の11月12日のところで書かれているとおりです。
宮崎学の『突破者』を読んで、私も知らなかったことをいろいろ教えられました。しかし、「全都よりすぐりの暴力部隊」である「あかつき部隊」500人が図書館で全共闘を撃退したという記述は歴史的事実を歪曲するものとしか言いようがありません。
『アイアイの謎』などを読んで客観的事実を熱意をもって伝えようとする著者に好感を抱いていただけに残念でなりません。著者は、あまりに『突破者』に毒され、目が曇らされてしまっていると思います。
「清冽の炎」第3巻に書かれていることがすべて正しいとは思われませんが、この『安田講堂』は中公新書という由緒あるものの一冊で、影響力も大きいので、あえて苦言を述べさせてもらいました。
そんなわけですから、みなさん、「清冽の炎」第3巻をぜひ読んでください。
(2007年7月刊。1890円)
2007年08月17日
伝説の社員になれ
著者:土井英司、出版社:草思社
ビジネス書を1万冊も読んだというのです。あれれ、ビジネス書って、そんなに面白いものなのかしらん、私は懐疑的になりました。
最低限の利益を出すには、人件費は売上げの3割におさえるのが経営の原則だ。つまり、今もらっている給料の3倍の売上げをあげて、ようやく給料にみあう働きをしていることになる。
必要なことは、出世したり、高い給料を追い求めることではない。一生を通じて自分がケアをし、それによって自分も成長できる、そんな対象を見つけること。
どんなことでも9年間続けたら成功できる。そして、成功するためには、その代償として何を捨てなければならないのか、それも考慮する必要がある。
一流の人と出会い、つきあうことの利点は、情報をもらえる、何かトクがあるということではない。この人には絶対かなわないと実感できることだ。一流の人にふれると、彼らに勝てるとしたら、自分のどの部分だろうと考えるきっかけにする。
一流の人にふれる利点は、素直に負けを認められること。
私も新人弁護士のとき、先輩弁護士のあまりのすごさに圧倒されてしまいました。とてもかなわないと思いました。今でも、それは同じです。ともかく、口八丁、手八丁なのです。いやあ、これはかなわない。そう思ってしまいました。でも、どこか、私もできるところがあると思い、生まれ故郷にUターンしたのです。
継続するための一番の方法は、それを習慣にしてしまうこと。
一日の生活を単純化しています。夜12時に寝て、朝は7時に起きる。それは絶対に崩さない。朝はフランス語の書きとりをし、土曜日はフランス語会話教室に通う。夜はテレビを見ず、ひたすら活字を読むか、書きものをする。これで30年以上、やってきました。ようやく、世の中が少しずつ見えてきました。
いろいろ参考になる言葉が紹介されていました。
(2007年4月刊。1200円+税)
2007年08月24日
グーグル革命の衝撃
著者:NHK取材班、出版社:NHK出版
今どきインターネットで検索できないというのも情けない話ですが、残念ながら私は自分では出来ません。いつも秘書にやってもらいます。検索しといてね、と声をかけるだけですみますから、ことは簡単です。でも、現役を引退したときはどうしましょう。そのときには、きっぱりインターネットの世界と縁を切るしかなさそうです。負け惜しみになりますが、あまり未練はありません。
グーグルは社員が1万2000人。売上高が106億ドル。前年比73%増。時価総額は18兆円。アメリカの1ヶ月間の検索回数は69億回。
グーグルへの就職希望は月に10万件を超え、人気絶大。グーグルは全米でもっとも働きやすい職場となっている。社内にはスポーツジムがあり、ソフトボールやテニスも自由にできる。食事やクリーニング・マッサージまで、すべてが無料となっている。グーグルで働く日本人も少なくない。
グーグルには、世界中、25ヶ所に45万台のコンピューターがある。世界中のネット上のホームページは150億以上。300億をこえるという推計もある。
検索件数は1998年に1日1万件だったのが、1日あたり1800万件になった。
グーグルの収入の中心は、検索連動型広告「グーグル・アドワーズ」である。
2000年末に検索件数は1日1億件をこえ、2001年にグーグルは黒字となった。それからは、年々、売上げが倍増していった。
2005年のネット広告の市場規模は125億ドル(1兆5千億円)で、その4割6千億円が検索連動型広告である。これは、わずか5年で60倍になった。これをターゲット広告ともいう。
グーグルは、広告の個人化を着実にすすめている。たとえば、次のようになる。
飛行機でシカゴに着いて、ケータイをオンにする。すると、ケータイの音声が次のように告げる。シカゴに着きました。今はランチタイムです。ピザ屋が左手にあり、ハンバーガー屋は右手にあります。きのうはハンバーガーでしたね。
ひゃあ、怖いですね。恐ろしいことですよ。ここまで管理されては、たまりません。目の前にいる美人に声もかけられないじゃないですか。これではまるで管理社会ですよ。
グーグルが先進国で唯一攻略できていない市場。それが日本だ。
うへーっ、そうなんですか。ヤフー65%、グーグル35%だというんです。そこで、グーグルは日本のすすんだケータイの活用を考えているとのことです。
最後に、グーグルは知ではない、という小宮山・東大総長の話を紹介します。
インターネットをつかって情報を簡単に入手できる便利さには落とし穴がある。情報収集にかけた膨大な手間と時間は、ムダなように見えて、決してムダではない。その作業を通じて頭の中で多様な情報が関連づけられ、構造化され、それがヒラメキを生み出す基盤となってきた。インターネットで入手した、構造化されていない大量の情報は、「思いつき」を生み出すかもしれないが、ヒラメキを生み出すことはきわめて稀だ。頭のなかに、いかに優れた知の構造をつくり出すことができるか、それが常識を疑うたしかな力を獲得するカギなのだ。
うむむ、そうなんですよね。この指摘はあたっていると私も思います。ですから私はネット検索できなくても生きていく自信はあるのです。ホント、です。
コピペという言葉、知ってますか?コピー・アンド・ペーストの略語です。既成の記事をコピーして、そのまま自分の文章に貼りつけていくことです。一昔前のノリとハサミですね。グーグル脳は怖いですよ。多くの若者が、グーグル漬けの状態になっています。これでは、日本と世界の本当の明るい未来はありません。ねっ、そう思うでしょ?
選挙「裏」物語
著者:井上和子、出版社:双葉社
公共事業は土建業界のためにある。そして選挙のときに働いてくれた謝礼として大きなハコ物がつくられる。しかし、そこで使われるのは税金だ。公共事業が少なくなると、それに見返りを求めていた人々が選挙運動に熱心ではなくなった。
選挙は、公共事業を獲得するための選挙が中心になっていた。高速道路などの土木分野にものすごく予算が回されるので、この方面の業界だけは潤っていた。
国が損したって構わない。オレたちが潤えば、別にそれでいいんだ。
でも、これではいけない。税金のかたまりである公共事業をエサにして票を集めるというあざとい選挙スタイルは通用しなくなりつつある。
著者の考えに賛成します。今回の参院選にあらわれているように、自民党ぶっつぶせを叫んで登場した小泉前首相のおかげで、自民党の支持基盤がかなり崩れつつあるのも事実です。それでも、公共事業という巨額の利権にむらがるゼネコンと暴力団、そしてそれを支えながら甘い汁を吸い続けている政治家たちが、相変わらず大きな顔をしている状況は、まだまだ変わっていないように思います。
筑後平野に新幹線工事がすすんでいます。一見のどかな広大な田圃のなかを延々とコンクリートむき出しの無骨な高架線路が貫いています。寒々とさせる光景です。日本の国土の荒廃を象徴させるものだと感じます。九州新幹線って、黒字になる可能性なんて初めからないのではありませんか。少なくとも私はそう思います。莫大な赤字路線をつくり、税金で穴埋めしていくことになるのは必至です。大型公共事業を中心とする政治を今のまま続けていいことは、何もありません。
民主党の候補者は、汗水流して下積みの苦労をしていない人が少なくないので、目に見えない心配りや目立たない苦労への理解が足りないケースが多い。このような公募で当選した民主党の政治家のなかには、自民党の公募で落ちたから、仕方なく来たという無節操なタイプがいる。
もちろん、無節操ではありますが、自民党と民主党とに本質的な違いがないことの反映だというほうが、より正確ではないでしょうか。ただし、参院選のあと、自民党が大敗したことをふまえて民主党は自民党との違いを浮きたたせようと必死です。それが憲法改正に反対する方向であることを私は心から願っています。
猛暑の毎日です。だから、なのでしょうか。セミの鳴き声がパタリと止んで、勢いがなくなってしまいました。まだツクツク法師は聞かれません。庭に淡いピンク色の芙蓉の花が咲いています。酔芙蓉はまだです。午前中は真白の花なのに、午後から赤味がさしはじめ、夕方にはピンク色になって、酔った状態に変わります。
(2007年6月刊。1400円+税)
千夜千冊、虎の巻
著者:松岡正剛、出版社:求龍堂
この「弁護士会の読書」がはじまって何年になるのでしょうか。私が弁護士会で書評をのせはじめたのは、9.11があった年ですから2001年4月のことです。はじめのうちは恐る恐るでしたから、今のように年に365冊というわけではなく、200冊ほどだったのではないかと思います。1年に読んだ本は当時のほうが多かったのですが、書評としては当時のほうがボリュームは小さく、今のほうがたっぷりしています。今は長すぎるので、もっと短くしてほしいという声がありますが、どうなのでしょうか。このところ年間に読む単行本は500冊ほどですので、だいたい7割程度をここで紹介していることになります。私の場合には、書評というより抜粋という感じなので、本を読んだ気になってしまうという反応はうれしいことでもあります。赤エンピツで傍線を引いたところを紹介し、簡単な感想を記すということでやっています。1冊40〜50分ほどかかります。すべて手書きです。モノカキを自負する私にとっての文章訓練にもなっています。模倣は上達の常道だと信じてやっているのです。
ところで、この本の著者が紹介する1000冊は、ちょっと私とは断然レベルが違う(高い)という感じです。1000冊のうち、私が読んだ本はせいぜい1割もあるでしょうか。うひゃあー、上には上がいるもんだと、つい思ってしまいました。この本自体は、若い女性編集者との対談ですから、読みやすくなっています。でも、紹介されている本はかなり高度です。
本は、なんでも入る「ドラえもんのポケット」のようなリセプタクル、なんでも乗せられるヴィークルである。
本は、どんな情報も知識も食べ尽くすどん欲な怪物であり、どんな出来事も意外性も入れられる無限の容器であり、どんな遠い場所にも連れていってくれる魔法の絨毯なのである。ある日、突然、渦中に飛びこんで読みふけることができる。これが読書の戦慄であり、危険であり、また法悦である。
本は、無理に読む必要はない。気が向けば読む。できるだけ好きなものを読む。それでいい。それが原則。読書は食事なのだ。読書の基本は楽しみ。読書は交際でもある。
本は、二度読んだほうがいい。そこに読書の醍醐味がいくらでもひそんでいる。2度目は速く読める。
電車や喫茶店のなかで本がよく読めるのは、他人が一定いる密度環境が箱ごと一定の音響とリズムで走っているためだ。
たしかに、私の読書は基本的に電車と飛行機のなかです。車内アナウンスはまったく耳に入らないのですが、面白い内容の世間話がそばであっていると、耳がそちらにひきずられ、目のほうが働かなくなってしまいます。その点、飛行機のなかは、そういうことはまずなく、読書に集中できます。
読書は、リラックスするときも、忙しいときも、疲れきっているときも、すべてがチャンスである。
私にとって読書は、忙しいときが一番です。一番、よく頭に入ってきます。昼寝したあとなんて、まるでダメです。気がゆるみ過ぎだからです。
もちろん、本をたくさん読めばいいなんて、私も思っていません。でも、数多くの本を読むと、それこそヒットする確率は高いのです。至福のときを何度も味わうことができます。やっぱり読書は貴重な宝物です。
(2007年6月刊。1680円)
2007年08月28日
安倍政権論
著者:渡辺 治、出版社:旬報社
自民党の52年前の結党以来、政権についた22人の首相のなかで安倍首相は初めて改憲実行を口にした。そのほかの首相の大半は、自分の在任中は改憲しないと約束して政権を運営した。自民党は、結党以来、憲法改正を掲げていたにもかかわらず・・・。
安倍政権の半年の外交は、安倍本来の反中国、反北朝鮮、日米同盟路線で動いた。桜井よし子たちは、中国とは干戈を交えることも辞さない覚悟が必要だ、中国は日清戦争のリターンマッチを策している、このままでは日本が中国の属国になる、こんなことを言って安倍をけしかけた。
うむむ、ひどい。これはまさしくひどい排外主義、ひとりよがりの認識です。桜井よし子たちが、こんな愚劣なことを主張していたとは知りませんでした。
アメリカのラムズフェルド国防長官は、日本の自衛隊はボーイスカウトだと高言した。イラクのサマワにいた自衛隊は、ゲリラの掃討に参加できなかったばかりか、他国の軍隊に守ってもらう有り様だった。
小泉前首相は、テロ対策特措法、イラク特措法を制定し、国際貢献や人道復興支援を口実にして強引に海外派兵した。これによって日米同盟は明らかに新しい段階に突入した。しかしなお、大きな限界がそこにあった。憲法9条を残したままの派兵では、武力行使はできない。アメリカと組んで、世界の警察官として「ならず者国家」の鎮圧に派兵するという軍事大国化を実現するという目標からすると、小泉は9条の大きな壁を改めて自覚させられた。
小泉政権は外交上もう一つの大きな限界を抱えた。小泉首相の靖国神社参拝によって日中と日韓関係が悪化し、財界が切望する東アジアの外交的リーダーシップを握るという目標から大きく後退した。
というのも、今や中国に進出している日本企業は既に3万社にのぼる。日本企業は、国内生産優先という発想を捨て、東アジアの最適地で生産するという方針を固めている。日本経団連も、その方向を確認した。
それにもかかわらず、安倍晋三は『美しい国へ』のなかで、次のように強調したのです。
間違っていけないのは、われわれはアジアの一員であるというそういう過度な思い入れは、むしろ政策的には、致命的な間違いを引き起こしかねない危険な火種でもある。
このように安倍のナショナリズムには、アジアとくに中国との連帯、そして反欧米という視点がない。なるほど、これではアジアの一員としての日本の前途はないとしか言いようがありませんよね。
安倍は、従来から、一国の政治力の背後には軍事力があるということを高言してはばからなかった。つまり、自国の国益を軍事的力によって確保・拡大することを積極的に承認していた。安倍は、強い日本、頼れる日本を掲げた。世界とアジアのための日米同盟を強化させ、日米双方が「ともに汗をかく」体制を確立する、と。「ともに汗をかく」とは、アメリカが求めている「血を流す同盟」を品よく言いかえたものである。
ホント、怖い同盟です。安倍首相が憲法改正理由としてあげるのは次の三つ。
一つ目は、現行憲法はニューディーラーと呼ばれた左翼傾向の強いGHQ内部の軍人た
ち─ しかも憲法には素人だった ─ が、短期間で書き上げ、それを日本に押しつけた
ものであること、国家の基本法である以上、やはりその制定過程にはこだわらざるをえない。
二つ目は、昭和から平成へ、20世紀から21世紀へと、憲法ができて60年たって、9条を筆頭に、明らかに時代にそぐわなくなっている。これは日本にとって新しい時代への飛躍の足かせとなりかねない。
三つ目は、新しい時代にふさわしい新しい憲法をわれわれの手でつくるという創造的精神によってこそ、われわれは未来を切り拓いていくことができるから。
えーっ、これって、いかに薄っぺらな理由ですよね。侵略戦争をすすめて、敗戦してもまだ十分に反省しているとは言えなかった当時の日本支配層に業を煮やして連合軍が世界の民主主義国家の到達点を「押しつけ」、日本国民がそれを大歓迎して定着したのです。安倍首相は祖父岸信介の血筋をそのまま受け継いでいます。
しかし、安倍首相の祖先にはもう一人いますよね。そうです。佐藤栄作です。
核兵器をつくらず、持たず、持ち込まずという非核三原則を堅持する決意を再三表明したことにより、佐藤栄作は1974年、ノーベル平和賞を受けた。ところが安倍首相はこの佐藤栄作にはまったくふれることがありません。本当に危険な戦後生まれの首相です。
(2007年7月刊。1500円+税)
2007年08月29日
さようならを言うための時間
著者:波多江伸子、出版社:木星舎
死に直面した新しい友人を支え、見守り、そして友人は死んでいくという悲しい話なのですが、読後感はとても爽やかです。一陣の風が心を吹き抜け、そのあとにほんわかとした温もりを感じさせるものが残ります。そんな不思議な本です。
オビの文章が、この本の特色をよくあらわしていますので、紹介します。
41歳、弁護士、ある日突然、治癒不能の肺がんとわかったとき、彼は古い友人にメールした。ライフステージの最後の時間を自分で選択するために・・・。
彼が計画した、みんなに別れを告げるためのやさしい時間、家族と友人たちが支えた、不思議に明るいホスピスライフ・・・。
主人公は北九州市で活躍していた渡橋俊則弁護士です。私も面識がありました。弁護士には珍しく穏やかな人柄だなという印象をもっていましたが、この本を読んで、ますます、その感を深くしました。
渡橋さんは、ある日突然、手術不能の肺がんだと宣告されます。そして、先輩である久保井摂弁護士に相談します。セカンド・オピニオンを得るためです。
死ぬこと自体については、恐ろしいという気持ちはない。強がりでもなんでもなく、ただ、両親を悲しませることになるのが申し訳ないだけ。
私は、生きているあいだに何かをなしとげよう、何かを残そうといった気持ちはもたずに生きてきた。人生に価値のある人生、価値のない人生といった区別はないのだろう。
とびっきりに楽しいこと、うれしいことなどは、それほどなくてもいいから、辛いこと、悲しいこと、痛いこと、苦しいことなどのなるべく少ない、平坦な、穏やかな人生を望んできた。はらはら、どきどき、わくわくするようなことはとくに望まず、ただ、春先に昼寝をしている猫のような、ゆったりとした穏やかな気持ちで過ごして生きたいと思ってきた。生を受け、与えられた寿命まで生きる、それでいいと思う。精一杯生きるのではなく、与えられたままにただ生きればいいんだと思う。
うむむ、私にはとてもこんな境地に到達できそうもありません。私がこうやって文章を書いているのも、この地球上に存在したという証しを、せめてひっかき傷ほどのものでもいいから残したい、そんな秘やかな願望にもとづきます。いずれは星くずになって消滅してしまう、ちっぽけな物体かもしれませんが、そして存在自体もたちまち忘れ去られてしまうのでしょうが、なんとか私という人間が存在したという痕跡だけでも残せないか、と願っているのです。渡橋さんのような明鏡止水の境地は、まだまだ今の私にはとても無理です。
渡橋さんは、自分では痛みは弱いと言っていたが、実はまれにみる辛抱強い人で、かなりの苦痛でも表情も変えずに黙ってガマンしていた。食欲は最後までまったく衰えず、ひどいウツ状態になったり、投げやりになって周囲の人にあたりちらすというメンタルな問題もなかった。
渡橋さんは、ホスピス病棟、緩和ケア病棟に入院して42日で亡くなった。これは平均的な日数。ホスピスでの時間を十分に楽しめた理想的な期間だろう。渡橋さんを精神的に支える「チームわたはし」が十分に機能していたことを、この本はあますところなく明らかにしています。チームのみなさんの献身的な努力に頭が下がります。
入院した当初は、胸水がたまっていて呼吸困難がひどく、最悪の場合は、あと一週間と思われていた。ところが、思いがけず小康を得て、天使の時間と呼ばれる不思議に明るいホスピスでの交流の期間がひと月近く続いた。
ビールは一日平均1ダース、客人があればワインの栓が抜かれ、日本酒や泡盛も追加され、まるで居酒屋のような状況になった。渡橋さんも、ベッドに座って酸素呼吸しながら、仲間たちの歓談する様子を黙ってうれしそうに眺めていた。体調のよいときには、渡橋さんもビールをグラスに一、二杯はつきあった。
たくさんの弁護士が常連として登場します。北九州の横光、角南、石井、福岡の久保井、宮下、そして東京の内野の各弁護士たちです。そして、たくさんの女性が次々に病室へやってきたのです。
横光弁護士は、「ここはハーレムか?」と絶句したといいます。「おとなしい渡橋に、ガールフレンドがこんなに一杯おったんか・・・」と。
渡橋さんの食欲が落ちなかったのは、化学療法しなかったこと、どんな状況でも平常心を保とうとする精神的な強さと健やかさ、消化器や脳にがんが転移しなかったこと、緩和ケアがうまくいったこと、など幸運な条件が重なったことによる。
渡橋さんが化学療法もふくめて積極的な治療をまったくしなかったことについて、問いつめる友人に対して久保井弁護士は、次のように説明した。
渡橋君はね、セカンドオピニオンを求めて、本当に入手できる限りの膨大で正確な情報を集めて、考えに考えた結果、こうすることを決めたの。治療のために入院したり、副作用に苦しむ時間を、もったいないと思ったわけ。決していいかげんな気持ちや投げやりな気持ちで、この道を選んだわけではないの。
うむむ、そうなんですよね。なかなか出来ないことですが・・・。余命6ヶ月ないし12ヶ月と診断されてから、しっかり情報を集め、ついに自分で決断し、一切の積極的治療をしなかったわけです。渡橋さんは亡くなる直前まで外出してお店でワインを口にしていました。1ヶ月前には石垣島へ旅行もしています。
私の尊敬するI弁護士も、医療分野の第一人者ですが、同じようなことを言っています。下手に手術して副作用で苦しむより、貴重な余生だと割り切って海外旅行ざんまいするなど、好き勝手な日々を過ごすのが一番だ、と。これには私もまったく同感です。
心にしみいる、本当にいい本でした。肩から力がすっと抜ける爽快感があります。
タイトル、表紙、本文の構成、そして挿入された幸せそうな渡橋さんの写真、どれをとっても素敵な本でした。こんないい本を読ませていただいて、ありがとうございます。心よりお礼を申し上げます。
(2007年7月刊。1680円)
2007年08月31日
選挙の裏側って、こんなに面白いんだ!
著者:三浦博史・前田和男、出版社:ビジネス社
三浦博史は「保守」系の選挙プランナーとして、200近い選挙に関わってきた。前田和男は、民主党の辻恵弁護士の当選など、「革新」系の数十の選挙に関わった。
2007年の東京都知事選で三浦は石原陣営の選挙参謀として、前田は浅野陣営の「勝手連」として対決した。
いま、日本の選挙の投票率は、統一地方選挙で5割以下、今度の参院選でやっと6割近い。これではいけない。勝っても負けても選挙は面白い。みんなで行こう、投票所へ。
私も、これには大賛成です。日本もフランス並みに8割の投票率にならないとダメですよね。私は、つくづくそう思います。
選挙にお金がかかるのは常識だ。事務所の維持費や人件費などで、月200万円としても、3年で7200万円かかる。自民党の中堅代議士は、事務所とスタッフの維持だけで月500万円以上が必要だとしている。だから、一般には年に1億円、3年の準備期間をおくと3〜4億円ということになる。
選挙運動では、革新といえば中高年、いまだに年寄りが中心にすわって、世代交代がすすんでいない。自民党保守系のほうが世代交代が早く、いまでは30〜40代が中心になっている。選挙は若手が生き生きしているところが強い。
有権者は、好感がもてるから入れた、顔で選んだというケースが多い。年配の女性は圧倒的に若い男性が好きだし、年配の男性は若い女性を好む。そして、年配の人に人気のある若い候補は、男女問わず選挙に強い。かわいげがあって、けなげで、母性・父性本能をくすぐるような若い候補が選挙に強い人材だ。
自民党は電通一本に頼らず、フラップジャパンという独立系のPR会社も採用した。民主党は電通Y&Rと博報堂が担当。
候補者の演説も、声をつぶすような絶叫は忌み嫌われる。というのも、人は、はったりや嘘を言うときには、声が大きくなる。それを有権者は知っているからだ。
候補者の話は変える必要はない。自分の得意なものを自分の言葉でくり返して話す。これが一番。民主党にはセクシーな候補者が多い。よくよく調べると、自民党から出たかったけれど、出れなかったので民主党にまわった。それで自民党も反省して公募制をとった。
なーるほど、自民党も民主党も政策的にはまったく変わらないということですね。
やたらと人がうろうろしている騒々しい選対は実は弱い。強い選対ほど、人が出払っていて事務所のなかは閑散としている。うむむ、そうなんですか・・・。にぎやかなほうがいいものだとばかり思っていました。
街頭宣伝でウグイスよりもカラス(男声)のほうが受けが良い場合も出てきた。昼間、外にいるのは女性のほうが多いときには、男性の声で呼びかけたほうが効果的。
革新陣営の選挙は、若い層を大切にしない選挙、自己満足の選挙をやっている。若い人をとりこみたいのなら、ブログ対策やIT対策をもっとすればいい。
日本の若い層に革新はいない。
うむむ、そう言われたら、たしかにそうなんですね。トホホ・・・。反省させられました。
28日の夜は帰宅する途中に月食を目撃しました。不気味な紅い月でした。夜、寝る前にベランダに望遠鏡を出して再び皓々と明るさを取り戻した満月を眺めました。月のあばたが本当によく見えます。噴火口やら、谷や川などです。私の真夏の夜の楽しみです。ふと気がつきました。天空に大きな物体があるのに、なぜ落ちてこないんだろう。昔の人は、この疑問をどう解決したのだろうかって・・・。天空を眺めていると、いろんなことが思われます。そして、そのうち心安らかに眠ることができます。ありがたいことです。
(2007年6月刊。1300円+税)
2007年09月04日
獄中記
著者:佐藤 優、出版社:岩波書店
著者は外(拘置所の外。つまり社会のこと)にいるとき、速読で、1日に 1500〜2000頁は本を読んでいた。速読とは、ペラペラと頁をめくりながらキーワードを目に焼きつけていく手法。目次と結論部分だけは、少しゆっくり読む。対象となるテーマがなじみのものなら、500頁程度の学術書なら30分、一般書なら15分で読める。そして、ワープロで20分ほどかけて読書メモをつくる。こうやって、1日で 1500〜2000頁の本を読むのは、そんなに難しいことではない。ただし、対象についての知識のない本については、この方法では不可能。どんな本でも斜めに読む方法という速読法はない。まずは、背景となる知識(教養)がどれほどあるかが問題なのだ。
私は、著者ほど速くは読めません。ただし、一定知識がある分野なら、30分で本一冊を読了するというのは珍しいことではありません。
締め切りに迫られる作業を抱えていると、他の分野の読書がはかどる。中学校、高校の定期試験勉強中に、その他の分野の読書に熱中したことを思い出す。
いやあ、これは私にも心当たりがあります。試験と関係ない文学書をモーレツに読みたくなり、つい手にとって読みふけってしまうのです。そして、あわてて試験勉強に戻るという経験を何回もしました。ところが、その試験が終わって、ゆたーっとした気分に浸っているときには、ほとんど本を読む気がおきないのです。時間はたっぷりあるはず、なのですが・・・。
人間は20歳前後で形成された人柄というのは、なかなか変わらないと思う。
著者はこのように書いています。なるほど、私の場合にも、大学2年生のころに変わったままの考えを今もひきずっていますし、性格はそれ以前のものが、そのまま、という気がしています。意識的に人を変えようとしても難しいのですよね。それでも、私は学生のころ、セツルメントというサークルに入って、自己変革の必要性を大いに議論していました。人は変わるものだ、という確信をもつことも必要なのだとも思うのです。
田中真紀子を政権中枢から排除しただけでも、鈴木宗男は日本の政治のために大きな貢献をしたと思う。
著者はこう書いています。たしかに田中真紀子は一種の性格破綻者なのでしょうね。そんな人物を小泉純一郎が外務大臣に任命したことは大きな誤りでした。しかし、いずれ遅かれ速かれ、田中真紀子は馬脚をあらわして失脚していたのではないでしょうか。ですから、鈴木宗男が、そのことで日本の政治のために大きく貢献したと言われたら、ええっ、と大きな違和感を覚えてしまいます。
1968〜73年くらいの大学が全共闘運動で機能不全に陥った時期に学生だった人々が、いま外務省の幹部になっている。この人たちは、一番重要な時期に基礎的な勉強をしていない。しかし、競争好きで政治的には悪ズレしているので、自らの権力を手放そうとはしない。団塊の世代である。この連中は、自分より上の世代の権威は認めないが、下の世代の台頭も許さない強圧的なところがある。この世代が去らない限り、外務省の組織が本格的に変化することはない。
うむむ、私の属する団塊世代は、いわば保守反動の集団みたいですね。1968年6月から1969年3月ころまで、1年近く東大駒場で授業がなかったこと自体は事実ですが、「基礎的な勉強を(まったく)していない」と決めつけられると、つい反発したくもなります。ゼミと授業だけが基礎的な勉強ではないんじゃないの、と言いたいわけです。それでも、著者の指摘が半ば以上あたっていることは認めます。
著者は獄中で学術書を200冊読み、60冊のノートを書いた。
たいしたものです。日頃の教養の幅と深さの違いです。著者は拘置所に入って、まずはヘーゲルと聖書研究を始めたというのです。なかなか出来ることではありません。
著者の学んだ同志社大学神学部は語学のウェイトが高く、英語、ドイツ語、現代と古典のギリシア語、ヘブライ語、ラテン語が必修だった。そのうえ、朝鮮語とサンスクリット語にも取り組んだといいます。自他ともに認める語学力のない私など、声も出ません。
1日でA4 のペーパーを50〜60枚つかい、1本のボールペンを1週間で使い尽くしてしまう。そんな生活を送ったというのです。恐るべき人物ではあります。
2007年09月05日
なぜ社員はやる気をなくしているか
著者:柴田昌治、出版社:日本経済新聞出版社
80年代半ばころから、日本の会社では職場の様子が変わっていった。机を並べた同僚どうしの雑談も含めて、対話の機会が減りはじめた。ほとんどの会社で社内行事が少なくなり、アフターファイブのつきあいも激減している。とくに上司が部下をつれて飲みにいく機会が少なくなった。おやじ文化の後退は、明らかに日本的経営の強み(人間関係の濃さを背景とした強み)を損なっている。
対話の機会が減ったのは、Eメールが普及してきたせいもある。しかし、メールでは伝えられない大切な情報がある。非データ系と呼んでいる情報が、知恵の創造という場面で果たしている役割は非常に大きい。
今の若い人は、やる仕事が限定されているために、どうしても全体を見る目が育ちにくい。大局観が養われにくいのだ。全体が見えていない人間は余裕をなくす。見えていないから不安になるのだ。
たしかにシステム化がすすみ、仕事自体ははるかに効率的になってきている。しかし、なぜか楽にはなっていない。アメリカ流の人事管理が一般的になり、請負や人材派遣があたりまえの状況のなかで閉塞感が蔓延し、会社に対するロイヤリティの低さはすでに世界でも最低クラスになっている。
この本には棒グラフがついていて、日本人の会社への忠誠心や仕事への熱意は10ヶ国のうち最低だとことが示されています。私は腰が抜けるほど驚いてしまいました。会社人間という言葉は、今や死語になってしまったようです。
日本人は、忠誠心、熱意がまったくないとした人が24%です。これはアメリカ17%、ドイツ18%、イギリス20% を上回ります。また、忠誠心が非常にあるとした人は9%に過ぎず、アメリカ人29%、イギリス人19%、ドイツ人13%よりもはるかに下回ります。いつのまに日本はこうなってしまったのでしょうか。フリーターが横行し、派遣社員や偽装請負が流行するなかで、日本は変質してしまったのですね。御手洗日本経団連会長は、ますますこの傾向を促進することになるでしょう。それでいいとは、私にはとても思えません。
サラリーマンの美学とは何か。問題や不満があっても、自分ができる範囲のことだけをして、あとは黙って自分で自分を納得させる。不平不満は口にせず、組織を余計に混乱させないのがサラリーマンの美学だと考えているのである。目の前の利益だけを考えるのなら、会社にとってこれほど都合のいい社員はいない。そして、こういう人が多いほど、組織は見かけ上は、問題なく回っていく。
派遣社員や偽装請負社員が混在していることによる社内の混乱状態について、著者には、もっと問題点を強く指摘してほしいと私は思いました。
著者はスポンサーシップの効用を強調しています。初めて聞く言葉でした。
狭義のリーダーシップと、スポンサーシップのもっとも大きな違いは、その部下に対する見方にある。狭義のリーダーシップでは、部下は指示によって自由に動かせる「駒」として認識されている。駒の評価は、指示された中身をどれだけ正確に実践しうるか、という点でなされる。これに対して、スポンサーシップにおける部下は、内発的な動機の有無で考える力、知恵を出しうる力が左右される主体的な存在として認識されている。
狭義のリーダーシップでは、仕事上の答えをつくっていくのは、必ずリーダーである。これに対して、スポンサーシップでは、リーダーは自分の考えを押しつけるのではなく、部下の知恵を引き出しながら、一緒に答えをつくっていく。事実を大切にし、対話をくり返しながら知恵を生み出していく創造的な時間が、働く喜びを取り戻し、組織に活力をもたらしていく。
スポンサーシップが機能している組織では、少々バランスは悪くても、「思い」のある人間のもつポテンシャルがまず評価される。こういう組織では、働くということの中に、何の遠慮もなく、自分の頭をフルにつかって答えを考えることが含まれているから、働くことが即、人の成長につながっていく。したがって、仕事にやり甲斐を感じ、仕事に楽しさを取り戻すことができるようになるし、働くことが、その人の幸せにもつながっていく。
世の中に多い仕事のしかた、つまり、狭義のリーダーシップが幅を利かしている組織における仕事のしかたでは、部下の仕事はどうしてもマンネリ化しやすい。
弁護士の仕事もマンネリ化しやすいものの一つです。人の顔こそ違っていても、言うことはほとんど同じ。そういう状況は弁護士なら誰でももっていると思います。そこで、ちょっとした創意工夫をふくめて何らかの知恵を出すようにしないと、たちまちマンネリ化して、意欲が著しく減退してしまうのです。これは、自戒の意味で書きました。
日曜日、ツクツク法師が鳴いているそばで、ナツメの実を収穫しました。50コほどとれましたので、干して果実酒にするつもりです。サボテンがたくさん可愛い子をふやしましたので、地面におろしてやりました。両手で丸めた大きさ以上には大きくならず、子どもをつくったら親は枯れていきます。もう何代目でしょうか。気がつくと、そばに曼珠沙華の仲間の花が咲いています。次々と咲いていたヒマワリも終わりかけです。酔芙蓉はようやくツボミになりました。庭は秋の気配です。
(2007年5月刊。1575円)
2007年09月06日
プロになるための文章術
著者:ノエ・リュークマン、出版社:河出書房新社
書き出しの何ページかを仔細に読めば、全体の見当がつく。1ページ目にとんちんかんな会話があれば、その先、どの頁にもきっととんちんかんな会話があると思っていい。
書き出しの5ページをお粗末と思ったら、念のため中ほどへ飛び、さらに巻末を見る。都合3ヶ所を拾い読む。これで原稿は評価できる。
なーるほど、たしかにそうでしょう。といっても、私の文章については、ぜひ最後まで読んでください。お願いします。
文章家として高度の水準を達成するために何にもまして重要なのは自信である。正面から創造の世界へ足を踏み入れる揺るぎない自信がなくては物書きはつとまらない。
いやあ、そう言われてもですねー・・・。私には、自信なんて、ありませんよ・・・。うーん、困りました。
もちこまれた原稿を没にするのにもっとも手っ取り早い方法は、形容詞と副詞の多用、誤用を洗い出すこと。
形容詞や副詞を多用する書き手は、ともすれば表現が月並みである。
形容詞や副詞に重複があると、一つだけ残してほかは削る。そのとき、もっとも印象の強い、新鮮な語彙を活かすようにする。
修飾語なんか必要としないだけの迫力がある的確な名詞や動詞をつかいたい。推敲にあたっては、単語ひとつ削れば100ドルの得と思うくらいの気構えが必要である。
物書きのたしなみとして、語彙は豊富であるべきである。
言葉は物書きの道具である。言葉に精通していない物書きは道具箱に利器をもたない職人に等しい。語彙を増やすのは物書きのつとめと心得なければならない。
実は、ここで操觚(そうこ)という漢語がつかってありました。私の知らないコトバです。岩波の国語辞典にのっているはずはない。そう思って引いてみると、なんと、あるのです。無知とは恐ろしいものです。変な自信があったのですが、バッサリ切られてしまいました。詩や文章をつくること、とあります。
ただし、著者は次のように忠告します。新しい語彙を取り入れるのは大いに結構だ。だけど、それを日常会話や習作でしっかり身につけるのが肝腎であり、覚えたばかりの言葉を右から左へ作品につかうのは考え物だ。日頃つかい慣れない借り物のコトバで文章を書くべきではない。板についていない言葉は、たちまちメッキが剥げる。
偽らざるところ、原稿を没にするにあたって、まずどこを見るかと言えば、会話である。会話は作者の力量を容赦なくあぶり出す。会話は感性の鏡である。
会話を情報提供の手段として用いると、登場人物の輪郭があいまいになり、人間関係の起伏、陰翳を損なって、ときには作者自身さえ虚をつかれる人物の成長や、物語の意想外な発展を妨げる。
会話を情報手段に用いる作家は、えてして筋立て優先で、それ以外には神経が行き届かない。
会話が現在進行中の出来事を伝えるときは、「語る」のではなく、「見せる」ことが鉄則だ。登場人物に感情移入し、その立場で考えることが肝腎だ。人物は作者の創造だが、ひとたび動き出した人物を、作者は放任しなくてはならない。
うむむ、そうなんですよね。私もいま体験をもとにした小説を書いていますが、ひとたび創り上げた登場人物は、ペンの思うまま走り出していって、作者といえども止めることができないというのを何度も実感しています。
作家は、すべからく会話のほかに感情や心理を伝える技法を身につけるべきである。そうなんです。実は、これが難しいんです。
原稿とは、実に複雑怪奇で油断のならない曲者である。読者に多少の努力を強いることは必要だが、その努力が重荷になってはいけない。読者がページを繰り続けるようでなくてはならないが、気忙しく追い立てるのも好ましくはない。
うへーん、やっぱりプロになるのは難しそうです・・・。
(2007年6月刊。1890円)
2007年09月10日
加賀屋の流儀
著者:細井 勝、出版社:PHP研究所
プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選で、26年間にわたって総合1位を獲得しているという旅館があります。石川県の和倉温泉にある加賀屋です。
私も、ぜひ一度行ってみたいと思っていました。昨年秋、加賀屋そのものではなく、その系列の「あえの風」旅館に泊まり、夕方、加賀屋を見学に行ってきました。木造の日本式家屋を想像していたのですが、実際には鉄筋コンクリート造りの高層旅館でした。泊まったわけではなく、せいぜい館内の土産品店をのぞいて少々の買い物をした程度で退散したのですが、人気ナンバーワンの香りだけはかいだ気がしました。
加賀屋に行くのは決して簡単なことではありません。石川県能登半島の東側にある七尾市に和倉温泉はあります。はっきり言って、とってもへんぴな場所にある旅館です。ところが、年間の宿泊者はグループ2館で33万人。246の客室の稼働率が80%を上まわるというのですから、すごいものです。
和倉温泉に来るお客は年間100万人。そのうち加賀屋グループ2館に3分の1の33万人が泊まる。和倉温泉の他の旅館は閑古鳥が泣き、地元商店街は閉店に追いこまれているという話を地元の弁護士から聞きました。加賀屋の繁栄は和倉温泉全体の底上げにはつながっていないようです。難しいところですね。
客室係はマニュアルどおりに動くのではない。彼女たちは、お客を大浴場など館内を説明しながら客室に案内するまでに一人ひとりの客の背丈や身幅をそれとなく目測し、5センチきざみでそろえてある浴衣のなかからピタリと客の体にあうサイズの浴衣を選んで部屋へもってくる。
加賀屋の客室係は165人。加賀屋に泊まると、夫婦2人だと10万円を見込む必要がある。だからこそ、求められるサービスの質は高く、サービスの種類も大きくなる。
なーるほど、ですね。
加賀屋は巨大旅館です。そのピーク時には一晩で1000食を調理し、供給する。そこで、料理のロボット搬送システムがあって、間違わない仕組みが出来あがっている。
1500人ほどの収容能力をもつ加賀屋敷蒲団は3000枚。冬用と夏用がそれぞれいるので、常時6000枚という蒲団が必要。冬用の座蒲団は3000枚。夏用が1500枚。宴会場でつかう座蒲団が1000枚。ひえーっ、いずれもケタ違いです。
土産物を売る売店が扱う商品は2100。旅館の売上げも全国ナンバーワン。加賀屋は、年に5回、3種類ずつ、部屋に出すお菓子を季節ごとに変えている。物販課のオリジナル商品だ。これは、すごーい。だから、土産物を売る店の実績単価は1人4000円を下回らない。うむむ、なんということ。これも、すごい、すごーい。
一人ひとりのお客を大切にするという加賀屋は、実は、従業員をとても大切にしていると書いてあります。それが本当なら、すごくいいことですよね。そこで働く人が気持ちよく働いていれば、迎えられるお客も心が安まる空間が自然にできあがることでしょう。
従業員のサービスがいかにもマニュアルどおりというホテルにぶつかると、いやなものです。私の定宿の一つとしている大きな外資系ホテルは、それこそ20年以上も通っていて、そこのゴールドカード会員になっているのに、このところホテルでチェックインするたびに、クレジットカードの呈示を求められます。まさしくマニュアルどおりです。誰でも一律にマニュアルを適用されると不愉快ですよね。それでも私がそこに泊まり続けるのは、朝6時からプールで泳げるからです。なぜか私の知る限り、内資系ホテルで、そんなに朝早くから泳げるところはありません。
(2006年9月刊。1680円)
2007年09月11日
偽装請負
著者:朝日新聞特別報道チーム、出版社:朝日選書
偽装請負の実態は、労働者派遣そのもの。しかし、請負契約を装っているので、労働者派遣法の制約は、すべて無視する。たとえば、派遣労働者だったら、一定の年限がきたら直接雇用の申し込み義務が発生するが、請負なので申し込まずに、同じ労働者を何年も都合良くつかうことができる。
製造請負を管轄する役所がないので、偽装請負は野放しで増え続けた。仕事がヒマになれば、請負契約を打ち切って、一度にごそっと労働者のクビを切れる。不要の労働者を名指しでクビにする指名解雇も簡単。請負会社に一言、あいつを代えて、と言えば、次の日には別の労働者に変わっている。メーカーの正社員と会社が結んだ残業時間の協定にもしばられない。
生産量にあわせて、労働力を増やしたり減らしたりできる偽装請負は、メーカーにとって麻薬のように危険で魅惑的だった。いったん使うと、中毒を起こし、手放せなくなる。
健康管理や安全管理のほとんどを請負会社まかせにできるのも、メーカーにとって、ありがたい。自分の工場内で起きた労災事故であっても、その処理一切を請負会社がするものだから、メーカーの負担はない。
日本経団連の御手洗会長はキャノン。キャノンはひどい偽装請負を続けて恥じない。大分キャノンで違法な偽装請負が行われていたことが、2005年、労働局の調査で発覚した。請負会社は、本来、独力で生産できる自前の設備やノウハウをもたなけらばならない。メーカーから、生産設備をタダで借りることは、モノづくりの能力を偽装するのと同じこと。適正な請負であれば、製品の出来高に応じて請負会社に代金を支払う。しかし、大分キャノンでは、実際に働いた人数と時間で支払額を決めるという契約だった。
大分キャノンでは、朝日新聞の指摘したあとも請負労働者が増え続けた。2006年12月末、はたらく労働者は7000人。半年で1000人増えた。しかし、その大半が請負労働者だった。7000人のうち、7割の5000人が請負会社に雇われ、キャノンのために働いている。
御手洗会長は、会長になる前、キャノンは人間尊重主義をとると高言しました。
私は企業には社会的責任があると思う。人類との共生が企業の理念だ。人を大事にしろということ。キャノンは終身雇用という人事制度をとっている。
御手洗がキャノンの経営者として終身雇用、人間尊重主義を説くことと、請負労働者を出来高払いで「採用」し、使い捨ての労働者を「雇う」のは矛盾しないか。
御手洗は、その点を質問され、「全然、矛盾しない」と答えた。問題の労働者は、「うちの社員じゃないから」という理由だ。しかし、偽装請負は、れっきとした犯罪行為である。単なる企業倫理の問題ではない。
ところで、製造工程のラインごとに指揮命令のできない一群の作業員がいて、本当に高い品質の製品をつくれるのか、はなはだ疑わしい。
御手洗は、経済財政諮問会議で、請負法制には無理がありすぎるから改正すべきだという趣旨の発言しました。自ら違法行為をしておきながら、法律のほうを変えればいいんだというのです。まさに開き直りです。およよっ、と驚いてしまいました。人間尊重のカケラもそこにはありません。大企業の利益こそ万能であり、最優先すべきだというのです。
こんな人が財界トップというのでは、日本の将来は、お先まっ暗です。アメリカに長く住んで大変苦労したと聞いていましたし、人間尊重・終身雇用を守るというので期待していたのですが、まったく裏切られてしまいました。私も、まだまだ人を見る目がなかったようですね。トホホ・・・。
わが家のすぐ下の田圃では黄金の稲穂が頭を垂れはじめています。収穫の秋は、もうすぐです。庭に鮮やかな紅色の曼珠沙華が咲いています。酔芙蓉の花もようやく咲きはじめました。道端に白い見事なススキの穂を見かけました。昼には真夏の暑さが残っていますが、朝夕はめっきり涼しくなりました。子どもたちの運動会のシーズンが近づいています。
(2007年5月刊。700円+税)
2007年09月13日
ビキニ事件の表と裏
著者:大石又七、出版社:かもがわ出版
1954年3月1日、アメリカは中部太平洋のビキニ環礁で、広島型原爆の1000倍といわれる15メガトンの巨大な水爆実験を行った。
環礁に、高さ50メートルのやぐらを組んで水爆を置き、午前6時45分に点火した。爆発と同時に直径4〜5キロメートルの巨大な火の玉があがり、珊瑚礁の小島を蒸発させた。それらの粉じんは、強力な放射能を含み、キノコ雲となって3万4000メートルの高さにまで上昇した。あとには、深さ60メートル、直径2000メートルの大穴があいた。その海域でマグロ漁をしていた第五福竜丸は、乗組員23人全員が被爆した。
被爆した船は第五福竜丸だけではない。政府が把握しただけでも856隻。およそ 1000隻に及ぶ。
そのとき、サアーと夕焼け色が空いっぱいに流れた。左舷の水平線から一段と濃い閃光が放たれた。
12、3分が過ぎたころ、空は明るくなり、西の水平線上に入道雲を5つ6つ重ねたような巨大なキノコ雲が空を突いていた。
2時間ほど過ぎたころ、白いものが空からぱらぱらと降りはじめた。ちょうどみぞれが降ってきたという感じだった。
やがて風を伴い、雨も少しまじってたくさん吹きつけてきた。目や鼻、耳、口など、そして下着の内側に入り、チクチクと刺さるような感じで、イライラした。
みんな目を真っ赤にして、こすりながら作業した。水中眼鏡をかける者もいた。鉢巻きをした者は頭の上に白く積もらせ、デッキの上には足跡がついた。唇につくものをなめてみると、溶けないので、砂をなめているようにジャリジャリして固い。熱くもないし、匂いも味も何だろう。
知らないとは恐ろしい。強力な放射能のかたまりをなめたり、かんだりしていた。
近くの危険区域で何かが行われた。アメリカ軍の大事なものかもしれない。それをオレたちは見てしまった。秘密のことなら、当然、アメリカ軍の軍艦や飛行機、潜水艦も近くにいるはず。見つかったら大変なことになる。見えたら、すぐに焼津に無線をうつ。見えるまでは打たない。うっかり打てば、自分たちがここにいることをアメリカ軍に知らせてしまう。見つかったら間違いなくアメリカ軍に連行される。へたすると沈められてしまう。
第5福竜丸は、なんとか逃げ切り、3月14日、焼津港に帰り着いた。翌々日、3月16日、読売新聞がスクープで報道した。
日本の医師団は、灰にふくまれている放射能がどんな性質のものか、治療に役立てるため教えてほしいとアメリカに求めた。しかし、アメリカは軍事上の機密だといって、何も答えなかった。そこで日本の科学者たちは、灰を独自に分析した。その結果、アメリカの最高軍事機密である水爆の構造まで解明した。
水爆の構造とは、中心に原爆を起爆剤として置き、点火して核分裂を起こす。そこで 7000万度以上の超高熱をつくり、その外側にある重水素リチウムに核融合を起こさせる。これが水素爆弾だ。そして、水爆ブラボーは、そのまた外側を大量の天然ウランで包んでいた。そこに高いエネルギーの中性子がぶつかり、ウラン238が核分裂を起こすとともに、膨大な量の死の灰、ウラン237がつくり出された。これが汚い放射能だ。
だから、アメリカは何も教えなかった。日本の科学者が解明したことによって、結果的には世界中が知ることになり、良かったと言える。
この被爆事件について、アメリカ政府と日本政府が極秘のうちに手打ちしていた関係書類が最近公開された。200万ドル(7億2000万円)で決着が図られた。日本政府はその見積もりでも25億円に達していた被害総額を知りながら、その4分の1程度で早期に幕引きし、「アメリカの責任を今後一切問わない」とした。ひどーい、許せませんよね。
ところが、大石さんらに対して、日本国民の一部から怒りの目が向けられました。騒ぎを起こしたうえに見舞金をもらって、まだ生きている・・・。
なんという妬(ねた)み心でしょう。最近のイラクにおける日本人人質に対する自己責任を口実とする非難の大合唱を思い出させます。心の狭い人が日本人に少なくないって、本当に残念ですよね。
大石さんは、今も、元気に被爆体験を語る活動を続けておられます。今後とも、お元気にご活躍されることを心から祈念します。
(2007年7月刊。1500円+税)
2007年09月14日
職場砂漠
著者:岸 宣仁、出版社:朝日新書
サラリーマンが職場で悩むことのトップは、昔も今も、人間関係だ。
職場のメンタルヘルスを低下させる要因として、もっとも影響が大きいものは、職場での上司と部下、同僚同士のコミュニケーションの希薄化があげられる。成果主義が企業に浸透するようになって注目されているのが、パワーハラスメント、つまり上司による部下いじめだ。
おまえら、やる気のないやつは、ガンガン言って自殺しても平気だ。オレは冷淡だよ。
仕事しないで給料高いのは、辞めてもいいよ。結果がでないのなら、辞めろ。
結論は数字でしょう。プロセスなんかは、どうでもよい。
いやあ、ひどいですよね。こんなことを大勢いる前でガンガン言われたら、気が変になってしまいますよ。ノイローゼにならないほうが不思議でしょ。
成果主義の浸透やリストラの常態化などで、日本の会社の上司はおしなべて「強大化」した。そして、「強大化する上司」に目をつけられたら、その部下は確実に悲劇を迎える。
今また、終身雇用を支持する声が増えた。
英語大好き、外国人大好き、ごますり大好き、そして仕事は知らない。外資系企業を渡り歩く外資屋がいるが、むしろ英語屋と呼ぶべき。この英語屋は、本国に向けて業績の数字だけを上手に見せることに気をつかい、国内の社員に対しては居丈高な態度をとる。
パワーハラスメントは日常茶飯事だ。最近では、中国への投資資金を確保するため、日本法人により高い収益を求める外資系企業が増えている。外資系に勤める日本人社員は 100万人をこえた。そこでは収益至上主義が強まり、退職強要などが激しくなる可能性がある。
会社は過労死(自殺)などが世間に公表されないよう、労基署で業務上認定されないよう、労災申請の取り下げを条件として、巨額の補償金を支払うことがある。当初、労災申請を取り下げたら1億円出すと会社側が言ってきたのに対して、2億円を要求したところ、1億4000万円を支払った会社がある。それほど会社は労災認定を恐れている。
いやいや、ひどい会社の内情です。「働きすぎ時代の悲劇」というサブ・タイトルのついた本ですが、ホント、考えさせられます。
朝、雨戸を開けようとしたら、ヤモリがポトリと肩におちてきました。ヤモリは慌てて逃げ去りました。わが家の窓によく貼りついているヤモリ君です。外で百舌鳥が甲高く鳴くのを聞くと秋の気配を感じます。庭には赤トンボも舞っています。来週ころから稲刈りが始まりそうです。
(2007年7月刊700円+税)
悪人
著者:吉田修一、出版社:朝日新聞社
佐賀県内で実際に起きた殺人事件をモデルとする小説です。現代日本社会のドロドロとした内情がよく描かれていますが、読んでいるうちに、だんだん気が滅入ってきました。
この本は久留米の富永孝太朗弁護士のおすすめで読みました。
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親に愛されないまま、少なくとも愛されたという実感のないまま育った子どもたちが大勢います。彼らにも愛を求める権利があります。その衝動を抑えることはできません。
寂しい思いを胸にぐっと秘めたまま一日一日を過ごしている男女が何と多いことか。この本を読みながら、私は毎日の弁護士としての生活を思い出していました。
自己破産の申立を決意して生活を必死で立て直そうとしている人たちを励ますのが、私の毎日の仕事です。ホント、大変なんです。50代そして60代になると、ろくな仕事はありません。求人がないのです。離婚して独身生活の人も多く、男性だと食事は毎食コンビニ弁当という人が珍しくありません。ホント、食うや食わず、そして、食生活が偏ってしまいます。一家団らんという言葉とは縁遠い生活です。うつ病など、精神的な病いをふくめて、病気もちの人も多いですね。癌を三つも四つもかかえている。そんな人が何人も依頼者のなかにいます。
そんな寂しい人々が、見知らぬ人からであっても、ちょっとした優しい言葉をかけられたとき、無防備のまま尾いて行ったとして、誰がそれを責めることができるでしょうか。
結果を見て、犯人を厳罰に処せ、と叫ぶのは簡単です。日本もアメリカのように重罰化の方向へひた走っています。おかげで、刑務所は全国どこでも超満員。だから、経費削減、安上がり方策として、刑務所の民営化もついに始まりました。もっと社会が全体として弱者に優しくしなければ、ますます犯罪は増え、おちおち夜道は危なくて歩けない、といったアメリカのようになってしまいます。
先日、博多でマイケル・ムーア監督の最新作の映画『シッコ』をみました。アメリカって、お金持ちには世界最高水準の医療を至れり尽くせりです。でも、貧乏人は医療保険もなく、高い病院代が支払えないと、入院先の病院から追い出され、文字どおり路上に放り出されるという悲惨な、信じがたい現実があります。アメリカのような日本になってはいけません。ところで、この映画では、同時に、カナダやフランスそしてイギリスまでも、医療費がタダで、市民は安心して診てもらえるということも紹介しています。そうなんです。同じ資本主義国家といっても、アメリカが異常なんです。日本はその異常なアメリカばかりを手本として、医療費の自己負担率を引き上げ、さらに保険会社にガッポガッポともうけさせようとしているのです。とんでもないことですよね。
日本社会の現実を、小説を読みながら、いろいろ考えさせられました。
(2007年4月刊。1800円+税)
団塊世代の同時代史
著者:天沼 香、出版社:吉川弘文館
団塊の世代という言葉を造り出したのは堺屋太一です。1950年生まれの著者は、このネーミングを嫌っています。私自身は、それほど悪い言葉ではないと思って使っていますが、この本によって団塊世代って、まるで極悪人集団であるかのように言われているのを知って、イヤーな気分になりました。団塊世代をそんなに人非人(にんぴにん)みたいに言うなよな、おい、っていう感じです。まあしかし、歴史用語として、すっかり定着してしまった団塊世代です。私はこれからも使っていくつもりです。
「現代用語の基礎知識」(2006年版。インターネットにおされて売れないため、廃刊になるそうです)には、「彼らは一見、新時代の創造者のようにみえるが、実は時代の破壊者だった。全共闘をつくって学生運動に事実上の終止符を打ち・・・」とあるそうです。いやあ、ひどい定義です。でたらめもいいとこ、でしょう。時代の破壊者だというレッテルを貼って悪者にするなんて、やめてほしいですよ。それに一部の人たちが全共闘をつくったのは間違いありませんが、学生運動の全盛期は、もう少し続いていたと思います。「事実上の終止符を打ち」というのは、いったい何を指しているんでしょうかね。連合赤軍事件のことなら、あれは学生運動とちょっと別のものだと私は思いますけど、どうなんでしょうか・・・。
宮台真司准教授(首都大学東京)は、団塊世代について、次のように罵倒しているとのこと。信じられません。
「団塊世代は、いまだに日の丸に一体化する輩が右で、赤色旗に一体化する輩が左だ、といった稚拙な認識のまま。右も左も、国家だ、党だ、と大いなるものに寄りすがる腰抜けばかり。既成図式に寄りかかって思考停止に陥る輩しかいない。利他のフリをしたエゴイスト・・・」
ええ、腰抜けで悪うございますよ。なんとでも言いなさい。
市川孝一・文教大学教授は、次のように言う。
「団塊世代は、別名、全共闘世代とも呼ばれ、その後、成長する過程の節々で何かと問題を引き起こすことになる世代でもある」
いったい、我々が、節々で、どんな問題を起こして世間様にご迷惑をおかけしたというんでありゃんすかねえ。とんと見当もつきません。
団塊世代の名付け親である堺屋太一は、団塊世代は従順なのが特徴だと決めつける。
「親や兄姉たちがつくった戦後のコンセプトに対して非常に忠実で、疑問も持たない。団塊の兄姉たちは安保騒動のときに、岸内閣を倒せと叫んで体制変更の議論をした。団塊の学園紛争では、学園のここが悪いとかで、佐藤内閣を倒せと言ったやつはいない。全体の大きな体制に対しては極めて従順な世代。みんなが塊として行動した」
とんでもない事実誤認ですよ、これって。でも、まあ、会社人間と化した団塊世代が今の世の中の動きに対して、もっと怒るべきなのに沈黙を守っているというのは少々あたっているのかもしれません。そして、著者は次のように言います。
団塊世代の多くは、真面目に、それなりの責任感をもって、地道に、バブルの恩恵などに浴することもなく、平凡な後半生を送った。「食い逃げ」などという、さもしい行為は、したくてもできなかったのが大多数の団塊世代だった。
うんうん、この指摘はあたっていると私も思います。
そして、いま、団塊世代は三つのWがあたっている。割のあわない、分かってもらえない、侘びしい世代である。これは、私の属する団塊男性の一部にものの見事にあてはまる呼称だ。
いやあ、まいりました。私は、この三つのWから抜け出すべく、この書評を毎日せっせと書いているわけです。なにしろこれからが人生の華なんですからね。精一杯、楽しみたいと思います。
それにしても、団塊世代の体験した大学闘争を詳細に再現した神水理一郎『清冽の炎』(第1〜3巻。花伝社)が、ちっとも売れないそうです。あのころのことは思い出したくないという団塊世代が、実は、想像以上に多いということが判明しました。まだまだ、あのころのことが心の奥深くでトラウマになり、封印されているようです。もっと、その封印を解き放って、おおらかに生きていきたいものだと思います。みなさん、ぜひ『清冽の炎』を買ってやってください。本屋で注文したら、すぐ入手できますので・・・。
(2007年9月刊。1700円+税)
2007年09月18日
先生とわたし
著者:四方田犬彦、出版社:新潮社
恩師を賛美する美しいエピソ

