弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2025年5月25日
国税一家
社会
(霧山昴)
著者 吉岡 正範 、 出版 中央公論事業出版
47年間、税務署で働き、また労働組合(全国労働組合)で活動してきた体験を踏まえて税務署の実態を歴史の返還とともに明らかにしています。サブタイトルにはノンキャリア集団の希望と葛藤です。
ひと握りのキャリア組はまったく違ったコースを歩みます。たとえば、キャリア組は、20代で税務署長になります。普通科採用だと1級からスタートするのに、キャリアは3級から始まり、税務署長は8級以上にならないと就けません。なので、普通科だと署長になるのは同期のうち1割ほど。ところが、キャリアは経験5年3ヶ月ほどで税務署長になれる。なぜなのか...。まだ、4級か5級のはずなのに...。全国税が追及すると、署長に欠員があれば補充できるから、という驚くべき回答を当局はした。どう考えてもおかしいですよね、これって...。そんなに都合よく「欠員」が出るものでしょうか。
私の住む町にも40年ほど前のことですが、キャリア組の20代の署長が赴任したことがあります。私の記憶では1人ではなかったと思います。そのころは、まだ、天下の「三井」が君臨していたことに関係しています。署長は上流社会との交際そして人脈づくりを学ぶのです。東京でも、有力な上流階級の住む地域の署長にキャリア組は就任していました。
まだ、ろくに仕事も出来ない「若造」が署長になるというのは、「他の仕事は大変すぎてうまくいかないので、署長ならメリットは多いけれど実害は少ないからだ」という当局側の本音が紹介されています。なるほど、と思いました。
警察署長もそうですが、税務署長は辞めるとき、常識をはるかに超える餞別をもらうようです。狙撃されて瀕死の重傷を負った國松考二警察庁長官は、何億円もする超高級マンションに住んでいましたよね。これも、正規の給料だけではとても買えないものだと私は勘繰っています。
この本には東京で今も元気に活躍している金井清吉弁護士が登場します。私と同期で、一緒に青法協の活動もしていた仲間です。税務大学校普通科卒業のようです。金井弁護士は若いときに最高裁の刑事事件を国選弁護人として担当し、破棄差戻し・無罪判決を獲得しました。これは高く評価されています。
1970年代ころの税務署は、昼休みにはキャッチボールしたりコーラスしたり、生け花サークルがあったり、また、みんなで楽しむレクレーション活動があったりした。飲み会もひんぱんだった。それは1980年代まであったが、そのあとはなくなった。そして世代交代して若い人がどっと入署し、また、署内の処理システムが変わった。
署内のノルマ達成のための尻叩きは前からあり、そのため納税者の知らないうちの修正申告書の偽造も頻発した。また、税務署OB税理士による巨額の脱税事件も発生した。
現場で苦労していても、上部への報告は「万事順調」という内容のものが横行し、上部は真相を見誤ることがあった。
現場の署員にメンタルを病み、長期の病気休職も増えている。
晴れ晴れとした気持ちで退職の日を迎える者ばかりではない。
実は、私は40歳になる前、アパート住まいから一戸建ての広い庭つきのマイホームを建てて生活をはじめたとたんに税務調査を受けたことがあります。弁護士生活50年になりますが、調査を受けたのはこの1回のみです。このときの顛末を刻明に記録して小説風の本に仕立てあげました(『税務署なんか怖くない』花伝社)。私の本のなかで最高8千部を完売しました。
このとき私は、つくづく税務署とはえげつないことを平気でする役所だと実感しました。まず超大企業の脱税は見逃します。ボロもうけしていたサラ金大手会社には税務署OBが顧問で入って、税務署と裏取引します。
税務署の総務課の仕事の一つが、退職者を中小企業に顧問税理士として斡旋することなのです。それも1人や2人ではないこともあります。これを2階建て、3階建てというのです。
ついつい昔の税務署の理不尽な仕打ちへの怒りがムラムラとよみがえってきました。
(2024年11月刊。1540円)