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カテゴリー: 人間

死って、なんだろう?

カテゴリー:人間

(霧山昴) 

著者 エレン・ダニー、アン・ファニ・カンタベッラ 、 出版 創元社

子どもたちからの38の質問に答えている本です。質問したのは、世界中の5歳から15歳までの子どもたちです。 

死なないようにしてくださいって、誰にお願いしたらいいですか?そんな質問もあります。その答えのなかで、すでに液体窒素のなかで超低温で人体を保存している人が500人もいて、4千人が登録して待っているとのこと。でも、実際には脳を再び目ざめさせるのは不可能です。万一、人体の細胞が再生したといっても肝心の脳が動かないのなら、それはもう死んでいるとしか言いようがありませんよね。 

死ぬときは、体がいっぺんに死ぬんですかという問いに対して、人間の体はいっぺんに 死ぬわけではなく、死には段階があると回答されています。 あまり酸素を必要としない部位 は、少し長く生きていられる。血液のなかの白血球は、死後も2日から3日は生きている。 そう言えば、動物のなかには 頭を切られても、胴体だけでしばらく歩き続けるというのもいるそうですね……。

今の日本には、100歳以上の人が1万人いると聞きました。世界最長寿は、フランス人 女性のジャンヌ・カルマンさんで、122年と164日生きた。1997年に死亡。この122歳が長寿の限界だと科学者は考えている。というのは、120歳ころの体は、細胞の修復がほとんど出来ない体になっているから。 

死んだら、どこへ行くの、天国とか地獄に行くって、本当なの……。そんな疑問を誰だって 抱きますよね。自爆テロの犯人は「死んだら、天国に行ける、美女に囲まれて生活できる」と考えているんだそうです。でも、よく考えたら、その天国にいる「美女」は死なないのでしょうか。「犯人」に奉仕するのが本当に幸せなんですか、他にやりたいことがないのですか……。 この本の回答は、死んだらどこにもいかない。生まれる前はいなかったように、死んだあと もいなくなるだけ、というものです。 

すこし前ですが、伊藤栄樹という検事総長だった人は、人は死んだらゴミになると言いました。私は「ゴミ」になんかならないと思います。分子ではなくて原子レベルで空間を漂ったり、何かの物質を組成したり(再生ですね)変化していくのだと考えています。物質不変の原理にしたがって、形を変えてこの宇宙のどこかに存在し続けるのだと思うのです。でも、そのときには、もちろん「私」という意識はありません。なので、「無」ではあるわけです。

ヒンズー教では、魂は別の生き物となって生まれ変わるが、過去は覚えていない。前世の 記憶というものはない。

どうして死って怖いの?という質問があります。私も死ぬのは怖いです。死んだら、どうなる のか、誰にも分からないからです。自分がいつ、どのようにして死ぬのか分からないのが、怖くなる理由の一つです。私は、自分が死んだあと何万年も何億年も世の中は続いていくというのに、それにはまったく関わることが出来ないというのも怖さのひとつです。 

ところが、人間というか生物もしが死なないとなると、たちまち地球上はあふれてしまうというのも理論上は想定されます。新しい生命を受け入れるには古い生命は死んでもらうしか ありません。このとき、一部の人間や生命体だけを特別扱いなことなんて出来ませんよね。 

この本に、年をかさねていくと死が近づいているはずなのに、死に対する恐怖がうすれてくるとの指摘されています。たしかに、若いときのほうが死に対する恐怖は強烈でした。50年以上も前、司法研修所で、若くして病死した修習生、そして自死した修習生がいました。強烈な衝撃を受けました。いま、同期(26期)の人たちが次々に死んでいますが、それほどの 衝撃は受けなくなりました。

子ども向けの本というのですが、 立派な大人向けの本でもあると私は思いながら読了しました。

(2026年4月刊。2750円)

ギャンブルに脳がハックされる?

カテゴリー:人間

(霧山昴)

著者 帚木 蓮生 、 出版 合同出版

 著者は作家として高名ですが、ギャンブル依存症に長く取り組んでいる精神科の医師でもあります。

 日本は、ほかの国とちがって、ギャンブルを取り締まるのではなく、ギャンブルを国民に推奨する国です。6つの公営ギャンブルをしやすくし、パチンコ・パチスロも自由にさせ、これから2030年には大阪に維新のすすめで、カジノをつくります。大阪にできるカジノには、公営ではなく、民間のギャンブル会社がカジノを運営します。すべては吉村率いる維新の会の政策です。大阪万博も、カジノの地ならしでした。本当に罪つくりな維新なのですが、それでも今なお維新は大阪で人気があるというのですから、世の中は不思議としか言いようがありません。

2030年には、日本で初めて合法のうえで、ギャンブルを正業とする会社がカジノという賭博を運営できるようになります。恐らく、維新にもおこぼれが入っていくのでしょう。本当に薄汚い政治屋連中です。

日本でギャンブル禁止令が初めて出たのは689年です。「日本書紀」に書かれています。①悪の道に走る。②仕事を失う。③親孝行をしなくなる。まさしく、ギャンブルの弊害は昔から知られていたのです。

ニア・ゲイン、ニア・ミスと思わせるカラクリによって、もう一回、また一回と続けさせます。

 ギャンブルで大損した人が、損を取り戻そうと思って、大金をもってギャンブル場に駆け込み、やはり大損してスッテンテンになったという体験談は、私も何回も聞かされました。

 ギャンブルで大金を獲得したときの興奮・快感を人は忘れることができない。

 ギャンブルは、手を変え、品を変えて、次々に目まぐるしく場面を変えていく。

 ギャンブルにはまりやすい人は、単純なことにあきやすい性質。これは私にもあてはまります。なので、私は決してギャンブルには近づきません。

 先日、簡裁判事は刑事事件を起こしたというニュースが流れました。オンライン・カジノにはまって、大金を失ったあげくのようです。

 ギャンブルは、よくよく考えてみると何一つ生み出してはいない。持っているものをすべて奪いつくし、その生血までも吸ってしまうのがギャンブルの本質。

ギャンブルは、ちょっと手を出しているうちは、まだ引き返せる。しかし、とことんハマってしまうと、もう逆戻りはできない。これって、怖いです。

 ギャンブルにはまると、自分の姿が見えず、他人(ひと)の忠告を聞かず、心の中で何を思っているのか言われなくなる。鬼のような人間になってしまっている。

本人はそのことに気がつかない。決して自分の心のうちを他人に言わない。ひとりぼっちのさみしい人間になっている。金だけ、自分だけ、今だけという「3だけ主義」になっている。

 ギャンブルによって、いったんたくあんになった脳は二度と大根に戻らない。

 この回復は一人ではできない。自助グループは、手術や薬以上の効果を発揮する。

 GAのミーティングでは、ほかの人の批判はしないし、してはいけない。自分についてだけ述べる。言いっぱなし、聞きっぱなし。誰も話をまとめない。結論を出すこともしない。正直に言うと話すのが楽になり、一番楽だと分かる。ウソをつかないことが、どんなに楽なのかがやっと分かる。

 人の病の最良の薬は人。医師の提供できる最大の薬は、その医師の人格。

 自民党、そして維新というのが、どんなに罪つくりの政党なのか、この本を読みながら、つくづく思ったことでした。タカイチもヨシムラも、人間の顔をした「鬼」、いえ「ロボット」。今、自分され金もうけできればいいというのです。ああ、そんなの嫌です…。

(2026年5月刊。1870円)

地を耕し、人をつなぐ、農民.小林節夫の生涯

カテゴリー:人間

(霧山昴) 

著者 矢吹紀人 、 出版 合同出版

世の中には、こんな人もいるんですね。東大農学部を出て、牛を飼って酪農家になり、同じ酪農家が乳価値上げを求めて初めてのストライキを敢行。そして全国の農民運動と連絡を取りあい、農民連の代表として活動し、運動を辞めたあとは、再び米づくり農民に戻りました。

2016(平成28)年に91歳で亡くなった小林節夫の不屈な一生を生き生きと紹介した本です。長野県佐久市に節夫文庫があり、農と食に関する多くの本や資料が閲覧できますし、格安な農業用資材などの販売もしているとのことです。すばらしい活動です。

輸入されている食材が食品添加物まみれ、農薬まみれになっているのに、日本政府はアメリカの言いなりで、検疫もできない状況がありました。それを小林節夫は問題にしたのです。食品分析センターを設立して、検査を始めました。アメリカから輸入されたパンから、有機リン系殺虫剤としての農薬が検出されました。また、中国産冷凍ホウレンソウからも有害な農薬が検出されました。この本には、1997年から2000年のころの話として紹介されていますが、今は果たして安全と言えるのでしょうか…。

1961年2月、佐久酪生産者大会が開かれた。当時の乳価は1升45円。これを1升60円に引き上げることを要望した。これに対して明治乳業の回答は、わずか3円だけ値上げする1升53円6厘。そこで、酪農家は一致団結して1961年2月18日、前代未聞の「牛飼いのストライキ」に突入した。明治乳業にとって、1日くらい牛乳が入らなくても打撃はそれほどではないかもしれないが、社会的には全国的に知れ渡ることとして、社会的な影響力は大きかった。結局は、乳価は1升55円01銭に値上げされた。

「怒りの節夫」は、調査なくして闘いなしとして、乳価をめぐる調査を各方面にあたってすすめていた。近代化、大規模化にこそ農学の未来があると節夫は考えた。しかし、それは間違いだということを後で知った。牛を多頭化すると、耕運機、搾乳機、カッターなどの投資が増えるばかりで、借金は増えるばかり。多頭化すれば経営が良くなるというのはウソだ。1頭でもうからなければ、大規模拡大すれば良くなるというのは、頭のなかで、机の上で考えたことなのだ。節夫は結論づけた。

1974年3月、農業用資材が大幅に値上げされている。ビニールひもは7倍、イチゴパックは5倍、マルチ用ビニール4倍など。これらについて値下げを求めたのです。メーカーはモノがないというのを値上げの口実にしていたが、節夫たちは共産党の国会議員、国の協力も得てトラクターは既に日本に輸入されていて、「モノがない」というのはウソだということを明らかにした。すると、メーカーは「大変申し訳なかった」と謝罪するに至った。やはり交渉するには事実の十分な調査が必要なのです。

オイルショックのときにも、「千載一遇のチャンスだから、この際大いに儲けるべきだ」と、メーカーは仕掛けました。とんでもないことです。

小林節夫は、ヨーロッパにも出かけ、国際的視野から日本の農業の将来を考えました。価格保障があってこそ家族経営があり、家族経営の農学があってこそ環境が守られる。これがヨーロッパの考えだということですが、まったくそのとおりです。

食料自給率38%をそのままにして、減反ばかりして、家族経営の保護・育成をおざなりにする自民党農政を続けさせてはいけません。とても勉強になりました。

(2025年9月刊。1760円)

高畑勲と「火垂るの墓」

カテゴリー:人間

(霧山昴) 

著者 寺越陽子 、 出版 新潮社

私は、この映画は一度はみなければいけないと会う人ごとに勧めています。子どもたちにはぜひみてもらいたい。とりわけ、タカイチには少なくとも3回はみてもらいたいと思います。戦争となったらどうするのか、タカイチはあまりにも想像力が欠けています。自分の金もうけのことしか考えていません。

とはいっても、「二度と観たくない傑作」と本のオビにある とおりで、あまりにもあの兄妹が可哀想で、いじらしくて、号泣するしかないので、二度も三度もみることはとても出来ません。夜、眠れなくなってしまいます。

この映画が上映されたのは1988(昭和63)年のこと。実は完成していなくて、一部は色彩のない画面があったとそうです。原作は野坂昭如の実体験をもとにして書かれた 小説。そして、監督の高畑自身も9歳のとき、岡山でアメリカ軍の空襲にあい、11歳の姉とともに九死に一生を得て、助かっています。

戦争の悲惨さ、残酷さが ひしひしと伝わってくる映画なので、これをみて戦争をやりたい、やってもいいなと考える人はありえないと思いますが、高畑監督は、この映画は反戦を訴えるものではないと言っていたという。ええっ、どう して……? 

高畑監督は、アメリカ軍の無差別な襲いぬ雨の下を逃げまどい、ウソでなく九死に一生を得、焼け出された間借りした農家の2階で敗戦を迎えた。

「あの辛い戦争はもう済んだ。しなくて済んだ。いや、できたんだ。新しい憲法、その解放感」 

高畑監督が「反戦の人」だったのはまちがいない。

宮崎駿監督とちがって、高畑監督は基本的に 絵は描かないアニメーション監督なので、自分の考えをことばにしてまとめる。それを書くことによって、考えを深めていく。

そんな高畑監督の映画をつくっていく過程を書きつづった7冊のノート が発掘されたのです。それをもとにNHKディレクターが取材していったのでした。

高畑監督は東大仏文科出身。高畑監督は、常に現代を意識しながら物語を あつかう。今の時代になぜこの映画をつくるのか、それを徹底的につきつめる。

二度とみたくない映画ですが、それでも誰でも一度はみなければいけない映画。それが「火垂るの墓」です。もし、あなたがまだみていなかったら、すぐにみてください。

(2026年6月刊。1980円)

意識の正体

カテゴリー:人間

(霧山昴) 

著者 櫻井 武  、 出版 幻冬舎新書 

意識という現象は、なんとも得体の知れないもの。意識を考えるということは、同時に、「自己とは何か」を考えること。

自己という感覚は、意識のもっとも近くにありながら、その実態はつかみにくい。

 眠るというのは、すうっと、意識がなくなることです。夜中に一度目が覚めると、なかなか寝つかれないときには、まだ意識があります。ごろんごろんと寝返りしているときも意識があるように思います。ところが、ふと意識がなくなってしまいます。

胃カメラを撮ってもらうとき、鎮静剤の注射をされると、数秒のうちに意識がなくなります。でも、胃カメラが終わるころには、半分意識は戻っているようです。夢遊病者のように行動しています。

睡眠は、死と似ている。意識がない。しかし、死と違って、目覚めがあり、再び社会との接続が回復する。 

意識は、広大な脳活動の中で、わずかな範囲を照らすスポットライトのようなもの。

ヒトの身体は、意識を介さずにも動いている。意識は、決して常に行動の主導権を握っているわけではない。 

感情は、感覚情報、過去の経験(記憶)、身体の情報といった多層的な情報が統合された結果。意識は、それをあとから追認する。

意識は脳内で完結するものではない。それは身体の状態……心拍数、腸内環境、免疫応答、ホルモン分泌……と密接に連動する 動的なシステムだ。

大脳皮質のもつ神経細胞のネットワークが意識の内容を構築するために不可欠だ。

眠りこそ、生命本来のあり方であり、進化にともなって覚醒を獲得し、その結果として清明な意識をもつことができるようになった。

 睡眠とは、思考の収納を整理する、夜ごとのリノベーションである。覚醒することによって脳にかけられた「無理な情報の負担」を、睡眠中に解消している。

覚醒とは、生存競争の激化にともなって獲得された「危機対応モード」である。 

睡眠は、単なる休息ではなく、記憶の再構成、神経回路の最適化、老廃物の排出といった再生プロセスの中核を担っている。

ヒトは眠ることなしに、正常な自己意識を保つことはできない。

記憶とは、出来事を脳のどこかに保存しておくこと。その保存は、瞬時になされるわけではない。それはコンピューターとは違う。

睡眠は、「経験」を「記憶」へと変える、いわば、静かなる編纂作業の時間だ。

睡眠とは、ヒトの記憶を時系列につなぎ直す作業の時間だ。眠っているあいだに、過去を整理し、未来に備え、自分という物語を再構築している。

夢があっけなく忘れられるのは、正しい人生史を保存するため。 明確に記憶されないからこそ、ヒトは夢を「現実と切り離された体験」として受け入れられる。

意識は、脳の高次的な働きによって生まれた後天的な機能である。

無意識は、単なる裏方ではない。それは膨大な情報を瞬時に ふるいにかけ、必要なときに意識に送り出す巨大なフィルターであり、同時にヒトの行動や判断の大半を裏で操っている。

意識に届く情報は、全体のほんの一部であり、大多数はヒトの自覚の外で処理されている。 この仕組みがあるからこそ、ヒトは外界の変化に迅速に対応できる。

あまり怖い夢は見なくなりましたが、なんだか焦っているという夢はよく見ます。そのときは弁護士としてではなく、なぜか、たいてい大学生のころのことです。大変勉強になる新書でした。

(2026年1月刊。980円+税)

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