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関東大震災・虐殺の謎を解く

カテゴリー:日本史(戦前)

(霧山昴)

著者 渡辺 延志 、 出版 筑摩書房

 日本人は「不逞(ふてい)鮮人」を恐れていた。なぜ、関東大震災が起きたとき、被災地の日本人が「不逞鮮人」が暴れているとの流言をなぜ信じたのか、なぜ、とんでもない流言に恐怖を覚えたのか……。恐らく、それは明治以来の近代日本が生み出した幻影だった。

 五大国に数えられ、列強の一つと自負する地位を得た日本だったが、国力は伴っていなかった。植民地支配でも、朝鮮の人々の抵抗は強まっていたが、何を意図して抵抗しているのかを把握できていたとは思えない。多くの日本人はどうしたらいいのか分からなかったのだ。

 そうした恐怖や戸惑い、そして得体の知れない不安を合わせたイメージとして日本人の胸の中に生み出されたものが、「不逞鮮人」という幻影ではなかったか……。

 どうでしょうか。この指摘は現代日本における外国人排斥と共通していますよね。毎日の生活の中で積み重なっていく、うっ屈とした不満と将来に対する不安が「外国人」排斥を叫ぶことによって、少しでも「解消」する気分を味わいたい、そんなところが大きいのではないでしょうか……。

 現代日本では、外国人抜きに社会が成り立たないという現実があります。コンビニの店員で外国人がいないほうが少ないですし、病院や介護施設にも主として東南アジアからやってきている介護師・看護師がたくさんいて、成り立っています。もちろん各種の製造現場もそうです。ところが、日本人は若い人も中高年層も不満だらけで、先行きの不安が強まる一方です。タワーマンションを買える人がどんどん増えているといいますが、それはごく一部でしかありません。

 関東大震災が発生したのは、1923(大正12)年9月1日の正午の2分前のこと。マグニチュード7.9で関東地方は震度7。10年前の熊本大地震も震度7だったのではありませんか。私の住むところでも震度5近かったと思います。心が震えるほど怖い思いをしました。

 関東大震災では火災が至るところに発生して、死者10万人超となりました。そのなかで朝鮮人等の大虐殺が起きました。加害者の大半はフツーの日本人です。中国人そして少なくない日本人が間違われて殺されました。

 ところが、殺された朝鮮人の被害者数が今に至るまで判明していないのです。日本政府は他人事(ひとごと)のように「事実関係を把握できる記録が見当たらない」と答弁してすませています。許しがたいことです。

 無政府主義者(アナーキスト)として高名な大杉栄殺害事件の主犯である甘粕正彦憲兵大尉は軍当局から手厚く処遇され、一時期フランスへ飛ばされたあと、満州に渡って満映の理事長までつとめています。

 関東大震災という自然災害が起きたとき、政府の治安当局は、ロシア革命や米騒動そして朝鮮における抗日暴動が日本でも起きやしないかと脅えていた。民衆の暴動に対する恐怖心から、朝鮮人の虐殺を指示し推進していったのではないか……。

 「不逞鮮人の放火によって全市火の海と化……」「付近鮮人不穏の噂」。こういう電報が内務省警保局長から発信されている。まったくのガセネタを国が送り恐怖をあおった。

「不逞鮮人が襲ってくる」という流言は、東京で9月2日午後から爆発的な勢いで拡散した。もちろん、今のようにケータイもない時代ですから噂話が人から人へ拡散していったのでしょう。SNSでデマ(フェイクニュース)が拡散している今日と似た状況が生まれたわけです。いったん理性を喪失すると、フダンは善良なる民衆が凶暴な暴徒と化し、そして正義の鉄槌を「不逞鮮人」にためらいなくおろすという惨劇を生んだことになります。今日も生かすべき重大な教訓です。

(2025年7月刊。2090円)

カモシカと進化をめぐる冒険

カテゴリー:生物

(霧山昴)

著者 髙田 隼人 、 出版 文一総合出版

 長野県浅間山にある浅間山荘そして小緒市火山館を拠点としてニホンカモシカを観察し続けている動物学者の面白い見聞記です。

 ニホンカモシカ(以下、単にカモシカ)の寿命は20年以上。ところが、全国各地でカモシカは減少傾向にあり、代わってシカ(鹿)が増えている。シカが増えると、植物が食べられ、踏みつけられる。美しかったカモシカ平のお花畑が喪失寸前になっている。

 著者は、カモシカを個体識別しています。前に金華山の野生のシカの全部を個体識別している本を紹介しましたが、それと同じです。カモシカに、こんな名前をつけています。オオシマ、アサコ、ヤッコ、ヤシロ、カワムラ、ミツウラ、そしてクロサワとムーさん、だ。

 クロサワはムーさんにずんずん近づくと、互いの鼻と鼻を突き合わせてご挨拶。その状況を見て、「やっぱり仲がいいなあ…」と野帳に書き込む。

 自然の中での調査は、野生動物が好きというだけではどうにもならない大変さがある。30キロ以上の荷物をもって長時間、山に登って観察する。落ちたら即死する断崖絶壁近くでカモシカに追いつめられることもある。

 ところが、研究は半端なく面白い。まだ誰も知らない自然の秘密を見つけだし、世の中に発表できたときの興奮と喜びは半端じゃない。

 カモシカは反芻(はんすう)獣。4つに分かれた胃のうち第一から第三胃で微生物による発酵を行っている。植物のセルロースを効率よく発酵分解する。この3つの胃は食道起源。第4胃が人間の胃にあたる。

 カモシカは、指の減少、蹄(ひづめ)への進化によって、手先の繊細な操作性を失う代わりに、補食者から逃れるための走行能力を得た。

ウシ科の角(フックはホーン洞角。ほらづの)と呼ばれ、杖分かれがなく、一生生え変わらずに伸び続ける。これに対して、シカ科の角はアントラー(枝角。えだづの)と呼ばれ、枝分かれがあり、一定のペースで抜け落ちてはまた生えるというサイクルをもつ。

 カモシカはシカ科ではなく、ウシ科の動物。ウシ科のなかでもヤギやヒツジに近縁なヤギ亜科に属する。

 カモシカは「生きた化石」、原始性の魅力がある。カモシカにとって、急斜面上にある藪(ヤブ)は、安全と食べ物の両方を提供してくれるもの。

行動観察は、膨大な時間と労力がかかるうえ、しっかりデータがとれる保証のない、リスキーな方法だ。フィールドワークは、危険と隣り合わせ。地図と方位磁石を使って、迷わずに山を自由に歩き回る能力と、危険を予測して会費する能力が必須だ。そして、この調査技術を身につけるには、フィールドでたくさんの経験を積むことが絶対に必要。

カモシカは見た目に性差がほぼない。オスの「ちん玉」も簡単には確認できないし、メスの外部生殖器はほとんど見えない。

 カモシカはかくれんぼの達人。なんと、2時間も著者の前でフリーズしていたという。

カモシカ平の真ん前に建っている火山館を拠点として、著者は高山地帯のカモシカを観察していくのです。この火山館は電気は太陽光発電、調理のための火はカセットコンロ。暖房器具は薪(マキ)ストーブだけ。

冬山でパウダスノーを口にほおばるのは絶対やってはいけない。体内で雪を溶かす際に大量のエネルギーが奪われてしまうから。ええっ、そ、そんなこと知りませんでした。

 いやぁ、大変なんですね。研究者って……。でも、本人が満足しているんだから文句ありませんよね。一読をおすすめします。

(2025年11月刊。2200円)

松本清張の昭和

カテゴリー:人間

(霧山昴)

著者 酒井 信 、 出版 講談社現代新書

 井上ひさしもすごい作家ですが、松本清張もまた、まさしく巨匠ですよね。

 私は、松本清張の書いたものはそれなりに読んでいますし、北九州にある記念館にも数回は行きました。映画「砂の器」なんて、傑作中の傑作ですよね。

 40歳を過ぎて文壇にデビューし、49歳にはベストセラー作家になったのです。学歴は高等小学校。いわゆる高校・大学には行っていません。ところが、英語の勉強はずっと続けていて、海外へ取材に行ったときには、通訳なくして現地の人と話しています。いやあ、すばらしいことです。私がずっとずっとフランス語を勉強しているのも、巨匠を目ざすという魂胆があるからなのです(嘘です)。

 松本清張にはゴーストライターがいると信じられたことがあります。少なくとも常勤の取材チームがいて、下原稿をつくっていると、まことしやかに言う人もいました。でも、ゴーストライターなんていませんし、下原稿を書く取材チームもいないのです。もちろん、取材に協力した人は何人もいるようです。

 松本清張の武器は口述筆記できることでした。それこそ専属の速記者がいたのです。私は、その人の書いた本も読みました。ともかくすごいのです。1日に30枚もの原稿を口述しています。しかも、同時に2つか3つの本を交互にやっていくのです。信じられません。

 文壇バーに飲みに行くこともなく、午前10時から夜10時まで、毎日、ひたすら口述していったのです。そのとき、話しコトバがそのまま文章(書きコトバ)になるよう自らを訓練していました。これは簡単なようで、実はかなり難しいことなんです。

10日で単行本が1冊できあがるというペースだったと聞くと、モノカキ志向の私でも腰を抜かしそうになります。

清張の小説には「悪女」が登場します。それを生々しく描けるほど、清張にも浮いた話はあったのです。

この本ではA子とC子が紹介されています。瀬戸内寂聴は両方とも知っているようで、A子については高く評価していて、C子については本気で悪女だと想っていたとのこと。そして、清張もC子との交際によって、「悪女というものを初めて識(し)った。それ以来、小説に悪女を書けるようになった」と書いています。C子との苦労を作家として小説に生かしているのです。残念なことに、私は、この方面の経験が圧倒的に不足しています。

 清張にとって、小説は満たされない旅情を埋めあわせる「現実逃避」の手段だった。思春期に本を読みあさり、見識を深めることで、独自の人生観を築き、作家となったあとの創作に生かした。その着想そして下調べ、文章構成、本当にどうやって自分のものにしたのか、不思議でなりません。

 それなりに知られていることですが、清張は戦前、治安維持法違反で特高警察につかまりブタ箱に入れられています。共産党の活動をしたということではありません。知人から雑誌(合法の左翼誌です)を借りて読んでいただけで、芋ヅル式に検挙されたのでした。

 十数日間、留置場に入れられ臭いメシを食べた経験は、江戸時代に無宿人が佐渡島で強制的に働かされるという「無宿人別帳」に生かされている。これまた、たいしたものです。

 松本清張は作家生活40年を送り、82歳で亡くなりました。

(2025年12月刊。1210円)

ピッケルの神様、山内東一郎物語

カテゴリー:人間

(霧山昴)

著者 工藤 隆雄 、 出版 山と渓谷社

 私は本格的登山はしたことがありませんし、しようとも思いませんので、ピッケルなるものの実物を手にとったこともありません。でも、山に登るならピッケルが欠かせない道具だということくらいは、もちろん知っています。

 ピッケルとは、雪山に登るときになくてはならない道具の一つで、突風が吹いたとき雪に突き刺して飛ばされないように体を預けたり、滑落したときにピックという尖った部分を雪面に噛ませて停止させるなど、命をも左右するとりわけ重要なもの。そのため、ピッケルは「雪山にのぼる登山者のシンボル」として大切に扱われてきた。

ピッケルはヘッドとシャフトを合体させる。シャフトは北海道産のアオダモ(モクセイ科トネリコ属)。

仙台に住む山内東一郎は、そのピッケルをつくり続けた類にまれなる鍛冶職人。ところが、山内はコスパが悪く、いつも貧乏だったので、息子は愛想を尽かして、後を継がないどころか、逃げていった。

 山内は注文した人と実際に会い身長などを確認して、その人の体形にあったピッケルをつくる。山内は昭和41年に亡くなるまでの50年間に2千本のピッケルをつくった。

 山内No1が言成したのは昭和4年、山内が39歳のとき。山内40歳のとき、ニッケル・クローム鋼のピッケルを年間20本つくった。昭和8年ころ、輸入もののピッケル20円以下では買えないとき、山内のピッケルは16円ほどした。

 憲法学者の樋口陽一(昭和9年生まれ)も山内のピッケルを愛用した。

 ピッケルを手抜きしてつくったものは、ヘッドとシャフトを溶接したもの。だからピッケルが折れて事故を起こした。

鉄を極めるには機械より鉄の心を聞く。鉄の心を知ること、鉄から、「今だ、叩いてくれ」と言ってくる。その声を聞いて、火床から引き上げる。なかでも大変なのは火加減。金属を火床に入れ、フイゴで炭の火力を強くし、金属が赤色から柿色になったとき、焼き入れ(素早く取り出して急冷する熱処理)をする。

それは、ほんのわずかな時間。瞬間といってもよい。すべては勘。焼き入れが熱すぎても低すぎても、硬くならず使いものにならなくなる。 

鉄と話をしながら鍛錬しないとうまくいかない。鉄の心を知ることが大切だ。鉄は一見すると同じように見えるが、人が一人ひとり違うように同じものは何ひとつない。しかも、天候や火加減などによって、叩いているうちに質が変わってくることもある。そんなときは、焼き入れの時間を早めたり、水をかけて調節したりする。それでもダメなら、惜しげもなくスクラップにする。ピッケル作りは、それほど手間のかかる仕事だ。

職人技のすごさを少しだけ知(識)ることのできる本でした。

(2026年2月刊。2420円)

戦争ではなく平和の準備を

カテゴリー:社会

(霧山昴)

著者 川崎 哲・青井 美帆  、 出版 地平社

 今やトランプのひどさがあまりに目立ってしまい、プーチンはひそかにほくそ笑んでいるのではないのでしょうか。

 ホルムズ海峡閉鎖によって原油が日本に入らなくなり、このところナフサ途絶によるモノ不足が大変心配されています。

 それにしても、高市首相の無為無策には呆れるというより怒りを覚えます。それでも支持率が53%だなんて、なんて日本人は騙されやすいのかと嘆くばかりです。

でも、まだ希望を捨てたわけではありません。連日のように国会周辺に「高市やめろ」「改憲反対」などを叫んで人々が何万人と集まり、声を上げているからです。この集会について、NHKをはじめ一般マスコミがほとんど報道しないのはおかしなことです。希望というのは、これまでのように年輩者だけではなく、20代と30代で参加者の半分を占めていて、なかでも女性が7割もいるということです。これなら、お隣の韓国にならって高市退陣も夢ではありません。

 本書の杉原浩司氏による「死の商人国家」への墜落をどう喰い止めるかの要点を紹介します。

 岸田首相(当時)は、「戦闘機の第三国への輸出は国益」だと断言した。殺傷能力のある兵器の輸出を日本はずっと禁止してきました。しかし、人殺し兵器で軍事企業をもうかるのを「国益」だとしたのです。とんでもないことです。

 日本は、これまでアメリカの不法な武力行使を一度だって反対したことがありません。いつだってアメリカの言いなり。先日のトランプ・高市会談で高市首相はトランプに抱きつくという醜態を見せて心ある人のひんしゅくを買いました。ホワイトハウスでの歓迎パーティーのとき、両手をあげて踊っている姿は、これぞまさしく「奴隷」の踊りといわんばかりの醜さでした。

 高市首相はトランプに何を約束したのか、させられたのか、外交上の機密と称して国民に明らかにしていません。とんでもない首相です。

 イタリアのメローニ首相は、もとは高市と同じく右翼のようですが、イタリアはトランプの言いなりにはならないと、きっぱりした態度をとっています。高市には見習ってほしいものです。

 今や日本は、国内外の「死の商人」にとって魅力的な市場となっている。なにしろ、軍事費は5年間で43兆円(ローン込みだと60兆円)というのですから、アメリカだけでなく、世界各国が日本に売り込みをかけるのも当然です。

注目すべきはイスラエルです。幕張メッセでの武器見本市には、イスラエル軍事企業が16社も出展した。ドローンを防衛省はイスラエルから購入しようとしているとのこと。

 ロシアに攻めこまれているウクライナは、ドローンを大生産してロシア軍と対抗している。ドローンは偵察用から今や自爆型の攻撃兵器となっている。電波妨害を受けるようになると、光ファイバーによる有線ドローンを生み出し、今ではAIドローンが「活躍」している。ウクライナのドローン関連企業は450社もあり、ドローンの95%はウクライナ産だという。

 日本でも、三菱重工業やIHIなど、軍事産業でもうけを飛躍的に伸ばしている。そこに防衛省・自衛隊幹部が天下りして、軍産複合体が生まれ、「死の商人」たちばかりが肥え太っていくことになる。日本も落ちぶれたものです。なんとかして歯止めをかけたいものです。

(2025年5月刊。1980円)

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