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袴田事件の教訓

カテゴリー:司法

(霧山昴)

著者 木谷 明編 、 出版 岩波書店

再審が開始され、無罪となった袴田事件について元裁判官の皆さんが裁判を振り返って議論している本です。

無罪の決め手になったみそタンクで発見された衣類のカラー写真があります。そのとき、カラー写真のネガフィルムも提出されました。もちろん、最初からではありません。ずいぶんあとになってからのことです。弁護団は平成2年1月の段階で写真とネガフィルムの開示を求めましたが、無視されていたのです。

公僕として社会公共のための存在であるはずの検察は、自分に都合の悪いものは、そんなものはないと嘘を言ったりして、とにかく証拠を開示しません。今、問題の再審法改正でも、検察、法務省は現状で十分だとして、証拠開示の拡大を必死に阻止しようとしています。公僕が泣きます。

血痕のついた衣類を1年以上もみそタンクの底に入れておいて赤味がそのまま残っているなんて、素人の私にも考えられないことです。

科学者が実験してみると、メイラード反応によって、褐色、メラノイジンが生成され、褪色が一層進行し、黒茶褐色から黒褐色に変わる。素人の直感するとおり、赤いままというのではなく、黒っぽくなるのです。

アメリカやイギリスでは、警察官が装着カメラを着けて証拠保存するのが当たり前になっているとのこと。すると、警察活動の透明性を高めて信頼性を向上させるとして、高い評価を得ています。

センチネル・イベント・レビューとは、重大な誤りにつながるような出来事(過ちなど)センチネル・イベントから教訓を学ぶシステムのこと。

裁判所村なるものが存在する。弁護人(士)との確執があると弁護士・弁護士会に対して分厚いバリアを形成する。

裁判官による、印象的、直感的な判断は、今なお、有力な判断法として温存されている。

裁判所村においては、住民の共通認識の根底に、警察や検察に対する根強いリスペクトが横たわっている。また、住民の理論や理解と異なるものに対する反発がきわめて強い。それは、きわめて従弟的な教育の結果であって、裁判長や先輩の裁判官のふるまいを真似していくことから始まる。

そうなんです。弁護士も入った事務所に2年は辛抱する必要があります。

検察官には親近感が生まれ、まさか警察や検察が間違ったり、不正を働くことはないだろうという捜査官に対する信頼(リスペクト)が裁判官に共通のものとなっている。

現場の裁判官には、他人(ひと)と違った目立ったことはしたくないという横並びの思考、保守的かつ自己抑制に努める心情が顕著に現われる。

「日本中の国民が有罪と思っているのに、なんで裁判官だけが無罪なんて言えるのか」と高言する裁判官がいる。

合議の結果、右と左が一致して裁判長を負かせた裁判官は、そのあとずっと東京の裁判所には戻ってこれなかった。そんな人事がなされる。

一人の人間が良心をもって対峙するという構造になっているか、一歩踏み出すことが果たして出来るのか…。

裁判官には政治に対する遠慮がある。

悪い裁判長に教育されると、とーんとん悪くなる。無罪判決なんて一枚も書いたことのない裁判官はたくさんいる。フツーにやっていれば無罪だとわかるはずのものに、書いたことがない。そんな上司にあたると悲劇。

検事総長をつとめた人がうそぶく。「法廷では多少の嘘をついてもいい、と指導・教育している。なぜなら、それによって真犯人が罰されたら、正義に適(かな)うからだ」。

裁判所村の残念な事実と司法の現況が紹介された本でもあります。

(2026年5月刊。2860円)

特捜取調室

カテゴリー:司法

(霧山昴)

著者 佐藤優・西村尚芳 、 出版 新潮社

ちょっと毛色の変わった本です。というのも、20年前に、「国策捜査」の対象になり、被疑者として取り調べを受けた人と、取り調べにあたった検察官が、再び「対決」したのですから……。

取り調べにあたったほうは、その後、東京地検の特捜部副部長となり、大阪地検の特捜部長になりました(現在は弁護士)。

取り調べを受けた側は、この検察官に「とても感謝しています」とのべています。

この検察官は偉いと私が思ったのは、

「明日の午前中に弁護士と接したとき、弁護士とよく相談してください」「それで納得したら、署名捺印してください」

と言ったというのです。難しい案件でしたので、よほど心に余裕がなければ なかなか言えないコトバだと思います。

「あなたみたいな難しいお客さんは、無理やりに調書をとると、後になってからもめたりする。だから、任意性に関しては、絶対に問題がないだろうというところまでやる。そこは固めて おきたいので、自分のためにやってるんですよ」

このように説明したそうです。

暴言を吐く検察官は、「自分を守るという意識が欠けている」と解説されています。さすがです。見習いたい言葉です。

否認から自白に転じた被疑者は要注意。過剰な迎合をする可能性がある。なるほど、きっとそうでしょう。

特捜は意図的な冤罪はやらない。しかし、事件の読み違いはある。

特捜部長は、部下に「無理するな」と言わないといけない。

検察官は金持ちの怖さを知らない。

検察には大阪人事というものがある。大阪の上司は、大阪の部下のことしか見ない。大阪の部下は大阪のボスほうしか見ない。東京につながるラインは軽視される。

「割り屋」とされる検察官はプレッシャーがかかる。もはや「これ、割れませんでした」とは言えなくなる。上司が気に入るような話をとってしまうようになる。嘘が出てくる。組織のなかではありうる話ですね。

暴力団員がニコニコして「検事さんに会わせてください」と言ってくることはよくある。きちんとしておかないと、トラブルが発生する。

検察官を辞めたあとも、優越感をもっている人がいる。そして、それを利用しようと近づいてくる人間がいる。

大阪地検の検事正(北川健太郎)の準強制性交罪についても語られています。

これは大阪独自の検察文化を背景にして起こった事件。被害者の女性検事が翌日、相談に行ったのは、当の加害者の検事正。これは変な話。

この検事正は、大阪人事の中ではトップ中のトップ。だから、大阪では、こういう人についていくと安泰。

保釈保証金というのは、事実上の弁護士費用。これは、暴力団事件の私選弁護人の感覚です。国選 弁護ではありません。私選弁護人は、だから保釈保証金が低額だと困るという感覚のようです。

ちなみに、国選弁護で、簡単な窃盗事件でも、保釈保証金は150万円があたりまえになっています。昔は、 30万円とか50万円でしたが、今はそんな金額は聞いたことがありません。

司法の運用の現実を改めて認識させられました。

(2026年6月刊。2200円)

継体天皇

カテゴリー:日本史(古代)

(霧山昴)

著者 河内春人 、 出版 中公新書

えっ、タイトルを見て継体って大王じゃなかったの…と思いました。もちろん、本文では「本当は継体大王だ」として紹介されています。

日本は昔から万世一系の天皇がいたのではありません。「万世一系」といのは、まったく史実に反します。

継体大王は、血縁的系譜を確実にさかのぼることのできる「最初の大王」。それまでの日本では、王族の内部に大王を輩出する王族集団が複数存在しており、近親が継承するとは決まっていなかった。政治的には統合しているものの、ヤマト政権が中央集権的に支配しているというイメージとは、ほど遠かった。

「万世一系」のはずの大王の血筋が武烈大王で途絶えて、世の嘆きとなった。そこで、越の国に応神天皇の五世孫の息子がいると知り、探し出し皇位につけた。

そして継体大王が死ぬと、その3人の息子、安閑・宣化・欽明が大王を即位して承継した、というのです。「万世一系」は断絶したのです。

ところで、初めて知って驚いたのですが、高校の日本史で継体大王の名前がまったく登場しないというのです。腰が抜けるほど驚きました。世襲王権は継体大王のときに始まった朝鮮半島との関わり、磐井(いわい)の乱など、継体大王は天皇制の確立を論じるのに欠かせない存在だと思うのですが…。

この当時、中国との外交は既に100年以上も中断していた。前方後円墳の築造も終わりかけている。

氏姓(うじかばね)は、ひっくりかえった。5世紀は、国王と王族のみが姓をもち、豪族以下は無姓だった。ところが、6世紀になると、大王と王族が無姓で、豪族以下が姓をもつ、氏姓制度が成立する。いやあ、私は、これも知りませんでした。

「万世一系の天皇」といいますが、5世紀の天皇(本当は大王)たちは、お互いに殺し、殺される非道の報復を繰り返していました。

「常に乱暴で恐ろしい」安康天皇は、殺され、雄略天皇が即位した。雄略天皇が亡くなると、内乱が起きている。

倭王権は、各地の有力集団を屈服させ、その上に君臨するという権力をもってはいない。継体大王の前の武烈大王が残虐だったというのは、架空の事実とされています。五世孫の即位を正当化するための論理(ロジック)だといいます。

大王から天皇にいつ変わったかというと、7世紀のこと、天武あるいは天智朝である。

継体大王の時代、日本列島と朝鮮半島は双方向の交流をしていた。

大王の言葉をもって伝達し執行する人をミコトモチ(御言持ち)とした。そして、「日本府」もミコトモチと呼ぶ。つまり、「日本府」というのは、行政組織ではなく、外交交渉のためのこと。なるほど、任那に「日本府」があったというのは、倭の出張所とか、日本の領土が朝鮮半島にあったというのではないのですね。

刺激的な内容が盛り沢山で、とても勉強になりました。

(2026年6月刊。1100円)

大正天皇

カテゴリー:日本史(戦前)

(霧山昴)

著者 草森紳一、平山周吉 、 出版 コトニ社

明治天皇と昭和天皇にはさまれて、大正天皇の影はかぎりなく薄い。ところが、本書では、大正天皇は自由な精神をもった芸術家肌の君主だとされています。

大正天皇と原敬は特別に親密な関係をもっている。大正天皇は、人一倍、感受性が豊かだった。大正天皇は、幼時より、礼式を嫌い、籠の鳥となるのを嫌い、「操り人形」にしにくい個性だった。伊藤博文は、それを知悉していた。なので、「不運なこと」だと嘆いた。

大正天皇が国会の開院式で、勅語を読み上げたあと、その勅語を遠メガネのようにしてのぞきこんだというエピソードによって、頭の弱い天皇だというイメージがつくり出されたが、これは事実あったことではないらしいのです。

大正天皇は漢詩をよくした。その面倒な決まりである「平仄(ひょうそく)」の合わせかたも自在だった。

大正天皇は書もよくした。その運筆は、天衣無縫と評された。

明治天皇は読書を嫌ったが、大正天皇は、夜12時過ぎまで読書していた。

大正天皇は、まだ皇太子であったとき、全国をはつらつとまわった。神出鬼没、その際には、庶民や子供にも気軽に話しかけた。帝国憲法下の天皇陛下とはおよそ思えない、まさしく「人間天皇」と呼ぶべき、機智に富む、お茶目な「現人神(あらひとがみ)」未満の君主像を体現した。

大正天皇は、副島種臣と書において並んで、別格の存在だった。大正天皇の書は、まるで無規制、おうようで、無心、臆面もない野放図さがあった。

大正天皇は「軍部大臣現役武官制」だったものを「現役」を削除するのに大きな役割を果たした。これによって、予備役の陸海軍大将や中将でも大臣がつとめられるようになった。「現役」の2字があるかぎり、陸海軍が大臣を出さなければ、内閣は成立しない。内閣の生殺与奪を軍部が握る危険があった。これを解決した。

これは大正天皇に政治的なセンスもあったということです。

この本は、大正天皇を見直すという貴重な機会を与えてくれました。

(2026年2月刊。2750円)

1417年、その一冊がすべてを変えた

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)

著者 スティーヴン・グリーンブラット 、 出版 ちくま学芸文庫

今から600年も前、修道院の図書館の棚から非常に古い写本が発見された。古代ローマの哲学者ルクレティウスが書いた哲学叙事詩「物の本質について」という本。

宇宙は神々の助けをなしに動いており、神への恐れは人間の生活を害なものであり、人間を含む万物は絶えず動きまわる極小の粒子でできている、という内容。

ルクレティウスは、紀元前1世紀初めに生まれ、前55年頃に死んだラテン詩人。ギリシアの哲人エピクロスの教えを忠実に伝える。

それは、宇宙に存在するものは、それ以上分割できない原子と、何もない空間から成っており、無限にある原子が無窮の空間を運動しながら互いに衝突・結合することによって物質が構成される。

ルネサンス期の教皇庁には卑劣で、狡猾、無慈悲な教皇がいて、複雑な商取引、異端狩り、脅迫、ペテン、二枚舌、淫乱があふれていた。そこでは、思慮深く学識高い者は冷遇され、他方、無知で無価値な高位聖職者が称賛された。

ローマ・カトリック教会は、ひどい罪人たちの巣窟でありながら、一般の信徒には、キリスト教の教義に抵触する自由な思考は許さず、キリスト自身の教えに忠実な者を異端として容赦なく火あぶりにした。

万物は目に見えない粒子でできている。物質の基本となる粒子は不滅である。すべての粒子は無限の真空の中で動いている。宇宙には創造者も設計者もいない。存在には終わりも目的もない。絶え間ない創造と破壊があるのみで、すべては偶然に支配されている。万物は逸脱の結果として生まれる。自然は、絶えず実験をくり返している。始まりの瞬間とか、神学的な、万物の創造の場所などというものは一切存在しない。

宇宙は人間のために、あるいは人間を中心に創造されたのではない。種としての人類がずっと遠くに続くと信じる理由は何もない。

人間は唯一無二の存在ではない。霊魂は滅びる。人の魂は肉体と同じく、ある物質でできている。死後の世界は存在しない。

人間にとって、死は何ものでもない。

組織化された宗教はすべて迷信的な妄想である。宗教は常に残酷である。人生の最高の目標は喜びを高め、苦しみを減らすことである。

いやあ、よく考えられている指摘のオンパレードです。昔の人が本当にそんなことを考えていたとしたら、それこそ自然の脅威です。

(2025年11月刊。1760円)

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