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中国55の少数民族を訪ねて

カテゴリー:中国

(霧山昴) 

著者 市川捷護・市橋雄二 、 出版 角川ソフィア文庫

今となっては大変貴重な中国の少数民族の文化遺産だと思います。1990年代に中国の少数民族を5年かけて現地取材したビデオ作品の取材記です。

中国の現地当局との折衝、現地の人々から承諾を得る難しさ、そして人々との温かい交流の様子がつぶさに描かれています。

道なき道を資材をかついで登っていき、苦労してたどり着くのです。30年もたった今、いったい現地はどうなっているんだろうかという興味、関心もかきたてられます。

予備調査は1992年の雲南で始まり、合計11回も現地に足を運んで取材しました。

当時、55の少数民族、人口で1億人、でも地域的には、国土の60%を占める。

広大で不便な地域に住む少数民族を訪ねるには、車両5台、しかも四輪駆動車が必須。撮影スタッフ、通訳、現地役人、案内人、料理人、運転手、全部で20人。車両が入らないところでは、 途中で30人の村人を強力(人夫)としてお願いし、重い機材は馬を雇って登った。日中共同プロジェクト。

民間に伝わる芸能を映像として記録する。日常の中に生きてる歌、踊り、儀式など をありのままに撮影して記録するのが狙い。

当時すでに少数民族の文化は危機に直面していた。中国の急速な開放経済政策が大都市に始まり、辺境にも及びつつある。現代生活が まだ及んでいない自給自足の村もあったし、電気が通っていない村も少なくなかった。でも、すでにパラボラアンテナが立ち、テレビが入って、カラオケまで出現している。

運転免許を持っている人は限られている。一般に地位が高いので、運転手の 機嫌を損ねないようにと注意される。

日本側は制作費を負担し、映像の制作技術を担当。

中国側の『対等の論理』とは、国の無形文化財(民間芸能)を提供するので、これと対等とする。

ラフ族の男の子たちは、路上で『けんかコマ』をやって遊んでいる。コマは日本のより大きいが、作り方や遊び方は変わらない。女の子たちは、正月に新しい服をおろすという習慣だ。

私も小学校低学年のころは、正月には新しい服と 下着を着て、気持ちを新しくしていました。

ラフ族の神話によると、人類はひょうたんから生まれたとされている。ひょうたんでつくった楽器(笙(しょう))はおいに響く。その名手は神への願いを伝えてくれることから尊敬される存在。

雲南に住むトールン族の女性は、強力の人たちに勝る。その健脚ぶりは予想をはるかに超えている。サンダルばきで、重い荷物を担いですいすい登っていく。

中国西南部の民族のなかには、19世紀末からキリスト 教を受けて入信したヌー族もいる。西南中国の各地にシャーマンが生きてる。リス族の『ニバ』、ヌー族の『イーグース』、イ族の『ピモ』。

ミャンマーとの国境地帯に住むプーラン族は、歌が豊富。『スウェイ』という対歌は、 熱烈な愛情を歌うもの。若い男たちが少女たちと歌を交わす。日本にも昔、歌垣というものがありましたね。

ハニ族には、見事な歌垣の伝統が生きていた。男女が即興の歌をかけあう。お互いの気持ちを伝えあおうという歌垣。しっかり した歌いっぷりで、中途半端な歌いかたではない。男は驚くほどの高音で、しかも張りのある声で伸びのいい旋律を歌い、女は低い声で答えていく。音痴な私には、うらやましい限りです。声が出ないのです。

西北イスラムの大地。イスラムの人々は、ふだんから客人をきちんと接待することが名誉だと思う傾向が強いようだ。イスラム教だから、酒はご法度でお茶で接待。イスラム教徒は豚を食べず、羊を食す。

モンゴルでも遊牧生活をしている人々は減少している。

貴州南部のトン族は歌を愛する民族として有名。同時に異なった旋律を見事に調和させて歌うポリフォニーを聴かせてくれた。

中国南部に住むチワン族もまた歌の上手な人が多いことで有名。

日中共同プロジェクトということですが、日本ビクターと中国民族音像出版社との合作では、500時間のビデオテープが40巻にまとまっているそうです。壮大な歴史的快挙ですよね。壮挙としか言いようがありません。

(2026年2月刊。1540円)

花咲けじいさん

カテゴリー:人間

(霧山昴) 

著者 武田鉄矢 、 出版 双葉社

武田鉄矢は私と同じ団塊世代です。そうなんです。私たちはいつのまにか喜寿になりました。でも、まだまだ現役です。

私にとって武田鉄矢は 映画「幸せの黄色いハンカチ」です。桃井かおりとのドン臭い「みっともない」かけあいなんて、笑ってしまいました。

1977年の大晦日、「紅白歌合戦」で「母に捧げるバラード」を歌っています。 九州・福岡からぽっと出の学生グループがたったの4年で天下の紅白に出たのでした。

ちなみに、私は高校3年のとき、「紅白歌合戦」なんてものは日本人を「一億総白痴化」する典型的な低俗番組でしかないという新聞のコメントを読み、そうか、そうなのか、それなら「白痴」になりたくないから観るのをやめようと思い、以後、今日に至るまでまったく観ていません。3人の子どもたちにも、私と同居しているときは見せませんでした(というか、テレビ自体がなかったように思います)。

武田鉄矢の本によると、1998年の紅白歌合戦でも24年ぶりに2回目の「母に捧げるバラード」を歌ったとのこと。この年に、母親を亡くし、葬儀の会などで歌ったのをNHKのプロデューサーが聞いていた。そして、彼が「紅白で歌え」と言って実現したのでした。1回目の紅白の「母に捧げるバラード」を聴いた山田洋次監督が、「映画のためのあらすじを説明するような 歌がつくれるんだったら、映画に出てもらえば、彼のセンスで思いもつかないセリフをつくってくれるんじゃないか」と声をかけたのです。いやあ、これははまり役でしたね。私は、この映画の舞台になった夕張の炭鉱 社宅跡をレンタカーで見学に行きました。

その後は、テレビの「金八先生」もすごかったようです(私は、もちろん観ていません)。教員をしている私の親しい知人が、脚本家に元ネタを提供して、クレジットに名前が出たと聞きました。

武田鉄矢はラジオで自分の読んだ本をテーマ曲として30年も語っているそうです(私はラジオも聴きません)。

本に書かれている文章の意味をつくり出すのは、著者ではなく、読者自身だ。つまり、読む人が本の意味をつくって、著者と読者とで読みこたえをつくるのが読書。うむうむ、これはなかなか言い得て妙なるものです。感嘆しました。さすが役者です。

強さを求めると人間はもろくなる。弱さを認めたところから、人間は粘り強くなる。

この本には、人間には常に3つの場所が必要だという指摘があります。生活拠点の自宅、仕事や学業の拠点、 そして一人になれる落ち着く場所。私も、この3番目は、まさしくそのとおりだと実感します。「一人になる」といっても、喫茶店でもいいのです。周囲に人がいても見知らぬ人であれば、一人静かに本が読め、モノが書けます。

武田鉄矢の写真が表紙にありますが、元気一杯。とても喜寿の人とは思えません。私にも鏡で自分を見て、そう思っています。お互い、もう少し元気でがんばりましょうと言いたいです。

(2026年5月刊。1760円)

「ルポ、難民迫害」

カテゴリー:社会

(霧山昴)

著者 神田和則 、 出版 地平社

 高市政権の外国人敵視政策はひどいと思います。ヘイトスピーチを政府みずからあおっているとしか言いようがありません。

 今の日本社会は外国人労働者がいなければ基本的なところでまわりません。すでにコンビニでは外国人店員がフツーです。そして、病院や介護施設です。インドネシア、フィリピン、ネパールなど、いろんな国から人が来ていて日本の医療体制を守っています。

 この本は難民に対する日本政府の冷酷無比な対応を明らかにし、厳しく告発しています。

9月27日の毎日新聞の社説が手元にあるので紹介します。タイトルには、「難民申請者に厳格対応。保護すべき人が 守られぬ」です。難民認定申請をすると、書面だけから「迫害なし」と判断して面接しない割合が14%(その前年は0.6%)もあるそうです。書面だけでそう簡単に分かるはずはありません。ちゃんと会って話を聞くべきです。 そして、難民認定申請は2回までという制限があるそうです。信じられない制限です。

高市政権は「不法滞在者ゼロ」をめざして対策を強化しています。ところが、ミャンマーから逃げてきて申請した人は1万人以上もいるのに、難民と認定されたのはわずか200人にも満たないのです。少なすぎます。国連は「疑わしきは申請者の利益に」という原則を示しているのに、日本政府は難民認定体制を強化することもありません。排外的な風潮に乗っかかって良しとしています。まさに高市首相の排外思想を体現しています。

カナダの難民認定機関は難民を保護する姿勢で審査するのに対し、日本は難民排除を優先している。

 難民審査にあたっては参与員が活用されているようですが、その参与員に難民排除を使命とするかのような人がいるようです。許せません。

入管収容施設での死亡などあってはならないことが何件も起きています。入管職員が 仮病だと疑って、適切な医療をしなかったのです。何でも疑ってかかる体質がそこにあります。

「人道的な観点からの仮放免」が減ったことから、長期収容者が増えています。

アフガニスタンから日本の大使館と一緒に来た人に対して、日本人職員がこう言ったそうです。「日本はあなたの居場所ではない。日本の国民は外国人が嫌いだ。もし日本にとどまるなら、あなたにとって、日本は地獄のようになる」。この日本人職員は正気でこんなことを言ったのでしょうか。とても信じられません。まさしく狂っています。

外国人に優しくない国は、弱者に優しくない国です。タワーマンションなどで優雅に過ごしている人だけで日本の社会が成り立っているわけではありません。深く考えさせられる本でした。

(2026年6月刊。2200円)

ヒトラー、権力までの180日

カテゴリー:ドイツ

(霧山昴) 

著者 ティモシー・W・ライバック 、 出版 草思社

ヒトラーがヒンデンブルク大統領によって首相に任命されるまでの危っかしい状況を刻明に明らかにした本です。

そのころ、ヒトラーは決して順風満帆とは言えない状況にありました。むしろ、危機的状況というべきでしたが、ヒトラー自身は内心の動揺を隠して、大衆の前では相変わらず大言壮語、自信に満ちた様子で演説をぶっていました。

何が危機的だったのか…。まずは仲間割れです。ヒトラーに次ぐナチス党の大物シュトラッサーが離党しました。また財政的にも危機に陥っていました。お金がナチス党になかったのです。そして、選挙でナチス党の得票は減っていました。これは、どうみたってピンチです。

そこで、ヒトラーは起死回生の秘策に出ます。「天敵」のようなパーペンと秘密裏に会談します。ところが、情報が漏れていて、写真を撮られ、マスコミに報道されます。ヒトラーがパーペンにこっそり面会するなんて、ナチス党支持者からするとありえないことです。報道されてヒトラーがどうしたかというと…。「事実無根」だとうそをつくのです。嘘も百遍言えば真実になるというやり方です。

お金はどうしたか…・ドイツの財閥たちに無心したのです。すると、ドイツの財閥はヒトラーに気前よく大金を投資したのでした。社会党や共産党が議席・得票は伸ばしていることについての危機感からです。

そのとき左翼はどうしていたのか…。武力蜂起を画策していたようです。各地で、街頭で、ナチス党員と共産党員との暴力的な衝突が頻発しました。でも、やはり、軍隊には勝てません。国防軍のほか、ナチスは親衛隊も擁していました。

ヒトラーが首相になると、ヒトラーは国会を有名無実の存在とします。全権委任法です。国会を開かなくても決められるようにしたのです。国会議事堂放火事件がきっかけとされていますが、それこそヒトラーの自作自演です。

いま、自民党の高市政権が緊急事態条項なるものを設けて、同じことをやろうとしています。それこそ麻生副総裁の「ナチスの手口に学ぶ」を地で行っているのです。怖い話です。

当初、ナチ党員だというと、「嘲笑され、馬鹿にされた」ものの、今や笑う者は一人もいない。同じことがヒトラーについても言えます。当初は、それこそ馬鹿にされる存在でしかなかったのです。

ヒトラーの演説は、一般的な人々が理解し記憶できるように、重要な論点をしつこく繰り返す。この点、ヒトラーは演説についてプロからしっかり叩き込まれています。

ナチ党員は1925年に2万7千人だったのが、1931年には80万人となっていた。

シュトラッサーに勧誘されてナチ党に加入したのは、ヒムラー、レーム、ゲッベルスがいる。

ヒンデンブルク大統領は84歳だった。

ヒトラーの父は、未婚女性の私生児として生まれ、シックルグルーバー姓を名乗っていた。ハンブルグに暮らすヒトラーの兄は重婚や窃盗で有罪判決を受けている。ヒトラーの家系にはユダヤ人の血が混じっているという噂もあった。ヒトラーは純粋なアーリア人の家系であるという証拠を自らは提示できなかった。

ヒトラーは選挙に立候補したことがない。自身が市民権のない移民だったから。ヒトラーは、ドイツの市民権を獲得するのにひまがかかったのです。

ヒトラーが首相になるまでの過程については、今日の私たちも学ぶべき教訓が多々あると改めて

実感しました。

(2026年2月刊。3850円)

ながい 窖(あな)

カテゴリー:社会

(霧山昴) 

著者 手塚 治虫 、 出版 法政大学出版局

手塚治虫のマンガはかなり読みました。この作品は全集にもれているものです。1970年初出といいますから、まだ私は大学生のころです。司法試験の受験 勉強をしているところでしょう。マンガなんか読むヒマもゆとりもなく、精根つめて法律書と取っ組みあいをしていました。

このマンガの主人公は戦中、鉱山で働かされていた朝鮮人です。 「チョーセン、帰れ」と叫ぶ日本人がいます。本当に残念です。私の父も「三井」の労務係として朝鮮へ「人狩り」に行っていました。戦時中、多くの 朝鮮人は日本に来たくて来たのではありません。甘言につられ、 欺され、そして強制的に連れてこられたのです。そんな事情も知らずに「帰れ」だなんて、無神経すぎます。

ヘイトスピーチをしている人の大半は、自らが差別されているという不満を心のうちにかかえ、 そのうっぷん晴らしで、差別的な言動によって、一時的な優越感に浸って、心の安らぎを保とうとしているのだと思います。可哀想ではありますが、許されないことです。

考えてみれば、差別用語は私たちの身の回りにはごろごろころがっています。アカ、オカマ、あいのこ…、いろいろあります。そして、戦時、日本人はアメリカ人から ジャップ とか イエローモンキーと呼ばれていました。映画「猿の惑星」に出てくる「猿」は日本人をイメージしたものだと知ったとき、私は少なからずショックを受けました。

なお、私の父が連れてきた朝鮮人は化学工場では使えなかったと言っていました。それはそうですよね。化学工場では化学反応を基本としますので、相応の知識が必要になります。そこで 炭鉱や鉱山で働かされました。それは、連合軍俘虜房も同じです。危険な仕事内容で、させられるので 重労働ですから、病死や死亡者が続出するのも当然です。

大牟田の捕虜収容所では連合軍の捕虜の死亡者が続出したことから、所長2人が戦後 、死刑宣告され、実際に処刑されました。ところが、朝鮮人労働者の虐待は裁判にかけられることもありませんでした。

この本の主人公は厳しい鉱山での労働を生きのび、戦中は土地投資がうまくいって大会社の専務にのしあがります。しかし、息子や娘とは、関係がうまくありません。

手塚治虫の「失敗作」だと評されているようですが、 いつものさすがの絵とストーリー展開で、ぐいぐい引っ張られていきました。考えさせられるマンガです。発売2ヶ月で6刷ですから、やはりたいしたものです。

(2026年8月刊。2200円)

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