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プリズン・ドクター

カテゴリー:イギリス

(霧山昴) 

著者 アマンダ・ブラウン 、 出版 草思社

イギリスの刑務所で医師として働いた女性の診察録です。

私は日本の刑務所には何回か見学しましたが、イギリスのほうが自由度は優っていると思います。

先日、アメリカの刑務所では、専門家を招いてで勉強することができ、そのときのテーマの一つとしてマルクス主義の研究があって、入所者が修士論文を書いて認められたという記事を読みました。アメリカでは所内の勉強会で、いろんなテーマを選択することが出来るそうです。日本も取り入れたらいいと思いました。

収容者の人生を書き直すことはできない。収容者のために出来ることには限界がある。それでも医師として収容者を助け、苦しみを和らげることはできる。薬物依存症であれば、その病から抜け出すのを助けることができ、悩みに耳を傾け、話を聞くこともできる。著者の仕事は、裁くことではなく、医師として病気をみて、支援すること。どんな人格だとか、過去にどんな問題起こしたかというのは関係なく、手を指しのべるのが仕事。

収容者には、みな、スライディング・モーメントがある。ここが人生の分かれ道というもの。それは人生のふとした一瞬に隠れている。たまたま運悪く、違った道をとって、ここに来ることになった。

著者は、成功した内科医だった。4000人もの人々のかかりつけ医として働いていた。しかし、49歳のとき、転機をむかえた。

人は、心が不調だと、その影響が身体のどこかに現れ、体調が悪くなる。人は、どんなに裕福でお金があっても、疎外されて幸せになることはできない。立派な構えの邸宅であっても、外見上の平穏なたたずまいとは裏腹に、その家の中では不安や苦悩の暗雲が渦巻いている。

心身の不調は、対人関係のストレスや個人の生活状況の悪化が潜在的に引き金となって起きるケースがほとんど。

少年刑務所に入っている少年たちは孤独で、抱えきれないほどのストレスや重荷を背負っている。死んでしまいたいと思うような状況にある。過去に自傷したことのある少年は、その傷跡を他人に見られるのを極端に嫌がる。

人生で、本当に大切なのは、自分が人に愛されていると感じられることであり、自分は安全に守られていて、不安なく生きていると感じられること。

収容者は、人とのコミュニケーションに飢えていて、誰かと言葉をかわせるきっかけを常にうかがっている。精神的に極度の孤独の中で生きている。この孤独感が辛く、苦しく、耐えきれなくなって、不安障害やパニック障害も起こすこともある。

収容者が虚勢を張ったり、粗暴な言動を見せるとき、それは孤独で無援であることから心が深く傷つき、内面的な不安や恐怖の感情をかかえていることが多い。

女性刑務所は男性刑務所より勤務するのが難しい。女性収容者は、男性に比べて扱いが難しい。自傷する割合も、女性収容者のほうが高い。

刑務所で生きのびるカギは、自分がしてきたことすべてを事実として受け入れ、この先ここで過ごす時間の長さを現実として受け入れること。これが大事。

イギリスで評判となり、25万部も売れたそうです。少年刑務所、一般成人男性刑務所、そして女性刑務所でも働いていたプリズン・ドクターが自分と収容者との関わりを冷静に観察しています。大変勉強になりました。日本の女性医官の手記を読んだことはありませんが、あるのでしょうか?

(2026年5月刊。3960円)

家に帰ったらクマがいた

カテゴリー:生物

(霧山昴) 

著者 米田一彦 、 出版 PHP新書

最近、アーバン・ベアといって、野生のクマが町を歩きまわることが起きています。宇都宮では民家の庭にツキノワグマが、札幌市内をヒグマがうろうろしていました。恐ろしいです。

どうして、こんなことが起きるのか、日本ツキノワグマ研究所の所長のような著者が解説してくれる本です。実際にクマと出あったときはどうしたらよいのかも教えてくれました。なにしろ著者はクマに9回も襲われて、無事に生還した体験 の持主なのです。信じられない体験談です。これまでの50年間にクマに3000回以上は遭遇し、9回も襲われたのです。50年間というので、ひょっとして…(私が生きた50年の)と思うと、やはり私と同じ団塊世代でした。

クマが食事をしているときは興奮しているので、襲われると危険。また、母グマは、子グマが他のオスグマに襲われないように常に警戒しているので、子グマを見たら、近くにいる母グマに警戒されないようにする。

クマと出あったら、なるべく動かない。うひゃあ、こんなこと出来ますかね…。

著者の活動する西中国山地には、クマは800頭(2025年)。これは適正な頭数。

クマは暑いときは(体を動かさず)凶作の年は早々に エサの確保をあきらめ冬眠に入る。寒いほど、深い眠りに入る。

クマの2歳子は、活発で好奇心が強く、向こう見ずで、走り回って移動し、クマの生息域を広げる開拓者。 いやあ、これって人間の2〜3歳児と同じですよね…。

メスグマは、定着性がきわめて強い。

夏になると、クマはブユに悩まされ、とくに肌が露出している耳の縁をかまれ続けるので、耳かきに忙しい。

クマは、山中を歩く際は鼻先を地面に近づけているが、これはマムシ対策のためでもある。

1歳グマは「山に帰る」ことができない。山すそには、2〜4歳の若グマと母グマが占拠していて、弱い1歳グマが入る余裕はない。

クマは7メートルほどが臨界点。クマがいたら、立ち木の陰に隠れてじっとしている。これを「木化け」という。

メスグマは25歳までは出産する。20歳をこえると毛の赤みが強くなる。

クマは弱ると、腰回りに顕著に症状があらわれ、足腰がふらつく。クマは山中で他のクマに食べられるか、里に出るしかない。

クマは実のところ、小心翼々と生きている。クマは昼寝する。

うしろ足を上げて排尿するのは、オスのクマ。腰を下ろすのはメス。

トラクターが走り回る大農場は、大グマが近寄らないので、若いクマにとっては安全な場所。

クマと突然出あったら、正対しながら後ろに下がるのが一番。

たまに山歩きする私ですが、九州にはクマはいませんので、安心しています。でも、イノシシとハチは怖いので、用心しています。大変面白い本でした。

(2026年4月刊。1320円)

暁斎いきもの尽くし 

カテゴリー:生物・江戸

(霧山昴) 

著者 定村 来人 、 出版 青幻舎

「ぎょうさい」と読むとばかり思っていましたが、「きょうさい」と読むようです。 イスラエル・ゴールドマンという人が集めた作品のみが掲載されています。一人でこれだけ集められるなんて、たいしたものです。よほどの大金持ちなのでしょう。1981年にハーバード大学を出た美術商だと紹介されていますので、まだ60歳代ですよね……。春画のコレクションもあるそうですが、この本はすべて動物です。 

暁斎が活動したのは、幕末から明治にかけてです。 7歳のときから絵師について絵を学んだ9年間の修学のあと独立。

狂斎とも名乗りまた即興的にその場で筆をとる席画も描いています。 幕府を批判する狂画を描いて逮捕、投獄されたりもしています。 

明治22(1889)年に59歳で胃ガンのため東京で亡くなりました。

ゴールドマン・コレクションには五千点近い暁斎の作品が集められているそうです。壮観でしょう。

動物はおしなべて愛らしい。いたずらもするし. 怖さもちょっぴりある。 蛙の絵としては、西南戦争(明治10年)を蛙の合戦として描いています。 大勢の蛙が登場しますが、みんな表情が豊かです。 

暁斎は猫と暮らしていたので、猫もたくさん描かれています。 猫がネズミにやりこまれている絵も得意です。 カラスも猿も登場します。

私はネズミ年の生まれですが、ネズミは十二支の最初なので縁起が良いとされてきたとのこと。ええっ、そうなんですか……。 ニコニコ笑顔のネズミとともに登場している絵は、なんだか心楽しくなってきます。 

キツネとタヌキの化かしあいもあります。 

幕末の日本には、豹(ヒョウ)や虎、それに象が海外からやってきました。目の高い日本人が、それこそたくさん見に集まったことでしょう。 すごい、すごいと思いながら頁をめくっていきました。すばらしい絵です。

(2026年5月刊。3080円)

質量はなぜ存在するのか

カテゴリー:宇宙

(霧山昴) 

著者 橋本省二 、 出版 講談社ブルーバックス新書

重力というのは質量をもつ物質の間に働く引力。

有限の質量をもつ粒子は、決して光速に達することはない。エネルギーが無限大になってしまうから。逆に、光速で進む光では、対応する粒子(光子)は質量ゼロでなければならない。

電子をあらわす波全体がもっている運動量は、その波の波長に反比例する。つまり、波長が短ければ短いほど大きな運動量をもつ。波長が短い波は速く振動する。陽子の質量は電子の1800倍もあって、全然違う。

生成された反粒子は、やがて周囲にある粒子と出会って合体し、その質量に相当するエネルギーを放出して消えてしまう。反粒子をつくるのは今や難しくないが、反粒子を貯めておくのは、ずっと難しい。

電子は今も素粒子だと考えられている。つまり、それ以上は分割できない。

地球は太陽のまわりを回っていて、その向きは北極星の方向から見ると、反時計回りだ。

原子核は陽子と中性子とで出来ていて、それらの数によって、さまざまな原子核がつくられる。原子核は電気的にプラスの陽子と電気的に中性な中性子が集まって出来ている。

電磁気力も強い力も働かないおかげで、ニュートリノは物質を簡単にすり抜けていく。その存在を確認するのは、恐ろしく難しい。宇宙を飛び交っているニュートリノの数はそれこそ膨大なのだが、エネルギーが低すぎて観測にかからないものがほとんどだ。宇宙から降り注ぐニュートリノは、そのほとんどがスーパーカミオカンデでも何も起こさずにすり抜けていくが、そのうちのごくわずかが水の分子にぶつかって検出される。いったい、そこになんの違いがあるのでしょうか。単なる偶然なのでしょうか。

素粒子には、もともと質量がなかった。しかし、現に素粒子は質量を持っている。

素粒子には個性がない。エネルギー(つまり質量)が正確に決まった粒子は、ずっと安定して存在し続ける。

真空中では、クォーク・反クォーク対が生まれたり消えたりしつつ、全体の平均としては、いつもそこに対として存在している。

自発的対称性の破れが宇宙の真空で起きていることは、もはや疑いようがない。

量子色力学の真空は、たしかに対称性を壊しているし、それによって陽子・中性子が質量をもつことも数値シミュレーションの助けを借りて確認された。

光子は質量が0の粒子で、その到達距離は無限大だ。

素粒子の世界は、もっと深くて広い。まったく分からないなりに、ともかく何かを分かりたいと思って読みすすめました。

(2025年12月刊。1320円)

討幕開戦への道

カテゴリー:日本史(江戸)

(霧山昴) 

著者 中村 彰彦 、 出版 中公選書

時代小説の大家が幕末期の政治の実相に迫っている本です。

幕末のころ、将軍家茂と孝明天皇が重大な局面のさなかに相次いで亡くなりました。

まず、将軍家茂です。慶応2 (1866)年7月20日、まだ数え21歳の若さで死亡。「脚気(かっけ)衝心(しょうしん)」とされていたのを、侍医の松本良順は、「心臓内膜炎」とした。これは歯の衛生状態の良くない人が発症しやすいもので、心臓の弁の内壁に細菌が付着、感染して起きる。

家茂は大の甘党で、体質的に虫歯になりやすいところ、虫歯から体内へ侵入した細菌が心臓内膜炎を引き起こし、それが、胸痛とうつ状態の原因となった。見舞品として届けられた甘いものが家茂の虫歯をますます進行させ、征長軍からもたらされる相次ぐ敗戦の知らせが家茂の衰弱した心身に激しい衝撃を与え、ついには死に至った。

続いて 孝明天皇。同年12月25日に36歳で死亡した。痘瘡による死が定説。これに対して 著者は岩倉具視を黒幕とし、女官がヒ素を飲ませて毒殺したとします。

岩倉具視は孝明天皇から遠ざけられていたのですが、天皇の死によって一気に黒幕としての行動を再開し、王政復古、そして徳川幕府の終わりに結びつけていった人です。

でも、そう簡単に天皇を毒殺できるものでしょうか…。

最下級の公家であった岩倉具視は風采(ふうさい)が上がらず短躯(わいく。背が低い)でもあるため、「岩吉」というあだ名をつけられていた。それでも、侍従、従四位上、侍従兼近習と出世していった実妹の堀河紀子は孝明天皇の後宮に入って、兄を引き立てようとした。岩倉具視は公武合体としての和宮降嫁に奔走している。

岩倉具視は孝明天皇から勅勘をこうむっていたが、その天皇が亡んでしまえば、勅勘は自動消滅する。

ヒ素は猛毒だが無色無味無臭で、水によく溶ける。かのナポレオンについても、ヒ素による毒殺説がありますよね…。

孝明天皇の死の直前の状況は急性ヒ素中毒の特徴と合致している。

著者はヒ素を孝明天皇に飲ませたのは女官のトップである大典侍の中山績子(いさこ)だとしています。

岩倉具視の指示によって孝明天皇の死を仕組んだ女官たちは、岩倉の復権とともに公職に復帰して残留し、罪を問われることなく、天寿をまっとうした。

坂本竜馬の暗殺についても、著者は大胆な問題提起をしています。慶応3 (1867)年11月15日、京都見廻組の今井信郎らによって、坂本竜馬と中岡慎太郎は斬殺された。このとき坂本竜馬の居場所を見廻組に教えたのは、薩摩藩の西郷たちではなかったか、というのです。それというのも、西郷隆盛は暴力をもって徳川幕府を倒すことを決意して、着々と布石をうっていました。ところが、坂本竜馬は、なお公議政体案を主張して徳川慶喜を要職に登用する案を主張していたのですから、邪魔な存在だったわけです。

歴史を教科書どおりに表面から眺めるだけでなく、一人ひとりの内面にまで迫って考えていこうとする著者の視点には大変教えられるところが、多くありました。続刊が楽しみです。

(2026年3月刊。3300円)

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