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メソポタミアのボート三人男

カテゴリー:中東

(霧山昴) 

著者 高野秀行 、 出版 集英社

チグリス・ユーフラテス川は古代 三代文明発祥の地だと昔、学校で学びました。どうやら、最近は疑義が出ているようです。それはともかくとして、その源流に向かって、陸上ではなく、川を男2人がボートで漕ぎのぼっていく旅のレポートです。

私個人は、まったく冒険心がありません。臆病なので、石橋を叩いて、やっぱりやーめた、と言って渡らないタイプです。でも、冒険ものを読むのは大好きなのです。

著者の本は、全部では決してありませんが、いくつも読んでいます。『謎の独立国家ソマリランド」『バカの巨大湿地帯」『酒を主食とする人々」などです。

私の本棚をのぞいてみると、いくつもの冒険旅行があります。大竹英洋の『そして、ぼくは旅に出た』(あすなろ書房)には圧倒されました。服部文祥のサバイバル登山家としての体験記にも惹かれます。そして、角幡唯介です。『空白の五マイル』は読みながら思わず息を呑みました。

この本に戻ります。著者は25以上の言語に挑戦し、現地の人々と話しています。今では翻訳機能をもつスマホも活用しているようです。

現地でサズという楽器を購入し、それなりに弾いて現地の人々と交流に生かしているとのこと。

サズの演奏にあわせて、男たちは肩を組ませて踊る。クルドの踊りは、ほとんど手をつなぐか、肩を組む。

イスラム・シーア派の一派とされることが多い、アレヴィーという宗派があるのを初めて知りました。このアレヴィーの信徒はモスクに行かず、コーランを読まず、一日5回のお祈りをせず、ラマダンのとき断食をせず、そして酒を飲むのは自由。ええっ、そんなイスラム教徒がいるなんて、信じられません。ところが、トルコの人口の10〜20%を占めているとのこと。

アレヴィーには、トルコ人のアレヴィーとクルド人のアレヴィーがいる。アレヴィーの人の住むデルスィムでは、「男女の徹底した平等」「酒をタブー視しない」「犬を不浄とみなさない」という三つの特徴があるようです。アレヴィーの信者には、昔から左派が多い。アレヴィーやクルド人は共産主義に魅了されている。

トルコでは、国内のクルド人エリアを「クルディスタン」と呼ぶことが禁止されていて、タブーとなっている。

イラクでは、2023年に飲酒が公式に違法となったが、クルディスタンでは普通につくられ、販売されている。

イラクのクルディスタンはバルザーニーという一族が支配している。南部は、ライバルのタラバーニーという一族が支配する。

この本を読んで救われるのは、トルコ政府と激しく対立抗争していたクルド人の武装勢力が平和交渉に転換したということです。そうなんです。いつまでも武力抗争していては解決しないのです。

それにしても2018年に行ったときと、それから6年たって再訪したときの激変ぶりには、読んでいる方も驚かされました。でも、これって、日本でも恐らく同じことなんでしょうね...。

ユーフラテス川の源流を手こぎボートでのぼっていくなんて、よくぞ考え、それを実行したものです。無事に日本に帰れて、本当に良かったですね。おかげで、こんな楽しい旅行記を今回も読ませてもらいました。それにしても、家庭生活はどうなっているのでしょうか……。

(2026年6月刊。2420円)

ギャンブルに脳がハックされる?

カテゴリー:人間

(霧山昴)

著者 帚木 蓮生 、 出版 合同出版

 著者は作家として高名ですが、ギャンブル依存症に長く取り組んでいる精神科の医師でもあります。

 日本は、ほかの国とちがって、ギャンブルを取り締まるのではなく、ギャンブルを国民に推奨する国です。6つの公営ギャンブルをしやすくし、パチンコ・パチスロも自由にさせ、これから2030年には大阪に維新のすすめで、カジノをつくります。大阪にできるカジノには、公営ではなく、民間のギャンブル会社がカジノを運営します。すべては吉村率いる維新の会の政策です。大阪万博も、カジノの地ならしでした。本当に罪つくりな維新なのですが、それでも今なお維新は大阪で人気があるというのですから、世の中は不思議としか言いようがありません。

2030年には、日本で初めて合法のうえで、ギャンブルを正業とする会社がカジノという賭博を運営できるようになります。恐らく、維新にもおこぼれが入っていくのでしょう。本当に薄汚い政治屋連中です。

日本でギャンブル禁止令が初めて出たのは689年です。「日本書紀」に書かれています。①悪の道に走る。②仕事を失う。③親孝行をしなくなる。まさしく、ギャンブルの弊害は昔から知られていたのです。

ニア・ゲイン、ニア・ミスと思わせるカラクリによって、もう一回、また一回と続けさせます。

 ギャンブルで大損した人が、損を取り戻そうと思って、大金をもってギャンブル場に駆け込み、やはり大損してスッテンテンになったという体験談は、私も何回も聞かされました。

 ギャンブルで大金を獲得したときの興奮・快感を人は忘れることができない。

 ギャンブルは、手を変え、品を変えて、次々に目まぐるしく場面を変えていく。

 ギャンブルにはまりやすい人は、単純なことにあきやすい性質。これは私にもあてはまります。なので、私は決してギャンブルには近づきません。

 先日、簡裁判事は刑事事件を起こしたというニュースが流れました。オンライン・カジノにはまって、大金を失ったあげくのようです。

 ギャンブルは、よくよく考えてみると何一つ生み出してはいない。持っているものをすべて奪いつくし、その生血までも吸ってしまうのがギャンブルの本質。

ギャンブルは、ちょっと手を出しているうちは、まだ引き返せる。しかし、とことんハマってしまうと、もう逆戻りはできない。これって、怖いです。

 ギャンブルにはまると、自分の姿が見えず、他人(ひと)の忠告を聞かず、心の中で何を思っているのか言われなくなる。鬼のような人間になってしまっている。

本人はそのことに気がつかない。決して自分の心のうちを他人に言わない。ひとりぼっちのさみしい人間になっている。金だけ、自分だけ、今だけという「3だけ主義」になっている。

 ギャンブルによって、いったんたくあんになった脳は二度と大根に戻らない。

 この回復は一人ではできない。自助グループは、手術や薬以上の効果を発揮する。

 GAのミーティングでは、ほかの人の批判はしないし、してはいけない。自分についてだけ述べる。言いっぱなし、聞きっぱなし。誰も話をまとめない。結論を出すこともしない。正直に言うと話すのが楽になり、一番楽だと分かる。ウソをつかないことが、どんなに楽なのかがやっと分かる。

 人の病の最良の薬は人。医師の提供できる最大の薬は、その医師の人格。

 自民党、そして維新というのが、どんなに罪つくりの政党なのか、この本を読みながら、つくづく思ったことでした。タカイチもヨシムラも、人間の顔をした「鬼」、いえ「ロボット」。今、自分され金もうけできればいいというのです。ああ、そんなの嫌です…。

(2026年5月刊。1870円)

終章ナチ・ハンター

カテゴリー:ドイツ

(霧山昴) 

著者 中川 竜児 、 出版 朝日新書

学校で反ナチの教育をちゃんとしていると聞いているドイツでもこのところヒトラー・ナチスを公然と賛美する極右勢力が伸張しているようです。しかも、若い人々を惹きつけているというのが恐ろしいことです。

日本で外国人排斥を声高に叫ぶ参政党が議席を増やしているのと共通する現象なのでしょう。

現代日本では、外国人を排斥したら社会がまわらなくなります。排外主義を唱える人は、まったく身の回りの現実を見ていません。見ようともしないので、現実が見えていないのでしょうね。悲しい現実です。

この本はドイツ敗戦に至るまでのナチスの蛮行、残虐な犯罪に加担した人々を時効をなくしてまで追及する人々を紹介しています。

日本では残虐な拷問を繰り返した特高警察の幹部が日本敗戦後もしぶとく生きのびていたという事実があります。熊本県知事は特高警察の元幹部が何代もつとめていました。「保守王国」だったというのは、実は元特高の知事をかかえていた恥ずかしい県だと自覚すべきではないかと私は考えています。

戦後ドイツでナチ犯罪者として有罪になったのは6500人(6690人という推定もある)。ところが、実は10万人の犯罪者がいた、いや25万人という推定もある。600万人もの罪なきユダヤ人を捕まえて片っ端から絶滅収容所に入れ、その大半を殺害したのですから、25万人のナチ犯罪者がいても不思議ではありません。

アウシュヴィッツ収容所の門の上には「働けば自由になる」と書かれている。しかし、実際には、目に見えない文字で、「この門をくぐるものは一切の希望を捨てよ」と書かれている。門の内側には、普通の人間の想像を絶する地獄が待ち受けていた。そこには人間としての尊厳を奪われた犠牲者がいた。強制収容所の日常と本質は、淡々と、効率よく収容者を殺していった点にあった。フランスのクラウス・バルビーはリヨンのゲシュタポの責任者で、対独レジスタンスに拷問を加え、「リヨンの虐殺者」の異名で知られていた。ユダヤ人の強制移送にも関わっている。そして、ドイツ敗戦後は、アメリカ陸軍の情報機関がバルビーを保護下に置き、貴重な情報提供者として使っていた。南米のボリビアに逃亡していたが、左派政権になって脱税犯として、フランスに身柄が引き渡された。1987年に裁判が始まり、「人道に対する罪」で終身刑となって、1991年に77歳のとき病死した。

ドイツでは反ナチ映画が今なお次々とつくられています。戦争で何があったのか、起きたのか、事実を知って今に生かす必要があると思います。タカイチは、戦前、私は生きていなかったから、反省する必要がないとうそぶいていますが、そんなことでは戦争をくり返してしまいます。

(2025年12月刊。990円)

裁判官

カテゴリー:司法

(霧山昴) 

著者 正木 ひろし 、 出版 公硯舎

人の命は権力で奪えるものか!こんな刺激的なサブタイトルのついた本です。

映画『真昼の暗黒』の主人公が「まだ最高裁がある」と叫ぶセリフで有名な「八海(やかい)事件」の有罪判決に果敢に挑んだ正木ひろし弁護士の活躍を中心とした本です。 

老夫婦が殺された強盗殺人事件である八海事件が起きたのは1951年。4人が逮捕・起訴され、一審・二審とも有罪(うち1人は死刑)とされた。本書は最高裁判決が出る前のことで、翌1956年に本書を原作とする映画『真昼の暗黒』(今井 正監督)が公開され、大きな反響を呼んだ。 

この裁判は最高裁で2回も差し戻しとなり、3度目の最高裁で4人全員が無罪とされた。 

本書は「裁判官」というタイトルですが、その実体は正木ひろしら弁護士の活躍を紹介しているようなものです。本書を読むとそれでも「裁判官」というタイトルには決しておかしくはありません。つまり、裁判官も誤りをおかす存在であること、裁判官は調書に頼るばかりで、殺害現場を自分の眼で確かめようとしないこと、裁判官の判断にはバイアスがかかっていて、自白を過信しがちであり、検察官を信用しがちだということを徹底して暴いています。

70年前の本の復刊ですが、再審そして死刑制度の是非を考えるうえで今、絶好のテキストになっています。つまり、古い過去に反省があったかというだけではなく、まさに今日的課題を考えるうえで、 大いに参考にすべき内容になっています。 

一審の裁判長は死刑判決を含む有罪判決を宣告したあと、「私も人間である以上、 誤りはある」と、わざわざ言った。いやあ、こんな言い方は許されないと思います。証拠を十分に吟味して、それでも有罪だとするのなら、こんな自信のない言い方は許されません。 

判決のなかでは人物論や心理的観察に関して非常に大きなスペースがさかれている。 「悪性の人柄だから、これこれのこと(犯行)をしただろう」とされている。アリバイについても、「推認の根拠」として、被告人の性格をあげている。性格が悪いからアリバイも嘘で固めているという論法だ。どうでしょうか。今はそんなことはないと断言できるでしょうか…。私は断言 できません。 

4人の被告人が事件当夜着ていた衣類からは血痕が検出されていない。洗濯したわけでもないのに…。 

弁護士が一個の個人として活動するとき、国家的背景をもち強大な財力と人力と権力を有する検察官たちと 対抗するには、市民の費用でまかなう弁護士の努力だけでは、あまりに微力なのです。

真犯人と目されるYの頭の回転は実は早い。Yはなかなか巧妙、神妙な態度をとるので、人は騙される。Yは村の素人芝居に出ていて、いつも悪役になって、観客を面白がらせることを得意とした。生まれつきの演技派だった。

70年前に刊行されたとはとても思えないド迫力の本です。230頁ほどの薄い本なので、ご一読を強くおすすめします。

(2026年7月刊。2090円)

プリズン・ドクター

カテゴリー:イギリス

(霧山昴) 

著者 アマンダ・ブラウン 、 出版 草思社

イギリスの刑務所で医師として働いた女性の診察録です。

私は日本の刑務所には何回か見学しましたが、イギリスのほうが自由度は優っていると思います。

先日、アメリカの刑務所では、専門家を招いてで勉強することができ、そのときのテーマの一つとしてマルクス主義の研究があって、入所者が修士論文を書いて認められたという記事を読みました。アメリカでは所内の勉強会で、いろんなテーマを選択することが出来るそうです。日本も取り入れたらいいと思いました。

収容者の人生を書き直すことはできない。収容者のために出来ることには限界がある。それでも医師として収容者を助け、苦しみを和らげることはできる。薬物依存症であれば、その病から抜け出すのを助けることができ、悩みに耳を傾け、話を聞くこともできる。著者の仕事は、裁くことではなく、医師として病気をみて、支援すること。どんな人格だとか、過去にどんな問題起こしたかというのは関係なく、手を指しのべるのが仕事。

収容者には、みな、スライディング・モーメントがある。ここが人生の分かれ道というもの。それは人生のふとした一瞬に隠れている。たまたま運悪く、違った道をとって、ここに来ることになった。

著者は、成功した内科医だった。4000人もの人々のかかりつけ医として働いていた。しかし、49歳のとき、転機をむかえた。

人は、心が不調だと、その影響が身体のどこかに現れ、体調が悪くなる。人は、どんなに裕福でお金があっても、疎外されて幸せになることはできない。立派な構えの邸宅であっても、外見上の平穏なたたずまいとは裏腹に、その家の中では不安や苦悩の暗雲が渦巻いている。

心身の不調は、対人関係のストレスや個人の生活状況の悪化が潜在的に引き金となって起きるケースがほとんど。

少年刑務所に入っている少年たちは孤独で、抱えきれないほどのストレスや重荷を背負っている。死んでしまいたいと思うような状況にある。過去に自傷したことのある少年は、その傷跡を他人に見られるのを極端に嫌がる。

人生で、本当に大切なのは、自分が人に愛されていると感じられることであり、自分は安全に守られていて、不安なく生きていると感じられること。

収容者は、人とのコミュニケーションに飢えていて、誰かと言葉をかわせるきっかけを常にうかがっている。精神的に極度の孤独の中で生きている。この孤独感が辛く、苦しく、耐えきれなくなって、不安障害やパニック障害も起こすこともある。

収容者が虚勢を張ったり、粗暴な言動を見せるとき、それは孤独で無援であることから心が深く傷つき、内面的な不安や恐怖の感情をかかえていることが多い。

女性刑務所は男性刑務所より勤務するのが難しい。女性収容者は、男性に比べて扱いが難しい。自傷する割合も、女性収容者のほうが高い。

刑務所で生きのびるカギは、自分がしてきたことすべてを事実として受け入れ、この先ここで過ごす時間の長さを現実として受け入れること。これが大事。

イギリスで評判となり、25万部も売れたそうです。少年刑務所、一般成人男性刑務所、そして女性刑務所でも働いていたプリズン・ドクターが自分と収容者との関わりを冷静に観察しています。大変勉強になりました。日本の女性医官の手記を読んだことはありませんが、あるのでしょうか?

(2026年5月刊。3960円)

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