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細胞を間近で見たらすごかった

カテゴリー:人間

(霧山昴)

著者 小倉 加奈子 、 出版 ちくま新書

 奇跡のようなからだの仕組み、というのがサブタイトルですが、本当に人間の身体内は毎日、奇跡が起きていると私は考えています。だって、人間の体内で異物や細菌をやっつける薬を組成したりしているのですからね……。

 この本(新書)が読みやすいのは、分かりやすいマンガカットがついていることによります。口から肛門までの消化管の長さは、実に9メートルもある。

年齢(とし)をとると、だんだん味覚オンチになるのは、味蕾(みらい)が減るから。乳児のときには1万個あるのが、大人になると、5000~7500個と半減し、さらに加齢によって減っていく。

辛味であるカプサイシンは、痛覚受容器で感じるため、味覚には含まれない。

肝臓は、とても大きな臓器で、血液がたくさん流れ込む。その大きさを利用して、身体全体を流れる血液の量を調節する作用がある。胎児のときには、肝臓は造血器官として機能し、赤血球を中心につくる作用がある。

 小腸は3メートルの長さがあるが、ひっぱると、倍の長さになる。そして、表面積は60坪にもなる。

大便の3分の1は、細菌や、その死骸から成っている。

腸内フローラは、1000種類100兆個もいる。腸の状態は、健康にものすごく大事。

 腎臓(じんぞう)にやってくる血液が濾過(ろか)される量は、1分間に120ミリリットル。この濾過された血液の99%以上のイオン入りの水分は、再度、吸収されて身体に戻っていく。1分間に120ミリリットルは、1日にすると172リットルになるが、そのうち尿として身体の外に排泄されるのは1リットルのみ。

 皮膚は、人体で最大の臓器。総重量は体重の16%を占める。体重70キロの成人男性(私もそうです)では、皮膚は11キロもある。

毛細血管には穴のあいているのがある。これを有窓(ゆうそう)型毛細血管という。この穴を通って、血液とその臓器の細胞たちとの間で、イオンや水、タンパク質や細胞まで、さまざまな物質が交換できるようになっている。

 身体の60%は水分。細胞たちも、組織間液という液体に侵されている。乾燥した細胞はひとつもない。

 リンパ管は、毛細血管のように非常に壁が薄く、たくさんのリンパ液が流れていない状態では、ぺたんこにつぶれるほど、へなへなしている。リンパ管は、動静脈の道と併走するように全身をめぐっているが、最終的には、首の近くで左右の「静脈角」といわれる部位で血管と合流し、リンパ液は血液と一緒に流れていく。

血液の中の好中球は、いったん細菌を貪食(どんしょく)すると、自らも死んでしまう。好中球はとても短命で、細菌を貪食しなかったときも、2~3日で死んでしまう。

 自然免疫は、相手がどんな奴なのかの見極めは後回しして、とりあえず食べて殺してしまう。マクロファージは、血液中では単球と呼ばれる。

ウィルスは、細菌よりもうんと小さく、また自分自身では増殖することが出来ない。必ず宿主の細胞に入り込み、その細胞からちゃっかりいろんなものを盗んで自分のコピーをつくる。

 妊娠5か月の胎児(女の子)の卵巣には700万個もの原始卵胞があり、出産時には200万個の卵胞になっている。一人の女性が生涯に排卵する回数は400回。200万個ある卵胞のなかで、排卵まで行き着いた卵子は0.02%(5000個に1個のみ)。100万分の1の確率で子どもは生まれる。

 人間の体内で、鉄はムダなくリサイクルされている。体内の鉄の総量は3~4グラム。その3分の2が赤血球のヘモグロビン鉄として使われていて、残りは肝臓でフェリチンとして貯蔵されていたり、筋肉中のミオグロビンに含まれている。女性は月1回の月経(生理)で20ミリグラムの鉄を失うので、鉄欠乏性貧血になりやすい。

まさしく人体の不思議そのものを知ることのできる新書です。

(2025年11月刊。920円+税)

本の話はどこまでも

カテゴリー:人間

(霧山昴)

著者 青山 美智子 、 出版 朝日新聞出版

 「本屋大賞」に5年連続でノミネートされた作家が、自分の小説を書いている状況などをありのままに語っている本です。フランスでサイン会をするほど翻訳されて外国にも有名な著者だそうですが、申し訳ないことに私は1冊も著者の本を読んだことがありません。

 でも、モノカキを自称し、小説に挑戦中の身なので、参考になれば…、という思いから手に取って読んでみました。

とにかく、どんどん浮かんでくるアイディアや構想をもとに小説を書いている。好きだから続けてこられた。

 アイディアを思いついたとき、とくにウトウトまどろんでいるような時にワーッとひらめくことがよくあるので、枕元にメモ帳とペンを置いている。メモ帳とペンのセットは、家の中、いたるところに置いてある。焦(あせ)るのは、風呂に入っていて思いついたとき。このときは、湿気で曇った鏡に指で箇条書きしておいて、消えないうちにメモ帳に書き写す。

私もメモ帳とペンは必携しています。車を運転中に思いつくことがありますので、信号停止のときに、ささっとメモ帳に書きつけます。風呂に入っていてアイディアがひらめいたけど、メモできなくて悔しい思いをしてしまったことは何度もあります。

降りてくるアイディアは、ゲリラ豪雨みたいに急に来る。なので、それをちゃんと受けとめる準備が必要。なーるほど、です。でも、私はそこまではいきませんね…。

 ネタ切れの心配はしていない。書けなくなるという不安はまったくない。書かずにいられないという衝動が自分を助けてくれている。

 これは私も同じです。私の場合には、この世で生まれて存在したという証(あかし)をなんとかして、少しでも残したいというところから、書かずにはいられないのです。

 著者が大切にしていることは、登場人物が途中で誰も死なないこと、そして必ずハッピーエンドであること。いやぁ、これは偉いですね。モノカキを自称する私ですが、必ずハッピーエンドで終わるという原則など考えたこともありませんでした。

本を読むと、想像力が働き、自分で自分のことを変えられたり、他人の気持ちをおもんぱかれるようになる。想像力は、他人を理解するうえで、とても必要なこと。著者にとって、自分の書いた本の登場人物は全員実在しているのであって、架空の人ではない。そうなんです。今、私は小説を書いていますが、登場人物はどんどん一人で動き出していくのです。いわば対話しながら書きすすめていくという感じです。

 著者も、自分ひとりで書いているのではないと言っています。

 なるほど、なるほど…、そう思いながら読みすすめました。 

 

(2025年12月刊。1760円+税)

クロコダイルに魅せられて

カテゴリー:生物

(霧山昴)

著者 福田 雄介 、 出版 みすず書房

オーストラリアでワニの生態を研究し、ワニの保存にも努めている日本人学者の苦難いっぱいの活動が生き生きと紹介されている本です。

ワニというと、見るからに恐ろしそうですが、人を襲うことのないワニもいるそうです。でも、イリエワニの大きなオスは、人間を引きずり込んで溺れ死にさせて食べるようなので、やはり用心しないといけません。

ワニ革を使った高級バッグのために卵から養殖して生産する業者がいます。野生のワニだと傷があったりするので、養殖ワニでないとワニ革の高級バッグはダメだそうです。また、ワニの肉を食べるにしても養殖に限るとのこと。固そうで、あまり美味しい感じではありませんが、どうなんでしょうか…。

ワニによって子どもが犠牲になることがたまにあり、そのとき世論は絶滅しろと盛り上がるけれど、ライオンやオオカミと同じで、ワニも絶滅させてはいけないと著者は考えています。その点は、門外漢の私にも大いに理解できます。

著者は高校1年生のころ、登校拒否状態になっていたとき偶然にオーストラリアのワニが大自然の中をゆっくり泳ぐ映像をテレビで見て、オーストラリアでワニの専門家になろうと思ったのでした。それからは一念発起して勉強し、ついにオーストラリアの大学に入ったのです。すごいきっかけですよね…。

私は、NHKテレビの日曜日の「ダーウィンが来た」を欠かさず楽しみに観ていますが、そこに登場する学者・専門家の解説にいつも感嘆・驚嘆しています。憧れの気持ちで一杯になります。

ともかく、著者は憧れの気持ちを本気で努力して実現したのですから、畏敬(いけい)の念さえもってしまいます。

さて、ワニです。目測した頭の長さを7倍すると、ワニの大きさになる。これは実測しても、ぴったり7頭身だったのです。

ワニ革のバッグをつくるためワニの卵を毎年2万5千個まではとっていいということになっていたそうです。ワニの養殖産業は巨大化しているようなのです。きっと儲かるのでしょうね。

オーストラリア北部のノーザンテリトリー全域で10万頭のワニが生息している。オーストラリアにとって、ワニは観光業と、養殖業を支える重要な天然資源になっている。

ワニが空中のエサを食べようと浮き上がる様子を見せる観光船まであるそうです。野生のワニに餌づけしているようで、著者は批判的です。まあ、見てるだけなら面白いのでしょうが…。

ワニによる犠牲者の多くは20代、30代の男性。肝試しと称してワニのいる沼や川で泳いで襲われる若者がいるそうです。どこの世界でもバカな若者がいるのですね…。困ったものです。

ワニは主として川や沼に棲んでいますが、海を泳ぐことも出来るそうです。

ワニにGPSを取りつけて移動する様子を調べてみると、20日間で400キロの海岸線を海流に乗って移動し、元の場所に戻ってきたり、途中で迷子になったりすることも判明したそうです。面白いですね。

ワニ(クロコダイル)のことを少し知ることができました。

(2025年11月刊。3146円)

江戸の刑事司法

カテゴリー:日本史(江戸)

  

(霧山昴)

著者 和仁 かや 、 出版 ちくま新書

江戸時代には、もちろん今の六法全書のような便利なものはありません。しかし、それに代わるものとして公事方(くじかた)御定書(おさだめがき)がありました。ただし、この法典は一般には公開されないどころか、閲覧を許された役人も限られていたのです。。すなわち、あくまでも役人の内部文書というものでした。しかし、実際には当時から多くの写本が作成されて民間にも流布していました。その結果、庶民を含む相当広い範囲に、その内容まで知られていたのです。

公事方御定書は上下2巻から成り、刑事法・民事法そして訴訟法的な規定も含む総合法典であった。

この本(新書)は、「御仕置(おしおき)例類集」を素材として取り上げ、江戸の犯罪とそれに対する処罰の実際を紹介している。

下人奉公をしていた新助に主人の妻・かめから恋文を手渡された。主人の妻と不義密通していたことが露見すると重罪となるので、新助は身を退(ひ)いた。ところが、かめは思い詰めて自害(自殺)してしまった。さて、新助に罪はあるのか…。

奉行所は不義密通はなく、単に言葉をかわしただけと認定した。しかし、性行為だけが密通ではない。事件を最初に担当した大坂町奉行は、新助は死罪にすべしとし、老中に提案した。このころ、死罪とするには老中の承認を要した。老中は、評定所に評議を命じた。しかし、評定所は死罪とした。老中は納得せず、評定所に疑問を投げかけた。それでも評定所が死罪相当の結論を変えなかったことから、ついに老中も折れ、新助の死刑は確定した。

ええっ、密通がなく、新しく言葉をかわしたくらいで、たとえ主人の妻が自害してしまったとしても、奉公人を死罪とするなんて、あまりに 可哀想ですよね…。

 寺につとめていた甚吉は住み込みで下男奉公にしていた。ところが働きぶりがよくないとして、ある日、暇(ひま)を出されてしまった。寺から追い出されると、甚吉は衣食住のすべて

を喪うことになる。せめて衣類だけでも取り戻したかったが、寺は応じない。そこで、困った甚吉は寺に忍び込んだ。暗闇のなか、目当ての品物を見つけるため火打ち石で火をつけ物置小屋を見てまわっているとき、火が小屋の中のワラに燃え移り、小屋が焼失してしまった。公事定御定書には、盗んだものが10両以上の価値があったら死罪と決めている。最初に取調を担当した大津代官は、甚吉が窃盗の目的を果たしておらず、過失で物置小屋を焼失させたのだから「中追放」とした。これに対して、評定所は、侵入については、故意(明確な犯意)があったと認定した。そして結論として「入墨のうえ御重追放」とした。奉行も評定所も一般的には可能な限り妥当な刑罰を志向していたことがうかがえる。

いやあ、そうなんですか…。切り捨て御免のような一刀両断の法の裁きというもんじゃないのですね…。江戸の司法でも、まずは物的証拠を確保し、そのうえで自白を得るべきだという意識が存在していた。なーるほど、です。

江戸の司法手続のうち民事紛争においては、なるべく和解(内済ないさい)で解決するよう仕向けられていた。まあ、いわば強制調停といった感じですね…。それでも、庶民は、手数料のいらない司法手続でしたから利用するのに、ためらいはなかったのです。

奉行から伺いが来ると、老中は、文書管理の専門職である「奥右筆(おくゆうひつ)」に調査をさせて検討したのでしょう。それなりの手続がとられていたわけなんです。

こうやってみてくると、江戸時代の司法は明治以降の日本の司法と連続性があったというのに、何の不思議もありません。大変勉強になる新書でした。

(2025年11月刊。990円)

明治維新という建国神話

カテゴリー:日本史(明治)

(霧山昴)

著者 青山 忠正 、 出版 吉川弘文館

 徳川将軍のもとに編成された大名家は、均一化された制度としてあったのではない。たとえば、毛利家は長門・周防(すおう)2カ国を領分とし、島津家は薩摩・大隅・日向二郡を領分とする「国主」(いわゆる国持大名)だった。およそ270家の大名家のうち国主は十八家しかない(俗にいう「十八国主」)。

 慶応3(1867)年10月に将軍慶喜がした「大政奉還」において、何を「奉還」したのか…。「大政」奉還と「政権」奉還は、何が違うのか…。

 十四代将軍家茂(いえもち)は領知宛行状を発給したが、十五代将軍慶喜は領知宛行状を発給していない。

 将軍慶喜は、「政権」返上したあと将軍の辞表も提出した。すなわち幕府はみずから消滅した。しかし、薩長にとって、これでは倒幕、すなわち徳川家の勢力を排除する目的が達成できない。慶喜が新政府に『議定』という要職で入るのを排除する必要がある。そこで、慶応4(1868)年1月3日から鳥羽・伏見の戦いが始まったのを西郷隆盛は喜んだ。薩長側は、徳川家を実力で排除したかったのである。

 孝明天皇は統仁(おさひと)というのを初めて知りました。睦仁(むつひと)とか明仁(なるひと)と読むのと同じ系統ですね。

 孝明天皇は外国嫌いで、攘夷にこり固まっているとばかり思っていましたが、「無謀の征夷」つまり異国との全面戦争は明確に否定していたのでした。外国と戦っても中国のアヘン戦争のようにみじめに敗北してしまうことを恐れていたのです。

 元治1(1864)年7月の禁門の変において、長州藩は敗退しますが、さらに四国連合艦隊が下関を砲撃する。これは、長州藩を攻撃するというより、攘夷そして横浜開港などを画策している朝廷に翻意を迫るものだった。

 版籍奉還といっても、明治維新に至る経過において徳川宗家一族を滅ぼすような計画は考えられたことも実行されたこともない。徳川家は明治から現代に至るまで健在である。「討幕」なるものは実行されていない。版籍奉還の真の狙いは、「王土王民」の理念を掲げて、あくまでも大名から領知を接収することにあった。

明治1年9月と11月に、公議所を開設するとの指示が出された。合議体は、ずっと名称を変えて構想されていた。ただし、「公議」のベースは、あくまでも大名家である。

明治2(1869)年6月、版籍奉還となり、太政官が知藩事を任命した。知藩事は当初は世襲の予定であったが、非世襲とされた。

明治新政府の「御親兵」として鹿児島から3千人、高知から1千人そして、山口からも4千人、合計8千の兵力を確保する。彼らに給付する家禄は東京府が支給し、兵士としての給与は兵部省が負担する。鹿児島藩としては、それだけ負担が軽減されることになる。

とても広い視野で、幕末そして明治維新の動きを分析していて、大変勉強になりました。 

 

(2026年1月刊。2200円)

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