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自分をつくる脳のしくみ

カテゴリー:人間・脳

(霧山昴)

著者 毛内 拡 、 出版 オレンジページ

 脳はとても複雑で、数えきれないほどのニューロンと呼ばれる神経細胞が情報をやりとりしている。この情報のやりとりのなかで、ヒトが考え、感じる「意識」をつくり出している。

 なぜ意識が存在するのか、どのようにして無意識や意識が生まれるのか、いまだ明確な答えは出ていない。

 脳は、過去の経験や記憶を活用して、見たものに意味を与える。

ひらめきとは、脳のなかで、さまざまな情報が結びつき、新しいアイデアや解決策が生まれる瞬間のこと。ひらめきが生まれやすいのは、リラックスしているとき。リラックスしているとき、脳は無意識のうちに情報を整理している。ひらめきは偶然ではなく、脳の高度な情報処理と無意識の働きが生み出すもの。

 グリア細胞は、脳のなかでニューロンを支える「縁の下の力持ち」。グリア細胞には、アストロサイト、オリゴデンドロサイト、ミクログリアなどの種類がある。ミクログリアは、「脳のお掃除屋さん」として、負傷したニューロンや死んだ細胞、さらには病原体を見つけて取り除くことで、脳を清潔に保っている。脳にある、免疫を担当するのがミクログリア。ミクログリアは余分なミナプスを取り除いて、効率の良い神経ネットワークを整えてくれる。

 短期記憶は、主として前頭前皮質で処理される。情報の保持や操作、意思決定に関わっている。長期記憶は海馬(かいば)が重要な役割を果たす。

顕在記憶と潜在記憶は、技能や習慣に関われる記憶で、小脳や基底核が関わっている。海馬が新しい情報を整理し、大脳皮質や小脳、基底核などが、それぞれ違う種類の記憶を担当している。

 脳の偏桃体、前頭前皮質、海馬、そして神経伝達物質が連携して感情を生み出している。

 脳は新しいことに取り組むほど、新たな神経回路をつくり、柔軟性を高めていく。

 睡眠中には、脳のなかで「記憶の整理」がおこなわれている。

ストレスがまったくない状態では、脳は刺激を失い、成長するチャンスを失って停滞してしまう。

視覚や聴覚は、いったん「視床」という中継地点を経由して脳に届くが、嗅覚だけは「視床」を経由せず、感情と記憶の領域にダイレクトに届く。そこで、強く記憶や感情を呼び起こす力をもっている。

 GABAという物質は、脳の興奮を抑えて、リラックスさせる働きをする。

 スマホなど、注意を奪うものを減らし、睡眠をしっかりとって回復を確保し、脳が喜ぶ経験を増やすこと。著者は脳を活発化させるために、これを勧めています。

 すらすらと読める、脳の本でした。

(2026年4月刊。1650円)

公家たちの幕末維新

カテゴリー:日本史(江戸)

(霧山昴)

著者 刑部 芳則 、 出版 中公新書

 いま、庶民つまり、百姓と町人が幕末をいかに過ごし、明治維新をどのような思いで迎えたのかを調べています。とても面白いです。ちなみに、百姓とは正確には必ずしも農業を営む農民に限らないようです。

 15代将軍の徳川慶喜が朝廷に大政奉還したとき、天皇とその周辺の公家・貴族に日本という国を自分たちで治めていく自信があったなどとはとても思えません。江戸時代の200年間、まったく政治にわることなく、窮乏生活を余儀されていたのですから……。

 慶応3(1867)年10月の慶喜将軍からの大政奉還の申出を受けるかどうかの朝議(朝廷における議論)では、政権を返上されたときに朝廷が果たして政務を遂行できるのかが議論された。関白たちは慎重意見だった。しかし、結局のところ、すったもんだしたあげく、大政奉還を受け入れることに決まった。

 徳川家の支配地は従前どおりとし、国政については有力大名の合議によって運営することになった。むしろ、本当に大政奉還がなされるのか、公家たちは半信半疑だった。そして、公家たちの考えは、公家上層部で朝廷を占めて、大名たちは「監察」という副次的な役割を果たすだけというものだった。しかし、それで薩長が納得するはずはない。

 そして、12.9政変が起きた。薩摩・土佐・広島・尾張・越前・福井の5藩が御所(すなわち朝廷)を制圧した。天皇が王政復古の大号令をかけ、新政府の三職が発表された。江戸幕府が廃止され、摂政・関白も廃止された。大宰府から戻った三条実美、そして岩倉具視が議定となった。

 ところが、その後の3年半のあいだに、公家は政府の要職から遠ざけられていった。そして、公家たちは華族となったが、政府内の要職につくことはなかった。薩長土肥の藩士たちが政府の要職を占めた。やはり、力のある者が強いのです。

 公家華族が生活の苦しさからたちまち没落してしまう恐れが出てきた。それを心配した右大臣の岩倉具視は、明治9(1876)年に華族を統括する宮内省部長局を設置し、保護・監視する体制をつくった。

 公家には、京都御所の清涼殿に昇殿できる堂上(とうしょう)と昇殿できない地下(じげ)とがある。公家たちは、家格による身分秩序を基本とし、一族と門流という横のつながりを持っていた。

 和宮降嫁という公武合体策において、岩倉具視は、幕府の求める和宮降嫁を幕主朝従から、朝主幕従へと朝権回復の好機ととらえていた。

 孝明天皇が攘夷にこだわっていたことはよく知られていますが、本当に戦争になったとき、勝つ見込みがないことは理解していた。つまり、孝明天皇は、それほど愚かな人物ではなかったようです。

孝明天皇は慶応2(1866)年12月25日、天然痘で死亡した。孝明天皇というのは、死んだあとの「おくり名」なのですね。生前は何と呼ばれていたのでしょうか……。

 幕末・維新を公家の世界、朝廷を中心としてみた新書です。

(2018年8月刊。990円)

人間とは何だろうか

カテゴリー:人間

(霧山昴)

著者 酒井 邦嘉 、 出版 河出新書

 人間の意識は時間の流れのように常に直列的。ところが、心の大部分の過程は脳の領域のあちこちで同時にマルチタスクで進行していて、並列的。むしろ、自覚すらできない状態のほうがはるかに多い。

 これは私の実感にもよく合います。自覚的な意識としては一本線なのですが、実は無意識のうちにいろんなことを並列的に感じ、考え、事を起こそうとしているのです。たとえば、急に人前で話す必要があったとき、口をついて出てくるコトバは、その場の雰囲気をわきまえ、目の前にいる人の表情を読んで、その人の関心にあわせて無意識のものが意識としてあらわれるというのがフツーに起きるのです。人間の心とコトバの摩訶不思議です。

 AIを使っても真の対話・会話はできない。AIは、文字や音声で返答するか、それはコトバを合成しているだけで、意味や意図を推論しているのではない。だから会話にならない。

 「対話型」というのは大間違い。将来も「対話風」にとどまるだろう。要するに、AIは情報を処理しているだけで、自律的に思考しているわけではないのです。

AIを活用したら弁護士は不要となる。これは現時点では、まったくの間違いだと私は断言します。たしかに、過去の判例を集め、分析して、そこから得られるものは大きい。しかし、目の前の人間の抱える問題の、どこが最大の悩みなのか、コトバとして表出していない、最奥でうごめいている感情をどうやって引っぱり出すかというのは、生身の人間同士の対話でしか達成できません。

 だから大きな法律事務所としてパラリーガルとして判例検索などをしている人は失業してしまうかもしれません。

 人間は3歳児のころ、脳の重さが1キログラムを超える。このころ、言語獲得の転回点となり、一人前に話せるようになる。言語こそが人間の本姓(ほんせい)。言語が我々を人間にしている。言語は思考の道具である。

 人間とコトバ、そして意識の関係を対話形式で学ぶことができました。

(2025年12月刊。1100円)

人間の心が分からなかった俺が動物心理学者になるまで

カテゴリー:人間

(霧山昴)

著者 岡ノ谷 一夫 、 出版 新潮社

 著者は47歳で結婚したので、小学校高学年から47歳までが青春だとしています。初めて私は知りました。結婚するまでが青春だなんて……。しかも、そのうえ、小学1、2年生のころも十分青春だった気がする。そのころから好きな子がいたし……。というのです。驚きました。

 我が身を振り返ってみると、幼稚園に通っていたころ、朝は泣きながら通園していたのに、帰りは好きな女の子が園にいるので、いつもニコニコ手をつないで帰ってきていた。親から、何度も冷やかされました。その女の子の名前が「宮本さん」というのは、今でもはっきり覚えています。小学生のころには気になる女の子はいませんでした……。

 著者は小学3年生の夏休みに「巌窟王(がんくつおう)」を読み、10歳のとき、漱石の「草枕」を読んだそうです。早すぎますよね。そもそも、小学3年生のときに何を読んだか、よく覚えているものです。私は小学生のころは図書室で偉人伝を借りて読んでいました。それは覚えています。リンカーンやナポレオンなどです。

 著者は運動(スポーツ)が出来なかったとのこと。中学、高校時代に、スポーツができない男子には青春がないと書かれています。バレンタインのチョコレートが全然もらえなかったのです。私の中学・高校時代は、もっと前の時代ですから、そんなバレンタインなんてなくて幸せでした。私はスポーツでは困りませんでしたが、音楽は不得手でした。歌えないし、楽器は何も出来ません。せめてハーモニカぐらい吹けたらいいと思うのですが……。著者はギターが出来るというのですから、私はうらやましいです。

大学に入ったら、酒(アルコール)を飲めずに苦労したとのこと。私は、大学1年生のころ、寮でみんなで飲んでいて、ウィスキーを半分以上飲み、寮の廊下を「宇宙歩行」したことを今も覚えています。もちろん、翌日は二日酔いで、頭が痛くなりました。私の小学1年生のときから父が小売酒屋を始めていましたから、酔っ払いの醜態を散々見て、嫌だなと思っていましたので、その後は深酒することはなく、今日に至っています。酔っぱらうより、覚めた頭で本を読んでいるほうが、よほど私の性にあっています。

  1983年、著者は24歳のとき、アメリカに渡り、大学院生として勉強を始めます。たいした勇気です。TOEFLは515点でした(550点が最低ラインなのに…)。アメリカまでの片道航空券が54万円もしたそうです。今なら100万円以上という感覚です。講義は録音して、何度も聞き返して猛勉強。

 チャレンジャー号が打ち上げに失敗して、乗組員7人全員が死亡したとき、「アメリカは負けない。またやるんだ」という周囲の唱和に違和感を抱き、著者は日本に戻ることにした。なーるほど、ですね。

 日本のキンカチョウ(小鳥)は、ジュウシマツに子育てを委託して育っている。なので、親の声を聞かないで育っている。これは大きな影響を子に与える。子はオスの親鳥から隔離声を学ぶ必要がある。隔離声とは、鳥が仲間とはぐれてしまったときに出す、お互いを呼びあう声のこと。

 わが家でも、私が小学生のころ、ジュウシマツを飼っていました。店先に鳥カゴを置いていて、エサをやり、水を取り換えました。当時、よく見かける、あたりまえの光景です。そして、犬はスピッツがありふれていました。

 小鳥は、生後2ヶ月以内に父親の歌を音として記憶し、生後3~4か月のあいだに、いろいろな歌い方をためして、それが記憶された父親の歌と十分に似るまで練習を続ける。自分の歌を耳から聴いて、記憶と照合していく。そういうことなんですね。

 ジュウシマツでは、歌をうたう能力も歌を聴き分ける能力も、どちらも左脳に集まっている。これを実験で確かめるのです。すごいことですよね……。ジュウシマツの成鳥は、耳が聴こえなくなると、歌が劣化してくる。

小鳥そして動物たちの心を研究している学者の面白い青春記でした。

(2025年9月刊。1980円)

啾々吟

カテゴリー:日本史(明治)

(霧山昴)

著者 松本 清張 、 出版 東都書房

 松本清張の時代小説を読んでみました。タイトルは「しゅうしゅうぎん」と読みます。

 主人公は幕末に肥前佐賀において、鍋島藩家老の倅(せがれ)として出生。この同じ日に藩主の嫡男、そして御徒(おかち)衆の息子が生まれている。

 御徒衆の子として生まれた嘉門は人並み以上に優れているが、世間のつきあいが苦手で、他人から何となく疎(うと)まれる存在。それに対して、主人公は順調に出世していく。

 佐賀藩の藩主直正は隠居して閑叟と称して、佐賀藩の近代化を進める。その嫡男が藩主となり、直大(なおひろ)と名を改めた。そして明治となり、藩主は知事に、主人公は権(ごん)大参事となった。知事となった直大は英国に留学し、主人公も直大とは入れ違いに英国留学した。

 いま、私は幕末から明治維新の状況を調べています。佐賀藩はフェートン号で大失敗したしたあと、急速に西洋式軍制をすすめます。アームストロング砲という最新式の大砲を自前でつくってもいます。江戸湾の砲台に備える大砲を幕府の求めに応じて提供してもいます。

 明治維新にあたっては、上野寛永寺に立て襲った彰義隊をアームストロング砲で散々に打ち破り、東北地方を転戦して大活躍しました。ただし、江藤新平を巻き込んだ佐賀戦争の敗北により、肥前出身者は明治新政府から排除されてしまいます。薩摩藩の出身者も西南戦争によって多くが放逐されて、山縣有朋のような長州閥ひとりが幅を利かしたのでした。

 そして、久留米藩です。藩内に勤王党と佐幕党の紛争があり、ずっと佐幕党が藩政を握っていました。

 戊辰戦争では、久留米藩からも明治新政府軍を支えて出兵し、東北地方を転戦しています。しかし、政府の要職にのぼりつめることは出来ませんでした。

藩主が朝廷出身であり将軍の養女と結婚しようとすると、お金がかかり過ぎることを理由に反対する藩士たちが公然と声を上げました。絶対封建制ではなかったということです。

 この本に戻ります。明治時が進むにつれ、苦しい生活を営む庶民から反揆が生まれ、国会解放を求める自由民権運動が生まれます。主人公と同年同日に生まれた嘉門はその活動家になり、主人公を舌峰鋭し攻撃するのでした。ところが、その内実は……。

 筑後地方は自由民権運動が盛んなところでした。その伝統が多くの代言人、そして弁護士を生み出していきました。福岡や北九州とほぼ同数の弁護士が久留米にいたのです。

 改めて、いろいろ考えさせてくれる時代小説でした。どうやって、この史実を小説に出来たのか、それが不思議でした。

(1959年5月刊。280円(古本で8千円))

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