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流砂

カテゴリー:社会

(霧山昴)

著者 黒川博行 、 出版 新潮社

 トクリュウ。匿名流動型犯罪。その実態を小説として再現し、展開しています。

お金に困った若者が手元のスマホで「高給。すぐ現金が手に入る」仕事に応募していきます。そのとき、自分の身内・家族の個人情報を全部提供させられますので、脅すのは簡単です。「おまえのやってる犯罪を家族にばらすぞ」、「娘、姉妹をさらって売り飛ばすぞ」、「親を痛い目にあわすぞ」

トクリュウの一番奥にいる親玉は昔からの暴力団です。でも、そこには簡単にはつながらないようになっています。現場で動く若者は、自分を動かすリーダーの本名も知りません。そして、リーダーの上に元締めがいて、そこから、ようやく暴力団につながるのです。

それでも私は、日本の警察が本気でトクリュウを撲滅しようと思ったら、難しくはあるけれど、不可能ではない。そう思っています。警察の本気度が不足しているのです。莫大なお金と人を投下しなければいけないのは間違いありません。それをせず、街頭の宣伝ビデオで「ニセ警察官に気をつけましょう」という呼びかけをいくらしても、根源を絶つことは出来ません。

この本は、何千万円もの騙しとったお金を狙う男たちが現われ、虚々実々のかけ引きがなされるというストーリーです。次々に大金に群がる男たちが殺害されていきます。誰も信用できない社会なのです。

金主(きんしゅ)はオーナーともいい、その多くは組クラスのヤクザ。金主と特殊詐欺チームリーダーのあいだには、決して越えられない高い壁がある。特殊詐欺チームリーダーの生命は軽い。

特殊詐欺の世界はモグラ叩きだ。そして、モグラは無限に出てくる。

チームリーダーは番頭ともいい、道具屋、名簿屋を使いながら、掛け子、受け子、出し子を手配している。

先日、カンボジアに掛け子が缶詰めにされている街があって、摘発されたという映像が流れていました。日本人だけでなく、中国人にもたくさん連れて来られていて、電話を掛けまくっていたのです。国外で割のいいアルバイトがあると聞いて、ほいほい出かけていく若者がいるのです。行った先は、ほとんど監獄。出ようにも出られません。パスポートは取り上げられているし、ともかく言葉が通じないのです。そして、警察もグルというのです。

成績が上がらないと、「じん臓、売れ」という世界。まさに奴隷ですよね。警察に捕まって良かったと思った日本人の若者が少なくないと想像します。

掛け子は、マンションの一室で午前8時から午後5時まで、ひたすら電話をかけ続ける。三食ともコンビニ弁当、外に出ることはほとんどないタコ部屋。振込までにいたるのは2日に1回くらい。週に100万円も稼げれば大成功。2週間が1クールで、8から10クールごとにホーム(マンション)を変える。

人を騙してお金を稼ぐ。そんな仕事をしたら、自分という人間がおかしくなります。いくら苦しくても、やっていいこととやったらダメなことがあるのです。この殺伐としたストーリー展開を読んで、つくづくそう思ったことでした。

読むのをおすすめしたくない本なのですが、でも、現実を知るには必要な本なのかもしれません。

(2026年8月刊 2750円)

「最高裁長官・石田和外」

カテゴリー:司法

(霧山昴)

著者 西川伸一 、 出版 岩波書店

私はみていませんが、NHKの朝ドラ『虎に翼』に登場した桂場等一郎のモデルとされる裁判官です。天皇主義者であり、続く矢口洪一とあわせて司法反動を推進していきました。

私にとって身近なのは、私たち26期司法修習生が司法研修所に入った1972年4月の1年前に起きた宮本康昭判事補(13期)の再任拒否、そして引き続き起きた23期司法修習生だった阪口徳雄さんの罷免です。

宮本康昭さんは熊本出身で、九大卒の真面目で有能な青法協会員裁判官でした。そんな宮本さんが再任拒否されたのは、思想・信条を理由とするものであることは明らかでした。

石田和外最高裁長官たちは裁判所を反共の砦とし、政府(権力)に盾つくような裁判官は根こそぎパージ(追放)しようとしたのです。もちろん、明らかに違憲、不当な拒否でしたから、全国の裁判官が宮本さんに連帯して再任を認めるよう要望しました。

結局、再任拒否は撤回されませんでしたが、宮本さんはなんと簡裁判事のほうはその後も任期満了まで勤めあげました。まことに胆のすわった人です。その後は、弁護士として弁護士会のなかで司法制度の改革に取り組みました。そこで私とも接点ができて、今90歳になる宮本さんと今日まで親しくつきあわせていただいています。

次の阪口修習生の罷免はひどいものです。阪口さんはクラス委員として壇上にあがって、司法研修所の守田所長に対して、任官拒否の不当性を質問しようとしたのでした。

ところが、研修所の中島事務局長が一方的に修了式の終了を宣言したのです。その間わずか1分15秒ほどでしかありません。なので阪口さんが終了式を騒然とさせて終了させたという罷免理由は、まったく事実に反します。

ところが、矢口洪一人事局長は、国会で阪口さんが「マイクをわしづかみにした」とか「マイクを無断で抜き取り、演説を開始した」とか、見てきたような嘘を平然と述べたのです。

そして、このとき阪口さんの罷免処分を決定したという最高裁判所の裁判官会議の議事録には何の記載もないのです。すべては石田長官の独裁専行ですすめられました。

なお、その前に司法研修所でも教官会議で無記名投票がおこなわれたのです。それによると、最多得票は、「罷免にはあたらない。しかし、何らかの処分はなさざるを得ない」というものでした。石田長官は現場の司研教官たちの評価をも簡単に蹴っているのです。

ブルーパージの悪影響は今に至るも尾を引いています。司法友動は許せないという思いを改めてさせられる本でもあります。

(2025年6月刊。 1900+税)

ケアレス・ピープル

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴)

著者 サラ・ウィン・ウィリアムズ 、 出版 すばる舎

フェイスブックは私も毎日眺めています。テレビは全然みませんが、今、世の中で何が起きているのかを知るためには欠かせません。

著者はフェイスブックのトップ集団のすぐ下で働いていました。プライベート・ジェット機でマーク・ザッカーバーグと隣席にすわって話したりしています。マークは世間一般の人がするような雑談は苦手だそうです。まあ、天才的な人には変わり者が多いようですから、そんなものなのでしょうね。

フェイスブックのトップ集団は、ハーバード大学出身でユダヤ人がほとんどだそうです。なので、仲間内で富の分配を含めて、とても結束は固いようです。ニュージーランド出身であり、いろいろ率直な物言いをした著者は結局、そんなインナー・サークルからはじき出されてしまったようです。

トップ集団に属する人たちは、ありあまるほどの高所得者ばかりなので、買い物をするとき、値札を見ることはないそうです。欲しければ、買う。それがどんなに高価なものであっても、買えないはずはないのです。まあ、まったく別世界ですよね。値札を気にすることなく買い物をするという人たちがいるなんて、考えたこともありませんでした。

トランプが選挙で勝ったのは、フェイスブックをうまく利用したからというのが紹介されています。先日の沖縄県知事選挙でも同じようなことがきっとやられたことでしょう。

アメリカ人2億2千万人分のプロファイルをフェイスブックは持っていて、それをトランプ陣営に提供した。投票先をまだ決めていない有権者を探し出して、たとえば育児に不安を抱えている母親に対しては、トランプ政権下では保育費が100%控除できるという広告を届ける。「国境に壁を建設せよ」というメッセージに反応しそうな人には、まさにその広告を届ける。

選挙期間中トランプ陣営は常に数万種類の広告を同時進行で展開した。最終的には数百万種類にのぼった。そして効果を測定し、それに応じて調整した。

多くの広告には扇動的な情報が含まれていた。人々が広告に反応すればするほど、広告費は安くなる。

また、逆に投票抑制キャンペーンも展開した。民主党支持層のうちの若年女性などに対しては「ダークポスト」を送り届けた。黒人有権者に対しては差別的な失言をもとにした風刺マンガを配信した。その結果、黒人有権者の投票率は民主党の期待を下回った。

トランプ陣営は、データにもとづくターゲティングによって、フェイスブックを通じて毎日数百万ドル規模の選挙資金を集めた。フェイスブックはトランプ陣営にとって最大の資金源になっていた。そんな仕組みがあるのですね。知りませんでした。

マーク・ザッカーバーは、競争心が強く、負けることには慣れていない。フェイスブックは、中国で違法に事業をすすめていた。法律にまるきり無関心だった。フェイスブックは沈黙を貫き侮悟の姿勢を示すことはなかった。

マークは、無限の富よりも大事なものは何かと問われると、食べ物だと答える。日本にミシュラン三ツ星の揚げ物料理店があると聞いたら、マークは絶対に行く。ふむふむ、そうなんですか…。金持ちだからといって1日に5食も6食も食べられませんから、やはり質なんでしょうね。

フェイスブックの内情は、思わず息を呑むほどのすさまじさです。私は、こんなところでは絶対に働きたくありません。いくら大金をもらっても、嘘を堂々と、恥ずかし気もなく言い通し反省もしないなんて……。

(2026年7月刊。2970円)

写真があってよかった。森山大道伝

カテゴリー:人間

(霧山昴) 

著者 大竹昭子 、 出版 新潮社

申し訳ないことに、この国際的写真家という森山大道という人を知りませんでした。

2019年、写真界のノーベル賞と呼ばれているハッセルブラッド 国際写真賞を森山大道は受賞した。この授賞式で、森山は「自分の写真をアートとは思っていない」とスピーチした。

刻一刻と変化する現実と、その変化を切り取ってきた 身体が、カメラを介して一瞬接触した結果として写真は生まれる。その写真が他者に見られて別の身体に記憶され、新たなイメージを芽生えさせることが写真の誕生以来、ずっと繰り返されて きた。そのような、人から人へと引き継がれるイメージのリレーの一区画を自分は担っているに過ぎない。これが森山の実感だったのではないか……。

私も写真は大好きです。昔、結婚式のお祝い金の残りで、ペンタックスを買えた とき、とてもうれしく思いました。そして、海外に旅行するときは20本ほどのネガ(36枚撮り)をスーツケースに入れて持ち帰り、それを現像して、写真集をつくるのが旅の楽しみになっていました。福岡県弁護士会の月報の表紙にも私の写真を5、6回採用してもらいました。3人の子どもたちの各々にアルバムをつくってやりましたが、どうしても第一子がたくさんあり、第二子、第三子と少なくなっていきました。たまに何かの折にアルバムを再見すると、たちまちそのころの状況をあざやかに思い出します。

森山は高校にはいったものの卒業はしていない。母親はこう言った。「ろくに学校教育を受けていないから、そんな性格が生地のまま出て、それだけが取り柄じゃないかしらね」 

なるほど、包容力のある親の見方です。納得します。大したものです。そんな子どもに教育を無理強いしても意味はない。そのままの力で伸びていくのを温かく待つしかないのだ。まあ、なかなか出来ないことではありますが……。

森山たちは、土門拳の主導するリアリズム写真運動へ反発し、違和感を持っていた。私の身近な写真家は、まさしくリアリズム写真家集団で活動していました。いつも、違うなと感嘆していました。

暗室作業には撮影とは別の技術が必要で、腕の差がはっきり出る。もちろん私は暗室作業をしたことなんてありません。そうなんですか、腕の差が出るものなんですね……。でも、今はフィルムカメラではなく、デジカメですからね……。

アラーキー(荒木経惟)という有名な写真家(私も名前 くらい知っています。ヌードでも有名ですよね……)とも森山は親しく交流していたとのこと。写真だけでメシを食っていくのも大変じゃないかと想像します。ベトナム戦争のときは、戦場カメラマンが何人も亡くなっていますし……。

(2026年6月刊。3630円)

中国55の少数民族を訪ねて

カテゴリー:中国

(霧山昴) 

著者 市川捷護・市橋雄二 、 出版 角川ソフィア文庫

今となっては大変貴重な中国の少数民族の文化遺産だと思います。1990年代に中国の少数民族を5年かけて現地取材したビデオ作品の取材記です。

中国の現地当局との折衝、現地の人々から承諾を得る難しさ、そして人々との温かい交流の様子がつぶさに描かれています。

道なき道を資材をかついで登っていき、苦労してたどり着くのです。30年もたった今、いったい現地はどうなっているんだろうかという興味、関心もかきたてられます。

予備調査は1992年の雲南で始まり、合計11回も現地に足を運んで取材しました。

当時、55の少数民族、人口で1億人、でも地域的には、国土の60%を占める。

広大で不便な地域に住む少数民族を訪ねるには、車両5台、しかも四輪駆動車が必須。撮影スタッフ、通訳、現地役人、案内人、料理人、運転手、全部で20人。車両が入らないところでは、 途中で30人の村人を強力(人夫)としてお願いし、重い機材は馬を雇って登った。日中共同プロジェクト。

民間に伝わる芸能を映像として記録する。日常の中に生きてる歌、踊り、儀式など をありのままに撮影して記録するのが狙い。

当時すでに少数民族の文化は危機に直面していた。中国の急速な開放経済政策が大都市に始まり、辺境にも及びつつある。現代生活が まだ及んでいない自給自足の村もあったし、電気が通っていない村も少なくなかった。でも、すでにパラボラアンテナが立ち、テレビが入って、カラオケまで出現している。

運転免許を持っている人は限られている。一般に地位が高いので、運転手の 機嫌を損ねないようにと注意される。

日本側は制作費を負担し、映像の制作技術を担当。

中国側の『対等の論理』とは、国の無形文化財(民間芸能)を提供するので、これと対等とする。

ラフ族の男の子たちは、路上で『けんかコマ』をやって遊んでいる。コマは日本のより大きいが、作り方や遊び方は変わらない。女の子たちは、正月に新しい服をおろすという習慣だ。

私も小学校低学年のころは、正月には新しい服と 下着を着て、気持ちを新しくしていました。

ラフ族の神話によると、人類はひょうたんから生まれたとされている。ひょうたんでつくった楽器(笙(しょう))はおいに響く。その名手は神への願いを伝えてくれることから尊敬される存在。

雲南に住むトールン族の女性は、強力の人たちに勝る。その健脚ぶりは予想をはるかに超えている。サンダルばきで、重い荷物を担いですいすい登っていく。

中国西南部の民族のなかには、19世紀末からキリスト 教を受けて入信したヌー族もいる。西南中国の各地にシャーマンが生きてる。リス族の『ニバ』、ヌー族の『イーグース』、イ族の『ピモ』。

ミャンマーとの国境地帯に住むプーラン族は、歌が豊富。『スウェイ』という対歌は、 熱烈な愛情を歌うもの。若い男たちが少女たちと歌を交わす。日本にも昔、歌垣というものがありましたね。

ハニ族には、見事な歌垣の伝統が生きていた。男女が即興の歌をかけあう。お互いの気持ちを伝えあおうという歌垣。しっかり した歌いっぷりで、中途半端な歌いかたではない。男は驚くほどの高音で、しかも張りのある声で伸びのいい旋律を歌い、女は低い声で答えていく。音痴な私には、うらやましい限りです。声が出ないのです。

西北イスラムの大地。イスラムの人々は、ふだんから客人をきちんと接待することが名誉だと思う傾向が強いようだ。イスラム教だから、酒はご法度でお茶で接待。イスラム教徒は豚を食べず、羊を食す。

モンゴルでも遊牧生活をしている人々は減少している。

貴州南部のトン族は歌を愛する民族として有名。同時に異なった旋律を見事に調和させて歌うポリフォニーを聴かせてくれた。

中国南部に住むチワン族もまた歌の上手な人が多いことで有名。

日中共同プロジェクトということですが、日本ビクターと中国民族音像出版社との合作では、500時間のビデオテープが40巻にまとまっているそうです。壮大な歴史的快挙ですよね。壮挙としか言いようがありません。

(2026年2月刊。1540円)

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