(霧山昴)
著者 吉村 英夫 、 出版 中日新聞社
今の若い人に映画「男はつらいよ」を観たことのない人が多いのは残念でなりません。テレビで繰り返し放映されていますので、ぜひ観てほしいと思います。
私は「男はつらいよ」第1作を東京で、大学3年生の夏に観ました。映画になる前、テレビで放映したというのは残念ながら観ていません。大学生ころは、テレビを観る時間も余裕もありませんでした。
著者はシリーズ第8作『寅次郎恋歌』が出色の出来だとしています。 黒沢明の有名な映画『七人の侍』で主人公の一人を演じた志村喬が老学者として登場します。学問一途に生き、家庭を大事にせず、子育てにも関わらなかった。そして、妻は死んでしまった。
「暗い夜道を歩いていると、一軒の農家が見え、灯りのついた茶の間で家族がにぎやかに食事している。りんどうの花が庭いっぱいに咲いていて、縁側はあけっ放し。これが本当の人間の生活ってもんじゃないか」と気がついた。
この光景は、実はフランス文学のフロベール(「ボヴァリー夫人」の作者)の描写から来ているそうです。なかなか奥の深い話なんですね。ところが、寅さんが柴又のダンゴ屋の茶の間で紹介すると、みんながひやかし半分でまぜっかえすのです。 いやはや、すごい展開です。まさしく喜劇になってしまうのでした。
もう一つ。著者はフランスの劇作家マルセル・パニョルの「ファニー」三部作の影響もあると指摘しています。パニョルの映画は、フランスかぶれの私はいくつか観ていますが、パニョルの映画が山田洋次の作品とつながっているとは、思ってもいませんでした。
ちなみに、映画「男はつらいよ」は全シリーズフィルムによる撮影とのこと。デジタル作品ではないとのことです。
「男はつらいよ」の家族構成は複雑です。寅さんと妹のさくらは両親を共通する兄妹ではありません。
家族は、血のつながりも重要で、基本的要素だが、血のつながりがいささかイレギュラーであっても、家族が家族であるという信頼と親愛の意思をもつことが、家族の重要条件だ。
この指摘は、50年以上の弁護士生活を踏まえた私の実感とぴったりあいます。
家族というものが仲良くしていくためには、家族が家族であろうとする努力、そういう意思の力、それが必要なんじゃないか。
山田洋次は、こう言っていますが、本当にそのとおりです。また、次のようにも言います。
「血のつながりをとても大事にする考え方は、時として人間を不幸にするんじゃないかとすら思います」「血縁を強調する社会は、どうしても排他的になってしまう。」
いやぁ、まったくそのとおりです。「家族としてのつながりをお互いに見いだして、そのつながりをより豊かなものにするために努力していく苦労が必要なんだ」
よくよく考え抜かれた指摘だと思います。
「男はつらいよ」シリーズは48作も続いた世界一長いシリーズですが、第9作に吉永小百合がマドンナとして登場したのが、長期シリーズとしての出発だったとのこと。吉永小百合は、自称サユリストの私からしても憧れの永遠の美女ですが、当時はまだ25歳で、絶大な人気を誇っていました。渥美清も吉永小百合の登場を期待したといいます。
フランス人であるクロード・ルブランの「山田洋次が見てきた日本」(大月書店)は、このコーナーで先に紹介していますが、その本のなかで、著者の本も紹介されています。
この本は小津安二郎についても触れられています。というか、その半分は小津安二郎の映画「東京物語」などを細かく分析し、論評しているのですが、私は「東京物語」以外は観ていませんので、ここでは割愛します。
(2025年9月刊。1800円+税)
いま、我が家の庭は黄色いロウバイが咲き終わり、黄水仙の可憐な花があちこちに咲いています。水仙は白より黄色が私の好みです。
そして、紅梅と白梅が隣同士に競いあって咲いています。今年は梅の当たり年になるのかもしれません。近所にカササギが巣をつくったせいで、庭によくやってきます。パンくずをまいておくと、すぐに見つけて運び去っていきます。
日が長くなりました。春の近さを感じます。近く、ジャガイモの種を孫たちと植えつけます。


