弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
社会
2020年11月27日
歴史戦と思想戦
(霧山昴)
著者 山崎 雅弘 、 出版 集英社新書
いま、広く読まれるべき本だと思いました。残念ながら...。
読みはじめる前は、なんだか大ゲサなタイトルだな、と思っていました。ところが、サンケイ新聞は2014年から「歴史戦」と名付けた「戦い」をすすめてきたというのです。驚きました。
戦後70年たって、日本は本来の歴史を取り戻す「歴史戦」にうって出るべきだとサンケイ新聞編集委員が叫んでいるというのです。いったい日本の「本来の歴史」とは何を指しているのか...。
著者は、それは戦前の大日本帝国を指していて、そこに戻ろうということだと明快に指摘しています。つまり、とんでもない呼びかけなのです。
そして、「歴史戦」を呼びかけるとき、それは歴史研究の分野に日本対韓国の「戦い」という国家間の対立、すなわち政治を持ち込んでいるのです。
桜井よし子は、「主敵は中国、戦場はアメリカ」と本に書いている。つまり、日本の「敵」は中国と韓国だというのです。なんという偏狭さでしょうか、時代錯誤もいいところで、とても正気とは思えません。
ところで、この本には、サンケイ新聞社長だった鹿内(しかない)信隆が、戦前に日本陸軍の将校として、経理学校で慰安所の運営規則が教えられていたこと、つまり軍が慰安所の運営に関わっていたことをサンケイ出版の本で明らかにしていることを紹介しています。まさしく慰安婦は陸軍のよる性奴隷だったのです。
南京虐殺について、「歴史戦」を主張する人は、「人数の問題」にすり替える論法をつかって、虐殺自体がなかったとする。これは、「誤った二分法」と呼ばれる詭弁(きべん)論法のパターン。受け手を錯覚させる心理誘導のテクニックだ。要するに、ごく一部の人の「見てない」という体験をもとに、全体の大虐殺はなかったとしてしまうのです。その論法が不合理なことは明らかです。30万人でなく、たとえ3万人であっても、大虐殺であったことには変わりありません。
シンガポールでも日本軍は現地の市民を5万人も虐殺したとされています。ここでは「歴史戦」を主張する人たちは、虐殺が「なかった」とまでは言わず、言葉を濁してはぐらかすか、はじめから無視するだけ。あまりに無責任です。
「歴史戦」を主張する人にとって、勝ち負けを競う論争ゲームであって、将来の人々に対して何の知的成果ももたらさない。これでは困ります。きちんと祖父や父が何をしたのか子や孫に伝えるべきです。
自虐史観というときの「自」とは、大日本帝国の臣民としか考えられない。なーるほど、そういうことだったんですね。時代錯誤もはなはだしく、とてもついていけません。
著者は、この本の最後に「歴史戦」の人々に対して、戦前・戦中の「大日本帝国」の名誉を回復することではなく、戦後の「日本国」の名誉や国際的信用を高めるような方向への路線を転換し、基本的な戦略を練り直したらどうか、と熱く呼びかけています。まったくそのとおりです。というわけで、ご一読をおすすめします。
(2019年11月刊。920円+税)
2020年11月21日
ぼくは挑戦人
(霧山昴)
著者 ちゃん へん 、 出版 集英社
日本で生まれた育った在日コリアンの著者はジャグリングを用いた芸をするプロのパフォーマー。日本だけでなく、世界中をかけめぐって芸を披露しているとのこと。
在日コリアンということで、小学校から中学校まで教室で陰湿ないじめを受けていた。子どもって、親のヘイトスピーチを真に受け、行動にあらわすのですよね...。読んでて、辛くなりました。
ところが、母親が我が子がいじめにあっていることを知って小学校に乗り込んで、いじめっ子に向かって言った言葉が圧巻です。
「素敵な夢もってる子はな、いじめなんてせえへんのや。お前らのやってることは、ただの弱いもんいじめや。強さと自慢したかったら、ルールのある世界で勝負せえ」
そして、子どもである著者にはこう言ったのでした。
「朝鮮人とか母子家庭とかで今まで散々ナメられてきたけど、わしは絶対負けへんで。一緒にがんばろな」
そして、家に帰ったら、ひいばあちゃんもこう言って励ました。
「いじめられたくなかったら、他人(ひと)より努力せな、あかん。いつか自分が頑張られるもんに出会ったら、それを一生懸命がんばって一番になりなさい。一番になったら、いじめられるどころか、お前を守ってくれる人がたくさん集まってくるんや。だから、そういう人生を歩みなさい」
この言葉を著者は実践していったのでした。偉いです。
中学3年生のとき、アメリカに単身渡って、パフォーマー・コンテストでヨーヨーの演技をして優勝した。いやはや、すごいですね。
高校3年生のときには、夏休みだけで300万円を稼いだ。なんともはや...、すごい、すごーい。
大道芸W杯のヤジウマ人気投票1位という肩書をもらっていた。
休日は10時間、平日でも毎日7時間から8時間は練習。それくらいすると、身体が覚えてしまうのでしょうね...。
著者は恐る恐る韓国に行きました。うまくいったようです。そのあと、なんと北朝鮮にも入って、平壌にも行っている。公演も2回していて、なんと金正恩本人から話しかけられたとのこと。
なるほど、タイトルどおり挑戦人です。自分の人生を自分の努力で切り拓いている様子が生き生きと伝わってきて、たくさんの元気をもらいました。ぜひ、ユーチューブで芸をみてみましょう。
(2020年8月刊。1800円+税)
2020年11月18日
血族の王
(霧山昴)
著者 岩瀬 達哉 、 出版 新潮文庫
松下幸之助はやはり神様ではなかったというのが、私の読後感です。
幸之助の発想は、すべて、どうやったらもうかるか、だ。なので、目先の話ではない。長く、確実にもうけるには、どうしたらいいか。日本にとって、アメリカの意向に従うしかない。そうしたら経済援助も市場開放もしてくれて、みんながもうかる。そのなかで自分も多いにもうけさせてもらう。そんな考えだ。
幸之助の感性は鋭い。人情の特徴を敏感につかみとり、体験に根ざした言葉で訴えかける、それで販売店の心をつかんだ。そのために、コンピューターを一掃してしまった。
コンピューターに幸之助は偏見をもっていた。その点では遅れていた。
娘婿の松下正治は東大卒で、頭はいいが、物づくりの経験をしていないし、商売の苦労もしていない。人使いも下手。何か問題が発生すると、ただ、怒るだけで、しかも居たたまれないくらいに理詰めでやってしまうので、重役陣からも事業部長からも、いまひとつ信用がなかった。なーるほど、なんとなく分かりますね...。
幸之助の真骨頂は、粘りだった。いったん取り組んだ仕事は、結果が出るまでやめない。良い結果が出るまで続けるので、失敗がない。ふむふむ、これも分かります。
幸之助は、社員の待遇改善につとめた。35歳で自分の家がもてる従業員持ち家制度、死亡した従業員の妻子への遺族育英制度、定年延長したうえ退職金の増額...。また、企業年金として破格の支給率を保証する福祉年金制度...。これはこれはいいことですね。
幸之助は、いくらか出来が悪くても、金太郎飴のように自身に従順で、忠誠という点で変わらない部下をかわいがった。逆に、どんなに功績があっても。幸之助に断りなく独断専行する者を決して許さなかった。ワンマン経営者にありがちな誤まりですよね、これって...。
録画の点で、ベータ方式より、VHS方式のほうが録画時間が長くなるので、幸之助はVHS方式を選んだ。というのも、ベータ方式の1時間に対して、VHS方式は2時間が基本のうえに、4時間録画に向けて開発中だったから。アメリカではアメフトの試合が3時間以上になるので、VHS方式が好まれた。なーるほど、ですね。
社長が松下正治から57歳の山下俊彦になるとき、80歳の幸之助は抵抗した。
それは、幸之助の言いなりになる番頭たちを経営陣から外すことを意味するものでもあったからだ。幸之助は、自分に仕えた役員OBを集めて山下社長を辞めさせる会までつくった。うひゃあ、まさしく典型的な老害ですね...。
幸之助もまた、おそろしく凡人だった。幸之助は孫の松下正幸を社長にしたかった。しかし、山下俊彦は正幸を棚上げしてしまった。
幸之助には世田谷夫人と呼ばれる第二夫人がいた。それを清水一行が『秘密な事情』で明かした。幸之助は世田谷夫人とのあいだに4人の子をもうけ、成人すると、松下関係の会社で面倒みさせた。世田谷夫人は、幸之助より30歳も年下。幸之助は東京・神楽坂の一番人気の芸者(20歳前)を見初めて、大阪に連れていった。
子どものころ、ナショナルの家電製品は身のまわりにいくつもありましたし、テレビのコマーシャルにも身体がなじんでいました。立志伝そのものの幸之助の負の面もふくめて、あまりに人間臭い評伝となっています。
神様とか天才ともてはやすほどの人物だったのかという疑いが確固として強まり、私は「ますます尊敬」という心境には、とてもなれない本でした。
(2019年7月刊。630円+税)
日曜日、1年ぶりに仏検(準1級)を受けました。6月はコロナ禍のため中止になったのです。前の日はホテルに泊まり込んで過去問を復習し、当日も朝早く起きて万全の体調でのぞみました。
自己採点では120点満点で71点でした。6割が合格点ですので、きわどいところです。最近は毎朝、NHKフランス語応用編の2日分を必死で書きとりしています。すぐに忘れてしまい、いつもいつも新鮮な思いですが、なんとかフランス語力を少しでも落とさないようにがんばっています。
試験会場の大学に行くと、学生がサッカーの練習試合をしていました。また、各種の資格試験の受験生がたくさん構内にたむろしていましたが、対面授業はやられているのかなと心配になりました。
2020年11月 5日
政治部不信
(霧山昴)
著者 南 彰 、 出版 朝日新書
東京・大阪で10年あまり政治部記者をつとめ、新聞労連委員長として2年のあいだ活動してきた著者による、政治部記者のありようを問いただした新書です。著者は古巣の政治部に戻ったのですから、今後ますますの健闘を心より期待します。
菅首相は、自分の言葉で国民に向かって話すことがありませんが、それはもともと政治家として国民に訴えるものを自分のなかにもっていないからとしか思えません。つまり、菅首相が政治家になったのは、国民はひとしく幸せな毎日を過ごせる社会にしようとか、そんなことはてんで頭になく、ひたすら自分と周囲の者の安楽な生活のみを求めて政治家(家)というのを職業選択しただけなのではないでしょうか...。
そして菅首相にあるのは、敵か味方かという超古典的な二分論です。恐らく、それを前提として権謀術数をつかって政界を泳ぎ、生き抜いてきたのでしょう。そんな人が日本の首相になれただなんて、まさに日本の不幸です。これも小選挙区制の大いなる弊害の一つです。中選挙区とか比例代表制では菅首相の誕生はありえなかったでしょう。なぜなら、菅には国民に訴えるものが何もないからです。「自助、共助、公助」という「自助ファースト」というのは政治は不要だと宣言しているようなのです。そんな政治家は必要ありませんよ。
菅が首相になる前、官房長官のときに何と言っていたか...。
「ご指摘はまったく当たりません」
「何の問題もありません」
まさしく問答無用、一刀両断に切り捨ててしまい、質問に対してまともに答えることはありませんでした。議論せず、説得しようともしない政治家ほど恐ろしいものはありません。
前の安倍首相は平気で明らかな嘘を言ってのけました(原発災害はアンダーコントロールにある、とか...)。しかし、そこには嘘が嘘でないかを議論する余地が、まだほんの少しは残されていました。
ところが菅首相になると、「嘘」の前に、「何の問題もない」とウソぶいて議論しないのですから、よほどタチが悪いです。国会でまともな議論をしなかったら、どこで日本のこれからをどうやって決めていきますか...。私は不安でたまりません。
ボーイズクラブという言葉があるのですね。知りませんでした。
体育会系などで顕著にみられる男性同士の緊密な絆でお互いを認めあっている集団のこと。日本の閉鎖的な記者クラブもその一つでしょうね。
安倍前首相はマスコミの社長連中そして局長連中、さらにはヒラの記者たちとよく会食していたようです。例の官房機密費(月1億円をつかい放題...。領収書は不要)でしょうね。
そして、菅首相は、3社くらいずつ、オフレコのある「記者会見」を繰り返しているようです。
エセ「苦労人」の化けの皮がはがれないように手を折っているのでしょうね。こんなにセコいのは、やはり官房長官として仕えた安倍首相譲りなのでしょう。
日本の政治部記者よ、記者魂を呼びもどし、目を覚ませと叫びたいです。
(2020年9月刊。790円+税)
2020年10月27日
閉ざされた扉をこじ開ける
(霧山昴)
著者 稲葉 剛 、 出版 朝日新書
小田原市は、「生活保護受給者」ではなく、「生活保護利用者」と呼びかたを変えた。権利として生活保護制度を利用しているという意識の変化を促すためだ。
いやあ、これはいいことですね。
実は、小田原市には「SHAT」つまり「生活保護悪撲滅チーム」などと書いたそろいのジャンパーを生活保護担当職員が10年前から着ていたことが発覚して問題となったのでした。そのあとの対策の一つが、呼称の変更なのです。
先日(10月9日)の西日本新聞に星野圭弁護士(福岡第一法律事務所)が生活保護について解説した記事がのっていました。生活が苦しくなったら、権利として生活保護を利用するのをためらうことはありません。自己所有の自宅があっても、車をもっていても、家賃が高くても生活保護を受けられることは多いのです。あきらめずに誰かに相談しながら申請することです。このように星野弁護士は呼びかけています。なにも遠慮することなんかありません。
単身高齢者が新しく借家(部屋)を探すとき、大変な苦労させられる。というのは、貸主(大家さん)が借主の孤独死を恐れるから。緊急連絡先を告げ、定期的な安否確認するといっても、80代の単身者のアパート探しは難しい。そこに貧困ビジネスがつけ入る余地が生まれている。
アメリカでは若年ホームレスの4割がLGBTだという調査結果があるとのこと。日本では、そんな調査はやられていないので、不明だそうです。著者が過去25年間で3000人以上のホームレスにあたって、LGBTの人は数十人はいたとのことです。日本でも、当然いるはずですよね。
私は、この本を読むまで知りませんでしたが、日弁連は生活保護法の「保護」という名称は恩恵だと誤解されやすいので、権利性を明確にした「生活保障法」に名称変更を提言している(2019年2月)とのこと。うむむ、これはいいことですね。
あの安倍首相(当時)だって、国会で、「生活保護は国民の権利」だと明言したわけです。国民が権利行使を遠慮してはいけません。
軍事予算が5兆円を超えて、歯止めなく増大している一方で、福祉予算だけは「お金がない」という口実で削減されているのが今の日本の現実です。黙っていたら健康も生活も守れません。ぜひ、声かけあって、みんなで叫んでいきたいものです。
(2020年3月刊。790円+税)
2020年10月23日
官僚の本分
(霧山昴)
著者 前川 喜平、柳澤 協二 、 出版 かもがわ出版
かたや文科省の事務次官、かたや防衛省から官邸官僚の中枢へ。そんな官僚の世界の頂点にいた二人がいまの官僚の実態を暴き、後輩たちを叱咤激励しています。
安倍政権が特異だったのは、官邸による官僚に対する締めつけがものすごく強いこと。
身内か使用人か、それとも敵か。味方と敵をはっきり分けてしまい、官僚が全部、官邸の使用人になってしまっている。
ちょっとでも官邸と距離を保とう、距離を置こうとする人間は外されていって、幹部ポストは、官邸の言うことを何でも聞く人間しかいなくなっている。
文科省でも官邸にきわめて近い人物を官房長で定年延長させて事務次官に昇任させ、事務次官のときもう一回定年延長した。こうやって官邸は完全に文科省を制圧した。定年延長制度は、すでに官邸による官僚支配として使われている。
ええっ、そ、そんな...、ちっとも知りませんでした。
なので、いまや各官庁は、その独立性を失い、官邸の下部機関と化している。官邸官僚が考案し、安倍首相が承認した方針が各省に降りる仕組みになっている。
検察庁法改正問題での人事院答弁は、ひどかったですね。松尾給与局長は「言い間違えた」と恥ずかしげもなく安倍政権をかばい、一宮なほみ人事院総裁も同じだった。いやはや、恥ずかしい限りです。プライドも何もあったものではありません。残念です。
これまでの官僚にはプライドというものがあったわけですが、今や、ガタガタですね。安倍政治を継承するという菅政権ですが、人事による官僚統制はますます強化されそうです。嫌なニッポンですね...。ちっとも美しくなんか、ありません。
前川さんが官僚だったころ、後輩の官僚に言っていたのは、自分の魂は売り渡すな、貸すのは仕方ないけれど、それは後で取り返せ、ということ。
いやあ、辛いいけれど、仕方ないのでしょうね...。
お二人とも東大法学部を卒業してキャリア官僚の頂点にのぼりつめている身なわけですが、現在の官僚システムを嘆き、なんとか変えていきたいと声を上げておられるわけです。この声にこたえてくれる官僚が続出することを心から願っています。
恥ずかしながら、私もチラッと官僚を目ざしていました。国を良い方向に動かせるかなと甘く考えていた、大学1年生のころです。官僚にならなくて、弁護士になれて本当に良かったと思います。
(2020年8月刊。1300円+税)
2020年10月 6日
まんがでわかる日米地位協定
(霧山昴)
著者 平良 隆久、藤澤 勇希 、 出版 小学館
この本を読みすすめるほどに腹が立ち、怒りに燃え、今風にいうと、チョームカついてきます。いえ、作者もマンガも決して悪いのではありません。書かれていることが、あまりにひどくて、涙が出てくるのです。それも怒りの涙です。日本って、ホント、アメリカの従属国でしかなくて、本当に自立していない、まだ独立していないんだな、つくづくそう思わせます。
ドイツやイタリアで出来ていることが、お隣の韓国でやられていることが、日本では出来ていませんし、いつだってペコペコと卑屈にアメリカのご機嫌うかがいばかりしているのですから、ホント嫌になってしまいます。
しかも、マンガ仕立てで、高校生だって分かるレベルで書いてあります。おっと、これは今どきの高校生に対して失礼な言辞でしたね。スミマセン。よほど日本人の大人のほうが分かっていない、分かろうとしていない、盲目のままでいいなんて馬鹿な思考にしがみついているんですよね。
日本の政治家やマスコミは、北朝鮮と中国との緊張感を煽って、勝手にアメリカ軍の力を信じ頼りにしているが、アメリカ軍のほうは、そんなつもりはまったくない。
アメリカ兵は日本国内の高速道路の通行料をほとんど支払っていない。レンタカーを利用して日本国内の観光旅行に出かけているのに、アメリカ軍の通行証が発行されているかぎり、それは軍用車両として免除されることになっている。そして、その車で交通事故を起こしても、「公務中」となって日本の警察は手が出せない。それが日米地位協定だ。
首都東京の上には巨大なアメリカ管制下の空域あるため、JALもANAも、日本の航空会社の飛ばす民間飛行機は富士山の上空は飛行できないので、ぐるっと大まわりをさせられる。無駄なことだし、使用するジェット燃料を浪費するし、危険性も増す。これがアメリカ軍のラプコンだ。
アメリカ兵が刑事事件を起こしたとき、日本の警察はすぐには逮捕できない。そして、たとえ逮捕できたとしても、実際に刑事裁判で有罪になるとは限らない。というか、その多くが無罪・放免になっている。
アメリカ軍の飛行機が墜落したとき、沖縄県警は動けなかったし、動かなかった。というか、アメリカ軍によって構外にはじき出されて、その様子をみるだけにした。人体にきわめて有害な泡消火剤が基地の外に出たとき、日本政府はアメリカ軍の基地に立入調査することすら出来なかった。
ドイツでもイタリアでも、そんなことはない。イタリアではアメリカ軍の基地にイタリア人将校が常駐している。
韓国は1994年に、ついに平時の作戦統制権を取り戻すことに成功した。そして、平時のデフコン4からデフコン3への引き上げるには、現場の士官が建議したあと、陸海軍の三軍のトップが承認し、さらにアメリカと韓国の大統領の承認も必要となる。
要するにデフコンが3から4に代わることにはとてつもないエネルギーを要し、ほとんどありえない状況になっていて、平常時であるかぎり、韓国軍の指揮権は韓国軍が有する。
今どき、なんで日本全国にアメリカが我がもの顔でたくさんの基地をもち、首都の上空を占有しているのが、不思議でなりません。沖縄の辺野古新基地づくりだって、アメリカの押しつけであり、日本のゼネコンを喜ばせるだけなのに、菅新首相をマスコミがもてはやし、コロナ禍のなかでも基地建設を強引にすすめるなんて、許せません。
この本はひらがなにすべきところを旧来の漢字を多用するという読みにくさはありますが、著者の熱意と分かりやすい政治マンガによって、日米地位協定の問題点が浮きぼりにされています。この改定は日本政府の当面する主要課題の一つだと、つくづく思ったことでした。
(2020年8月刊。1700円+税)
2020年10月 1日
ホームレス消滅
(霧山昴)
著者 村田 らむ 、 出版 幻冬舎新書
定住型のホームレスが激減したことは実感します。駅の近くでダンボールを上下にうまく組み立てて寝ている人々を博多駅の内外に前はよく見かけましたが、今では皆無です。地下街のシャッターあたりにも見かけていましたが、今はいません。
この本によると、国の管理する河川の橋の下とか草むらの中に、ひっそりと定住型ホームレスは今もいるけれど、もうそこだけのようです。
移動型ホームレスは、公園や高架下に小屋やテントを建てられないため、毎日毎晩、まちをさまよい、寝られそうなところで眠っている。また、車上(中)生活、ネットカフェやサウナ、24時間ファーストフード店を主な寝床としている。
大都会にはあまりないのかもしれませんが、地方の中小都市ではまちの至るところに存在する空き家、空き倉庫に人知れず潜入し、夜だけそこで過ごすホームレスもいます(実際、その経験者から話を聞きました)。
日本以外、世界のホームレスは路上で物乞いをしている。しかし、日本では物乞いするホームレスは圧倒的に少ない。日本のホームレスはアルミ缶を収集したり(1日で3000円がやっと)して、働ける人は働いていることが多い。日本では物乞いすると、軽犯罪法違反となる。
ホームレスの人は靴を見たら分かる。靴はジャストサイズでないと履くことが難しいし、洋服ほど配られることがない。
ホームレスは歯を悪くしている人が多い。青木ヶ原の樹海の自殺した人の頭蓋骨をみると、歯がダメになっている人が大半。ホームレスには、精神疾患、精神障害をかかえている人が多い。
ホームレスが亡くなり、身元が判明しないときには、法律により「行旅死亡人」として扱われる。
奈良の山本病院は、ホームレスや生活保護受給者を受け入れていたが、看護士の大量退職で問題点が明るみになって外に出た。このようにホームレスを食い物にする貧困ビジネスが今の日本にはしぶとくはびこっている。
山谷(さんや)も釜ヶ埼も横浜の寿町からもドヤ街がなくなっている。横浜の寿地区には、5716人が住んでいるが、そのうち8割以上が生活保護を受給している。
今や高齢化もすすんだので、投石するほどの腕力、体力そして気力がない。そこで、かつてのような暴動を起こせるような状況にはない。
目に見えるホームレスが消えてなくなったのなら喜ばしいことです。しかし、本書を読むと、ホームレスは寝るところを変えつつも、いろんなところにしぶとく生きのびているそうです。
河川敷だと地方自治体の見まわりの対象外だということ。そこに中・高生がときどき乱入してきて生命の危険にさらされます。そして、今度の台風やら大洪水のときには、家ごと流されてしまう危険があるのです。
ホームレスを徹底的に排除しようとする国・社会は、あまり幸せでない気がする、とのこと。同感です。ホームレスの今を知ることのできる貴重な突撃取材がなされています。
(2020年5月刊。900円+税)
2020年9月30日
ロレンスになれなかった男
(霧山昴)
著者 小倉 孝保 、 出版 角川書店
1970年にアラブに渡り、シリア、レバノン、エジプトで日本空手協会から派遣された指導員として空手の普及・指導につとめた岡本秀樹の生涯をたどった本です。
著者は毎日新聞社のカイロ特派員として岡本に出会い、2009年4月の岡本が67歳で病死するまで交流がありました。なので、その体験もふまえて岡本という表裏ある空手道の指導者の実像を描き出しています。
いま、中東・アフリカの空手人口は200万人を超えているそうですが、それは日本式というよりヨーロッパ式のスポーツ競技として普及しているとのこと。なるほど、と思いました。というのも、日本の空手は、いくつもの流派に分かれていて、柔道のような統一体がないとのことです。
岡本は、シリアやエジプトで秘密警察や治安部隊のメンバー相手に空手を指導し、その教え子たちを通じて治安機関に特殊なコネを築いていた。エジプトのサダトの護衛も教え子の一人だった。岡本は各地で政権幹部に近づき、貴重な一次情報を入手していた。
また、イラクではフセイン大統領の長男に取り入ろうとしたり、特別な立場を利用して密輸入して大もうけしたり、スーパーやカジノまで経営していた。しかし、結局、「恋敵」に足をひっぱられて事業に失敗し、「国外追放」寸前まで行った。そして、日本に戻ってきてからは別れた元妻に頼りつつ、生活保護を受けながらの闘病生活に入った。
岡本は日本の外交官や外務省からは徹底して嫌われていた。それでも、岡本はアラブ人からは慕われ、教え子からは信頼されていた。
最後に、岡本が生活保護を受ける生活をしていたのに、毎月3万円をカイロにある女子孤児院に寄付し続けていた事実を著者が知って驚いたことが紹介されています。
ロレンスに憧れた岡本は最後までアラブに失望することはなかった。騙され、陥れられても岡本はアラブを愛し、信じ、子どもたちを励まし続けた。
岡本はすべてを失いながらも、この地に200万人をこえる空手家を育てた。ロレンスになれなかった男は、ナイルの水となった。
小池百合子のカイロ大学卒業の怪(『女帝』)にも登場しますが、エジプトにとって日本の援助はきわめて大きかったことが、この本でも紹介されています。小池百合子と同じように岡本もその線で助かったことがあるようです。小池百合子も岡本も、アブドル・カーデル・ハーテム(2015年に97歳で死亡)というサダト大統領の右腕と言われた人物に面倒をみてもらっていたのでした。
こんな破天荒な生き方もあるんですね、思わず刮目(かつもく)してしまいました。
(2020年6月刊。2200円+税)
2020年9月29日
過労死しない働き方
(霧山昴)
著者 川人 博 、 出版 岩波ジュニア新書
過労死とは、仕事上の過労やストレスで病気になり、死亡すること。
過労・ストレスによる死亡・病気で労災申請は年に2000~3000件(うち死亡500件)で、増加傾向にある。国(労基署)が労災認定しているのは800件(うち死亡200件)。10年間の累積では、病気8000人(うち死亡2000人)。仕事に関連する自殺は年2000人を上回るとみられている。その過労死防止法が2014年6月に成立し、同年11月から施行されている。
うつ病を発病すると、正常に物事を判断する能力は減退する。
早朝5時に家を出て、6時すぎには現場で仕事をはじめる。仕事が終わるのは夜11時。自宅に深夜12時とか1時に帰り、数時間ねたら、午前5時に家を出るというサイクル。いやはや、とんだ非人間的な生活です。
そして電通の過労自死事件(高橋まつりさん)では、上司の暴言(パワハラ)もすさまじいものがあります。
「キミの残業時間20時間は、会社にとってムダ」
「会議中に眠そうな顔をするのは、管理ができていない」
「髪ボサボサ、目が充血したままで出勤するな」
「今の業務量で辛いというのは、キャパがなさすぎる」
「女子力がない」
うひゃあ、こんなこと言う上司の顔が見てみたいものです。人間の顔の仮面をかぶった鬼なのでは...。
パワハラは、仕事のことを叱るだけでなく、人格まで攻撃する。そして、フォローすることはなく、他人と比較して、長時間ネチネチと叱り続ける。
心身ともに健康だった若者が、仕事上の過労・ストレスから急激に健康を損ない、死亡している。
だけど、若者だけではないのです。中高年の過労死も増えています。急逝大動脈解離による心停止で49歳の働きざかりが突然死...。
いのちと健康を第一とする価値観こそ大切。
実は、この本が届いた日、うつ病で働けなくなった男性から借金の相談を受けました。仕事を辞めて、もう5年になるんです。このところ寝てばかりで、精神科にかかったら、自殺する心配があるので、入院をすすめられたとのこと。私は借金の心配より、生命と健康のほうが先決。入院して、じっくり生活を立て直すこと、借金は親や妻にまかせてしまうことを強くすすめ、この本の「いのちと健康が第一」というところを示しました。
この本は、できるだけ早く休むこと、そして辞める勇気を出すこと、家族に相談することを繰り返しすすめています。
命があれば、やり直すことができる。まったく、そのとおりです。借金なんて、実は、どうにかなるものなんです。それより大切なのは、自分の命と健康、そして家族の団らんです。
こんな本は中学、高校生向けに必要だという日本社会は、やっぱりおかしいですよね。とはいえ、大切な本です。たくさんの若い人に読んでほしいものです。
著者は労災、カローシで日本有数の弁護士です。贈呈うけました。いつもありがとうございます。
(2020年9月刊。800円+税)