弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2025年6月10日
ゲットーの娘たち
ヨーロッパ
(霧山昴)
著者 ジュディ・バタリオン 、 出版 図書刊行会
ヒトラーのナチス・ドイツは600万人ものユダヤ人を虐殺しました。なので、ユダヤ人が抵抗もせず、みんな黙って殺されていったのではないか...、そんなイメージがあります。この本は、そんな既成概念を見事に打ち破ってくれます。
ポーランドでもユダヤ人は大勢がナチスによって虐殺されました。ユダヤ人はゲットーに閉じ込められたので、ナチスに対抗(抵抗)するのには大変な困難がありました。それでもナチスと闘うユダヤ人はいました。そして、大勢の若い女性も立ち上がったのです。その状況を本書は生き生きと伝えてくれます。
ポーランド系ユダヤ人女性のレジスタンスは、多岐にわたっていた。複雑な立案や入念な計画にもとづく大量の爆薬の設置もあれば、とっさの機略もあった。おしゃれな変装もあった。ほとんどの女性の目標は、ユダヤ人を救うことだった。
ユダヤ人女性はゲットーで戦うだけでなく、森に逃げてパルチザン隊に加わり、妨害活動や諜報活動にも従事した。女性たちは、仲間のユダヤ人が逃げたり隠れたりするのを助けるために、救出ネットワークを構築した。
ポーランドのユダヤ人レジスタンスは、軍事的成功の観点からは、ナチスによる死亡者数と救われたユダヤ人の人数を比較すると、ごくささやかな勝利しか成し遂げなかった。それでも、レジスタンスのための奮闘は、想像以上に大きく組織され、見事だった。ユダヤ人ネットワークは、ワルシャワに隠れていた1万2千人のユダヤ人同胞を財政的にも支えた。
1930年代、ワルシャワにはなんと180紙ものユダヤ系新聞が発行されていた。
ブントは労働者階級の社会主義グループで、ユダヤ文化を推進していて、もっとも大きなグループだった。
西ヨーロッパだと、ユダヤ人家庭はたいてい中流階級で、広い意味でのブルジョア的習慣に束縛され、女性は家庭に縛りつけられていた。これに対して、東ヨーロッパでは、大半のユダヤ人は貧しく、必要に迫られて女性は家庭の外で働いていた。
ナチス・ドイツが侵攻してきたとき、ワルシャワの人口の3分の1に相当する37万5千人のユダヤ人がいた。彼らはワルシャワを故郷と呼んでいた。
初期のレジスタンスに必要なのは文学だった。昔から本好きの民族であるユダヤ人は書くことでナチスに抵抗した。ナチスによる情報統制に対抗するため、あらゆる党派が地下出版社で、印刷して情報を提供した。読書は逃亡の一つの形であり、重要な知識の情報源だ。本を保存することは、文化と個人を救済する行動だった。
強制収容所から逃げてきたユダヤ人の話は信じられなかった。人々を動揺させないよう、そんなことを人には話すなと命令された。ワルシャワのユダヤ人には恐怖と被害妄想がすっかり広まったので、レジスタンスがあっても、かえって罰せられるのではないかと心配した。
クラクフには、戦前、6万人のユダヤ人が住んでいて、人口の4分の1を占めていた。
女性たちは、さまざまな「運び屋」をつとめた。それは、作戦の中枢をなす特別な任務だった。彼女たちはユダヤ人以外に変装し、封鎖されたゲットーと町のあいだを移動して、人、金、書類、情報、武器をひそかに運んだ。その多くは、彼女たち自身が手に入れたものだった。
運び屋は、変装の世界。そこでは、人間の価値は外見によって定められた。ユダヤ人がアーリア人の中で生きるためには、常に高度な計算と判断にもとづいた演技が求められる。それに危険を嗅ぎつける動物的な勘、誰が信頼できるかという直感が必要だ。
運び屋には、いくつもの役目があり、戦争が進むにつれ、仕事の内容も変化していった。大半の運び屋は女性ではなくてはならなかった。割礼をほどこされるユダヤ人男性と異なり、ユダヤ人女性には目だった肉体的特徴はなかった。ユダヤ人には見えない外見の女性が運び屋として選ばれた。ユダヤ人は毎日、歯を磨き、たいていメガネをかけているが、ほとんどのポーランド人はそうではなかった。カトリックの祈祷の言葉の暗記も必要だった。
運び屋は、偽(ニセ)の身分証、偽の身の上話、偽の目的、偽の髪の毛、偽の名前をもっていた。それと同じくらい大切なのが、偽の笑顔だった。
ワルシャワのゲットーでは、合計500人のユダヤ人闘士たちが22の先頭グループに分かれた。20歳から25歳まで。この3分の1は女性だった。最終的に、ワルシャワ蜂起に100人以上のユダヤ人女性が戦闘部隊に加わって戦った。
レジスタンスのユダヤ人女性の話が埋もれてしまったのには、いくつもの理由がある。投資や運び屋の大半が殺され、その物語を伝えることができなかった。たとえ生きのびても、女性の語り手は、政治的そして個人的理由から沈黙した。
戦後、ポーランドのユダヤ人として生き残ったのは30万人ほど。戦前の1割でしかない。
読み終わったとき、大きな溜め息をついて、よくぞ、ここまで掘り起こしたものだと感慨深い思いをかみしめました。
(2024年12月刊。3600円+税)