弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

司法

2017年9月 5日

あのとき裁判所は?

(霧山昴)
著者 宮本 康昭ほか 、 出版  ひめしゃら法律事務所

あっと驚く事実が満載の、強烈なインパクトたっぷりのブックレットです。
あの宮本康昭さんが、もう80歳を過ぎていたなんて、信じられません。それより、もっと驚くのは、1970年(昭和45年)ころ、青年法律家協会(青法協)に所属していた裁判官が350人もいたこと、最高裁に勤務していた局付判事補15人のうち10人が青法協会員だったこと、東京地裁に配属された新任判事補12人のうち10人が青法協会員だったこと、その圧倒的人数と比率に思わず叫びたくなるほど驚かされます。
さらには、宮本判事補の再任拒否に対して、当時の裁判官1850人のうちの3分の1をこえる650人が抗議文を出したというのにも腰が抜けるほど驚きます。今では、とてもそんな数の裁判官は沈黙したままで、抗議の声をあげないのではないでしょうか、残念ながら・・・。
なにしろ、1970年1月から1971年までの1年間で、350人いた裁判官部会の会員が158人も脱退して200人になったのでした。このころ、著者は、何回も血を吐いたとのことです。ストレスから胃潰瘍になったのです。良かったですね、それを乗りこえて長生きできて・・・。
当時の熊本地裁の所長(駒田駿太郎)が著者に青法協をやめろと言うので、所長も日法協に入っているでしょ、と問い返すと、「オレも日法協をやめるから、オマエも青法協をやめてくれ」と切り返されたといいます。
実は、私も、いま日法協の会員(会費だけの・・・)なのです。弁護士会の役員になったおつきあいで加入しているだけなのですが・・・。
この本で、著者は青法協を脱退した158人のその後を紹介しています。
最高裁判事6人、検事総長1人、内閣法制局長官1人、高裁長官12人、地裁所長64人。これに対して青法協に残った200人のうちでは、高裁長官が2人、地裁所長は3人だけ。このように歴然たる違いがあるのです。そして、著者に対しては露骨な差別扱いがされました。弁護士になるときに最高裁判所が経歴保証書を出さなかったというのには呆れました。
著者は判事補に再任されなかったけれど、簡裁判事として残ったのですが、宿舎から追い出されそうになったり、裁判官送迎バスの対象者からははずされたりという嫌がらせも受けています。裁判所のイジメって、陰湿ですよね・・・。それでも、著者はめげずにがんばったのですね。すごいです。給料にしても、当時で月に7万円から8万円も低かったというので、同期の裁判官たちがカンパしていたというエピソードも紹介されています。
著者とは灯油裁判で一緒の弁護団だったこともあり、親しくさせていただいていますが、人格・識見ともきわめてすぐれた人物です。こんな人を裁判所から追い出すなんて、本当に国家的損失だと実感します。
裁判官が公安によって尾行されていたとか、スパイがいたのではないかという話もあります。私のときにも、司法修習生のなかに明らかにスパイ活動していると確信したことがありました。司法界と公安、スパイというのは切っても切れない関係なんだなと改めて思いました。
貴重な本です。今の裁判所内に気骨ある人が少ないのは、その負の遺産だと思います。私の個人的経験でいうと、騙された奴が悪いなんていう若い裁判官の発想は、その典型の一つだと思います。本人は無自覚なので、始末が悪いです。
(2017年8月刊。500円+税)
9月に入って急に涼しくなりました。右膝が痛かったのも少しおさまりましたので、夏草が庭一面を覆っていましたので、日曜日に雑草とりに精を出しました。頭上でツクツク法師が鳴いて、夏の終わりを告げてくれました。日の沈むのも早くなり、夕方6時半に切り上げ、風呂場に直行しました。
湯あがりに息子が贈ってくれた甲州産の赤ワインを美味しくいただきました。平和なひとときです。

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2017年8月29日

我、市長選に挑戦す

(霧山昴)
著者 小宮 学 、 出版  海鳥社

飯塚市で活動している小宮学弁護士が飯塚市長選挙に立候補し、見事に落選した経過をふり返った奮闘記です。
小宮弁護士の前著『筑豊じん肺訴訟』(海鳥社)は、なかなか感動的ないい本でした。このコーナーでも紹介し、高く評価しました。2008年の発刊ですから、以来、9年ぶりの著書になります。今回の本も、とても平易な文章で分かりやすく、80頁あまりのブックレット・タイプですので、ぜひみなさん、買って(500円)読んで下さい(私は贈呈を受けましたが・・・)。
小宮弁護士は福岡県南部の高田町(現みやま市)に生まれ、久留米で弁護士生活をスタートさせました。そして3年後、筑豊・飯塚市に移り、じん肺裁判に弁護団事務局長として18年あまり関わってきました。
小宮弁護士は、本人は「弁護団員のなかでは穏かな方だ」という自己評価ですが、原田直子弁護士は、「すぐに怒り出し」、「すぐに泣き出す人」と評価します。原田弁護士は続けて、小宮弁護士は「正義感が強く、相手が誰であろうと、決して屈しない人」だと街頭演説のときに紹介したとのことです。この点は、私も、まったくそのとおりだと思いますが、この本を読んで、ますますその意を強くしました。
なぜ小宮弁護士が飯塚市長選挙への立候補を決意したのか・・・。
市長と副市長が執務時間中に庁舎を脱け出して、元市会議員で事業経営者のマージャン店で賭けマージャンをしていたことが発覚したのです。それ自体が大問題ですが、当初は開き直っていた市長が辞意を表明するとともに、後継者として、同じ賭けマージャン仲間の教育長を指名しました。これを小宮弁護士の正義感は許すことが出来ませんでした。
これって、本当にひどいですよね。許せませんね・・・。
ところが、この点を西日本新聞筑豊支局はまったく問題にせず、むしろかばってやるかのような報道で一貫させたというのです。ジャーナリズム精神が泣きますよね。この点について、筑豊支局の総局長は「我が社の自由です」と答えたそうですが、これってジャーナリズムの自殺行為と言うほかありません。
西日本新聞は私も購読していますが、これには、正直いって、大変に失望させられました。それほど、筑豊では麻生一族に歯向かえないというわけなのでしょう・・・。残念です。
小宮弁護士は、本書のなかで、西日本新聞に対して、「襟を正せ」、「権力に媚びるな」と叫んでいますが、私も声をそろえて同じことを叫びたいと思います。
この本には、私もよく知っている故・松本洋一弁護士の言葉が紹介されています。がんのため早くに亡くなられましたが、本当にたいした弁護士でした。私も小宮弁護士と同じく、心から尊敬していました。
「たたかいは勢いである。小さくても勢いがあるほうが勝つ」
久々に松本節(ぶし)を思い出しました。切れのいいタンカで松本弁護士は法廷を見事に圧倒していました。
民法学の大家で、立命館大学の総長もつとめた末川博博士が小宮弁護士に次のようなフレーズを書いた色紙を贈ったとのことです。
「法の理念は正義であり、法の目的は平和である。だが、法の実践は社会悪とたたかい、時代の逆流とたたかい、自分自身とたたかう闘争である」
小宮弁護士は、この末川博士の教えを守って、これからもがんばる覚悟で本書をいち早く刊行したのです。とりわけ法曹を志望する人にぜひ読んでほしい冊子です。
(2017年8月刊。500円+税)

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2017年8月24日

私たちは戦争を許さない

(霧山昴)
著者 安保法制違憲訴訟の会 、 出版  岩波書店

最高裁判所の元長官が安保法制法の前提となる集団的自衛権の行使を容認する安倍内閣の閣議決定は憲法違反だと断言したのには驚き、かつ、勇気をもらいました。
多くの国民が反対運動に立ちあがり、全国すべての弁護士会で反対の取り組みがすすむなかで、国会で強引に成立した安保法制は、やっぱり憲法違反だし、無効だという裁判が日本全国で起きています。
九州では、長崎、福岡、大分、宮崎、鹿児島、沖縄で裁判がすすんでいます。「もし安保法制が裁判所によって合憲と認定されたら、安倍政権を利するだけではないのか・・・」 そんな疑問があるのは事実です。
しかし、三権の一角を担う司法が、一見して明白な違憲状態を看過するようなことになれば、そのこと自体が三権分立制度の自殺を意味する。平和憲法そのもの破壊を座視するような司法は、とうてい民主国家における司法とは言えないだけでなく、最終的には国民の信頼も失ってしまうだろう。そこで、「安保法制違憲訴訟」が真正面から提起された。
つまり、国の政策について、唯々諾々と追認することがたびたびある司法のあり方を根底から問い、三権分立の一角を担い、かつ憲法保障の役割を担うべき裁判所に、その職責を果たしてもらう必要があると考え提起された裁判である。
憲法学者である青井未帆教授(学習院大学)が巻末で次のように解説しています。
日本国憲法9条が守ろうとしているのは、自由や私たち市民の普通の生活です。「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」(憲法13条)の基礎を確保すること。日本国憲法は、軍権力がコントロール不能になって自由が現実に侵害されてからでは手遅れになってしまうからこそ、仕組みとして9条をもうけた。このような予防的な仕組みにとって、その目的である自由や市民の生活が危険にさらされる「おそれ」に敏感であることが、本質的に要求される。
今の日本では、行政府が自らに大きな権力を集中させ、これまでの慣行を壊し、あるいは作法を無視する一方で、立法府がそれに対する効果的な抑制をできないでいる。そういう状況だからこそ、三権分立におけるもいう一つの柱である司法府が権力抑制に果たさなくてはいけない役割が、これまで以上に大きくなっている。
この本は、原告となった人々のさまざまな思いが熱く語られていて、読む人の心を熱くします。ジャーナリスト、元自衛官、元パイロット、元船員、宗教者、戦争体験者、被爆者、元原発技術者、元マスコミ関係者・・・。とても多彩ですし、その真剣な訴えには思わず、エリを正して傾聴しようという気にさせられます。
代表の寺井一弘・伊藤真の両弁護士、事務局長の杉浦ひとみ弁護士の労苦を多とするほかありません。一人でも多くの人に読まれることを私も心から願います。200頁で1300円です。いま価値ある本として、あなたもぜひ買ってお読みください。
(2017年8月刊。1300円+税)

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2017年8月23日

こんなにおもしろい弁護士の仕事


(霧山昴)
著者 千原 曜・日野 慎司 、 出版  中央経済社

弁護士になって40年以上もたつ私ですが、私にとって弁護士は天職、本当になって良かったと思っています。司法試験の受験生活はとても苦しく辛いものでしたが、なんとか辛抱して勉強を続け、弁護士になれて幸運でした。
大都会で3年あまり修業をして、故郷にUターンしてきましたが、それからはひたすら「マチ弁」です。狭い地方都市ですから下手に顧問先は増やせません。昔も今も利害相反チェックは重大かつ深刻です。
幸い懲戒処分は受けていませんが、懲戒請求を受けたことは何回もあります。サラ金会社から「処理遅滞」で請求を受けて、なんとかはね返したこともあります。ネット社会で法的処理のスピードが速くなっているにつれ、スマホも持たないガラケー族の身として、いつまで弁護士をやれるか心配にもなります。
40年以上も裁判所に出入りすると、いろんな裁判官にめぐりあいました。少なくない裁判官はまともに対話が出来て、尊敬すべき存在です。しかし、やる気のない裁判官、自分の一方的な価値観を押しつける裁判官、威張りちらすばかりの裁判官にもたくさん出会いました。先日も書きましたが、騙されたほうが悪いと頭から決めつける裁判官に出会うと、本当に悲しくなります。
以上は、この本を読んで触発された私の実感をつらつらと書いたものです。すみません。
この本の後半に出てくる日野弁護士は福岡で活躍している弁護士夫婦の子どもです。双子で弁護士になって、一人は広島で、もう一人は東京で弁護士をしているとのこと。なるほど、親の影響下にないほうが、お互いに気がねなく伸びのび弁護士活動を展開できると思います。福岡には親子一緒の法律事務所がゴマンとありますが、どうなのかな・・・、遠くから眺めています。
法科大学院で勉強してきた日野弁護士は、法科大学院の衰退を大変残念に思っているとのこと。私も、まったく同感です。昔の司法試験が万万才だったなんて、私には思えません。予備試験コースが昔の司法試験と同じ状況になっているのに、私は強い疑問を抱いています。
日野弁護士の仕事ぶりはすさまじいものです。前の日、午前3時まで仕事をしていて、2時間ほど仮眠をとって、午前7時25分の羽田発で福岡に向かい、福岡地裁で朝10時30分から夕方5時すぎまで証人尋問。6人の証人のうち、4人は敵性証人。相手方の弁護士も敵対的な態度なので尋問は長く、激しいものだった。
うひゃあ、す、すごーい・・・。今の私には、とても無理なスケジュールです。
ボス弁の生活は、もっとゆったりしています。平日ゴルフもあります。ただし、プレーの合い間にもメールチェックを怠らないとのこと。
顧問会社は150社。月額の顧問料収入が1000万円。う、うらやましい・・・です。でも、私は福岡市内で弁護士をしていませんので、顧問先の拡大なんて絶対にやってはならないことです。自分で自分の首を絞めるだけです。
刑事事件も、顧問先の関係で年に2、3件は担当するとのこと。これはいいことです。
民事訴訟の醍醐味は、三つある。
一つは、中身の充実した書面を書くこと。どのように説得力のある内容にするかという努力、テクニックがポイント。
二つは、どう解決するかという判断。判決をとるのが良いか、和解で解決するか、どのタイミングが良いか・・・。
三つは、どう交渉するかという交渉面。すべて、自分が主体的に絵を描いていく。裁判所の受け身ではなくて・・・。
まったく、そのとおりです。私は次回期日のいれ方にしても、自分のほうから先にリードするようにしています。そのほうが時間のムダも少なくなります。
裁判官のあたりはずれには、いつも苦労しているという文章には、まったくそのとおりなんです。
銀座でとても美味しい食事にめぐりあったとのこと。まあ、これは福岡にも、東京ほどでなくても美味しい店があると、ガマンすることにしましょう。
「こんなに面白い弁護士の仕事」は、田舎の福岡のさらに田舎にもある、このことをぜひ若い法曹志望の人に知ってほしいと思いました。
(2017年8月刊。1800円+税)

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2017年8月18日

日本一やさしい「憲法」の授業

(霧山昴)
著者 伊藤 真 、 出版  KADOKAWA

安保法制、秘密保護法が制定されたあと、憲法はどうなったのか。「日本一やさしい」かどうか保証はできませんが、大切なことを分かりやすく説き明かしています。
憲法と民法や刑法などの法律とは、三つの点で大きく違っている。
その一は、法律は強い者が弱い者を支配する道具になってしまうことがあるのに対して、憲法は弱い者が国家権力という強い者に歯止めをかけて自分の身を守るための道具である。国家権力という強い者というのは、テレビで見る安倍首相や菅(すが)官房長官です。「こんな人たち」が勝手なことをしないようにしばるのが憲法です。
その二は、法律は国際情勢や経済状況に応じて改変していくべきものですが、憲法は時代に流されない恒久的な価値を示すものです。安倍首相や菅官房長官が「北朝鮮や中国の脅威」をあおって法律改正をすることがあっても(その当否はともかく)、憲法は、もっと根本的に世界と日本の平和を守るための方策を考えます。
その三は、法律は現実からかけ離れていると意味がないけれど、憲法は理想を掲げるものなので、現実と食い違っていてもあたりまえです。
憲法改正するには、国民投票にかけなくてはいけません。ところが、憲法改正手続法は重大な欠陥があります。
まず、第一に、最低投票率の定めがありません。
第二に、マスコミ規制が尻抜けです。投票日より15日前以前は、テレビCMの規制はありませんので、有名人がテレビで「私は憲法改正に賛成です」と、誰が、何回言ってもいいのです。これでは、お金のあるほうが勝ちになってしまいます。
私はこの本を読んで初めて知りましたが、イギリスがEUから離脱するかどうか国民投票にかけるときには、賛成、反対の西派の広告費用の上限が7万ポンド(9億円)と決められていました。これは、日本にとっても大変重要なことです。
「憲法の伝道師」として全国を文字どおり飛びまわっている著者は、福岡にも何回も来ています。先日は、久留米で2回目の講演会がありました。
憲法って、意外に私たちの毎日の生活の土台になっていることを気づかせてくれる「やさしい憲法」の本です。ぜひ、とりわけ中学生や高校生に読んでほしいと思いました。
(2017年4月刊。1400円+税)

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2017年8月 4日

八法亭みややっこ、世界が変わる憲法噺

(霧山昴)
著者 飯田 美弥子 、 出版  花伝社

着物姿がぴったり似合う女性弁護士です。
落語家としての気風(きっぷ)の良さが人一倍なのは、高校生(水戸一高)のときの落語研究会(おちけん)以来のキャリアがあるからです。
32歳で離婚して、法律事務所で事務員として働きながら受験勉強をして司法試験に合格。40歳で弁護士になりました。
「あなたの当たり前が、私の当たり前とは限らない」日本では、その意識が弱い。みんな違って、みんないい。この金子みすずの詩が評価されているのは、多くの日本人が同質でないと不安になることを反映しているのかもしれません。
みややっこさんは、東京は八王子の現役の弁護士です。現役としたのは、弁護士の本業のかたわら日本国憲法の意義を落語によって語っているからです。日本全国を駆けめぐっています。ちょっと前に本人から聞いたのは、宮崎と佐賀ではまだ話していないということでした。その後、九州全県を制覇されたのでしょうか・・・。
憲法ネタは、著者オリジナルです。そして、著者の噺は90分(1時間半)かかります。
ごく最近、私の知人が古典落語に挑戦しはじめたのですが、今は、まだせいぜい30分しかやれないと正直に告白していました。なのに、90分、憲法を落語として語るのですから、すごいものです。私は、実は、DVDで見聞しただけなのですが、それはそれは堂々たるものでした。さすがは高校生以来のキャリアです。まったく堂々たる落語家です。
ちなみに、「八法亭」というのは著者が東京は三多摩にある八王子合同法律事務所に所属しているからです。六法全書の連想ゲームみたいなものでしょうね。
安倍首相がモリそばカケそば疑惑から目をそらさせようとして、強引な改憲策動を前倒しにしている状況で、日本国憲法が実は身近な存在だし、それを守ることが毎日の平穏で安心な生活を保障するものだということを実感させる本でもあります。
本書は「みややっこの憲法噺」シリーズの第三弾です。著者がますます美しく光り輝かれんことを祈念しています。

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2017年8月 2日

日本国憲法の核心

(霧山昴)
著者 法学館憲法研究所 、 出版  日本評論社

東京都議会議員選挙での自民党惨敗で、安倍首相は改憲策動を断念するかと期待しましたが、甘かったようです。予定どおり改憲スケジュールをすすめると強気の発言です。その反省のなさには呆れるばかりです。
この本で伊藤真弁護士は一票の格差の本質的問題点を鋭くついています。日本では、一人一票が実現していないのです。ある人は一人一票でも、別の人は、0.48票しか認められていません。これでは、日本を民主主義の国とは呼べません。最高裁ですら現行制度を合憲とは言わず、違憲状態にあるとしました。
私は、日本で一人一票制度がないがしろにされているのと同じように、戸別訪問禁止、小選挙区制というのも日本の政治を間違わせている根源だと考えています。いまの「アベー強政治」というのは、小選挙区制度による弊害の典型ではないでしょうか。せめて、以前の中選挙区制度(1区で複数の議員が当選する)に戻すべきだと考えます。
そして、日本と世界の平和を保持するには、武力にたよらない政治を国の内外ですすめていくべきです。そんなことを言うと、すぐに空想的理想主義で、机上の空論だと批判したり、笑ってバカにする人がいます。でも、世界最強の軍隊をもつアメリカが世界の平和を保持していると言えますか・・・。
実際には、戦争とテロを世界にもたらしているだけではありませんか・・・。
8人の憲法学者が貴重な論稿を寄せているブックレットです。
(2017年5月刊。1700円+税)

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2017年7月27日

私の愛すべき依頼者たち

(霧山昴)
著者 野島 梨恵 、 出版  LABO

若手弁護士の奮闘記。なるほど面白いです。文才があるのでしょう、読ませます。
私の敬愛する中村元弥弁護士(旭川)の推薦文がついています。
クマチン先生こと中村弁護士は読み手の弁護士を挑発します。自分の扱った事件を、この本くらいに面白く伝える工夫と努力をしたか、そんな才能をもってるかと問いかけるのです。
すみません、たしかにそんな文才がないので、相変わらず、しがない田舎弁護士を続けています。
われらがノジマ弁護士は北海道は旭川ではなく、さらに士別市で法律事務所を開業します。旭川には行ったことが何回もあります(旭山動物園にも2回・・・)が、士別市には行ったことがありません。冬は大変のようです。自動車の運転は生命がけなのですね・・・。
そして、ノジマ弁護士も、冬道でスリップして死にかけ、夏にはスピード違反で、危く被疑者、被告人そして免許取消へ・・・(そうはなりませんでした・・・、えかった、えかった)。
私は国選弁護人として、ヤミ金をやっていた若者を弁護したことがあります。暴力団とは関係のない若者がネット情報だけで、ヤミ金をやっていたという調書を読んで驚き、かつ呆れました。
ノジマ弁護士は振り込め詐欺の一味に加わった若者の国選弁護人になるのです。「週休2日で手取り月収30万円。毎日、電話をかけるだけ」。こんなおいしいキャッチフレーズ求人誌にのっているそうです。今どきありえない好条件ですよね。何かウラがあるに決まっています。いったん入ったら、抜けようとすると、リンチされること必至のヤクザな暗黒世界。本当に怖い世の中です。そして、そんな若者の伴侶は、ベターハーフと言えるのか、単なる金の成る木なのか・・・。金の切れ目が縁の切れ目、男は実刑になって刑務所に行き、よよと泣いていた女はすぐに別の男を見つけて・・・。
こんなストーリーを短編で見事に描けるわけですから、文才のあること間違いありません。
刑事弁護人の次は、家事代理人。北海道は、九州と同じく離婚率が高くて有名です。雪に閉じ込められて冬にはすることがなくなるので、離婚が多いというのです。では九州・沖縄で離婚事件が多いのは、どうしたわけでしょうか・・。
北海道では不貞は、すぐにばれる。なぜか・・・。
第一に、人口密度が低いから、目立つ。
第二に、行動が車なので、所在が知られやすい。
第三に、デートする場所が限られている。
ふむふむ、ここでは不倫しようったって、すぐにバレそうなんですが、そこは恋は盲目なので・・・。そして、ノジマ弁護士は断言する。それこそ、まさしくメシの種。弁護士たるもの、正面切って、このどろどろの中に頭から突っ込んでいって、成功報酬を勝ちとらなければならない。
うんうん、そうなんですよ、ノジマ先生・・・。
そして、そうやって、このどろどろとした状況と、どろどろに浸り切った依頼者とに真正面から取り組んでいけば、きっと、それからの弁護士の長い人生の糧(かて)になるのです・・・。
交渉にのぞむときには、ぎりぎりに約束の時間位飛び込むのはまずい。交渉の舞台には先に到着しておくべき。交渉の場所と空気にある程度慣れ、ここに相手が来て、やりとりをする場所を想像して、イメージトレーニングをしておく。これが大切。
いやあ、ノジマ弁護士の言うとおりなんですよ。私も、絶えず、イメージトレーニングをしています。もちろん、すべては想定どおりにはいかないのですが、それでもそれができるくらいの心の余裕があるのがいいのです。
ノジマ弁護士は、今は東京で活動しているとのことですが、田舎弁護士の良さを忘れないでほしいものです。
(2017年6月刊。1500円+税)

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2017年7月11日

裁判所の正体

(霧山昴)
著者 瀬木 比呂志・清水 潔 、 出版 新潮社

元裁判官で現在は大学教授が、ジャーナリストに対して裁判所の内幕を明らかにした本です。
法廷に出る前に裁判官は黒い法服を着る。あれを着ることによって「人間」ではなくなる。一種の人間機械ともいえる。ところが、アメリカでは裁判官は少しえらい「普通の人」である。
家裁の裁判官は、身の危険を感じることが多い。当事者から、恨みを買いやすい。帰宅するときにあとをつけられたという裁判官もいる。
法廷にたくさん人が入っていると、裁判官は強権的な訴訟指揮をしにくいし、弁護士も主張・立証のあり方についてきちんとしてくるので、わずかでも見ている人がいる裁判は違ってくる。たくさんの人が継続的に傍聴にきている裁判では、それなりによく考えるというのは、まともな裁判官だったら、ありうること。たくさんの人が傍聴に来ていれば、より慎重に判断しがちだ。真面目にきちんと聞いている人が多いほど、まともな裁判官なら動かされる。人間は社会的動物だから。
裁判官の官舎は、裁判官を管理・隔離するうえで、非常に都合がいい。
裁判官の官舎には、必ずちょっと変な人がいて、非常に住みにくいところ。
裁判官は、そのときどきの自民党の中枢の顔色をうかがう傾向は強い。たとえば、夫婦別姓については、まさに「統治と支配」の根幹にふれ、自民党主流派の感覚にもふれるから、絶対にさわらない。
非嫡出子の相続分については、そんなに大きな問題ではないので、民主的にみえる方向の判断を下す。最高裁はそんなバランスをとっている。つまり、国際標準の民主主義にかなう判決はわずかでしかない。
日本の裁判官の多数派は「俗物」だ。エリート行政官僚と何ら変わらない。ただ、行政官僚よりも、はるかに伸び伸びできないので、陰にこもった人間が多い。
最高裁の裁判官になったあと、最近は、昔と違って、平気で天下りする人が多い。民間企業への天下りは、本当に節操がなく恥ずべきことなのに・・・。
多くの裁判官は、きわめて想像力に乏しい。
日本の裁判官は、権力そして時の世論に弱い。日本がどんどん悪くなっているとき、歯止めになる力がきわめて乏しく、それはごくごく一部の裁判官にしか期待できない。
裁判官の給料は、20年を過ぎると、出世レベルが上のほうだと2000万円に手が届くくらい。65歳で裁判官をやめるときには、家と土地があって、退職金をふくめて1億円くらいある。
裁判官の不祥事は、近年ふえている。2001年から2016までの16年間で10件の懲戒処分が公表されている。これは、実際に発覚した件数。
裁判所というのは、現実感が薄い。一種の精神的収容所なので、ものが見えにくくなる。裁判官の世界は、閉ざされて隔離された小世界である。いわば「精神的な収容所」である。外の世界から隔離されているので、価値観まで、おかしくなっている。裁判官って、本当に孤独。
裁判官は、期を中心として切り分けられ、競争をさせられる集団である。
裁判官の再任請求を市民ととも審査する。再任を拒否された裁判官は、年に4人、5人も出た。理由も告げられずクビになったということであれば、全体が萎縮する。その結果、能力に自信のない裁判官たちは、ひたすら上ばかりをうかがうヒラメになって保国を図ることになりやすい。
最高裁には人事評価の二重帳簿がある。絶対極秘の個人別評価書がある。
若くて能力の乏しい裁判官を中心にコピペ判決が増えている。裁判官の能力は下がりつつある。最近の若手裁判官は、大事務所を勝たせる傾向が強い。権力とか、力をもっているもののほうを勝たせる。国や地方公共団体、そして、大企業を勝たせようとする。
最高裁が裁判官協議で事務総局が局見解として打ち出したものをみて、裁判官は、非常に萎縮する。
著者の指摘には、一部これは違うというように違和感を覚えるところもありますが、全体としては、鋭く問題点をついていると思いました。
(2017年5月刊。1500円+税)
 キャナルの映画館で「ハクソーリッジ」をみてきました。日本軍は前田高地の戦いと呼ぶようです。
 宗教上の信念と子ども時代の苦い思い出から銃を持たないという「良心的兵役拒否者」が、結局、衛生兵として戦闘部隊の一員として戦地の沖縄に赴任します。平穏に上陸したかと思うと、地獄のような戦場に一変し、衛生兵が大活躍せざるをえなくなるのです。戦場のむごさ、残酷な現実が、嫌やになるほど再現されます。ノルマンディー上陸作戦を描いた「プライベート・ライアン」に匹敵するほどの凄惨な戦場シーンが続き、思わず身を固くして息をひそめてしまいます。
 上官たちが、戦争は人を殺すものなのだ、敵を殺すしか自分の身は守れないと喩すのですが、軍法会議にかけられても、自分の主張・信念を貫こうとするのです。
 自衛隊を軍隊にするとき、今でも実質は軍隊というものの、人殺しを経験していないという歴史上かつて存在したことのない軍隊ですが、「私は敵を殺したくない、捕虜にすればいい」と兵士が言いだしたら軍隊(自衛隊)はどうなるのでしょうか・・・。
沖縄戦については、「シュガーローフの戦い」(光人社)を前に紹介しました。1945年5月12日から180日までの一週間でアメリカ軍の第六海兵師団は2000人をこえる死傷者を出したのです。
 アメリカ軍による沖縄侵攻作戦は、55万人の将兵と1500隻の艦船を動員するものだった。攻撃開始日だけで18万2000人が参加したので、前年のノルマンディー上陸作戦のロデイを7万5000人も上まわっている。
 シュガーローフの戦いの現地は、いまはモノレールの「おもろまち」駅の付近です。
 今では、アメリカ軍の無理な攻撃自体が戦略上のミスではなかったかという厳しい批判がなされているとのことも知りました。「ハクソーリッジ」をみた人には、この「シュガーローフの戦い」(光人社)も読んでほしいと私は思います。

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2017年6月14日

守柔・・・現代の護民官を志して


(霧山昴)
著者 守屋 克彦 、 出版 日本評論社

守柔って、いったい何だろうと思いました。老子52章に「守柔曰強」という表現があるとのこと。「柔を守るを強という」、つまり、柔弱の道を守るのは、かえって剛強の道であると解釈されている。
著者は東北大学出身で判官になり、青法協の熱心な会員となります。それは、まだ司法反動の嵐が吹き荒れていない、のどかな時代を過ごします。東京地裁にいたとき、青法協会員の裁判官の集まりとして「J・J会」をつくって研究会活動を始めてもいます。
東京J・J会が始まったとき101人、最終的には240人の会員を擁していた。
信じられない人数です。ところが、その会報に会員の異動をのせていたところ、それが「敵」の手にわたり、「裁判所の共産党員」とデッチ上げられてしまうのでした。
東北大学生として司法試験には現役での合格ですが、9人いたとのことです。著者は実質8ヶ月間の勉強で合格しています。
病気のため1年間療養して、12期として司法研修所に入った。あとで再任拒否された宮本康昭氏も同期。のちに最高裁長官となった町田顕裁判官は、司法修習生のときから青法協会員として活発に活動していて、東京J・J会にも当初から入会するという、熱心な青法協会員だった。
平賀書簡という地裁所長による裁判干渉事件が起きたとき、福島重雄裁判官から著者は真っ先に相談を受けた。
「正面から問題にしようと言っている福島さんを孤立させるわけにはいかないという決断には時間はかからなかった。しかし、裁判所のなかで、多分ただではすまないだろうなという不安はあった」
「父親から、何かあると黒星判事と言われて、地方回りをさせられるそうだと聞かされていたことを思い出した」
著者は所長からの事情聴取を3回うけた。青法協からの脱会の意思の有無を問われ、「会にとどまって事態を収拾したい」と答えた。
著者は最高裁による再任拒否者の筆頭とみられていた。ところが、著者ではなく、宮本康昭氏が拒否された。
全国裁判官懇話会が始まったのは昭和46年10月のこと。昭和47年2月、大阪で開かれたときには全国から255人もの裁判官が参集した。
14期では再任拒否は出なかった。
そして、1999年11月の懇話会に矢口洪一・最高裁元長官を招いて講演してもらった。
矢口洪一は、全然反省していない。矢口のなかでは宮本氏の首を切ったことも、懇話会に出て話すことも、まったく矛盾していないと思われる。
著者自身は肯定的に評価しているけれど、「矢口を呼んだのは絶対に間違いだ」と言う人も少なくない。
私の同期の元裁判官もその一人です。当時、わざわざ席をはずしたとのことです。
その結果、裁判所はどうなったか。上の方ばかり見ている、いわゆるヒラメ裁判官が多くなり、裁判所の活気が低下していく気配が生まれた。矢口長官のご機嫌をうかがうような人たちが矢口長官の意向を先取りして(忖度して)締め付けをした。これは官僚組織の通弊だ。
宮本氏の再任拒否に対して、東京の裁判所では要望書を集めることは出来なかった。
やがて、最高裁の局付判事補10数名が青法協会員だったところ、集団で脱退した。その先頭を切ったのが町田顕だった。
青法協には、東大のセツルメント出身の人が多かった。町田顕もその一人だった。
本当によい裁判をしようと思っていた人間の集まりがJ・J会だった。
自分がすすんで加入した会に対する退会の意思を内容証明郵便で出して、司法行政の管理職に報告するところまで追い込まれた行動を転向にはあたらないと言えるものなのか、疑問を感じる。
脱会しないで残った方にしても、余計な不利益は避けたいという自己規制が働くことになる。全体として、組織の活性化には大変なマイナスになったことは否定できない。
このような雰囲気に失望して辞めていた裁判官の仲間が多かったし、優れた人材が新任拒否で裁判所に入れなかったりして、日本の司法にとって取り返しのつかない損失がもたらされた時代だった。
どうでしょうか、今も、日本の裁判所のなかはその「損失」が拡大再生産されたまま、活気に乏しいままのような気がしてなりません。本書は決して過去の話ではなく、現代に生きている深刻な問いかけをなしていると思います。
聞き書きが本になっていますので、大変わかりやすい読みものとなっています。「司法の危機」に関心のある人には欠かせない本だと思います。一読を強くおすすめします。
なお、最新の判例時報に宮本康昭氏が連載をはじめました。心ある裁判官には社会から課せられた重い任務から、逃げずに誠実に遂行してほしいと心から願っています。
(2017年5月刊。1400円+税)

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