弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
社会
2025年3月 6日
地下鉄サリン事件はなぜ防げなかったのか
(霧山昴)
著者 垣見 隆 、 出版 朝日新聞出版
1995年3月20日、地下鉄サリン事件が発生。その前年(1994年)6月27日に起きた松本サリン事件では被害者なのに犯人と間違えられた事件が発生。そして地下鉄サリン事件の直後の3月22日、山梨県の上九一色村にあったオウム教団拠点への大捜索、3月30日に國松孝次警察庁長官の狙撃事件があり、オウムの麻原彰晃が逮捕されたのは5月16日。ちなみに、阪神淡路大震災が起きたのは、この年の1月17日です。これらの大事件の当時、警察庁刑事局長だった垣見隆弁護士から、6年に及ぶ準備期間を経て15時間もの聞き取りが一冊の本にまとまっています。日本の警察の中枢にいた人の話は傾聴に値すると思いました。
垣見氏はオウムの一連の事件を考えるにあたって、坂本弁護士一家殺害事件の解明が遅れたことを大きな問題とみています。オウム教団から大金を持ち逃げした岡崎容疑者が坂本弁護士一家の遺体を埋めた場所を警察にタレ込んできたとき、きちんと捜査しておけば、地下鉄サリン事件は起きなかったとしています。このタレ込みの書面に描かれた埋設場所は基本的には正確だったのです。
そして、警察庁長官狙撃事件は結局のところ、犯人は中村泰(病死)である疑いは強いとされています。ところが、時効が成立した時点で警視庁公安部は犯人はオウムだと宣言したのでした(民事裁判で警察は敗訴)。
この当時は村山首相(社会党)だったのですね。刑事局長として首相官邸に直接報告に行っていたことを警察の政治的中立性から問題にして批判した人たちがいたそうです。私には政治的中立性がなぜ問題とされるのか、さっぱり分かりません。
垣見氏は警察庁刑事局長から警察大学校長への異動を命じられた。明らかに更迭(こうてつ)人事。本人も「閉門蟄居(ちっきょ)を命じられた心境」、移動先では「配所の月を眺める」といった心持になった。これって菅原道真の心境でしたが...。まだ53歳の若さです。しかも、警察大学校長もわずか1年弱で退職勧奨を受けた。このときは、「言われるまま素直に、という気持ちではなかった」と語っています。
当時の國松長官に対する怒りがあったのではないかという問いに対しては、「コメントするつもりはありません」と返して、否定していません。警察官僚トップ(長官)へあと一歩のところに来ていたのに、オウム対策で目立った失敗をしたわけでもないのに、なぜ自分だけ更迭されるのか...という怒りがあったようです。キャリア組同士の抗争というか、葛藤が感じられる状況です。
垣見氏は司法試験にも合格していましたので、司法修習生となって弁護士活動を始めました。以来、弁護士になって25年たちました。
1989年11月に発生した坂本一家殺害事件こそ、オウム教団の一連の犯罪行為の原点。これについて警察は、当初は行方不明事件として扱うなど、初動段階の対応が的確でなかったと批判し、反省点にあげています。
神奈川県警は坂本弁護士について過激派だったとか、当初はデマを飛ばしたりして、まともに対応せず、オウムをきちんと捜査対象にしていませんでした。
垣見氏は。マスコミ対応について、適切に出来ていなかったと自己批判しています。マスコミ陣から嫌われたというのも、更迭の一因になったのかもしれません。
大変貴重なオーラルヒストリーだと思って、東京からの帰りの飛行機のなかで、一心に読みふけりました。
(2025年2月刊。1900円+税)
2025年2月26日
ルポ超高級老人ホーム
(霧山昴)
著者 甚野 博則 、 出版 ダイヤモンド社
入居一時金が3億円、そして毎月の支払額が70万円という老人ホームが東京にはあるそうです。高級どころではありません、スーパーリッチ層が入居する、文字どおり超高級の老人ホームです。
さて、そこではどんなサービスが受けられるのか、本当にそれだけの大金を支払う価値があるのか、住み心地は本当にいいのか...。いろいろ疑問が湧いてきますよね。
もちろん、私はそんな大金なんてもっていませんので、自分が入るつもりで、この本を読んだのではありません。私の知らない別世界を少しのぞいてみたかったのです。
5億円以上の金融資産をもつ超富裕層が日本には9万世帯いる(2021年)。
東京・世田谷の老人ホームは入居一時金が4億7千万円。うひゃあ、す、すごーい...。月々の生活費は夫婦で80万円。ここに入居する人は入居一時金の3倍ほどもっているのが条件のようです。つまり、15億円もっている人です。いやはや、そんな大金をもっている人が日本に「ごまん」といるというわけです。田舎にいると、とても信じられない金額ですが、そんな人たちがきっといるというのだけは断言できます。
ここは3000坪の敷地に10階建ての中規模マンション風。150室あって、定員は200人。麻雀が圧倒的に人気で、陶芸工作室のため、専用の窯(かま)まで備えている。
ここには、財界の大物たちが入居している。入居者のうちに10人ほど亡くなっている。空室は、わずかに10部屋。入居できるのは70歳から。
この施設に介護職として勤めている人は給与は23万円から27万円ほどでしかない。やっぱり給与は安いというしかない金額ですよね。
全国的に、老人ホームの入居者は女性のほうが多い。
東京にはタワーマンション型の高齢者対応マンションがある。地上31階建てで、銀座三越まで歩いて30分で行ける。
共同生活に向かない人は、自分を優先してくれと求める人。また、スタッフを指名する人も入居を断っている。
ある超高級老人ホームの入居者のうち8割が、自宅を残したまま。安心感のためらしい。ところが、実は看板倒れの、暴力団が裏に潜んでいるような超高級老人ホームがある。
経営者が介護職員の人員配置基準の数をごまかしている施設は珍しくない。調理場には窓がなく、一種しかない調味料はカビだらけ...。いやはや、なんとひどいことでしょう。
介護職員も低い賃金で、そのうえ自由がないので、人員を確保するのに苦労している。そりゃあ、そうでしょう...。
高級老人ホームで、「高級」とは何か...。それは友だちが出来る環境がととのっているかどうか。なるほど、ですよね...。
この本の結論は、超高級老人ホームは決してユートピアではない、ということです。
「高級」とは、客を錯覚させるための巧みな演出があるかどうかだ。なーるほど、ですよね。勘違いしている人って多いですよね。
インタビューしてまわった著者自身は、ごく普通の暮らしを過ごし、今までどおりの人間関係を保ちながら老後を過ごせたら、それでいいと考えています。私も基本的に同じです。老後に、田舎で花や野菜を育てるのもいいですよ。それも、もちろん元気なうちだけですが、老後の楽しみを若いうちから自分にあったものを確保しておくことがとても大切です。私の場合は、それは本を読み、そして書くことです。
(2024年8月刊。1760円)
2025年2月21日
八鹿高校事件の全体像に迫る
(霧山昴)
著者 大森 実 、 出版 部落問題研究所
八鹿(ようか)高校事件といっても、今では完全に忘れ去られた出来事ですよね。1974年11月に兵庫県の但馬(たじま)地域で起きた「我が国教育史上未曽有の凄惨な集団暴行」事件です。加害者は部落解放同盟の役員たちで、被害者は八鹿高校の教職員です。加害者は刑事犯罪として有罪になり、民事でも損害賠償義務が課せられました。被害者の教職員側では、48人が加療1週間以上、4ヶ月、うち30人が入院して治療が必要となりました。長時間にわたって、一方的な集団的暴行が加えられたのです。
この事件のとき出動した警察官600人は、眼前で展開されている解同側の暴行・傷害事件をまったく傍観視し、制止しませんでした。なので、あとで八鹿警察署長は職権濫用として問題になったのも当然です(不起訴)。
この冊子を読んで、その背景事情が判明しました。警察庁トップで介入するかどうか二分していたというのです。
ときの警察庁長官(浅沼清太郎)や警視庁公安部長(三井某)、兵庫県警本部長(勝田某)は不介入方針のハト派。この一派は「ハブとマングースの闘い」だ、要するに、放っておけば互いに自壊するから、傍観しようとする。これに対して、断固として無警察状態を排除するという方針は、警察庁の前長官(高橋幹夫)、警備局長(山本鎮彦)、警察庁次官(土田国保)、そして兵庫県知事(坂井時忠)。
警察庁警備課長だった佐々淳行によると、結局、高橋前長官の決断により、兵庫県警本部長に長官指示が伝えられ5500人の機動隊が投入された。つまり、但馬地方に無法状態をつくったのは警察だったわけです。「ハブとマングース」というのは、共産党と解同を戦わせ、どちらも勢力を傷つき、消耗するのを期待しようというもので、いかにも支配者層、権力者が考えそうな発想です。
もう一つ、この本で、八鹿高校の生徒会執行部を先頭とする高校生たちの涙ぐましい果敢な取り組み、そしてそれを先輩(八鹿高校OB)たちが力一杯に支えたという事実が掘り起こされていて、私はそこに注目しました。
生徒たちは、暴行現場に駆けつけ、ひどい惨状を目撃し、警察に出かけて教師の救出を訴え、町を集団進行(デモ)をして町の人々に叫んで訴え、近くの八木川原に集まり集会で訴えたのです。
もちろん生徒大会も開いて暴力反対を決議しています。
そして、カンパを集め、文集をつくって、町内を一軒一軒、訴えて歩いてまわりました。そのとき、「共産党に利用されているだけだから、やめろ」「解同に不利になるようなことをするな」と制止する声がふりかかってきましたが、生徒たちはそんな妨害を振り切って死にもの狂いで動いたのです。すごいです。
12月1日には、八木川原に1万7千人もの人たちが集まり、解同の暴力を糾弾したのでした。
この事件については、警察が動かないだけでなく、実はマスコミがほとんど報道しないという特徴がありました。解同タブーが生きていたのです。
1974年11月から12月というと、実は私が弁護士になった年の暮れのことでした。なので、私はまだ関東(川崎)にいて、事件の推移をやきもきして見守るばかり。これほどの大事件をマスコミがまったく報道しないのに怒りを感じる日々でした。共産党の「しんぶん赤旗」だけが大きく報道していました。自民党の裏金づくりをマスコミが当初まったく報道しなかったのと同じです。「しんぶん赤旗」も購読者が激減して経営がピンチのようです。紙媒体がなくなって、インターネットばかりになってよいとは思えません。
部落解放の美名で暴力を振るうのを許してはいけません。そんなことをしたら、差別意識がなくなるどころか、差別は拡大するばかりです。その後、「暴力糾弾闘争」が消滅していったのは当然ですが、喜ばしいことだったと考えています。
それにしても、八鹿高校事件って、もう50年もたつのですね。当時の高校生たちも全員が60代後半になっているわけですが、みなさん元気に社会で活躍していると信じています。いかがでしょうか...。
(2024年11月刊。1100円)
2025年2月19日
米軍機の低空飛行を止める
(霧山昴)
著者 大野 智久 、 出版 新日本出版社
日本の空をアメリカ軍の飛行機が好き勝手に飛んでいて、現に甚大な被害が出ているというのに、日本政府も「愛国」勢力もアメリカに文句ひとつ言わない、言えないというのは実に情けないことです。
アメリカ軍の低飛行訓練は、航空法の最低安全高度をまったく無視しています。日本の航空法は、市街地の上空は300メートル、人の少ない場所で150メートルを最低安全高度と定めている。ところが、アメリカ軍は、これをまったく無視している。
中国山地では「ブラウンルート」と呼ばれる訓練ルートそして「エリア567」という訓練空域があり、低空飛行訓練をするときの音や衝撃波はすさまじい。子どもたちは泣き出し、窓ガラスは破れ、果ては土蔵が倒壊するほど。
低高度飛行訓練は、相手国の領土内に、レーダーに見つからないように侵入して、目的を衝撃するためのもの。つまり侵略目的のもの。「専守防衛」というものではない。
騒音は70デシベル以上を1600回も浜田市などで記録した。これは「騒がしい街頭」に相当する。パチンコ店内に相当する、90デシベルも記録されている。
そして、これらのアメリカ軍の飛行訓練は何の予告もなしにやられる。突然の大騒音と衝撃波が学校や保育園そして民家を襲う。まるで戦争が始まったのかと、人々は慌ててテレビやラジオに耳を傾ける。
日本の航空自衛隊のほうは陸地上空での戦闘訓練はしていない。その空域をアメリカ軍機が利用している。
全国知事会は、こんなアメリカ軍の低空飛行訓練を問題として、国に改善を求めている。
ところが、自民党は「低空飛行は在日米軍の不可欠な訓練」だとしてアメリカ軍の無法訓練を容認しているのです。ひどいものです。日本人の安全・健康なんてどうでもいいという考えです。許せません。
この本が画期的で圧巻だというのは、アメリカ軍機を撮った動画や写真から、高度やコースを割り出す手法を詳細に解説しているところです。そこには中学・高校の数学で学んだ三角関数・コサインやタンジェントが出てきます。私は昔、高校で理数系クラスにいて数学Ⅲまで履修したのですが、今やまったく忘却の彼方にあります。
ともかく、その写真等を手がかりとして、見事に飛行コースと高度を推認していくのですから、すごいものです。東京では、都庁東にある新宿三井ビルから87メートルほどしかない高度をアメリカのヘリコプターが飛んでいました。
高知県ではダムの上240メートル上空をアメリカ軍の大型輸送機2機が飛んでいた。
奄美大島では高度100メートル以下をアメリカ軍輸送機が飛んでいた。
青森県の小川原湖の上をオスプレイが41メートルの高度で飛んでいた。
ひどい、ひどすぎます。これで日本は独立国と言えるんでしょうか...。トランプにゴマすりしてもダメなんです。はっきり抗議して、止めさせなくてはいけません。
怒りがふつふつと湧き上がってくる本でした。
(2024年12月刊。1900円+税)
2025年2月18日
中学生の声を聴いて主権者を育てる
(霧山昴)
著者 佐々木 孝夫 、 出版 高文研
とてもいい本に出会いました。中学生が社会にしっかり向きあっている教育実践のレポートです。この本を読むと、日本の中学生も捨てたもんじゃないんだな...、ついついうれしくなりました。やはり、大人の側にこそ問題があるのです。大胆に働きかけていくと、必ず中学生はこたえてくれるのですよね...。
たとえば、模擬投票です。架空の政党をつくってやるのではなく、実際の政党の公約をもとに中学生でディベートをして、投票してみるのです。開票するのは、本当の選挙の開票のあとにします。そうすれば何ら問題はありません。中学生たちは自分の選んだ政党がどうなったか、現実に関わって比較し、考えることができます。きっと、選挙と投票が身近なものに感じられるでしょう。
また、市長に手紙を出し、その反応をみる。返事が来たら、それをみんなで検討する。そして可能なら、市長に代わる人に学校に来てもらって話を聞き、質疑応答する。
外国の大使館と交流するというのも関東近辺だからできるのでしょう。大使館や公使館にも代表が出かけていって話を聞いてくる。また、中学校に大使館の人に来てもらって、質疑応答する。ちょっとした国際交流ですよね。こんな機会があったら、ヘイトスピーチなんて、とんでもないことだと中学生は実感すると思います。
著者は早稲田大学法学部を卒業していますが、学生時代は学生セツルメント運動に没頭したそうです。私も学生セツルメント運動に3年近く、どっぷり浸っていましたので、この経歴を知ってとてもうれしくなりました。今は見かけないセツルメントですが、社会への目を大きく開かされました。
「本当」の模擬投票では、中学生たちがアンケートを送ったところ、6つの政党から返事が返ってきたのでした。みんな喜びました。すると、中学生たちはどう考えたか...。
「自分も国を変える一人だという責任を知りました。政党によって考えや方針が異なっていて、日本が投票によって大きく変われることが分かったからです」
「今の政府に文句がある人もない人も、政党の考えをしっかり知って、自分の手で政治を動かすべきだと思いました」
どうですか、これだと何も「偏向」した政治教育だと文句をつけられないでしょう。こんなホンモノの模擬投票を全国の中学校でやったら、日本も大きく変わると思います。
各国の駐日大使館に手紙を送ったところ、まずドイツ大使館から返事が来た。そこで、中学生の代表7人がドイツ大使館に出かけて話を聞いたのです。脱原発の取り組み、難民・移民に関する政策などを質問すると、しっかり回答してもらいました。
その前、ガーナ大使館とも交流しています。ガーナ大使が中学校までやってきて、中学生の質問に答えたのです(同時通訳)。カカオがチョコレートになるとき、児童労働があるというテレビ報道にもとづく質問にも答えてもらいました。
ほかにも、コスタリカ、韓国などの大使館とも交流しています。まさしく国際的です。こんな意欲あふれる教師のもとで学べる中学生は本当に幸せだと思いました。
市長への手紙を出したときには、市長からのメッセージが中学校に届いたとのことです。そうなんです。中学生だって、市に対して要求したいことはたくさんあるんです。エアコンを全教室に設置する、きれいな洋式トイレにしてほしい。スポーツ施設を充実してほしい、給食費を無料にしてほしいなどなど...。
それぞれの部署から回答が来ました。無視はされなかったわけです。
主権者教育というのは、こうやるものだということを教えられました。残念なことに、著者は現役の教員を退職させています。でも、こうやって実践記録としてまとめられたわけですので、心より敬意を表します。多くの人にぜひ読んでほしい元気の出る教育実践です。
(2024年11月刊。2200円)
2025年2月16日
世界の果てまで行って喰う
(霧山昴)
著者 石田 ゆうすけ 、 出版 新潮社
地球三周の自転車旅というサブタイトルがついています。そして、オビには「衣食住の一切を自転車に鬼積みして、スマホを持たず旅をする。ペダルをこいで極限まで空かせた腹にメシと旅情が流れ込む!」とあります。
前に『行かずに死ねるか!』という本を出しているそうです(私は読んでいません)。サラリーマンを辞め、自転車で7年半ぶっ通しで世界をまわって書いたとのこと。その本が売れたおかげで、文章だけで三食、ご飯と納豆なら食べていける目算が立ったので、それからは専業のモノカキだそうです。いやあ、同じくモノカキを自称する私には、うらやましい限りです。
自転車の旅は「線の旅」になる。その国の素顔に会え、素の人とたくさん触れあえる。体ひとつでその世界に飛び込み、自分の足でゆっくり進むことで、景色を全身で味わい、異国の空気やにおいを体中で吸い込める。旅が色濃く記憶に刻まれる。
自転車は運動効率がいいので、カロリーも効率よく消費され、体中のエネルギーが根こそぎもっていかれて腹が減る。食べ物が目の前に来ると、我を忘れ、無我夢中で喰う。食欲と感受性がむき出しになり、味が良ければ、泣きそうになる。
著者はそれほどお腹が強いわけではないとのことですが、現地で生水(なまみず)も飲むそうです。生水を飲むか飲まないかの指標は、地元の人。地元の人が飲んでいたら飲む。現地に長くいたら身体が順応し、胃腸も慣れるとのこと。いやあ、私はまったく自信がありません。カキ氷とかコップに製氷器でつくった氷のカケラが入っているジュースも飲むのを遠慮します。
メキシコでは現地の人も生水は飲んでいなかったので、コーラやビールを飲んでいた。
インドではナンはあまり食べていない。インドの大衆食堂で食べられているのはチャパティ。ナンを日常的に食べているのはパキスタン。
インスタントラーメンは、世界の隅々にまである。アフリカや南米の僻地(へきち)にもあった。
ウズベキスタンの砂漠の中の小さな町のボロい食堂でうどんに出会った。スープには肉、ジャガイモ、トマトなどが入っていて、シチューと肉じゃがの中間のような味がする。麺は太めで、短くて不揃い。表面は少しぼそぼそしているが、中心にもっちりとした食感があり、スープとよく絡んでいる。ズルズルとすすると、やっぱりうどんだ。うどんを食べながら生きて帰ってきたという実感に浸った。
キューバの田舎町の路上でフェスティバルが開かれていた。子豚の丸焼きが焼かれている。それを注文すると、丸焼きを削いだ肉、ご飯、芋、サラダが皿に山盛り。これが30ペソ。外国人用だと3600円になるが、国民用の人民ペソだと、なんと日本円にして150円。これはいくらなんでも安過ぎだろ...。
著者は世界中をまわって、日本に帰ってから、日々の一番のご馳走は、なんとなんと、みずみずしいサラダ。キャベツ、レタス、にんじん、玉ねぎ、セロリ、ルッコラ、春菊、パプリカ...。朝晩、欠かさない。
そうなんですね。南極の越冬隊員にとっても生のキャベツが食事に出てくると、基地中が沸くそうです。たしかに、私も昼食に生野菜サラダをよく食べます。マヨネーズ、ドレッシングをかけると最高なんですよね...。
世界中を自転車で走ってまわるって、若いときにしかやれませんよね。すばらしい体験です。私は、こうやって本を読んで追体験して楽しむのでいいと考えています。
(2024年10月刊。1760円)
2025年2月15日
地図なき山
(霧山昴)
著者 角幡 唯介 、 出版 新潮社
北海道の日高山脈を地図を持たず、ひたすら漂白の山行を楽しむという壮絶な冒険登山記です。これまで、著者の『空白の五マイル』や『極夜行』を読み、そのすさまじいまでの迫力に息を呑みましたが、人間って、ここまで生命(いのち)がけの冒険登山ができるものなんだ...と、圧倒されてしまいます。
ただ、チベットやアラスカのような極地と違って、地図をもたないとはいっても、そこは北海道だし、読んでいるほうも、なんとなく既視感はあります。むしろ、山中でヒグマと出会ったらどうするんだろう...、ヒグマから夜寝てるところを襲われたりしないのかな...、そんなことを心配しながら読みすすめました。
冒険の本質とは、何なのか?
命を落とす危険がある主体的な行動であれば、それはとりもなおさず冒険である。
冒険とは、まず脱システムだ。地図のない世界はカオス。地図を捨てて日高山脈に向かったのは、よりよく生きるためだ。
雨が降るなかで、ぶるぶる震えながら濡れた薪(タキギ)に必死で火を起こす。消し炭を集めてライターで火をつけ、フーフーと息を吹きかけて熾火(おきび)を大きくする。
消し炭をつくっておくといいようですね。
夜は白米を一合炊き、味噌汁と釣った川魚を塩焼きや刺身や素揚げにする。調理用の油と味噌・醤油などの調味料は必須で、とくに塩は魚の保存用にも使うので多めに準備する。
渓流釣りは、テンカラ釣り。テンカラ竿(さお)と毛鉤(けばり)を用意する。
テンカラは竿の穂先に糸をつけ、先端に毛鉤をくっつけただけのシンプルな伝統釣法。毛鉤が前に飛ぶようになったら、あとは実践するのみ。
野営するのには時間がかかる。夏でも午後4時には行動を終えて、仕度を始めたい。
雑食性のヒグマは人を襲撃したことのある特殊な個体をのぞいて、人を避けるのが普通。なので、鉢合(はちあ)わせを避けることが基本。それで、「ホウ、ホウ」と大きなかけ声をかけて進む。万一のときは、剣鉈(けんなた)で対応する。いやあ、それだけですか...。臆病な私には、とても真似できません。
野営する場所として、河原は原則として避ける。しっかりした植生のあるところを選ぶ。
著者は日高山脈への地図なし登山を足かけ6年に及んで敢行した。41歳で始めて、46歳で終了。
40代は人間としての最盛期(頂点は43歳)だというのが著者の持論です。
弁護士も体力勝負のところはありますが、山登りほど肉体を酷使しないのが普通です(睡眠時間が毎日4時間しかないという弁護士がいますが、これは弁護士界でも異常です)から、まあ50歳台から60歳台までがピークではないでしょうか。私のように「後期高齢者」になると、体力の衰えを体験と知力でカバーすることになります。少なくとも私はカバーしているつもりです。
それにしても詳細な山歩き行です。「山日記」をつけていたそうですが、山行当時の感動など、心の動きまで事細かく再現してあるのはさすがです。まあ、それがあるので、読まれているわけですし、読みたくなるのですが...。
事故と健康に気をつけて、引き続きのご健闘を祈念します。
(2024年12月刊。2310円)
2025年2月 9日
虚の伽藍
(霧山昴)
著者 月村 了衛 、 出版 新潮社
古都京都に巣食う坊主、フィクサー、そしてヤクザの生々しいからみ合いが描かれ、まったく息もつかせぬ迫力の展開でした。
坊主は、伝統仏教最大宗派である包括宗教法人の末寺出身。
地方の貧乏寺出身者は、宗務を司る総局部門にいても不利な末端の一役僧でしかない。寺格が低いと宗門での出世は望めない。宗教界でも出自の上下は厳然として存在する。
坊主に必要なのは、読経の際の声の良さ。およそ名僧は読経の声に極楽を見せるもの。そして、人の上に立つ坊主は、まず見てくれがよくないといかん。
まあ、たしかに読経の声がほれぼれするお坊さんに出会ったことが私もあります。
バブル期に計画された再開発事業によって、京都の街の景観も人心も、そして闇社会の勢力国も一変した。
日本中の金融機関に闇社会が広く深く浸透したのは、政財界との蜜月期間ともいえるバブル期の癒着によってである。
地上げは宋門とヤクザの役割分担によって、えげつなく進められていった。その大義名分は、宗門の生き残りのため、というもの。
そして宗門のトップである貫首についての選挙では、実弾が乱れ飛び、怪文書がスキャンダルを広めた。
もちろん、フィクションだと断りがありますし、私もフィクションだとは思うのですが、それにしてもヤクザの食い込みといい、宗門の全権まみれの腐敗ぶりといい、さもありなんと読ませるド迫力に圧倒されてしまいました。今年の直木賞候補作品だそうです。
(2024年10月刊。2200円)
2025年2月 7日
杉並は止まらない
(霧山昴)
著者 岸本 聡子 、 出版 地平社
読んでいると、自然に元気になっていく気がしてくる本でした。
杉並区長になった著者は区内のアパートに住み、区庁舎まで電動自転車で通勤しているそうです。もちろん、ヘルメットをかぶって...。オランダで生活していたときも自転車で行動していたそうです。くれぐれも安全には気をつけて下さいね。環境問題に取り組んできた著者の選挙の公約の一つが区長公用車の廃止だったそうです。
著者の名前は「聡子」。公の心に耳を傾けるということ。つまり、人々の意見に耳を傾けるという意味です。なので、区民との直接対話を重視しています。
そして、駅前での「一人街宣」も実行しているそうです。プラカードを掲げ、マイクなしで区民に訴えるのです。たいしたものです。
区長選挙で当選したとはいえ、投票率は4割なので、区民の6割は投票に行っていない。そして、対立候補との票差はわずか187票。すれすれで当選したのです。区民の多くは著者に反対あるいは選挙に関心をもっていない。だから著者は、区長に就任したとき、こう言ったのです。
「私に投票されなかった区民の声、投票に行かなかった区民の声を意識的に聞き、対話と理解を深めてまいります」
いやあ、すばらしい呼びかけです。区の職員との対話を重視し、その賃金アップにも取り組み、目に見える成果を上げています。月に1回、区長室の隣の応接室に自分の飲み物をもって集まった職員8人ほどと1時間、対話する。
そして、会計年度任用職員という非正規労働者の賃金を年間50万円もアップさせたというのです。いやあ、これは本当にすばらしいことです。大拍手です。やろうと思えば出来るのですね。職員はコストではなく、財産。まさしく、そのとおりです。公務員を減らせ、多すぎるという財界側の音頭とりに多くの人がうまうまと乗せられ、公務員が大幅に減らされてきました。
杉並区でも全職員の41%が会計年度任用職員であり、そのうち85%が女性。そして、正職は女性のほうが多いのに、管理職には2割しか女性がいない。著者は、この比率を3割に引き上げることを目指している。
杉並区がすごいのは、女性区長の誕生に続いて、区議会議員も女性が半分を占めていることです。もちろん、それには著者を初めとする市民の運動が盛り上がったからです。まずは投票率を高めなくてはいけません。前回より4.2ポイント上昇、2万人も増えたというのです。なかでも30代女性の投票率が9%近く上昇したというのです。すごいです。48議席のうち新人が15人当選し、女性が24人、50%というのは画期的です。そんな議会が日本には他にあるのでしょうか...。
ただ、著者が区長になったから、その公約の全部が実現できるわけでもないという現実もあります。児童館や高齢者のための施設の一部は廃止せざるをえなかったようです。そのときも区民とは十分に協議したようですが、やはり何事も一直線にはいかないものです。
地方自治に多くの住民が参加して、地方の政治は変えられると確信したとき、国の政治も変えられる方向に動いていくのだと思います。
著者の今後ますますの健闘を心より期待します。とてもいい本でした。
(2024年11月刊。1760円)
2025年2月 6日
決断
(霧山昴)
著者 寺岡 泰博 、 出版 講談社
池袋にあるそごろ・西武百貨店でストライキがあり、従業員からなる労働組合員300人が堂々とデモ行進をしました。2023年8月31日のことです。百貨店(デパート)のストライキとしては61年ぶりのことでした。
今の日本ではストライキというのは残念ながら完全に死語と化していますが、50年以上も前の日本では、ヨーロッパやアメリカと同じようにストライキは日本でも身近なものでした。労働組合はなにかといえばストライキをし、デモ行進をしていました。会社が「倒産」して経営者がどこかに雲隠れすると、労組が職場を占拠し、事件屋や労務屋の雇った暴力団と肉弾戦を演じることだって珍しくはありませんでした。
もちろん、そんなときは労働弁護士が出動します。私自身は経験がありませんが、同期の弁護士たちが何人も職場に一緒に泊まり込んだという話を聞いていました。
さて、この本に戻ります。
百貨店の経営が苦しいというのは全国的な現象です。百貨店のそごう・西武を支配下に置いたのは「セブンイレブン」です。ところが、うまくいかないとみるや、ヨドバシカメラに身売りしようとしたのでした。外資ファンドと話しをつけたうえでのことです。
しかし、労働組合側には、いつも事後報告するだけ。従業員の身分がどうなるのか、まったく誠実な情報提供もないまま、事態が進行していくのです。
そこで、労組として、従来の顧問弁護士とは別に、依頼したのが、かの有名な河合弘之弁護士。原発裁判でも活躍中です。河合弁護士の現在の仕事は「反原発」で、残り3~4割がビジネス関連。
セブン&アイの弁護士は五大事務所の一つ、西村あさひ(松浪信也弁護士)。
さて、引き受けてくれるのか、いったい弁護士費用はどうなるのか...。当然、心配しますよね。このとき、河合弁護士はこう言った。
「ボクは若いころさんざんカネ儲けして、お金に困っていないんだよ。今は、世のため、人のために動いているんだ。ボクは正義の味方になりたいんだよ。お金の問題じゃない。弁護費用は心配しなくていい」
いやあ、私なんかにはとても言えないセリフです。しびれてしまいます。
そして、河合弁護士たちはそごう・西武百貨店の売却を差し止める仮処分命令を申し立てたのです。2月21日に初めて面談してから1週間もたたない2月27日に東京地裁に申立書を提出したというのですから、神業(かみわざ)のスピードというほかありません。さすがです。記者会見場には大勢の記者が集まり、ビッグニュースとなりました。
そして、ストライキについては、旬報法律の棗(なつめ)一郎弁護士に相談した。労働弁護士として第一人者である棗弁護士は、ストライキの当日も現場にいました。
労組のスト権投票は組合員の93.9%の賛成で承認されました。そして、感動的なのは、ストライキ当日、デモ行進に同じ百貨店労組の委員長が5人も参加してくれたということです。高島屋、クレディセゾン、三越伊勢丹、大丸松坂屋そして阪急阪神です。
それにつけても、連合の芳野直子会長はこのストライキをまったく無視して、動きませんでした。本当に腹立たしい限りです。自民党にすり寄るばかりの連合の会長って、本当に労組の存在意義を感じさせませんよね。まさしく、昔風に言えば「ダラ幹」そのものです。
労働組合が存在意義を示すには、ときにストライキをし、デモ行進もするという行動が日本でも必要なんだと、この本を読んで改めて私は痛感しました。
「103万円の壁」を破ったら「手取り額が増える」なんて安易な発想で他人(ひと)頼りにしているのではダメなんですよね。自ら行動するしかないのです。
当時も今も労組委員長をしている著者がかなり赤裸々に状況・経過を刻明に報告した本ですので、弁護士の私にも大いに勉強になりました。
(2024年7月刊。1980円)