弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2025年7月 9日
未来をはじめる
社会
(霧山昴)
著者 宇野 重規 、 出版 東京大学出版会
東大の政治思想史の教授である著者が東京の女子高生(中学生含む)を相手に5回にわたって政治学を講義したものが再現されています。なので、そもそも難しい政治学の理論が難しいまま展開されることもなく、とても分かりやすい本になっています。
政治思想史が専門ですから、当然にマルクスも社会主義も登場します。
現在の若者(大学生を含む)には、マルクス主義とか社会主義というと、すぐに「良くないもの」という否定的なイメージがもたれている。しかし、人々の間の不平等を何とかしたい、むしろ不平等はますます拡大しているのが現実ではないか、と著者は指摘します。どうやったら社会における不平等は是正されるかを考えている人が社会主義なのだから、あまりに一面的な社会主義の理解は、この機会に考え直したほうがよいと著者は提案しています。まったく同感です。
つい最近の新聞に、世界の歳富裕層1%は2015年からの10年間に4895兆円(33兆9千億ドル)の富を得たという国際NGOオックスファムの報告書が紹介されていました。
最富裕層1%は、下位95%の人々が持つ富の合計よりも多くの富を保有している。最富裕層が10年間に得た富は、世界の貧困を22回も解消できる規模になっているそうです。トマ・ピケティによると、現在の不平等の水準は、20世紀初頭ほどの水準にまで逆戻りしている。いやはや、資本主義の行き詰まりもまた明らかですね。それをトランプのようなやり方で解消・脱出できるはずもありません。
日本人のなかに公務員は多すぎる、もっと減らせと声高に言いつのる人が少なくありません。でも、実際には、国際比較でみると、日本は公務員がとても少ない。福祉や教育の現場では、公務員がどんどん減らされて困っているのが現実です。それは司法の分野でも同じです。
逆に、増えすぎているのは大軍拡予算です。自衛隊員のほうはずっと前から定員を充足していません。
著者は、教育や医療といった基本的なニーズは社会がある程度サポートすべきだとしています。大賛成です。年寄りと若者の対立をあおりたてる政党がありますが、政治の役割を理解していない、根本的に考えが間違っています。高齢者の福祉予算を若者に負担させるべきだというのは、出発的から間違っているのです。世代間でバランスをとる必要なんてありません。
アメリカでは救急車を気安く呼ぶことは許されない。お金をとられるから。すべて営利企業である保険会社を利用せざるをえない仕組みです。日本の国民皆保険は守るべきなのです。ヨーロッパは日本よりもっと進んでいます。イギリス人は日本に来て、病院の窓口でお金を支払わされるのに驚くのです。
ジャン・ジャック・ルソーが登場します。弁護士である私からすると、ルソーって、「人間不平等起源論」、「社会契約論」「エミール」といった政治思想の歴史に今も名を残す偉大な思想家なのですが、著者に言わせると、困った人、迷惑な人でもあるというのです。思わずひっくり返るほど驚きました。ルソーのことを何も知りませんでした。恥ずかしい限りです。
ルソーは女性関係もにぎやかで、たくさんの子どもをつくったものの、みんな孤児に送り込み、自分は一人も育てあげてはいない。ただ、ルソー自身が可哀想な人で、母親は早く死に、父親もどこかへ消えていなくなり、早くから天涯孤独で生活したというのです。
選挙の意義についても語られています。アメリカでは、アル・ゴアもヒラリー・クリントンも得票数では勝っていたのに大統領にはなれなかった。フランスではルペンが当選する可能性があったけれど、2回制の決戦投票システムだから極右のルペンは当選できなかった。
日本の小選挙区制では民意が本当に反映させているのか疑問だ。それにしても、若者の投票率の低さは問題。あきらめてはいけない。
著者の提起した問題をしっかり受けとめ、しっかり議論に参加している女子高生たちの姿を知ると、日本の若者も捨てたものじゃないと、希望も見えてくる本になっています。こんな大人と若者との対話が、もっともっと今の日本には必要だと思わせる本でもありました。
(2018年12月刊。1760円)