弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

ヨーロッパ

2019年9月25日

三つ編み


(霧山昴)
著者 レティシア・コロンバニ 、 出版  早川書房

すごい本です。圧倒されました。電車のなかで頁をめくっていきながら、この本に登場してくる女性たちは、いったい、このあとどうなるんだろう・・・と、もどかしい思いでした。
 フランス人の女性作家の本ですが、舞台は、なんと、インド、イタリアそしてカナダなのです。そして、主人公の女性は、いずれも深刻な悩み・問題を抱えて苦悩しています。でも、少しずつ行動に移していきます。それが、三つの大陸の全然別の世界で生きているにもかかわらず、たった一つだけ結びつくものがあるのです。それが何なのかは、この本を読んでのお楽しみにします。
インドの女性スミタはダリット、不可触民です。仕事は他人の便所の汲みとり。裸足で歩き、素手で便を扱う。ダリット以外の人とは話もしないし、触っても、見てもいけない。ところが、触っていけないはずなのに、強姦はされるのです。まったくいい加減な差別です。でも笑えません。強姦されたあと、殺されてしまう可能性も強いのです。被害者が被害を申告するなど考えられもしません。
ただ、この本にも触れられていますが、そんなダリットのなかから突出した経営者や政治家がたまに出てきます。これまた不思議です。
イタリアの女性ジュリアの一家は毛髪を生業(家業)としている。でも、ジュリアは図書館で本を静かに読むのが好き。そして、シク教徒の男性に心が惹かれるようになった。
サラは、カナダのローファームで働く女性弁護士。アソシエイトにのぼりつめた初めての女性だ。裁判所は闘争の場、縄張り、闘技場だ。そこにいるとサラは、女戦士、情け容赦のない女闘士となる。口頭弁論のときには、ふだんの声と微妙に異なる、低い厳かな声をつかう。表現は簡潔で鋭く、切れ味抜群のアッパーカットのよう。敵の論点のわずかな隙や弱みをすかさず、突いて、ノックアウトする。担当案件はすべて頭に入っていて、嘘をつかれたり、恥をかかされることはない。
ええっ、ウ、ウソでしょ・・・。つい、そう私は叫びたくなりました。
そんなサラが乳ガンだと宣告されるのです。それで抗ガン剤なんか投与されたら、せっかくのアソシエイトの地位が一瞬のうちにフイになってしまう・・・。
ダリットのスミタは、村を出る、娘を連れて村を出て都会に行くことにした。夫は懸命にとめようとするが、スミタの決意は揺るがない。娘にまで、こんな生活をさせたくない。学校に行かせて、ちゃんと勉強して、この境遇から抜け出せるようにするのが親のつとめだ。スミタは、来世まで待つ気なんかない。大事なのは、今のこの人生。自分と娘ラリータの人生なのだ。
サラは抗ガン剤をつかいはじめた。しかし、弁護士は、いつだって颯爽とし、有能で積極的でなければならない。弁護士は頼もしく、説得力があり、好意を味方につけなければならない。
難しいけれど、これは本当のこと、大切なことです。
3人とも不運や試練に見舞われながら、それを乗りこえようと奮闘します。本書は、たたかう女性を描くフェミニズム小説だと訳者は解説しています。
いやあ、すごい本でした。ぜひ、あなたも読んでみてください。
(2019年4月刊。1600円+税)

2019年9月24日

ぼくはイエローで、ホワイトで、ちょっとブルー


(霧山昴)
著者 ブレディみかこ 、 出版  新潮社

面白い本です。イギリスに住む日本人女性の息子(11歳、中学生)をめぐる話です。
イギリスでは階級差が固定しているし、はっきり目に見えるようです。さすがに日本でも、「一億、総中流」なんてという幻想は聞こえなくなりましたが、階級差は見えにくいままです。
イギリスの中学校にはフリー・ミール制度があって、生活保護や失業保険など政府からの補助を受けているような低所得家庭は給食費が無料になる。小学校は給食制なので、同じ食事を食べるが、中学校は学食制なので、生徒が好きな食事やスナック、飲みものを選ぶ。現金は使わず、プリペイド方式で、フリー・ミール制度対象の子どもには使用限度額がある。
中学校の正門には校長が立っていて、登校している生徒一人ひとりと毎朝、握手する。
労働党政権は、イギリスから子どもの貧困をなくすと宣言し、実際、1998年度に340万人だった貧困層の子どもが2010年には230万人と、順調に減少していった。ところが、2010年に保守党政権になって緊縮財政を進めると、平均収入の60%以下の所得の家庭で暮らす子どもが410万人に増えた。これはイギリスの子どもの総人口の3分の1にあたる。
制服が買えない子どもがいる。生理用品を大量に買って女生徒に配る女性教員がいる。私服を持っていないので、私服参加の学校行事のときには必ず休む生徒がいる。
イギリスでは、子どもが学校を欠席すると、親が地方自治体に罰金を払わされる制度がある。父母それぞれに60ポンドずつ請求される。21日以内に払わないと120ポンドに上がり、それでも払わないと最高2500ポンドの罰金、そして最長3ヶ月の禁固刑に処せられることがある。ひえーっ、これには驚きました。
イギリスの公立中学校には、さまざまな国から来た子どもたちがいて、子どもたちは、お互いに差別や貧困と格闘しなければいけないようです。日本より人種や貧困がはっきり見えるのです。
アイルランド人男性と日本人女性のあいだに生まれた著者の一人息子は、いかにもたくましく育っているようです。ヘイトスピーチを受けても母親がまったく動じないのが、思春期に差しかかった11歳の息子に何よりの精神安定剤になっているという印象を受けました。
イギリスの現実、そして厳しい社会環境のなかでのたくましい子育てを学ぶことができました。あなたにも一読をおすすめします。
(2019年8月刊。1350円+税)

2019年9月14日

王家の遺伝子


(霧山昴)
著者 石浦 章一 、 出版  講談社ブルーバックス新書

シェイクスピアが『ヘンリー6世』や『リチャード3世』のなかで身体は不具、そして極悪非道な王として描いたリチャード3世の遺骨が、なんと最近イングランド中部の都市であるレスター市内の駐車場の地下から発見された。
そのDNAによってリチャード3世にまちがいないとされた遺骨には、いくつも刃傷の傷跡があった。頭蓋骨、骨盤そして上顎骨に外傷があり、全身の傷は11ヶ所にものぼっていた。要するにバラ戦争で敗北したときの傷跡が遺骨に残っていたのだ。
いやあ、すごい発見ですね。それにしてもDNA鑑定とは恐るべきものです。
DNAって、人体の部所によって異ならないものかと疑問に思いますが、そんなことはないといいます。
人間の身体のDNAは、どこから採っても同じ。どれもみな同じDNAが検出される。
これも不思議ですよね・・・。
エジプト人は、東方から来た人々の子孫がいた時期もあれば、西のほうから連れてこられた何百万人もの奴隷の子孫の影響も受けているそうです。
では、日本人は・・・。第一段階は、4万年前から4千年前までにヨーロッパと東ユーラシアの中間あたりの民族が北から南から、あるいは朝鮮半島を経由して流入してきた。
第二段階は、4000年から3000年前に朝鮮半島から別の民族が入ってきた。そして、第三段階は3000年前ころ、朝鮮半島から稲作農民が渡ってきた。
現在、アイヌの人々や琉球列島の人々の遺伝子には縄文人の遺伝子が色濃く残っている。
みんな自分のルーツを知りたいですよね。そのときに武器となるのがDNA鑑定だということが改めて良く分かりました。
(2019年7月刊。1000円+税)

2019年9月 9日

フィンランドの教育はなぜ世界一なのか


(霧山昴)
著者 岩竹 美加子 、 出版  新潮新書

大学で法学部の人気が落ちて、経済学部の人気が上昇しているそうです。その有力な原因の一つが、学生の金もうけ志向にあるとのこと。
国(年金)が頼りにならず、なんでも自己責任の風潮が広まるなかで、多くの学生が金もうけに走っていると聞くと悲しいばかりです。
お金はそこそこあればいい。それよりも世のため、人のため。他人(ひと)に喜ばれる仕事をしたい。そんな学生が増えてくれることを願う毎日です。
著者は、フィンランドで実際に子育てした日本人女性(ヘルシンキ大学非常勤教授)。
フィンランド教育の良さは、何よりもそのシンプルさにある。入学式や始業式、終業式、運動会などの学校行事がない。授業時間は少なく、学力テストも受験も塾も偏差値もない。統一テストは、高校を卒業するときだけ。学校には、服装や髪形に関する規則もなければ、制服もない。部活も教員の長時間労働もない。
フィンランドには教育に関して地域という考えはなく、連絡協議会や青少年育成委員会など、学校をとりまく煩雑な組織はない。
フィンランドでは教育の無償化は徹底している。小学校から大学に至るまで教育費は無償。小中学校では、教科書やノート、教材等も無償で支給される。学級費その他の費用負担もない。給食は、保育園から高校まで無料。
教科書や鋼材は学校に置いていくので、重たいカバンをもって通学する子どもはいない。
学校からの連絡はメールなので、プリントや手紙もない。
17歳以上には、給付型奨学金、学習ローン、家賃補助など学習支援をする。学習ローンの保証人は国であって、親や親族ではない。
フィンランドには受験はなく、受験のための勉強もない。中学を卒業したら、高校と職業学校に進路が分かれ、普通、18歳で卒業する。大学には応用科学大学というものもある。
高校卒業の日には、親が親戚などを招いて大きなパーティーを開く。
一斉卒業、一斉就職という社会の仕組みはない。
フィンランドの小学校のクラスは20人から25人ほど。授業時間は、日本の半分ほど。
フィンランドでは性教育が重視されている。ところが、日本の義務教育では、性交を教えない。東京でフツーの性教育を実践した学校に対して自民党の都議が不適切だと攻撃した「事件」がたびたび起きています。教育現場を委縮させる政治の不当な教育介入です。
フィンランドには戸籍はなく、入籍という考え方もない。
フィンランドの教育は、何より子どもたちに考える力が身につくことを重視している。
これこそが今の日本の子どもたちに欠けていることではないでしょうか・・・。
アメリカから必要もない兵器を爆買いさせられて軍事予算だけは青天井で増加しつつあるのと反対に、大学の授業料は上昇する一方で、学生の奨学金も少ないうえに、有利子。日本の教育システムは、とんでもなく間違っています。司法修習生の給料を廃止したのも、その延長線上にありました。日本もフィンランドに学んで、教育費一切の無料化に踏み切るべきです。
大量人殺しのための戦闘機より子どもの笑顔あふれる教室を増やしてほしいものです。うらやましいタメ息とともに、チョッピリ勇気がもらえる新書でした。
(2019年7月刊。780円+税)

2019年8月24日

スペイン巡礼

(霧山昴)
著者 渡辺 孝 、 出版  皓星社

団塊世代(1950年生)の男性が1ヶ月あまりのスペイン巡礼一人旅に出た記録集です。
表紙のカラー写真がいいですね、果てしなく広がる大草原の一本道を世界各国から来た巡礼たちが1人で、カップルで、集団でテクテクと自分の足だけを頼りに歩いていきます。
といっても途中で、膝や足が痛くなると、バスやタクシーも利用し、一休みしながら歩いていくのです。
朝5時20分に起床し、朝食をとって6時40分に出発。外はまだ暗い。歩いている途中で夜が明ける。夜明はいつも感動的だ。
最近、スペイン巡礼に行く人が急増している。2006年に10万人となったあと、2017年には30万人をこえた。10年で3倍。日本からの巡礼者は2005年に282人だったのが、2017年に1500人近くへ5倍も増えた。といっても、まだまだですよね。著者は日本人の若者、女性も男性も、に出会っていますが、同じくらい韓国人も多いようです。
前にこのコーナーで大阪の弁護士の巡礼体験記を紹介したと思います。斉藤護弁護士(1939年生まれ)が2007年4月から6月にかけて、「サンチアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」を歩いたのでした。『アシナガがゆく』という写真集にまとめられています。古稀の年が近くなると、一人旅、しかも人里から隔絶した荒野ではなく、同じように歩いて巡礼の旅をしている仲間がいるところを歩きながら、自分の人生をふり返り、将来を見すえるというのは、とても大切なことだと思いました。
泊まるところも、巡礼者用の安宿(アルベルゲ)だけでなく、ときにそれなりのホテルにも泊まっています。ただ、私には出来ないと思ったのが、スマホを使ったホテルなどの予約です。昔はありえなかったものですが、今はどうやら必須の道具のようです。そうなると、スマホをもたない私には無理だということになります。
そして、語学です。日銀に長くつとめ、フランス駐在の経験もある著者は、英語はもちろんのこと、フランス語も話せます。そして、スペイン語も必死に勉強したとのこと。やはり旅先ではその大地の人と会話ができるかどうか決定的ですよね。ですから私はスペインには行きたくありません。行くなら、やっぱりフランスです。フランスなら、カタコト以上の会話ができるので、なんとかなるのです。
それにしても、巻末に照会されている、たくさんの紀行文には驚きました。その半数は女性です。日本人女性は昔も今も行動的ですね・・・。
読んで楽しい巡礼記です。苦しいこともあり、辛いこともないではないけれど、たくさんの出会いもあり、やっぱり行って良かった、そして読んで良かったと思える本でした。
(2019年5月刊。2000円+税)

2019年8月17日

パスタぎらい

(霧山昴)
著者 ヤマザキ マリ 、 出版  新潮新書

私はパスタが大好きです。日曜日の昼食には、よく食べています。福岡空港でも、よく日替わりパスタを食べます。赤ワイン1杯とともにいただきます。
ところが、長くイタリアに住んでいた著者は、若いころ過剰に摂取したため、パスタに食欲をそそらなくなったといいます。悲しいことです。パスタの代わりにソバやソーメンを食べるとのこと。
著者がたまに食べるパスタはカルボナーラ(私の好物のひとつです)ではなく、また和製ナポリタン(私はこれも好きです)、納豆パスタ(私の大好物です)なのです。
イタリアのパンは、あまり美味しくない。日本のパンは、すこぶる美味しい。私もパンは好きなのですが、いかんせん腹持ちしないので、むしろコンビニのおにぎりを買ってしまいます。
この本では、著者も、そして日本に来たことのある海外の人に圧倒的に好まれているのは、なんとラーメンだというのです。これには驚きました。私はトンコツラーメンが好物なのですが、実は最近あまり食べていません。体重制限と健康管理を意識している身として、ラーメンはあまりにも身の毒というイメージが強すぎるからです。
それに反して、日本のおにぎりは、海外では、あまり受けがよくないようです。私は、ときに近くの小山にのぼりますが、そのときに見晴らしのよい頂上で食べるおにぎり弁当は最高です。おにぎりを包むノリの「独特の臭いを放つ海苔」がハードルを高くしているとのことです。これは食習慣の違いでしょうね。
日本人の舌が肥えているという例証として、著者があげたのはなんとポテトチップスです。私は久しく食べたことがありませんし、食べるつもりもありません。味覚と食感が徹底的に追及されて、世界最高だといいます。まあ、これは好みの問題でしょうね・・・。
海外では卵かけご飯を食べたら、すぐに病院送り、医師は、「生卵を食べたって・・・、死にたかったのかい?」と言う。生卵にはサルモネラ菌が多く生息している。生卵のもたらす食中毒の苦しみは半端なものではない・・・。
博多駅にある「卵かけご飯」の店は、入ったことがありませんが、いつ前を通っても満席です。
著者のマンガは読んでいないのですが、先にこのコーナーでも紹介しました『ヴィオラ母さん』は絶賛します。
軽く読める世界の美味しい食文化紹介の本です。
(2019年5月刊。740円+税)

2019年8月13日

ボランティアとファシズム


(霧山昴)
著者 池田 浩士 、 出版  人文書院

ええっ、ボランティアとファシズムと何の関係があるんだよ・・・。本のタイトルを見て、センスを疑いました。ところが、この本を読んで、すっかり納得がいきました。400頁近い大作の前半は、戦前の東京帝大セツルメントについて詳細に紹介しています。私も戦後の学生セツルメントに関わっていましたし、川崎市古市場に住んで(レジデントと呼んでいました。要するに、下宿したのです)、セツラーとして若者サークルに関わって活動していました。つい先日、大学を卒業してもう50年も会っていない「カッチャン」から突然電話があり、びっくりしました。先輩セツラーに尋ねて私の連絡先を知ったのだそうです。若者サークルに参加していた青森出身のリンゴさんとは昨年も会って懇親を深めてきました。
日本でセツルメント活動が始まったのは1923年に発生した関東大震災のとき、東京帝大生たちが被災者救援のボランティア活動を始めたことがきっかけでした。法学部の末弘厳太郎教授や穂積重遠教授が学生たちの活動を励まし、支援しています。どちらも今でも高名な民法の大家です。
東大には既に「新人会」というマルクス主義の影響を受けた思想団体がありました。学生たちは、活動の主人公は自分たちではないという基本理念を共有していたので、被災者たちに自治組織をつくるよう働きかけた。当事者自身の自治と主体性を尊重したのだ。この根本理念は帝大セツルにも受け継がれた。
1923年12月14日、東京帝大に学生50人が集まって、第1回総会が開かれた。法律相談部や児童部、医療部など6部に分かれて活動を始めたのです。
帝大セツルは、慈善事業ではなく、また「救援」を名とする特定の定数や主義思想の「伝道」でもない。学生の自発的な活動は、他者に何か恵みを与えることではなく、自分自身に課題を与えることだった。
帝大セツルの初代の代表者は末弘厳太郎、後任の代表者は穂積重遠だった。
帝大セツルの卒業生を紹介します。武田麟太郎、福本和夫(共産党の福本イズムの提唱者)、林房雄(転向作家)、志賀義雄、村田為五郎(NHK解説委員)、森恭三(朝日新聞論説主幹)、扇谷正造(評論家)、正木千冬(鎌倉市長)、服部之総(日本史)、清水幾太郎(転向学者)、戒能通孝(民法)、山花秀雄と足鹿覚(いずれもセツルの労働学校の卒業生)。
帝大セツルは昭和13年(1938年)1月末に名称を変更して解散し、14年間におよぶ活動に終止符を打った。ただし、セツルメント解散は、ボランティア運動の歴史の終わりではなかった。戦時体制の下、これまでとは異質な段階へ移行した。それが満蒙開拓団だった。官製ボランティア活動が始まり、あとで悲劇的結末を迎えた。
官製ボランティアという共通点で、ヒトラー・ナチスのボランティア活動が紹介されます。
自発性と主体性を組織化し、任意制度から義務制度へと変える道をすばやく歩んだのが、ヒトラー・ドイツだった。
ドイツの企業にとって、自発的労働奉仕の失業者を受けいれたら、人件費を格段に安くおさえられて好都合だった。安価な労働力は、国家の財政負担を軽減させ、とりわけ企業に莫大な利益をもたらした。
ナチ党は、政権発足時に、10数万人のボランティア青年たちを獲得した。
ヒトラーは、本当に失業をなくした。現役兵以外の兵役適齢者が相次いで召集される状況下で、ドイツの労働力は底をつき、マイナスに転じた。そこを労働奉仕制度が埋めた。今や失業対策事業ではなく、その反対に不足している労働力を補うための手段となった。
ボランティアの2面性というものをしっかり認識することができました。
戦前の帝大セツルについては、加賀乙彦の大河小説『雲の都』の第1部『広場』に生き生きと描かれています。そして、戦後の川崎・古市場の学生セツルの活動については東大闘争と同時並行的に描いた『清冽の炎』(花伝社)第1~5巻が詳しいので、あわせて紹介します。
(2019年5月刊。4500円+税)

盆休みに天神の映画館でイギリス映画『ピータールー』をみました。マンチェスターの悲劇というサブタイトルがついています。イギリスのウェリントン将軍がウォータールーでナポレオン軍に完勝した直後のイギリスで起きた事件です。
当時のイギリスの国王はジョージ四世で、フランス革命から20年しかたっていないので、フランス革命のような事態がイギリスで起きることを恐れていました。
マンチェスターの紡績工場で働く労働者は食うや食わず、仕事や見つからない状況にありました。そして、議会は地主と企業家たちが独占しています。1人1票、毎年改選をスローガンとしてかかげてマンチェスターの市民6万人がピーターズ広場に集まり、平和な集会を進行させていたのです。そこへ支配層の意向を受けた「義勇軍」と国王の正規軍が襲いかかりました。公式発表で死者18人、負傷者650人以上といわれる大惨事となりました。
この事件が直接のきっかけとなったのではありませんが、選挙法が改正され、庶民の生活も少しは改善されたようです。
私のまったく知らなかったイギリスでの出来事でした。よくぞ映画にしたものです。日本でも、このように大泉が広く深く盛りあがりつつあることを実感しています。
そのときの支配・権力側のえげつない対応が予測されるような迫真の映画でした。
それにしても、このように血と汗で勝ちとられた普通選挙を現代日本では6割近い人が行使しないのですから、その現実に思わずため息をついてしまいます。

2019年8月 6日

敗北者たち

(霧山昴)
著者 ローベルト・ゲルヴァルト 、 出版  みすず書房

第一次世界大戦と、それが終わったあとのヨーロッパの状況を詳しく紹介しています。
第一次世界大戦では1000万人近くが死亡し、2000万人以上が負傷した。そして、そのあとに暴力的な激変が続いた。その凄惨な殺戮(さつりく)の様子が読んでいて気分が悪くなるほど語られていて、人間の狂気はこんなにまで落ちるものかとおぞましく、絶望感すら覚えます。京都のアニメーション会社での大量殺人事件を一気に拡大した感があります。
ロシア革命に至るとき、ケレンスキーは、軍の最高司令官であるコルニーロフ将軍から革命を「守る」ために、ギリシェヴィキの助けを借りた。ボリシェヴィキの指導者たちを監獄から解放し、武器と弾薬を与えた。このとき、ちょうど組織づくりの天才であるトロツキーが亡命先のアメリカから帰還したこともボリシェヴィキに有利に働いた。レーニンは土地の国有化とあわせて、戦争からの撤退を公約として、国民の好評を博した。
第一次大戦においてドイツ軍は初期こそ華々しく勝利したものの、援軍がなく、無理に無理を重ね、病気と攻勢による大損失で弱体化してしまった。形勢がドイツの不利に転じたことが明白になると、兵士の士気も民間人の戦意も、急激に低下した。
ロシア内戦は、300万人以上の命を奪うという規模と激しさだった。
食糧供給の危機を打開するため、レーニンは銃をつきつけた食糧徴発を断行した。名の知れたクラーク、富裕者を少なくとも100人は絞首刑にせよ(必ず吊るせ、民衆に見えるように)というのがレーニンの指令だった。
いかに内戦時であったとしても、これはいけませんよね。
もっとも、レーニンの赤軍兵が敗退したときには、公開での絞首刑があり、捕虜になった赤軍兵士は生きたまま焼かれた。このような状況も一方ではあったのでした・・・。
1919年7月16日、捕えられていたツァーリの一家は地下室で全員が殺害された。レーニンの指令による。
ロシア内戦で赤軍が勝利したのは、ボリシェヴィキの悪のほうが白軍という悪よりもましだというのがロシア国民の大方の見方となったことによる。
ローザ・ルクセンブルグは、1871年に棄教したユダヤ人材木商の末娘として生まれた。
ミュンヘンは、ヴァイマル・ドイツのどこよりも強固にナショナリスティックで、反ボリシェヴィキ的な都市だった。そして、このバイエルンの首都はナチズム誕生の地となった。
ムッソリーニは、第一次大戦前は、名うての社会主義者だったが、急進的ナショナリストに転向した。ムッソリーニは戦線で負傷したのではなく、梅毒にかかっていた。
ヒトラーは、しがない税関役人の息子であり、バイエルン軍の伝令兵として西部戦線に従軍し、上等兵(伍長は誤り)として退役した。ヒトラーは社会主義に関心をもったことがあったが、すぐに極右に「転向」した。
ヴェルサイユ条約によってドイツ陸軍は最大で10万人、そのうえ戦車や軍用機、潜水艦の保有は禁止された。また、海軍は、1万5000人に削減され、大型軍艦の新建設も禁止された。丸腰にされたも同然である。
ドイツ軍は、第二次大戦のとき、惨憺たる敗戦を迎えるまで、無益な戦闘を続け、そのため戦争の最期の3ヶ月間で150万人もの兵士が戦死した。
日本が満州によって中国を支配することになったとき、それについてヨーロッパ各国が激しく抗議することがなかったことから、イタリアのムッソリーニは、日本と同じことを真似するようにした。
第二次世界大戦の始まった状況を見るときに忘れてはいけないのが、その前の第一次世界大戦の状況だということがよく分かり、私には、とても興味深い記述でした。
400頁もある、ぎっしり詰まった本格的な歴史書です。
(2019年2月刊。5200円+税)

2019年7月30日

ネオナチの少女

(霧山昴)
著者 ハイディ・べネケン・シュタイン 、 出版  筑摩書房

18歳までナチと過ごした若きドイツ人女性が過去をふり返った本です。
ドイツでヒトラーを信奉してひそかに活動している人々がいるのは私も知っていましたが、その実態を自分の体験にもとづき赤裸々に暴露しています。
著者の父、祖父母、親の友人、みなナチでした。ナチの親のもとでナチ・イデオロギーを刷り込まれ、ひそかに軍事的な訓練まで受けています。
著者が幼いころ、ナチの父親は、マックからコーラに至るまで、アメリカの商品はすべて禁止した。ナチの父親は、すべてにおいて厳格で、誰もが従わなければいけない。父親にとって大切なのは常に結果、つまり勝ち負けだった。
父は税関職員で、ナチの団体のリーダーの一人だった。
その父親とは15歳のとき絶縁を決意した。父親は18歳の誕生日まで養育費を支払ったが、あとは、お互いに没交渉となった。
母親は、ナチの父親から去った。
父親にとって、ユダヤ人虐殺のホロコーストはでっち上げられたものでしかなかった。ホロコーストを否定するため、絶えず陰謀や思想操作をもち出した。まるでアベ首相のようですね・・・。
ナチの団体の親は、高学歴、高収入の狂信的な大人の集まりだった。貧しい人や庶民はおらず、大学教授や歯科医だった。
著者はアメリカ人とユダヤ人が嫌いだった。アメリカ人とユダヤ人はグルだ。アメリカ人は石油を我が物にしようと戦争を仕組んでおきながら、世界の警察という顔をして、帝国主義的な目的を追求している。
著者は強いと思っていたけれど、弱かった。勇敢だと思っていたけれど、意気地なしだった。成熟していると思っていたけれど、未熟だった。自由だと感じていたけれど、囚われていた。正しいと思っていたけれど、間違っていた。
いま私の娘の住んでいるミュンヘンに生まれ育ち、ナチから脱却した今は保育士として働いている27歳の女性による本です。
親の影響の大きさ、恐ろしさをひしひしと感じさせられました。
(2019年2月刊。2300円+税)

2019年7月28日

地下道の少女

(霧山昴)
著者 アンデシュ・ルースルンドほか 、 出版  ハヤカワ文庫

スウェーデンの首都、ストックホルムに起きた話です。
寒々とした光景が展開します。町の中心部にある広場の地下トンネルに住みついている人間が50人ほどもいるという状況を前提として進行していきます。それはホームレスの人々です。そのなかには未成年の少女もいました。
さまざまな年齢の女性たち11人が広場下の地下トンネルで共同生活していた。
ルーマニア人の子どもが43人もストックホルムの中心部でバスを降ろされたこと、本人たちはスコットランドに来たと思っていたこと、それらは本当の出来事。それを小説にしたのが本書。
そして、生きのびるために、自分の体を売るスウェーデン人の少女や女性が増えていることも真実だと著者は強調しています。
2018年のストックホルム市の調査によると、ホームレスが2500人近くいて、その3分の1は女性。女性の割合は増加傾向にある。ホームレスの55%が薬物依存症で、45%の人には精神障害がある。
ストックホルムにストリート・チルドレンがいるなんていうのも驚きでしたし、東欧からの移民流入のもたらす問題にも目を開かされました。
異色のミステリー小説として読みふけったので、紹介します。
(2019年2月刊。1160円+税)

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