弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

アメリカ

2017年9月 3日

猿神のロスト・シティ


(霧山昴)
著者 ダグラス・プレストン 、 出版  NHK出版

中米ホンジュラスに、地上最後の人跡未踏の地があるというのです。そこには、恐ろしい毒ヘビやジャガーがいるので、人間はうかつに近づけません。といっても、現地に人々は住んでいます。
文明国が派遣した調査国は、ベテランであっても、1日10時間はたらいても、1日に3キロとか5キロしか前へ進めないというほど深いジャングル(密林)があります。そのうえ、ホンジュラスは、殺人事件の発生率が世界一。麻薬カルテルが周辺土地の大半を支配している。ホンジュラスのあるところでは、請負殺人の費用は25ドルでしかない。
ジャングルで最大の危険は毒ヘビ。夜行性で、人や動くものに引き寄せられる。攻撃的で、過敏で、敏捷だ。
そして、ジャングルでは道に迷いやすい。迷ったと思ったら、もう動かず、救いを求める笛を吹いて、誰かが迎えに来てくれるのを待つしかない。調査国のメンバーが現地から帰国してしばらくすると、その半数が謎の病気を発病していった。それはリーシュマニア病という熱帯病で、マラリアに次いで世界で2番目に致死性の高い寄生虫病だった。
5世紀ころ、ここに国王が存在していた。国王は16代も続いている。
8世紀ころ、旱魃(かんばつ)による飢饉(ききん)が頻発して、平民を苦しめたことから、王国の存立が危うくなった。
ところで、この古代文明は毒ヘビそして病気から身を守っていたのか・・・。
同じ中米にあるコスタリカという平和な国の話を読んだ直後でしたので、この二つの国の違いはどこにあるのか、不思議でなりませんでした。
私は、もちろんホンジュラスのような物騒な国には住みたくありません。やっぱり住むなら、平和の国ニッポンかコスタリカですよね。そのためにもアベ退陣を一刻も早くして実現してほしいです。
(2017年4月刊。2200円+税)

2017年9月 1日

マフィア国家、メキシコ麻薬戦争を生き抜く人々


(霧山昴)
著者 工藤 律子  、 出版  岩波書店

いやあ、正直言って、メキシコがこんなに怖い国だとは知りませんでした。
トランプがメキシコ国境との間に壁を築くというのは悪い冗談だとしか思えませんが、メキシコ政府がそんなに腐敗しているのかって、想像を絶します。
日本の官僚制度もアベ政権の人事局長システムで悪いほうに変容されつつありますが、それでも前川さんのような骨のある人を支持する土台がまだあると信じています。メキシコには、残念なことにそれがないようです。
メキシコでは、政府が深刻な腐敗をかかえ、麻薬マフィア国家と化している。連邦政府、地方政府、あらゆるレベルで多くの人間が犯罪組織とつながっている。その結果、2006年12月から2015年8月までの行方不明者は3万人、殺害された人が15万人。その犯罪の9割は裁かれない。
仕事帰りの若い女性、14歳から22歳前後の貧困層の女性が誘拐されたり、失踪される事件が多発している。人身売買の犠牲となっている。
麻薬カルテルという呼び名は、今やまとはずれだ。現在では、犯罪の多国籍企業化し、世界54ヶ国を舞台として、多様な犯罪ビジネスを展開している。麻薬、武器、石油、臓器売買、DVD,CDの海賊版販売など・・・。
犠牲者が出ても、分裂した国家内部の汚職と腐敗のために、罰せられるべき人間が罰せられない。メキシコでは、誘拐・失踪事件の99、9%が未解決。真犯人は、権力内部の協力者や仲間に守られ、法で裁かれない。
2016年にメキシコで起きた殺人事件は2万3000件。これは、内戦中のシリア(6万件)に次いで、世界で2番目に多い。
その主犯が麻薬カルテルと断定できないところにメキシコの抱える問題の深刻さがあります。つまり、軍や連邦警察も、「殺人」に加わっているようなのです。これでは、国民は誰を信じていいのか分かりません。困ってしまいます。
そして、メキシコの犯罪多発に「加担」しているのがメディアです。権力の言いなりでしかなく、言論の自由がない。
日本のマスコミもアベ政権の顔色をうかがうばかりになってはいますが、ときとして真実を伝えようとしているところが違います。
暴力に暴力で立ち向かっても解決にもならないことを学んだという元ギャング団リーダーの言葉が紹介されています。本当にそのとおりです。
こんな危険なメキシコに現地取材した著者の勇気に心より敬意を表します。これからも生命・健康に留意しつつ、適切な情報を日本に伝達していただくことを期待します。
(2017年7月刊。1900円+税)

2017年8月30日

自発的対米従属

(霧山昴)
著者 猿田 佐世 、 出版  角川新書

核兵器禁止条約に日本政府が反対するなんて、信じられません。
被爆者代表は、安倍首相に対して、「あなたは、いったい、どこの国の首相なんですか?」と尋ねました。公衆の面前で糾弾された安倍首相は顔色を失い、何も返答することができませんでした。
アメリカが反対しているものに日本政府は反対できないということです。なんという情けない首相でしょうか。まさしく、アメリカのポチ的存在です。
美人弁護士として有名な著者は、アメリカで一貫してロビー活動を続けています。アメリカの国会内外で人脈を築いていて、沖縄県の代表がアメリカへ行くときなどには、大いに力を発揮しているようです。
著者が事務局長をつとめるシンクタンク「新外交イニシアティブ」には、私もほんの少しだけカンパしています。
アメリカの対日影響力は常に強力なのに、アメリカの日本に対する関心は低い。
アメリカ国内で対日外交に関心をもち、実際に影響力を有する知日派のメンバーは、せいぜい最大で30人ほどでしかない。中東やヨーロッパは一筋縄ではいかない国が多いけれど、日本はアメリカの言うことに基本的に従うので、新たなる対日政策を打ち出す必要もなく、少数の専門家で足りるから。
限られた日本の情報だけが、限られたアメリカの相手に届いているだけ。日本とアメリカでは、きわめて細いパイプでしかない。
日本の財界のなかには、アメリカに従っているふりをして、逆にアメリカを利用しているという考えもあるようです。しかし、それは結局、アメリカの手のひらの上で踊っているにすぎません。自主独立国家として、あるまじき姿です。
その一例がオスプレイです。また、アメリカ軍人はパスポート提示不要で日本にやってきて、高速道路利用などはタダという特権をもっています。日本の首都圏に広大なアメリカ軍基地があるなんて、まさしく植民地そのものです。
アメリカでは海兵隊廃棄論さえ声高に叫ばれているのに、日本の沖縄では、あたかも海兵隊の存在が日本の防衛に役立っているかのような錯覚が依然としてまかり通っています。アメリカと日本の関係を直視し、本来のあるべき姿に戻すために、著者の果たしている役割はとても大きいと思います。ますますのご活躍を心より祈念します。
(2017年3月刊。860円+税)

2017年8月10日

超一極集中社会・アメリカの暴走

(霧山昴)
著者 小林 由美 、 出版  新潮社

今の社会は、人々の格差が大きくなる一方です。これが絶望と社会不信を生み出しています。ある高校で、国政選挙で投票に行くかどうかを生徒にたずねたところ、忙しい、分からない、興味がないということで、誰も積極的に投票所に行くとは答えなかったそうです。ええっ、ウソでしょう、と思わず叫びたくなりました。
私はすべての選挙で棄権したことは一度もないことが自慢の一つです。選びたい人がいないときには、×印を書いて無効票を投じることにしています。
世界のビリオネア(1000億円以上の純資産をもつ人)が世界中に1810人いて、その人たちの有する純資産は、合計650兆円にもなる。日本のGDPは500兆円なので、日本の全国民が1年間働いて生み出した総所得を上回る額の純資産を2000人ほどの人々がもっていることになる。日本のビリオネアは27人。これは、世界で17位。
日本はGDPではアメリカ、中国に次いで、世界第3位だ。
アメリカでは、1980年代以降、上位0.1%の所得は増え続け、それ以下の世帯では、所得がほとんど増えていない。
アメリカのエリート大学に入る門は、ますます狭くなっている。エリート大学に入るためには、家族ぐるみの長年の努力が求められる。これは、ユダヤ系と中国系の家庭で顕著だ。
エリート大学に入るには、成績がトップクラスだというだけではなく、スポーツが得意なうえ、課外活動で得意なものがあったり、積極的なリーダーシップを発揮したという実績が求められる。だから、親は子どもが3歳か4歳のときから家庭教師をつけたり、クラブに参加させたりしている。年間300万円以上の授業料を支払って幼稚園から私立学校に通わせるのは、教師や教育内容・同級生そして家族の質に加えて、同窓会活動が活発なため、生徒の進学にも大いに役立つから。
大学4年間の教育費が30万ドル(3000万円)かかる。労働していたら得べかりし給料による所得をあわせると、大学4年間のコストを取り戻すためには10年以上かかる計算だ。アメリカでは、大学に進学する人の60%以上が学生ローンを借りていて、4300万人をこす。
アメリカの経常収支が改善したのは、石油の輸入が量・金額ともに大きく減ったことが最大の理由。
アメリカの上場企業の総数は1996年のピークに8090社だったのが、2015年に4381社と、ほぼ半減した。アメリカでの企業集中は異常に進んでいる。そして、巨大企業が、さらに巨大化している。
アメリカの医療システムは全体として救いがたい泥沼。請求書を受けとるまで、いくらの費用がかかるのか見当がつかない。とんでもない請求書が来ても払う以外に選択肢はない。病院は医療産業のなかで、もっとも立場が強いので、その価格付けは一方的。泥沼に陥らないためには、とにかく健康を維持して近寄らないようにするのが一番。あとは、たたかい、交渉する覚悟でのぞむしかない。
アメリカ国民は、富の集中や金権政治にうんざりしている。
アメリカの権力者もお金も、東海岸と西海岸を飛行機で往復するだけで、その空路の下にある大陸中央部は完全に無視され、馬鹿にされている。
絶望の先に行きのびるために・・・、とありますが、明るい未来はあまり見えてきません。ビッグデータを活用したらいいともありますが、私には無縁な話でしかありません。
アメリカの現状分析の一つとして読んでみました。
(2017年3月刊。1500円+税)

2017年7月28日

凛とした小国

(霧山昴)
著者 伊藤 千尋 、 出版  新日本出版社

コスタリカ、キューバ、ウズベキスタン、ミャンマーの良さは日本も大いに学ぶべきだと思いました。とりわけ世界有数の自然環境保全国でもあるコスタリカの話は感動的です。心が揺さぶられます。
コスタリカは、「世界で一番、幸福な国」で1番にあげられている。日本は、51位でしかない。コスタリカは、1949年、日本に次いで世界で2番目に平和憲法をもった。日本と違うのは、本当に軍隊をなくしてしまったことです。それまで、軍事費が国の予算の3割を占めていたのを、そっくり教育費に充てました。教育も医療も無料。兵舎(参謀本部)は博物館になりました。軍艦も、戦闘機も戦車ももっていない。警察と国境警備隊はある。ただし、いざとなれば、自衛のための軍隊は結成できることになっている。
コスタリカは、周囲の国で内戦が続いたけれど、幸い平和な国であり続けた。「自分たちにとってもっとも良い防衛手段は、防衛手段をもたないこと」
私は、まさしく本当だと思います。決して「平和ボケ」のコトバではありません。
コスタリカでは、大統領選挙があると、小中学校はもちろん、幼稚園児も模擬投票する。
コスタリカでは、小学校に入ると、子どもたちは、「だれもが愛される権利をもっている。この
国に生まれた以上、あなたは政府や社会から愛される」と教えられるそうです。
日本でも道徳教育のときに、これを教えたらいいと私は思います。
そして、コスタリカでは憲法訴訟が1年間に2万件近く提起され、最終的に2割近くが違憲
だと判断されるといいます。これはともかくすごいことです。
 コスタリカは周辺国からの難民もすべて受け入れており、400万人だった人口が500万人になったそうです。信じられない数字です。
 コスタリカの人々は、幸せな社会を自分たちでつくりあげているという意識にみちているようです。すばらしいです。
 先日の国連における非核平和条約を制定する議会でもコスタリカの女性が委員長として大活躍していましたよね。日本も平和憲法、9条をさらに実現する運動が必要だと思います。
 ほかのキューバ、ウズベキスタン、ミャンマーについては、ぜひ、本書を読んでみて下さい。読んで決して損はしない本です。
(2017年5月刊。1600円+税)

2017年7月26日

スパイの血脈

(霧山昴)
著者 ブライアン・デンソン 、 出版 早川書房

信じられない実話です。アメリカ軍の兵士がCIAに入り、アメリカという国を守って活動しているうちに、家族(子ども)を守るためと称して、お金のためにソ連(ロシア)にCIAの機密情報を売り渡し、それが発覚して刑務所に入ったあと、今度は、その息子が父親に頼まれて同じようにロシアに父親からの情報を流して大金をもらっていたというのです。この息子もアメリカ軍の兵士でした。いやはや、スパイが父親相伝することもあるのですね。信じがたい実話です。
父親のジム・ニコルソンは1980年にCIAに入ったあと、マニラ、バンコクそして東京で勤務したあと、ブカレスト支局長に昇進した。そして、1994年、クアラルンプール駐在時にロシアの情報部員に接触し、情報を売り渡すようになった。そのあと、CIAの訓練所の教官になり、監視のためCIA本部につとめていたところを1996年に逮捕され、翌1997年に懲役23年7ヶ月の判決を受けて刑務所に収容された。
ここで物語が終わらないところが本書の目新しさです。父親がスパイとして逮捕されたとき12歳だった息子のネイサンを、受刑して7年後に、父親は獄中からロシアに連絡することが出来たのです。それほど、父子の関係は親密でした。ちなみに妻(母)とは離婚して音信不通、他の姉兄は関わってはいません。
いったい、刑務所に入れられた元スパイのもたらす情報がいかほどの価値があるものなのか、門外漢には理解できないところですが、ロシアのほうは気前よく100万円単位で息子に報酬を支払っていました。つまり、スパイを摘発したときのCIAの人事・役割分担などについて知ることはロシアにとっても有益な情報だったということです。
それにしても、CIAにはロシアに情報を売るスパイがいて、ロシアのKGBにもアメリカへ情報を流すスパイがいたというのに改めて驚かされます。いずれも、イデオロギーより、金銭目当てのことが多いようです。
本書の主人公の父親も妻と離婚し、子育てにお金がかかり、新しい女性との交遊のためにもお金がほしかったようです。
父が、子どもたちを養うためにロシアのスパイになったと高言したとき、それを聞かされた当の息子はどのように受けとめるのでしょうか・・・。
息子のネイサンは実刑判決ではなく、5年間の保護観察と退役軍人省での100時間の社会貢献活動が命じられただけだった。
CIAとFBIの関係、そしてKGBとその後身の関係も興味深いものがあります。
スパイする人、その家族、その監視をする人、その家族、いずれもフツーの平凡な家庭生活は保障されていないのですね。大変な職業であり、仕事だと思いました。だって、対象者の会話を24時間ずっと盗聴して異変をつかむのが仕事だというのって、やり甲斐というか、生き甲斐を感じるのでしょうか・・・。私にはとても我慢できませんね・・・。
人間の本質を知ることのできる貴重な本だと私は思いました。
(2017年5月刊。2000円+税)

2017年6月21日

ヒルビリー・エレジー

(霧山昴)
著者 J・D・ヴァンス 、 出版  光文社

なぜトランプ大統領が誕生したのか。アメリカという国の内実はいったいどうなっているのか・・・。そんな疑問を真正面から解き明かした本です。それも、外から観察したのではなくて、自ら体験した事実をもとにしていますので、説得力があります。
ヒルビリーって、私は何のことやらさっぱり見当もつきませんでした。要するに、田舎者ということのようです。社会の底辺にいる白人労働者のことを、ヒルビリー(田舎者)、レッドネック(首すじが赤く日焼けした白人労働者)、ホワイト・トラッシュ(白いゴミ)と呼ぶ。貧困は、代々伝わる伝統になっている。
オハイオ州で生まれ育った著者は、ラストベルト(さびついた工業地帯)と呼ばれる一帯に位置する鉄鋼業の町で、貧しい子ども時代を過ごした。母親は薬物依存症、父親は家を出ていって著者を捨てた。著者を愛情をもって育てた祖父母はどちらも高校も卒業していない。大学を出た親戚は誰もいない。将来に望みをかけない子どもとして、著者も育った。
アメリカでもっとも悲観主義傾向の強い社会集団は、白人労働者階級だ。社会階層間を移動する人は少ない。ここでは貧困、離婚、薬物依存症がはびこっている。
白人労働者の42%が親の世代よりも自分たちのほうが貧しくなっていると考えている。
努力が実を結ぶと分かっていればがんばれるが、やってもいい結果に結びつかいないと思っていたら、誰も努力しない。彼らは、敗者であるのは、自分の責任でなく、政府のせいだと考えている。白人の労働者階層は、自分たちの問題を政府や社会のせいにする傾向が強く、しかも、それは日増しに強まっている。
社会制度そのものに根強い不信感をもっている。仕事はない、何も信じられず、社会に貢献することもない。
彼らは報道機関をほとんど信用していない。白人保守層の3分の1は、オバマ前大統領について、イスラム教徒であり、外国生れであり、アメリカ人であることを疑っている。
オバマのようなエリート大学を卒業し、なまりのない美しいアクセントで英語を話す人間とは、共通点がまったくないと感じている。
ヒルビリーの家庭では、ののしりあって叫び散らし、ときに取っ組み合いのけんかをするのは日常茶飯事だった。しかし、それも慣れたら気にならなくなる。
著者にとって、子どものころに辛いことはたくさんあったが、きわめつけは父親役が次々に変わっていったこと。そのため、姉も著者も、男性とはどのように女性に接するべきものなのかを学ぶことが出来なかった。
どこの家庭も混沌をきわめている。子どもは勉強しないし、親も子どもに勉強をさせない。
白人労働者階級の平均寿命は低下している。料理はほとんどしない。朝はシナモンロール、昼はタコベル、夜はマクドナルド。
ミドルタウンではショッピングセンターもさびれている。営業している店はとても少ない。
1970年に白人の子どもの25%が貧困率10%以上の地域に住んでいた。これが2000年には40%に増加した。移動できるだけの経済的余裕のある人々は去っていくので、最貧層の人々だけが取り残される。
ミドルタウンの市街地再生の取り組みは、いつだって失敗した。それは、消費者を雇用するだけの仕事がないからだ。
ミドルタウンでは、公立高校に入学した生徒の20%は中退する。大学を卒業する人はほとんどいない。彼らは将来に対して期待をもてない世界に住んでいる。自分ではどうしようもないという感覚を深く植えつけられてきた。これは学習性無力感と呼ばれている。
著者は優しい祖父母と海兵隊のおかげで、やがて自分に自信をもち、ついにはイエール大学のロースクールに入り、弁護士になりました。そして、そこで、アメリカの上流知識階層と自分の育った階層との違いを深く自覚するのでした。
すさまじい親子の葛藤が詳細に紹介されていて、そこから脱却していく過程にも興味深いものがあります。今日のアメリカ社会の真実を知るために大いに役に立つ本だと思いました。
(2017年5月刊。1800円+税)

2017年5月31日

108年の幸せな孤独

(霧山昴)
著者 中野 健太 、 出版 KADOKAWA

前から気になっていた、この本を読んだのは、富山の鍛冶富夫弁護士のキューバ旅行記を読んだ直後、まさにその日でした。まったくの偶然の一致なのですが、そんなことも世の中にはあるのですよね・・・。
私は残念ながらキューバには行っていませんし、遠すぎるし、フランス語圏でもないので、恐らく行くことはないと思うのですが、カストロ、ゲバラそしてマルケル・ムーア監督の映画『シッコ』をみていますので、あっ、もうひとつ、例のキューバ危機ですね、キューバには強い関心をもっています。
この本は、キューバへの移民一世の島津三一郎氏が108歳の誕生日を迎えるまでをたどっています。島津氏は、やがて亡くなられましたが、キューバへの日本人移民の実際を知るうえで、貴重な生き証人でした。表紙の顔写真をみると、いかにも誇り高い男性だったようです。
キューバは人口1100万人。そこに108歳の日本生まれの男性が暮らしていた。20歳のとき、農業移民としてキューバに渡り、以来、日本に帰ったことは一度もない。
キューバ移民のあいだでは、1万ドルを日本へもち帰ることが成功の目安とされていた。
しかし、それを達成したのは、128人の日本人移民のうち1割もいなかった。
キューバを訪問する外国人は年間350万人。ハバナの民泊料金は、安くても1ヶ月に6万円ほどかかる。
島津氏が入居している老人ホームの入居費は月に200円。月に1000円の年金が支給されるので、生活費のすべてが年金でまかなえる。島津氏は108歳まで長生きできたのは、お金をもっていないからだと胸をはって説明する。
「お金のために争いが起こり、騙したり、やましくなったり、不安になったり、そして死んでしまう。長生きできない」
キューバでは、お金の心配をすることなく生きられる。人を騙さず、自分を騙さずに生きてきたと島津氏は胸をはる。
第二次大戦中、350人もの日系人が1943年2月に刑務所に強制収容された。そして1946年1月から3月にかけて釈放された。その厳しい差別的扱いを日系人一世は子どもたちに話すことはなかった。話せば、国(キューバ)を批判することになるからだ・・・。
キューバの老人ホームは要介護度によって入居者を選択していない。
キューバの老人ホームは、すべて国が運営していて、介護ビジネスは存在しない。老人ホームには専属医師が常駐している。老人ホームでは、3度の食事のほか、おやつも一日3回出る。島津は、全部食べる。食欲旺盛だ。
キューバには7万6506人の医師がいる。人口1000人あたりで6.7人。日本は2.3人、アメリカ2.5人と比べて、2倍以上。医師の4割の3万人がホームドクターとして活動している。
キューバでは、医師も製薬会社も民間ではない。つまり、医療で金もうけを競うライバルは存在しない。人工透析治療によって利益を得る人も会社もいない。
キューバは、国の財政難が深刻になっていくなかで、それまで以上に地区住民の予防医療に力を入れた。その結果、患者の重症化を未然に防ぎ、結果として医療財政の全体を抑制することができた。新生児や乳幼児の死亡率はアメリカより低い。
フィデル・カストロは、どんなに国内経済が疲弊しても、国民の命を守ることは国の最大の使命であると考えた。
これこそ、ホンモノの政治ですよね。老後を個人の貯えではなく、国が安心して暮らせるように保障するキューバの考え方を日本でも一刻も早く取りいれるべきだと痛感しました。
いい本です。元気が出てきます。
(2017年1月刊。1700円+税)
 フランス語検定試験(仏検)が近づいてきましたので、過去問にあたり始めました。朝と夜ねる前に1年分ずつやります。仏検一級を受けはじめたのは、なんと1995年からです。ですから、もう20年以上になります。3級から受験していますので、恐らく30年になると思います。
 肝心の成績ですが、準一級には合格していますが、一級は歯が立ちません。前置詞も動詞と名詞の書き替え、成句どれをとっても私にとっては超難問ばかり。あきらめることなく挑戦しているだけが取り柄の私です。

2017年5月17日

「勝ち組」異聞

(霧山昴)
著者 深沢 正雪 、 出版  無明舎出版

戦後のブラジルで日系人同士が殺しあったとされる事件の真相に迫る本です。
終戦直後のブラジル人日系社会の7割以上が勝ち組だったとされているのに、「私は勝ち組だった」と言える雰囲気は、70年たった今もない。それだけ、「勝ち組」抗争に関するトラウマは深く、今もって癒えていない。終わっていない。つまり、この勝ち負け問題は過去の話ではなく、今も続いている。
「勝ち負け抗争」とは、終戦直後のブラジル人日系社会において、日本の敗戦を認めたくない移民大衆が「勝ち組」となり、ブラジル政府と組んで力づくで日系人に敗戦を認識させようとした「負け組」とが血みどろの争いを演じたという特異な事件である。
日本人同士が争い、20数人の死者、数十人の負傷者を出した。終結するまでに10年近い歳月が必要だった。
日本からのブラジル移住が本格化したのは、1923年9月1日の関東大震災が大きなきっかけとなった。1924年にアメリカが排日移民法を制定して、日本人を受け入れなくなったことにもよる。
1925年からの10年間で、全ブラジル移民25万人の半数以上の13万人がブラジルに渡った。
戦前のブラジル移民の最大の特徴は、20万人の85%が「デカセギ」のつもりで渡っていて、5年か10年、ブラジルでお金を稼いだら、日本に帰るつもりだったこと。
日本人移民は、ブラジルで差別され、馬鹿にされた。「今にみておれ。日本はきっと戦争に勝って、ブラジルに迎えに来てくれる」と思い込み、心の支えとした。
戦争中、ブラジル政府に対して恨み骨髄になっていた日本移民にとって、日本が戦争に勝ってブラジルまで来てくれることが唯一の救いとして期待が高まっていた。
「負け組」、日本が戦争に負けたことを認識する人々は、戦争中にブラジル官憲から資産凍結・監禁や拷問にあった層だった。負け組は、官憲からの弾圧を恐れていた。つまり、ブラジル日系人の勝ち負け抗争の本当の原因は、戦前戦中からの日本人差別にあった。
戦前移民20万人の85%は日本へ帰国したかったのに、大半(93%)がブラジルに残った。イタリア移民で定着したのは13%、ドイツ移民は25%なのに比べて、日本移民の93%は圧倒的に多い。
勝ち負け抗争が終結したあと、ブラジルに骨を埋めようと思い直した勝ち組は、サンパウロ州立総合大学(USP)を「ブラジルの東大」と呼んで、子どもを入学させようとした。人口比では1%もいない日系人がUSP入学生10%を占めるようになったのは、圧倒的多数の勝ち組が、思いの矛先を帰国から永住に切り替えたことによる。勝ち組の親たちが、心を入れ替えて、身を粉にして働いて子どもを大学に入れた。だからこそ、ブラジル社会から信頼される現在の日系社会が形成された。
「勝ち組」を単なる狂信者なテロリストであるかのように決めつけてはいけないと思ったことでした。
(2017年3月刊。1800円+税)

2017年5月15日

そして、ぼくは旅に出た

(霧山昴)
著者 大竹 英洋 、 出版  あすなろ書房

面白い旅行記です。いつのまにか、自分も一緒になってシーカヤックを漕いでカナダの湖をすすんでいる気分になってきます。
若いって、いいですよね。見たこともない土地へ行って、憧れの写真家へ弟子入りしようと押しかけるのです。そこはカナダの辺ぴな湖のほとりです。車がなければ、湖をカヤックかカヌーで漕いでいくしかありません。それで、押しかけた先で即座に弟子入りを断られたら、どうしましょう。いいえ、そのときは、そのとき。それから考えれば、いいんだ。ともかく、行ってみよう。すごいですね、若者の特権ですね。変に分別のついた大人には、とても真似できません。
車があれば一日で行けるところをシーカヤックを漕ぎ、陸路はカヤックをかついで進むこと8日間もかけてたどり着きます。いえ、この8日間も、たっぷり道草を食うのです。なにしろ目ざすは写真家なのですから、シャッターチャンス優先です。珍しい鳥が産卵のために巣で卵を温めている光景を見つけたら、その写真を撮るのが優先なのです。
カナダのこの地方には危険な動物はあまりいないようです。でも、蚊とアブにたかられて困りました。
東京で育った著者は一橋大学ではワンゲル部に入り、虚弱な身体を鍛えました。そして、カヤックを漕いだこともないのに、キャンプした経験だけはワンゲル部でたくさんあるのを武器として、カナダの「ノーズウッズ」に挑んだのでした。
「ノーズウッズ」とは、北アメリカ大陸の中央北部に広がる湖水地方を指す。そこには数え切れないほど多くの湖が存在する。緯度が高いので、冬の寒さは厳しく、マイナス30度はあたりまえ、1年の半分は雪と氷に閉ざされ、ときにはマイナス50度にもなる。
著者は、1999年以来、この地に通い続けている。
この本は、その最初のときを刻明に再現しています。よくもまあ詳細に描き出したものです。写真家としてだけでなく、文才のほうも相当なものです。メモ魔を自称する私も顔負けです。
著者がスノーウッズに足を初めて踏み入れたのは24歳のときです。3ヶ月間そこにいて、人生観を大きく変え、自信をつけたのです。いやあ、うらやましい限りです。
この本に登場してくるのは、ジム・ブランデンバーグ、オオカミの写真で世界的に知られる自然写真家、そして極地探検家のウィル・スティーガーの二人です。この二人に、8日間のカヤックの旅でやってきた日本人だということで、歓待されたのです。努力が報われました。 
そして、そのきっかけは、著者のみた夢だったのです。夢って、あだやおろそかには出来ませんね。カヌーどころか、東京になる井の頭公園の貸しボートを漕いだことがあるくらいという著者の言葉には、つい笑ってしまいました。私も、大学生のとき、彼女とデートしたときボートを漕いだことを思い出しました。
400頁をこす部厚い本ですが、私は半日かけて夢見心地で読み通しました。わあ、こんなところがあるのか・・・。行ってみたいな。そう思いました。東京のディズニーランド(一度も行ったことはありません。行く気もありません)より、よほどことらのほうが面白そうです。とはいっても、一人で森の中でキャンプする勇気と技術を身につけていなくてはいけません。その若さをうしなってしまったのが残念です。その思いを、この本を読んで少し満たすことにしたのです。
このころちょっと疲れたな、そんなときには旅に出ましょう。そして、この本を一緒に持っていけば最高ですよ、きっと・・・。素敵な本をありがとうございました。
(2017年3月刊。1900円+税)

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