弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

社会

2015年9月16日

空のプロの仕事術

(霧山昴)
著者 杉江 弘   出版 交通新聞社新書
 
月に1回か2回は上京しています。もちろん飛行機を利用します。本心は、飛行機は怖いのですが、もはや新幹線に乗って上京しようとは思いません。時間がかかるうえに疲れてしまうからです。大学時代には、上京するときは寝台特急「みずほ」を利用していました。夕方ころ出発して、翌朝遅くに東京に到着していたと思います。今では、このブルートレインはなくなってしまいました。
私の身近には、飛行機は怖いから乗らないという人が何人もいます。その一人、福岡の弁護士は、北海道まで新幹線を乗り継いで行ったというのです。すごく疲れたことでしょうね、、、。飛行機は、なんといっても安全を第一にしてほしいと思います。
アメリカの政府専用機、いわゆるエアフォースワンは、エンジンが4基あるボーイング747の200Bを使っている。なぜか? 安全性で優れているから。エンジンが4基あると、一つのエンジンが故障しても、残りの3基のエンジンによって目的地まで飛行できる。エンジンが2貴だと、一つのエンジンが故障したら、ただちにも最寄りの空港へ緊急着陸しなければならない。シベリア大陸の上を飛んでいたら、なかなか空港は見つからない。太平洋上だと海上着水しか選択肢はないこともありうる。
エアフォースワンには、航空機関士1人、航空士1人も搭乗して、2人のパイロットとあわせて4人で運航している。
日本のボーイング新型機は、エンジン2基で、パイロット2人でしかない。本当に大丈夫なのだろうか、、、。
航空会社の経営陣にとって、コスト削減で一番かんたんなのは整備費を少なくすること。今では、自主整備をしている会社は一社もなく、すべて整備専門の会社に外注している。これでは自社に人材が育たない。育つはずがない。
飛行機の運航の安全性を確保するうえで大切なものの一つに労働組合を尊重し、きちんと対話することだと思います。労組を統制の対象としてしかみない古いやり方から一刻も早く脱してほしいと思います。『沈まぬ太陽』(山崎豊子)を読んだとき、JALの理不尽な労務政策を知って怒りを燃やしました。今もJALとたたかっている人たちがいます。私は飛行機に乗るたびに、彼らが現場作業を監視してくれていると感謝しています。
飛行の安全性は、ぜひ今後ともぜひ厳守してほしいものです。
(2015年2月刊。800円+税)

2015年9月12日

徹底批判!カジノ賭博合法化

(霧山昴)
著者 全国カジノ反対連絡協議会   出版 合同出版
 
日本はすでに世界一のギャンブル大国と言われる。パチンコ、スロット、競輪、競馬、競艇、オートレースと、、、。
全国のパチンコ店は、減ったといっても、まだ1万2000店以上もある。
カジノの収益の90%は、10%のギャンブラーに依存している。大金を賭ける優良顧客は10%であり、優良顧客をいかに確保するかがカジノ収益を左右する。
カジノ企業は、1人でも多くの客をギャンブル依存の状態に誘導し、「滅びるまで賭け」させ、限られた「優良顧客」から高収益を得ている。
アメリカでは、一般受刑者の30%がギャンブル依存症だと言われている。
日本ではギャンブル依存症の60%に500万円以上の借金がある。
日本にカジノを設置しようとしているのは、日本に来る外国人の金持ちが狙いではない。あくまで、日本人ギャンブラーからお金を吸い上げようというもの。ここをカジノ協議連盟などのカジノ推進派はごまかしている。
カジノの「経済効果」とは、「不幸をまき散らすビジネス」でしかない。
カジノの実現を狙う議員の多くは、戦争法案の推進派でもあります。根っこはひとつ。自分の金もうけのためには、国民の多くが不幸になってもかまわないという我利我利亡者であるということです。情ない連中です。
   (2014年8月刊。1200円+税)

2015年8月30日

作家で10年生きのびる方法

(霧山昴)
著者  鯨 統一郎 、 出版  光文社

 本格推理小説の第一人者が、売れる作家を10年続けてきた内幕を明らかにした体験的小説です。モノカキ志向で、今も小説に挑戦している私にとって、ヒント満載の本でもありました。
スタートは1998年(平成10年)です。
 「北方謙三のような緊迫した文章が書けるか?」
 「大沢在昌のように読者を引っぱっていくテクニックを理解しているか?」
 「若者のようなみずみしい感性はあるのか?」
 「熟練工のように人をうならせる技(わざ)はあるのか?」
 「活躍している作家たちは、みな独自の武器を持っている。これだけは、ほかの作家には負けないという武器を。それで、キミは?」
 せっかくデビューしても、半分以上の作家は1年後には消えている。毎年400人の作家がデビューしている。
 赤川次郎や西村京太郎のような流行作家は、1日に12枚ほど書いている。
 梶山秀之は、月産1200枚。1日40枚。黒岩重吾は月産1000枚。笹沢佐保は1500枚。そして松本清張は月1000枚だった。
 ミステリ小説では、冒頭に魅力的な謎を提示する。すると、読者は興味を持ち、先を読みたくなる。
 出版社は、ボランティアではない。商売だ。利益が出ると思うから作家に発注する。
なるべく読点を使わず、文章をつづるのが基本だ。読点が多いほど文章の流れが悪くなる。流れるように読んでいた文章に読点があると、そこで流れが止まる。その判断方法は声に出して読んでみること。そうすると、流れがいいかどうか、たちどろに分かる。
 インプットなくして、アウトプットなし。子どものころから読んできた膨大な小説のおかげで、文章が書ける。子どものころから親しみ、摂取してきたマンガ、テレビ、映画のおかげだ。それで摂取してきた文章、物語、ストーリーが脳に蓄積され、無意識のうちにしみ出してくる。
 取材旅行には、ノートパソコンの類は一切もっていかない。旅行は、心身ともに新鮮になる機会だから、パソコンは持っていきたくない。
 小説を書いているのは、書きたいものを書くため。すべて自分の趣味なのである。
 ぼくの趣味と一致する趣味を持つ人がいて、きっと読者になるはずだ。
 書くときには、あらかじめプロット(アラスジ)を組んで書くのだが、興が乗ると、プロットのことなど頭から消し飛び、書きながらプロットとは別の展開が頭に浮かび、それを真剣に検討する間もなく、勝手に物語を書きつづってしまうことがある。ライダーズ・ハイという。
 とても役に立った小説の書き方、ハウ・ツーものでした。
(2015年6月刊。1500円+税)

2015年8月29日

禁忌

(霧山昴)
著者  浜田 文人 、 出版  幻冬舎

 ハードボイルド小説です。私は、東京・銀座の夜の世界がどうなっているのかが知りたくて、読んでみました。
 今から20年以上も前のことになりますが、銀座のクラブでひとときを過ごしたことがあります。もちろん、東京の知人の弁護士がおごってくれたのです。そのとき、私が福岡出身だというと、何人かのホステスが長崎のハウステンボスには行ったことがあると言うのです。
 ハウステンボスは、愛人を連れた東京の金持ち連中の不倫旅行の格好の舞台だということを、そのとき知りました。たしかに、「ホテル・ヨーロッパ」は、そんなしゃれた雰囲気でした。HISの経営になって大衆化してからは、どうなっているのでしょうか・・・。
 銀座のクラブホステスの半分は精神を病んでいる。いつクビになるのか、ひやひやしながらの毎日だから、精神病を患うのも無理はない。
 銀座のホステスの7割は彼氏がいない。精神的に余裕がないうえに、時間の余裕もない。昼間は電話とメールで営業、深夜は強制のアフターがある。
 この10年来、東京都内の自殺者は年間2500人をこえている。1日に約7人。そのうち女性が3割。男性では50代が突出している。
 クラブのセット料金は1万5千円。それにボトル代とドリンク代を足した金額を純売上げという。これがホステスの日給の対象になる。純売上げにいろんなチャージをつけ、50%のサービス料を加算した金額が客への請求額となる。
 クラブで客に多額のお金を使わせるためには、高いシャンパン、たとえば1本35万円のドンペリや、高額ワインを注文して飲ませる。10万円のシャンパンを2本あけると、客は20万円ではなく、いろいろチャージが付加されて40万円の請求を受ける。
 一人のホステスの総売上が200万円だとすると、もろもろ差し引かれ、手取りで月80万円となる。クラブのホステスの在籍が50人として、1日の出勤者は35人。ホステスの8割はヘルプで、ヘルプは週に3日か4日、出勤する。
 月の売上げが150万円未満のホステスをヘルプという。ヘルプの平均日給は3万3000円ほどで、月の手取りは40万円。
 ヘルプのホステスがまじめに仕事をしようとしたら、貯金するのは、ます無理。ええっ、月収40万円でも貯金がたまらないのですか・・・。
銀座で年俸1000万円をこえるホステスは全体の5%未満。ホステスの平均年収は、上場企業の女性正社員と同じくらい。ところが、手取り分から、衣装を購入し、出勤前に美容室に行く。顔や身体の手入れにもおカネがかかる。
クラブでホステスしていても、客との会話が苦痛で、同僚の女性との折り合いが大変だと思う女性は、人間関係に神経をつかわないですむ性風俗店にくらがえしていく。
 東京都内には、ソープランドや、ファッションヘルス、ピンクサロン等の性風俗店で働く女性が急増し、現在では3万人をこえると推定されている。いや、十数万人になるという説もある。
 銀座の夜の世界には、もう一つ、金持ちヤクザははびこっているようです。超大銀行と暴力団との腐れ縁は昔から有名ですが、最近ではIT企業のトップなどとも暴力団はつながっているようですね。そして、そこに退職した警察官と実は現役の警察官までがからんでくるのです。まったく、いやになってしまいます。
 そんなことを考えさせてくれる警察小説でもありました。
(2015年4月刊。1600円+税)

2015年8月27日

新・観光立国論

(霧山昴)
著者  デービッド・アトキンソン 、 出版  東洋経済

 日本の観光産業を振興するための積極的提言がなされている興味深い本です。
 国内の観光需要を格段レベルアップするにはまずはゴールデンウィークをなくすべきだというのは、私も大いに賛成です。昔のリゾート開発のときにも、提唱されていましたが、歴代の自民党政権は祝日を増やすことしか考えていません。これでは観光産業を育成することにはなりません。日本人が、もっと仕事を休めて旅行できるようにしないと観光業の発展はありません。ゴールデンウィークは集中豪雨型の忙しさをもたらし、それがすぎると閑散としている、というのでは良質なサービルを提供できるはずもありません。
 日本が観光立国を目ざすなら、ゴールデンウィークは廃止すべきだ。国内観光客が一時期に集中するのは、観光ビジネスにとっては大きな障害となる。ゴールデンウィークの廃止によって国内観光客が均されれば、もっと大胆な設備投資が出来、観光業が産業として成立しやすくなる。
 東京オリンピックを招致するときの滝川クリステルの「お・も・て・な・し」とひと文字ずつ区切って話したのは、良くなかった。あれは、相手を見下している態度と受け取れる。日本人は絶賛したが、ヨーロッパの見方は全然違う。
 うひゃあ、知りませんでした・・・。
 日本に「高級ホテル」がないという指摘には、腰が抜けそうなほど驚きました。
 皇居の周囲にできたペニンシュラなどの一泊40万円とか50万円(本当はもっと高い?)というのは超高級ホテルは泊まったことがありませんし、泊まろうとも思いません。ところが、この本によると、世界のスーパーリッチ層にとっては、安すぎて泊まろうとは思わないのだそうです。
 では、いくらのホテルにスーパーリッチは泊まるのか?
 1泊400万円とか900万円というホテルに泊まるのです。
 いやはや信じられない金額です。そう言えば、東京都内で遊ぶときには、遊園地を「貸し切り」にしてファミリーで遊ぶのです。とても想像できない世界です。
 日本人は、日本という国が観光後進国であることをもっと自覚せよと警鐘を乱打しています。なるほど、と思いました。外国人観光客1300万人というのは少なすぎるのです。
日本人は観光アピールを勘違いしている。
 気候、自然、食事をもっとアピールすべきであって、治安がよいとか電車が正確とか自動販売機が町にあふれているということで外国人が日本に来るわけはない。
 目からウロコの本でもありました。
(2015年7月刊。1500円+税)

2015年8月19日

ものいわぬ人々に

(霧山昴)
著者  塩川 正隆、 出版  朝日新聞出版

 なつかしい名前が登場してきます。
 故國武格(くにたけいたる)弁護士です。久留米大学の顧問弁護士でした。「温厚な性格で、大学の不当労働行為を訴えた事件でも、嫌らしい質問は一切いなかった」とありますが、まさにそのとおりの人物でした。
 國武弁護士は「組合が正義ですよ」と言ったそうです。その労働組合の中心人物こそ、この本の著者なのです。
 当時の久留米大学には、労働組合つぶしのために文部省官僚だったY氏が理事長として送り込まれてきて、労使紛争が絶え間なく起こっていたのです。物言わぬ労働組合をつくりあげると、当面はいいかもしれません。表面的には「正常化」するでしょう。ところが、その水面下では、従業員のやる気が損なわれ、企業(組織)は停滞し、活性化しなくなるのです。
独断専行のY氏は、まさに紛争を多発して組織の活性化の重大な阻害要因となったのでした。
 Y氏が理事長を退陣したとき、著者も大学をやめました。なかなか真似のできない英断ですよね。
この本には、沖縄で32歳の若さで戦死した父親の遺骨を探すために、150回をこえて沖縄に通っていること、そして、叔父(父の弟)が戦死したレイテ島へ遺骨を探しに行っていることも記されています。
沖縄の父親からは、戦時中に来た軍事郵便が30通も残っているとのことです。ところが、沖縄のどこにいたのかまでは書かれていません。軍歴簿には「昭和20年6月22日、沖縄本島米須 戦死」と書かれているだけ。
また叔父の遺骨を探しに、著者はレイテ島に何回も渡っています。
 実は、私もレイテ島には日弁連の公害現地調査で行ったことがあります。タクロバンにも泊まりました。かつての激戦地跡には原生林がなく、みな戦後になって植林したと聞きました。うっそうと茂ったジャングルは今はないのです。
 父親は、著者が生まれて1週間後に兵隊にとられています。我が子に会いたいというのが毎回のハガキに書かれていますが、その気持ちは本当によく分かります。
 戦争こそ最大の人権侵害。著者は、安倍政権の戦争法案の廃案を強く訴えています。
 著者の裁判も担当した福岡の川副正敏弁護士より贈呈を受けました。いい本を、ありがとうございました。
(2015年8月刊。1389円+税)


幼鳥2羽をダンボールに入れる。ヒヨドリは、かまびすしく周囲を飛びまわって鳴いている。
  どうしよう。2羽もいる。買ってきて、練り餌を与えてみるか、、、。やるだけのことはやってやろう。お盆休みで店は閉まっているかもしれない。心配したが、店は開いている。鳥カゴとペースト状になる幼鳥向けのエサを買う。
鳥カゴの組立は簡単なようで難しい。なんとか組み立て、ダンボール箱から2羽の幼鳥を鳥カゴに移し、ペースト状の練り餌を注射器みたいなもので幼鳥の口に押し込もうとするけれど、なかなかうまくいかない。
幼鳥2羽は、明らかに大きさが異なる。これも自然の掟だな。まずは大きいほうを無事に育て上げるのだ。
ヒヨドリの親がしきりに鳴いているので、鳥カゴのフタをはずして木の枝にぶら下げてみる。

2015年8月14日

正楽三代

(霧山昴)
著者  新倉 典生 、 出版  インプレス

 寄席・紙切り百年というサブ・タイトルのついた本です。高座にかしこまって座っていながら、身体をゆっさゆっさ揺らしつつ、紙を動かしてはさみで器用に切っていく。紙切りは、本当に芸術だと見とれていました。
 この本は、初代、二代そして三代正楽の生きざまを刻明に追っています。
 高座で切り抜いたものを、その場で客に見せ、見せた瞬間に客をうならせるものでなければ、寄席芸にはならない。
 絵心はないほうがいい。紙切りは、見てすぐ分かるのがいい。一目見て分かるように切る。それが寄席の紙切り。
 短い時間で、いかに客を感嘆させる一枚を切り抜くか、いわば時間との勝負でもある。熟練の域に達したら、ひとつ切り抜くのに2~3分。客に見せた瞬間はもちろん、あとでじっくり鑑賞するのにも耐えてくれる作品に昇華させるのが理想的なのだ。
 上手く切ることよりも、客を喜ばせること、これは寄席芸の鉄則。寄席の紙切りは、高座に上がってから降りるまでが芸である。切った作品の良し悪しもさることながら、切っている姿も、また切った作品を客に見せる瞬間を演出するのも芸のうち。
 ちょっと身体を揺らすと、紙も揺れて、途中経過が分からなくなる。途中経過を見せないほうが、出来あがりを見たとき。客の感動は大きくなる。身体を揺らすと、躍動感が出る。
ふつうの人が紙を切るときは、ハサミの股の部分で切る。紙切りはもっと刃の先のほうで切る。ハサミのネジをゆるめて、刃の動きを自由にして、切るときの支点を刃先に近づけていく。紙との接点も刃先に近い。そして、その支点を微妙に変えながら、ハサミではなく、紙を動かすことで切っていく。いや、切れていく。
 初代の正楽は、ハサミを使うときに出来るタコが出来たが、しばらくして、すっかり消えてなくなった。ハサミを使うのに、力がいらなくなったからだろう。
線を引いてから切る癖をつけると、一人前の紙切り師にはなれない。
 世間が知っている世の中の物事を常に仕入れ、デザインを考え続け、高座で優雅に身体を揺らしながら、いとも簡単に注文にこたえる。しかし、その裏には、病気療養中でも、1日に30~40枚は切って勉強(練習)を欠かさなかった。そして、高座で失敗しないように、若いとき酒は飲まなかった。
 芸人の厳しさが、ひしひしと伝わってくる本でした。
(2015年4月刊。2100円+税)

2015年8月 6日

キラキラネームの大研究

(霧山昴)
著者  伊東 ひとみ 、 出版  新潮新書

 光宙と書いて、ぴかちゅうと読む。
 近ごろ子の名前は、本当に読めません。私は、いつも、相談を受けるときに家族(子ども)の名前の読みかたを教えてもらっていますが、いつも驚きの読み方です。
 1993年(平成5年)に我が子を「悪魔」と名づけようとした親がいて裁判となったのは有名です。ちょうどそのころ、私は「飛虎」という名前をつけようとした子どもの祖父から相談を受けました。ヒトラーを崇拝した暴走族の兄ちゃんが父親になったのです。
 ヒトラーは、ご承知のとおり日本人をふくめて黄色人種を劣等民族としていました。そんな人物を命名するなんて、間違っています。幸い、このときには町役場が受け入れず、また裁判にもなりませんでした。
 最近のキラキラネームは、フリガナがないと読めないし、フリガナがあっても読み方に違和感が残るものがほとんど。
 女の子の名前は、かわいらしさと呼びやすさから「ゆい」「ひな」「ゆあ」のように二音するのが流行。やわらかくて易しい響きがある。音の響きに、最近の親は、かなりこだわっている。
 徳川家の最後の将軍である徳川慶喜は、「よしのぶ」と思っていました。「けいき」とも読みますが、実は、「よしひさ」という読み方もあるそうです。知りませんでした。
 忠臣蔵で有名な大名内蔵助良雄は「よしお」ではなく、「よしたか」また「よしかつ」とも読むそうです。
 明治の初めまで、日本では個人の名前は、ころころ変わるものだった。
 典型的な一人として徳川家康が紹介されています。幼名は竹千代、そして人質のころは松平元信。それから、松平元康。そして徳川家康となった。通称は、二郎三郎。官職は、いろいろついて、将軍を引退したあとは、大御所様。没後は、「神君」(しんくん)。神号としては、「東照大権現」。
江戸時代にも、難読名乗りがブームになっていて、本居宣長が嘆いた。
 古く、日本人は実名を他人から呼ばれると、もともとの実名がもっていた神秘的な呪術性が失われてしまうと考えていた。だから、容易には読まれないようにする意図があった。
 仮名(けみょう。通称)は、実名ではないから、他人に知られ、万一、呼ばれても安心だと考えられた。
古代の女性にとっては、相手の男性に自分の名前を教えることは、身を許すことと同義であり、名前を知られることは、文字どおり相手の支配下に置かれることを意味していた。だから、そうそう簡単に教えるわけにはいかなかった。
この世で一番短い「呪」とは、名前なのである。それは、親から子への最初のプレゼントだが、その名前は子どもに生涯つきまとい、その子の運命をも左右する。
昔から、日本人は、他人が他称の違和感を覚えようとも、子どもの名前はこの音の響きでなければならない。他人には読みにくくても、この漢字で表記しなければ・・・。そんなやむにやまれぬ衝動は、現代のキラキラネームをつける親の心理に直結している。
 漢字で書くからこそ表せる意味の世界と、さまざまに読むことのできる多様な音訓。このズレのなかで名前を付けてきたのだ・・・。
 キラキラネームが、単なる一過性のブームではないことがよく分かりました。
(2015年5月刊。780円+税)

2015年8月 5日

カジノ幻想

                (霧山昴)
著者  鳥畑 与一 、 出版  ベスト新書

 世界一のパチンコ普及率であり、ギャンブル依存症が蔓延している日本へ、今度はカジノ産業を誘致して日本経済を復興させようという人たちがいます。カジノ法案を推進する議員連盟の多くは、安保法制法案、つまり戦争法案を推進する人たちでもあります。
 要するに、金もうけが出来れば、自分さえよければ、他人がどんなに不幸になろうとも、社会不安がひどくなっても、そんなことは知ったことじゃないという我利我利妄者の連中です。悲しくなります。
 アメリカでは、カジノは典型的な「略奪的ギャンブル」と言われ、ビンゴや宝くじといったギャンブルに比べても、ギャンブル依存症に誘導する危険性は非常に高い。
 カジノは、大金を得る快感と失う喪失感を交互に味わわせることで、脳内に物理的依存症と同じ状態をつくり出す。
 イギリスでは、カジノは長く会員制が原則だったし、カジノに認められるテーブルの数やスロットマシンの数は、きびしく規制されていた。ところが、IR型カジノは高収益の確保を必須とするので、このような規制は考えられない。
 カジノは、客がほとんど負けて終わるように商品設計されたギャンブルを提供するビジネスである。地方都市にカジノが出来たら、その客はほとんど国内顧客で占められることになる。
 すでにアジア市場でカジノは飽和化がすすんでいる。したがって、中国北部のギャンブラーが韓国・台湾を飛び越して大挙押し寄せるというのは、ほとんど期待できない。
 結局、日本にカジノが出来たら、そのほとんどは国内客だのみにならざるをえない。
 カジノ・ギャンブルは、客が負けるほど収益が増大するビジネスである。それは、地域の経済を衰退させ、ほとんどの客を負けに追い込むことで顧客を貧しくするビジネスなのだ。
 そのうえ、ギャンブル依存症という病を中心に、大きな社会的犠牲とコストを地域社会に押しつけるものである。
 現代のスロットマシンは、コンピュータプログラムで、長くプレイするほどカジノ側がもうけ、顧客側は必ず負けるように設計されている。いま、アメリカのギャンブル収益の80%以上はスロットマシンからである。
カジノにおける「もうける力」とは、より多くの顧客を負けさせる力のことである。
 カジノの「もうける力」の追求とカジノの厳格な規制は相反する。
 日本をこれ以上ギャンブル依存症患者の多い国にしてはいけません。日本にカジノはいりません。
(2015年4月刊。840円+税)

2015年7月31日

さらば、ヘイト本

                               (霧山昴)
著者  大泉 実成・加藤 直樹 ほか 、 出版  ここから

 嫌韓・反中本ブームの裏側を探った本です。
 福岡の本屋には、今でも嫌韓・反中の本が店頭に平積みしているところがあります。まさしく安倍首相の思うツボの状況があります。
なんとなく、韓国はいやだな、中国は怖いぞと思わせておいて、だから突然、自衛隊は海外へ武器をもって出かける必要があるのですと、論理を飛躍させるのです。
 そこにあるのは、思考の停止です。まともに自分の頭で、じっくり考えることなんて求められていませんし、許されません。まるで、オウム真理教の世界です。
 ヘイト本は、それをあおりたてた、タチの悪い本です。売れたらいい、あとがどうなろうと自分は知らない。お金ほしさになんでもやるという編集者たちの頭のなかは、いったいどうなっているのか・・・。
 ヘイト本のブームは2013年から2014年までの2年間。累計して200冊以上の嫌韓・反中の本が刊行された。
 月刊「宝島」は、ほぼ毎号「反日叩き」を特集してきた。しかし、2014年11月号を最後として、大特集はしなくなった。
 漫画誌の「ガロ」は、私も大学生のころ、まわし読みしていました。なにしろ、白土三平の「カムイ外伝」など、目を見開く思いでマンガを読んだものです。いわば、反権力の「ガロ」の出版社である青林堂が、いつのまにかヘイト本の出版社になっていただなんて・・・。信じられません。
 「在特会」だけでなく、他者を排撃していく運動というのは、その根底にあるのは、自分の存在に対する不安だ。個々が切れている。切れてしまっているから、不安になって、何かに結び付きたくなる。彼らが攻撃しているものは、実は、自分の内面にあるものなのだ。
歴史的事実を無視して、一方的に虚妄の主張をくり返すのは、かつてのルワンダの虐殺扇動を思い出させます。
言論人も責任があることを少しは自覚すべきですよね・・・。いい本でした。
(2015年5月刊。900円+税)

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