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フロイス「日本史」再読

(霧山昴)

著者 服部英雄、貴田潔ほか編 、 出版 臨川書店

戦国時代の日本にやって来た宣教師のルイス・フロイスは、日本社会をじっくり観察して貴重な見聞録を残しました。イエズス会の教団本部に報告するためです。

ところが、実は、フロイスの作成した「日本史」はマカオに留まっていて、ポルトガルには送られていなかったというのです。それでも少しずつ送られ、フロイス「日本史」が発見されたのは1894年のことでした。

フロイスは、好奇心旺盛で、筆まめで、情報を夢中になって集めた。織田信長、豊臣秀吉、そして大友宗麟らと親しく会話した。

この本を読んで、なぜ当時の日本人が我も我もと短期間のうちに大量にキリスト教の信者になったのか、大きな謎が解けました。

宣教師は仏教の本場ないし発祥の地である天竺(てんじく)から来た宗教者だと思われていたのです。そして、宣教師も、日本人の観念を意図的に利用していました。

仏教の本場から来た呪術的神通力の持ち主。宣教師はこのようなイメージだった。

日本人は病気についての現世利益を求め、ザビエルも聖典の呪力を指示した。ザビエルは、福音書の文を紙に書いて与え、それを首に掛けたら病気が治るとした。

天竺から来た高僧は、こうした力を必ず有していると日本人は疑わなかったし、宣教師もまた日本人の期待どおりに振る舞った。宣教師たちは日本人の現世利益の希望に応えた。

宣教師たちは奇跡を起こす聖人だった。なので、宣教師国の上長のコスメ・デ・トレスが散髪すると、その髪の毛は信者によって拾い集められ、着ていた衣服から入手した古い布切れなどは、信者にとって宝物として珍重された。

宣教師の多くは日本語で自説教できなかった。例外的にガスパル・ヴィレラ司祭は日本語を流暢に話して説教した。そして日本人修道士ローレンソが日本語で説教した。このローレンソは、元琵琶法師だった。ザビエルから洗礼を受けている。

長崎の五島には、転びキリシタンがいた。彼らは土俗宗教化していったが、多くの人が「あべまるや」「さんたまるや」と唱え続けた

 フロイスは、日本の子供について、「恥ずかしがらず、のびのびしていて、愛嬌がある。能を演ずるところは実に堂々としている」とした。

同じくヴァリニャーノも、「国民は有能で、優れた理解力を有し、子供たちは我らの学問や教理をすべてよく学びとり、ヨーロッパの子供たちよりも、はるかに容易に、かつ短期間に我らの言葉で読み書きすることを覚える。下層の人々も、ヨーロッパ人におけるような粗暴や無能力ということがなく、一般にみな優れた理解力を有し、上品に育てられ、仕事に熟達している」とした。

すごい評価ですね。現代の日本人と子供の状況についても同じように断言できるものでしょうか…。 私はいささか自信がありません。

ルイス・フロイスは16歳のときにイエズス会に入会し、1563年に日本に来て、1597年に長崎で亡くなっています。関ヶ原の戦い(1600年)の3年前のことです。

ルイス・フロイスの「日本史」の新訳です。いくつかのポルトガル語の版を比較して、既往の誤訳を訂正しているとのことです。とても読みやすい訳です。ご一読をおすすめします。この本は全国の図書館に1冊備え、広く読まれてほしいものです。

(2026年7月刊。5280円)

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