(霧山昴)
著者 塚田良道 、 出版 敬文舎
良く知られていることではありますが、決して広く知られているわけでもないのが、天皇と大王の違いです。自民党の要職にある国会議員が恥ずかし気もなく、「日本は2600年間、万世一系の天皇が支配してきた」だなんて嘘を堂々と高言しています。
しかし、そもそも天皇というコトバは、飛鳥(あすか)時代より前はなかったのです。要するに、7世紀以降のコトバでしかありません。その前は大王(だいおう)と呼んでいました。たとえば、継体大王です。大王の後継ぎが絶えたので、福井のほうから遠い親戚と称する人物をひっぱってきたとされています。
熊本県和水(なごみ)町にある江田船山(えだふなやま)古墳から、出土した鉄製の大刀(たち)に銀で象嵌(ぞうがん)された75文字の銘文が発見された。「ワカタケル大王」に仕える文官ムリテがこの刀をつくらせたとあった。
そして、この本は、この大刀にあった図像の意味を読み解いていくのです。そこには、魚、亀、そして鳥が描かれている。この図像の意味するものは何か・・・。江田船山の魚は、ヘラブナのように胸が張っている。
初期の古墳から発見される特徴的な造物に、三角縁(さんかくぶち)神獣鏡がある。縁の断面を三角形に分厚くつくっている。直径23センチほどの大きさがある。ひとつの古墳から大量に出土するという特色がある。
似ていて別のものとして、三角縁盤龍鏡(ばんりゅうきょう)というものがある。こちらには、魚と鳥の図像が必在である。ただし、その主文様は龍虎。魚と鳥は脇役でしかない。
魚と鳥の歩揺で飾られた装身具を所有する藤ノ木古墳の被葬者は、政権中枢の人であった可能性が高い。
日本列島における初期の三角縁盤龍鏡の魚と鳥は、後漢の画像石の図像を取り入れたものである。
北斗七星は、天の北極を象徴する図像だった。北斗七星は、敵を破り、身を守り、さらに帝王としての地位を示すもの。
古墳時代の倭王と、それに近い王権中枢の人たちは、魚と鳥の天界図像で、その身を飾り立てていた。
古墳時代の倭王は、太陽を自らの上に、あるいは始祖神の地位に置くという思想はもっていなかった。太陽ではなく、天、大きな力、王の北極こそが、そのアイデンティティを示す象徴だった。
よく分からないところが多かったというのが正直なところですが、それでも、昔の人々がどんなことを考え、何を作っていたのかを、外国との比較で推察していくのを読んでいて心地のよくなる本ではありました。
(2026年2月刊。3960円)


