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川崎のぼる伝

(霧山昴) 

著者 読売新聞西部本社文化部 、 出版 集英社

「巨人の星」の星飛雄馬はすごいマンガでした。ただ私は同時期の、ちばてつや「あしたのジョー」のほうをよく読んでいました。貧乏学生ですから週刊マンガ雑誌を自分で買って読むことは出来ませんでしたが、東大駒場寮(6人部屋です)にいると、誰かが購入して読み終わったのがまわってくるのです。発売日になると、誰か一目散に買ってきて、自分が読んだものをと次にまわしてくれるのです。便利な仕組みでした。同じようにして、「ガロ」の白土三平の「カムイ伝」「カムイ外伝」も読んでいました。

ちばてつや「あしたのジョー」は、1968年(昭和43年)1月10号に始まったとのことですから、私は、まだ純真そのものの大学1年生です。

川崎のぼるの「巨人の星」が先行していますが、この二つとも梶原一騎(高森朝雄)が原作を書いています。原作者と作画家とのあいだには、目に見えない闘いの火花が散っていたことをこの本を読んで知りました。原作者とキャッチボールをするという感覚だったとのこと。

ちばてつやのほうは、原作を変えてもいいという条件で引き受けたので、かなり自由に描けた。川崎のぼるは原作を変えず、絵の創意工夫で乗りこえた。

川崎のぼるは「ガーン」という擬音、目の中の星という表現、心象風景を絵として表現するのがうまい。

マンガ家は、お互いにみんな影響を受けている。

「巨人の星」第一回は、1966年(昭和41年)4月30日発売の週刊少年マガジンに掲載された。ということは、私は高校3年生で、大学入試の受験勉強に突入していて、マンガどころではなかったと思います。周囲に少年マガジン誌を購読している人もいませんでした。

ファンレターが殺到した。男子は主人公飛雄馬、女子にはライバル花形満に人気が集まった。

昭和42年1月8日号は、なんと少年マガジン誌は100万部突破。私にとっては入試直前なのでそれどころではありません。

野球マンガの形をとってはいるけれど、描かれるのはリアルな人間ドラマ。飛雄馬は普通の少年、むしろ体格は小柄で、投手としてのハンデを背負っている。悩み、もがき、独り狂いながらも厳しい鍛錬を重ね、ライバルとの戦いを通じて成長していく。読者である子どもが自分自身を重ねることができる。

「飛雄馬は、悩んだり、挫折したり、負けたり、友だちへのねたみやうらみ、人間の弱い面があらわれている。読者が身近に感じられる。今までにないリアルな主人公」 

梶原一騎は戦前の少年たちが熱狂した「少年倶楽部」の世界を、高度経済成長の時代によみがえらせた。梶原一騎は、少年マンガで人生論を語った。「巨人の星」の物語の力が読者層の上昇をもたらした。

川崎のぼるの絵には、比類のないリアリティーがある。キャラクターは、ほどよくデフォルメされながら、睫毛や鼻、口元やしわといったパーツは丁寧に描かれている。要は、アップに堪えうる顔だ。身体の骨格と筋肉については、すこぶる写実的で、投げる、打つ、走る、捕球するといったプレーには、先行する野球マンガにはない動的な迫力があった。

川崎のぼるは、内面の心情を表現できるマンガ家。その繊細さはたぶん、少女マンガでの経験が生かされている。私の大学生活は私も渦中にいた東大闘争をふくむ全国の学園闘争の時代でしたが、「右手に朝日ジャーナル、左手に少年マガジン」と言われても、決して言い過ぎではありません。といっても、「朝日ジャーナル」は露骨な全共闘支持でしたので私は嫌いでした。暴力賛美一辺倒なんて、当時も今も私は支持できません。

今、85歳の川崎のぼるは、妻の実家(熊本県天草)から遠くはない熊本県菊陽町に住んでいる。

大変面白く、一気読みしてしまいました。

(2026年6月刊。2530円)

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