弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2025年4月21日

マンガ認知症

人間


(霧山昴)
著者 ニコ・ニコルソン、佐藤 眞一 、 出版 ちくま新書

 ずいぶん前のことですが、叔母が認知症になりました。子どものいない叔母でしたので、イトコが養子になって同居して面倒をみるようになりました。ところが、叔母は、イトコが「お金を盗った」と騒ぎ始めたのです。イトコが叔母のお金を盗るはずはありませんし、盗る必要なんかないのです。そうか、認知症の物盗られ妄想って、こんな状況を言うんだなと思い当たりました。
 弁護士として、遺産相続のときに、故人の物盗られ妄想を信じている相続人が真顔で主張するというケースを扱いました。身近な人は真実が分かっても、遠くの人には妄想が真実に見えてしまうという厄介な状況でした。
 いったい、認知症の人の物盗られ妄想はなぜ起きるのか、不思議でした。
そもそも認知症とは、①なんらかの脳の疾患によって、①認知機能が障害され、②それによって生活機能が障害されているという三つがそろったときの症状だ。認知症は症状であって、そんな病気があるわけではない。
認知症の予備軍をふくめると、今の日本には1000万人いるとみられている。
認知症の診断はとても難しい。老化による物忘れは認知症ではない。
記憶検査のとき、ヒントを与えられて答えることが出来たら、認知症ではないので運転免許の更新は認められる。
 さて、物盗られ妄想は、なぜ起きる...。自分がお金を置いた場所を忘れてしまう。でも、自分のせいだとは認めたくない。その結果、自分を納得させるための虚偽の記憶をつくってしまう。事実と創造の区別が出来なくなり、身近な人に疑いをかけてしまう。
 人間は、自分が忘れたとか失敗したとか、自己否定につながることは、素直に認められないもの。自己防衛で、嘘の記憶をつくってしまう。「作話(さくわ)」だ。
認知症の人は、基本的に孤独の中で生きている。周囲の人と心を通わせるのが難しくなっていくので、不安や恐怖で一杯になった結果、自己防衛でするしかないと思うようになってしまう。
その対策3ヶ条。①「お金は大事だよね」と同意しつつ、探すように促す。②介護者が疑われないよう、本人に見つけてもらう。③あまりに興奮しているときは声をかけず、鎮まるまで距離をとる。いやあ、これって実に難しいですよね...。
認知症になると、他人(ひと)の心を察する力も失われていくので、なかなか真心は伝わらない。
 認知症の人が同じことを何度も訊いてくるのは...。覚えられず、分からないままで不安だから。訊いたら、教えてもらって安心できるから...。「さっきも訊いたでは」と返すのは避けたほうがよい。
アルツハイマー型認知症だと、もっとも覚えにくいのは、数分から10分ほど前の記憶。
 私は毎朝フランス語の聞き取りをしていますが、わずか1分半ほどの文章を暗記できません。本当に困っています。中学2年生のとき、英語の教科書を1章丸ごと暗記して教師にほめられたことを今でも覚えていますが、そんな芸当は今や無理なんです。
 認知症の人は、本来の展望ができなくなっている。計画を覚え、思い出すことが難しい。認知症の人が同じものを大量に買ってしまうのは、「あれ買ったかな?」という不安感から、買っておいたほうがいいとの判断にもとづく行動と考えられる。
認知症の人が突然に怒り出すのは、脳の前頭葉が委縮するという脳機能の問題と、自分のプライドを守るために他者を攻撃してしまう、という心理的な問題から生じている。
 夕暮れ症候群。夕方になると、「家に帰りたい」という人がいる。これは朝から活動してきた脳が疲れてしまうことによるもの。
 認知症の人は昔の記憶はよく覚えているので、そこから会話を始める。自慢を聞いたり、懐かしい童謡を一緒に歌ったりする。
認知症の人は、子どもと同じように、その場その場しか考えていない。今にしか生きていない。
 認知症の人は、鏡にうつっているのが自分だと分からず、他人だと思って話しかける。
 体験にもとづいた展開ですし、マンガもあって、とても分かりやすい本でした。あなたに一読を強くおすすめします。
(2022年3月刊。880円+税)

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